朝鮮学校無償化についてのウィキです。

時代の正体 ヘイトスピーチ考(上) 朝鮮学校に吹く寒風 
 神奈川新聞 社会 2014.7.26

在日コリアンの排斥を唱えるヘイトスピーチ。京都の朝鮮学校に対する街宣活動について大阪高裁は今月8日、「明白な人種差別」として損害賠償を認めた一審判決を支持した。在日朝鮮人社会に差し込んだ一筋の光−。そのまばゆさが照らし出す「いま」を1人の朝鮮学校教員の目を通して見詰める。

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 喜びを口にした自分自身に金燦旭(キム・チャンヌ)(46)は戸惑っていた。
 判決文の一節に目が留まった。
 〈朝鮮学園には、在日朝鮮人の民族教育を行う利益がある〉
 動画投稿サイトにアップされた映像は金も目にしていた。2009年12月、京都朝鮮第1初級学校の門扉の前、男たちががなり立てていた。
 「北朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本からたたき出せ」
 判決は、この街宣活動を「人種差別に当たり、法の保護に値しない」と断罪した上で、民族教育事業は保護されるべきだとした。
 金は「民族教育を受ける権利が私たちにはある。司法というきちんとした立場から見てくれている人はいるのだ」と安堵(あんど)を覚え、すぐに思い直した。
 「でも、それは当たり前のことではないのか。判決が素晴らしく思えるのは、ここ数年、戸惑うことが多すぎたからだ。一体、私たちの何がいけないのか、と」
 底が抜けたように、ここ神奈川の学舎にも吹き込む寒風を思っていた。
 

■介入
 横浜駅西口から一足の高台の上、神奈川朝鮮中高級学校はある。創立63年。その教壇に立つ金の耳に生徒の問い掛けが響き続ける。
 「先生、僕らは間違っているんでしょうか」
 拉致問題をどう教えているのか、確認したい−。県教育委員会から連絡があったのは10年のことだった。教育内容が「反日的」と問題視され、県の補助金の交付に物言いがついていた。当時の知事、松沢成文が授業を視察するまで交付しないという。
 事情を説明する金に生徒のとがった声が返ってきた。
 「カネのために授業をやるってことですか」
 金の回想がかすかに怒気を帯びる。
 「朝鮮学校はおかしいと言われる。それは、在日朝鮮人として生きることを否定するのと同じだ」
 学校側が教科書の記述見直しを受け入れることになり、補助金は再開された。だが次の知事、黒岩祐治によって13年2月に打ち切られ、横浜、川崎市も続いた。
 北朝鮮による拉致や核実験が持ち出され、「県民の理解が得られない」という理由が語られた。民族的少数者が自らの言語、文化を学ぶ権利は保障されなければならないという国際条約も、教育の現場に政治を持ち込まないという原則も一顧だにされなかった。
 これに先立つ、国による高校無償化の対象からの除外もそうだった。
 金は考える。
 補助金の打ち切りと無償化除外は、朝鮮学校はなくなっても構わないと言っているようなものだ。言葉を学び、歴史を知り、文化を身に付ける必要ない、つまり朝鮮人として生きるな、ということだ。それと「日本からたたき出せ」と叫ぶのと一体どこが違うのか−。
 

■意図
 在日朝鮮人3世の金は誇らしげに語る1世のハルモニ(おばあさん)の姿を忘れない。
 「国を奪われ、言葉は禁じられ、民族名を名乗るのも許されなかった。とても寂しいことだった。だから戦争が終わるとすぐ、子どもたちに言葉を教えるのだと皆が立ち上がった」
 1910年に始まる日本による朝鮮半島の植民地支配、その下に行われた皇民化政策。迎えた敗戦は民族の解放を意味した。朝鮮学校の前身、寺子屋式の国語講習所は全国数百カ所にできた。合言葉は「知識のあるものは知識を。金のあるものは金を」。くず鉄回収業を営んでいた金のハラボジ(おじいさん)は、手弁当の教師たちを家に招いては食事を振る舞ったという。
 「1世にとって朝鮮学校は取り戻した国そのものだった。日本生まれの2世以降には民族のアイデンティティーを育む場であり、差別が残る日本社会にあって肩を寄せ合い、民族をつなぐ場だ」
 ただの学校ではないウリハッキョ(私たちの学校)。ためらいなき政治の介入を目の当たりにし、金によぎったのは、そうした歴史や取り巻く現状はどれだけ省みられているか、ということだった。
 「果たして補助金はお願いし、恵んでもらうものなのだろうか」
 金の疑問をよそに、介入は続いた。黒岩は自ら手掛けたドキュメンタリー「めぐみ−引き裂かれた家族の30年」を教材に使うよう求め、生徒に感想文を書かせて受け止めを確認したいと言った。
 「日本と違う教え方をすれば反日なのか。自分の気に入る教え方をし、気に入る受け止め方をしなければ、拉致を教えたことにならないのか。拉致を通して人権の尊さを教えるというより、北朝鮮は悪い国と教えるための材料にしたい意図を感じた」
 

■容認
 拉致をどう教えているのか−。その問い掛け自体が金には悲しく、さみしい。
 2002年9月17日、日朝首脳会談で明らかになった拉致事件は在日社会をも揺さぶった。「拉致などないと信じていた。生徒にもそう教えてきた」。絶句し、そして、引き裂かれた被害者と家族の悲痛を思った。
 「自分たちもそうだった。植民地政策によって1世たちは追われるように海を渡った。家族と生き別れたことも、強制連行もあった。戦後は南北が分断され、家族離散はいまも続く。だから、拉致被害者の心情を思わずにはいられない。その気持ちが分かってもらえない。それは自分たち在日が、なぜここに居るのかが理解されていないからだ」
 教員たちで話し合った。
 「朝鮮学校である以上、植民地支配の歴史は教え続ける。過去に日本がしたことに納得できないこともある。でも、だからといって拉致を相殺し、正当化することだけはしてはいけない。拉致の悲劇の深さを最も理解できるのは俺たちのはずだ。人間の尊厳を踏みにじる、ともに許されない行為であり、犯罪だと教えるんだ」
 それなのに−。
 今年3月、県の補助金は対象を学校から児童・生徒に変更し、交付されることになった。新制度について県は「国際・政治情勢に左右されずに教育を受ける権利を安定的に確保する」と説明する。
 金はしかし、変わらぬまなざしを感じる。
 学校側は拉致問題を学ぶ副教材を独自につくることを約束した。黒岩は「支給の条件ではない」としつつ、言い添えた。
 「独自教科書の中身を判断する。ある程度のボリューム感や日本人が見て正面から拉致と向き合っているかどうかも問われる」
 補助金を口実になおも民族教育に立ち入る傲慢(ごうまん)。拉致は最大の人権問題だと叫ぶそばから、在日の権利を侵す倒錯。それに痛痒(つうよう)を覚えず、素通りする社会−。
 朝鮮学校だから許されるのか。
 金は4年半前の映像を思い返す。
 「日本の学校で同じことがあれば、皆、黙っていないはずだ。なぜ、誰も止めてくれなかったのか。あの判決も同胞たちが声を上げ、得られたものだ」
 ハルモニはこうも言っていた。
 「日本が朝鮮人の権利を自ら認めてくれたことなど一度もなかった」
 排斥はいまに始まったことではなかった。 =敬称略
 

◆朝鮮学校 朝鮮半島にルーツを持つ在日朝鮮人の子どもに朝鮮語による授業や民族教育を行う学校。全国に73校(うち休校9校)あり、県内では中学、高校に相当する神奈川朝鮮中高級学校、小学校に当たる横浜朝鮮初級学校、川崎朝鮮初級学校、南武朝鮮初級学校と、鶴見朝鮮初級学校付属幼稚園の5校で約450人が学ぶ。学校教育法で日本の小中学校、高校に当たる「一条校」ではなく、英会話学校などと同じ「各種学校」に位置付けられ、国の助成が受けられない。
【神奈川新聞】

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