まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

320名無し募集中。。。2020/05/08(金) 15:51:20.460

雅はああ見えて好き嫌いが結構ある。
そういう面を見せる場面が少ないから目立つことはないけれど、意外と食べ物の好みにはうるさい方だ。

例えば長ネギやにんじんが食べられなかったり、えのきとしめじは食べられるのにしいたけは駄目だったり。
単純にこれが嫌い!というのも勿論だが、なんとなくこの味付けは好きじゃない、この焼き加減は嫌いだ、みたいな文句も多いことなんて、多分殆どの人間が知らない。

Berryz工房の中だったらきっと佐紀くらいしか知らない。
とはいえ佐紀も雅に直接言われたわけでもなく一緒にいる中で観察してきた中での限りなく正解に近い予想だったりするから全部は把握出来てはいない。
けれど、それでも十分好き嫌いが多いとうことがわかるから、雅のそれは相当なものなのだ。

この世の中には食べ物が溢れていて、自分の口に入れる食べ物は殆どが自分で選ぶことができる。
どこもかしこもお金を払えば好きなものを買える時代だ。
好き嫌いが多くてもそれらをあえて選ばなければ普通に生きていける。
支給されるお弁当は好きなものを選べばいいだけだし、ケータリングには有り余るほど種類があるのだから、余計雅の面倒くさい好き嫌いは露呈しづらいものだった。

だけどそんな雅にも一年に数回は壁が立ちはだかる。
その一つがツアーだ。
ご飯はホテルの料理、出てくる料理は全員分統一されたメニューで、尚且つ一種類、多くても二種類くらいしかなく、それはしっかりと完食しなければいけない。

そういう暗黙のルールだ。
育ち盛りで練習に励んだ子ども達に提供される料理は大量調理しやすく尚且つお腹が満たせるもの。
そこに好き嫌いの選択肢なんか初めから存在しない。出されたものを食べる、ただそれだけしかできない。
デビュー前にも勿論合宿はあった。
その時の雅のテンションと言ったら。
とりわけ食事の時間はいつも不機嫌だった。

321名無し募集中。。。2020/05/08(金) 15:54:46.360

嫌いなものは出来るだけ食べたくない。
家だったら文句を言いながらも、母親はしょうがないわねと溜息をこぼすだけに留まる。
けれど芸能界という社会に身を置き、なおかつ合宿中ということでもりもりともられたおかずに逃げ道はない。

勿論好きなメニューの日もある。
そういった日は難なく食事を終えていたけれど、苦手なものがある日の雅は違った。
食べるスピードが僅かだけれど遅くなって、嫌いであろうと思えるものだけがどんどん残っていく。

「完食出来るまで部屋にもどるなよ!」

そう言うマネージャーの声に段々顔が険しくなり、おおよそ食事をしている時とは思えない顔で、おかずを見つめていた。
プライドの高い雅は、マネージャーの性格柄、完食できなければ朝になってもこの食堂に残すだろうとわかっていたし、食べられません残していいですかなんて言うわけもない。

最後には観念して、溜息を零しながら小さく刻んで口にちびちび運んだり、おかずの量の何倍ものご飯を口に放り込んでさも自然なようにコップを手に取り大量の水で流し込んでいた。
何とか片付いた食器を見てげっそりとしながら、返却コーナーに向かう雅の一部始終を見ていたのは、佐紀しかいない。

多分雅は気づかれていないと思っている。
席に戻ってきて「佐紀ちゃん遅い、何してんの」と言うくらいだ。
先程の長く険しい戦いをそっと見守っていた佐紀の心の内など知っているわけない。
何でもないよ、と言って残っているご飯やおかずを一気にかきこみ、急いで雅の後ろについて部屋に戻っていた自分は、自分で言うのもなんだけど健気だったと思う。

そんな好き嫌い、中学生になったくらいで克服出来たりはしなかった。
ああこれはやばい、と思ったのはツアーの予定表が配られた時だ。
もうこの季節がきてしまうのか、と佐紀は人知れず表情を曇らせる。
自分のことではないのに自分のこと以上に、佐紀は雅のことを心配してしまう。

322名無し募集中。。。2020/05/08(金) 15:59:12.650


ホテルのご飯は一体どんなメニューなのだろうか気掛かりでこっそりと尋ねてみれば、スタッフさんがメニューを確認してくれた。

「何か希望があったらみんな言ってねー」

そう言った新人マネージャーに好きなように希望を挙げる千奈美と桃子を横目で見ながら、それとなく雅に声をかけてみる。

「みやはなんか食べたいものある?」
「……特にない」

予想していた答えが返ってきて、そっかーと相槌を打った。
とりわけ食べたいものはないだろうけど、食べたくないものはあるだろう。
けれど食べたくないものある? と聞いたところで何で? と返されることが想像できるし、そもそも雅が食べたくないもの言う訳がない。

「カレーライス!」
「焼きそば!」
「オムライス!」

みんなが意見を出す中で雅はつまらなそうにその輪を眺めていた。

(みやの嫌いなものオンパレードだったらどうしよう)

そんなことありえないだろうけれどもしかしたらありえるかもしれない。
運が悪かったらそうなるだろう。練習は相当疲れて、へとへとでホテルに戻ってくることになるだろう。
やっとご飯にありつけると思ったら嫌いなものばっかりってそんなこと、流石の雅も爆発するかもしれない。

佐紀にとっては地獄絵図だ。
流石にそれは避けてあげたい……いや、避けなければならない。

まだツアーまで一週間もあるのに、佐紀はそれから毎日祈るように布団に入って神様にお願いした。
大事な友達のためだ。
やっぱり険しい顔で食事に雅を見るよりは、楽しく一緒に食べるほうがずっと良い。

323名無し募集中。。。2020/05/08(金) 16:02:28.750


「いただきます!」

手を合わせた目の前にはカレーライスとサラダとヨーグルトが置いてあった。
ありがちな無難なメニューだろう。
千奈美と桃子は食堂に入るなりそわそわと駆け出して席に座り、その向かいに雅と桃子が座る。
佐紀はそんな雅の顔を、こっそりと伺っていた。

カレーは問題ない。
ヨーグルトも問題ない。
キャベツとせん切りの人参が盛られたサラダには、ミニトマトがころころと転がっている。

(あ、ミニトマト……)

雅の苦手なものだ。
赤くて小さいミニトマトを一瞥したのを、佐紀は見逃さなかった。

雅の名誉のために言っておけば、彼女はトマトは食べられるのだ。
むしろ好きなほうだと思っていたけれど、ミニトマトのあの弾ける感触はどうやら好ましくないらしく、すごい顔をしながら食べていたのを覚えている。

ああ早速きてしまった、と佐紀は雅の隣でカレーを頬張っていた。
雅はミニトマトのみに手をつけずにサラダを食べ進めている。
食べなければいけないことを自覚しているだろうけど、そこはやっぱり葛藤があるんだろう。中々手を出せずにいる。
やはり食事もトレーニングの一環なのか、残すなど言語道断! な雰囲気が漂っていた。

大丈夫かな、みやしんどくないかな、なんて雅のことが気になって佐紀も同じように進みが遅くなっていると、隣に座っていた梨沙子に気にかけられた。
調子悪いの? と聞かれたが慌てて首をぶんぶんと左右に振る。
具合が悪いのはどちらかというと雅のほうだ。

「え、みや、全然減ってないじゃん」

凄まじいスピードでカレーを平らげていく桃子が、正面の雅に声をかけた。
手を休めず、口も動かしながら、じっと黒い瞳で雅を覗いている。

325名無し募集中。。。2020/05/08(金) 16:06:18.460

雅は不機嫌そうに溜息を零した。

「桃の方こそよく食べれるね」
「たくさん動いたからおなか減ったでしょ?」
「逆だよ。あんなに動いたから食べたくないの」
「変なの」
「変なのは桃だから」
「変じゃない!」

何がきっかけになるのか、一言余計な雅が悪いのか、その煽りに一々のせられてしまう桃子が悪いのか、二人はいつも競い合いをしていた。
雅は相手にしているつもりはないだろうけれど、桃子は売られた喧嘩を買うように雅に吠える。
小型犬の犬みたいにうるさくてかなわないと耳を塞ぐくせに、雅は、それでも桃子をからかうのをやめない。

本当に嫌いな人間のことは尽く放っておく彼女が、ここまでちょっかいをかけるということは、少なからず嫌いではないということだ。
むしろ好きな部類に入ってくるかもしれない。
雅はどこまでも素直じゃないから。

「そんなに食べて、なんで背伸びないんだろうね」
「うっ、もぉはまだ成長期だもんね!」
「はいはい、伸びるといいね」
「っ、うう……みやのイジワル! みやのミニトマト食べちゃうもんね!」

一瞬で突然のことだ。
残っていたそれが偶々目についてのかもしれない。
言い返せなくなった桃子はうめき声を上げて、ほぼ勢いのまま雅のサラダのミニトマトを手に掴んでそのまま口に入れた。

327名無し募集中。。。2020/05/08(金) 16:08:48.730>>329

思わずあっと声を漏らしたのは佐紀である。
美味しそうにもぐもぐと咀嚼してごっくんと飲み込んでから、黙ったままの雅を見てはっと桃子が我に返る。
桃子は身構えるように息を飲んだ。

――人のもの何勝手に食べてんの、ありえないんだけど?

ありったけの嫌味を言われるに違いないと内心震え上がっている桃子をよそに、佐紀だけは、雅が良いものを見つけたような顔をしていたことに気づいていた。
偶然が重なり、それが雅にとっての活路となるのならもう何も言うまいと思ったけれど、果たしてこれは良いことなのだろうかと首を傾げてしまう。

きっと誰だって雅が何を考えているかなんてわからないけれど、プライベートでも付き合いがある佐紀にはぼんやりとわかる。
みやそれは駄目だよ、と言うような勇気も佐紀は持ち合わせてはいないから、結局何も言いやしないのだけれど。

「ごっ、ごめんみや、もぉのミニトマトあげ」
「ミニトマト好きなの?」
「え?」
「好きなの?」
「え、あ、う、うん……どっちかっていったら」
「じゃああげる。ほら」

ヘタを取ったミニトマトを掴んで、そのまま桃子の口に押し付ける。
否が応にも押し込まれたミニトマトを何も言えずに食べる桃子に、雅はすぐさま次のミニトマトを用意した。
食べ終わったらすかさず放り込むつもりだ。

桃子に喋る隙を与えず、さっさとミニトマトをなくしてしまおう。
そんな雅の下心が、佐紀にはわかってしまった。

「ちょ、ちょっと、待って! 特別ミニトマト大好きってわけじゃなくて」
「でも好きは好きでしょ?」

文句を言おうとした桃子の口に容赦なくミニトマトを突っ込んで、雅は、自分のお皿に乗っていた分を綺麗に片付けた。

329名無し募集中。。。2020/05/08(金) 16:11:10.000>>330

雅は一個もミニトマトを食べていない。
けれどこれで雅を困らせるものはなくなったわけだから、彼女にとっては万々歳だろう。
何か腑に落ちない顔をしている桃子に比べて、雅はそれはもうスッキリとした表情で残りのサラダを食べていた。

何だかすごいものを見てしまったような気がする。
桃子は何も気づいていない。
隣の千奈美は、二人の言い合いも聞き流すほど一心不乱にカレーを頬張っているから、もっと気づいていない。

雅の隣にいて、なおかつ彼女の好き嫌いを知っている佐紀には全部全部わかってしまった。
まだ小学生の頃、この世のものとは思えない顔をしながらしれっとした態度を崩さず苦手なものを食べていた雅のほうがまだ可愛げがあった。
そう思ってしまうほど、言うなればズル賢くなってしまった。

合宿の時だけはあんなに頑張って苦手なものを飲み込んでいたのに、今はどうだ。
桃子にぺろりと食べさせてしまったではないか。


……それだけじゃない。
まさか雅が誰かの口に物を突っ込むなんて……と、佐紀はそっちにも吃驚していた。

自分だって雅にそんなことをされた記憶はない。
自称でも雅の親友だと思ってるけれど、彼女は佐紀に対してそんなふうに振舞ったことはなかった。
佐紀が常に雅の近くにいるからかもしれない。
距離感を大事にしている雅の心を察して、ある一定を保ったまま隣に居続けてきた。


作り続けてきた適度な距離が佐紀にとっても、勿論雅にとっても居心地が良くて。
もう長いことそのままでいるけれど、桃子との関係はまた違うのかもしれない。

330名無し募集中。。。2020/05/08(金) 16:15:04.990

良くも悪くも詰め寄ってくる桃子に感化されて、雅もガードが少し緩くなってきたのだろうか。
悪気なしに踏み込んでくる桃子に、最初こそ嫌悪感ばかり示していたのに、自分からちょっかいをかけるようになり、多少ならば触れても機嫌を損なわなくなった。

たった少しの変化に見えるかもしれないけれど、これは大きな変化だ。
当人は気づいてなくとも、佐紀はその経過をずっと目の当たりにしている。

Buono!が始まってから、雅は良い感じにペースを乱されているように見える。
桃子のことは、からかって、可愛がっているようにも思う。
これはあくまで佐紀の感じていることを佐紀風に表現すると、だけれど。

「あっ、カレーのじゃがいも、もぉ好き! みやのカレーにいっぱい入ってるからちょうだい!」
「あげないよ」
「何でよっ」

伸びてくるスプーンを容赦なくたたき落とされて桃子がぶうたれる。

「ミニトマトくれたじゃんか」
「これならいいよ」

抗議する桃子の皿に、ルーの中に入っていたブロッコリーを差し出した。
それも雅が微妙に苦手なやつだ。
じゃがいもちょうだい、と言いながらも渡されたブロッコリーをひょいひょいと口にいれていく桃子には、好き嫌いがないのかもしれない。
どこまでも対照的な二人だ。

そんなことを思いながら二人をそっと見守る。
結局雅の憂鬱は終わったわけだし、それと同じくして勝手に感じていた自分の緊張もほど良くとけて、大きな口でカレーライスを頬張った。
おいしい。人参もブロッコリーも玉ねぎもじゃがいもも肉も、全部好きだ。

「ブロッコリーもおいしいけどさぁ、もぉ、じゃがいものほうが好き」
「まだ言う? しつこいってば。じゃあにんじんで手を打ってあげる」
「だ、か、ら! じゃがいも!!」

――桃、じゃがいもは諦めたほうがいい。カレーのじゃがいもはみやも大好きだから。

592名無し募集中。。。2020/05/12(火) 15:57:42.490


桃子は何でもよく食べる。
小柄なのにびっくりするくらいよく食べる。
呆れるくらいよく食べる。
これあげるよって渡した食べ物を、いいの?! って言って多分戸惑いなく食べる。
そんなこと、いくらなんでもしないけど。


夜公演と昼公演、体はへとへとに疲れていて、お腹は空いているけれど食べる気力はわいてこない。
ほかほかの白いご飯に、味噌汁。
そしてとんかつに煮物とお浸し。
バランスの整った食事を前に、雅は溜息しかでなかったけれど、桃子はそんな様子微塵もなく、大きく口に頬張るようにしてご飯をかきこんでいた。

馬鹿みたいによく食べる桃子には、好き嫌いがないのだと思う。
これまで何度も食事を一緒にする場面があったけれど、何を出されても喜んで食べていた。
苦手だと言った食べ物はないし、それが単に味覚的にそうなのか、お腹に入ればなんでもいいのかどちらなのかは知らないけれど、とにかく何でもよく食べた。

なくなっても尚おかわりをねだることもあるから、どんな胃袋をしているんだと不思議に思ってしまって、「桃って宇宙人なの?」と聞いたことがあった。
あれはちょっとまぬけな質問だった。

隣に座った桃子は美味しそうにとんかつを頬張っている。
幸せそうな顔が阿呆らしい。
こっちは全然進んでないというのに。食欲的な意味でも、好き嫌い的な意味でも。

593名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:00:44.900


自分に意外と好き嫌いが多いのは自覚しているけれど、それを人に話したことはない。
イメージされているキャラで好き嫌いが多いとしれたら確実にからかわれるだろうし、なんだかカッコワルく見えるような気がして、佐紀にすら言ったことはない。

母親には家でちくちく文句を言われるけれど、食べなくたって死なないし。
口にしなくてもこんなに育ったのだから、好き嫌いが多いから悪いなんて考えは自分にはなかった。

しいてあげるならば大勢で食事をしたときに嫌いなものが出てきた場合、それをどうやって乗り切るかが問題だった。
レストランやファストフードで食べる分には、自分の好きなものを頼めばいいからある程度問題ない。
お弁当もケータリングも大丈夫。

ただツアー先のホテルでの朝食や、食堂のようなお店でメンバー全員で食べるとなると話は違ってくる。
避けられない料理が目の前に出されて、どうにかこうにか食べないと先に進めない。

嫌いなものを食べたらアレルギーが出てしまうとかそんなわけではないから、我慢すれば食べられる。
けれど、嫌いというからにはなるべく口に入れたくないのだ。
舌に転がした瞬間に伝わってくる味が嫌だったり、噛んだ時の食感が好きじゃなかったり、顔をしかめてしまうポイントはところどころ違うけれど、飲み込むには相当な努力がいる。

嫌いの程度はあるが、やっぱり食べなくても良いなら手をつけたくはない。
でもそれが不可能な場面が、生きているうえでは確実にあるのだけれど。

(煮物にしいたけ入ってる…)

賑やかな食堂でだらだらと食事をしていた。
メンバーの笑い声が響く中。
同じようにうるさい桃子を時折見やると、体の割には大きい胃袋にせっせと食べ物を押し込んでいた。
その途中、小鉢に盛られた煮物を箸で取ってみると、見事なしいたけが入っていた。

594名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:05:16.230

げ、と口に出してしまいそうである。
出汁と醤油を含んで少し茶色に染まっているそれは、人によってはおいしそうに見えるのかもしれない。
しかし、雅にはそうは思えそうにもなかった。

(う……)

しいたけのぶよっとした感触、独特の匂い。
げんなりしてしまう。
しめじやえのきは好きだ。きのこ類はそれで十分じゃないかと思っている雅には、全くと言っていいほどしいたけの魅力がわからなかった。
しかも割と大きめのしいたけだから、尚のこと食べる気はなくなっていく。

(もう少し小さく切ってよ!)

と誰へのものなのかわからない文句を心の中でそっと零した。
小さく切ったところで喜んで食べるのかと言われたら、けしてそうではないけれど。

手に取ったしいたけをそのままに、ちらりと隣の桃子を横目で見てみる。
目の前のおかずを口に運ぶことに必死で雅のことなんか気にしていない。

とんかつを口に入れて、皿にご飯を放りこんでいく桃子が、煮物の小鉢から意識が離れた瞬間を狙って。
ぽいっと投げ入れるように、しいたけを自分のところから桃子の小鉢に移した。


良い仕事をしたような小さな小さな達成感がある。
数秒もかからない、コンマ何秒の間にさっと済ませるそれは、雅にとってはもう随分慣れたことだった。

きっかけは小さなことだった。
たしかミニトマトを小さな口に押し込んだことから始まったのだ。
嫌いなものが人よりも多くて、かと言って残してはいけない状況下で、何でもよく食べる桃子に、何だかんだ言いくるめて嫌いなものを食べてもらった。
お腹を満たしたいからなのか、桃子は首を傾げながらも喜んで食べていたから、これは別にいじめとかそういうわけじゃない。

595名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:08:54.830

好き嫌いがない桃子の横にいて、さっきみたいにこっそり皿に嫌いなものを乗せていることもある。
気づかない桃子はいつもそれを気にせず食べている。
おかげで雅はそういった食事の際はいつも嫌いなものを回避できていた。

だからこうした食事の時間は桃子の近くにいるようになった。
それに深い意味はない。たぶん。

「ねえ、もぉのお皿になんかいれた?」

ふと桃子が箸を止めてこちらを見た。
米粒がひとつ口元についている。
無言で口元をさすと、桃子はハッと気づいたように唇についている米粒を取ってぱくりと口にいれた。
とても高校生になったようには見えない。体が少しだけ成長した小学生みたいだなと思う。

「なにもいれてない」
「そお?」
「うん」
「……って、やっぱいれたでしょ! しいたけ増えてるし!」
「気のせいじゃないの?」
「絶対気のせいじゃないもん」
「気のせいだよ」

一瞬バレたか、と思ったが適当に誤魔化せば桃子なんかすぐに流される。
態度を変えないまましれっと言ってのければ、納得したようにまた食事に向き合あったから、ちょろいもんだしと思ってこっそりと笑っていた。
けれど、今日はそうではなかったらしい。

小鉢の中を箸でぐるりとかまして、しいたけの数が多いことを報告してくる。
いつもは気づかないくせに、今日はなんだって目ざとい。
それでもここで認めてしまえば弱みを握られてしまうような感じがして、シラを切るように首を振る。

「みや、もぉが気づいてないって思ってるでしょ」
「なにが」
「もぉのお皿にいつも何かこっそりいれてるの、知ってるんだからねっ」

596名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:12:22.250

ミニトマトとか、カリフラワーとか、鯖とかいっぱい!
今まで雅が、桃子に食べさせたりこっそりと忍び込ませたものを挙げてくる。

何も考えていないと思っていたのに、少し桃子を侮っていた。
構わず食べていたくせに、何だかんだ言って食材まで覚えているなんて予想していない。
チッ、と心の中で舌打ちをする。

「……証拠あるの? みやがももの皿に何かをいれてる証拠」
「ない! けど、みや、いっつももぉに何かしら押し付けてくるじゃん! あれも全部嫌いなものなんでしょ」
「ちがうし。決めつけないでくれる?」
「ぜったいうそ」
「うそじゃない」

好き嫌いが多いことを人にバラす気はない。
食べなくても死にはしないだろうし、ただちょっと少しだけ苦手なだけだ。
野菜全部が駄目なわけでもないし、肉や魚が好きじゃないわけでもない。
卵や豆腐だって食べているし、果物はむしろ好き。

人にそれほど迷惑をかけているわけでもないから、わざわざ言うことでもないと思っている。
桃子の言うことはずばり正解なわけだけれど、それを肯定すれば、いつも桃子に食べさせている物が全て嫌いだと認めるようなもの。
絶対に嘘と言い張る桃子に、雅も絶対な嘘を貫く。

「桃の勘違いでしょ?」

桃子と違って自分はバレるような素振りを見せて嘘をつかない。
だからこの嘘はバレない。
知られないようにしれっと主張し続ける。

「……あっそ。まぁいいけど。食べちゃうからね!」

じっと見つめ合って、先に折れたのは桃子の方だった。
唇を尖らせながら、ひょい、としいたけを摘んで口の中に入れる。

597名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:16:26.010

雅にとっては眉をしかめてしまうものも、桃子は全て美味しそうに食べた。
よく食べられるなぁと思う。
桃子みたいに何でも食べられたら人生幸せなのかもしれない。

そこまで食事に対して情熱をもったことがないから何とも言えないけれど、きっと桃子は小さい頃から苦手な食べ物にも挑戦してきたのだろう。
もしかしたら母親の教育の賜物かもしれない。
雅の母親だって好き嫌いの多い娘のために苦労しているし、工夫もしてくれているけれど、なんだって気付かないうちにたくさん苦手なものが増えてしまった。

けれど苦手なものを無理して食べる必要はないと思う。
それならば食べたい人のお腹におさまっていくほうが良い。
食べてくれる人に食べてもらったほうが良い。

勢いのまま本来自分の分であったしいたけまでも続けて食べようとした桃子の箸が、何故か口元まであと少しというところでピタリと止まる。
早く食べてしまえばいいのに。

「ねえ」
「何」
「一個くらい食べよ」
「……」

あろうことか箸で摘んだしいたけをずい、とこちらに向けてくる。
だからそのまま食べてしまえば良かったんだ。
なんのために人が皿の中に忍び込ませたと言うんだろう。

第一さっき食ってやると言ったくせに。
複雑な感情のままにらみ返してみるけれど、桃子は不思議そうな顔でしいたけをスタンバイしている。
やめてよ、と叫びたくなる。

598名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:20:07.260

「ちょっと、近づけないでよ」
「えー、そんなに嫌いなの?」
「……べつに嫌いじゃない。おなか空かせた桃が可哀想だから、あげただけ」
「……ふぅーん、じゃ、嫌いじゃないなら食べれるよね、ほら!」

雅は盛大に墓穴を掘った。
嘘を突き通すためについた嘘が、巡り巡って自分に跳ね返ってきた。

これでは雅に残された選択肢は一つしかない。
もう食べるしか道は残されていないのだ。
ああどうしよう、と内心ぐるぐると葛藤している。

しいたけは、嫌いな食べ物ベスト3には入るから、できるだけ口にしたくない。
割と本気で食べたくないものだ。
きのこは基本食べれるけど、しいたけは駄目だ。
許せない。

それほど苦手なものを、どうして食べなければいけないのか。
変な方向に怒りを向けてみても、この目の前のしいたけは雅が食べなければいけなかったものだから、自業自得ではあるけれど。

「ほら」

せかすように唇にしいたけが押し込まれそうになったときは、もうおしまいだと思った。
カクゴを決めるしかないと思って、半ば強引に押し付けられていたしいたけをぱくりと口の中にいれる。

桃子がおおっ! なんて吃驚したように声を上げた。
……無理やり食べさせたくせに、むかつく。

ゆっくりと一口、噛んでみる。
出汁と醤油の味が、じわりとしいたけから出てきた。
それはいい。けど、この感触にはやっぱり慣れない。

599名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:23:27.310

サクッともふんわりともいかずに、ぶよんとした感触と独特な匂いを必死に耐えながら、もぐもぐと咀嚼する。
口に入れたものは出したくはない。
鼻からいっぱい空気を吸って、少しでも味がしないように細かく噛んで、やっとのことで飲み込んだ。

瞬間トレーに乗っていたコップを取って水を流し込む。
……長い戦いだった。
まだ口の中にはしいたけが残っている気がして、馬鹿みたいに水を飲み干した。
もうこんなことをしてしまってはしいたけが嫌いだなんて言っているようなもんだと思ったけれど、そんなこと構ってられない。
こっちにしてみれば命の危険に近いのだ。

「ふふ」
「……なに」
「いや、みや、子どもみたいだなって」

くすくすと笑っている。
普段から対抗心を、なにかしらにつけ雅より勝った点があると桃子は喜んでよくにやにやと顔を綻ばせている。
いつも余裕があって、大人びたようにクールな雅が嫌いなものをすごく嫌な顔をしながら必死に噛んでいたのが、何だかツボだったらしい。
まさかそこまでとは思わずに、軽率に口に押し込んでみたけれど、予想外だった反応に桃子は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

「……今度から移動で桃の隣になっても、肩貸してあげない」

桃子に子どもみたいだなと言われるのは心外だった。
だって、どこをどう見ても桃子のほうが子どもっぽくてガキくさい。

落ちつきがない。
無駄にそわそわしてる。
ズケズケと人の領域に入ってくる。
そのくせ、こっちの考えていることなんか知ったこっちゃないように振り回す。

600名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:26:28.460

けれどどこかで何となくリードされているようで、手を引っ張られては、名前を呼ばれる度に心の内側の奥底をかき乱される自分がいる。
そんな桃子に嫌いなものを押し付けて、食べてもらっている自分の方が子どもなのかもしれない。
最早どっちが大人で子どもなのかわからないのは、ぜったい桃子のせいだ。
桃子がそうやって雅のペースを崩していくから。

「冗談! ごめんって。代わりにお味噌汁食べてあげるからさぁ」
「なんでそうなるの」
「何でって、みや嫌いじゃん、かぼちゃ」

頬をつねってやろうと手を翳すと、桃子は慌てたように雅の味噌汁茶碗を手に取った。
今日はかぼちゃと玉ねぎと油揚げが入った味噌汁だった。
自慢じゃないけどかぼちゃもそんなに好きではない。
しいたけよりはずっと食べられるけれど、好きか嫌いか言われたら嫌いな方に入る。
確か以前にも桃子に押し付けたことが数回あった。

当然のように答えた桃子はそのまま雅の味噌汁に口をつけた。
苦手なのはかぼちゃなだけで味噌汁は好きなんだけど、と言おうとしたのに口から言葉は出てこなかった。

――いつの間にか、好き嫌いまで知られている。

そうしたのは多分、いや確実に雅自身なのだろう。
けれど、随分と桃子に対して踏み込んだ距離を取るようになったものだと思う。
雅が近づいたのか、桃子が近づいてきたのか。
どっちもだろうけれど今回のことを考えれば前者のほうが強い。


何だか弱みを握られてしまったように思えて若干落ちつかない気もする。
けれど、何となく桃子にだけはバレてもいいかと思えてしまったから、いよいよ頭がおかしくなったのかと心配になった。
以前はそんなこと思いもしなかったというのに。

601名無し募集中。。。2020/05/12(火) 16:30:26.070

桃の特別好きなものはなんだろう?
嫌いなものももしかしたらあるかもしれない。
少し知りたいと思わなくも、ない。

桃子ばっかり自分の好き嫌いを知っているのはずるいから、同じように見つけてみたいなんてそんなこと……
心のすみっこで感じたこの気持ちは、まだしまっておくことにする。

「……あのさ」
「ん?」
「これ。とんかつもふたくち食べて」
「え? とんかつも嫌いなの?」
「お駄賃みたいなもんだよ」
「なにそれ」
「いいから、はい」

味噌汁を飲み干した桃子にとんかつを押し付ける。
とんかつは嫌いじゃないけど、嫌いなものばっかり押し付けるのもどうかと思って、たまには感謝の気持ちを表して好きなものも譲ってやろうと思ったなんて。
そんなこと、言葉になんかしてやんない。


「みや、ありがと!」


うるさいくらい大きな声のお礼が返ってくる。
キラキラ笑う桃子の口に、今度はとんかつを突っ込んでやった。

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