まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

144名無し募集中。。。2020/05/18(月) 02:40:54.280

透き通ったチャイムの音が校内に響いた時、桃子はうっすらとした微睡みの中にいた。
震わせた瞼の隙間からきつい西日が差してきて、桃子はぎゅっと顔をしかめる。

「……ん、ぅ」

桃子が小さく身動ぎをすると、座っていた古い椅子がギシギシと軋んだ。
薄目で確かめた時計は午後5時半。
細く開けておいた窓の間からは、グラウンドで練習している運動部の声が聞こえている。
下校時刻か、とぼんやりした桃子の頭が認識した時、低い音を立てて引き戸が開いた。

「なんだ、まだいたの。嗣永さん」
「……里田先生」
「適当でいいんだよー? 保健だよりなんて」

里田先生はそう言いながら、大きく口を開けて笑った。
里田先生の日焼けした健康的な肌は、彼女の肩に引っ掛けられた白衣のせいでさらに強調されている。
うたた寝していましたなどと言えるはずもなく、桃子は「あとちょっとなんで」と曖昧に笑い返した。

「真面目だねー、嗣永さんは。保健委員なんて、大抵みんなサボりたくてなるんだよ?」
「こういう仕事は、好きです」
「あはは、そうね。嗣永さんは絵も上手いもんね」

桃子の手元にあったプリントをちらりと覗き込み、里田先生は満足そうに頷く。
里田先生のストレートな褒め方が妙に気恥ずかしくて、桃子はそっと俯いた。

「ま、もう少しなら目瞑ってあげる。でもあんまり遅くならないようにね」

桃子の頭にぽんと手を置くと、里田先生はくるりと踵を返す。

「鍵、ここにかけておくから。帰る時は職員室に返しに——」

窓から聞こえたきゃあという叫声が里田先生の言葉に重なって、桃子の意識はそちらへ引っ張られた。
グラウンドの真ん中で、うずくまる誰かを何人かが取り囲んでいるのが目に入る。

「おーい、聞いてるかー?」

呑気な里田先生の声は、グラウンドの様子には気づいていないようだった。
はっとした桃子が返事をすると、「じゃ、よろしく」と言い残して里田先生は去って行く。

145名無し募集中。。。2020/05/18(月) 02:41:41.100

桃子が再び窓へ視線を戻した時には、グラウンドはいつもの練習風景に戻っていた。
一つ違っていたのは、トラックの外のベンチに並んでいる二人がいること。
内容までは分からないが、声の調子からして何やら言い争いをしているのが桃子にも分かった。

「……待ってた方がいいかなあ」

二つの人影が立ち上がったのを認めて、桃子は自問した。
未完成の保健だよりと、下校時刻を過ぎた時計。
それらを目にした桃子の腹が、くるくると小さく音を立てた。
本音はそろそろ帰りたいところだが、あの二人が目指すであろう場所を施錠してしまうわけにもいかない。
桃子が迷っている間にも、ぎゃあぎゃあと騒がしい声が近づいてくる。
その声が部屋の前で止まったのを感じて、桃子は仕方ないか、と椅子に座り直した。

「里田せんせー! ちぃが怪我……あ」

よく通る声と共に、保健室の引き戸が乱暴に開かれる。
日焼けしたショートカットの少女と、彼女に肩を貸す少女。
二人が着ている揃いの水色のジャージを見るに、どうやら一つ下の学年らしい。
里田先生ではない人物を前に固まってしまった二人に、桃子はにっこりと笑いかけた。
上級生の余裕を見せるようなつもりで。

「里田先生なら、職員室に戻ったよ?」
「うわっ、す、すみませんっ!」

慌てた様子で、ロングヘアの方が勢い良く頭を下げる。
派手な見た目の割に、きっちりとした礼儀正しさが桃子には意外だった。

「もー、みやのあわてんぼー」
「っさいなー、ちぃの手当しに来たんでしょ!」

みや、と呼ばれたロングヘアの少女は、ちぃと思しき少女をぐいっと近くの椅子に座らせる。
ぱっと上げられたみやの視線は、まっすぐに桃子へと向けられる。
くりくりとした大きな瞳が夕日を反射してキラキラと光る。
鼻筋にすっきりと落ちた影のせいで、彼女は年齢以上に大人びて見えた。
綺麗な子だな、と桃子は思った。

「あ、あのぅ」

何度かまばたきをして、みやが口を開く。
わずかにその口の端が引きつったのを見て、桃子はみやの緊張を察した。

146名無し募集中。。。2020/05/18(月) 02:41:59.720

「こけちゃった?」
「はい、えっと……捻挫したかもしんなくて、冷やすもの」
「みやってば心配しすぎー! 千奈美、大丈夫だよ!」
「大丈夫かどうか分かんないじゃん!」

グラウンドで揉めていたのも、きっと同じ内容なのだろう。
放っておけば延々と続きそうな言い合いに、桃子は「ストップストップ」と割って入った。
保健委員として。先輩として。
何より、桃子のお腹の虫がそろそろ限界を迎えそうだったから。

「ちょっと見せてみて」
「え、でも……」
「いーからいーから」

まだ何か言いたげなみやを遮って、桃子は千奈美の足元にしゃがみこんだ。
千奈美の足首はタオルできちんと固定されている。
手慣れた処置の跡に、桃子は心の中で感心した。

「……これ、自分でやったの?」
「みやが、さっきやってくれた」
「すごいね、慣れてるんだ?」

桃子が振り返ると、みやは照れくさそうに顔を崩した。

「応急処置は、一応」
「さっすが。運動部の鑑だね」
「みやはすっごいんだよ! フットサル部の中でも一番詳しいんじゃないかなぁ」
「分かる分かる。固定、ちゃんとできてるもんね?」

桃子がさらに重ねると、それほどでも、とみやは頬を掻く。
はにかんだみやの表情は、年相応に幼く見えた。

「氷嚢は新しいのが冷凍庫にあるから出してあげるね。あとはシップか塗るやつか……」

桃子が立ち上がって冷凍庫へ足を向けかけた時、みやの声が千奈美に飛んだ。

「ちぃ、絶対病院行ってよ」
「えー、めんどく」
「いいからちゃんと行って!」
「もうこんな時間、」

三度始まってしまいそうな言い争いを遮るように、桃子はパチンと手を叩く。

「私もそっちに賛成。どんな怪我も甘く見ちゃダメだよ?」

状況は二対一。千奈美は、みやと桃子の顔を交互に見て渋々頷いたのだった。

147名無し募集中。。。2020/05/18(月) 02:42:54.350


夏焼雅と徳永千奈美、共に2年C組。
保健室の来室表のおかげで、あの日突然やってきた騒がしいコンビの名前とクラスはすぐに判明した。

「ちゃんと病院行ったかなー」

壁にベタベタと貼られたプリント類を見上げながら、桃子はぽつりとつぶやいた。
あのコンビのことを知ったからと言って、何ができるわけでもないのだけれど。
世話焼きでしっかり者な雅と、妙に楽天的な千奈美。
漫才コンビのような雰囲気が印象的な二人だった。
あれから数日経った今も、桃子の頭にはたまに二人のことが蘇る。

「ももー、次の移動教室ってどこだっけ?」

ぼーっとしていた桃子に話しかけてきたのは、クラスメイトの清水佐紀だった。
幼稚園、小学校ときて中学校。気づけば佐紀との付き合いも10年目になろうとしている。

「えーっとね、」

桃子が答えようとした瞬間、佐紀を呼ぶクラスメイトの声が割り込んできた。
ごめん、と席を立つ佐紀を、桃子は何気なく目で追う。
後輩にでも呼ばれたのかな、と思った瞬間、その先にいる人物の顔が目に入って桃子は思わず立ち上がっていた。

「あーっ!」

桃子が相手の顔を認識したのとほぼ同じタイミングで、向こうも桃子を見つけたらしい。
くりっとした大きな目をさらに丸くして、雅は桃子を指差した。

「さ、3年生だったんですかっ?!」

予想していなかった雅の発言に、桃子は大きくずっこける。
それを耳にした佐紀が小さく肩を震わせているのも、桃子は見逃さなかった。

「制服で分かるでしょ!」
「……あ、確かに」

目から鱗が落ちたような雅の表情を見る限り、全くそういう思考がなかったらしい。
桃子は「しっかり者」という雅の評価にそっと取り消し線を引き、その横に天然と書き足した。

148名無し募集中。。。2020/05/18(月) 02:43:11.990

「あの時は、ありがとうございました!」
「いえいえ。あの子、あれからどう?」
「ちぃ、ちゃんと病院行ってくれました。先輩のおかげです」
「よかったー。ちょっと心配してたんだ」

雅が軽く頭を下げるたびに、滑らかな髪の毛がサラサラと流れた。
それに桃子の目は一瞬奪われた。

「何? 二人とも知り合いだっけ?」

二人の会話をじっと聞いていた佐紀が、堪らなくなったのか口を挟んでくる。

「この前、保健室来てくれたんだよね」
「はい。あの、徳永さんが怪我した時」
「あぁ、あの時ね」
「あれ、そういえば、佐紀ちゃんとは?」
「え、部活の後輩だけど」
「あー、フットサル部なんだ。だから慣れてたんだね」
「本当に、基本の応急処置だけですけど」

保健室に訪れたあの日と同じように、雅は白い歯を見せて照れたように笑う。
雅のその笑顔は、桃子の目にはどこかあどけなく映った。

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