雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - カプセル 9
448名無し募集中。。。2019/03/11(月) 23:20:59.910

今日ほど、誰かがそばにいてくれて良かったって思う日はないかもしれない。
一回家に帰って、適当な鞄によーちゃんの服や歯ブラシなんかを詰め込んで。
「行くよ」ってしみちゃんが手を引いてくれて、みや達は病院に向かった。
時間外って書かれた通路の先は、人が少なくてひんやりしていた気がする。
看護師さんが、何か説明してくれたような気がする。
しみちゃんが、何か返事してたような気がする。
静かな病室のドアが、音もなく開いたような、気がする。

病室の電気は既に落ちていて、枕元の明かりがぽつりとついているだけだった。
目を閉じたよーちゃんのほっぺは、真っ白いガーゼに覆われていた。
酸素マスクみたいなものがつけられていて、よく分かんないチューブがいっぱいベッドから伸びている。
こういうの、よくあるよね。ドラマとかで。

「……よーちゃん」

その場にへたりこみそうになったみやを、しみちゃんが支えてくれた。
しみちゃん、こんな力強かったっけ。
よく分かんないまま、ベッドの近くにあった丸椅子に腰を下ろす。

「軽い脳震盪と打撲だって」
「のうしんとう」
「ちょっと強く頭打っちゃったみたいよ。検査もしなきゃだから、1週間くらい入院って……みや聞いてた?」

こっちを見てくるしみちゃんの目は柔らかかった。

「看護師さんが軽傷って言ってたから」
「……しみちゃん」
「大丈夫だってば」

しみちゃんにぽんぽんって背中を叩かれる。軽傷? 本当に?
ベッドに横たわるよーちゃんを見てると、みやには全然そんな風には思えなかった。
だって。こんな。わけ分かんない機械に囲まれてるの、よーちゃんが。
もう二度と。目を覚まさないんじゃないの。

「みや。落ち着いたら帰るよ」
「……え?」
「荷物届けるだけだって言われてるし。明日には目覚ましてるから、たぶん」

しみちゃんの言葉が、いちいちどっか別のところをぐるっと回って入ってくる感じ。
そっか、みや、荷物届けに来たんだっけ。

「……分かった」

そう返事した自分の声は、ロボットみたいに響いた。

449名無し募集中。。。2019/03/11(月) 23:23:33.410


病院を出ると、外の空気は病院に来る前よりずっとずっと冷たくなっていた。
すうっと過ぎていく風は、でも今のみやにはちょうど良かったかもしれない。
病室にいる間中、ぼーっと熱っぽかった頭が少しだけ覚めてきたから。
見上げた時計は午後10時。
「遅くなっちゃったね」ってしみちゃんがいつも通りの声で言う。
そこでようやく、みやに付き合わせちゃったって気がついた。

「ごめん。こんな、遅くまで」
「あんなみやびちゃん置いてけないでしょーが」

スマホの画面を見つめたまま、しみちゃんが声だけで返事する。
ちょっとぶっきらぼうな、ざらついた声。キャプテンの時の、しみちゃんの声。

「家まで行くよ」

当たり前のように、しみちゃんがみやの隣に並んで歩く。
散々付き合ってもらったのに、これ以上は。
そんなことを言ったら、しみちゃんが「こら」ってちょっと睨んできた。

「こういう時は素直に頼るの」
「……はい」
「ん、よし」

うんうんって頷いたしみちゃんは、手元のスマホに視線を落とす。
なんかメッセでも送ってんのかな。あんま見るもんじゃないわ。
手持ち無沙汰でみやもスマホを取り出す。
何するでもないけど、黙って歩いてたらよーちゃんのことばっか考えちゃいそうで。

「みやも下手っぴだよねー。人頼るの」

適当にインスタを眺めてたら、隣からぼそって聞こえてきた。
独り言? 違うか。しみちゃん、あんまそういうタイプじゃないし。
そう思って、「そう?」ってみやは返す。

「そうだよ。どっかの誰かさんもそうだけど」

めんどくさい、って聞こえたのは気のせい?

「一人じゃどうにもなんないことなんて、いっぱいあるんだからさ」

450名無し募集中。。。2019/03/11(月) 23:26:46.150

独り言っていうか、愚痴っていうか。
みやにっていうよりは、どっか別の誰かに向けたような言い方。
隣のしみちゃんに視線だけ向けると、やっぱりスマホをいじっていた。

さっきはすごく長く感じた道のりも、気付いたらあっという間。
マンションのエントランスに入ると、センサーでぱっと灯りがつく。ちょっとだけ、ほっとした。
しみちゃんに、ありがとうって言わなきゃ。
そう思って振り返ったら、しみちゃんの表情は何となく硬かった。

「……ももには、ちゃんと話せって言っとくから」

早口で言って、ぐいっとマフラーを引き上げるしみちゃん。
みやが聞き返す隙もないまま、しみちゃんは「じゃあね」って一方的に背中を向けて行ってしまった。


次の日、朝からお仕事が入ってたのは、みやにとってちょうど良かった。
一晩過ごして分かった。独りであの部屋にいるの、みやには無理。
夜、リビングでよーちゃんがキーボードを叩く音がしないの。
朝起きて、よーちゃんが淹れてくれた紅茶、トーストの匂いがしないの。
たまによーちゃんが出張で家にいないのとは、訳が違う。
いきなり独りで放り出されるのが、こんなに心細いなんて知らなかった。

よーちゃんから連絡があったのは、その日の夕方だった。
みやは、リビングのソファにごろんって寝転がっていた。
たまには自炊してみよっかなって思ったけど、全然やる気は出てこないし。
テレビもYoutubeも気分じゃなくて、かといって何かポチる気分でもなくて。
そうやってぼーっと寝転がってる時ほどいろいろ考えちゃうんだよね。
最初は天井の模様とかを気にしてたどうでも良い思考が、コロコロとらせん階段を降りていくみたいに深くなっていく。

451名無し募集中。。。2019/03/11(月) 23:27:55.500

ももも? 急に浮かんだ。
ももにも、いきなり当たり前だったものがなくなって、こうして天井を見上げた時間があったんだろうか。
ぎゅっと頭の横あたりが締め付けられる。
目をつぶったら、アメーバみたいな模様がじんわりと瞼の裏で動く。
突然お腹の奥から寒気が広がって、みやは膝を抱えてソファの上で丸くなった。
どくん、どくん、って音がする。みやの心臓が、ゆっくり脈打ってんのが分かる。
そこへ、アップテンポな電子音が割り込んできた。
電話、って思って目を開けたら、風景がぼんやりにじんで見えた。

「おーい、どうした。へこんでんの?」

みやの耳に入ってくる声が、すっごく懐かしい感じがした。
たった2日くらい聞いてなかっただけなのに、1年とか、もっと長い間聞いてなかったみたいな。

「……ん」

ぎゅって喉が詰まる。勝手に震えそうになる声を誤魔化そうとしたら、変に潰れた声になった。
よーちゃんが、小さく吹き出す気配がした。あーもう、絶対バレてる。
こういう時、よーちゃん、聞き逃してくれないんだよね。

「おいおい、本当に弱ってんなあ」
「……っさい、な」

どうにかそれだけ言い切ると、みやの喉はまたきゅうっと狭まった。
ゆっくりと息を吸って、吐いて、それでも何かが体の奥から湧き上がってくる。

「ごめんなー、みやび」

だって無理でしょこんなの。穏やかなよーちゃんの声に、かあっと頭に熱が上る。

452名無し募集中。。。2019/03/11(月) 23:28:19.750

まばたきしたら、ぽろって滴が目の端から落っこちた。
ほっぺが濡れる。あーもういいや。今日、どうせこの後出かける予定ないし。
そう思った瞬間、視界がぐにゃぐにゃに歪んだ。まばたきするたびに、ぼろぼろと新しい水滴がこぼれる。
思わずみやが鼻をすすったら、電話の向こうでよーちゃんが呆れたように笑った気がした。
今のよーちゃん、絶対優しい顔してる。こっちがムカつくくらい。

「いきなり、勝手、に、事故んな」
「あはは、ごめん。ちょっとやらかした」
「わけ、わかんない、から」
「さっさと治してすぐ戻るから、ね?」

よーちゃんの声が、どんどんお姉さんみたいになっていく。
反対に、みやはどんどん駄々っ子みたいな言い方になった。
本当、すぐ戻ってこなかったら許さないんだから。

よーちゃんは、その後もみやの呼吸が落ち着くまで待っててくれた。
今日の朝ご飯がオモユ(知らないんだけど)とポタージュで食べた気がしなかったとか。
お昼に点滴変えに来た看護師さんが、新人さんみたいで可愛かったとか。
普段なら絶対ここまで話さないなって思ってから、よーちゃんも寂しかったのかもってちょっと思った。

「あー……ところでさ。あたしのMac、持ってきてくれたりしない?」
「は?」
「いや、ちょっと積み残した仕事がさ」

みやは、耳を疑った。何言ってんだ、この人。
入院してるくせに、ちょっと元気になったらすぐ仕事とか、ありえなくない?

「今、人に会える顔じゃないんだけど」
「げ、まじか……んー、じゃあ明日でも良いかなあ」
「つーか、ちゃんと休んでよ」
「あ、みやびに怒られた」
「あのね、みや本気で言ってんの」

みやが低めの声で言ったら、よーちゃんはちょっと真面目な声で「うん」って返してきた。
そうだよ、たまには休めばいいの。わーか、なんちゃらでも。

「ごめん、検温の時間だって。また電話する」
「うん」

ぷつんと切れたスマホをテーブルに置くと、みやはソファから立ち上がった。
明日持って行くよーちゃんのMac、準備しとかなきゃね。