雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - 癒してください
413 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/03/31(金) 02:39:18.03 0

悪いことって、重なる日は重なるものだと思う。
一つ一つは小さなことでも 、積み重なると結構ダメージが大きい。
たとえば、電車にギリギリで乗り遅れちゃったとか。
自販機で飲み物買おうと思ったら小銭を持ってなかったりとか。
あとは、雨が降ってきたからって慌てて傘を買ったらすぐやんだりとかね。
そういう時に限って、お仕事もちょっと延びちゃったりとかするしさ。

「やっと、帰れた……」

だから、玄関までたどり着いた時には、体からどっと力が抜けたみたいだった。
さすがのももでも、今日はグロッキー状態。
柔らかく光る玄関灯は、先に帰っている人がいることを示していて、少しだけほっとする。

「ただいまぁ」
「おかえり」

ドアを開けると、ざわざわとしたテレビのノイズと気の抜けた声が返ってきた。
みやはソファにいるらしいけど、ももの視界にはひらひらと揺れる手しか映らない。
ねえ、恋人が頑張って帰ってきたのに、出迎えの態度がそれってどうなの?

「みやぁ」
「はいはい」

ちょっと意識して甘い声で呼びかけてみても、みやはこちらを向く気配さえない。
さすがのももでも、ちょっと傷つくんですけど。

「みやびちゃんが冷たい」
「手洗いとうがいが先」
「……むぅ」

不満を前面に押し出してみても、みやはつれないまま。
言ってることは正論なんだけど、お疲れ様くらい言ってくれてもいいじゃん。
こっち見てくれるくらい、してくれたっていいじゃん。
ぶつぶつと不満をつぶやきながら、洗面所へ向かう。
だって、だってさ。
どれだけ悪いことが重なったって、みやの顔見たらそれだけで吹き飛ぶのに。
次から次へと湧いてくるもやもやが、手の汚れと一緒に流れていけばいいなって思った。

「みや、手洗いとうがい終わっ――」

洗面所から戻ってきたら、もうそこにみやの姿はなかった。
気まぐれなみやのことだから、別に驚くようなことじゃない。
でも、今はタイミングが最悪だった。
ちゃんと言われた通りにしたのに、なんて、ひどく子どもっぽい思考が頭に浮かぶ。
離れた場所からガサゴソと物音がしていたけれど、音の方へ向かおうとも思えなくて。

ぽちゃんってどこかで音がしたようだった。

あ、やばい。
慌てて寝室に駆け込んで、毛布にくるまる。
何かの歌にあったっけ。
いっぱいいっぱいになったバケツから、溢れる水。
そんな想像をしていたら、視界がにじんで瞬きのたびに冷たいものが流れ落ちた。

414 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/03/31(金) 02:39:55.61 0

「ももー? どしたの?」

呑気なみやの声が追いかけてきたけど、遅いってば。
なぜだか素直に応じたくなくて、かぶっていた布団をさらにきつく体に巻きつける。
きい、と静かにドアが開け放たれて、隣の部屋から光が差したのが分かった。
ゆっくりと近づいてくるみやの足音が、背中に届く。
それも無視して丸まっていたら、毛布越しに背中へと置かれる手の感覚。

「何? 眠いの?」
「眠くない」
「じゃ、どした?」

問いかけの声が、じんわりと優しいものに変わった。
その響きに刺激されて、また少しだけ鼻の奥がツンとする。

「なんでも、ないし」

誤魔化すように、可愛くない言葉が口をついて出た。
なのに、みやの手はするりと移動してももの頭にふわりと触れてくる。
そんなことでトゲトゲしていた気持ちが丸くなっていくんだから、みやは不思議だ。

「ちょっとお高めのチーズケーキ、買ってきたんだけどなー」
「えっ」

続くみやの言葉は予想外で、思わず反応してしまった。
後で、あ、と思った。
薄暗ければまだ言い訳もできただろうけど、この明るさで見逃してくれるみやじゃなかった。

「ちょ、なんで泣いてんの?」
「知らない」
「いや、知らないわけないじゃん」

流れるがままにしていたせいで、たぶん涙の跡とかそのままで。
そして、それはしっかりとみやの目にも映ってしまっているだろう。
みやの空気が焦ったものに変わるのを感じて、もう開き直ってしまおうと思った。

「なんかあった?」

みやの腕に、ももの体はゆるりと包みこまれる。
なんだか子ども扱いされてるみたいで複雑だけど、その腕に甘えてみてもいいかなって思った。

「だって、電車、乗り遅れるし」
「うん」
「自販機使おうと思ったら、万札しかないし」
「あー」
「傘買ったのに、雨すぐ止むし」
「確かに降ったね」
「お仕事、延びるし」
「お疲れ」

一気にそこまで言い切って、一呼吸置いた後で一番大事なことを口にする。

415 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/03/31(金) 02:40:12.57 0

「……みや、冷たいし」

それがなかったら、今日あったこととか全部帳消しになったのにさ。

わざと非難がましい言い方をしたら、みやの腕の力がわずかに強まった。

「それは……ごめん」

何かしら弁解の言葉があるかと思っていたら、素直に謝罪をもらって拍子抜けする。
ということは、みや自身も自分の態度について思うところはあったってことかな。
でもそう思ったら、ますますなんで?っていう疑問が大きくなる。
それをそのまま口にしたら、みやはそっと眉を下げた。

「や、なんか、照れ臭くて」
「え?」

聞けば、今日はもものためにとケーキを衝動買いしちゃったんだとか。
でも、張り切っちゃった感じが全開になるのは避けたくて。
どうやってももを待ってようかと悩んでいたところへ、ももがタイミング良く(悪く?)帰宅した、らしい。
だからって、素っ気ない方向に走るのがみやらしいっていうか、なんていうか。
もものこの気持ちは、どこにぶつけたらいいんだろう。

「うー……みやの、バカ」
「だから、ごめんて」

二度目の謝罪は、さっきよりもずっと柔らかな優しい音。

「ケーキ、一緒に食べよ?」

ももの分、ちょっと多めにするからさ、だって。
でもでも、それくらいじゃ満足してあげないんだからね。

「他には?」
「へ?」
「疲れて帰ったお姫様はケーキだけじゃ癒されませーん」
「は? なにそれ」

みやはそう言いながらも、きょろりと視線を巡らせて。

「特別に、ドライヤーもかけたげる」
「あとは?」
「まだ?」
「……だめ?」

みやの声音が少しだけ厳しくなったような気がして、弱気がほのかに顔を出す。
いくらなんでも欲張りすぎたかな、なんて思っていたら、みやが大げさにため息をつく音がした。

「しょーがない。じゃ、マッサージもつける」
「のったっ」

一度だけ、みやの指先がさらりとももの髪を撫でる。
心地よさに目を細めていたら、ほら早くって手を引かれた。
準備できてるんだから、って言葉通り、紅茶の香りにうっすらと混ざる甘い香り。

気がつけば、バケツに溜まっていた悪いことは全部流れちゃったみたいだった。


おわり