残された手記 - サムライ・ロックを飲みながら
1.シナリオ概略
私立探偵である相馬大悟は探索者達の友人である。彼はちょっとしたきっかけから、クライン生命保険相互会社(以下クライン生命)という組織から逃げ出してきた謎多き少年であるジェフリーを匿う事になる。
エージェントの襲撃から逃れた相馬とジェフリーは、一旦事務所を離れ、横浜にいる相馬の恋人である亀井の住居に身を隠すことになる。
そこから探索者達に援助を要請し、事務所にある資料を処分してほしいと頼むのである。探索者達は不可解な状況に戸惑いながらも、彼の頼みを聞くことになるだろう。
このシナリオはごく短くシンプルなものであるが、シナリオの背景や登場人物にある程度の深みを持たせているため、また別のシナリオに繋げたり、人物を再登場させたりしやすいようになっている。

2.NPC紹介
【相馬 大悟(そうま だいご)】36歳 男性
私立探偵
STR14 DEX7 INT11 アイデア55
CON14 APP8 POW11 幸運55
SIZ15 SAN55 EDU13 知識65
HP15 MP11 回避14 DB+1d4
説得:66% こぶし:65% 組み付き:60% 心理学:60% 
図書館:55% 法律:45% 経理:41% 目星:41% 
言いくるめ:40% 信用:38% マーシャルアーツ〈柔道〉:30% 
拳銃:30%
武器 こぶし 65% 1d3(2d3)+1d4
   組み付き 60% 特殊

都内で探偵業を営む探索者達の友人。高校卒業後10年程度警視庁に勤務しており、その後退職してPM探偵事務所という名前の探偵社を開業した。
受ける依頼の内容は堅実なものがほとんどで、法を犯すのはそれ以外に方法がなく、やむを得ない場合に限る。
その場の機転で切り抜けるよりも、周到な計画と保険で危険を回避するタイプの人間である。
長身で体格がよく、武骨な雰囲気も相まって見る者に威圧感を与えるが、本人はごく抑制的で慎重な性格をしている。電気製品全般に苦手意識がある。
好きな作家はレイモンド・チャンドラー。探偵事務所の名前は、チャンドラーの小説に登場する私立探偵のフィリップ・マーロウ(Philip=Marlowe)から取ったらしい。

【Jeffrey=Warren(じぇふりー うぉれん)】14歳 男性
謎の少年
STR18 DEX6 INT18 アイデア90
CON28 APP17 POW16 幸運80
SIZ12 SAN60 EDU16 知識80
HP20 MP16 回避12 DB+1d4
母国語〈日本語〉:80% 図書館:80% 歴史:77% 
他の言語〈英語〉:65% 他の言語〈中国官話〉:58% オカルト:58%
他の言語〈タイ語〉:50% 人類学:50% 芸術〈建築〉:44% 
他の言語〈ベトナム語〉:41% 芸術〈彫刻〉:38% 
クトゥルフ神話:3%   
武器 こぶし 50% 1d3+1d4
装甲 火と電気の攻撃は半分のダメージしか与えない。物理的な武器は貫通したかどうかに関わらず1ポイントのダメージしか与えない。
   また1ラウンドに2ポイントの耐久力を回復させることができる。

クライン生命に捕獲されているジェフリー・ウォレンという少年のクローンであり、クライン生命の監視下で、イ=ス人と精神交換する日の為にたくさんの知識を教え込まれている。
身体組織はショゴス類似のものに置換されており、強靭かつ不老。知的能力と学習能力は無類で、アジアの言語と文化に深い造詣を持つ。
クライン生命の追手を警戒しており、やや怯えたような態度を取るが、相馬には心を許しているようだ。
彼が人間でないことを知った探索者は1/1d3、詳しい身体構造まで知ってしまった場合は追加で0/1d3の正気度を喪失する。
クライン生命およびジェフリー、また後述の樋口については、サプリのクトゥルフ・カルトナウに詳しい。

【亀井 涼子(かめい りょうこ)】27歳 女性
バーテンダー
STR9 DEX15 INT13 アイデア65
CON11 APP13 POW12 幸運60
SIZ13 SAN60 EDU12 知識60
HP12 MP24 回避30 DB0
制作〈カクテル〉:71% 聞き耳:70% 信用:68% 心理学:66%   
精神分析:50% 制作〈料理〉:44% 人類学:33% 
他の言語〈英語〉:26% 
武器 こぶし 50% 1d3
   アイスピック 25% 1d2

横浜の桜木町近辺にある「Phthia(プティア)」というBARに勤務しているバーテンダー。相馬とは3年ほど前に知り合い、2年ほど前から交際している。
どちらかというと物静かで、落ち着いて人の話を聞くタイプだが、相馬と交際に至った過程においては彼女の方からのアプローチがあったようだ。

【樋口 寛司(ひぐち かんじ)】24歳 男性
クライン生命の新米エージェント
STR8 DEX8 INT13 アイデア65
CON9 APP8 POW8 幸運40
SIZ13 SAN28 EDU13 知識65
HP11 MP8 回避16 DB0
図書館:65% コンピューター:61% オカルト:35% ナイフ:35%
鍵開け:31% 法律:25% 隠れる:20% クトゥルフ神話:5%  
武器 こぶし 50% 1d3
   ファイティングナイフ 35% 1d4+2

ごく最近加入したクライン生命の新米エージェント。コンピューターの知識と、自分を含めた人の死に対する無感情さを買われてスカウトされた。
組織に対する忠誠心は低く、現在は重要度の低い任務に就いて経験を積んでいる最中。

3.導入、発砲事件
シナリオ開始時の季節や時間帯はいつでもよい。探索者は相馬の同業者か、あるいは(相馬にとっては数少ない)親しい個人的な友人である。
日々を過ごしていると、新聞、テレビ、あるいは他の媒体で以下のようなニュースを目にする。

【ニュース、事務所での発砲事件】
都内の雑居ビル内で銃声がしたとの通報から警察が駆け付けたところ、東京都在住の男性が経営する『PM探偵事務所』内に銃弾が撃ち込まれた痕が発見された。
警視庁は発砲事件とみて捜査しているが、現在経営者の男性とは連絡が取れない状況である。警視庁はこの経営者の男性と何者かの間にトラブルがあったとみて調査を進めている。

探索者達はPM探偵事務所が、相馬の仕事場であることを知っている。よほど非情な人間でなければ、友人の安否について不安に思う事だろう。
また彼をよく知っている人物であれば、相馬の慎重な性格から、このような荒っぽい事件に巻き込まれることは彼らしくないと感じるかもしれない。何か特別な事情があるだろう、という予感を得てもよい。
相前後して、探索者達の一人に現金書留が届く。宛名は相馬自身の名前であり、横浜市内の郵便局で出されたもののようである。中には現金30万円と、相馬直筆の簡単なメモが入っている。内容は以下の通り。

【相馬からのメッセージ】
『少々厄介なことになり手助けが必要。桜木町のBAR「Phthia」まで来られたし。サムライ・ロックを2杯、女性のバーテンダーに、相馬の名前でツケるのが合図』

なぜ相馬がこのような手紙を送らなければならなくなったかについての詳細は後述する。
この時点で探索者達はPM探偵事務所に向かう事もできるが、警察による検分中のため翌日まで立ち入ることはできない。
現場にいる警官に対して〈言いくるめ〉〈説得〉〈信用〉に成功すれば、拳銃は室内で発砲されたこと、揉みあったような形跡はあるが血痕は見つからなかったことを教えてくれる。

5.横浜へ
Phthiaはインターネットで調べるか、現地の人間に聞けば簡単に場所がわかる。BARがあるのは戦後から歓楽街として栄えていた区画で、少々猥雑な感じもする通りである。
Phthiaはクラシックな感じの小さなBARで、店構えは控えめ、内装は暗い色調の木材と間接照明が凝らされた上品な雰囲気である。
客はいても1人か2人程度であり、カウンターでは亀井がグラスを拭いている。営業時間は14時から24時まで、定休日は木曜日となっている。
相馬のメッセージ通りにオーダーすると、大きめに削られた氷が入ったオールドファッションドグラスで、
サムライ・ロック(香りの強くない日本酒45mlに、生ライムジュース15mlがこの店でのレシピ)が2杯と、手のひらサイズの小さなメモが手渡される。
『閉店後にお連れします。それまでどうぞごゆっくり』という内容である。探索者達は一旦外で時間を潰してもいいし、他愛無い会話を交わしながら店で過ごしてもいいだろう。
閉店後、亀井と店の外で待ち合わせることになる。彼女は勤務時より若干砕けた態度で、探索者達を案内する。
彼女の住居は店から徒歩約15分の場所にある2Kのマンションである。移動の間に相馬と亀井のなれ初めなんかを話させてもよいだろう。

6.ジェフリー
マンションは外装、内装共に地味なものである。亀井自身は綺麗好きだが、現在は相馬とジェフリーが滞在しているため、室内は若干雑然としている。
探索者達が入った時点で相馬とジェフリーは(元々インテリアとして飾られていた)チェスで勝負をしており、圧倒的な劣勢の中で相馬が頭を抱えているところである。
暇つぶしに相馬がジェフリーにルールを教えたところ、ジェフリーが瞬く間にマスターしてしまったのである。
探索者達はもしかすると過去に相馬とチェス対決をしていて、彼がそれなりの実力者であることを知っているかもしれない。
ジェフリーは当初探索者達を警戒して無口でいるが、時間が経つにつれ徐々に慣れていく。
探索者達に気付くと相馬は(勝負を破棄されてやや不満げなジェフリーを無視して)セットを片付け、探索者達が自分のメッセージに応えてくれたことに対して礼をする。
それから探索者達を呼びつけた経緯について以下の様に語る。

シナリオ開始時より2日ほど前の事。繁華街の路地裏で、相馬はジェフリーと遭遇する。
ジェフリーは何かから必死に逃げているようであり、一旦は相馬を無視して物陰に隠れる。
その直後、追手らしきスーツの人物が、物陰に飛び込んできて、ここに少年が来なかったか、と相馬に尋ねた。
相馬は事情を知らないながらとっさにジェフリーを庇い、追手をごまかすことにした。
それはトラブルに巻き込まれることを嫌う普段の自分にとって「らしくない」行動であったが、ジェフリーの様子からただならぬ様子を感じたのだ、と相馬は語る。
ジェフリーは身分を証明するものや現金を持っておらず、警察に保護されることに対しても激しく抵抗したので、一旦相馬は彼を事務所に匿う事にした。
翌日、スーツを着た二人組がPM探偵事務所を訪れる。それは実はジェフリーを追うクライン生命のエージェントだったのである。
片方は後程登場する樋口である。もう片方はシナリオには登場しないが、樋口同様の下っ端エージェントということにしてもいいし、クラレンス・ロジャース(カルトナウ記載)のような上級エージェントということにしてもいい。
相馬越しにジェフリーを目撃したエージェント達は事務所に押し入ろうとして相馬と揉みあいになり、ついには隠し持っていた拳銃を発砲するに至った。
警察に通報する猶予はなく、相馬はジェフリーを連れて事務所から脱出。横浜に住む亀井の自宅に身を隠すことになった。

腰を落ち着けた先で発覚したのは、思いもよらない事実だった、と相馬が語ろうとした矢先、リンゴを剥いていたジェフリーが、誤って指を深く切ってしまう。
しかしその指から流れたのは血ではなく、粘度の高い黒々とした液体であった。それは速やかに傷周辺を覆って凝固し、傷痕ごと消え去ってしまう。
ジェフリーの人ならざるものの一旦と、異常な再生を目の当たりにした探索者達は、1/1d3の正気度を失う。このことについて、ジェフリーは自らの生い立ちを含めて以下の様に語る。
自分の出自は明らかではない。肉親はおらず、常に何者かの監視の下で育った。その何者かは『クライン生命』という組織の構成員であり、自分に様々な知識を吸収させた。
その目的については明かされなかったし、また普通の子どもと同じような生活をさせてはもらえなかった。
また少し勉強すると、自分が生物学的に人間でないことがわかった。それが、自分が普通に生活できない理由なのだと知った。
生活にそれほど不自由はなかったが、周囲に対する不信、自由への渇望、学んできたことを実際に体験したいという欲求によって、自分は初めての脱走を試みた。

ジェフリーがここまで語り終えると、また相馬が話を引き継ぐ。自分は少なくとも当面の間ジェフリーを匿う予定である。
東京を離れ、拠点を横浜に移すにあたって探索者達に頼みたいのは、旧事務所の資料の持ち帰り、あるいは処分である。顧客や自身に関する情報を抹消することによって、追手をやり過ごそうという訳である。
今後も何かと入用であるため、報酬は書留で送った30万しか払えないが、是非とも頼む、と相馬は頭を下げる。
また脱出の際に施錠した覚えはないが念のため、と言って事務所の鍵と事務所近辺に置いてきた車の鍵を渡してくれる。
もし探索者達が依頼を受けなければ、クライン生命のエージェントがこの場所を探り当て、あまり後味の良くない結果を残すことになるだろう。
依頼の遂行とは別に、ジェフリーの身体を調べてみたいという探索者がいるかもしれない。
その場合は姿形の割に体重が明らかに重い、常人の2倍のカロリーを日々摂取する等すぐわかる情報の他、
〈医学〉〈生物学〉に成功することで、脈拍が存在しない、肌質が異様にのっぺりとしている、髪や爪を観察した結果体組織の代謝が人間のそれとは異なる、などのことがわかってもよい。
専門的知識に照らし合わせてジェフリーの人外性を理解してしまった探索者は、0/1d3の正気度を喪失する。

7.クライン生命を調べる
探索者達は『クライン生命』というキーワードをもとに、色々と情報を得ることができる。会社としてはほとんど実体のないものではあるが、小さいながらも事務所があり、ホームページも開設している。
インターネットで得られる基礎的な情報として、クライン生命(正式名称はクライン生命保険相互会社)は世界各国に支店を持っており、東京の西新宿に日本支部がある。しかしそれ以外に日本支店らしきものはない。
〈経理〉*4、〈法律〉*4、あるいは〈図書館〉に成功した探索者は、断片的な情報(あるいは不自然な情報の欠如)から、この企業がペーパーカンパニーか、ダミー企業的なものではないかということが看破できるだろう。
西新宿の事務所を訪れることもできるが、電話番が1人と、仮眠用のスペースがあるくらいの小さなオフィスでしかない。詳細な聞き取りは当然できず、食い下がれば少々厄介なことになるかもしれない。
周辺で聞き込んでも実態を知る人間は全くいない。
もし探索者達がクライン生命の実態を調査することに固執するようであれば、キーパーはそれが現状探索者達の手に余ることをそれとなく知らせてやるとよいだろう。

8.PM探偵事務所
PM探偵事務所は繁華街の雑居ビル2階に位置しており、1階脇にある小さな階段を上って事務所に入ることができる。窓は通りに面した位置に一か所あるのみである。
探索者達がPM探偵事務所に到着する頃には、警察の大々的な調査は終了している。窓には現在ブラインドが掛かっており、そこから中の様子を窺い知ることはできない。
事務所の付近に到着した時点で〈聞き耳〉に成功した探索者は、事務所内部で一瞬争うような音が聞こえたことに気付く。
さらに事務所の入り口付近で〈聞き耳〉に成功した探索者は、中で誰かが作業しているような物音を聞くだろう。なお、事務所の入口は施錠されていない。
事務所に入るとすぐに、血の臭いと、腹部から大量の血を流して倒れている男性に気付く。男性はまだ辛うじて生きているが、大きなナイフによって二か所刺されており、早急に治療をしなければ危険な状態である。
具体的には、救急搬送するまでに最低1回〈応急手当〉〈医学〉に成功しなければ、男性は死んでしまう。
この男性は先般の発砲事件調査に参加していた所轄の刑事であり、事務所内部の様子に不審を抱いて進入したところ、襲撃された、というわけである。
血を流す刑事を目撃した時点で、探索者は0/1d2の正気度を喪失する。もし目の前で刑事が死亡してしまった場合は、追加で0/1d3の正気度を喪失する。
刑事を襲撃したのは、相馬とジェフリーの行方を追うクライン生命エージェントの樋口である。彼は刑事の気配を察知して物陰に潜み、隙をついて無力化したのである。
その後血を流す刑事をまったく顧みることなく、事務所を漁っていた。血の付いたナイフは作業の邪魔になるので、テーブルの上に置いてある。
樋口が探索者達に気付いた時点で、樋口はとっさにテーブルのナイフを取ろうとする。もし探索者達がそれを渡したくないと思うならば、樋口のDEXと抵抗ロールをおこなう。
ただし先般の正気度ロールに失敗していた場合は、動揺による初動の遅れから、抵抗するDEXの値を-2する。それに勝つことができれば、ナイフを先に取ったり、手の届かないところに弾き飛ばしたりすることができる。
もし樋口がナイフを手に取った場合、そのまま樋口との戦闘になる。樋口がナイフの奪取に失敗した場合、そのまま窓から飛び出して逃走する(〈跳躍〉とダメージのロールをおこなう)。
キーパーが望むなら、探索者達と樋口はテーブルを隔てていて、彼が窓から跳躍するのを阻止できないということにしてもいい。
探索者達は彼を逃がしてもいいし、追いかけて捕縛してもいい。しかしもしプレイヤーがこの場所に来た当初の目的を忘れているようであれば、キーパーはそれとなく思い出させること。

9.後始末
運搬、あるいは処分するべき資料は、パソコン1台と段ボール2箱分のファイル類である。幸運にも持ち去られた資料はない。
樋口が逃げた場合、証拠となるナイフはあるが、クライン生命のバックアップがあるため、彼を逮捕できるかどうかはわからない。
樋口を傷害、あるいは殺害した場合でも、緊急避難か正当防衛が適用されるだろう。刑事が助かっていれば、探索者に有利になるように証言してくれるはずだ。
当分追手の心配がなくなった相馬とジェフリーは、横浜を拠点に探偵業を再開することになる。軌道に乗るにはもう少し時間がかかるだろうが、なんとかやっていくつもりである、と相馬は前向きだ。
ジェフリーは探偵助手として、当面相馬と生活を共にするつもりでいる。また、新しい名前として相馬から与えられた「Philip=Chandler(フィリップ・チャンドラー)」という名前を名乗るようになる。
クライン生命との因縁は残ったものの、友人の依頼をやりおおせた探索者達は、1d3正気度ポイントを獲得する。もし樋口を殺すことなく捕えた場合は、さらに1正気度ポイントを獲得できる。