まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

439名無し募集中。。。2017/11/13(月) 03:00:23.370

雅が泥水のような紅茶を流し込んで店を出た時、街にはまだ賑やかさが保たれていた。
駅前に立ち並ぶ洒落たバーや活気ある居酒屋、どこを向いてもざわめきが漏れてくる。
行き交う車のエンジン音に紛れて、遠くの方で何かのサイレンが鳴っていた。
溢れる雑音の中で、自分だけがまったくの一人ぼっちで雅は店の前に立ち尽くした。
アルコールなど1滴も摂取していないのに、足元がおぼつかない気がする。
むしろ、こんな日は前後不覚になるほどに溺れてしまっても良いかもしれない。

とにかく動き出さなければ。
のろのろとスマートフォンを取り出し、居場所を求めてブラウザを開く。
ちょうど信号は赤に変わったところで、雅の目の前に1台の車が静かに停止した。

「あのー、すみません」

窓から覗く男性は、どうやら自分に話しかけている。
そう認識して、雅が一歩近付いた時だった。
背後から、首の付け根に軽い衝撃が加えられる。
雅が、え、と思った時には、かくんと膝が抜けていた。
狭くなる視界の中で、男性の顔がぼんやりと歪んだ。

440名無し募集中。。。2017/11/13(月) 03:00:51.390


次に雅が覚醒した時、まず感じたのは息苦しさだった。
徐々に戻ってくる体の感覚と共に、なぜか自分が拘束されていると分かった。
体の側面にあたる床はひんやりとしている。
布のようなもので目の辺りを覆われていて、唇には何かが張り付けられているらしい。
どうして。
雅が自問した瞬間、何者かに肩を押されて仰向けさせられた。

「おい、こいつじゃない」

ざらついた指先に、前髪をぞんざいに扱われる。
その感触に、全身を冷たさが走り抜けた。
なんだと、と少し離れた場所から聞こえて、この場には他の人間もいるのだと知る。
人違いということだろうか。そもそもなぜ自分は攫われなければならなかったのか。
混乱する脳みそに、カツン、と甲高い足音が届く。
かと思えば、うめき声と共に複数の足音が焦ったように遠ざかっていくのを聞いた。
静まり返った空気の中で、先ほど耳にした足音だけが変わらず響く。
段々と近づいてくる音は、雅の近くでぴたりと止まった。

「この子もよく巻き込まれるよねえ」

少し掠れた声は、女性のもの。
口ぶりから察するに知り合いだろうか。
しかし、声に聞き覚えはない。
雅が戸惑っている間に、体の下へと腕らしきものが差し込まれる。
次の瞬間、雅の体はあっさりと抱え上げられていた。
女性がどこをどう通ったのかは分からないが、気づけば建物の外へと連れ出されたらしい。
鼻に抜けた排気ガスの臭いに、なぜか胸が詰まった。
街のざわつきは少し遠く、ひとけのない場所を歩いていることが分かる。
やがて車のドアを開ける音がして、雅の体は後部座席らしき場所に押し込まれていた。

「さーて、どうしようかな」

思ったよりも近い距離で、女性が独り言のようにつぶやく。

「……桃子んちでいっか」

少し低い温度で、何か——おそらくは女性の手のひら——が雅の額に触れた。
ふわりと全身が浮遊する感覚はどこか懐かしく、雅の意識はそこで途絶えた。

*  *  *

441名無し募集中。。。2017/11/13(月) 03:01:23.130

パチパチと何かが爆ぜる音がして、雅はじわじわと覚醒した。
見覚えのない天井が目に入り、一気に全身が目を覚ます。
上半身を跳ね上げると、スプリングが軋む音がした。

「夏焼さん、おはようございます」
「あ……お、はよ」

声のした方へ首を巡らせると、台所に立つ梨沙と舞の姿があった。
何かを調理している香ばしい匂いと一緒に、馴染みのある香りが雅を包む。
ここは、桃子の家のリビングだ。
そう認識したは良いが、どうしてここにいるのか全くもって覚えがない。
あまりにも雅が間抜けな顔をしていたのか、梨沙がくすりと笑うのが聞こえた。

「えっと、覚えてないですか? 昨日のこと」
「きのう……」
「もも姉と一緒に帰られる途中で、具合が悪くなったんですよね?」
「そう、だっけ」

梨沙に言われるままに、雅は昨晩の記憶を辿った。
桃子と一緒に、カフェBuono!に行ったことは覚えている。
そして、そこであった出来事も、残念ながらどうやら現実らしい。
問題はそこからだ。
桃子は先に帰ったはずで、雅は傷心のままに居酒屋ののれんをくぐったはずだった。
その後はペースなど考えもせずに酒を煽って——以降の記憶がない。

「……えーっと」
「もも姉が帰る途中で夏焼さんに会ったって言ってました」
「そう、なんだ」

やけ酒の上に酔っ払い、あろうことか桃子に迷惑をかけたとは。
もも姉は怒ってないと思います、なんてフォローは入ったけれど、きっとそういう問題でもないのだ。

「とりあえず、朝ごはんでも食べませんか?」
「え、でも」
「私たちのついでなので。良ければ食べてください」

丁寧な梨沙の言葉に促され、ついつい雅は頷いていた。
すかさず「ご飯作ってるの舞なんだけど!」とツッコミが飛んでくる。
それを聞きながら、雅はようやく少しだけ笑うことができた。

442名無し募集中。。。2017/11/13(月) 03:01:40.110

3人で囲む食卓には、目玉焼きとサラダ、それにパンが並ぶ。

「ありがとう、うちの分まで」
「いや本当に、気になさらないでください」
「本当はもも姉の分だったのに、寝坊しちゃったーって言って食べなかったんで」

舞は大げさに頬を膨らませながら、パンをちぎっていた。
その手が不意に止まって、ゆっくりと食卓に着地する。

「もも姉は、勝手すぎる」
「……何かあったの?」

ぼそりと聞こえた声はなぜか寂しそうで、雅は思わず問い返していた。
俯いてしまった舞の代わりに、梨沙が口を開く。

「もも姉の留学の話ってご存知ですか?」
「あー……聞いた、気もする」

それが理由で告白を断られたのだから、覚えていないはずがない。

「私たち、今朝それを聞いたんですけど」
「あと2週間くらいで行っちゃうとか! 急すぎ!」
「え、そんなに急なの?」

桃子の口ぶりから、まだもう少し遠い未来のことだろうと勝手に思っていた。
それを考えれば、舞の態度も納得がいく。

「そうなんです。まあ、もも姉にもいろいろ事情があったっていうか」
「だからってさあ、」
「舞ちゃん、その辺にしといて」

梨沙に窘められて、舞が口をきゅっと結ぶ。

「えーっと、それでですね。私たち、送別会をしようって話をしたんですけど」

夏焼さんも、参加してもらえませんか?
梨沙の誘いは嬉しいが、フラれた自分がのこのこと誘いを受けても良いものか。

「いや……あー、うん。後で、予定見て返事するね」

雅の返事が予想外だったのか、梨沙が微かに目を丸くするのが見えたが、雅は気づかないふりをした。

567名無し募集中。。。2017/11/14(火) 19:29:42.290

あの、と梨沙に話しかけられたのは、雅が遅めの朝食の後片付けを終えようとしていた時だった。

「この後、他のみんなと一緒に送別会の相談しようと思ってるんですけど」

その先は想像してくれと言うように、梨沙の語尾が溶けて消える。
雅より少し身長が低いせいで、自然と上目遣いになる梨沙の視線が雅の瞳に飛び込んだ。
なぜかどきりとしながら視線をずらすと、梨沙の肩越しに舞とも目が合う。
やけに真剣な二人の空気に、雅は言葉を詰まらせた。

「この後、予定ありますか?」

そう言いながら、梨沙の手が自然に雅の手首を掴む。
嘘をつくのは、苦手だった。
ない、と雅が首を振ると、どこかほっとしたように梨沙が手の力を緩めた。

桃子がいつ帰ってくるか分からないため、送別会の相談は外で行われるらしい。
午前中は部活があった3人は、近所のファミレスに直接集合するんだとか。
押し切られてしまった。
ファミレスの隅のボックス席。目の前には舞がいて、隣は梨沙に塞がれている。
つくづく、この家族——もとい、姉妹——には巻き込まれてばかりだ、と雅は思った。
もうすぐ着くという梨沙の言葉通り、数分もしないうちに聞き覚えのある元気な声が耳に届く。

「あ! 夏焼さん!」

雅を見るなり、3人は弾けんばかりの笑顔を雅に向けた。
ぴょこぴょこという効果音が似合いそうな仕草で、3人がそれぞれに会釈をする。
ここまで喜んでくれるなら、巻き込まれるのも悪くはないのかもしれない。

まずは日程を決めないと。
料理はどうしよう、お寿司は絶対として、ピザとかは?デザートも欲しいよね。
机の上のルーズリーフに、食べ物の候補や当日の流れが書き出されていく。
買い物担当と料理担当で分かれた方がいいのかな。
子どもたちが話し合っているのを聞きながら、気になったことがあれば雅も口を挟んだ。
ちゃんと喜んでもらえるだろうか。
机の上に広がる、ちょっぴりの不安と大きな期待。
純粋に誰かのためを思って何かを準備するのは、それだけでワクワクした。
こんな風に誰かとパーティーの相談をするなんて、もう何年もしていなかった。

568名無し募集中。。。2017/11/14(火) 19:30:53.090


ちょっとお手洗いに、と雅が鞄を手に席を立つと、少し遅れて梨沙が後をついてきた。
雅が足を緩めると、梨沙はちょこんと横に並ぶ。

「お家のお財布、持って来てるんで大丈夫です」

無駄に決まった顔で、梨沙が持っていた長財布を掲げてみせる。

「……すごいね」

まさか、見抜かれているとは思わなかった。
こっそりと持ってきていた伝票が、ひとりでに指の間をすり抜ける。
気づけば、伝票は梨沙の手の中にあった。

「でもいいよ。朝もご馳走になったし」

伝票を奪い返そうとするも、雅の指先は空を切っただけだった。

「もも姉がなんて言うか分からないので」
「いや、でもさ」

さすがに世話になりっぱなしでは、立つ瀬がない。

「前、ももにお金借りてたから」

言い訳は、勝手に口からこぼれ落ちた。
初めて桃子に出会った時の、ホテル代。
いつか返さなければと思っていたが、もしかしたらもうそのタイミングもないかもしれない。
雅の言葉の真偽を伺うように、梨沙の動きが止まる。
その隙をついて取り返した伝票は、大きな折り目がついてしまっていた。

「夏焼さん……やっぱり、もも姉と何かありましたよね?」

会計をする雅の横で、ぽつり放たれた梨沙の言葉。
釣銭を受け取る手のひらが、小さく痙攣する。
ちらりと皆が座る席へと目をやって、いいですか?と梨沙の指先が袖をつままれた。

571名無し募集中。。。2017/11/14(火) 19:35:25.160

導かれるままに店の外へ出ると、入口の少しひらけたスペースで梨沙と向かい合った。
はぐらかすという選択肢は、きっと通用しないだろう。
なおも真っ直ぐに見上げてくる梨沙に、雅はあっさりと白旗を揚げた。

「梨沙ちゃんて、察し良すぎない?」
「というより、もも姉が分かりやすすぎなんですよ」
「うっそ、ももが?」

今までの桃子を想像してみるも、大半はポーカーフェイスか、もしくはからかうような表情ばかり。
それが崩れたのは、雅が酔った勢いで想いを告げた夜くらいではなかったか。

「本当です。もも姉、かなりはっきり態度に出ますもん」
「……嘘でしょ」

梨沙の言う桃子と、雅の知っている桃子が本当に同一人物なのか疑いたくなった。
雅からすると、桃子はいつも飄々としている印象しかない。

「一昨日くらいに、もも姉とご飯食べましたよね?」
「そんなこともあったっけね」

たかだか3日程度の話なのに、随分と前の話のように感じられた。

——1年あったら、いろいろ変わるよ。

桃子の言葉が不意によぎる。
1年どころか、たった3日で大きく世界は変わってしまったようだった。

572名無し募集中。。。2017/11/14(火) 19:37:53.840

「その時に、なんて言うんですかね。もも姉、明らかに変で」
「変?」

記憶の波に攫われかけた雅を、梨沙の一言が引き戻す。
変だった、なんて初耳だった。翌日、コンビニで会った時には普通だったはずだ。

「帰ってきた時、なんかもう心ここにあらずっていうか」
「そんなに?」

思わず雅が尋ねると、梨沙は大袈裟なほどゆっくりと頷く。

「『梨沙ちゃん、どうしよう』って言うんですよ。あんなもも姉見るの、初めてで」

梨沙の言葉に従って桃子の様子を描いてみたが、雅の知る桃子のイメージにはそぐわない。

「それ、本当にももの話?」
「それが——本当なんですよ」

ムービー撮ろうかと思いました、と梨沙が茶目っ気たっぷりに笑う。
その様子は、どこか桃子の表情を思わせた。

「その日、夏焼さんとご飯食べて帰るっていうのは聞いていたので、それで」

喧嘩でもしたのかと思ったが、桃子の態度からしてそうではないらしい。
だが、雅の様子を見るに、何やらわだかまりらしきものは存在しているようだ。
もしかしたら、送別会は良い機会になるのではないか。

「それで、お誘いしたわけなんですけど。すみません、ちょっと無理やりで」
「なるほど、ね」

その観察力と推察力に舌を巻きながら、雅は梨沙の話を聞いていた。
外堀が埋められていることは薄々感じていたが、どうやら意図的だったらしい。

573名無し募集中。。。2017/11/14(火) 19:38:22.450

「夏焼さんが来てくださったら、もも姉も絶対喜ぶと思うんです」

送別会の準備をする皆の様子といい、今の梨沙の熱意といい、つくづく桃子は幸せ者だと雅は思った。

「手のかかる大人でごめんね」
「そんなことないです」

けれど、どうしてそこまでしてくれるのか。
雅の問いに、梨沙はわざとらしく腕を組んで小さく唸る。

「もも姉のことも、夏焼さんのことも、好きだから?」
「そっ、そう……」

率直な言い方に、軽くどぎまぎしてしまった。

「夏焼さんと出会ってから、もも姉生き生きしてて」
「……マジ?」

自信のなさから出た素直な言葉に、そうなんですよ、と梨沙の言葉が被さる。

「最近、バイト行く時も楽しそうで。まあ、もも姉が自覚してるかどうか知らないですけど」
「ホントに?」
「ホントなんですってば」

梨沙の言うことが真実なら、こんなに嬉しいことはない。
勝手に緩む頬を隠すように、雅は口元へと手をやった。

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