雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - ふたりごはん(誓いの新緑パスタの巻)
508名無し募集中。。。2018/05/08(火) 00:58:27.780

その日、雅の足を引き止めさせたのは艶やかな緑色だった。

「……おいしそ」

自分のセリフに呼応するように、胃のあたりがかすかに疼く。
新緑を切り取ったような鮮やかさに誘われて、雅は迷わずそのアスパラガスを手に取った。
家の冷蔵庫には、少し前に買ったベーコンが余っている。
急にお菓子を作りたくなって衝動買いした生クリームも、さっさと使い切ってしまいたい。

「パスタ、かな」

言葉にすると、料理の完成図がはっきりと頭に浮かんだ。

帰路の途中で、桃子から電車に乗ったと連絡があった。
はーい、と返信を打ちながら、画面の隅で今の時間を確かめる。
いつも通りなら、1時間もしないうちに桃子は家に到着するだろう。
やはり、時間のかからないメニューにしてよかった、と雅は思った。
せっかく作った時間なのだから、少しでも二人でのんびりと過ごしたい。

——明日くる?

そう連絡したのは昨晩のことで、そう誘ったのは雅からだ。
断られることは想定していなかったし、実際の桃子の返事も想像通り。
夜ならば空いていると言うので、じゃあ晩ご飯を一緒にとろうと話は進んだ。
桃子が泊まっていくかどうかは、曖昧なままにしておいた。

509名無し募集中。。。2018/05/08(火) 01:01:20.050

帰宅すると、雅は即座に部屋の片付けの続きに手をつけた。
自分から誘ったわりに、部屋はまだ少し散らかっていた。
床に転がる居場所のないものたちを拾い上げ、適当に物置へと詰め込む。
他の来客であれば寝室にでも放り込むところだが、桃子の場合はそうはいかないからだ。
カーペットの上に粘着テープを滑らせながら、初めて桃子がこの部屋を訪れた夜のことが頭に浮かんだ。
桃子に泊まっていけばと誘ったは良いが、片付いていないものを寝室に押し込んでいたのがいけなかった。
結局隠し通せるはずもなく、桃子にも片付けを手伝わせてしまった。
今は笑い話として昇華できたからよかったものの、当時の雅にしてみれば冷や汗どころの話ではなかったのだ。

「こんなもんかな、っと」

概ね片付けを終えると、雅は改めて部屋をぐるりと見返した。
まだ多少は散らかっているが、そこは目を瞑ってもらうとしよう。
本当なら少し座って休みたいところだが、桃子の到着時刻を考えるとおちおちしていられない。
キッチンに入ってエプロンを締めると、一通りの材料をそろえて雅は袖をまくった。

510名無し募集中。。。2018/05/08(火) 01:05:31.630

湯を沸かす準備を済ませ、今日の主役のアスパラを手に取る。
綺麗な緑の皮は、流水にあてると水を弾いて光った。
斜めに刃を押し付けると、ざくりとした手応えが伝わってくる。
ころりと転がった断面は瑞々しく、キラキラと明かりを反射した。

塊のベーコンは、少し厚めの薄切りに。
肉の繊維を押し切るようにして、ぐっ、ぐっ、と腕に力を入れて切っていった。
薄切りの安いものでも良いよ、と桃子は言うかもしれないが、気づけば塊の肉を買ってしまう自分がいる。
味の差を思えば値段の差など大したことはないから、かもしれない。

「ふぅ、よし」

大鍋からは、ふつふつと沸騰する音が聞こえてきていた。
今から茹で始めれば、桃子が来るのと同じくらいのタイミングで夕飯ができあがるだろう。
時計を横目にそんな計算を繰り広げながら、雅はスパゲティを鍋にふわりと広げた。
ひよこ型のキッチンタイマーのスイッチを入れると、ぴよ、と電子音で返事をされる。
いつだか、桃子と二人でキッチン用品のお店を回っていたら、一目惚れしてしまったものだ。
少し間の抜けた鳴き声を真似る桃子が浮かんで、雅はふっ、と息をもらした。
最初にその真似を目にした時は、なぜだか無性におかしくて、笑いが止まらなくなってしまって。
その反応が嬉しかったと見え、桃子は今でもよくひよこの真似をする。
結局、毎度笑ってしまうのだから不思議である。

フライパンにオリーブオイルを馴染ませ、そこにベーコンを滑らせる。
じゅわりと音を立てて、真っ白な湯気が沸き立った。
弱火のままでじっくりとベーコンを転がしながら、オイルに旨味を移す。
徐々に照りを増すベーコンの表面を眺めていると、それだけで胃がくるくると空腹を訴えた。
味見という名のつまみ食いをするなら、今がその時。
迷う雅の気を逸らすように、耳慣れたインターフォンが響いた。

511名無し募集中。。。2018/05/08(火) 01:10:09.870

「あ、」

見やった時計が指す時刻は、予想よりも少し早めだった。
もしかして、急いで来てくれたのだろうか。
そんな考えが浮かんで、だらしなく緩む頬のまま雅は玄関へと向かった。

「おつかれー」
「おじゃましまぁす」

鍵を開けてやると、桃子はマスクに紺色パーカー姿で立っていた。
完全にオフの雰囲気を漂わせる桃子を招き入れ、雅は慌ただしくキッチンに戻る。
少し遅れて、桃子がリビングに顔を覗かせた。

「もうできるから座ってて」
「ん……ありがと」

芯のない声で返事をして、桃子が床にぺたんと腰を下ろすのが見えた。
クッション使って、と雅が声をかけると、桃子はゆるゆると近くにあったクッションの上に移動する。
スマホに目を落とす横顔は、ここ数日ずっとぼんやりしたままだった。
お腹を空かせているだけなら良いのだが、それが理由でないことを雅もなんとなく察している。
少し時間を置いてみたが話してくれる気配がないので、雅から桃子を誘うに至ったというわけだった。

スパゲティが茹で上がるまでもう少し、というところで刻んだアスパラも湯に泳がせた。
ピヨピヨとひよこが鳴き始めるのを合図に、スパゲティとアスパラのお湯を切る。
いつもならピヨピヨに反応する桃子が、今日は無反応。
やっぱり何かあったな、なんて考えていたら、湯が跳ねて雅は小さく顔をしかめた。
スパゲティとアスパラをフライパンに移すと、生クリームと牛乳を絡めてクリームパスタの完成。
あとは、塩と胡椒、粉チーズで味を整えるだけ。

「ももー、できたよー」
「……はぁい」

桃子がのろのろと食卓に向かう間に、雅はキッチンと食卓を優に二往復はしていた。
「大丈夫?」と問いたくなったが、今ではないような気がして雅は一連の桃子の様子を見守った。
緩慢な動作で手を合わせ、スプーンとフォークで巻き取られたパスタが桃子の口へと消えていく。

「……おい、しい」
「ん、よかった」

こくりと喉が上下して、桃子の腹が鳴くのを聞いた。
順調に動き始めたカトラリーに一安心し、雅も自分の食事に手を付ける。
柔らかすぎず、しゃくりとした歯応えを保つアスパラの茹で具合は上々。
ベーコンも、表面のパリッとした食感と中身の柔らかさが我ながら程よいバランス。
そんな自画自賛を並べながらも、一方では桃子のことが気にかかる。
相変わらず気もそぞろに見えたが、皿の中身は着実に減っていた。
それに満足して、雅も目の前の料理に意識を戻した。

512名無し募集中。。。2018/05/08(火) 01:11:30.680


もも、と声をかけたのは食事もほぼ終わりといった頃。
ん?と持ち上げられた顔が、やけに幼くてあてられそうになったのは内緒。

「ついてる。そこ」
「え?」

もぐもぐと動いていた口の端に付着する、白い何か。
ティッシュを差し出そうとして、雅はそれを引っ込めた。
ぽかんとする桃子の頬に手を伸ばし、ティッシュ越しに唇へと指先を這わせる。

「な、に、っみや?」

きゅ、と下唇を摘むと、さすがに驚いたのか桃子が声をあげた。

「そろそろ戻ってこい」
「なん、のこと」

お構いなしにフニフニと指先に力を入れながら、浮かんだままを口にする。
言葉の意味が通じなかったのか、桃子が顔をしかめたのが分かった。
なおもいたずらを続けようとすると、雅の指は桃子の手に制された。

「いきなり、どしたの?」
「ももこそ。最近ずっと変」

捕らえられた手のひらを返して、桃子の指を掴み直す。
指先がびくついたのを感じたが、拒絶ではないはずだと思った。
宥めるように手の甲を撫でてやりながら、雅は努めて穏やかな声を作る。

「どうせ、なんか悩んでんでしょ?」
「……さ、さあ」

ウソつき。
指先の力を強めると、臆病な手が逃げていこうとするので慌てて捕まえた。

「なに? みやに言えないこと?」
「そう、じゃ、ないけど……」

じゃあ何、と飛び出そうになるのを抑え込む。
その代わり、桃子の指に自分の指をゆるく絡ませた。

「ちゃんと聞くまで帰さないから」
「んな無茶苦茶な……」

観念したのか、はたまた呆れたのか。
雅の手に閉じ込められて、桃子の指からくったりと力が抜けた。

286名無し募集中。。。2018/05/14(月) 00:41:05.020

「ちょっと……時間、ほしい」

引っかかったままの指先が、きゅっと握られた。

「なんか、飲む?」
「……あまいのがいい」

ぐずるような声に頬を撫でられて、とくんと雅の心臓が跳ねる。
ふとした時に自然と甘えてくるのだからタチが悪い。惚れた方の負けとはよく言ったもの。

「ココア、とか?」
「ん」

言葉が減るのも、雅が察してくれるのを期待しているからだ。
それを嬉しいと思えるようになったのは、以前よりは余裕がでてきた証拠かもしれない。

「作るから頭整理してて」
「……が、いい」
「ん? ……ああ」

桃子のささやかなわがままは、少し遅れて形になった。
はいはいあれね、と席を立つ雅の背には、キラキラとした視線が注がれていた。

自分一人なら電気ケトルで湯を沸かして済ませてしまうけれど、今日は特別。
小鍋をコンロにかけて、ココアの缶を手に取る。
黄金色の缶は、いつだったか桃子が持ち込んだものだ。
手土産のつもりだったのだろうけれど、なんとなく一人では飲む気がしなくて桃子が来るたびに少しずつ消費していた。
ココアパウダーを鍋に広げると、ココアの香ばしい匂いが舞い上がった。
これを弱火にかけて煎るのだが、泡立て器でとんとんと混ぜて焦げないように世話をしてやらなければならない。

――人間も同じかもね。

不意に思って、雅は桃子の方を盗み見た。
壁の方を眺める桃子の手元では、ティッシュがゆるゆると弄ばれている。
桃子からのアクションを待っていたのもあるが、寂しがりな上に妙なところでネガティブな桃子のこと。
もしかしたら、少しだけ焦がしてしまったのかもしれない。

287名無し募集中。。。2018/05/14(月) 00:41:47.130

全体の色が濃くなったのを確かめて、雅はそこへ牛乳を注ぎ入れた。
白と茶のマーブル状になった液体を木べらで練りながら、更に熱を加える。
煎ったおかげで深みの増した香りを、牛乳のまろやかな香りにくるりと包む。
いい感じだ、と雅が小鍋の中身に微笑みかけた時。

「……おいしそう」

思わず、と言うように漏らして、待ちきれないと言うように輝く桃子の視線に気がついた。
いつから、見られていたのだろう。

「みやって、楽しそうに料理するよね」
「そ、そう?」
「うん」

ふふ、と桃子から聞こえる笑い声には、いつもの余裕が漂う。
ぽ、と頬に感じる熱を知らないことにして、雅は小鍋の渦に意識を戻した。

表面にふつふつと小さな泡が立ち始めたタイミングで、コンロの火を止める。
中身を色違いのマグカップに注ぐと、雅は桃子を手招いた。

「それ、持ってって」
「はぁい」

ててて、と駆け寄ってきた桃子が、大切そうにマグカップを持ち上げる。
はちみつのボトルを手に、雅はその後に続いた。
砂糖不使用のココアは、最後に加えるはちみつで甘さが決まる。
お馴染みになったソファに二人で並び、桃子からマグカップ受け取った。

「はい、どーぞ」
「どーもありがと」

ボトルを逆さに構えた桃子の顔に、少しだけ真剣さが増した。
飴色に煌めく蜜が、くるくるくると円を描きながら吸い込まれていく。
2周半が、桃子のお気に入り。

288名無し募集中。。。2018/05/14(月) 00:42:28.870

ココアを煎るのも、はちみつを入れるのも、最初に聞いたのは桃子からだった。
小さい頃によく作ってもらっていただとか、それが一番好きなのだ、なんて聞かされたら作らないわけにはいかない。
もっとも、桃子の頭にあったレシピは曖昧で、結局は雅が調べる羽目になったわけだけれど。

「んー! おいしいっ!」
「そ? よかった」

これこれ、と目を細める桃子の唇が、満足そうに弧を描く。
その様子に、雅の心がぐらりと揺らいだ。
くしゃくしゃに撫で回して、甘やかしたくなるのをぐっと堪える。

「……で、お話はまとまった?」
「んん……まあ」

その前に、マグカップが再び口元へ。
味わうようにゆったりとココアを飲み干すと、桃子は丁寧に息を整えた。

「この前さ、行ったじゃん? 梨沙子のとこ」
「ん、行ったね」
「それから、かな。なんとなくモヤモヤしてる、っていうか」

ここまで来て言いたいことを見失ったのか、うーん、と桃子が呻く。
千奈美と佐紀が梨沙子のお祝いをしに行ったと耳にして、雅と桃子も別の日に梨沙子の家を訪れたのは数日前のこと。


その日、梨沙子の家に着いたのは正午を少し過ぎた時間帯だった。
梨沙子の夫は仕事で不在だというので、ランチでも作りに行こうか、なんて話になったのだった。
産後2ヶ月、さっぱりと髪を短くした梨沙子は、二人の予想よりも元気そうにしていた。
キッチンを借りたいという申し出を、梨沙子は快く受け入れてくれた。
ただ、エプロンを率先して身につけた桃子を目にした時には、さすがに驚いたようだったが。

「みや、どんな魔法使ったの」
「別に魔法じゃないって」

桃子がキッチンで奮闘している間に、のんびりと近況報告が始まる。
その間、赤ん坊は少し離れた場所で寝息を立てていた。
それが途切れたのは、昼食ができたという桃子の声が聞こえた時だった。
ふにゃふにゃとした芯のない泣き声が、しかしはっきりとした意思を持って母親を呼ぶ。

「ごめん、お腹すいちゃったみたい」
「ああ、えっと」
「気にしないで、二人は食べてていいから」

そう言われても、家主を置いて食事に手をつけるわけにはいかないだろう。
結局、二人で梨沙子の背中を見守るという妙な空間ができあがった。
時折、赤ん坊の喉から呼吸とも音声ともつかない小さな音が漏れ出た。

「すごい、汗びっしょり」

言いながら、梨沙子の手が近くのタオルを掴む。
腕の動きからして、赤ん坊の頭でも拭いてやっているのだろうか。

「赤ちゃん?」
「うん。毎日、ホントに一生懸命なの」

梨沙子の声は、今まで聞いたことがないほど穏やかで、凪いだ海を思わせる響きをしていた。

289名無し募集中。。。2018/05/14(月) 00:44:29.120


桃子が言っているのは、あの日のことだろう。
だとしたら、桃子の中に引っかかっているのは。

「……赤ちゃんの、こと?」

恐る恐る、その単語を舌にのせる。
雅の顔は自然と桃子の方を向いていて、かちりと何かがはまる音がした。

「ももはさ……ほしい、とか、思うの?」
「えっ?」

お互いに、目を逸らせない。
桃子の瞳の奥が揺れているのを目にして、雅の心臓も同じように揺らいだ。

「……わかんない。前はそういうもんだと思ってたんだけど」
「わかんない?」
「だってさあ……まって?」

顔を伏せた桃子の肩が、大きく一つ上下する。

「みやは、どうなの」

ぐい、と踏み込んでくる間も、桃子の顔は伏せられたままだった。
そういうとこ、ちょっとずるいんじゃないの。
人差し指で桃子の耳元の髪の毛をかき上げると、「ひゃん、」と小さく声が上がる。

「そりゃ、前からほしいって言ってるけど」
「……で、しょ?」

触れさせていた人差し指を耳のあたりで遊ばせていると、窘めるように桃子の手で払いのけられた。

「それが、モヤモヤの中身?」

悪い知らせを予感するように首を垂れたまま、桃子がこくりと頷いた。
口元が動く気配はない。また、甘えられていると思った。

「……あのさ。大事なこと、抜けてない?」
「なにさ」

雅が到底敵わないほど頭が良いくせに、肝心なところで桃子は鈍い。

291名無し募集中。。。2018/05/14(月) 00:48:10.590

「……そもそも、ももがいないの、ありえないんですけど」

もうそろそろ、こっちを向いてくれたって良いんじゃないだろうか。
先ほど払いのけられた手を、改めて桃子の頬に添える。
少し力を入れて上向かせると、惑う瞳は濡れていた。

「ももがいるのが、いっちばん大事なの。わかった?」
「……わ、かった」

ぱちぱちと増えた瞬きのせいで、目の端に溜まる水の玉がこぼれてしまいそうだった。
そうっと小指を添えて、水滴を指先で受け止める。

「こゆビーム……なんちゃって」
「なぁに、もも、メロメロになっちゃうの?」
「もうメロメロでしょ?」
「……もうっ」

ぺちん、と軽く手の甲を叩くのは、照れ隠しに過ぎない。
小指をまっすぐ差し出すと、その意図を察したらしく桃子の小指もおずおずとやってくる。
互いの小指を折り曲げて、指切りげんまん、なんて懐かしい言葉が浮かんだ。

「ゆびきり?」
「じゃない?」
「なんの?」
「さあ……ももと、うちの幸せ?」

可愛い後輩にも、大事な先輩の未来をよろしくって、言われたしね。
答えに添えたウインクのせいか、桃子の頬は見事に赤く染まっていた。

「元気、出た?」
「……もう、ちょっと」

本日何度目かの甘えん坊。
滑らかに閉じられた瞼に誘われて、雅もそっと目を閉じる。
そっと触れた唇からは、甘い期待が伝わった。