CoC界隈で活動している黒江による、クトゥルフ関係の制作物置き場。

旧テキスト版 旧テキスト版DL

1.シナリオについて
本シナリオの目的は、ある魔術師の女性が創造した小さな理想の世界を探索しながら、記憶喪失の状態から徐々に自らを取り戻し、最終的に辛く苦しい現世へ戻るかどうか、という葛藤をするキャラクターを演じることである。
恐怖やサスペンスという要素よりも、一見美しいものの中に潜む、不穏さや矛盾が特徴となっている。
探索者自身の選択によって、現世に戻れなくなるということはあるかもしれないが、あまり厳しい判定を迫られることのないシナリオである
このシナリオに向いている探索者であるが、元気溌剌だったり、タフな現実主義者であったりするよりも、どこか行き辛さや葛藤、孤独を抱えているような人物の方が、より物語に深く没入できるはずだ。
探索者が発言する機会は多い方がいいので、二人か、多くても三人までのプレイヤーで参加することが望ましい。クリアに必須となる技能は特にない。
またシナリオテキストに全て共通することであるが、理想の世界というものを描写するにあたっては、単純にどこに何がある、という以上のものが必要になってくる。
このテキストには描写の参考となる文章が多く用意されていて、それらはイタリック体で示されている。
キーパーはそれらの描写文を参考にしつつも、できることならば自分が思う美しい世界を創造してほしい。
そうすれば舞台はよりキーパー自身のものになるだろうし、プレイヤーも物語に没入しやすくなるだろう。

2.シナリオ背景
ある所に若い女性作家がいた。彼女は文筆業でそこそこの人気を博し、少なくとも経済的には不自由のない生活を送っていた。
しかし彼女は、心の奥底では深い孤独を感じていた。彼女は真っ当な社会人としての顔もあったが、その一方で魔道に深く踏み込んだ人物でもあった。
その経緯は彼女の半生に深く関わっているが、あえて詳述しない。彼女は一般的な意味での優しさを持っていたが、思考には少々極端な所があった。
ある時点で彼女は考えた。自分の理想とするごく小さな世界を作り、そこで自分を理解してくれる人と永遠を過ごそう。
ある面から見ればいじらしく同情すべき、しかし多分に身勝手な動機によって、彼女は自分が所有する海辺のマンションに、探索者達を呼びよせた。
そして夜、探索者達が寝静まったところを見計らって、彼女自身の小さな世界に誘ったのである。
シナリオを開始した時点で、探索者達は彼女の世界でかなり長い時間を過ごしている。そして幾日目かに違和感を抱き、幾度目かの探索を経て、現世への帰還を企図することになるのである。

3.NPC紹介
【藤 螢(ふじ けい)】29歳 女性
孤独な魔術師
STR8 DEX6 INT16 アイデア80
CON5 APP16 POW18 幸運90
SIZ14 SAN45 EDU19 知識95
HP10 MP18 回避12 DB0
母国語95% 他の言語〈英語〉86% 図書館75% 制作〈小説〉75% 
他の言語〈仏語〉71% オカルト70% いいくるめ65% 
芸術〈演技〉55% 芸術〈文学〉55% 心理学45% 
クトゥルフ神話18%
武器 こぶし50% 1d3
呪文 キーパーが望むものすべて

髪の長い、ミステリアスな風貌の女性である。初めて会った人には、物静かで優しく、知性的な印象を与える人物である。
しかしその態度は様々な葛藤の上に築かれていて、彼女の内面は見た目ほど優雅という訳ではない。
そして彼女は社会的な意味でなく、もっと心の深層に近い部分で孤独を抱えている。
この孤独がどのように形成され、またどのようなエピソードで彩られてきたかは、キーパーやプレイヤーの想像に任されている。
シナリオ中、自らを『ケイ』と名乗り、以降のテキストでもそのように呼称する。

【ナラ(なら)】女性
STR5 DEX16 INT10 アイデア50
CON5 APP16 POW18 幸運90
SIZ10 SAN- EDU6 知識30
HP8 MP18 回避32 DB-1d4
制作〈料理〉65% 芸術〈家事〉65%
芸術〈歌唱〉55% 芸術〈マンドリン〉55% 芸術〈舞踊〉55%
武器 こぶし50% 1d3-1d4
呪文 キーパーが望むもの

メイドのような格好をした、18歳ぐらいの若い女性。流暢な日本語を話すが、容貌はどこか無国籍風の雰囲気が漂う。
実のところ、彼女は現実世界に肉体を持った存在ではなく、ケイの人格や欲求の一部を投影して創られた存在である。
投影されたのはケイの子供らしさ、無邪気さ、他人に甘えたり、また甘えさせたりするような親密さ、などである。
これらは大人の分別を持ったケイが表現することを躊躇うようなもので、それらの行為や気持ちをナラに仮託しているのである。
シナリオ中で彼女は探索者達の世話を焼いたり、構って欲しそうにしたりするが、本質的にはケイと同じ存在なので、例えば一人の人物を取り合うとか、ケイの邪魔をするとかいった行為はしない。
名前の由来は『Narrative(物語)』。

4.記憶について
探索者達が持つ(あるいは取り戻す)記憶は、このシナリオの重要な部分を担っている。
シナリオ開始時、探索者達はケイに記憶を奪われている状態である。
奪われたという言葉はやや暴力的だが、要は探索者達が混乱し、この世界に飽き、精神を摩耗させて外に出たいと言い出さないよう、毎夜記憶を消去していたのである。
しかし記憶の消去は完全でなく、探索者達はふとしたきっかけから様々なことを思い出す。それは本テキストにおいて、記憶レベルという概念で表現される。
当初は自分の名前以外ほとんど思い出せない探索者達だが、ある行動をしたり、あるアイテムを手にしたりすることで記憶レベルが上昇し、徐々に記憶を取り戻していく。
記憶レベルには1から5まで存在し、シナリオをクリアするためには最低でも記憶レベルを4まで上昇させなければならない。どの記憶レベルでどこまでの事項が思い出せるかを以下に示す。
もしロールプレイの際、プレイヤーが本来思い出せないようなことを探索者に話させようとした場合、そのペナルティは探索者の頭痛や意識の混濁などによって表現されるだろう。

・レベル1 記憶の痕跡
シナリオ開始時の状態である。探索者達は自分の名前を知っていて、所持している技能を問題なく使用できる。
しかし〈アイデア〉で無理やり記憶を取り戻したり、〈知識〉で現実世界の個別具体的な事項を思い出したりすることはできない。
レベル1の状態は以下のような文章で探索者達に示される。

あなたは自分の名前を思い出すことができる。
あなたは自分の知識と技術を適切に使用できる。
あなたは自分が過去に何をしていたのかを思い出すことはできない。
あなたは他者に関する物事を思い出すことができない。
あなたはなぜここに来たのかを思い出すことはできない。

・レベル2 記憶の残滓
記憶レベルが一段階上昇し、ほんの少し現実世界のことを思い出してきた状態である。
このレベルでは、自分がどういう職業についていたとか、父親や母親について思い出すことができる。
それから遠い過去、たとえば学生時代や子ども時代のことをぼんやりと思い出すことができる。
レベル2の状態は以下のような文章で探索者達に示される。

あなたは自分の名前を思い出すことができる。
あなたは自分の知識と技術を適切に使用できる。
あなたは自分の遠い過去や、職業について思い出すことができる。
あなたは家族や、ごく親しい他者について思い出すことができる。
あなたは三日より最近の事を思い出すことができない。
あなたはなぜここに来たのかを思い出すことはできない。

・レベル3 記憶の欠片
記憶レベルがさらに上昇し、より多くの事を思い出せるようになった状態である。
探索者は自分がどういう人間か、ということをほとんど完全に把握できる。
このレベルで起こる重要な変化は、初対面風であったケイが、どうやらごく最近出会った人物である、というようなぼんやりした感覚を持つことである。
レベル3の状態は以下のような文章で探索者達に示される。

あなたは自分の名前を思い出すことができる。
あなたは自分の知識と技術を適切に使用できる。
あなたは自分の遠い過去や、職業について思い出すことができる。
あなたは望むなら、最近出会った他者について思い出すことができる
あなたは望むなら、ごく最近の事まで思い出すことができる。
あなたはなぜここに来たのかを思い出すことができない。

・レベル4 記憶の輪郭
記憶レベルが上昇し、ごく一部を除きすべてを思い出した状態である。
このレベルに至ると、探索者達はどのようにしてこの場所に来たのか、それにあたってケイがどのような役割を果たしたのかについて思い出すことができる。
これによって、探索者達はケイに真実を語るよう迫り、現実世界に帰還させるよう要請することができるようになる。
レベル4の状態は以下のような文章で探索者達に示される。

あなたは自分の名前を思い出すことができる。
あなたは自分の知識と技術を適切に使用できる。
あなたは自分の遠い過去や、職業について思い出すことができる。
あなたは望むなら、最近出会った他者について思い出すことができる
あなたは望むなら、ごく最近の事まで思い出すことができる。
あなたはなぜここに来たのかを思い出す。

また、探索者の記憶レベルが4に達した時点で、探索者が思い出したことを半ば代弁する形で以下の描写を提示する。

そうだ、あなたはあのケイという女性に連れられて、小さな海辺の街に来ていたのだ。
彼女はあなたの友人で、共に休暇を過ごそうと誘われたのだ。
彼女と一緒に海岸が望める、別荘である海辺のマンションへ来ていたはずだ。
そこで夜を迎え、眠ろうとしたとき、何か不思議な香りがした。
同時に歌のような、祈りのような声を聴いたのだ。
そして気付けばこの場所に来ていた。ケイによってここに連れてこられたのだ。

・レベル5 完全な記憶
記憶レベルが最大まで上昇し、完全な記憶を取り戻した状態である。
このレベルでは、自分がこの島で何日も過ごしていて、今現在おこなっている探索も幾度目かであるということを思い出す。
しかし朝が来るたびに記憶を失い、結局脱出を果たしていないのだということを悟る。
探索者達がこの世界でどれくらいの時間を過ごしていたかはキーパーが決めてよいが、おそらく30日を下回ることはないだろう。
レベル5の状態は以下のような文章で探索者達に示される。

あなたは自分の名前を思い出すことができる。
あなたは自分の知識と技術を適切に使用できる。
あなたは自分の遠い過去や、職業について思い出すことができる。
あなたは望むなら、最近出会った他者について思い出すことができる
あなたは望むなら、ごく最近の事まで思い出すことができる。
あなたはなぜここに来たのかを思い出す。
あなたはこの島で幾日も過ごしたことを思い出す。

また探索者の記憶レベルが5に達した時点で、以下の描写を提示する。

あなたは完全な記憶を取り戻した。
あなたは、自分がこの場所で過ごした時間が、朝起きてから今までの、ほんの短い間だと思っていた。
しかしそれは、たった今取り戻した記憶と明らかに食い違っている。
すっかり忘れていた、というわけではないだろう。意図的に取り去られ、封印されていた記憶。
あなたがこの場所を訪れるのは初めてではない。
何日も、何日も何日も、同じ日を繰り返していた。
ここからの脱出がかなわず、あるいはそんなことにすら思い至らずに、夜眠り、すべてを忘れてまた起きる。
そんな時間を、何度も何度も繰り返していたというのか。

レベル5に達した探索者は、急速に取り戻された記憶による混乱と、まるで円環のようにループする世界で過ごしていることの自覚により、1/1d4+1の正気度を喪失する。
もしここで狂気に陥ってしまった探索者がいるとすれば、それはこの衝撃的な記憶の想起を受け入れられなかったということである。
その場合、一時的狂気の代わりとして探索者の記憶レベルを4まで下げる。
そしていくら同行者に真実を伝えられても、このシナリオ中に記憶レベルが再び上昇することはない。
しかしこれは、探索者達が日常に戻ったあとにも記憶を取り戻せないままである、ということを意味しない。

5.導入、覚醒

あなたは今、眠りと覚醒のはざま、夢とうつつのわずかな隙間にいます。
しばらくその優しい暗闇に浸ったあと、あなたの意識はゆっくりと浮き上がるでしょう。
やがて、目覚めのときを迎えます。
甘やかにまとわりつく夢の残滓に浸りながら、まずあなたが目にしたのは、馴染みのない木の天井でした。
鼻腔に届く湿った植物の匂い、耳に聞こえる遠い潮騒は、ここがどうやら海辺であるらしいことを告げています。
五感が捉える情報は徐々に明瞭さを増し、すでにここが、眠りの中ではないことをあなたに伝えています。
ただあなたは、それらが目下重要な事柄でない、という風に思うでしょう。
自分がなぜここにいるのか、さっぱりは思い出せないからです。
それどころか、自分が何者で、どういう立場にある人間なのかもわかりません。
あなたが寝ていたのは、真っ白なシーツが掛かった簡素な木のベッド。
そのベッドがあるのは、目立った家具のない、これまた無垢の木材を基調とした部屋です。
ベッドのわきには窓があり、その下にはあなたの荷物が、無造作に放り出されていることでしょう。

物語はまず、探索者達が見知らぬ部屋で目を覚ますところから始まる。探索者がもし複数であれば、隣のベッドに見知らぬ人間が寝ているという状況になる。
記憶を失っている探索者達が採る最もありそうな行動としては、部屋を色々と見て回ったり、窓の外を見て見たり、互いにどういう素性の人間か探ったり、ということになるだろう。
探索者達は衣服や、その他いくつかの物品をこの世界に持ち込めたことにしていい。実際に、ケイに誘われた際に持ってきた物品でなくても構わない。
それらは探索者達にとって、現実世界を思い出させるような大切な品か、あるいはいつも身に付けているとか、仕事に使うような日用品などかもしれない。
そういうものを前にしたときには、例えば、覚えはないがどこか見覚えがあるとか、なぜか手にしっくり馴染む、とかいうことが起こるだろう。
部屋の中には、怪しげな引き出しや、意味深なメモといったものは何もない。窓を開けると、先ほど描写したような、夏の雨上がりや濃い植物の匂いがする。
外を見ると、棕櫚(シュロ)や椰子のような、南国風の植物が生えている。この近くの地面は金色の砂地となっている。
窓の反対側には扉があり、そこからわずかに人の気配と、パンが焼けるような匂いや、コーヒーの匂いが漂ってくる。

6.ケイのログハウス
探索者達が目を覚ました建物は、リビングダイニング、キッチン、そして寝室が二つという間取りのログハウスである。
寝室のうち一つは探索者達が寝ていた部屋で、もう一つがケイとナラが個人的な時間を過ごす部屋である。
内装は簡素なだが、かなり近代的かつ快適な設備も存在している。たとえばキッチンやトイレ、風呂などである。
探索者達はあとで屋外に出ることになるが、辺りの環境を鑑みれば、これらの設備を維持するのは不可能だと思うだろう。
ともあれ、目を覚ました部屋の外に出るとリビングダイニングである。
これまでの部屋同様、家具を含め無垢の木材で、部屋の中央には、ごくシンプルな彫刻がほどこされた、大きなテーブルと四つの椅子がある。
そこにはケイとナラがいて、ケイは白いカップに入ったコーヒーを飲んでいる。
おそらくはじめ探索者達に話しかけるのはナラで、彼女は快活な様子で探索者達に挨拶し、朝食は何が良いかを尋ねる。
ケイもナラも表現の度合いに差はあるものの非常に親切である。しかし表面上、彼女達は探索者と初めて話したという風を装う。
ケイはどこか余裕のある態度でニコニコとしているので、探索者達は彼女に色々と質問したくなるかもしれない。
例えば、貴女達は誰か、この場所はどこか、自分達はなぜここにいるのか、といったようなことである。
これに対して、ケイはまだ真実を話さない。私達はここの住人で、この島は文明と隔絶された場所で、貴方達は偶然この場所に流れ着いた、というような調子で答える。
これに納得しない探索者が、〈心理学〉でケイの真意を探ろうとしても、ケイが探索者達に親密さを感じていることが解るだけだろう。
探索者達が混乱しているようならば、ケイは以下のような言葉を投げかけるかもしれない。

「大丈夫。心配しないで。あなた達を傷つけるようなものは何もないから」
「少ししたら外を歩いてみましょうか。きっとここが気に入ると思う」

部屋の内装をよく見回すか、外に出ようとした場合、探索者達は壁にピンで留めてある簡素な地図を発見する。
そこには島らしきごく狭い地域のおおざっぱな地理が記されている。島は横倒しになった卵のような形で、北を示す矢印が上方向に引かれている。
それによれば、このログハウスらしき印が島の中央北にあり、島の北岸は浜辺、西に森と泉、東に洞窟がある、ということが記されている。
そして島の中央には、シンプルな花弁の絵が描かれている。また地図に記されてはいないが、島の南岸は崖になっていて、立ち入ることができない。
地図を見ていた探索者が〈アイデア〉に成功すると、筆跡などから、『その地図を描いたのは自分である』ことに気が付き、0/1d2の正気度を喪失する。
またその際、記憶レベルが1上昇する。これ以降も同様であるが、どちらか片方だけが気付いた場合でも、それをもう片方の探索者に知らせれば、記憶レベルは同じ値まで上昇する。
探索者達が外出にあたって何かを必要とした場合、大抵のものであればナラが用立ててくれる。
一旦部屋に下がって持ってきてくれるかもしれないし、ポケットからおもむろに取り出すかもしれない。
特に探索者達が望むのでなければ、彼女は基本的に屋内に残り、ケイが同行することになる。

7.ログハウスの外、北の浜辺
『ログハウス』を出ると、そこはやや開けた砂地となっている。周囲には植物が生い茂っているが、北に向かって小道が伸びていて、『北の浜辺』に行くことができる。
またログハウスの裏手に回れば、『青い花の丘』へと移動することができる。
もし探索者達がログハウスを詳細に観察すると宣言したり、ログハウスに戻るタイミングで〈目星〉に成功したりすると、ログハウスの入口近くの柱に傷がついていることに気が付く。
それは探索者達がかつて日付をカウントするために、鋭利な何かで付けた傷(探索者が日本人ならば、正の字で記録されているかもしれない)である。
これを発見した場合、記憶レベルが1上昇する。

外に出ると、そこは陽光が燦々と降り注ぐ小さな砂地の広場でした。
暖かく湿った風が肌を撫ぜ、夏の雨上がりのような匂いが地表から立ち上ってきます。
後方を振り返ると、あなた達がいた建物は、簡素なログハウスであるということがわかります。
周囲に同様の建物はなく、広場を取り囲むように、棕櫚や椰子、その他南国を思わせるような植物がおおいに茂っています。
足元の砂の粒子は細かく、太陽の光がそのまま結晶化したような薄い黄金色です。
あなた達が再び前方に目をやると、木々の間に小道が続いており、その五十メートルほど先に、陽光を反射した海が煌めいています。

植物が作る緑のトンネルを歩くと、じき海岸へとたどり着きます。
そこに至れば潮の香りはいよいよ濃く、黄金色の砂浜は緩やかに海中へと没しているのが目に映ります。
視界には一片の雲も島影もなく、遥か遠く水平線だけが、空の蒼と海の碧を分けています。

この場所からは『東の洞窟』、『西の泉』へ行くことができる。
ここでずっと待っていても船が通ることはない。また打ち上げられたクラゲや海藻もなく、空を飛ぶ鳥もいない。
それは探索者達にとって、完璧ではあるが、どこか不自然な景色と映るかもしれない。
探索者達はここでしばらく水と戯れていてもいいし、すぐさま別の場所へ移動しても構わない。

8.東の洞窟
『北の浜辺』から東に向かって15分ほど歩くと、『東の洞窟』にたどり着く。そのあたりは磯になっているが、蟹やフナムシといった生き物は先ほど同様見つからない。

あなた達がさくさくと海岸線を歩いていくと、やがて波に削られた岩が多くある場所に辿り着きます。
しかし、岩と岩の間、小さな水溜り、生き物が潜む場所は多くありますが、その姿はおろか、痕跡さえ見当たりません。
ただ清浄な潮気だけが、暖かい風と共に吹いています。
そして岩場を越えた先、内陸側の岩壁に、人一人が通れるくらいの洞穴が、ひっそりと口を開けているのが見て取れます。

探索者達はそのまま洞窟に入って行ってもいいし、なにか照明になるものを取りに戻ってもいい。
探索者達が洞窟に入るとしても、よほど強く請わない限り、ケイは外で待っているだろう。

洞窟の幅はそれほど大きいものではありませんが、かなり深いようで、奥は見えません。
外の光は洞窟の入り口あたりで急速にその勢力を失い、それより奥には静寂なる闇が満ちています。

望むなら探索者達は洞窟の中に入ることができる。ケイはよほど強いない限り、洞窟の外で待っていようとする。

十メートルほども進んだでしょうか。分岐も曲がり角もなく、ただ真っ直ぐと洞窟は続いています。
ふと振り返ると、入り口の光ははるか遠く、小さく見えます。
周囲には濃い闇。あなたは強い不安に襲われるでしょう。
そろそろ引き返した方が良いのではないか。
もしこのまま奥に進めば、何か取り返しのつかない領域に足を踏み入れてしまうのではないか。
あるかなしかの好奇心は、耳を突くような静寂に吸い込まれていきます。

ただ暗い、という以上の感覚を味わいつつある探索者達は0/1(明かりを持っていない場合は0/1d2)の正気度を喪失する。
キーパーはここで探索者達に対し、さらに進むか、一旦戻るかの選択をさせる。
戻るのであれば、行きよりも遥かにあっさりと外に出ることができる。進む場合は、また数十メートル歩くことになる。

左右の壁が、暗闇が、静寂が、圧力を持ってあなたに迫ります。
ここで助けを呼んだとしても、外には届かないかもしれません。
どれだけ進んだかも、わからなくなってきました。
あるいはこの洞窟は、得体の知れない深淵へと続く道なのかもしれません。
胸が締め付けられるような不安に再び襲われます。

自らの奥底にある無意識の領域に迫りつつある探索者は、さらに0/1(明かりを持っていない場合は0/1d2)の正気度を喪失する。
それでもなお先に進むと、長く続いた洞窟は不意に終わりを告げる。
そこまで辿り着いた探索者達は、照明となるものを持っているかどうかに関わらず、足元に何かが突き刺さっているのを見つけることができる。
それは柄の部分だけが出た短剣である。探索者が2人以上いれば、人数分の短剣がある。
その刀身は金属だが錆びていて、あまり切れ味はよくなさそうである。柄は木製で、探索者達の手にしっかりと馴染む。短剣を手に入れた探索者達は、記憶レベルが1上昇する。
探索者達が外に戻るなら、入ってきたときよりも遥かにあっさりと出ることができる。ケイは探索者達が手に入れた短剣について、特に求められない限り何もコメントしない。

9.西の泉
『北の浜辺』から海岸沿いに西へ向かうと、やがて左手に森が見え、その中に続く小さな道が姿を現す。
海岸沿いの道は森に遮られる形で途切れているので、探索者達は必然的に、森の中へと入っていくことになる。
洞窟と同様、描写の合間に、キーパーは探索者の意思を確かめるようにして、さらに奥へと進むかどうか尋ねるといいだろう。

この森は、今まで見てきたような、南国の植物から成るそれとは違い、背の高い常緑樹が多い場所のようです。
あなた達はその木々の間、入口らしい獣道があることに気が付くでしょう。
下草が踏み固められ、誘うように奥へと続いています。

僅かな木洩れ日に照らされた獣道は、何やら静謐な雰囲気に満ちており、左右には列柱のように高い樹が生えています。
ここにも動物の気配は少なく、何処からか姿の見えない鳥の声だけが聞こえてきます。

道は真っ直ぐ奥へと続いています。木々は徐々にその密度を増し、やがて鳥の声さえ聞こえなくなりました。
清浄な空気が少し冷気を帯びたように感じ始めたころ、目の前に小さな泉が現れました。
木々に囲まれた空間。その泉は直径七、八メートルほど。深さはせいぜい三メートルでしょうか。
底まで見通せるような透き通った水が、数か所から湧き出しているのが見えます。

澄んだ泉の底には、バンドでぐるぐる巻きにされた宝箱のようなものが沈んでいて、泉に近づいた探索者達は容易にそれを見つけることができる。
その宝箱を取るためには、〈水泳〉に成功して運んでくるか、竿とロープなどの道具を使って括り付けるなどする必要がある。

宝箱のバンドは革に似ているが、何か非常に丈夫な材質でできていて、『東の洞窟』で手に入れた短剣でなければ切ることができない。
バンドを断ち切れば、箱に鍵は掛かっておらず、その内容物を手にすることができる。
中に入っているのは日本語で書かれた一冊の本である。題名は『オデュッセイア』。
〈知識〉、あるいは〈芸術(文学)〉*4、〈他の言語(ギリシャ語)〉*4などに成功すれば、題名を見ただけでその概要を思い出せるだろう。
オデュッセイアは古代ギリシャの詩人ホメロスによって書かれた英雄叙事詩で、英雄オデュッセウスの冒険と受難が描かれている。
探索者達はこの場所で本を読んでもいいし、一旦『ログハウス』まで戻って、ゆっくり読むことにしてもいい。
本を開こうとすると、頻繁に読まれていたのか、いくつかある章の部分に癖がついている。それは海の精霊であるカリプソのエピソードである。
概要は以下の通り。これを読むと、探索者の記憶レベルが1上昇する。

・英雄オデュッセウスと女神カリプソ
英雄オデュッセウスが航海の途中に難破して漂着したとき、オギュギアの島に住んでいた女神のカリプソは彼を歓迎した。
カリプソはオデュッセウスに恋をし、共に島で暮らして自分の夫となってくれるなら、彼を不死にすると約束する。
オデュッセウスはその島で七年を過ごしたが、結局、カリプソの願いを受け入れることはなかった。
来る日も来る日もオデュッセウスは海を見つめ、故郷を想って涙をこぼすばかりである。
ついにはゼウスの遣いのヘルメスが来て、カリプソにオデュッセウスを手放すようにと命じたので、カリプソはオデュッセウスに食料を与え、しるべとなる星を教えた。
そして英雄は再び、苦難多き不毛の海へと漕ぎ出していく。

10.楽しき日々
この項に書いてあるイベントは、どんなタイミングで生じさせてもいい。シナリオの流れを断ち切ってしまうと考えるならば、あえて省くことにしてもいい。
探索がある程度進んで、少々休憩するために『ログハウス』に立ち寄ったとき、あるいは中々帰ってこない探索者達をナラが心配するようにして、という風に挿入するといいかもしれない。
以下に示すのはイベントの一例で、具体的な形式にこだわる必要はない。要はナラにも探索者達と交流するチャンスを持たせてやろう、という趣旨のものである。
探索者達があまりに淡々と島を回っているならば、この島での生活に魅力を感じてもらうための機会にしてほしい。
探索者達が昼食の為に『ログハウス』へ戻ると、大きなテーブルの上に、様々な食材が置かれている。ナラは両手に調理器具を持ちながら、探索者達と一緒に料理をしようと提案してくる。
全員で一つの料理を作ってもいいし、各々が料理を作って、誰が一番上手にできたかを決める、というのでもいいだろう。
〈こぶし〉でひき肉をこねる、〈化学〉で調味のバランスを図る、など、様々な理由付けをしたうえで、4つの技能を料理に使用する。
〈芸術(料理)〉かそれに類するものは4倍でロールすることができる。
数多く成功するほど、味や見た目が良いものになる。ケイはそれを楽しそうに眺め、料理がどのような出来であっても、嬉しそうに食べるだろう。

11.青い花の丘
記憶レベルが4以上、かつ短剣を入手している場合、気が付くとケイは探索者達の前から姿を消している。
探索者達がオデュッセイアを読んでいるときなどが、絶好のタイミングだろう。
ケイは『青い花の丘』へ行ったのである。ナラに聞けば、もしかしたらその場所にいるかもしれない、とどことなく不安な顔で教えてくれるだろう。
しかしこのタイミングでナラに同行を頼んでも、あまり邪魔はしたくないから、と断られる。真実を話すよう頼むと、しおれた顔で謝るばかりである。
『青い花の丘』へは『ログハウス』の裏手から行くことができる。

ログハウスの裏手に回ると、木々の間に小道がありました。
その先、木々の途切れた向こうに、薄い青色の花が咲き乱れる広場があります。
丘を覆い尽くす花。視界一面の幻想的な青。
丘は緩やかですが、その頂点はとても遠く、高い場所のように見えます。

丘に咲く花はネモフィラという種類のもので、本来は春から初夏にかけて開花して、地面を覆うように小さな花を開かせる。
この場所では、ある条件が満たされている場合とそうでない場合とで、起こることが違う。
その条件とは、『記憶レベルが4以上』であること、『東の洞窟で手に入れた短剣を所持している』ことである。
条件が満たされていない段階で探索者達が『青い花の丘』を訪れた場合、いくら歩いても頂上に到達できない。
あるいはいつのまにか下に向かって歩いていたり、強い心理的な抵抗が生じて進めなかったりするかもしれない。
条件を満たしていれば、頂上に佇むケイが見えて、探索者達もそこまで問題なく到達することができる。
丘の頂上には直径と高さが一メートルほどの、白い石のようなものでできた円柱があり、その上面には英字が記されている。
アルファベットで記されているのは探索者達の名前と、そのすぐ下の『NOWHERE』という単語である。
この石は島の物理的な中央であり、またケイが作った小さな世界に探索者達を繋ぎとめるために重要な役割を果たす物体である。
『NOWHERE(どこでもない)』とはまさに現実に存在しないこの世界であり、つまりは探索者達がこの世界に捕われているということを端的に示す文となっている。
石柱の前に立った探索者は、現実世界に帰還するために何をすればよいか、直観で悟ることができる。
この文字が『NOW, HERE(今、ここで)』となるように石に傷を付ければ、自らの存在が確かに感じられる現実世界へと戻れるだろう、と確信できる。
この白い石はどのような手段を用いても傷つけることはできないが、唯一探索者達が『東の洞窟』で手に入れた短剣であれば目的を達成することができる。
この段階になれば、ケイは包み隠さず真実を話すだろう。
彼女は探索者達が自分の理解者になり、この場所で共に存在してほしいと願っていること。人間の精神は繰り返しと永遠に耐えられず、だからこそ探索者達の記憶を毎夜消していたこと、などである。
理解者になってほしいと思いつつ記憶をコントロールしていたり、各所に残された手がかりのように、記憶や痕跡の抹消が徹底していなかったり、彼女の行動や言い分には大きな矛盾をはらんでいるが、
それを指摘するか、指摘せずに受容するかは探索者達次第である。少なくとも、ケイがそのような矛盾を示し、内的に葛藤を感じているということをキーパーは承知しておいて、このシーンを演出してほしい。
ケイはその上で、探索者達に決断を迫る。この世界に留まるのか、この世界の外へ出ていくのか。
彼女は強引な形で探索者達をこの世界に引き込み、記憶を抹消するという手段を採りながらも、探索者が自分自身の意思で、彼女自身と共に在って欲しいということを願っているのである。
この世界へ出ていく手段は先ほど述べたとおりであり、それを成すにあたってケイは一切物理的・魔術的な干渉をしない。
石の文字を傷つけ、現世への帰還を選んだ場合、探索者の身体は白い塵か花弁か、とにかく無数の細かい何かに分解されてその場所から見えなくなる。
探索者自身の意識も遠くなり、再び眠りに近い状態となる。ケイは何か言うかもしれないし、言わないかもしれない。

12.エンディング
現実世界に帰還した探索者が目を覚ますと、そこはケイの世界に誘われる前、彼女に連れられて訪れた海辺の街にあるマンションである。
確認すればすぐに分かるが、探索者達が実際にこの部屋で過ごしたのは、たった一晩という短い時間である。
もし探索者の誰かが現世への帰還を拒み、ケイの世界に留まり続けているならば、部屋には現世に戻るという選択をした探索者がいるだけとなる。
留まる決断をした探索者がいつ現世に戻ってくるのか、本当に戻ってくることがあるのかは、誰にも分からない。
ケイが部屋の中にいるかどうかは、物語全体の展開を見てキーパーが判断する。
それでも、ケイがこの世界から消滅してしまうということはないだろう。朝食だけを用意してどこかに行ってしまっていたり、海辺を散歩しているだけなのかもしれない。
ケイとの間に起こった出来事について話すかどうかも、終盤の展開と、探索者達に任されている。
ただの夢であったということにしてもいいし、あらためて現実世界でケイの孤独を癒すため、探索者達が何か提案してもいいだろう。
もしかするとケイはほんの少しさびしげな様子であるかもしれないが、それは彼女の心の内にのみあり、外からはわからないということにしてもいい。
そしてまだ少々残っている休暇の予定について話しながら、シナリオは終了する。異界に誘われながらも自らの意思で帰還した探索者には、報酬として1d4+1正気度ポイントが与えられる。
 

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