まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

743名無し募集中。。。2018/02/27(火) 02:39:01.170

はあ、と漏れたため息はどちらのものだったのか。
正面に座る雅と目が合う。
悪くはないんだけどさ、惜しいよね。
きっとお互い、同じような顔で苦笑していた。

空腹というものはいつだって判断力を奪っていくものだが、数時間前の桃子と雅にとっても同様だった。
久しぶりに二人で帰ることになったは良いが、帰宅するまで腹が持ちそうになかった。
何か食べて帰ろうか、などと話しながら歩いていると、煌々と光る看板が目に飛び込んできた。
その看板につられて足を踏み入れたのは、いわゆる普通のイタリアン。
メニューにはパスタやピッツァの他、カプレーゼなどよく見かける前菜などが並べられている。
特筆するようなものもない、スタンダードなラインナップだった。
桃子はカルボナーラを、雅は鮭とアスパラのトマトクリームパスタを頼んだ。
運ばれてきた料理を一口、そして二人は同時に顔を見合わせた。

――なんて言ったら良いか……。
――まあ、まずくはない、かな。

きっと視線だけでそんな会話が――少なくとも桃子にはそう感じられた――交わされた。
少し塩が効きすぎたカルボナーラには、薄っぺらいベーコンが無造作に放り込まれている。
ところどころで卵が固まっていて、舌にゴワゴワと当たるのを感じた。
雅も雅で神妙な――美味いとは言えないがまずいとも言いにくいのだろう――顔でパスタを咀嚼している。
期待しすぎたな、と思いながら桃子はフォークを回転させた。
大して期待していなければ、そこまで落胆するような味でもないのだ、たぶん。

皿に盛られたパスタを完食しはしたが、空腹が満たされたとは言い難かった。
腹には物が詰まっているのに、胸のあたりがぽっかりと虚しい。
思わず漏れたため息は、そうして生まれたものだった。

744名無し募集中。。。2018/02/27(火) 02:40:16.470

紙幣が1枚、硬貨が2、3枚。
会計を済ませて店を出てしまえば、後は駅まで帰るだけ。
けれど、二人の足取りはのろのろと重たかった。
胸のあたりを吹き抜ける風の冷たさに、どうやら今夜は一人で向き合えそうにない。
桃子がそんなことを考えながら足を持ち上げた折、少し前を行く雅がふとこちらを見た。

「コンビニ、寄る?」

というか、寄りたいんだけど。
口にはしないが、そういった雰囲気を漂わせながら雅が尋ねてくる。
いいよ、と桃子が答えると、雅はくるりと踵を返す。地面を蹴る雅の足は、どこかはしゃいでいるように見えた。

コンビニに行くとは言ったものの、何を買うかは決まっていなかった。
ただ、コンビニに行けば一通りのものはある。それは、選択肢が多いということだ。
どれでも選べるという感覚は桃子を――おそらくは雅も――少しだけ満足させた。

「みやクリームチーズ食べたい」
「さっきご飯食べなかったっけ?」
「そういうももだって生ハム持ってんじゃん」
「だって食べたくなったんだもん」

ぽんぽんと交わされる軽口は、徐々に体の真ん中を埋めていく。
最終的に、カゴの中にはカップのアイスとシャーベットが、
オレンジジュースとジンジャーエールが、
期間限定だという白桃のチューハイが増えていた。
会計を済ませると、一つにまとめられた袋を手に雅がすたすたと出口へ向かう。
その後をちょこちょことついて行きながら、桃子は不意に足を止めてしまいたくなった。

「もも、どした?」
「あ……いや……」

言葉にし難い感覚だった。
強いて言うなら、魔法が解けてしまうような気がしたとでも言うのだろうか。

「あの、さ」

桃子がなおも立ち止まったままでいると、雅は目線を上の方へと泳がせた。
妙な具合に緊張した空気を感じて、桃子は続く言葉を期待してしまった。
期待はしすぎるものではないと、夕飯の席で体感したばかり。
けれど、勝手に高鳴る胸は止められない。

「ももさえ大丈夫だったら、だけど……うち、来る?」
「いっ、いいの?」

どうして雅はいつも、桃子の描いた通りの言葉をくれるのだろう。
「そう言ってんじゃん」と返ってきた声はぶっきらぼうだった。

745名無し募集中。。。2018/02/27(火) 02:41:00.430


実家には、電話を一本入れておいた。
たったそれだけで、夜でも寄り道できるようになってしまった。
いつのまにやら大人の仲間入りをしてしまったらしいと、こんな時にふと実感する。

「朝出てきたままだから片付いてないけどいい?」
「全然いい」
「あ、ももの部屋の方が散らかってたりして」
「ちょっと! それはないですぅ」
「どーだかね」

雅の手の中で、鍵がしゃらしゃらと心地よい音を立てた。
オートロックマンションの3階、1LDK。
桃子が初めて足を踏み入れた部屋は、単身で暮らすには十分な広さ。
雅が単身で暮らし始めたことは聞いていたが、彼女の部屋を訪れたことはなかった。
桃子から部屋を訪ねたいと言うのも違う気がしたし、雅からおいでとも言われなかったからだ。

「荷物適当に置いといて」

片付いていないと言いながら、リビングは意外なほどさっぱりとしていた。
買ってきた洋服で部屋を埋め尽くしていた夏焼雅は、どこへ行ったのだろう。

「けっこー綺麗じゃない?」

思ったままを口にすると、キッチンで買ってきたものを片付けていた雅は曖昧に笑ったようだった。

「そりゃま、今は見えてないから」
「へ?」

あとは察してくれと言うように、雅はキッチンへと引っ込んでしまう。
ぐるりと視線を一周させて、桃子は扉に目を留めた。
あの向こうには、きっと雅のベッドがあるのだろう。そこまで想像して、合点がいった。
不意の来客があっても対応できるようにしてあるということか。

746名無し募集中。。。2018/02/27(火) 02:42:32.340

コンビニで購入したオレンジジュースを口にしながら、何とはなしに桃子はリビングを見渡した。
飾られているぬいぐるみや置物は白や淡いピンクのものが多い。
かと思えば、鮮やかな赤や青の帽子なんかが置いてあるのだから不思議だった。
統一感がないように見えるが、雅っぽいと言われれば頷いてしまうだろうとも思った。

「はい、お待たせ」

桃子がぼーっとしている間に、雅はひと仕事終えたらしい。
上を向くと、雅の手にのせられた純白の細長い皿が目に入った。
その上には、生ハムに巻かれたクリームチーズがきちんと並べられている。

「えっ、美味しそう」
「でしょ? これ食べたくってさあ」
「じゃあみやも生ハム食べるつもりだったんじゃん」
「ま、ね」

ローテーブルに皿を置いた雅はまたキッチンへと戻り、今度はグラスと深い緑のワインボトルを運んできた。
テーブルに置かれるグラスは一人分。

「飲む?」
「ワインかあ……」
「これ、ほとんど熟成してないやつで。すっごく甘いんだけど」

飲まないとは言わせない、といった様子で雅はてきぱきと手を動かした。
白ワイン。黄みがかった透明な液体がワイングラスの中で渦を巻く。
ふわりと香った匂いは確かに悪くはなさそうだ。
雅がこちらに滑らせたグラスを手に取り、グラスの内側で息を吸う。
爽やかで甘い香りは、柔らかく鼻に抜ける。
グラスを傾けて、一口の半分程度を口に含んだ。
舌に触れる液体はあくまですっきりと甘く、喉を通る時もアルコール特有の刺激はほとんどない。
これはワインというより、ぶどうジュースという方が近いのではないか。

747名無し募集中。。。2018/02/27(火) 02:47:01.010

「ね、飲みやすくない?」
「……飲みやすい。びっくりした」

でしょう、と雅の唇が緩む。期待通りの反応を得た、といったところだろうか。

「……おるた?」
「おたる。これはデラウェアだから結構甘いやつ」

一年ごとに新しくその年のワインが発売されるのだという言葉通り、ボトルのラベルには今年の年号が刻まれている。

「しょっぱいものと合わせんの、好きでさ」
「……へえ」
「いいから、食べてみてよ」

言った端から、雅が生ハムとチーズの刺さった爪楊枝をつまみ上げた。
塩辛いものと甘いワインが本当に合うのかどうかは疑問だが、雅が言うのなら一度くらいは試してみるのも悪くない。
仄かな期待と不安の中で、恐る恐る爪楊枝を取り、口へと運ぶ。
噛むほどに染み出す生ハムの塩気は、クリームチーズのまろやかさに程よく溶けた。
そしてワインを一口。

「お……おお……」
「どう?」
「思ったよりは、合うかな」

舌の上に残るまったりとした旨みが、果物由来のすっきりとした甘みによって一層際立った。
普段はあまり経験しない味だというだけで、決してまずいわけではない。
ただ、甘みと塩気が混ざり合って舌が少しだけ混乱していた。

「ももにはあんま合わなかったかー」
「いや、美味しくないわけじゃ」
「あはっ、いいよ。みやが好きなの試してほしかっただけ」

どこから出てきたのやら、ガラス製の冷水筒とグラスが差し出される。
ここまで見通されていたかと思うと、桃子の頬はひとりでに熱くなった。
きっと、白ワインのせいで。

「もも、もう酔った?」
「顔赤い?」
「うん。わりと」
「そっかあ」

水飲んどきな、とグラスに冷水が注がれる。
ワイングラスは、いつの間にか雅の手に握られていた。

748名無し募集中。。。2018/02/27(火) 02:47:52.240

まだ混乱したままの舌で唇を舐めると、端のほうがひりりと痛んだ。
行き場のない申し訳なさが膨らむ。

「……期待ってあんまりするもんじゃないのかな」
「な、何? どしたの急に」
「んー、何ってわけじゃないんだけど」

アルコールに侵された頭にふと湧いた言葉が、そのまま形になってしまった。

「期待なんて、しなかったらがっかりもしないわけでしょ?」
「……急に重くない?」

ちゃんと水飲んだ?と雅が渋い顔をする。
友人の家に上がって、美味しい酒と共にする話でないことは承知の上だ。
けれど、なんだか話さずにはいられなかった。
雅が答えを知っているような気がしたから、というのは都合の良い言い訳かもしれない。

「なんかあったの?」
「んんん……そうじゃない、けどぉ……」

期待なんてしなければ、と仮定したところで、期待してしまうのが人の性。
今も、桃子は雅の答えを期待してしまっている。心の片隅で、望む答えが得られないかもしれないと怯えながら。

「……がっかりさせないし、みやは」
「うん……え?」

熱に浮かされたような頭が、言葉の意味を捉えるのには時間が必要だった。
その上で何かしらを口にするのは、更に時間がかかる。
桃子が何か言う前に、雅はいささかオーバーな仕草で深く息を吐いた。

「やば、もうこんな時間」
「んぇ?」

薄い桃色の置き時計が、知らぬ間に過ぎ去った時間を教えてくれる。
まだ帰れない時間じゃない、と言いかけて、桃子はその言葉を飲みこんだ。
ほんのりと頬を赤くした雅の目の奥に見え隠れする感情は、それこそ期待と呼ぶにふさわしい。

「遅くなっちゃったし」

――泊まっていかない?

雅の唇は、桃子の期待と違わぬ動きをする。そんな予感がして、桃子は頷く準備をした。

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