残された手記 - 愚者が求めし

1.シナリオ概要
探索者達は『薄命堂』という古書店を営む藤という女性の知人、あるいは調査や探し物を生業とする人間である。
依頼を受けた探索者達は、店舗に隣接した彼女の住居に招かれ、盗まれた魔導書の捜索を依頼される。
調査を通じて出会った六文字という老人の来歴を聞き、また助力を得て本の在処に迫る探索者達だが、危険な魔導書の処遇について決断を迫られる。

2.NPC紹介
【藤 みこと(ふじ みこと)】66歳 女性
古本屋店主
STR10 DEX14 INT15 アイデア75
CON8 APP12 POW14 幸運70
SIZ11 SAN70 EDU18 知識90
HP10 MP14 回避28 DB0
図書館:81% 説得:77% 歴史:70% 値切り:68% 
オカルト:66% 経理:65% 考古学:58% 他の言語〈英語〉:50%  
制作〈古書修復〉:41% 他の言語〈ラテン語〉:22%
武器 こぶし 50% 1d3

神奈川県鎌倉市で『薄命堂』という古書店を営む女性。一般的な図書の他、限定された顧客に対して、稀覯本やいわゆる魔導書の類も販売している。
オカルト的な造詣も深いが、魔術的な思考とは距離を保っており、あくまでも金銭を得る手段としての知識である考えている。
よく言えば生活力のある、悪く言えば生き汚い女性。生きることそれ自体にポジティブな面を見出す人間である。
3人の娘と5人の孫がいるが夫とは20年ほど前に死別しているため、現在一人暮らし。

【六文字 博(ろくもんじ ひろし)】116歳 男性
死を求める男
STR5 DEX6 INT16 アイデア80
CON10 APP2 POW8 幸運40
SIZ9 SAN20 EDU25 知識99
HP10 MP15 回避12 DB-1d4
図書館:82% 他の言語〈英語〉:60% 他の言語〈ラテン語〉:58%
他の言語〈仏語〉:52% 他の言語〈ギリシャ語〉:48%
他の言語〈独語〉:44% 経理:30% 法律:22% 
クトゥルフ神話:20%
武器 こぶし 50% 1d3-1d4
呪文 〈さまよう魂〉その他キーパーが望むいくつかの呪文

過去に資産にあかせて魔道を探求し、不死を得た男。しかしその後罪の意識に苛まれ、人生の目的を喪失し、今はただひたすら自らの死を願っている。
不死の代償として身体はねじ曲がり、人間離れした容貌のため、ほとんど外出することはない。
現在は家事をメイドに任せ、資産の管理は弁護士と会計士に一任している。激しい運動は不得手だが、日常動作は問題なくおこなえる。
人生は無意味で無価値なものであると結論付けており、全ての希望を失っている。藤には度々本の調達を頼んでいる上客であり、付き合いも古い。

【萬治 長久(まんじ ながひさ)】38歳 男性
STR10 DEX10 INT14 アイデア70
CON8 APP9 POW15 幸運75
SIZ13 SAN25 EDU16 知識80
HP11 MP15 回避20 DB0
他の言語〈英語〉:72% 他の言語〈ラテン語〉:66% 
言いくるめ:60% 他の言語〈ギリシャ語〉:39%
クトゥルフ神話:17%
武器 こぶし 50% 1d3
   小型ナイフ 25% 1d4
呪文〈門の創造〉〈消滅〉その他キーパーが望むいくつかの呪文

利己的な理由で魔術に手を染めた人間。目下の目標は『カルナマゴスの遺言』を入手して不死の肉体を手に入れることである。
合法的な手段で本を手に入れることに失敗したため、呪文を用いて本を盗み出す。

3.導入
シナリオの舞台は、現代の神奈川県鎌倉市近辺である。多少の改変を加えれば、基本的にどのような時代、場所でも成立しうるシナリオである。
探索者達が藤の自宅に到着するところからシナリオが始まる。探索者達は探偵などの調査に長けた人間、もしくは藤に頼りにされているか、単純に暇人だと思われている知人である。
呼びつけられた用件を知っていてもいいし、知らなくてもいい。藤は探索者達が知る年齢よりも闊達とした人物である。歯に衣着せぬ話し方をする女性であり、少々強気な印象を与える。
彼女が迂遠な挨拶を省いて探索者達に伝える用件は、盗まれた稀覯本の探索である。彼女は盗まれた本、および本が盗まれた際の状況について、以下のように話す。
盗まれたのは『カルナマゴスの遺言』という本で、いわゆる魔導書と呼ばれる種類の希少な書物である。
その本には不死になる方法が記されているとも、あるいは逆に読むだけで死んでしまうとも言われており、真偽はともかく、ひそかに欲する好事家の多い逸品であるという。
おそらくは鮫皮で装丁されており、大きさは縦40cm、横30cmと大きい。

『カルナマゴスの遺言』
本シナリオに登場するカルナマゴスの遺言は、13世紀に作成されたギリシャ語の写本である。
オリジナルの巻物にもある性質だが、この書物はたとえ短時間放置しただけでも、密封されたケースの中であっても、すぐにうっすらとした埃に覆われる。
この書物は世界で最も危険なものの一つであり、本シナリオに登場する写本もその例外ではない。文章を数行以上読んだ者は誰でも即座に10歳年を取り、CONを1ポイント失う。
さらに、読まれた本がある部屋も10年分劣化する。そして記されている『禁じられた言葉』を(声に出さずとも)読んでしまった場合は、20%の確率で“塵を踏むもの”クァチル・ウタウスを召喚してしまう。
同じ言葉を読むごとにその確率は10%ずつ増加する。そのような致命的な失敗を犯した者が辿る運命は、ここに記すまでもないだろう。
この危険な書物の写本をどうやって作ったのかは謎だが、狂信的な集団の成員が命を顧みず、代わる代わる作業をしたのかもしれない。
《呪文》〈ツァトゥグァの無形の落とし子の召喚/従属〉〈星の精の召喚/従属〉〈バルザイの印の創造〉〈クァチル・ウタウスの契約〉〈手足の委縮〉
正気度喪失1d4/1d8;〈クトゥルフ神話〉に+8%;研究し理解するために平均23週間/斜め読みに30時間
この本については、サプリ『キーパーコンパニオン』に詳しい。

※進められる解読
カルナマゴスの遺言を盗んだ萬治は、当然この本の解読に取り掛かる。ということはつまり、クァチル・ウタウスをいつ呼び出してもおかしくない、ということである。
探索者達が藤の依頼を受けた時点で、盗難から36時間が経過している。この時点までに、萬治が『禁じられた言葉』を読んで、クァチル・ウタウスを呼び出している可能性が40%ある。
以降、シナリオ中に12時間が経過するごとに、キーパーは1d100をロールし、それが一定の値以内になった場合、萬治のもとにクァチル・ウタウスが顕現し、萬治を灰の山にしてしまう。
その値は、シナリオ開始時には40、以降、12時間経過するごとに10ずつ累積する。

藤が本の盗難に気付いたのは、探索者達が呼ばれた前日の朝である。彼女の家には大きめの書庫があり、そこには藤の個人的な蔵書、古書店には並べない特別な本などが置いてある。
彼女はカルナマゴスの遺言をケースに入れた状態でそこに保管していたが、掃除の為に立ち入ったところ、無くなっていることに気付いたのだという。
現場の状況は後述するが、藤は警察に被害届を出していない。探索者達が理由を尋ねると、カルナマゴスの遺言は非常に危険な本であり、証拠として押収されれば、要らぬ騒動を引き起こしかねないからだ、と答える。
しかし彼女が心配しているのは、警察官の安全などではなく、単純に本が自分の手元に戻ってこないかもしれない、という点である。
藤が探索者たちに提示する報酬は、日当が経費込で1人あたり2万円、本を取り戻せれば全体に20万円である(それぞれ〈値切り〉によって2倍の金額まで交渉できる。
また探索者が外部の専門家として依頼を受けている場合は、常識の範囲で規定に従う)。
なおこれを話すかどうかは探索者達の聞き方次第だが、藤がカルナマゴスの遺言を入手したのは、とある顧客がそれを欲しがっていることを知っていたからである。
その顧客が後に登場する六文字という老人であり、本が盗難された時点で、藤と彼の間では、本を300万円で売買する契約が成立していた。
藤は六文字以外に本のことを伝えておらず、犯人に心当たりはない、という。

4.盗難現場
探索者達が依頼を受けたあと、藤はカルナマゴスの遺言を保管していた場所を見せると言う。本を保管していた部屋は、同じ建物内にある8畳程度の洋室である。
普段は紙の書籍が劣化しないようにカーテンで光が遮られており、窓も内側から施錠されている。書架はざっと10個あり、1000冊以上の本があることがわかる。
中には木箱に入ったものや、ビニールで保護されているものもある。理解を簡便にするために、探索可能な場所、およびそれに妥当な技能ロール、得られる情報を以下に記す。

・書架
木製の本棚である。おおまかに、藤の個人的な蔵書、(比較的普通の)稀覯本、そしてオカルト的な奇書や魔導書などに分かれている。
〈歴史〉〈考古学〉〈値切り〉〈芸術(文学)〉などに成功すれば、価値あるものが発見できる。
それは例えば、誰でも知っている本の初版で、著者直筆のサインが入っているものだったり、伝説的な人物が著した手記や書簡だったり、特別な装丁や装飾が施されたオカルト本だったりする。
大体が10万円からの値段がする高価なものであり、中には100万円以上するものもある。クトゥルフ神話に関する魔導書はないが、あることにしてもいい。
無くなったカルナマゴスの遺言は鍵つきの箱に入れて保管されていたが、犯人は他の本を少々物色した上で、どうやら箱ごと持ち出したようである。

・床
真紅のカーペットが敷かれている。一目で分かるような痕跡は無いが、〈目星〉/2か、〈追跡〉に成功すれば、成人男性の足跡と思しき、ほんのわずかな汚れが見つかる。
大きさは27cmで、靴の種類はブーツである。それはカーペットの中央から突然出現したように見え、真っ直ぐに書架へ向かっている。
また、床を調べている探索者は、部屋の隅に『銀のライター』を発見する。

『銀のライター』
金属製の燃焼式オイルライター。外装は銀で装飾されている。意匠はオカルト的な意味合いを持つが、特別クトゥルフ神話に関係するものではない。
〈魔力を付与する〉の呪文がかかっており、1POWと5MPが込められている。付けられた炎は、黒っぽい紫色をした熱のないもので、照明としてはあまり役に立たない。
炎を何かに付着させると、それがどのようなものであれ火をつける。その際に物質を燃焼、酸化させることはなく、燃え広がることもない。
付着した炎はそのまま4d10分間灯り続ける。このライターが付ける暗い炎を見た者は、0/1d2の正気度を喪失する。
ライターの装飾は素人の手によるものであるが、構造自体は既製のものである。
〈EDU*1〉〈値切り〉〈博物学〉に成功すれば、見ただけでブランドを特定することができ、近隣でそのライターを扱っている店を簡単に調べることができる。
もし探索者が喫煙者であるならば、前述のロールに+30のボーナスが与えられる。
形状などをもとに〈図書館〉で根気よく調べたり、たばこや喫煙具の販売店をしらみつぶしにあたったりしてもいいだろう。

・窓
部屋に二か所あるガラス戸である。普段は分厚いカーテンで遮光されており、内部からクレセント錠がかかっている。ガラスや窓枠が破壊された形跡がないことは一目で判る。
〈目星〉〈追跡〉〈機械修理〉に成功した場合、埃の積もり具合や錆の様子から、こじ開けられた形跡もないことがわかる。
この窓の外側を調べることもできるが、同様の痕跡は無く、また足跡も残っていない。

この時点で探索者達には知りえない事実だが、本を盗んだ犯人は萬治という男である。彼はいくつかの呪文を使うことができ、永遠の命を得るためにカルナマゴスの遺言を狙っている。
しかし合法的な手段での入手に失敗(藤に売却した人物に身元を怪しまれたか、提示した金額で藤に負けたのだろう)したため、こっそり本を奪ってしまおうと考えたのである。
藤の家屋を下見したうえで、〈門の創造〉によって直接部屋に侵入し、本の入った箱に目星を付けて持ち去ったのである。キーパーは、任意のタイミングで探索者達に1d100をロールさせる。
その値が〈POW*1〉か〈クトゥルフ神話〉、どちらか低い方よりも小さかった場合、探索者は呪文によって生じた魔力の残滓が残っていることに気付くかもしれない。

5.風変わりな顧客
部屋を調べた探索者達は、おそらく本の盗難が通常の窃盗ではないことに気が付くだろう。
その見解を藤に伝えれば、彼女は探索者達に、元々本を売り渡す予定であった六文字という男性に助言を乞うよう提案し、彼の住所を教えてくれる。
万が一ではあるが、探索者達が六文字の助力は必要ないと考えた場合でも、藤は本の売買契約履行に支障が出たことを伝えるために、彼を訪れるよう探索者達に命じる。
藤曰く、六文字という男性は非常な高齢であり、度々魔術に関する稀覯本を購入する、30年来の上客である。
魔術やオカルト的な方面に造詣が深く、(藤自身は非常に胡散臭い、ともすれば不快なものだと考えているが)なんらかの魔術を使えるらしい。
非常な資産家だが滅多に外出はせず、財産の管理は弁護士や会計士に、身の回りの世話は三津(みづ)というメイドに任せているらしい。

六文字の家は鎌倉市街の山側にある。それほど大きくはないが、明治か大正の建築を思わせる重厚な造りの二階建てとなっている。
インターホンを押すと、若いメイドが探索者達を迎える。

【三津 朱里(みづ あかり)】23歳 女性
六文字邸のメイド
APP11 SIZ11

高校を卒業したあと、求職中に弁護士を通じて六文字と知り合い、メイドとして働くことになる。不美人ではないが非常に陰気な感じのする女性である。
しかし必要な社交性や礼儀作法は身に着けており、細やかな気遣いができる人物でもある。少々複雑な家庭環境で成育するが、シナリオの本筋とは関係ないので詳述しない。
5年前から六文字邸にて住み込みで働いており、4週間に8日の休日と年20日の有給休暇、月30万の給金を与えられ、家事全般と最低限の近所づきあいをこなしている。得意料理はすき焼き。

家の最も奥まった部屋に、家主である六文字がいる。そこは10畳ほどの部屋だが、かなり雑然としているため、間取り以上に狭苦しく感じるだろう。
壁際にある書架には収集した魔術書と思しき本があり、中央にある大きなテーブルには、なにやら生薬の調合や、錬金術でも使いそうな怪しげな器具が置いてある。
探索者達が望むのならば、常識的な範囲で他の部屋も見せてもらえるが、造りや調度は一般的な住宅と大差ない。
六文字を見た探索者達は、その異貌に驚くだろう。和服を着ており、一見小奇麗な身なりに見えるが、その背骨はねじ曲がり、頭髪は抜け落ちて、皮膚は樹皮のように固く委縮している。
黄色く濁った目玉が動くことで、辛うじて死体ではなく生きた人間だとわかるような具合である。この明らかに人間離れした姿を目撃した探索者達は、0/1d3の正気度を喪失する。
しかし、その醜悪な容姿を除けば、六文字はおおむね穏やかな人物である。
カルナマゴスの遺言が盗まれてしまったことを告げると、六文字は動揺こそしないものの、それは必ず手に入れたいものだから、自分としても是非本を見つけてほしいし、そのための協力は惜しまない、と探索者達に話す。
彼が具体的にどのような助力をしてくれるかについては、次項で述べる。

もし探索者達が性急に話を進めないのならば、彼がなぜそのような醜い容姿になってしまったのか、なぜカルナマゴスの遺言などという危険な書物を欲しがるのかについて質問することができる。
六文字は実に116歳という高齢である。両親は非常な資産家であり、若き日の彼はその財力に飽かせて奔放な生活を送っていた。数ある道楽の中で、六文字が傾倒したのは魔術であった。
古今東西の魔術書を読み漁り、あまつさえ不老不死を手に入れようとしたのである。六文字自身はあまりはっきりとは言わないが、その過程で人命を犠牲にしたことさえあるという。
そして執念の成果か、あるいは単なる幸運か、彼はカルナマゴスの遺言を読み解き、ついに不老不死を手にする。
しかし呪文が完全でなかったためか、それともあらかじめ定められた代償なのか、今、探索者達の目の前にあるような醜い姿となってしまった。
それでもしばらくは全能感に酔いしれる六文字であったが、魔道の追求によって得たものは、異形となり果てた肉体と、永遠に空虚な精神であるということに気付くまで、それほど時間は掛からなかった。
罪なき人々を犠牲にしたという悔恨と、永遠に続く精神の苦痛に耐えかねて、六文字は死を願うようになる。そして彼が思慮なしに捨てた肉体の死が、今度は彼が最も求めるものになった。
カルナマゴスの遺言には彼が求める死の方法が書かれていたに違いないが、それは太平洋戦争の混乱によって失われてしまった後だった。そういうわけで、六文字は長い間、カルナマゴスの遺言を探してきたのである。
以上の話を聞いた探索者は、不老不死という荒唐無稽な概念が少なからず現実に存在することに驚き、0/1d3の正気度を喪失する。

6.ライターの持ち主を調べる
六文字が提供できる助力は端的に言うと、ライターに残る魔力の残滓から、その持ち主を突き止めるための手ほどきをする、というものである。
そのためには、六文字が習得している〈さまよう魂〉の呪文を用いる。六文字から手ほどきを受けることで、探索者は一時的に〈さまよう魂〉を使用することができるようになる。
もしプレイヤーが特に希望するならば、〈INT*3〉に成功することで、この呪文を習得できることにしてもよい。この呪文のコストや効果については、ルールブックのp258を参照すること。
〈さまよう魂〉を使用した者がライターを持ったまま眠りに付くと、ライターを使った時に灯る炎と同じようなものを遠くに感じることができる。
その場所に魂を飛翔させることで、現在カルナマゴスの本を所持している萬治の居場所を突き止めることができるのである。
場所の詳細については、後述する説明を参考にすること。〈さまよう魂〉の術者以外が手持無沙汰になってしまうのを防ぎたい、とキーパーが思ったならば、前項で述べた六文字に対しての質疑をここで挟んでもいいだろう。

また、もっと現実的な方法で、ライターの持ち主に関する情報を得ることもできる。
萬治の住居は薄命堂や六文字の家からそれほど遠くない場所にあり、『銀のライター』の項目で述べたような方法を採れば、萬治がライターを購入した店舗を突き止めることができる。
市街の端の方にある、やや古めかしい感じの店舗では、60代の店主が煙管やパイプ、ライター等の喫煙具を販売している。
記憶力の良い店主は萬治の人相(陰気そうな、不健康そうな、目つきの悪い)を覚えており、また顧客の名簿には住所も控えられているが、それを教えてもらえるかどうかは探索者次第である。
「拾ったライターを持ち主に届けに」などの適切な理由付けをした上で、〈言いくるめ〉/2〈信用〉/2〈説得〉/2に成功するか、警察官や弁護士などの権威をちらつかせて開示を迫るかする必要がある。

7.乗り込み
鎌倉市街の南方。人家のまばらな場所に萬治の住居はある。周辺には畑と林が広がっており、家のそばには国産車が一台停められている。
敷地内の様子や、そこにあるものは以下のとおりである。



〈外観〉
古めかしい木造の平屋である。玄関は西側にあるが、入るためには金属の柵で囲まれた庭を通過する必要がある。
庭の中には繋がれていない大型犬がおり、探索者達を見つければ狂ったように吠え、また庭に侵入すればすぐさま襲い掛かってくる。
大型犬は病によるものか、それとも萬治に何かされたのか、皮膚が爛れてひどく醜悪な外見をしており、また極めて凶暴である。間近で犬を見た探索者達は0/1の正気度を喪失する。

【犬】
STR10 DEX12 INT- アイデア75
CON9 APP- POW6 幸運30
SIZ7 SAN- EDU- 知識-
HP8 MP6 回避24 DB0
聞き耳:75% 
武器 噛みつき 50% 1d6

もしなんからの方法で犬を排除することができれば、施錠されていない玄関から屋内に侵入することができる。
しかし、いくつかある窓から中に入ることもできるし、おそらくその方が穏当だろう。
シナリオが開始される季節や侵入を試みる時間帯によるが、窓は開け放たれているかもしれないし、あるいは内側からクレセント錠がかけられているかもしれない。
施錠されていた場合は〈鍵開け〉〈機械修理〉などが有用だろう。音を気にしないのであれば、普通に割ることも可能である。ちなみに、部屋Bに面する窓は常に施錠されており、内側からカーテンが掛けられている。
堂々と正面から訪問することも不可能ではないが、萬治は(まだ生きていても)基本的に応対しないし、よほどしつこくすれば警察を呼ばれるだろう。

〈部屋A〉
リビングダイニングキッチンとして使用されている部屋である。インテリア等には比較的無頓着で、独居の男性らしい内装だという印象を受けるだろう。
しかし、この部屋には侵入者を防ぐために、ある魔術的な仕掛けが施されている。それは侵入者に幻覚を見せ、家具を飛ばして攻撃するというものである。発動に際しては以下の描写を参考にすること。

【描写】
ふと、周囲の景色が歪んだ。
注意を向けると、いつのまにか空間を覆いつつある、錆びついたような気配を感じる。
周囲の壁や家具は色と質感を失っていき、ざりざりと嫌なノイズを放つ不快なオブジェと化していった。
ただしいくつか、先ほどは確かにテーブルやチェアであったものが、武骨な質量となってあなた達に襲い掛かってくる。
招かれざる客であるあなた達に、この部屋に仕掛けられた明確な悪意が向けられているのだ。
小動物が檻に捕えられるような、生存本能が揺さぶられる体験によって、あなた達は1/1d6の正気度を喪失する。

描写ののち、浮遊するテーブル1体、浮遊するチェア2体との戦闘になる。

【浮遊するテーブル】
STR10 DEX6 INT- アイデア-
CON- APP- POW0 幸運-
SIZ6 SAN- EDU- 知識-
HP10 MP0 回避12 DB-1d4
武器 体当たり 35% 1d6

【浮遊するチェア】
STR6 DEX10 INT- アイデア-
CON- APP- POW0 幸運-
SIZ3 SAN- EDU- 知識-
HP6 MP0 回避20 DB-1d6
武器 体当たり 25% 1d3

戦闘ラウンドのはじめ、探索者達は全員〈目星〉をおこなう。これに成功すると、部屋の一角に分厚い布を掛けられた何かがあり、そこからわずかに邪悪な気配が漂ってきているのを見つけることができる。
布を取り払うと、黒檀(エボニー)製と思しきライオンの彫刻がある。
像それ自体は特殊なアーティファクトではないが、これには探索者達が今見ている幻覚と、浮遊する家具を維持するための魔力が込められている。
以降、探索者達は自らの手番で、この彫刻に攻撃を加えることができる。この彫刻は2ポイントの装甲と10ポイントの耐久力を持っている。
蹴り飛ばしたり、床に投げつけたりして、この彫刻の耐久力を0以下にして破壊すれば、飛んでいるテーブルやチェアは床に落ち、リビングの景色は通常に戻る。
この彫刻を破壊しない限り、テーブルやチェアを壊したとしても、2ラウンド後にはすっかり再生して、また探索者達に攻撃を加えてくる。

〈部屋B〉
萬治の書斎兼寝室として使用されている部屋である。本棚には多くのオカルト本や魔導書の類があるが、シナリオ上意味のある本は見つからない。
本を盗み出して以降、萬治はほとんどの時間をこの部屋で過ごし、カルナマゴスの遺言を解読する作業に取り組んでいる。部屋は分厚い埃に覆われ、木製の家具は著しく劣化してしまっている。
※進められる解読 の項で述べた通り、探索者達がここに到達するまでに、萬治はかなりの確率でクァチル・ウタウスを呼び出してしまっていることだろう。
その場合、ベッドの傍らにある机の上には、かつて萬治の肉体であった灰を被ったカルナマゴスの遺言が、開いたままで置かれている。
もし探索者達が萬治の家へとたどり着いた時点で、彼がまだ生存していた場合、萬治はなにがしかの攻撃的な魔術を使って探索者達に挑んでくるかもしれない。
しかしそれはおそらく、あまり脅威ではないだろう。彼は呪文で人を害するような特別な訓練を積んだわけではないからである。

8.結末
部屋Bにあったカルナマゴスの遺言を藤のもとに持ち帰れば、探索者達が受けた依頼の目的は達成できる。
しかしもしかすると、それによって生じる結果に対して、探索者達は倫理的な葛藤を抱える羽目になるかもしれない。
すなわち自分たちが取り戻した危険な魔導書によって、人が死ぬ、ということである。
もちろん、これはどちらかというと感情的な問題なので、探索者達がこれを無視してしまったとしても、キーパーは思考を強いるべきではない。
ただし、そうなったときのために、他のNPCたちが問題に対してどのように考えるかということを以下に示しておく。
付け加えると、このシナリオで悩んでほしいこととして想定しているのは、探索者達がいかにしてNPCたちを心変わりさせるか、ということではなく、探索者自身がどのような選択をするか、ということである。
藤は六文字と長い付き合いがあり、商売上の関わりだけでなく、個人的な親交もある程度は持っている。だから六文字が死んだとしても、彼女は何の痛痒も感じない、というわけではない。
しかし個人的な感情とは別に、六文字自身の意思を尊重する気持ちや、商売人としてのポリシーをしっかりと持っており、探索者達が相談を持ちかければ、カルナマゴスの遺言はしっかりと六文字に売り渡すべきだ、と主張する。
探索者達にとってはまるで金の亡者のように映るかもしれないが、それだけではない、もう少し複雑な行動原理があるのである。
ただし、藤はそれをくどくどと言い訳がましく主張したりはしないだろう。
六文字の意思は固い。「生きているだけで価値がある」とか「藤や三津のように身の回りの人間が悲しむ」といった説得に対しては、その優しさと気遣いに感謝はすれど、六文字自身の決心を変えることはないだろう。
彼が死んだあとの法律的なごたごたについては、既に完全に手配が済んでおり、少なくともそれによって面倒が発生することはありえない。
彼自身は死への準備を何十年にも渡って整えており、それを一朝一夕に覆すのは非常に困難である。
三津は六文字の最も身近にいる者として、そのような意思を十分に汲むつもりでいる。
悲しくないと言えばそんなことはないが、この問題に関して六文字に反発することは、使用人としての領分を踏み越えることであるし、彼への裏切りもなりかねない、と三津は感じている。
六文字が死亡したあとのことについては、当然契約時に取り決めがされており、退職金としておよそ数百万円の金銭を受け取る手はずになっている。

探索者達が無事依頼を達成し、カルナマゴスの遺言が六文字の手に渡れば、六文字は早晩灰の山になって死亡する。
残された三津はその本を焼却処分し、法律上必要な手続きを終えたあと、探索者や藤のもとに挨拶をしに来て、事の顛末を告げるだろう。
藤の依頼を達成した探索者達には、金銭とともに1d6正気度ポイントが与えられる。
依頼を放棄してカルナマゴスの遺言を燃やしたり埋めたりして処分した場合には、成功報酬としての金銭は与えられないが、危険な魔術書をこの世から一冊追放したことによって、1d6正気度ポイントが与えられる。
探索者達が依頼を放棄し、なおかつカルナマゴスの遺言を私した場合には、報酬は与えられない。