雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - カプセル 7
95名無し募集中。。。2019/02/04(月) 23:35:24.020

机の上に広がる資料の海を、よーちゃんの長くて細い手がざばーっとかき集める。
資料はてきぱきと縦横がそろえられて、机の端っこで小さな山みたいに積み上げられた。

「つっ……かれたぁ」

みやは、広くなった机のスペースに両手を伸ばして突っ伏した。
机の表面のひんやり具合が気持ちいい。絶対、今みやの頭からぷしゅーって湯気出てる。

「ははは、お疲れ」

ゆっくりしてなよって笑いながら、よーちゃんが資料の山を抱え上げた。
リビングの隅っこ、小さな机一つ分がよーちゃんの仕事スペース。
相棒のマックの横に小さな山をどさっと下ろすと、よーちゃんはキッチンに向かった。
資料の中身は、今度渋谷に出すストアに関するもの。
今までの商品の一覧とか、みやが気に入った雑誌の切り抜きとか、よーちゃんが撮ってきた写真とか、いろいろ。
さっきまでみや達は、それを広げてストアのコンセプトや出店内容を相談していた。
よーちゃんと住んでる一番の利点は、何かひらめいた時にすぐ話ができるところだと思う。

みやはソファに座り直して、ふかふかの背もたれに寄っかかった。
キッチンからは、よーちゃんが何かしてる物音。
家の中で自分じゃない誰かが立てる音って、なんでか知らないけど落ち着くんだよね。
その音をBGMにしながら、みやはポッケに入れたままだったスマホを取り出した。
電源ボタンを押したら、画面の上の方に浮かぶLINEの通知マークが目に入る。

「あー……」

返事しなきゃいけないんだったって思ったら、自然と変な声がこぼれた。
よーちゃんが呑気に「どうしたぁ?」なんて聞いてくる。「なんでもない」って答えた。
メッセージの送り主は雛子ちゃん。
あの日、つまりももと再開した後も、雛子ちゃんとのLINEは前と変わりなく続いていた。
渋谷のストアのことも、楽しみにしてくれてるらしい。
そう聞くだけで、めっちゃ気合い入るよね。
結局、クッキーの練習はできず仕舞いだったけど、雛子ちゃんは一人でちゃんと練習したらしい。
自分で食べたら美味しかったんだって。そこまではいいの。

『みやびさんにも渡したいです』

そんな一言が送られてきて、みやはちょっとどきっとしてしまった。
嬉しい。ありがとう。軽い感じですぐに送り返せば良かったのにさ。
ちょっと迷っちゃったせいで、みやは半日くらい返事を送れないでいた。
雛子ちゃんと仲良くしたい気持ちはあるし、可愛いなって思う気持ちだってもちろんある。
でも、あの日から、どうしたってももの顔が浮かんじゃうわけ。
雛子ちゃんはももの子で、二人は家族で、そこにはパパもいて、そしたらみやは全くの他人じゃん。
そんな人がさあ、例えばクリスマスのために子どもが焼いたクッキーなんてもの、もらって良いかって話よ。
雛子ちゃんのママは、ももは、ちょっとイヤなんじゃないかなって勝手に思っちゃうわけで。

97名無し募集中。。。2019/02/04(月) 23:37:54.290

「ほい、どーぞ」
「ありがと」

意味もなくスマホの画面を撫でてたら、よーちゃんがエプロンつけっぱでみやの隣にお尻をねじ込んできた。
ほいって手渡される陶器のマグカップ。みやのは薄いピンクで、よーちゃんのは薄いグレー。
カップの上でふわふわ揺れる湯気の中に、シナモンとぶどうの甘い香りが混じる。

「お、ホットワインじゃん」
「そ。なんか考え事してるみたいだったからさ」

ふふんって得意そうに鼻を鳴らして、よーちゃんは自分のカップに口をつけた。

「さっきのさ、よかったよ。中高生向けのロープライスコスメ」
「ほんと? うれしい」
「mewって名前もいいだろ? 親猫がmiaowで、子猫がmew」
「うん、さすがよーちゃん」

今度の渋谷のストアに向けて、みやが入れたいって言ったのが中高生向けの商品だった。
きっかけは雛子ちゃんが来てくれるからなんだけど。
普段のメインターゲットが20代くらいだから、もうちょっと下の世代向けもあっていいんじゃない?
よーちゃんには、そんな感じのことをふんわりと説明した。
思いのほかよーちゃんも乗ってきてくれて、子猫の鳴き声を名前にしようとか言い出して。
そしたらコロコロコロッと話が進み始めたから、二人で急遽打ち合わせをしたってわけ。

「美味し」
「ちょっとオレンジジュースも入れてみたんだ」
「だからかー、爽やかな感じすんの」

厚みのあるカップの中で、少し濁った深紅の液体がゆらゆら揺れた。
よーちゃんが買ってきてくれたこのカップ、口つけた時の丸くて柔らかい感じが好き。
三口目くらいをこくりと飲み込む。あー、さっきよりほっぺが熱いかも。

98名無し募集中。。。2019/02/04(月) 23:39:32.740

「あのさ」

良い感じに頭がふやけてきて、気付いたらよーちゃんに話しかけていた。
よーちゃんが、いつもみたいに「んー?」って返事する。
みやは、みやは、何を言い出すつもりなんだろ。

「よーちゃんはさあ、昔の恋人に出会ったらどーする?」
「は?」
「子持ちでさあ。しかもその子どもとみやが仲良いの」
「……そりゃまた複雑な」
「そーなんだよね」

言っちゃった後で、やめときゃ良かったかなってちょびっと後悔した。
だってよーちゃん、全然関係ないし。何となく、お互いのこういう話はしてこなかったし。

「まあ、どうするって言っても相手との関係性によるんじゃん?」

友達に戻ってるんなら、普通に話しするだろうし。
そうじゃないなら、会うのを控えるとか、そういうこと考えないといけないんじゃないの。
よーちゃんの答えはとっても正解で、でもみやが欲しい正解じゃなかった。

「んん……そうじゃなくって」
「じゃー何?」

四口目。温かいワインのせいで、いつもより勢い良く血液が体を駆け巡ってる。

「……聞いてくれる?」
「もちろん」

よーちゃんは持ってたカップを掲げた。
「もう、ずっと前の話なの」って始めた自分の声は、ずいぶんぼけぼけだった。

100名無し募集中。。。2019/02/04(月) 23:41:30.850


聞いてくれって言った割に、何から話したら良いか分かんないの。笑っちゃう。
よーちゃんと暮らし始めてそろそろ4年。
わりといろんなことを話してきたつもりだったけど、ももの話をするのは初めてだった。
ゆっくりで良いよって言うよーちゃんは優しい。いっつも、みやはその優しさに甘えちゃう。

「みやから、好きだって言ったの」

昔のことはすぐ忘れちゃうから自信はないけど、たぶん17歳くらいの頃。
ツアーで泊まったホテルの部屋の中でだったと思う。
言うつもりなんてなかったのに、なんか盛り上がっちゃったんだろうね。もしかしたら、限界だったのかも。
しかもさあ、何がかっこ悪いって「好き」ってさらっと言えなかったことだよね。照れちゃって。
みやが「す、……すっ」とか言ってんの、ももは横でずっと待ってくれたんだよ?

「へえ、みやびがねえ。意外だな」
「でしょ? あの時のみやはかわいかったんだから」

ガソリンを注ぎ足すみたいに、ホットワインを体に流しこむ。
ももはさあ、いいよって言ってくれたの。そりゃー嬉しかったよ。みやはめちゃくちゃ舞い上がった。
いつから片思いしてたのかって? それはちょっと……内緒。

付き合ったって言っても、特に何をしたってわけでもないんだけど。
仕事で忙しくて、デートなんてなかなか行けるわけないし。
キスとか、そういうことをするには、ちょっとみやが子どもすぎたっていうか。
だって、「好き」ともろくに言えないんだよ? 無理に決まってるよね。

そうこうしてるうちに、ももはテレビにバンバン出るようになって、さらに時間は取れなくなった。
まっすぐ好きなこと貫いて、ももはみやの前をどんどん走って行ったわけ。
でも、そうやってキラキラしてるもものこと、みやはもっと好きになった。

「"ももち"はテレビで見ない日なかったもんなあ」
「でしょ? あの時期に先生の免許も取ったのすごくない?」
「ひゃー、そりゃすごいや」

ほとんど毎日会えるなんて、恵まれてたんだよね。
そんなことも分かんないくらい、みや達にとってはそれが当たり前だった。
当たり前すぎて、だんだん疑問が湧いてきちゃったの。付き合うって、何だっけ?ってさ。
みやは何かが欲しくて告ったはずなのに、何かを手に入れた感じが全然しなくって。
別れよっかってみやが言ったのは、みんなが寝静まったロケバスの中だった。
みやとももは、一番後ろの座席に並んで座ってた。
もうあんまりよく覚えてないけど、ももは「そうなるよねえ」って返してきたんだっけかな。
その答えを聞いて、あーももも同じこと考えてたんだなあって分かった。
……長くなっちゃったけど、それで終わり。

101名無し募集中。。。2019/02/04(月) 23:42:09.450

「え、その後は? 普通に仕事できたの?」
「まあ、一応ね? そりゃすぐはちょっとぎくしゃくしたけど」

個人的な事情を仕事に持ち込むわけにはいかないでしょ。ももも一緒のこと考えてたと思う。
みやの言葉に、よーちゃんは「昔からそうなんだなあ」ってしみじみ言った。何が"そう"なんだか。

「その人ってさ、何人目?」
「は?」
「ちゃんと付き合ったの……って、元アイドルに聞くことじゃないか」

ごめんごめんって口だけで謝ったよーちゃんが、カップを持ち上げる。
こくんと動くよーちゃんの喉元。いつもは白いのに、今はほんのり桃色だった。
ふっとみやに向けられたよーちゃんの目はうるうるしてた。酔っ払いはお互い様かもね。

「笑わないでよ?」
「笑わないよ」
「一回しか言わないから」
「うん」
「……初めて、なの」

ぶっ!てよーちゃんがワインを吹き出した。ちょっ!ひどくない?
よーちゃんの無印のエプロンに、小さなシミが転々と散る。
数枚手に取ったティッシュをえいって投げつけたら、よーちゃんはニヤニヤしながらそれをキャッチした。

「納得したや、何となく」
「何が?」
「さっきのみやの様子がさ、そりゃーもう、恋する乙女みたいだったから」
「なっ……」

そっかそっかって勝手に頷きながら、よーちゃんがエプロンを拭う。
なんかイラッときて脇腹を小突いてみたけど、今のよーちゃんに効き目はなさそうだった。

「で?」
「なに?」
「どう思ってんの、今は」
「どうって……」

首の後ろが、勝手にびくりと震えた。心臓が一気に速くなる。
よーちゃんにまっすぐ見つめられてるのが何だか落ち着かなくて、みやは顔を逸らした。

103名無し募集中。。。2019/02/04(月) 23:46:00.200

「友達?」
「なんじゃ、ないの」
「……そっか」

そんなわけないだろって言いたそうな感じを漂わせながら、よーちゃんはソファにもたれかかった。
よーちゃんの視線に焼かれてるみたいに、肩の辺りがチリチリ疼く。
いやいやいや、たとえよーちゃんであっても言えるわけない。みやの、本当の気持ちなんて。

例えるなら、数年ぶりに掘り返したタイムカプセルって言ったら良いの?
みやもさあ、自分でびっくりしたんだけどさ。
久しぶりに開けてみて分かったのは、その中身がドロッドロに腐ってたってことなんだよね。
キレイに仕舞っておいたつもりだったのに。
かつて恋だと思ってた――今は全然違う感情の呼び方を、みやはまだ分からないでいる。

残ってたカップの中身をぐいっと喉に流し込んだ。
三回くらい喉が鳴ったあたりで、よーちゃんに「おいおい」って肩を掴まれた。
かまうもんかって残ってたのも全部飲み干したら、酸素が足んなくて頭の奥がしゅわしゅわ痺れた。

苦いコーヒーも飲めちゃうし、身長はママより高い。
ひなこちゃんとももの、そういう1コ1コのちがいが、パパのことをソーゾーさせて、みやのしんぞーをグサグサ刺してくんの。
ひなこちゃんはももの子どもで、同時にパパの子でもあって、それってさ。
つまりさあ、抱かれたってことじゃん。みやがぜんぜん知らない、会ったこともないオトコにさ。
ナンだよそれって、思っちゃうのをとめらんないの。
みやにそんなこと思うシカクないのに。

「むずかしいね」

はっきり答えを言わないのは、よーちゃんのタダシイとこだと思う。
よーちゃんが何ゆったって、さいごに答えだすのはみやしかいないもん。

「ううぅ……きもちわるい」
「イッキにのむからだろ」

ちがう、そうじゃないの、って思ったけど、くちびるに力が入らなかった。
キモチワルイのは、みや自身。
たにんの夫とか、セックスとか、かってにそういうのソーゾーしてるみや自身。
そのリアルなソーゾーにダメージ受けるような、ダラダラみれん引きずってるみや自身なの。

「うー……」

ぐらん、て目が回って、よーちゃんの肩に頭を乗っける。
しょーがないなあって苦笑しつつ、よーちゃんはみやの髪の毛を撫でてくれた。