雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - カプセル 10
178名無し募集中。。。2019/04/17(水) 02:11:18.110

「なんか意外だよね」

みやの目の前で、しみちゃんはグラスにグレープジュースを注ぎながらそう言った。

「意外?」

リンゴでうさぎさんを作ろうとしていたみやは、手を止めて聞き返した。

「"みやびさん"って聞き慣れないなーと思って」
「そうなんですか?」

佐紀ちゃんの隣でリンゴを剥いていた雛子ちゃんが、手を止めてしみちゃんに尋ねる。
みやと雛子ちゃんに見つめられたしみちゃんは、きょとんとした顔でまばたきをした。

「だってそうでしょ。"みや"って呼んでっていっつもあんなに言うのに」
「そうだっけ」

言われてみれば、今この空間――つまり雛子ちゃんの家の中でみやのことを名前できっちり呼ぶのは雛子ちゃんだけ。
初対面の時に"みやびさん"って呼ばれてから、そのままなんだっけ。
ちらっと雛子ちゃんに目をやったら、ひょこっと雛子ちゃんの眉毛が持ち上がる。
口を開こうとしたら喉の奥に何かが引っかかってて、みやは小さく咳をした。
なんでだろ。なんで雛子ちゃんには、気軽に「みやって呼んで」って言えないんだろう。

「いいんじゃない? 今からでも呼んでみたら」

そう言いながら、大きなガラスのサラダボウルを抱えたももが台所から出てきた。
綺麗なドーム状のポテトサラダの周りに、レタスとトマトが飾られたサラダ。
ももにしてはなかなかやるじゃん。

「む、無理だよ」
「いけるいける。みや怖くないし」
「おいこら」

そう言ったら本当はみやが怖い人みたいじゃん。
ちょっぴりももを睨んだら、ももは白い歯を見せてにやっと笑った。うーわ、あの顔絶対反省してない。

「まあね、呼びたくなったら呼んだら良いんじゃないかな。ね?」

しみちゃんの優しい声が、すっと割り込んでくる。
雛子ちゃんに向けて微笑みかけたしみちゃんは、みや達に向けて「何やってんの」って呆れ顔。
もものせいで怒られたじゃんって思ってももを見たら、ももは既に台所へ逃げた後だった。あいつ。
改めて雛子ちゃんに目を戻すと、ぴたって視線が合わさった。
雛子ちゃんの唇が、ぴくんて震える。

「……みや……び、さん」

ゆっくり、ゆっくり、雛子ちゃんの口から生まれる音。
雛子ちゃんの耳の先っぽがほんのり赤らんでるのが見えて、よく分かんないけどみやのほっぺも熱くなる。
視界の端でしみちゃんがニヤニヤしてんのも感じる。あーもう何これ、めっちゃ照れるんですけど。

「……いいよ、ゆっくりで。てか無理に呼ばなくても良いし」

聞こえてきたみやの声はめっちゃ低くてざらざらしてた。
小さく頷いた雛子ちゃんは、果物ナイフを握り直す。
ゆるゆると回るリンゴから真っ赤な皮が薄く剥がれて、お皿の上で渦を巻いた。
雛子ちゃんの様子を見てたら、不意によーちゃんが浮かんだ。
よーちゃんも得意なんだよね。小さなナイフ1本で、まるごとリンゴの皮を剥くの。

179名無し募集中。。。2019/04/17(水) 02:11:45.340


クリスマスパーティーに呼ばれたんだけど、ってみやが言ったら、よーちゃんはベッドの上で爆笑した。
よーちゃんの心拍を測ってる機械の数字が、ぴこんって跳ね上がる。
ちょっと、大人しくしててよ。
軽く叱るつもりでよーちゃんを睨んだら、よーちゃんはぺろって舌を出した。

「それすごいな」
「やっぱ? やっぱそう思う?」
「まさかそういう展開になるとは思わなかった」

半笑いのまま、よーちゃんの指先がくるくるとリンゴを回す。
最初はみやが剥いてたんだけど、あんまり上手くいかなくてよーちゃんにナイフを奪われちゃった。
まだ点滴残ってるくせに、よーちゃんの手は相変わらず滑らかに動く。

「行ってきなよ。あたしこんなだし、今年はまともにクリスマスできそうにないから」

剥き終えたリンゴが、8つに分けられる。1切れをよーちゃんがフォークに刺してくれたから、みやは素直に受け取った。

「気にしないでよ。毎年いろいろしてくれてるじゃん」
「違うんだよ。あたしがしたくてやってんだからさ」

よーちゃんは残念そうに――というか、悔しそうに顔をくしゃってする。
そっか。よーちゃん、イベント事好きだもんね。
毎年、クリスマスに対するよーちゃんの気合いの入れようはすごい。
アドベントカレンダーに始まって、クリスマス前の1ヶ月は家が毎日少しずつ変わっていくの。
クリスマスツリーもあんまり大きいのは飾れないけど、ちゃんと本格的な飾り付けするタイプのやつだし。
ああそっか。今年はお手製のシュトーレンも食べられないんだ。そう思うとちょっと寂しいかも。

「でも、そしたらよーちゃん一人じゃない?」
「そこは気にすんなよ。雛子ちゃんだって喜ぶんだろうし、行ってあげなって」

そういうもんかな。
みやが首を傾げると、そういうもんだよってよーちゃんは笑いながらみやの首をまっすぐに直す。

「そもそも、クリスマスに誰かを誘うの、どんだけ勇気がいるんだろうなー?」

見え見えの答えをチラつかせながら、よーちゃんの首が斜めになった。
言われなくても、みやだって分かってるし。思わず、ほっぺに力が入る。

「……そういう言い方ずるくない?」

みやの言葉をするっとかわして、よーちゃんはケラケラ笑いながらリンゴに囓りついた。

180名無し募集中。。。2019/04/17(水) 02:12:34.760


そんなわけで、みやはももんちにお邪魔していた。しかもクリスマスイブ当日に。
ももんちには当たり前のようにしみちゃんがいて、雛子ちゃんがいて、ももがいる。
買い出し行って、お家で料理して、なんてことをしてると、みやも家族の一部に戻ったような気がしてくるから不思議。
まあ、台所にももが立って普通に料理してるのが一番不思議かもしんないけど。

「ほーいできたよー」
「わっ……すご」

次にももが台所から持ってきたのは、熱々のパエリヤだった。
フライパンの中で湯気を立てる黄色いライスの上には、ちゃんとムール貝もエビも載ってる。

「ね、ママ! 味見して良い?」
「だーめ。味見はちゃんとママがしましたー」
「えっ、ずるーい!」

ももと雛子ちゃんが、弾んだ声ではしゃぐ。台所に向かう二人は、絵に描いたような仲の良い親子に見える。
その光景に、なぜかみやの鼻の奥がツンと痛んだ。

「……みや」

二人から視線を剥がしてしみちゃんに向けると、しみちゃんの表情はなんだか沈んでいた。
みやと目が合って、しみちゃんの目がふっと細くなる。

「なんて顔してんの」
「え?」

眉間、ってしみちゃんに指差されて、みやは自分の眉間に指を当てた。

「みや、変な顔してた?」
「してた。てか、してる」

やばい。無自覚。みやが頬をむにむにほぐしてたら、しみちゃんが小さく頷く。

「今夜は楽しく過ごすって決まってるんだからね」

しみちゃんはふわっと笑って、ももと雛子ちゃんを見やった。
二人の笑い声は、明るい音楽みたいに台所から聞こえてくる。
その二人を見つめるしみちゃんの横顔は、なんだかすごく大人に見えた。
小さい頃、ふとした瞬間に見たパパの横顔みたいな。

181名無し募集中。。。2019/04/17(水) 02:13:05.610

「しみちゃ――」

旦那さん、亡くなったって。
そう言った、しみちゃんの声が耳の奥で響いた。

「ごめん。ちょっと、電話」

行ってらっしゃいってしみちゃんの声を背中で聞きながら、みやはリビングを後にした。
マンションの3階にある、ももんちの部屋。
外に出て冷たい空気に触れると、ようやく少し息が楽になった気がした。
コンクリートの通路を抜けて何となく歩いてたら、階段の踊り場まで行き着いた。
手すりに腕を引っかけて、ふーって息を吐く。みやの中にぐるぐるしてるもの、全部外に出ちゃえば良いのに。
息で辺りが白く染まるのが見えて、不意に元彼の背中が頭に浮かんだ。
「たばこ」って言いながら、外に出て行くことの多かった後ろ姿。
たぶん、本当にたばこ吸いに行ってたわけじゃない。今ようやく分かった気がする。

もう少し頭が冷えたら戻ろうって思ってたら、いきなり背中をとんとんって叩かれた。

「っ、わ?!」

予想してなくてついつい大きな声が飛び出る。
ぱっとひっくり返ったら、みやよりも目をまん丸にしたももが立っていた。
そっか、呼びに来てくれたんだ。

「ごめん。もう戻、」
「あー……じゃなくて」
「へ?」
「ケチャップ切らしちゃってたの忘れてて。近くのコンビニまで行こうかなーって」

やっちゃったーって言いながら、ももがくしゃっと笑う。

「しかもじゃんけん負けちゃった」

ももが手のひらをこっちに向けて苦笑する。パー、出したら負けたって。
みやの記憶と全然変わらない、ちっちゃなももの手。
そこにぺたんと自分の手を重ねちゃったのは、思わずっていうか、ついついっていうか。

「ちょっ、冷たくない?!」

ふにゃっとした肌に触ったと思った途端、ももが悲鳴に近い声をあげた。
ずっと外いるからだよ、ってお説教モードのももが両手でみやの手を包んでくる。
なんか懐かしい、って思って、飲み込んで、代わりにみやは「行こ」とだけ口にした。

463名無し募集中。。。2019/05/23(木) 18:44:37.920

失敗したな。

エレベーターのドアが開いた瞬間、みやはそう思った。
箱の中に流れ込んでくる冷たい空気が、服を通り抜けて肌にまとわりつく。うわーさっむ。
外出までするつもりはなかったから、さすがにコートは持ってこなかったんだよね。
くしゃみを一つしたら、隣のももがはっとした顔でみやを見た。

「ごめん、上着」
「いい」

首を振ったら、ももが呆れた顔で「は?」って漏らす。
いいじゃん、コンビニすぐ近くなんでしょ?
みやがそう言ったら、ももは「そうだけどさあ……」ってほっぺを掻いた。

「寒い。早く」
「はいはい」

両腕を組んで、背中を丸めて縮こまりながらももを振り返る。
ももはまだ何か考えてる様子だったけど、ぱたぱたって走ってきてみやの隣に並んだ。

「どっち?」
「こっち」

ももが指差す先を目指して、みやはカッカッて早足で地面を蹴った。
なぜか分かんないけど今はあの部屋に戻りたくなくて、もっと言えば戻っちゃったら今度は外に出られない気がして。
だからみやの勝手にさせてって、思った。

「どんくらい?」
「歩いて5分くらい……って、本当に大丈夫?」
「だい、じょぶ」

言いながら、みやの奥歯がかちって小さく音を立てる。
分かってる分かってる、今みやがめっちゃ震えてんのは分かってるから。
隣をちらっと見たら、ももと目が合った。
ももの口元がすぼまったのが見えて、ももが顔をくしゃってしながら笑ったのが見えた。

「もーしょうがないなあ」

お姉さんぶった時の顔っていうか。MCで無茶ぶりするぞって時の顔っていうか。
ももの表情から目が離せないでいたら、いきなり首回りにふわふわしたものが当たった。
もこもこしててほんのり暖かい。ももの、マフラー。
すっと鼻に届く、ミルクみたいな甘い匂い。ももの肩に顔を埋めた時の匂い。やば。
焦ってマフラーを外したら、首元から一気に冷たさが入り込んでて、みやは慌ててマフラーを巻き直した。

「多少は暖かいでしょ」
「ももは」
「だいじょーぶ、襟あるし」

そう言いながら、ももはダッフルコートの襟元をくいっと持ち上げた。

464名無し募集中。。。2019/05/23(木) 18:46:19.790


コンビニまでの道はあっさりとしていて、料理上手くなったねとかやっぱ寒いねとかそんな簡単なやりとりだけ。
それでも、5分くらいなら十分に埋められる会話だった。
店内にはクリスマスの飾り付けで溢れていて、インストバージョンのクリスマスソングが流れていた。
シュハキマセリ。シュハキマセリ。ちっちゃい頃は呪文みたいだったな。
慣れた様子のももについていくと、日用品の棚の前でももがぴたって停止した。

「ありゃ。売り切れかも」
「え、うそ」

ももの言う通り、マヨネーズの横にぽっかりと隙間が空いていた。
ごそごそと棚を漁ってみたけど、奥の方にもケチャップらしきものは見当たらない。

「そっか……どうしよっかな」
「近くのスーパーは?」
「え? あるっちゃあるけど……」

ももの視線が、みやの服装にちらっと向けられる。
大丈夫だしって気持ちでももを見つめたら、ふっとももの視線がずらさられた。

「風邪ひかないでよ?」
「大丈夫」

ホントにー?って言いながら、でもももはみやのことを送り返すつもりはなさそうだった。
ちょっぴり安心して、みやはももの隣に並ぶ。

「みやさあ、意外と体弱いじゃん?」
「えーそう?」
「そうだよ。特に喉と鼻」
「んん……まあ、そうかも」

マフラーをくしゃっと掴みながら、みやは小さく鼻をすすった。
それ言うなら、ももだってそうじゃんね。
知らない間にポリープの手術してたし、あの時も連絡よこさなかったし。
ネットでニュースになってるの見て知るってどういうことよ、マジで。

「ももってさあ……大事なこと、言ってくんないよね」
「えー何、いきなり」

ももの声が明らかにうわずったのが聞こえた。自覚あんじゃん、もも。
そう思ったら、胸の真ん中にもやもやしたものが広がった。
ぐちゃぐちゃ考える前に、みやの口が勝手に滑る。

「結婚したの知らなかったんですけどー」
「え、うそ。言ったと思ってた」
「知らない。子どもいるのも、旦那さんが、」

ザッてもものスニーカーが強い音を立てて、みやをぐいっと引き止めた。

「……ごめん。みやが、しみちゃんから無理矢理聞いた」
「いやーうん、大丈夫。いずれは言わなきゃって思ってたし」

ダイジョウブダイジョウブって、ももは空っぽのまま笑う。
見え見えのやせ我慢、バレてないと思ってんのかな。

466名無し募集中。。。2019/05/23(木) 18:47:23.290

「……あ、そ」

こういう時、もうちょっと昔だったら「ふざけんな」とか言っちゃってたかもしれない。
でもね、しみちゃんも言ってたけど今更だよね。
連絡してこなかったももをハクジョー者って言うなら、みやだっておんなじだしさ。
みやが目を伏せた時、いきなり救急車のサイレンが鳴り始めた。
その音はかなり大きくて、近いねって言おうとしたみやはあれ?って思った。
通り過ぎてく車のライトに照らされる、ももの表情。
みやは知ってる。
ジェットコースターの列に並んでた時のももの顔。誰かが怖い話を始めた時のももの顔。

「もも」
「あ、ごめん、なんでもな」
「なくないでしょうがっ」

思ったより大きな声が口から飛び出した。
夢中でももの手を取って、びくって小さく震えたのも構わずに両手で包む。
コート着てるくせに、ももの手の冷たさがじんわり手のひらに染みてきた。

「いや、えっとね、ほんとになんでも」
「うっさい」

何年一緒にいたと思ってんの、舐めないでよ。
引っ込められそうになった手を無理矢理引き止めて、温かくなれって思いながらぎゅっと握った。
最初は硬かったももの手が、ちょっとずつちょっとずつ柔らかくなっていく。

「もっと、頼れよ」

ももは、黙っていた。
ここから先、踏み込むのが正解かよく分かんなくなる。
でも、ここで迷うくらいなら、最初からクリスマスパーティーになんて参加しないわけで。

467名無し募集中。。。2019/05/23(木) 18:47:55.490

「寂しいじゃんか……ひとりは」

最近の生活を思い返したら、そんな言葉が口から出てくる。
そしたらいきなりももの手が引き抜かれて、ぺしって二本指で手の甲をひっぱたかれた。

「った!!」
「はいみやびちゃん、10点減点」
「は? 何?」

しっぺされた手の甲が一気に熱を持つ。どういうことよ?
わけ分かんないって思ってたら、もものポッケから呑気な電子音が聞こえてきた。
固まるみやを放って、ももが電話を取り出す。

「あーごめんごめん、コンビニになくて……あ、ほんと? 家にあった?」

はいはーい、って明るい調子で電話を終えて、ももがくるっと綺麗に一回転する。
最後の一瞬、みやが見たももの顔は意味分かんないくらい完璧なアイドルスマイルだった。

「……何なのよ」

みやの声なんて聞こえないみたいに、ももは先に行ってしまう。
よく分かんないけど、ももの背中に静かな怒りが漂っているような気がした。
まだじんじん痺れてる手の甲は、しばらく収まってくれそうになかった。

283名無し募集中。。。2019/08/04(日) 02:49:32.280


みや達がももの家に戻ると、しみちゃんが呆れ顔で迎えてくれた。
玄関先、腕を組んで厳しい目をするしみちゃんはキャプテンモード。

「どこまで行ってたの」
「駅前のスーパーに、行こうとしてたとこ?」

だよね、ってももが視線を投げてくる。
みやがそれに頷くと、しみちゃんは大袈裟にため息を吐いた。

「うっそでしょ。遠くない?」
「でもやっぱ、ケチャップいるかなあって思って」

それにしたって電話くらいしてよ、としみちゃんが険しい顔をする。
険しい顔のままこっちを見て、しみちゃんはさらに顔を険しくした。

「で、みやはなんでコート着てないかな」
「……マフラー借りたし、大丈夫」

言いながら、みやは首元のマフラーをするするほどいた。
マフラーの端っこからももの匂いがふわっと漂って、一瞬くらって目眩がしたみたいだった。
ももは適当にコートを脱ぎながら、しみちゃんを押しのけて進む。

「ごめん。料理冷めちゃったでしょ」
「ちゃんと温めてありますぅ」
「えっ、すっごい」

しみちゃんが拗ねた声を出しながら、リビングのドアノブに手をかける。

「あ、おかえりなさいっ」

ドアが開いた途端、雛子ちゃんが勢いよく立ち上がるのが見えた。
一生懸命「待て」した後のワンコみたい、って思う。
ソファに向かおうとしたももの胸に、たたたって駆け寄った雛子ちゃんが飛び込んだ。

「楽しい夜にするからね」

ドアの前に立ったまま、しみちゃんがちょっとだけ首を捻ってこっちを見る。
芯の通ったその声はきっと、みやだけに向けられたもの。

「……もちろんでしょ」

くいって口の端を持ち上げて笑ったら、しみちゃんはようやく少しだけ柔らかい顔になった。

284名無し募集中。。。2019/08/04(日) 02:51:32.200


ちょっと遅くなっちゃったけど、グレープジュースの乾杯でパーティーは始まった。
ももが作ったパエリヤと、ポテトサラダは意外にもちゃんと美味しくて。
思ったことをそのまま口にしたら、「失礼なー」ってももはぷりぷりと拗ねてみせた。
からかうつもりじゃなかったんだけど。ちゃんと美味しくて、普段から料理してるんだなって実感したの。

「そうだ、写真撮って良い?」

みや達を遮って、しみちゃんが相棒のiPhoneを取り出す。
しみちゃんのそれを見て、料理とか、準備してる様子とか撮っとけば良かったなって思う。
綺麗に飾り付けられてた料理は、もうあらかた無くなっちゃった後だった。

「はーい、撮るよ」

しみちゃんが慣れた手つきでスマホを構える。お得意の自撮りテクはまだ衰えてないみたい。

「はい、チーズ」

ももがカメラに向けてピースサインを作るのが見えた。
顔の角度決めるとき、ちょっとだけ揺れる頭が懐かしい。
カシャ、って乾いた音がする。
かと思ったら、しみちゃんが素早い手つきでスマホを操作して、数秒後にはみやのスマホが小さく震えた。
撮ったばっかりの集合写真。みやの斜め前で、ピースするももがいた。
家族写真みたい、なんて、思ってもいい?

簡単なプレゼント交換とか、みやが買ってきたシュトーレンをみんなで食べたりとか。
楽しい時間があっという間っていうのは、ホントそうだと思う。
気づけば時計は良い時間を指していて、ふわふわしてる頭にしみちゃんの「そろそろ帰ろっか」って声が響いた。

「みや、大丈夫?」
「う?」
「う?じゃなくて。ほっぺ赤いよ?」
「そう?」

ほらうち、顔に出やすいからさ、とか。適当なこと言いながら、ゆっくり立ち上がる。
大丈夫、ほら、ちゃんと一人で歩けるし。
若干よろよろしながら玄関に向かおうとしたら、つんつんって背中を突かれた。
しみちゃんってば、帰るんじゃないの?
そう思いながら振り返ると、そこにいたのは雛子ちゃんで。

「み……みや、ちゃん」

ぽかん、ってしてる間に、耳に入ってきた音がじんわり体の中にしみこむ。
え、今。
一生懸命な顔した雛子ちゃんの後ろで、しみちゃんが小さくにやってしてる。
あ、仕込んだなー、もう。

「またっ、来て……ね」

両手をぎゅって握りしめて、そう言う雛子ちゃん。ああもう、可愛すぎ。

「そんなの! 当たり前じゃん!」

わーって湧き上がった衝動のまま、雛子ちゃんを抱きしめる。
ほっぺに触れる雛子ちゃんの頭からは、子どもっぽい熱がふわっと香った。

285名無し募集中。。。2019/08/04(日) 02:51:54.690


ところでさ、としみちゃんが切り出したのは、そろそろ駅に到着するって時だった。

「ももとさ、何か話できた?」

しみちゃんの口から、ほわほわと白い雲みたいな息が漏れる。
「もも」って音に、びくって体が硬くなった気がした。
冷たい空気に刺激されて、鼻の奥がちくんと痛む。
なんだっけ。何かあったっけ。
まだ数時間ほどしか経ってないはずなのに、ももとケチャップ買いに行ったのがすごく昔に思える。
考えながら、みやは綺麗に並べられたタイルに目を落とした。
「減点」って言われたことが、ふっと頭に浮かぶ。ももにしっぺされた手の甲が何故かちくちくと疼いた。

「話した、けど、なんかミスったかも」
「えーっ!」

タイルの隙間を見つめたままそう言ったら、しみちゃんは心底残念そうな声をあげた。

「わざわざ二人で行かせたのになんでそうなるかなあ」
「えっ? うそ」
「いやいやいや、察してよ」

しみちゃんの肘がぐいぐいと脇腹に食い込む。そんなこと言われたって。
じゃんけんしたんじゃなかったの?って聞いたら、雛子ちゃんと手組めばどうとでもできるって。そりゃそっか。

「てかさ、何やらかしたの」
「やらかしたっていうか……なんだろ」

説明する言葉を探して、視線があっちこっちに彷徨う。
点滅してる青信号。足早に通り過ぎるサラリーマン。キラキラのクリスマスツリー。
あの時のももの感情は、「減点」って言った後、一瞬で分厚い壁を作っちゃったももは。

286名無し募集中。。。2019/08/04(日) 02:57:48.120

「……怒らせた、かもしんない」

こうして話してると、ちょっとBerryzの頃を思い出す。
もう中身はすっかり忘れちゃったけど、こうしてしみちゃんに相談しながら帰った夜もあったっけ。

「は? 怒らせた? なんで?」
「なんでって……」

それが分かったら、苦労してないんだけどな。
首を傾けながら、斜めのしみちゃんを見つめてみやは思い返す。
たぶん、たぶんだけど、ももの中に踏み込もうとしたあの瞬間。

「ひとりは寂しいじゃんって、言ったから?」

みやの言葉を聞いて、しみちゃんは「あー」ってどこか納得したような顔をする。

「そりゃそうでしょー。今は雛子ちゃんと二人暮らしなんだから」
「そう……そっか……そうだよね」

しみちゃんに言われて、ようやく絡まってた糸が解けたような気がした。
みやの中では、パパとママが同じ高さにいるけど、そうじゃないんだって思った。
ももにとっては、雛子ちゃんが同じ高さにいるんじゃんね。
なんでそんな当たり前のこと、頭から抜けてたんだろ。

「やっぱみや、バカかも」

つぶやいたら、深いため息を吐きたくなった。
いろいろ考えてたつもりで、結局何も分かってないじゃん。
雛子ちゃんのこと、忘れてるわけじゃないよって、あの瞬間に戻って言えたら良いのに。
下を向いてたら、不意に背中をぺしぺしって叩かれる。

「みや、背負いすぎ」
「だって」
「だーいーじょーぶ。もももさ、ちょっと不安定になってるとこあるから。ね?」

もものことなら、ちゃんと分かってるからって空気。今のしみちゃんには敵わないや、って思う。
みやを励ますように、背中を叩くしみちゃんの手が強まる。
「また今度、ご飯行こうよ」ってしみちゃんが明るく言ったから、みやも笑顔を作って「うん」って頷いた。