残された手記 - 頭は最後まで残しておけ
1.はじめに

このシナリオは“新クトゥルフ神話TRPGルールブック(以下『ルールブック』)”に対応したシナリオで、探索者3〜4人向けにデザインされている。
プレイ時間は探索者の作成時間を含まずに4時間前後だろう。舞台となるのは1922年のアメリカ合衆国、マサチューセッツ州だ。
このシナリオにおいて、探索者たちはマフィアの部下が消息を絶った森の内部を調べ、事件の原因となった恐るべき怪物と対峙することになる。
シナリオの目的を達成するためには、戦闘がほとんど不可避の手段となるだろう。
キーパーは戦闘に関するルールをしっかりと確認し、必要に応じて素早く参照できるようにしておくことが望ましい。
またこのシナリオは、ラヴクラフトの短編「棲み潜む恐怖(The Lurking Fear)」を下敷きにしている。
キーパーはこの作品を読むことで、シナリオの背景や当時の雰囲気をより理解することができるだろう。


2.キーパー向け情報

1670年、ニューアムステルダムの富裕な商人であったゲリット・マーテンスは、ニューヨーク州東部にあるキャッツキル山地に館を建てた。
彼と彼の一族はもとより外界の文化を嫌っていたが、1763年に親族殺人の嫌疑がかけられて以降はさらに孤立の度合いを深め、
やがてその館とともに、周辺住民が奔放な伝承としてのみ語るだけの存在となった。
しかし、マーテンス一族はこの世から消え去ってしまったわけではなかった。
1921年7月の、激しい嵐が通り過ぎたある夜に、マーテンス館から5kmの距離にある集落が文字通り全滅してしまうという事件が起きた。
集落の住民75人のうち、50人が食い荒らされた肉塊として発見され、残りの25人も行方知れずとなったのである。
消極的な警察に代わってこの事件を調査した青年たちにより、真実の一端が明らかになった。
館の地下に張り巡らされた洞窟の中には、近親相姦を繰り返すことで数万にまで数を殖やした、怪物じみたマーテンス一族の子孫たちが棲みついていたのだ。
彼らのおぞましい姿を目にしながら生き残った青年のひとりは、人々の力を借りて館や館のある山をダイナマイトで爆破し、地下通路の出入口と思しき場所もすべて念入りに封印した。
唾棄すべきマーテンス一族のほとんどは、この断固たる行動によって生き埋めになったが、中には破壊を逃れた一派もいた。
彼らは特に強力で狡猾なリーダーに率いられ、人間たちの目を逃れながら、やがてマサチューセッツ州西部にある鬱蒼とした森を新たな棲み処と決めた。
その場所こそが、本シナリオの舞台となる幽鬼の森である。

この森ではかつて、モヒカン族(インディアン)のシャーマンによるシュブ=ニグラス信仰がおこなわれていた。
部族の異端者によるこの信仰は19世紀前半の移住政策とともに衰退したが、森にひそむ冒涜的な存在が完全に消え去ることはなかった。
シュブ=ニグラスの眷属たる黒い仔山羊は森の奥に佇みながら、次の崇拝者が現れるのを待っていたのである。
1920年の夏ごろ、この森にはイタリア系マフィアの息がかかったウィスキーの密造者たちが入り込んできた。彼らは幸運にも、森にひそむ邪悪な神性と接触することはなかった。
しかし1921年の末にキャッツキル山地から移ってきたマーテンス一族は、ある意味で人間よりも鋭敏だった。
この退廃した精神の持ち主たちは、新たな棲み処におわす強力な神性の存在にいち早く気づき、その新たな崇拝者となったのだ。
シュブ=ニグラス信仰に目覚めるのと相前後して、マーテンス一族は森の北部でウィスキーの密造者たちを発見した。
これを大勢で不意打ちした怪物たちは、嬉々として犠牲者の血を啜り、肉や内臓を貪り食った。
しかし美味な脳の詰まった頭部だけは手をつけずに残しておき、供物として祭壇に捧げた。この森におわす神性が、ふたたび良質な糧をもたらしてくれるように、と。
一方、幽鬼の森におけるウィスキー密造に関わっていたブルーノ・カヴァリーニは、
森で働かせていた4人の部下と連絡が取れなくなったことを知り、様子見のためさらにふたりの部下を送り込んだ。
ところが彼らも有用な報告をもたらすことなく、すぐに消息を絶ってしまった。
ようやく現地で重大な事態が発生していることを確信したブルーノは、消息を絶った者の安否と失踪の背景にあるものを調べさせるため、
腕が確かで目端の利く(あるいは失っても痛手にならない)人間を、改めて幽鬼の森へと向かわせることにした。


3.主要NPC

ブルーノ・カヴァリーニ、ボストンのマフィア
SIZ 75 APP 60

ボストンを拠点とするイタリア系マフィアのカポ(幹部)。
ふるまいは抑制的で洗練されており、犯罪者というよりも実業家のような印象を与える人物である。
マフィアの伝統的な様式よりも、実際の状況に即した判断や行動を取って組織に貢献することを旨としている。
彼はウィスキーの密造を成長の見込めるビジネスだと考えていたため、今回それが妨害されたことに強い懸念を抱いている。

リコ・カヴァリーニ、マフィアの構成員
STR 60 CON 75 SIZ 65 DEX 80 INT 65
APP 75 POW 50 EDU 60 正気 38 耐久力12
DB:+1D4 ビルド:1 移動:8 MP:10
近接戦闘(格闘)50%(25/5) ダメージ1D3+DB
32口径リボルバー 35%(17/7) ダメージ 1D8+DB
技能:聞き耳 65% 目星 50% 隠密 50% 

マフィアのカポであるブルーノの甥にして若きソルダート(構成員)。
ストックブリッジ近郊での密造酒製造において連絡の途絶えた者たちを訪れた際、マーテンス一族に襲撃された。
同行者(アントーニオ)は命を失ったが、リコは辛くも逃げ出すことに成功し、現場の南にある洞窟に身を隠した。
あか抜けて軽薄そうな外見とは裏腹に、名誉とファミリーのために粘り強く働く人物である彼は、仲間の復讐を果たさず撤退することをよしとしないだろう。

ミッキー&レイモンド、アイルランド系ギャング
STR 65 CON 50 SIZ 70 DEX 45 INT 45
APP 45 POW 45 EDU 40 正気 45 耐久力12
DB:+1D4 ビルド:1  移動:7 MP:9
近接戦闘(格闘) 40%(20/8) ダメージ1D3+DB
38口径リボルバー 40%(20/8) ダメージ 1D10
技能:目星 30% 隠密 30% 聞き耳 25%

ボストンのアイルランド系ギャングと繋がりを持つ準構成員たち。
もともとはスプリングフィールドを拠点にしていたが、ストックブリッジのウィスキー密造を偵察するためにやってきた。
無思慮で短絡的な性質を持ち、暴力を使うことにためらいを持たない。

マーテンス一族、退廃したサル怪物
STR 40 CON 50 SIZ 35 DEX 55 INT35
POW 50 耐久力8
DB:-1 ビルド:-1 移動:9 MP:10 
1ラウンドの攻撃回数:1
攻撃方法:爪や牙による近接戦闘(格闘)、石の投擲をおこなう。
近接攻撃 45%(22/9) ダメージ 1D4+DB
投石 40%(20/8) ダメージ 1D4+1/2DB
技能: 隠密 50% 登攀 40% 追跡 40% 投擲 40%
聞き耳 30% 忍び歩き 25% 目星 25% 

キャッツキル山地の棲み処から幽鬼の森へ移ってきた一派。個体数はおおむね30匹前後だが、必要に応じてキーパーが自由に決めてよい。
この怪物たちはみな(後述するマディーフェイスも含め)、一族の祖であるゲリット・マーテンスが持っていたのと同じような、左(青色)と右(褐色)で色の違う瞳を持っている。 
理性という点においては人間に劣るが、狩猟者や捕食者としては決して愚鈍でない。
わずかに言語らしさを残した鳴き声で相互にコミュニケーションを取りながら、
気づかれないよう獲物に忍び寄ったり、連携して退路を塞いだり、弱い者やはぐれた者を狙ったりといった狡猾な行動を取ることができる。
ダイナマイトの爆発は、彼らに著しい興奮と恐慌をもたらすだろう。
なぜならばキャッツキル山地に棲んでいたマーテンス一族は、それによってあわや全滅という憂き目に遭ったからだ。
外見については、「11.森の東部」における描写を参照のこと。

正気度喪失:マーテンス一族の姿を見た者は0/1D3ポイントの正気度を失う。
20匹以上の集団を見た場合、失う正気度ポイントは1/1D3+1となる。

マディーフェイス、一派を率いる強力なリーダー
STR 100 CON 80 SIZ 100 DEX75  INT75
POW80 耐久力18
DB:+1D6 ビルド:2 移動:8 MP:16 
1ラウンドの攻撃回数:2
攻撃方法:爪、牙、こぶしを使った近接戦闘(格闘)、及び石の投擲をおこなう。
近接攻撃 50%(25/10) ダメージ 1D6+DB
投石 40%(20/8) ダメージ 1D4+1/2DB
装甲:2ポイントの皮膚と筋肉
技能:追跡 60% 登攀 40% 隠密 30% 聞き耳 30% 目星 25% 

キャッツキル山地から移ってきたマーテンス一族のボス。
人間の首をねじり切る膂力のみならず、同族の集団をまとめあげるだけの知性と、シュブ=ニグラスの神性を理解する精神力を備えた恐るべき存在である。
マディーフェイス(Muddy face, 泥だらけの顔)という名は、個体の顔面に施されたペインティングに由来する。
これはシュブ=ニグラス信仰に関連するもので、塗料には犠牲者の血液や脂肪、粘性の泥を混ぜたものが使用されている。
なお、マディーフェイスという名はあくまでもシナリオテキスト上の便宜的な呼称であり、セッション中必ずしもそのように呼ぶ必要はない。

正気度喪失:マディーフェイスの姿を見た者は1/1D6ポイントの正気度を失う。

黒い仔山羊、シュブ=ニグラスの使徒
STR 220 CON 80 SIZ 220 DEX 80 INT 70
POW 90 耐久力30
DB:+4d6 ビルド:5 移動:8 MP:16 
攻撃回数・方法・装甲・技能は『ルールブック』P284参照。

シュブ=ニグラスを崇拝するモヒカン族のシャーマンにより、数百年前に喚び出された存在。
通常は周囲の植生に擬態しており、不気味に黒ずんだ畸形の樹木としか見ることができない。
正体を現すのは生贄を受け取るときと、崇拝者の求めに応じて敵対者を排除するとき、自らに危害が加えられたときのみである。
祭壇に生贄の首が捧げられると、頭蓋を叩き割って脳を吸い出し、それをシュブ=ニグラスに捧げる。

正気度喪失:黒い仔山羊の姿を見た者は1D3/1D10の正気度ポイントを失う。


4.シナリオの導入

探索者たちの立場
探索者が事件に関わるための最も汎用性のあるきっかけは、マフィアのブルーノから依頼を受けるというものである。
考え得る立場としては、ブルーノの部下、裏社会に繋がりのある者、借金を抱えていたり弱みを握られていたりする者、度胸があって割のいい仕事を探している者などである。
場合によっては、安否の知れないリコの友人や恋人といった立場の探索者でもよい。
マフィアの下請けをするのに適さない探索者がいるならば、上記の動機を持つ探索者の頼れる知己や、好奇心からの手伝いといった立場で参加することも可能だろう。
その場合は、導入の直後にでも合流すればよい。

ブルーノ・カヴァリーニからの依頼
シナリオは1922年の1月、ボストンからはじまる。探索者たちはブルーノの息がかかったもぐり酒場の中で、話を持ち掛けられることになる。
奥まった薄暗い個室の中、自らが扱っているムーンシャイン(密造ウィスキー)を舐めながら、彼は以下のような内容を口にする。

・ボストンから西に180kmほど行った場所にストックブリッジという小さな街があり、そこでブルーノの稼業のひとつであるウィスキー密造がおこなわれている。
・ブルーノは実際の作業をアソシエーテ(準構成員)4人におこなわせていたが、2週間ほど前を最後に彼らと連絡が取れなくなった。
・そこで3日前、ソルダート(構成員)である甥のリコともう1人を現地へ送り込んだものの、彼らとも連絡がつかなくなってしまった。
・なにか尋常ならざる事態が起こっているのは間違いないが、ボストンでは敵対するアイルランド系ギャングとの緊張が高まっており、ブルーノはこれ以上人手を割くことに慎重である。
・ブルーノは探索者たちに対して、現地でなにがあったのかを調べて報告してほしいと考えている。
・もし悪意ある余所者が部下を消したのであれば、犯人に目星をつけてほしいとも考えている。あまつさえ犯人を始末してくれたのなら、ブルーノは充分な対価を支払うつもりである。

ブルーノは探索者1人につき100ドルを手付金として支払う。もし犯人の目星をつけてくれれば追加で200ドル。それを始末してくれたのならさらに500ドルを支払うと約束する。
期限は特に設定されないが、じっくりと完璧な調査をおこなうよりは、できるだけ迅速に仕事をすることが期待されている。
この種の出来事に時間をかけるのは警察のやり方であって、マフィアのやり方ではないのだ。
ブルーノは密造の現場がどこであるかは正確に知っているわけでなく、ストックブリッジ近郊であるということまでしか把握していないため、その場所に見当をつけることも仕事に含まれる。
もし探索者たちがブルーノの使いであることを証明できるものや、部下たちの顔写真を提供して欲しいと頼むなら、ブルーノは快くそれに応じる。

ストックブリッジについて
以下の情報はストックブリッジという名称を聞いたときに、〈知識〉の成功で開示する情報である。しかしロールに成功しなくとも、図書館などで調べればすぐに分かる。

ストックブリッジはボストンの西180km、スプリングフィールドの西北西60kmほどに位置する人口2000人に満たない小さな町である。
かつてはモヒカン族の勢力圏に含まれており、1734年ごろピューリタンたちが定住するようになってからも多くのモヒカン族が暮らしていた。
しかし1820年代から30年代にかけての移住政策により、モヒカン族の姿はほとんど見られなくなった。
その後1850年に鉄道が開通し、いまは近隣都市の富裕層が利用する保養地として人気を博している。


5.ストックブリッジでの調査
探索者たちが物品の購入を望むなら、ボストンで済ませるのがよいだろう。しかし情報収集にあたっては、さっさと現地へ行ってしまうに越したことはない。
もし昼間にストックブリッジへと入ったならば、探索者たちはなにか事件が起こったとき特有の、少々浮足立った雰囲気を感じるだろう。
これは昨日の夜、フーストニック川の南側で、よそ者の死体が見つかったことが原因だ。
探索者たちはストックブリッジの街を自由に動き回ることができる。適当な住民に聞き込みをするならば、雑貨屋のヘンリー・パットンが事情通だ、と教えてもらえる。
探索者たちの行先や質問次第で、キーパーは下記の情報を違う人物から与えてもよい。
重要なのは、探索者たちが次の行動(幽鬼の森の調査)を決めるための手掛かりを掴むということだ。



ヘンリー・パットンの雑貨屋
ストックブリッジに数件ある雑貨屋のひとつで、特に人の集まりやすい場所だ。大通りに面しているが、外観はそれほど派手でない。
「ヘンリーの雑貨屋」とだけ書かれた簡素な屋根看板の下にある窓には、丈夫な鎧戸がついている。
この雑貨屋は、夜になるともぐり酒場(スピークイージー)に姿を変え、密輸入された酒や密造ウィスキー(ムーンシャイン)の提供をおこなう。
店主のヘンリーは赤ら顔のよく肥えた人物で、客商売に向いた社交的な性格をしている。
よそ者である探索者たちに対しても気さくに振舞うが、すべての事情を簡単に明かすわけではない。
ヘンリーが話すこと、知っていることを以下に示す。

・アソシエーテたちについて
少なくとも探索者たちが自らの立場と事情(ブルーノの使いであること)を明らかにしなければ、ヘンリーはアソシエーテたちについて口にすることはないだろう。
彼はアソシエーテたちが街の南東にある「幽鬼の森」と呼ばれる場所でウィスキーを密造していると知っている。
また彼はアソシエーテたちからいくらかの密造酒を買い受け、店で提供している。
実際に商品を密造所まで取りに行ったこともあるので、それが森のどのあたりにあるかも教えることができる。

・リコについて
探索者たちがそれらしい人物のことを尋ねれば、ヘンリーは3日前の夕方に訪れたリコのことを思い出す。
そのときのリコはもう1人の男と一緒にいて、森の連中の様子を見に行く、というようなことを話していた。
その内容から、ヘンリーは彼らがイタリアマフィアの仲間だろう、と推測していた。

・幽鬼の森について
街の南東に広がる森林地帯を、一部の人々は「幽鬼の森」と呼んでいる。
まだこのあたりにモヒカン族が住んでいたころ、部族の異端者が森で奇怪な呪術をおこなっていた、というのがその由来である。
水はけが悪く魅力的な土地でもないうえ、いまだモヒカン族の呪力が残っていると信じられているため、ふつうの人間は立ち入ろうとしない。
ヘンリー自身はモヒカン族の呪術を本心から信じているわけではないが、幽鬼の森のおどろおどろしい雰囲気には本能的な恐怖を抱いている。

・今朝起こった事件について
探索者たちが「近頃変わったことは?」「街が浮足立っているがなにかあったのか?」などの質問をすれば、ヘンリーは今朝の事件について話すだろう。
それはフーストニック川の南側でよそ者が死んでいたというものだ。
どうも殺人ではなく動物による被害らしいが、死体の様子が妙だったせいで、人々が落ちつかなくなっている。
探索者たちがこれ以上のことを尋ねてもヘンリーは答えられず、気になるなら保安官詰所か検死した医師のいる診療所を訪ねろ、と勧める。

ベック診療所
ダニエル・ベックという名前の老医師と、若い看護婦がひとりいるだけの、古びた小さな診療所。
この日の朝に起こった事件の被害者の死体は、ひとまずここに安置されている。身元を照会するため、すぐ埋葬するわけにはいかないのだ。
探索者たちが適当な理由をつけて頼み込めば、ダニエル医師は渋々ながら死体を見せてくれるだろう。

・安置された死体
これはブルーノに派遣されたソルダートの1人で、リコとともにやってきた男(アントーニオ)だ。
服を脱がされた肉体には十数か所の深い傷があり、片方の目玉も潰れているほか、無数の打撲や擦過傷が見てとれる。
深い傷はマーテンス一族に襲われてつけられたもので、浅い傷は慌てて森を逃げるうちについたものである。
この無残な死体を前にした探索者は、0/1D2の正気度を喪失する。
死体の顔つきはイタリア系、全身の傷は刃物や銃弾によるものではない。
INTロールのハード、もしくは〈医学〉〈科学(生物学)〉に成功した探索者は、死体についた傷をもたらしたのが小柄(SIZ25〜45)な類人猿か人間であること、
死因はおそらく失血であることが推測できる。ロールに失敗した探索者たちも、ダニエル医師に意見を求めることで同様の情報を得られる。

保安官事務所
ここにいるのはルイス・エメリーという名前の壮年の保安官だ。彼はそう厳格な人物でないが、よそ者に対する態度はほかの町人より堅苦しいものとなる。
マフィアとの繋がりを示唆して〈威圧〉するのは得策でないが、〈信用〉〈説得〉〈言いくるめ〉〈魅惑〉を用いれば、必要な情報を聞き出すことができる。

・死体発見時の状況
探索者たちがストックブリッジへ到着する日の明け方、一軒の農家の戸を叩き、弱々しい声で助けを求める者がいた。
不審に思いながらも家人が出てみると、そこには全身血まみれの男が倒れており、手当の甲斐なく死亡してしまった。
服装や持ち物からして、被害者は都市部のマフィアかギャングであり、森で何者かに襲われたのだろうと推測される。
ルイスは近々近隣の街に応援を頼んで、森の調査をおこなう予定であるとつけ加える。
つまりいったん探索者たちが退いてしまえば、事件に関与するチャンスが失われてしまうかもしれないということだ。
また、ルイスから話を聞くことに失敗した場合、被害者を発見した農家を訪ねることで、おおむね同じ情報を得ることができる。

ストックブリッジの街にはこのほかにも色々な施設があり、プレイヤーはそれらをしらみつぶしに当たりたいと考えるかもしれない。
そのような場合、キーパーは探索者たちが赴く場所で「2.キーパー向け情報」に記したことを、あいまいな噂や記事の断片という形で伝えても構わない。
(「キャッツキル山地で呪われた館が解体された」「2週間前の夜、子どものような影が森に入っていくのを見た」など)
しかし特に理由がなければ適当なところで切りあげて、密造所のある幽鬼の森へと向かってもらうのがよいだろう。
時間帯によっては、ストックブリッジのホテルに泊まって、翌朝から行動をはじめる方が安全かもしれない。
探索者たちが準備をするにあたっては、「ヘンリー・パットンの雑貨屋」必要なものを購入できる。
しかしあまりに高価だったり稀少だったりするものは、60km離れたスプリングフィールドの街まで買いに行く必要があるだろう。


6.幽鬼の森へ

通常考えられる経路を使うならば、幽鬼の森には北側から進入することになる。
森の近くの地面には、農家まで逃げてきた被害者(アントーニオ)の血痕や足跡、マフィアたちが乗っていた車の轍などが残っていて、探索者たちはこれを辿っていくことができる。
探索者たちが森の中を徒歩で移動する場合、踏破できるのは1時間あたり2kmほどだ。
車を使う場合は、1時間あたり10kmから15km進むことができる。ただし車で走行可能なのは、森の中でもごく一部(白の実線部分)に過ぎない。



森の様子
森の内部は落葉広葉樹と常緑広葉樹が不規則に入り乱れ、やや雑然とした様相を呈している。
比較的疎らな植生にも関わらず全体的に薄暗く、湿った土や泥のにおいが陰気さに拍車をかけている。
散策に向いた場所ではないが、地形自体はさほど複雑でなく、軽装でも遭難や滑落の危険は少なそうに思える。
周囲の樹木をよく観察すると、それらは奇妙にねじまがっていたり、不自然な瘤があったり、痣のように黒ずんだ部分があったり、どことなく病んで不気味な印象を与える。
〈科学(生物学)〉や〈自然〉に成功しても、畸形の原因を特定することはできない。
車で通行できる場所も道路というほどのものはなく、左右を草木に侵食された狭い通り道となっているだけである。
ただし森の出入口から密造所まではごく最近まで定期的な往来があったため、比較的通行が容易である。
また森のどの部分であっても、〈追跡〉に成功した探索者がいれば、小柄な類人猿に似た生き物が徘徊した痕跡があることに気づく。


7.森の西部

マーテンス一族の視線
痕跡を辿って幽鬼の森に入った直後、探索者たちは〈目星〉か〈聞き耳〉で判定をおこなう。
成功した者は、生い茂る樹木の間から、獣とも人間ともつかない何対かの視線がこちらを観察していることに気づく。
これはもちろん、新しくやってきた獲物の様子を窺うマーテンス一族だ。
彼らはこの時点で攻撃を仕掛けてくることはなく、探索者たちが追いかけようとしても、すぐ木々の間に姿を消してしまう。
ともあれ、探索者たちは森にひそむ不気味なものの存在を確信するだろう(0/1の正気度ポイント喪失)。

密造所までの道
森の出入口から2kmほど行くと、石や倒木で道が塞がれていて、車でそれ以上進めなくなる。
この障害はマーテンス一族がリコたちを襲ったあと、意図的に配置したものだ。
彼らは注意深い観察によって、車両の移動を妨げて人間の行動力を削ぐことを思いついたのである。
もし探索者たちが道から障害を排除し、ふたたび車が通行できるようにしたいのならば、3、4人がかりで2時間程度の作業をする必要がある。
探索者たちがさらに車の轍を辿っていくと、それは南から東に進路を変え、高さ100mほどの丘をのぼっていき、やがて中腹に建てられた密造所へと至る。


8.森の北部(密造所)

周囲に比べると少し標高が高い一帯。ここにはアソシエーテたちの手で建てられたウィスキーの密造所がある。
建設や整備にあたってはかなりの労力が投入されており、建物の構造はそれなりにしっかりしている。
敷地の広さは一般的な郊外の住宅と同程度。周囲は木製の柵で囲われているが、壊したり乗り越えたりするのは難しくない。



敷地
柵は西側で途切れていて、そこが一応の入口となっている。移動や運搬に不便のないよう下草や岩はきちんと取り除かれており、湿った土の地面が露わになっている。

・車両
敷地内の一角には、ブルーノの部下が使っていたフォード社製トラック(モデルTT)が2台置かれている。
1台はウィスキー密造に従事していたアソシエーテたちのもの、もう1台は彼らの安否を確かめるために送り込まれてきたリコたちのものだ。
これらは持ち主たちが襲われる直前、マーテンス一族によって横倒しにされてしまっているが、
タイヤ周りやエンジンなどは破壊されていないため、元通りの姿勢にすればふたたび走行できるようになる。
急いでその作業をする必要が生じた場合は、イクストリームの難易度でSTRロールに成功しなければならない。
協力する人数が増えるごとに、難易度はハード、レギュラーと低下していく。
もし時間をかけて同じことをする場合は、特にロールを求める必要もないだろう。適当な端材などを使い、複数人でトラックを転がせたことにすればよい。
なお、トラックの積荷や運転席を探っても、めぼしいものは見つからない。

・逃走者の痕跡
敷地内をひと通り調べた探索者は、南側の柵に引っかかった衣服の切れ端を見つける。
それは負傷しながらも辛うじて襲撃を躱したリコのものだ。
より注意深く調べれば、リコの足跡や、それを追っていったマーテンス一族の足跡も見つかるだろう。
そのまま南(「9.森の中心部」を通過して「10.森の南部」)へと逃げていったリコの行方は、よろめくような足跡、折れた木の枝や血痕などによって突きとめることができる。
もし探索者たちが〈追跡〉〈サバイバル〉に成功したならば通常考えられる移動時間がかかるのみだが、ロールに失敗した場合は3時間を余計に費やしてしまう。

作業場
ここはアソシエーテたちがウィスキーの密造をおこなっていた現場だ。建物は木造で、出入口はひとつ。いくつかある窓はサッシが錆びついていて開閉しづらい。
内部には木箱に入ったウィスキーの原料、麦芽の乾燥や発酵・蒸留に使用する設備、できあがったウィスキーを保存するための樽などひと通りのものが揃っている。
出荷されるのを待つばかりだった完成品も数十ガロンある。密造としてはかなり大規模で、このような場所に隠しておくのも頷けるようなものだ。
そのほか、土木作業に使う木斧とナタが1本ずつ、ダイナマイトが12本保管されている。
ダイナマイトの包みには、「キャッツキル、テンペスト山」と書かれた紙きれがくっついている。
このダイナマイトは前年におこなわれたマーテンス館の爆破に使われる予定だったが、早期に作業が終わったため、余剰として横流しされてきたのだ。

・ギャングたちの襲撃
探索者たちが作業場を調べ終えて建物から出ようとしたタイミングで、屋外から放たれた銃弾が扉近くの壁に命中する。
2人のアイルランド系ギャング(ミッキー&レイモンド)が襲ってきたのだ。
彼らはストックブリッジでマフィアの動向を探るうち密造所の存在に気づき、探索者たちと相前後して森にやってきたのである。
彼らは探索者たちのことを敵対するマフィアだと思い込み、不意打ちを仕掛けてこの密造所を奪い取ってやろうと考えている。
探索者たちは彼らと交渉を試みてもいいし、作業場から飛び出して戦ってもいい。室内からダイナマイトを投げてやれば、比較的簡単に撃退できるかもしれない。

・尋問とその後
トラブルのあとでもギャングたちが生き残っていたならば、探索者たちは彼らに話を聞くことができる。
彼らは自分たちがアイルランド系ギャングの準構成員だと明かすが、マフィアたちの失踪や死には関わっていないと主張する。
〈心理学〉に成功した探索者がいれば、この言葉が間違いなく事実だと確信できる。
その後の処遇は探索者たちに任せられるが、連行なり埋葬なりをしない限り、ギャングたちはかなり高い確率でマーテンス一族の腹に収まる(頭は祭壇に捧げられる)ことになる。

宿舎
ここはアソシエーテたちが食事や寝泊まりに使っていた場所だ。いくつかある窓はすべて外側から割られている。
扉を入って手前には食料や日用品のストック、アソシエーテたちの私物や武器(拳銃)などがあり、奥には4つのベッドが並んでいる。
そのほか屋内では、壁に空いた複数の弾痕、床にしみ込んだ血、そして散乱した大量の人骨などが発見できる。
これはもちろん、宿舎を使っていたアソシエーテたちのものだ。
2週間前の真夜中、酒盛りのあとに就寝していた彼らは、投石で窓を破って入り込んできたマーテンス一族たちを相手に、応戦もままならず殺害されてしまったのだ。

・散乱した人骨
一片たりとも肉の残っていない、それでいて古びてもいない骨。状況証拠から、探索者たちはこれらがアソシエーテたちのものだということを推定できる。
しかし彼らが連絡を絶った2週間前に死んでいたとして、いままでの間に白骨化することはあり得ない。
アソシエーテたちは死後(あるいは生きながら)、肉や内臓、腱や軟骨に至るまで、なにものかによって食べ尽くされたのだ。
人骨を見た探索者たちはこのことにと思い至り、0/1D3の正気度ポイントを喪失する。
また人骨はほぼ全身のものだが、頭蓋骨だけはあたりを探しても見つからない。マディーフェイスがねじり切り、シュブ=ニグラスへの供物とするために持ち去ったからだ。
探索者が〈医学〉か〈科学(生物学)〉に成功すれば、人骨が正確に4人分であること、頚椎はどれも強い力によって破壊されていることなどが分かる。

〈森で夜を迎える〉
探索者たちがいつ幽鬼の森を調べはじめるかにもよるが、探索の途中で日没を迎える可能性は決して低くない。言うまでもなく、夜の森は昼の森よりも危険な場所だ。
日没後から夜明けまで、探索者たちは少なくとも一回、マーテンス一族(1D6+6匹程度)からの襲撃に遭う危険がある。
事前に〈目星〉や聞き耳に成功しなければ、不意打ちを受けるかもしれない。
周囲に充分な照明がない場合、探索者たちがおこなう〈射撃〉や〈投擲〉にはペナルティー・ダイスがひとつ付与されるだろう。
密造所にあるふたつの建物は、比較的安全に夜を過ごせる場所だ。
あたりにある資材や道具で出入口を厳重に封鎖すれば、少なくともひと晩はマーテンス一族の侵入を防ぐことができる。
それでも建物のすぐ近くを徘徊する気配や、人間じみた鳴き声、封鎖された箇所をやかましく叩く音などは、探索者たちの精神を少なからず揺さぶる(0/1D2の正気度ポイント喪失)。
野営をおこなう場合、探索者の誰かが〈サバイバル〉に成功すれば、マーテンス一族に嗅ぎつけられる心配のない、安全な寝床を確保できる。
〈隠密〉は絶対の安全を約束しないが、ロールに成功した人数によって、マーテンス一家に襲撃される可能性を低くすることができる。
襲撃されるかどうかを〈グループ幸運〉で判定する際、〈隠密〉に成功した者の分だけボーナス・ダイスを付与する、といった具合だ。


9.森の中心部

密造所の敷地で見つけた逃走者の痕跡を追っていくと、森の中でもとりわけ薄気味の悪い雰囲気が漂う森の中心部に辿り着く。
一帯のどこかには黒い仔山羊が潜んでいるが、通常の手段で発見することはできない。

シャーマンの亡霊
探索者たちが森の中心部に立ち入って少しすると、誰かが不明瞭なモヒカン語で自分たちに呪詛を吐きかけてくるのを聞く。
それは頭の中に直接声を吹き込まれるような、極めて不快な体験である。これにより、探索者は0/1D2の正気度ポイントを喪失する。
このロールに成功した探索者は、以降に述べる出来事においてなんの害も被らない。しかしロールに失敗した探索者は、さらに恐ろしいものを目にしなければならない。
それは、かつてこの土地でシュブ=ニグラス信仰をおこなっていたシャーマンの亡霊である。
亡霊は曖昧な輪郭しか持たず、色を失ったように青ざめているが、顔面に施された化粧だけはやけにはっきりと浮きあがっている。
その化粧はシュブ=ニグラス信仰に関連するもので、探索者たちがのちに目にするであろう、マディーフェイスのものと酷似している。
この古い時代の亡霊を目にした探索者は、さらに1/1D4+1の正気度を喪失する。
そしてシャーマンが吐き散らす、次のような内容の呪詛を、言語的な過程を経ることなく理解する。

『母の恩寵篤き森を踏み荒らす愚か者よ』
『その不届きと冒涜の代償を払うがいい』
『じきに貴様らの肉もはらわたもひきむしられ』
『残された頭だけが祭壇に捧げられるだろう』

言い終わると、シャーマンの亡霊は吹き流されるようにして遠ざかり、消える。探索者たちがなおも逃走者の痕跡を追っていくと、やがてシュブ=ニグラスの祭壇が見つかる。

シュブ=ニグラスの祭壇
これは13個の黒い玄武岩によって形作られた直径2mほどのサークルで、かつてモヒカン族の異端者たちによる信仰に使われていたものだ。
祭壇は異端者たちが去ってから長らく放置されてきたが、このたびマーテンス一族によって見いだされ、ふたたび信仰の場となった。
岩はそれぞれ200kg以上の重さがあり、半分以上が地面に埋まっているため、人力で動かすのは容易でない。
祭壇の中には多くの骨片が撒き散らされているが、これは時期によってふたつのグループに分けられる。
ひとつ目のグループはモヒカン族による供物であり、動物の頭蓋骨8割、人間の頭蓋骨2割から成る。
量としてはかなりのものだが、長く風雨に晒されてきたため、どれも粉々になっている。
ふたつ目のグループは、マディーフェイスによって捧げられた人間の頭である。もっとも古いもので2週間しか経っておらず、まだかなり原形を留めている。
最低限、アソシエーテ4人のものがあり、展開によっては探索者たちに襲いかかってきたギャング2人のものもある。
頭には顔面の筋肉、皮膚や軟骨といった組織が多少残っているものの、頭蓋はぱっくりと割られ、脳は残らず吸い出されている(0/1D3の正気度ポイント喪失)。
ここに供物とシュブ=ニグラスを称える祈りを捧げれば、数分のうちに黒い仔山羊が捧げられたものを受け取りにやってくる。
供物は人間の脳が最上だが、獣の頭であったり、新鮮な肉であったりしても構わない(もちろん、マーテンス一族のものでも)。
祭壇を汚したり供物を盗み取ったりした場合、探索者たちは黒い仔山羊の怒りを買うが、まずやってくるのはマディーフェイスだろう。
マディーフェイスを殺したときどのようなことが起こるかは、「12.捧げられた頭」を参照のこと。
逃走者の痕跡はさらに南(「10.森の南部」)へと向かっている。リコは必死に逃げていたため、この祭壇に注意を払うことはなかった。
彼の行先を突きとめるのに、改めて判定をおこなう必要はない。またこの周辺にはマディーフェイスの大きな足跡も残っている。
それは東(「11.森の東部」)と祭壇とを何度も行き来しているように見える。
東への足跡を辿っていこうとする探索者は、改めて〈追跡〉か〈サバイバル〉をロールする。
成功したならば通常考えられる時間で森の東部へと移動できる。失敗した場合は、3時間を余計に費やしてしまう。


10.森の南部
探索者たちが「9.森の中心部」からさらに逃走者の痕跡を追っていくと、この一帯に辿り着く。
ここはほかの場所に比べると植生が密で地形も複雑であるため、方角を見失いやすい。

洞窟の生存者
森の南部をしばらく進んでいくと、探索者たちは近くの水場で大きなものが動くのに気づく。
それに注意を向けると、汚らしい風体の人間が、近くの小さな洞窟に逃げ込むのを見ることができる。
この人間こそ、ほかならぬリコ・カヴァリーニである。
彼は探索者たちをマーテンス一族と誤認し、慌てて身を隠そうとしたのだ。
探索者たちがどう接触するかにもよるが、やがてリコは警戒を解き、再び人間に出会えたことを喜ぶだろう。
もし探索者たちが日没後にこの一帯を訪れ、灯りを携えていたならば、リコは急いで寄ってくる。
そして救援を感謝しつつも、すぐに灯りを消せと慌てた様子で言うだろう。これはもちろん、マーテンス一族に見つかることを警戒してのことだ。
リコはマーテンス一族に襲われた際に傷を負ったため、本来12ポイントある耐久力が8ポイントまで減少している。
ともあれ、探索者たちとの合流を果たしたリコは、自分がここにいる経緯を以下のように語る。

リコの証言
伯父であり上司であるブルーノから指示を受けたリコは、同じソルダートであるアントーニオと共にストックブリッジへやってきた。
雑貨屋で簡単に情報を集めたあと、夕刻に密造所へと赴いたリコたちは、そこで思いがけないものに遭遇した。
それはすっかり骨になったアソシエーテたちであり、直後に襲ってきた身の毛もよだつような怪物だった。
怪物は全身が白い毛に覆われた不気味な類人猿で、少なくとも十匹以上いた。
混乱の中でアントーニオとはぐれ、負傷しながらもその場から離れたリコだったが、怪物たちを振り切るのは容易でなかった。
しかし日暮れまでになんとか隠れられそうな洞窟を見つけ、そこに潜り込んで夜と怪物をやり過ごすことにした。
しかし傷を充分に手当できなかったせいか翌朝未明に高熱を発し、その日はまったく動くことができなかった。
少し動けるようになってからは近くにある小川で水を飲み、体力の回復を待っていた。

リコを見つけたあとで
洞窟で生き残っていたリコを見つけた時点で、探索者たちはブルーノから受けた依頼、すなわち部下たちの安否確認を完了したことになる。
リコの証言によって、森にひそむ生物がマフィア殺害の犯人であると推定し、犯人の目星をつけたと主張することも可能だろう。
しかし追加報酬の条件として定められている犯人の始末について、探索者たちはそれほど積極的になれないかもしれない。
同行者となるであろうリコには、マーテンス一族を始末する充分な動機がある。
カポからの命令を遂行する途中で襲われ、仲間も失った挙句おめおめ逃げ帰ったとなっては、ソルダートの名折れであるばかりか、厳しい制裁を科せられてもおかしくはないからだ。
とはいえリコは負傷し、衰弱し、銃にはあと2発しか弾丸が残っていない。
そこで彼は恥を忍んで、どうか自分と一緒にあの怪物たちを討ってくれ、と探索者たちに協力を要請する。
首を2つでも3つでも持ち帰れば、カポもきっと納得してくれるだろう、と。
探索者たちはこの要請に応えてもいいし、無謀だと突っぱねてもいい。
森から出る際には、後述の〈森から撤退する〉の項も参照のこと。


11.森の東部

このあたりは森の中でも特に湿っぽく、植生が貧弱な一帯だ。
泥炭化した土壌から漂う独特のにおいに、マーテンス一族の身体や排泄物に由来する悪臭と冷気が加わり、言いようもなく不気味な雰囲気が醸し出されている。
この一帯のどこかには少し開けた場所があって、そこがマーテンス一族の棲み処になっている。

マーテンス一族の棲み処
軟弱な地面に2つの穴が開いていて、それらが同じ地下空間に繋がっている。
地下空間はかつてキャッツキル山地にあったものほど広くはなく、辛うじて数十匹が収容できる程度だ。
探索者たちがこの場所を訪れたとき、マディーフェイスは棲み処の中にいて、なんらかのきっかけがあるまで出てこない。
もし周囲が充分に明るく、かつ〈追跡〉〈サバイバル〉〈自然〉〈科学(生物学)〉などに成功した探索者がいれば、
地面に空いたいくつかの不自然な穴を、その形状や周囲の痕跡などから、生物の棲み処だと判断できるだろう。
そうでなくとも、やがて1D4+2匹のマーテンス一族が棲み処から出てきて、あたりの偵察や徘徊をはじめる。その様子について、以下に描写の参考を示す。

穴から這い出してきたのは、類人猿を悪魔じみた筆致で戯画化したような生物だった。
子どものような体躯に、皺だらけの顔面。その全身はもつれた白い毛で覆われ、手には汚らわしく曲がった爪が備わっている。
口元に見える太く短い牙は、この生物の肉食嗜好を示唆するものだ。
しかし怪物的な容貌の中で唯一、左右で色の異なる瞳だけは、どういうわけだか非常に人間じみている……。

探索者たちはマーテンス一族やその棲み処に対して、いつでも攻撃をしかけることができる。
戦闘の3ラウンド目には、騒ぎを察知した1D4+2匹のマーテンス一族とマディーフェイスが穴から姿を現す。
2ラウンド目までに両方の穴(あるいは地下空間の直上)を爆破した場合、増援のマーテンス一族はそのまま生き埋めになるが、マディーフェイスだけは生き残る。
数百kg程度の土砂は、この怪物を押し潰すのに充分でないのだ。キーパーは以下の文を参考にして、マディーフェイスの脅威を描写すること。

地下の棲み処から這い出してきたそれが、サル怪物たちの同族であるのは間違いない。
しかし体躯という点ではまったく比較にならず、放つおぞましさという点でも桁外れだった。
特に嫌悪を催すのは、顔面に施された化粧のような文様だ。
おそらくは血と、泥と、その他吐き気を催すような材料を混ぜたもので塗られた顔は、
この怪物が信仰しているのであろう、得体の知れない神性の存在をほのめかしていた。

銃とダイナマイトの火力を頼る以外にも、プレイヤーはうまく立ち回るための方法を思いつくかもしれない。
キーパーはそれらの提案に耳を傾け、可能な限り柔軟な対処を心がけてほしい。

〈森から撤退する〉
幽鬼の森は物理的に外界と遮断された場所ではない。だからいったん森に立ち入った探索者たちが撤退しようと考えたとき、それが絶対に不可能な理由はない。
しかしながら、探索者たちが森を出る意図や、物語がどれくらい進行しているかによって、キーパーは探索者たちの撤退を妨害した方がよいときもある。
たとえば探索者たちが森に入ってすぐの段階で、なにか不穏なものが徘徊していることに気づき、
近隣の(といっても60kmほど離れているが)スプリングフィールドの街へ必要な装備を買い足しに行きたいと申し出た場合には、特にそれを却下する理由はない。
その後探索者たちは森へと戻ってきて、存分にマーテンス一族と戦ってくれるだろう。
探索者たちがアソシエーテたちの末路を知って怖気づき、あるいは負傷者を出したことで、探索を強行するのは危険だと判断したとき
(つまり、探索者たちの目的が敵を追い詰めて狩り出すことから、自らの生存と帰還に変化したとき)は、
むしろ森からの撤退を妨害してやることで、物語の緊張を高めたほうがよいだろう。
いったん安全な場所に辿り着いてしまった探索者たちは、ふたたび脅威に対峙する動機を持つことができないかもしれないからだ。
マーテンス一族、というより捕食者全般の行動原理からしても、肉体的・精神的に弱った獲物を逃がさないようにするというのは、ごく自然なことと言える。
彼らは森の辺縁、特に探索者たちが通りそうな森の入口あたりで目を光らせ、逃げようとする探索者たちの前に立ち塞がるだろう。
探索者たちが森から出るには、たとえ正攻法でなくとも、この厄介な敵を排除しなければならない。
その過程でマディーフェイスに致命傷を与えた探索者たちは、よりおぞましく危険なものを目にすることになる。キーパーはそのまま、物語をクライマックスまで進めればよい。


12.捧げられた頭
充分な武装と勇気を持って臨めば、マーテンス一族とマディーフェイスに勝利するのは難しくないはずだ。マディーフェイスが戦闘不能に陥れば、残りの敵は逃げていく。
しかし、それですべてが終わりというわけではない。このマディーフェイスの死が、また別の恐怖を顕現させる呼び水となるからだ。
マディーフェイスは致命傷を受けると、(それがたとえ半身を吹き飛ばすような威力のものであったとしても)すぐさま自らを供物として、
探索者たちを滅ぼしてくれるようシュブ=ニグラスに祈る。それがどのようにおこなわれるかは、以下の描写を参考にすること。

その怪物が受けた損傷は、明らかに生物としての限界を超えていた。
事実、怪物の目からは光が失われ、首や腰といった主要な部位からは力が抜けていくのが分かった。
しかしなおその怪物は動き続けていた。
生理的・化学的な反応によってではなく、なにか不浄な力によって動かされているに違いなかった。
そして怪物は声なき声でなにか短い言葉を唱えると、大きな両手を頭の左右にあてがって、
あろうことか、自らの首を勢いよくねじり切ったのだ!

探索者の中には、このおぞましい行為を制止しようとさらに銃弾を撃ち込んだり、ダイナマイトを投げたりするかもしれない。
しかしマディーフェイスの肉体が滅茶苦茶に破壊されたとしても、シュブ=ニグラスの使徒である黒い仔山羊が、供物を受け取りに来ることは変わらない。
マディーフェイスがどこで死んだかに関わらず、探索者たちはすぐ、近づいてくる黒い仔山羊の足音に気づくだろう。


13.黒い仔山羊の出現

マディーフェイスの死から間もなく、探索者たちのもとへ黒い仔山羊がやってくる。
探索者たちがマディーフェイスを殺した現場で待ち構えるならば、この強大な神話生物と戦闘しなければならない。
探索者たちが安全な場所まで逃げようとするならば、チェイスで処理するのが適切だろう。
どちらの場合も、登場してから1ラウンドの間、黒い仔山羊はマディーフェイスの脳髄を(もし残っていれば)啜るために行動を費やす。
しかしラウンドを無駄にする可能性があるのは、探索者たちも同様だ。
黒い仔山羊を見て〈正気度〉ロールに失敗した探索者は、素早く攻撃の用意を整えたり、すぐさま相手を振り切ったりすることができないかもしれない。
探索者たちが戦闘を選ぶなら、特別に補足すべき事項はない。
もしチェイスが発生したのなら、キーパーは以下に述べるいくつかの要素を参考にして、スリリングなシーンを演出してほしい。

チェイスの代替
探索者たちが黒い仔山羊から逃げることにしたとして、確実にチェイスがおこなわれるとは限らない。
ルール上、速度ロールを経た探索者たち全員の移動率(MOV)が黒い仔山羊のそれを上回った場合、チェイスは確定せず、探索者たちは黒い仔山羊から逃げることができる。
探索者たちが走行可能な車に乗っているか、すぐに乗れるような状態であった場合も、同じようにチェイスなしの逃走が可能だろう。
これが相当な犠牲(たとえば幸運の消費など)を払った結果であったり、周到な作戦の成果であったりするならば、キーパーはチェイスなしでの逃走を認めても構わない。
しかしチェイスの回避が多分に偶然の結果であったなら、キーパーはセッションの盛りあがりのために、チェイスの代替となるものを用意した方がいいかもしれない。
たとえば、森から出るところでシャーマンの亡霊が待ち構えていたり(時間内に退散させなければ仔山羊に追いつかれる)、
車の運転を妨害しようとマーテンス一族の生き残りが跳び乗ってきたり(運転手を守らなければ全員が危ない)、というような展開だ。

チェイスのヒント
もしこのチェイスにリコが参加しているならば、チェイスを確定する際の速度(CON)ロールにペナルティー・ダイスをひとつ付与する。
しばらく飲まず食わずで過ごした衰弱を反映するためだ。ただし、探索者たちが彼に充分な手当と休息を提供していた場合はこの限りでない。

チェイスの場にはバリアーふたつ、ハザードひとつ程度が適切と考えられるが、キーパーの判断によってこれを増減してもよい。
ほとんどのバリアーやハザードは、黒い仔山羊にとってなんら障害とならない。
しかし探索者たちはダイナマイトなどをうまく使って、敵にとってのバリアーを作り出せるかもしれない。
一般的なバリアーは倒木や茂み、急な斜面などだ。これらを突破するにはDEXロール、〈登攀〉〈跳躍〉などに成功する必要があるだろう。
探索者たちにダメージを与えうるハザードの内容は、マーテンス一族の生き残りや、彼らが仕掛けた原始的な罠などといったものが考えられる。
これらへの対処には〈射撃〉〈近接戦闘(格闘)〉〈回避〉〈跳躍〉などが役立つだろう。
探索者たちが向かう方角によっては、逃げる経路上に車両を配置してもよいだろう。
それは探索者たちが停車させたものかもしれないし、ほかの誰かが乗ってきたものかもしれない。横倒しにされているかもしれないし、すでに復旧済みかもしれない。
探索者たちはこれを使って一気に逃げ切りを図ってもよいし、反転して黒い仔山羊にぶつかっていってもよい(『ルールブック』P143の表も参照のこと)。
あるいは移動力の高い探索者が危険を冒してほかの探索者たちを助けに行くという、ドラマチックな行動をとってもよい。
どのような場合でも、判定には〈運転〉ロールが必要になるだろう。

探索者たちは周囲の木や地形の窪みを利用して、敵から身を隠すことを試みられる。もちろん森という環境下、黒い仔山羊を欺くのは容易でない。
探索者と黒い仔山羊が同じ位置にいた場合、隠れおおせるにはクリティカルの難易度で〈隠密〉か〈サバイバル〉に成功しなければならない。
位置がひとつ離れるごとに、難易度はイクストリーム、ハード、レギュラーと低下していく。
しかしこのロールに失敗しても、黒い仔山羊がINTロール(目星の代替)に成功しない限り、探索者に危険が及ぶことはない。そのまま敵から逃げ延び、チェイスを離脱できる。
黒い仔山羊を滅ぼすか、逃げて安全な場所までたどり着くことができれば、探索者たちはこのシナリオのもっとも危険な部分を超えたことになる。
徒歩にせよ車での移動にせよ、探索者たちはそれ以上の妨害に遭うことなく、文明に護られた領域まで戻っていくことができるだろう。


14.結末
ブルーノから依頼を受けている探索者たちには、事件の顛末を報告しにいく義務がある。
充分な証拠がない場合、ブルーノは探索者たちが話したことの真偽を疑うかもしれないが、それが嘘でない限り、やがて事実が確認されて、取り決め通りの報酬が支払われるだろう。
すなわちブルーノの部下を殺した犯人がマーテンス一族であることを特定した分の200ドルと、彼らの恐るべき首領であったマディーフェイスを排除した分の500ドルだ。
探索者たちが黒い仔山羊を滅ぼしたかどうかは、原則として報酬に影響しない。
 
黒い仔山羊が(展開によってはマディーフェイスも)まだ生きている場合、探索者たちは準備を整えてふたたび幽鬼の森へ向かおうとするかもしれない。
しかしこれはシナリオへの再挑戦というよりも、後日談として扱うべきものだろう。
ラヴクラフトの短編「棲み潜む恐怖」にて、マーテンス一族の大群を目にした青年がそうしたように、
充分な人員と資材を携えて、生贄の祭壇やマーテンス一族の棲み処を徹底的に破壊するのだ。
探索者たちが自分たちの力のみで必要なものを揃えるならば、少なくとも500ドルは必要になるだろう。
当局やブルーノの協力を取りつけるのならば、〈信用〉や〈説得〉に成功しなければならない。
それによって黒い仔山羊をも滅ぼすことができたかどうかは、キーパーの判断による。
一連の事件が終わったあと、地域の危険を未然に防いだ英雄としてもてはやされるか、恐怖に精神をやられてしまった異常者として後ろ指をさされるかは、探索者たちのやり方次第だ。

マディーフェイスを殺した探索者たちは1D10正気度ポイントが与えられる。
加えて黒い仔山羊を滅ぼした探索者たちには、1D6正気度ポイントが与えられる。
ただし後者について、いったん森から脱出したあとでそれを達成した場合には、1D3正気度ポイントが与えられるのみに留まる。
リコが最後まで生きていた場合、探索者たちはさらに1D3正気度ポイントを獲得できる。