残された手記 - 二羽目の鳥が啼いたなら

シナリオ概要
探索者達は知人によって、多重人格を持った少年秋沙と引きあわされる。
彼の多重人格の原因は、彼の父親、隼による儀式(虐待)によるものであった。
そして生まれた二番目の人格は、秋沙の死んだ妻、雲雀。彼女はひたすらに秋沙を守ろうとし、秋沙の脅威になる隼が消えることを願っていた。
「父に会いたい」という秋沙の願いを聞き入れた探索者達だが、隼は絶望の中で自殺を図る。
探索者達は彼を止めようとするか。それとも秋沙の精神の安寧を優先するのか。

NPC
【馬場 梨花(ばば りか)】45歳 女性
SIZ13 APP13
児童養護施設「ばら園」の園長。探索者達と秋沙を引き合わせる。

【茅ヶ崎 秋沙(ちがさき あいさ)】13歳 男性
児童養護施設で生活する少年
STR7 DEX13 INT16 アイデア80
CON8 APP14 POW14 幸運70
SIZ8 SAN35 EDU6 知識30
HP8 MP15 回避26 DB-1d4 
隠れる:60% 忍び歩き:60% 回避:50%
武器 こぶし 1d3-1d4
探索者達が引きあわされる少年。解離性同一性障害(多重人格障害)を患っており、第二の人格雲雀がいる。
ただし彼自身は雲雀を認識していないようだ。父である隼から虐待を受けながらも、隼を慕っている。

【茅ヶ崎 雲雀(ちがさき ひばり】35歳 女性
秋沙の第二の人格
INT14 POW11 EDU14
心理学:75% 説得:60% 精神分析:50%
秋沙の第二の人格であり、彼の母親を名乗る。
上記以外のステータスは秋沙と同じ。
真面目で理知的な性格。秋沙を守ることを第一の目的としている。
秋沙の人格交代について支配権を持っており、彼が表に出ている際も状況を認識している。

【茅ヶ崎 隼(ちがさき はやと)】39歳 男性
秋沙の父親
STR11 DEX15 INT15 アイデア75
CON10 APP10 POW15 幸運75
SIZ13 SAN25 EDU15 知識75
HP12 MP15 回避30 DB0 
オカルト:80% 図書館:70% 言いくるめ:50%
武器 こぶし 1d3
秋沙の父親。妻の魂を呼び戻すため、秋沙に対して種々の儀式(虐待)を行う。
死んだ妻をまだ想っており、それゆえの行動であったが、妻に拒否されたことに絶望し自殺を企図する。

【古井戸 時久(ふるいど ときひさ)】30歳 男性
職業:古本屋
STR6 DEX9 INT17 アイデア85
CON5 APP12 POW13 幸運65
SIZ11 SAN0 EDU20 知識99
HP8 MP13 回避18 DB-1d4 
日本語:99% 図書館:80% 制作〈古書修繕〉:70%
武器 こぶし 1d3
茅ヶ崎家から少し離れたところにある古井戸古書店の店主。

1.導入
二月十四日。世間がバレンタインで浮かれているころ、探索者達にある人物から連絡が入る。
その人物は児童養護施設「ばら園」の園長をしている馬場梨花という女性である。
彼女は、新しく入ってきた少年に少々手を焼いており、会談に立ち会い、相談に乗ってほしい、と探索者達に頼む。
ばら園は東京都西部にある児童養護施設で、大きなアパートのような場所で十数人の青少年が職員と共に共同生活を送っている。
彼らは身寄りがないか、家庭環境ゆえに親と同居できなくなった少年少女で、中には虐待の末心に傷を負ったものもいる。
馬場が探索者達に引き合わせようとしている茅ヶ崎秋沙という少年も、そのような境遇に置かれていた。

2.秋沙との出会い
ばら園を訪れた探索者は面会室に通され、馬場と共に秋沙少年と対面することになる。秋沙は中学一年生。小柄ながら中性的な顔立ちの美少年である。
初めて会う探索者達を警戒しつつも、どことなくぼんやりした様子である。探索者達がしばらく会話した後、馬場は探索者の一人を部屋の外に連れ出して秋沙について話す。
彼には父親がいること、母親は一年前に交通事故死したこと。その日を境に父親は人が変わったようになり、秋沙に種々の虐待を加えるようになったこと、などである。
その虐待は、実は父親である隼が亡くなった母の精神を秋沙に憑依させようとする種々の儀式だったのであるが、現時点で探索者達は知る由もない。
秋沙は柱に縛り付けられたり、奇妙な薬を飲まされたりした、と探索者達に語る。
しかしある日(後述する第二の人格が現れた時期)を境に虐待は止み、代わりに隼は秋沙の養育を放棄することになった。
その様子に近所の住民が気付き児童相談所に通報。秋沙は保護されることになったのである。それでもなお秋沙は父を慕っており、早く家に帰りたい、とこぼす。

KP情報
秋沙の父である隼は妻である雲雀がなくなった後、その蘇生を目指すための研究を続けていた。
古今東西の魔術書(らしきもの)を買いあさり、種々の怪しげな儀式を実行した。
しかしそれでも蘇生はうまく行かず、次に秋沙の精神に雲雀の精神を憑依させようと考え、秋沙に対しても種々の儀式(虐待)を行った。
その結果は3で述べるとおりであり、雲雀が隼を拒否した後、隼は絶望感にとらわれ秋沙の養育を放棄することになる。
秋沙が保護されたのちも儀式を続けるがうまく行かず、やがて蘇生の儀式を諦め、妻がいるであろうあの世へと行くこと(自殺)を考え始める。自宅を放棄したのは2月12日である。

3.二番目の人格
しばらく会話していると、秋沙の目は焦点を失い、探索者達の言葉に反応しなくなる。
やがてはっきりとした意識を取り戻すが、その言葉遣いや様子は秋沙少年のソレではない、まるで大人の女性と話しているかのようである。
「話は聞いておりました。私は雲雀と申します」
彼女は秋沙の父隼の虐待(儀式)によって生まれた第二の人格である。
探索者達が精神分析、医学、心理学のロールに成功した場合は、これがいわゆる解離性人格障害と呼ばれる精神疾患の症状に酷似していることに気が付く。

※解離性同一性障害(多重人格障害)
一人の人物の中に二人ないしはそれ以上の人格が存在している状態。いわゆる多重人格。
それぞれの人格は異なる同一性を身に着けており、互いに記憶や意識を共有している場合もあれば、そうでない場合もある。
治療は簡単ではなく、粘り強いカウンセリングが必要となる。

雲雀は秋沙と記憶や意識を共有しているが、秋沙はそうではない。つまり秋沙は雲雀の事を認識できていないし、雲雀が表に出ている間の記憶は秋沙にはない。
片や雲雀は秋沙が表に出ているときの記憶を保持しているし、秋沙の事もしっかりと認識している。彼女は自分が出たいと思った時に表に出てくる。
その上で雲雀は「自分は秋沙の母親であり、彼を守るのが私の役目である」と話す。
彼女の行動原理は秋沙を、父親をはじめとした種々の悪意から守ることであり、それは場合によっては探索者達も対象となる。
彼女は冷静で理知的ではあるが、秋沙の事になると感情を高ぶらせることがある。
彼の安全と平穏が保障されるなら、私はおとなしく消える、と雲雀は話す。探索者がそれは具体的にどういう事なのかを聞けば、雲雀は父である隼が消えることだ、と話すだろう。

※雲雀がどうやって生まれたかは、二通りの考え方がある。
一つは秋沙の父隼の(純粋な)虐待行為によって、秋沙の精神が自ら別の人格を作り出したという考え方。
もう一つは、隼の儀式が成功しており、その魔術的な力によって秋沙に雲雀の精神が宿った、というものである。
KPはこのどちらの考え方を採用してもよいが、筆者としてはプレイヤーの想像力に任せるのも良い、と考えている。

4.秋沙の願い
面談が終わった後、馬場と探索者達はそのまま面会室で話をすることになる。
馬場は秋沙について、自分は精神医学の知識が無くて手におえないため、今後も相談に乗ってほしい、と探索者に話す。
探索者が精神医学についての知識を持っているのであれば、その観点から彼女にアドバイスするRPを挟むとよいだろう。
探索者達が施設内で昼食を取っていると、馬場が探索者に近づいてきて、秋沙の居場所について尋ねる。実はこの時秋沙は施設をこっそりと抜け出して父親に会いに行ってしまったのである。
秋沙の自宅はばら園から二駅ほど離れた住宅街に建つ一軒家である。ここで秋沙少年とその父親である隼は生活していた。
馬場は秋沙が何らかの目的で施設を離れたことを認識し、探索者達に捜索を手伝ってほしい、と頼む。馬場は近辺の捜索を請け負い、探索者達には秋沙の自宅を見に行ってほしい、と言う。

5.秋沙の家
秋沙の自宅には鍵がかかっており、窓などもしっかり施錠されている。隼は不在であり、新聞受けには二、三日分新聞や広告が溜まっていることに気付くだろう。
この場所に進入するには鍵開け技能を使うか、後述する古井戸古書堂の店主から鍵を借りなければならない。
ここで探索者達は近隣住民に話を聞くことが出来る。
三十分ほど前に秋沙少年が訪れて、父親の所在について尋ねたという。住民が心当たり(後述する古井戸古書堂)について話すと、そのままどこかへ行ってしまったという。
また探索者達がさらに茅ヶ崎家について尋ねるならば、住民は次のように話すだろう。
隣の茅ヶ崎家は一年ほど前まで両親と子供の三人で暮らしていた。一年ほど前に妻が交通事故死してから父親の方は人が変わったようになり、家に引きこもりがちになっていた。
怪しげな古書などをどこかの古書店(古井戸古書堂)から頻繁に買い集め、奇妙な儀式などを行っていたようである。
ほどなく秋沙少年に対する養育放棄に気付いたので、児童相談所に通報。秋沙少年の保護に至った。父親の隼はここ数日不在にしているようである。

6.古井戸古書店
隼が古書を購入していたのは東京都神田神保町のはずれにある怪しげな古書堂である。古臭い店舗の中は外から容易に伺うことが出来ない。
中に入っていくと、浮世離れした感じの店主が本から目を上げて探索者達を値踏みするように見つめるだろう。
「お客さん……には見えないが」
アイデア、もしくはオカルトの二倍に成功した探索者は、この古書店に置いてある書籍はオカルト的、魔術的なテーマを扱ったものが多いことに気付く。
店内の椅子には秋沙少年が座っていて、店主から与えられた饅頭を頬張っている。
探索者達が話しかけると、怒られるのではないかと怯えたように店主の後ろに隠れる。訳を聞かれると、父親を追ってここに来たのだという。
「でもここにはいなかったんだ。どこに行ったのかな」
秋沙の父親である隼は二日前に古書堂を訪れ、「家にある本は何でももって行って良い」と店主に話して自宅の鍵を託した。
探索者達が事情を話せば、店主の古井戸時久は茅ヶ崎隼について話す。古今東西の魔術的な本を買いあさる上客であり、特に死者の蘇生に大きな関心があったようだ、と。
ここ数週間は見るからに憔悴し、なにやら絶望した様子であった、ということだ。鍵を持て余した店主は秋沙に自宅の鍵を渡している。
秋沙は探索者と共に自宅に向かおうとするが、(倫理的な理由から)探索者がそれを止めれば、せめて父親が無事かどうか確かめてほしい、と探索者に頼む。

7.日記
秋沙の自宅はやや広めの2LDKである。良く清掃されており、生活感は感じられない。これは死を決意した隼が身辺の整理をしたためである。
2LDKの一つの部屋は秋沙の部屋である。ここには変わったものは無い。もう一つの部屋は茅ヶ崎夫婦の寝室であり、現在は大きな書棚に大量の本が詰められている。
秋沙に対して行った儀式の道具はすでに処分されている。部屋にはベッドと書き物机があり、その上には一冊の日記が置かれている。
これは隼が自宅を放棄する直前まで書いていた物である。一年以上前の記述には、幸せな家庭生活の様子がうかがえる内容が書かれている。
家族で行った旅行、秋沙の誕生日などについてである。その様子が変わったのはおおよそ一年前。以下に内容を示す。

2/18 妻が三日前に死んだ。
4/2 妻の四十九日。彼女の魂は何処へ行くのだろうか。
5/15 もう一度彼女に会いたい。会いたい。会いたい。
8/20 奇妙な本に出会った。いや、私自身が探し求めていたのかもしれない。この通りにすれば、妻の魂を呼び戻すことが出来るのだろうか。
10/30 上手くいかない。古書を買いあさる。
12/6 彼女の魂を呼び出すことに成功した。
12/10 違う。違う。彼女が私を拒否するはずがない。なぜだ。私はこんなにも君を愛しているのに。こんなものが彼女であるはずがない。
1/6 近所の通報で、秋沙が連れ去られた。もはや何もする気が起きない。
2/12 やはり私が君の所へ行くしかないようだ。君に最も近い場所にしよう。君は私を迎えてくれるだろうか。

雲雀の死は前年2/15。その後隼はオカルトに没入していき、彼女の魂を現世に呼び戻すことに執着する。
それは次第にエスカレートしていき、ついに彼女の魂を秋沙の肉体の中に呼び戻すことに成功する(あるいはただ単に、虐待の結果秋沙自身が別の人格を作ったのかもしれない)。
しかし第二の人格である雲雀は隼の愛に応えることはなかった。
彼女は何よりもまず息子である秋沙を守ろうとしたのである。妻に拒絶され、絶望した隼はもはや秋沙にすら関心を払わず、ただ自らの死のみを願うようになる。
この日記はそれを示しているのである。

隼は妻の命日である2/15に、雲雀が眠る墓地での自殺を計画している。
 
8.墓地
探索者は日記を読んで墓地に先回りするかもしれないし、それに気づかないかもしれない。
いずれにせよ、2/15の朝10時ごろ(この時間は探索者達の行動によって変えてよい)隼は墓地にやってくる。
その姿は憔悴のせいか実際の身長よりも小さく見え、顔は絶望でしぼんで見える。
手にはガソリンの入ったガラスのボトルを持ち、左手にはライターを持っている。
それほど狭くない墓地なので、先回りしていた探索者は彼が来ればすぐに気付くだろう。
もし探索者達が日記の意図するところに気付かなかったり、隼を止める気がなかったりした場合、秋沙から母の命日に墓参りに行きたいと申し出がある。
墓地に入り、妻の墓の前に立った隼は、持っていたガソリンを頭からかぶる。あらかじめ待ち伏せしていた探索者であればこの段階で彼の行為を防止することも可能だろう。
もし探索者が秋沙に連れられてやってきた場合、墓地の敷地に入った時点で聞き耳(嗅覚)ロールを行う。
成功した場合、どこかからガソリンの臭いがすることに気が付くだろう。そしてすぐに全身ガソリンまみれになって、火をつけようとしている隼を発見する。

7.説得
彼の自殺を止めるには、説得ロールに成功する必要がある(組み付きなどで拘束しても、彼はまた別の機会に自殺を図るだろう)。
RPの内容は探索者に任されている。その場に秋沙がいる場合は+10のボーナス。秋沙に説得を手伝わせた場合は+10のボーナス。
この際、秋沙のPOWと雲雀のPOWの対抗ロールを行い、雲雀が勝利した場合は雲雀が表に出てくる。
その場合は説得ロールに-20のペナルティを与える。探索者達が母親に対して何らかの劇的なRPを行ったなら、この対抗ロールにいくらかボーナスを与えてやるのもいいだろう。

「……死ぬならさっさと死になさい。二度と秋沙の前に現れないで!」

説得ロールに成功すれば彼は自殺の意思を失い、その場に泣き崩れる。そして秋沙が近寄っていって父親を抱きしめる。
もし説得ロールに失敗すれば彼はライターの火を付け、炎に包まれる。救命は不可能である。

9.エンディング
事態が収束した後、探索者達はばら園に戻ることになる。
隼が死亡していれば、雲雀は秋沙を守るという目的を達成したと考え、消滅する(あるいは、秋沙自身に統合される)。
秋沙は天涯孤独の身となるが、その後彼がどうするかはこの物語で語られることは無い。
馬場は探索者達に、時折秋沙の様子を見に来てやってほしい、と頼むだろう。
隼が生存していた場合、彼は自殺の恐れがあるため強制的に入院させられる。秋沙は父の生存を喜ぶが、雲雀はいまだ消えることは無い。
三人はすれ違った愛を抱えたまま、今後の苦難に立ち向かっていかなければならないだろう。

10.シナリオ解題
二羽目の鳥とは。
茅ヶ崎一家の名前は全員鳥のものである(アイサ、ヒバリ、ハヤブサ)
二羽目の鳥とは、一羽目の鳥を愛する三人の事である。
秋沙は父の隼を慕い、隼は妻の雲雀に焦がれ、雲雀は息子の秋沙を愛し、守ろうとしている。
この愛が双方向に向かなかったこと。これが今回の事件の根本的な原因なのだ。

報酬
隼が死亡した場合、探索者は1d3の正気度を失う。