雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - カプセル 8
61名無し募集中。。。2019/02/17(日) 03:03:48.510
みやが悩みに悩んで雛子ちゃんに送った答えは、「ありがとう」だった。
雛子ちゃんからの返信はめちゃくちゃ速かった。
ずっと心配させてたんだろうなって想像したら、なんだか申し訳なくなった。
みやともものことは、雛子ちゃんには何も関係ないのね。
というわけで、みや達は再び待ち合わせをすることになったんだけど。
「お、これ良い色」
ずらーっと並べられたいろんな色の口紅の中で、サーモンピンクを手の甲に試してみる。
柔らかい色だけど、発色も悪くなくて良い感じ。
雛子ちゃんは、ここにはいない。正確には、さっきまでいたんだけどいなくなっちゃった。
理由は簡単。雛子ちゃんが、忘れ物をしちゃって取りに帰ったから。それもさ、肝心のクッキーを。
みやが「ここで待ってようか?」って言ったら、「すぐに取ってきます!」って雛子ちゃんは走り出していった。
だから、駅前のビルに入ってウインドーショッピングして待ってるってわけ。
どっかのカフェに入ることも考えたけど、たぶん言葉通りすぐ戻ってくると思うし。
なんでかって、雛子ちゃん走って戻ったわけだし。
つまり、徒歩圏内には雛子ちゃんちがあるってことでしょ?
そんな感じでのんびりしてたら、雛子ちゃんからそろそろ戻れますって連絡が来た。
了解って返事して、待ち合わせ場所まで引き返す。
クリスマスが近いせいで、どこ見てもキラキラした照明や赤と緑の飾り付けが目に入る。
行き交う人たちも、何となくウキウキしてる感じなのはクリスマスが近いから?
遠目に見慣れた紺のダッフルコートが見えた。
あれ? 妙な違和感に、みやは思わず足を止めた。
雛子ちゃんの隣、誰か、いる?
みやを見つけたらしい雛子ちゃんが、嬉しそうに手を上げるのが見えた。
その横で、雛子ちゃんと話してた女の人も顔を上げる。
吸い寄せられたみたいに目が行って、ぱちって頭の中で何かが弾けた。
……嘘でしょ?
62名無し募集中。。。2019/02/17(日) 03:04:29.270
「……しみ、ちゃん?」
ぽろっと出てきた名前を、そんなはずないって打ち消す。
でも、見れば見るほど雛子ちゃんの隣にいるのはしみちゃんで。
「っ、わ」
訳分かんないまま固まってたら、通り過ぎるおじさんに肩を持っていかれそうになった。
雛子ちゃんの「みやびさん」って呼ぶ声に誘われて、みやは二人に近づいた。
「あの、遅くなっちゃってごめんなさい」
雛子ちゃんがみやに差し出すのは、ピンクのリボンやシールで飾られた袋。
これでもかってくらいストレートに、可愛いものが詰め込まれた袋の子どもっぽさにちょっぴりクラクラする。
「ああ……ありがと」
口ではそう言いながら、みやの気持ちは完全にしみちゃんに向いていた。
みやのほっぺをじりじり焼くしみちゃんの視線。「何でみやが?」っていうしみちゃんの顔が簡単に想像できる。
雛子ちゃんと目が合った。
あっ!て眉毛を持ち上げた雛子ちゃんは、すぐに横のしみちゃんを見やる。
「さきちゃん、私、今日みやびさんと約束してて」
「そーゆーことね」
雛子ちゃんを安心させるように、しみちゃんは穏やかな笑顔を浮かべていた。
なんでそんな顔ができんの。雛子ちゃんに――ももの、子どもに。
「みや、久しぶり」
「……久しぶり」
みやが何か続けて言おうとしたら、しみちゃんがめっちゃわざとらしい咳払いを被せてきた。
すっごいプレッシャーを感じる。今、ここでは何も聞くなってプレッシャー。
「久しぶりだしさ、この後ご飯でもどう?」
63名無し募集中。。。2019/02/17(日) 03:06:11.040
すーっと細くなったしみちゃんの目は、でも全然笑ってなんかいなかった。
ていうか、どっちかというと逆?
ぴったりビームの照準合わされた感じ、っていうか。
「……おーけー」
「じゃ、決まりね」
「えっと、じゃあ私これで!」
雛子ちゃんが、紺のリュックを背負い直す。
マジか。本当にクッキーを渡すためだけに出てきてくれたってこと?
しみちゃんもみやと同じように思ったのか、名残惜しそうに口を開く。
「ひなちゃん、もう帰るの?」
「ママ今日夜勤だから、ご飯の準備しなきゃ」
「あーそっか。えらいねーひなちゃん。じゃあ、またね」
何それ。全部分かってますみたいな言い方。
バイバイって手を振るしみちゃんに、大袈裟なほどオーバーな仕草で雛子ちゃんが手を振り返す。
本当、ちっちゃいわんこみたい。絶対、尻尾ぶんぶん振ってるやつ。
「みやびさんも、またっ!」
しみちゃんに向けたのと同じ笑顔で、雛子ちゃんはみやに会釈した。
少しずつ増え始めた帰宅ラッシュの人波に、紺のダッフルが溶けて消える。
みやの表情、引きつってないといいなって思った。
64名無し募集中。。。2019/02/17(日) 03:08:47.010
――さて、説明してもらいましょうか。
そんな気持ちでいたのに、個室の居酒屋でしみちゃんと向かい合わせに座ったら、それはしおしおと萎んでいった。
「何から話そっか」
さっぱりと言いながら、しみちゃんの指がつるんとしたグラスを撫でた。
ライトに照らされて、中に入ったシャンディガフがシュワシュワと光る。
「それとも、もうちょっと酔ってからにする?」
しみちゃんが、二人の間に置かれたミックスナッツを一つ、二つ、口に放りこむ。
「やだ。絶対はぐらかすじゃん」
「えー? 人聞き悪いよ、みやびちゃん」
しみちゃんの歯がナッツを砕く音が、個室の中で妙に大きく響いた。
みやは自分のグラスから伸びるストローをくわえる。
可愛いもの頼むねってしみちゃんに笑われたオレンジジュースが、喉にちくちくと染みていった。
「……なんで、しみちゃんがひなこちゃん知ってんの」
「ちょっと、いろいろあって」
そのいろいろが聞きたいんでしょうが、なんて言わなくても分かってるくせに。
しみちゃんは、すっとぼけたように「んー」なんて言葉を探すフリをしている。
「あいつから、本当に何も聞いてない?」
「この前、数年ぶりに会ったっきりだけど」
「そっか……やっぱそういうことするか」
結婚したことも知らなかった?ってしみちゃんに聞かれて、頷くしかなかった。
しみちゃんは知ってたの? そう聞いたら、後から知った、って。
しみちゃんには、ももから連絡があったんだ。
みやには一言もよこさなかったくせに。
「私からどこまで言っていいかさ、ちょっと微妙なんだけど」
前置きはどうでもいいよ。
持っていたグラスを置いたら、思ったより大きな音がした。しみちゃんは「やれやれ」って唇を歪めた。
65名無し募集中。。。2019/02/17(日) 03:09:46.680
「分かった分かった。話しても良いけど、」
その前に、としみちゃんはすっと伸ばした人差し指をみやの唇に押し当てる。
「一個、聞かせて」としみちゃんの目つきが鋭くなった。
「なんで今?」
しみちゃんの言葉は、ビームみたいにまっすぐにみやの心臓を突き抜けた。
「数年ほっといて、今更首突っ込んでくんの?」
「っ、」
「ホントはさ、あんまこういう言い方したくないんだけど――」
しみちゃんの指先が、みやの唇の上を滑る。
まるで、みやの口を封じるみたいに。
「何様だよ、って思っちゃうかな」
しみちゃんの指を拭った紙ナプキンが、きっちりと折り畳まれて机の端と平行になるよう揃えられる。
「し、みちゃんは、なんなのさ」
「私? んー……少なくとも、みやよりは全然……トモダチだよ」
みやは?としみちゃんが続きを求めてくる。でも、みやの唇はなんだか麻痺しちゃったみたいに上手く動いてくれなかった。
しみちゃんが、口をつけた自分のグラスを逆さまにする。
「ももね、今ひなちゃんと二人暮らしなの」
「え?」
「もっと言うと、ももの旦那さんは、」
――去年、亡くなったよ。
耳に届いたしみちゃんの声は、電波が悪い時の電話の声のようにも聞こえた。
脳みそのすみっこでわずかに残ってた思考回路が、いろんなものを繋げていく。
あー、だからかぁ、ってみやじゃない別の誰かが言ったみたいだった。
変だと思ったんだよね、雛子ちゃんの大人びた感じとか、ママの話ばっかなとことか。
しみちゃん知ってたんだ。そっか。そうだよね。だってさ、しみちゃんはうちらのキャプテンだもんね。
66名無し募集中。。。2019/02/17(日) 03:12:29.430
「みや、電話鳴ってない?」
「……え?」
「なんかさっきから、ずっと」
席で通話をオンにしちゃってから、席立てばよかったって気がついたけど遅かった。
「夏焼雅さんのお電話でよろしいでしょうか?」
「……そうですけど」
ロボットみたいに冷たい女の人の声が、マニュアル的なセリフを喋り始める。
なんでか、耳に流れ込んでくるのは近所の大学病院の名前。
「あなたと同居されている流川桜子さんが、事故に遭われまして――」
そっから先の会話は、ほとんど頭に入ってこなかった。
メモを取ってくださいって言われたような気がした。
ペン、ペンを、って思ってたら、目の前に差し出されてみやはそれを受け取った。
病院の住所と、電話番号と、細かい指示と、垂れ流されてくる情報を、わけも分からずナプキンに書き留める。
「何かご不明点はございますか?」
ゴフメイテン。意味にならない音だけが、何かの暗号みたいに頭の中でぐるぐる回った。
「あ、あの」
「はい?」
「……私、どうしたら、いいんですか」
ですから、と女の人の機械的な声がマニュアルを繰り返す。
耳に突き刺さる声はチクチク冷たいのに、頭のてっぺんはぼうっと熱を持ってるみたい。
電話が切れた後で、乱れまくった文字が並ぶナプキンを眺めた。
しみちゃんが、「大丈夫?」って聞いてきたのは覚えてる。
全然。
全然、大丈夫じゃないし。
大丈夫なわけ、ないじゃん。
みや、って言いながら、みやの手に触れたしみちゃんの指先が温かくて、視界がぼんやり霞む。
息を吸おうとしたら、喉が勝手に震えた。