まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

129名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/30(日) 02:22:44.230

——今日、仕事終わった後ってヒマ?

急にそんな連絡が来たら、誰だって少しは期待すると思う。何を、とは言わないけれど。
ご多分に漏れず、桃子からのメールを受け取った雅の心臓も少しだけ早くなった。
光の速さで返事をしてしまうと、脳内で流れ始めるのは巷で流行りのハッピーな音楽。
ひかるにまで「みやちゃん、今日はなんだか楽しそうですね」と言われてしまった。
けれど、今の雅にとっては何だって些細なこと。
すべきことを終わらせて会社を飛び出すと、それを見計らったかのようにメールが届いた。
そこに書かれた指示に従って、歩き出したところまでは良かった。
その時までは、雅は非常に浮かれた気分に包まれていた。

「ここで、合ってる……?」

指定された場所にたどり着いてみると、そこは職場から少し離れたスーパーマーケットだった。

「ごめんごめん、お待たせ」

本当にここで合っているのだろうか、と疑念を抱きかけた雅の耳に聞き慣れた声が届く。
振り返ると、大きめのバッグを肩に提げた桃子がひらひらと手を振っていた。
ということは、やはり待ち合わせはここで間違いないらしい。

「えっと、もも?」
「じゃ、行こうか」
「はい?」

雅が言葉を挟む隙を与えず、桃子はさも当然というようにスーパーへと足を向ける。
雅にできたことといえば、その後を追うことくらいだった。

133名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/30(日) 02:31:06.930

仕事帰りと思しき人々が、カゴを片手に行き交う店内。
一人暮らしを始めたばかりの頃は、雅もその中の一人だった。
まともにスーパーで買い物をしたのは、いつが最後だろうか。
そんなことを考えて、雅は少しだけ懐かしさに包まれた。

「ちょうどさ、やなみんも舞ちゃんも来れなくて」
「それ、今の状況と何か関係があるわけ?」
「あるある、大あり」

分かってないなあ、という顔をされても、本当に分からないのだから仕方ない。
素直に雅が眉根を寄せると、それに気がついた桃子はふふっと笑いを漏らした。

「今日はさ、卵とキッチンペーパーが安いんだよ」
「へえ」
「で、そういうのって大抵お一人様おひとつまでってやつなの」

分かった?とこちらを見上げる視線。
言いたいことはよく分かったが、期待した自分の気持ちはどこへやれば良いのだろう。

「この後やなみんのお迎えもあるし、ささっと終わらせないとね」
「あー、そう、ね」

だが、今更引き下がるわけにもいくまい。
それならば、今の状況を最大限に楽しむほかない。
今晩の夕食の献立とか、料理当番が誰だとか。
そんな他愛のない会話をしながら、二人で食材をカゴに突っ込んでいく。
開き直ってみれば、誰かと一緒に買い物をするのも悪くはなかった。
二人で両手にエコバッグを提げるほどの量の買い物を終えると、スーパーマーケットを後にした。

「助かった。ありがと」
「いや、全然」

礼を言う桃子のへにゃっとした笑顔に、ついつい視線は奪われている。
みや、と名前を呼ばれるまで、そのことに気がつかないくらいには無意識な行動だった。
その理由を雅が追いかけるより先に、桃子の声が思考に割り込んだ。

「送ってくよ」
「え?」
「お礼の代わり、みたいな感じ? やなみんのお迎えの後にはなっちゃうけど」

ここから雅の家までは、歩いてでも帰れない距離ではない。
だが、わずかな別れ難さを感じていたのもまた事実。
断る理由などあるはずもなく、雅は一も二もなく頷いていた。
雅を助手席に乗せると、桃子は滑らかに車を発進させた。

134名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/30(日) 02:34:00.850


桃子の運転は、意外にも——と言うとまた怒られそうだが——器用なものだった。
とある角を曲がった車は、少々薄暗い裏路地を進んで行く。
そこで何気なく目にしていた景色の中に引っかかりを覚えて、雅はあ、と声を上げていた。

「あれって、奈々美ちゃん?」
「え?」
「ぅわっ」

がくん、とつんのめるようにして停止する車。
どさりと後ろから荷物がずり落ちる音がしたが、桃子は気にしていないようだった。
急ブレーキに驚いて雅が横を向くと、ハンドルを握りしめた桃子と視線がぶつかった。

「どこ?」
「え?」
「やなみん。どこ?」

別人のように一変した桃子の表情に、背筋を冷たいものが走り抜ける。

「えっと、あそこ……?」

気圧された雅がぎこちなく指差すと、すっと移動する桃子の視線。
雅がそれを捉えた次の瞬間、車のドアが開く音が響く。

「あ、もも?!」

雅が名前を呼んだ時には、既に桃子の背中は少し離れた場所にあった。
少し逡巡した後、雅もそれに続いた。
確たる根拠はないけれど、行かなければと予感が知らせていた。

136名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/30(日) 02:39:23.290


雅が桃子の背中に追いつくと、その先に奈々美の他にもう一人いるのが分かった。

「何してるの?」
「姉様!」

桃子の冷たい声は、奈々美の隣にいる人物へと向けられている。
奈々美より頭一つ分ほど高い身長で、振り向いた拍子にはらりと長髪が流れるのが見えた。

「やなみんから、離れて」

雅が聞いたこともないような抑揚のない声で、桃子が言い放つ。
それは切れ味の鋭い刃物のように、容赦のない響きを帯びていた。
そんな桃子に圧倒されてか、軽く両手を挙げた状態で人影が数歩、後ずさる。
その隙に、桃子の腕が奈々美を引き寄せるのが見えた。

「姉様、私、何もされて」
「そんな嘘、信じると思う?」

奈々美の控えめな言葉を、ぴしゃりと遮る桃子の低い声。
桃子の背中から湧き上がる殺気にも似た空気は、辺りを凍りつかせてしまいそうだった。
桃子が、こんなにも感情を露わにすることがあろうとは。
雅がそんなことを考えていると、後ずさったままだった人影から絞り出すような声が聞こえた。

「……嘘では、ない」

よくよく目を凝らすと、さっと一筆で引かれたような涼しい瞳が目に入る。
綺麗な人だ、という雅の第一印象は、次の一言であっさり砕かれた。

「……闇の住人は……嘘をつかない」
「……は?」

脳が認識した言葉はあまりに場違いで、雅は自分の耳を疑った。
だが、桃子から漂う空気が緩むのが伝わってきたのをみるに、どうやら聞き間違いではないらしい。

「やみの、じゅうにん?」

初めて聞いた言葉のように復唱した桃子に、"闇の住人"とやらは力強く頷いた。

「私、この方のコンタクトレンズをお探ししていて」
「……こんたくとれんず?」

完全に毒気を抜かれた様子で桃子がくり返すと、奈々美もしっかりと首肯する。

「闇の住人は……夜目が効かないのだ」
「えっと……闇の住人ですよね?」
「一人では、見つけられなかった。感謝を……している」

桃子の指摘をあっさりと受け流し、闇の住人は深々と腰を折った。
彼女がどこの住人かはさておくとして、奈々美が感謝されていることは確からしい。

138名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/30(日) 02:42:02.960

「姉様、本当なの」

信じて、と奈々美の眉が八の字に下がる。
奈々美の眼差しを受け止め、頭を下げている人影に視線を移して。
やがて、桃子が何かを諦めたように緊張を解いたのが分かった。

「……嘘だったら、タダじゃおかないから」
「姉様!」

八の字の眉が器用に持ち上げられて、奈々美の声が弾む。
よく分からないが、どうやら何かが一段落したらしい。
雅が胸を撫でおろしたのと、間抜けな声が辺りに響き渡ったのはほぼ同時。

「……うあぁっ! む、虫っ!」

ひょこひょことした動きで後退した彼女は、電柱に頭をぶつけてうずくまってしまった。
ここは私が、と飛び出していった奈々美の方が、よほど頼もしい。

「……もも」
「うん?」
「あの人、悪い人じゃないと思うな」
「うん……私も、そんな気がしてきた」

雅がぽつりと言えば、気の抜けた桃子の言葉が返ってくる。
今の状況を見る限り、コンタクトレンズをなくして困っていたというのもきっと事実なのだろう。

139名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/30(日) 02:43:35.510

雅と桃子がぼんやりしている間に、騒動はひとまずの収束を見せたらしい。
こほん、と一つ咳払いをして、闇の住人は流れるような動作で顔を上げた。
その表情は、先ほどまで小さな虫であたふたしていた人間と同じ人物とは思えないほど。

「お嬢さんを、また、誘っても……良いだろうか」

桃子に向けて丁寧に発せられた音は、静かに周囲の空気を揺さぶる。
良い返事を期待するように、まっすぐ桃子へと注がれる奈々美の熱い視線。
はあ、と桃子が深い息を吐き出したのが聞こえた。

「夜、遅くならないなら」
「ああ」
「ちゃんと、行き先とかも連絡してください」
「……承知した」
「あとは……やなみんが嫌なこと、しなければ」
「もちろんだ」

ではまた、と踵を返し、"闇の住人"と名乗る女性は言葉通り闇に溶けて消えてしまった。

「帰ろっか」
「はいっ」

元気な返事と共に、歩き始めた奈々美の足取りはどこか軽やかだった。
半歩先を行くその背中について、雅と桃子も歩き始める。
なんかフクザツ、という小さな小さなつぶやきは、きっと雅にしか聞こえていなかった。

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