雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - 吸血鬼と座敷わらし 4
871 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/19(月) 18:39:18.06 0

匂いってたどれると思う?
みやに聞いてみたら、たぶん?と首を傾げつつ返事をされた。
可能性としては半分もないくらいって感じかな。
ももの血があったら?って付け加えたら、ちょっと困ったようにみやは笑った。

「たぶん、八割くらいは?」
「おー、結構上がるじゃん」
「そう、だけど」

ちら、とみやの視線が移動した先を追いかけると、ももがこれ以上ないほどのしかめ面で立っていた。

「やだからね」

全身から発せられる拒絶オーラ。
そんなに嫌がらなくたっていいじゃんって思ったけど、ももにはももなりに言い分があるんだろうなって思った。
そういう態度を取る時は、何かしら理由がある時だってこともよーく分かってる。
でも、でもさ。みやのためだし仕方ないじゃん?

「ももは、みやが自分の国に帰れなくてもいいの?」
「そうじゃないけど……」

じゃあどうしたの?ってちょっと優しめの声で聞いてみる。
だけど、結局ももはぷいっとそっぽを向いてしまって、埒が明かないなあって感じ。
みやの方を伺って、みやからも何か言ってよって気持ちを込める。
良い案なんてないってば。そう言うように見開かれる瞳。
お願い、ってもう一度だけ目で訴える。
みやは眉を下げたまま、瞳をきょろりとさせてから口を開いた。

「い、痛くしないから?」
「そういう問題じゃないの!」

あなたって何にも分かってない!とばかりに、更にむくれてしまうもも。
うーん、痛いから嫌だってわけでもないのか。
じゃあ何?
みやと二人で顔を見合わせてみても、答えは出てきそうになかった。

「ねえもも、お願い」
「……やだ」
「どうしても?」
「どうしても」

872 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/19(月) 18:39:56.62 0

しょうがない。奥の手だ。

「ウニ」
「……!」
「あと、カンパチもつける」

横でみやがきょとんとしていたけど、ももには効果抜群だったみたい。
ずるい、って小さく聞こえて、ももの体から力が抜ける。

「……好きにして」
「え、今の何?」

何かの呪文?とみやが目を丸くするのが見えて、ある意味では呪文かもなって思った。
今度教えてあげるから、と約束をして、さあ、とみやを促す。
観念したように固まっているももに、そっと近づくみや。
すっぽりとみやの腕に収まっちゃうももを見て、改めてももの小柄さを実感した。
みやが屈むのが見えて、いよいよ、という時。
ぴたり、とみやが動きを止めた。

「いいから、力抜いてよ」
「ゃ、やっぱり、無理!」

痛くしちゃうかもしれないからって諭すみやに対して、じたばたと無駄な抵抗をしているらしいもも。
何がそんなに嫌なのか知らないけど、ももの血がなきゃ話が始まらないんだからしょうがないじゃん。

「ももーっ! 覚悟決めてー!」

生ハムもつけるよーなんて適当なことを言うと、少しももが大人しくなったらしいのが分かった。
分かりやすいっていうか、なんていうか。
そんなことを考えている間にも、今度こそ行為は再開されていて。
す、とみやの唇がももの首筋に触れる。
やけに赤い舌先が、ももの白い肌を撫でる。
みやの八重歯がその柔肌に突き刺さるのが見えた。

「……ッ!」

抱きかかえられるような格好のももは、指先が白くなるほどにみやの体にしがみついていて。
水音と、合間に漏れるももの吐息とが、古びた和室に静かに響く。
あれ、なんだろ。
妙な、気分。
おしまい、とばかりにみやの舌先が噛みついた場所に触れて、ももが小さく震えたような気がした。

873 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/19(月) 18:40:33.01 0

「——ぃり、愛理」
「へっ? ああ」

ぼーっとしてたら、みやが目の前に立っていた。
そうだった。
さっさとあたしの血も飲んどかないと、またお腹痛くなっちゃうからね。

「いい?」
「ん」

差し出した手首を、ゆるりとみやが掬い上げる。
きらめく八重歯は赤く染まっていて、その鮮やかさに釘付けになった。
ちゅう、と手首に吸い付く感触、少し置いてから丹念にそこを這い回る湿った温かさ。
はいおしまい、とみやがそこから離れた時には、出血はちゃんと収まっていた。
最初はちょっとドキドキしたけど、今は血を吸われるのにもすっかり慣れちゃったな。

「ふう。じゃあ、行く?」

息を整えながら、みやが言う。
心なしか頬が紅潮しているようなのは、ももの血の効果なのかもしれない。

「ももー、終わったよ」
「……お疲れ様」

部屋の壁に体重を預けていたももは、いかにも気怠そうな様子で返事をした。
あたしはどうってことないけど、座敷わらしってもしかして血吸われると結構なダメージだったりするのかな。

「大丈夫?」
「……一応」

緩慢な動作でももが立ち上がる、と思ったらふらつく体。
それをすかさずみやが支えるのが見えた。
よく分かんないけど、無理させてるらしいのは確か。
明日のウニとカンパチは奮発してあげよう、そう決めた。

「さて、みや。よろしく」
「任せて」

頼もしく胸を叩くみや。
その後にあたしと、もも。
ささやかな手がかりを求めて、あたしたちは夜の中へと繰り出した。

426 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/03(火) 23:18:30.42 0

みやの背中を追って外へ出ると、世界は静まり返っていた。
今は丑三つ時ってやつで、当たり前といえば当たり前なんだけど。
それにしても、ももの血?の力ってすごい。
みやはちょっと迷うように首を傾げる時もあるけど、基本的には迷わずまっすぐ進んで行く。
だから、ももとあたしは無言で後を追いかけた。
庭を横切って、いくつか植わっている木の間を抜けて。
みやにしか分からない手がかりを辿っていった先に、何があるんだろう。
まあ、梨沙子が言うには数百年前の紙きれだって話だし、何が書いてあるかも分からずじまい。
期待するのは、少しだけにしとくのが賢明だよね。
なんてぼんやり考えていたら、みやが不意に立ち止まった。

「どしたの?」

みやが指差す先には、小さな隙間。
隙間というか、うちの家を囲む塀に開いたちょっと大きめの穴。

「……この、穴……?」
「だと思うんだけど」

その穴は、おぼろげながら見覚えがある。
昔の昔、まだあたしが小さくてやんちゃな子どもだった頃に、よくくぐって遊んでたっけ。
でも、大きくなった後にいくら探しても見つけられなかった。
だから、あれは小さい頃の私が勝手に作り出した幻想なんだと思ってた。
それが、今目の前にあるって——なんだか不思議な気分。

「この先って、何がある?」
「さあ……」

さすがに、小さい頃は穴の外に進んだことはなかった。
幼いながらに、いけないことをしてるって自覚はあったんだろうな。

「行ってみないと分かんない、かな」
「そっか……厳しいね」
「厳しい?」
「や、さすがにこの狭さは……」

言いながら、みやの視線はくるっと穴へ。
そっか、確かこの穴、子どもだったあたしでさえもちょっときつかったような気がする。
どうしよう、って言いながら、みやと二人で目を合わせる。
まあ、選択肢って一つしかない気がするけど。

「あのさ、はっきり言ってくれる?」

むくれた様子のもも。分かってくれてるんなら話が早い。

「行ってくれる?」

ちょっとだけ、偵察してくるだけでいいから。
お願いって手を合わせて、そっとももの様子を伺う。
仕方ないなあっていつもの調子で、ももが穴のそばにしゃがむのが見えた。

427 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/03(火) 23:20:04.68 0

「二人でいなくなってるとかナシだからね」
「分かってるって」

念を押すように振り返るももを、二人で手を振ってにこやかに送り出す。
ガサガサという音を立てながら、ももの姿は見えなくなっていった。
それにしても、この向こうって何があったんだっけ。
記憶って本当にあてにならない。

「ところで、あとどのくらいの距離とかって分かるの?」
「さあ。みやの感覚が正しかったら、近い気はするんだけど」

そっかあ、近いのかあ。……え、近いの?

「え、あの、紙の匂いなんだよね?」
「それはごめん、保証できない」

同じ匂いを辿ってるだけだから、とみやは肩をすくめた。
まあそうか、同じような匂いなんていくらでもある——ある、かなあ。
ちょっと不安になりながら、二人で並んでももを待つ。

「もも、どこまで行ったんだろ」
「すぐ帰ってくるんじゃない?」

基本怖がりだし、そう遠くにはいかないでしょ。
みやがそう笑うのが見えて、ふわっと浮かんだのは別の疑問。
今である必要はないけど、でもずっと気になってたこと。

「あのさ、いつの間にそんなに仲良くなったの?」

みやはもものこと「あんた」呼ばわりしてたし、ももに至ってはみやのこと「おばさん」とか呼んでたよね?
それが、気づいたら名前で呼ぶようになってて。
やっぱり、どうしたの?って思うところだよね。

428 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/03(火) 23:20:26.29 0

「あー、気づいちゃった?」
「結構前からね」
「はは、そっか」

みやはちょっとだけ照れ臭そうに頬を掻きながら、少しずつ話をしてくれた。

——確か、最初は。
うなされてたの、ももが起こしてくれて。
どんな夢だったとかは覚えてないんだけど、でもなんかすごく嫌な感じで。
そしたら、ももがずっと撫でてくれてさ……。

そんなことがあってから、みやが寝てる間はほぼずっとももがそばにいてくれるんだとか。
案外ももって世話好きだし、その様子はすごく想像できる。
子どもでもあやすような気持ちだったのかな。
それにしたってちょっとにやけすぎじゃない?みやってば——

「お嬢様あぁっ!探しましたああぁ!」
「おおぉぉお?!」

誰の声だとか、そんなことを考えてる暇はない。
慌ててみやを隙間に押し込めて、はっと振り返る。
ありえないほどのスピードで近づいてくる人影——って、あれたぶん舞美しかいないなあ。

「お嬢、様!こんな、深夜に、出歩くなん、て!!」

あっという間に目の前までやってくると、舞美はそのままあたしの肩を掴んだ。
ちょっと勢いありすぎて怖いってば。

「起きたら、いらっしゃらなくてっ!探したんですから!」
「あー、はは。ごめん」
「ごめんじゃ、すまないですからね!」

もう、と頬を膨らませて、怒ってるんだぞって主張してくるんだけど。
悲しいかな、舞美がそれをやっても"ぷんぷん!"って可愛い感じの擬音語しか浮かばないんだよね。

「あは、えっと。ごめんなさい」

まあそれでも、心配かけたのは本当だと思うからちゃんと頭を下げる。
深夜に起きたらいないとか、確かに焦ると思う。

「でも、よくここにいるって分かったね」
「そんなの……いつから一緒だと思ってるんですか」

あれ?って思った時には、ふわりと体が宙に浮いていた。
背中と膝に感じる舞美の腕。
えーっと、舞美さん?

「さっさと部屋に帰りますよ。大事じゃなくてよかったです」
「えっ、あ、ちょっと待っ——」

有無を言わさず、舞美はずんずんとあたしを抱えて進んで行く。
放置してきちゃった二人が心配なんてもんじゃなかったけど、さすがにおとなしくするほかない。
部屋へ連れ戻された後も、舞美はなかなか部屋の外からいなくなってくれなくて。
そうこうしてる間にあたしの意識も途切れていた。

357 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/17(火) 02:16:08.56 0

結局、あたしが二人に会えたのは次の日の早朝だった。
舞美がいなくなったらそっと抜け出そうと思ってたのに、寝落ちるなんて。
慌てて障子を開けたら、舞美は廊下で丸くなっていた(ちゃんともこもこしたものは着込んでいた)。
今のは見なかったことにしよう、うん。

「そういえば……どこだったっけ」

飛び出したはいいけど、昨日の場所が分からないと思い当たる。
昨晩はみやについていっただけだったし、薄暗かったし。
外気の刺激にちょっとだけ頭が冷えて、立ち止まった。
そうだ、離れの部屋。もしかしたら、奇跡的に二人で帰り着いてるかもしれない。

結論からいえば、あたしの予想は合っていた。
ただ、二人してドロッドロに汚れた状態で、行き倒れのように畳の上に折り重なっていたのは予想外だったけど。

「一体、何があったらこんなになるかな」

そっと近寄ってみると、思いのほか穏やかな吐息が頬に触れた。
とりあえず、ただ単に寝てるだけみたい。
まずはそのことに胸をなで下ろして、上に乗っているももの体をゆさゆさしてみる。

「ん? あ、いり?」
「そう、あたしだよ」

何度か目を擦った後、ももは目をぱちぱちさせた。
なんでここに?って感じの顔。これは、どこから聞くのが正解なんだろう。

「えっと……昨日はごめんね?」
「昨日?」
「二人とも、置いてっちゃって」

あー、そんなこともあったっけ。
ももの頭が緩く傾げられる。いやいや、記憶ないの?

「どうやって戻ってきたか、覚えてない、かも?」
「そんなことってある?」
「んー……でも、本当に本当だもん」

ももは本気で首をひねっていて、これは本当に覚えてないパターンっぽい。
ということは、みやが連れて帰ってきたのかなあ。

「じゃ、じゃあ。あの穴の向こうって何があったの?」
「あー……それも、なんというか」

奥歯に物が詰まったような言い方。何か、言いにくいことでもあったんだろうか。

「覚えてないの?」
「そういうんじゃないんだけど」
「じゃあ、何?」

さらに問い詰めると、ももはちょっと自信なさげに呟いた。

「なんか、夢でも見てたみたいで」
「夢……?」
「一応、聞いてくれる?」

もちろん、という意味を込めて頷くと、ももはぽつぽつと話し始めた。

358 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/17(火) 02:17:20.93 0

*  *  *

桃子が草を掻き分けていくと、少し開けた空間に出た。
顔を上げた先には、小さな蔵のような建物が一つだけ。
雅の言う匂いとは、あそこから発生しているのだろうか?
自問したところで、雅がいないと判断できないじゃないかと気がつく。

——それでも、何か手がかりがつかめるかも。

そう考えて蔵との距離を縮めていった桃子は、中から聞こえた物音にハッと息をのんだ。
どうか聞き間違いであってくれと祈りながら、改めて耳を澄ます。
だが、桃子の淡い期待をよそに、ガサガサという物音は更にはっきりと響いた。
間違いなく、何者かの気配がする。しかも、すぐ近くに。
この空間さえも、少し異質な感じがしていた。
その上、そこで出会う人物(人かどうかも分からないけれど)なんて、ろくなものではないだろう。
一度、二人の元へ戻ろうか。
周囲を伺っていると、不意に蔵の扉が軋む音がした。

「ひぃっ」

思わず声を上げてしまった後で、しまったと口を塞ぐ。
出てしまったものは仕方ないのだけれど、そうでもしなければ落ち着いていられなかった。
逃げようにも、腰が抜けてしまって無理だ。
だから、桃子はゆっくりと扉が開くのを見ているしかなかった。
神様仏様どうかお助けください——!

「あなたも神様みたいなもんでしょ?」
「へっ?!やあぁっ!」

予期せぬ背後からの声に、桃子はこれ以上ないほど飛び上がった。
慌てて振り返ってみても、そこには誰もいない。

「う、そ?」
「ねえ、あなた面白いね?」
「わあぁあっ」

呆然とする桃子をよそに、再び背後からの声。
やだ殺さないで食べてもおいしくないから!
訳の分からないことを唱えながら体を丸めていると、頭にふと柔らかい感触があった。
温かい——人間?
恐る恐る見上げると、不思議な出で立ちの女性が微笑んでいた。
白髪とも金髪とも言い難い、淡い髪色。
身を包むのは紅の着物。
思わず見とれて、いやいや違う違う、と首を振る。

359 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/17(火) 02:17:46.19 0

「あ、あなた、何? 誰?」
「何かと言われると……魔女?」

マジョ、まじょ、魔女。
何度か反芻して、ようやく意味が腹に落ちた。
ほら、普通の人間じゃなかった。
勘弁してほしい、と桃子は思う。
それでも、なけなしの勇気を振り絞ってもう一言。

「あれは……何?」
「あれ? 私の物置だけど」
「物置……」
「そう、物置」

にこりと表情を崩されても、どうしていいものやら分からない。
物置ということは、あの紙はこの人の持ち物なのだろうか。
この人に、あの紙を見せればまだ何か分かったかもしれない。
現物を預かってこなかったことを悔やんだけれど、今更遅かった。
そんなことをしているうちに、開いたままになっていた扉から現れるもう一つの影。

「あれ?どしたの、その子」
「んー?ちょっと迷い込んじゃったみたいでね」

今度は、よく通る明るい声が辺りを震わせた。
外見は普通の人間の女性のようだ——ちょっと一般的な肌より褐色ではあったけれど。

「ふ、増えた……」

訳の分からない存在がもう一人。
攻撃してくる様子はないが、何が起こるか分からない。

「もう、やだあぁ」
「あ、あんまり動くと——」

一回戻ろう。みやのところに。愛理のところに。
逃げるように立ち上がろうとして、桃子の足元の地面がふっと無くなった。

「……っ?!?!」

パニックになった頭のまま、数十センチほど滑り落ちる。
ズブズブという嫌な感触と共に、体が受け止められるのを感じた。

「この辺、私が仕掛けた罠だらけだからさーって言うの遅かったね」
「あーあードロドロじゃん」

恐る恐る瞼を開くと、黒光する泥のような物に覆われた掌が見えた。
素早く目を走らせて、桃子はようやく自分が穴らしき場所に落ちたのだと悟った。
その穴の底に、黒い泥のような何かが溜められていたらしい、とも。
衣服が汚れてしまったことは、この際どうだっていい。
体を包む不快な感触も、今は置いておこう。
何よりも、逃げ場がなくなったことに対して桃子は泣きそうだった。
穴の上から注がれる二人の視線。
二人の行動が予測できず、ただただ警戒することしかできない。
無数の疑問が浮かんできたが、それらをぶつけて良い相手なのかどうかも判断がつかない。

360 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/17(火) 02:18:04.48 0

一挙手一投足も見逃すまいと、桃子は二人を見つめ続けた。
膠着状態に陥ったのも束の間、桃子の耳に、ズザザザという派手な葉擦れの音が届く。
穴の向こうに真っ暗な影が見えた、と思った瞬間。
桃子の額に、鈍い衝撃が降ってきた。

「いっ……たぁ」

予期せぬ事態にじんじんと痛む頬を押さえながら、何が起こったのか把握しようと目を向けて気がついた。

「……みや?」

降ってきた何者かは、見慣れたゴシック調の服に身を包み、鮮やかな栗色の髪の毛をしていた。
だが、いつもは綺麗に整えられているそれらを包む、真っ黒でどろりとした物体。
もったいない、という場違いな感想が浮かんで、違う違うと振り払う。
そんな桃子は、予想外の言葉を聞いた。

「あれ?みや?」
「あ、本当」
「あな、あなたたち、みやのこと知ってるの?」

まさか、二人の口からその名前が漏れるとは。
慌てて問い返した桃子に対して、ちらりと互いに視線を交わす二つの人影。

「次に会った時に、教えてあげる」

魔女と名乗った方の人影が、意味ありげに口の端を持ち上げる。
ちょっと待って、という思考は、すぐに溶けて消えた。
その唇に乗る朱の鮮やかさだけが浮かび上がって。
それを最後に、桃子の意識はパタリと途絶えた。

523 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/20(金) 01:08:08.08 0

*  *  *

「うーん、なんだかよく分かんない話だねえ」
「でしょ?」

ももが話し始める前に、ちょっと口ごもったのが分かった気がした。
普通に(座敷わらしって時点で普通かどうかって話もあるけど)考えたら、夢でも見てたんじゃないの?って言いたくなるような話だもんね。
でも、みやとももの汚れ具合を見たら、一概に嘘だとも思えないし。

「とりあえずさあ……もも、着替えたい」
「あ、そうだよね。みやも着替えさせないと」

本当は二人とも湯船に突っ込んじゃいたいくらいドロドロ。
だけど、さすがにみやをお風呂に入れるわけにはいかない。

「もも、お風呂はいる?」
「いいのっ……!」

朝だし誰も使ってないと思うからいいよ。
そう提案したら、ももの表情がぱあっと輝いた。
昨日の夜、ぐったりしてたのが嘘みたい。

「元気になったみたいでよかった」

ついついそんなことを呟くと、ももの首がちょこんと傾く。

「もも、元気なかったっけ?」
「いや、だって……血吸われた後、ちょっとフラフラしてなかった?」

少し考えこんだ後、徐々にももの表情が納得へと変わっていった。

「あのさあ、愛理」
「ん?」

そこで、ももの黒目がきょろりと移動する。
言おうか、言うまいか、ちょこっとだけ躊躇ってるみたい。
少しの間をおいて、ももはゆっくりと口を開いた。

「……愛理って、血吸われる時にどんな感じ?」
「え、どんなって……吸われてるなーって思うけど」

ももに言われて、昨晩みやに血を吸われた時の記憶を掘り起こす。
ひやりと肌に触れる湿った感触と、そこに突き立てられるみやの八重歯。
ちょっと違うけど、採血と似たような感じとでも言えばいいんだろうか。
そこまで言葉にして、どうもこれはももの求めていたものじゃないと直感する。

524 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/20(金) 01:08:55.53 0

「なんで?」

問い返すと、ももの唇が答えあぐねるように震えた。

「……なんでもない」
「えー、なにそれ」

ちょっと非難がましい色を含めてみるけど、ももは曖昧に笑うだけ。
なんだろう、何か言いにくいことでもあるのかな。

「本当、なんでもないから」
「いいじゃん、教えてよ」

もしかして、みやに聞かせたくないとか?
そう思って、ももとの距離をそっと詰める。
どうせみやはまだ起きないだろうし、聞き出すなら今だよね。

「ねえ、もも?」

あー、とか、うー、とか、ももの喉から意味のない音が漏れた。
もう一押しってところかな。
ちょっと強めに、もう一度ももの名前を呼んだら、諦めたようにももが大きく息を吐いた。

「な、なんか……みやに、吸われると、ヘンな気分になるから」
「ヘン?」
「ももにも、よく分かんない……」

言いながら、みるみるうちに染まっていくももの頬。
何かに戸惑うように、視線が慌ただしく移動する。
どうしたんだろ、こんなもも見たことない。

「もう、いいでしょ! お風呂行ってくる!」

そんな言葉を畳に叩きつけると、ももはパタパタと部屋を出て行ってしまった。
結局ももが何を聞きたかったのかよく分かんないけど、行っちゃったなら仕方ない。
ひとまず、今は目の前のみやをどうにかしなくちゃ。
体を拭くくらいしかできそうにないかな、そう思って立ち上がる。
清潔なタオルと、お湯を張った洗面器、そして雑巾。
それらを取りに行こうと外に出て、あたしは目を疑った。
ここに来る時には気がつかなかったけど、庭にあり得ないほど大きな凹みが生じている。
形は単なる人間の足跡なんだけど、大きさがあり得ない。
縦の長さだけで3, 4mはありそう。

「——何も、見なかった」

吸血鬼も座敷わらしもいるこのご時世、規格外の足跡くらいはあってもおかしくない——そう言い聞かせて、あたしは洗面所へと急いだ。
帰ってくる時にもその足跡はあったから、やっぱり見間違えじゃなかったようだけど気のせいだったということにした。

525 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/20(金) 01:10:24.04 0

「さて、と」

道具を揃えて、一息つく。
改めて部屋の状況と向き合ってみたけれど、ひどいとしか言いようがない。
これ、本当に拭くだけで取れるんだろうか。
ちょっとだけ不安になりながら、布巾をみやが寝ているあたりの畳にあてがって一拭き。

「……お?」

あたしの不安をよそに、畳に飛び散っていた謎の汚れはあっさりと拭き取れた。
一体何からできているものなのかさっぱり想像できないけれど、案外簡単に綺麗にできそう。
ちょっと楽しくなってきて、拭いてはゆすぎ、拭いてはゆすぎを繰り返す。
ある程度拭き終えたところで、今度はみやの服へと取り掛かった。
正直、装飾も細かいし構造もよく分からないから、丁寧に拭き取らないと。
落ちやすいとは言っても汚れは汚れで、こっちはさすがに、多少手洗いしないと落ちないかもって感じかな。
ある程度外側を綺麗にしたけど、問題は中。
相手の意識がない中で脱がせるのはちょっと忍びないけれど、この際しょうがない。
どうにか胸のあたりを覆う服の境目を見つけて、隠されていたボタンを探り当てた。
なるほど、ここはこうなっているのか……なんて、ちょっと場違いなことを思いながら指先を進めていって。
露わになる、みやの上半身。
でも、綺麗だとか、美しいとか、そんなこと感情より前にあたしの視線は別のものに奪われた。

みやの鳩尾あたりから脇腹まで、大きく斜めに走る白い痕。
恐らくだけれど、これは傷痕というやつではないだろうか。
そう思い至った瞬間、心臓を針で突き刺されたような気がした。

「ただいま——」

不意に、背後でからりと障子が開く音がして、同時にももの声が響く。
おかえり、なんて返す余裕はない。
その時、ぼとり、と何かが転がり落ちる音がした。

「み、や……?」

傷痕に奪われていた意識が、絞り出すようなももの声の方へと引き寄せられる。
はっとして振り返ると、大きく見開かれたももの瞳から水滴がぼたぼたと溢れるのが見えた。

「もも……?」

めったに見ることのないももの様子に、ざわざわとしたものが膨れ上がる。
慌ててももに駆け寄ると、その小さな体を腕の中に収めた。

「どしたの? どしたの、もも」
「わ、わかんない。でも、なんか、胸が、いたい」

それだけ言うと、ももは微かに身を震わせた。
ももの視界を覆うように抱きしめて、ゆっくりと背中を摩ってやる。
段々とももの緊張が緩んでくるのを見計らって、そっと畳へと座らせた。

526 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/20(金) 01:10:38.51 0

「だいじょぶ?」
「う、ん」

まだ目は赤かったけど、少しは落ち着いた様子。
大丈夫かな、続けても。
そう尋ねたら頷きが返ってきたので、作業を再開しようとして。

「もも……あれ、何?」

視界の端にちらりと映る、二つの小瓶。
さっき何かが落ちる音がしたけど、あれだったのか、なんて頭の片隅で思った。

「え? あ……分かんないんだけど、入ってた?」

そう答えながら、ももの首はどんどん傾いていく。
お風呂で着替えようとしたら、服の中から出てきたらしい。
でも、ももには心当たりがない……って、そんなことあるのかな。

「でも、本当にもも、見憶えなくて」
「なんだろうね……」

近づいて拾い上げると、小瓶の中には粉が収められているのが見てとれた。
例えるなら、片栗粉とか小麦粉みたいな細かい粒子。
その粉は、片や薄い桃色で、片や薄い紫色をしていた。

「これ、あたしが預かっててもいい?」
「うん、いいよ」

正体は不明だけど、持ち主は何となく想像がつく。
どういうつもりかは知らないけど、この小瓶は意図的にももの服へと忍ばせられたものに違いない。

「魔女がくれた粉、ねえ……」

それが何を意味するかは分からないけれど、みやの正体をつかむ上で大きな手がかりになるはず。
根拠はないけれどそう確信して、あたしはそれらをポケットへとつっこんだ。