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fuhitofujiwara 2026年08月21日(金) 19:47:01履歴
| 第44回衆議院議員総選挙 | |||
|---|---|---|---|
| 内閣 | 野田内閣 | ||
| 解散日 | 2013年3月28日 | ||
| 解散名 | 断崖解散 | ||
| 公示日 | 2013年4月14日 | ||
| 投票日 | 2013年4月28日 | ||
| 選挙制度 | 小選挙区比例代表並立制 | ||
| 改選数 | 580(🔻20) 小選挙区 330 比例代表制 250(🔻20) | ||
| 議席内訳 | |||
| 各党別勢力 | |||
| 党順 | 第1党 | 第2党 | 第3党 |
| 画像 | |||
| 党色 | ━━━━━━━━━━━ | ━━━━━━━━━━━ | ━━━━━━━━━━━ |
| 党名 | 民主自由党 | 民政党 | 日本維新の会 |
| 党首 | 石原伸晃 | 野田佳彦 | 鳩山由紀夫 |
| 就任日 | 2012年10月1日 | 2011年12月5日 | 2013年2月12日 |
| 前回選挙 | 229 | 251 | 新党 |
| 公示前勢力 | 215 | 209 | 16 |
| 獲得議席 | 253 | 100 | 92 |
| 増減 | |||
| 党順 | 第4党 | 第5党 | 第6党 |
| 画像 | |||
| 党色 | ━━━━━━━━━━━ | ━━━━━━━━━━━ | ━━━━━━━━━━━ |
| 党名 | 公明党 | みんなの党 | 新党改革 |
| 党首 | 太田昭宏 | 渡辺喜美 | 舛添要一 |
| 就任日 | 2006年9月30日 | 2009年8月8日 | 2010年4月22日 |
| 前回選挙 | 54 | 25 | 新党 |
| 公示前勢力 | 53 | 21 | 12 |
| 獲得議席 | 44 | 36 | 17 |
| 増減 | |||
| 党順 | 第7党 | 第8党 | 第9党 |
| 画像 | |||
| 党色 | ━━━━━━━━━━━ | ━━━━━━━━━━━ | ━━━━━━━━━━━ |
| 党名 | 社会民主党 | 国民の生活が第一 | 日本人民党 |
| 党首 | 吉田忠智 | 小沢一郎 | 志位和夫 |
| 就任日 | 2010年8月21日 | 2013年2月19日 | 2000年11月24日 |
| 前回選挙 | 7 | 新党 | 14 |
| 公示前勢力 | 7 | 33 | 14 |
| 獲得議席 | 14 | 12 | 10 |
| 増減 | |||
第44回衆議院議員総選挙(だい44かいしゅうぎいんぎいんそうせんきょ)は、2013年(平成25年)4月28日に日本で行われた国会(衆議院)議員の総選挙である。
2012年秋の臨時国会において、野田佳彦内閣総理大臣・民政党代表は社会保障と税の一体改革を巡る消費税増税法案の成立を目指した。しかし連立与党の公明党や野田の代表選出により非主流派に転落した党内小沢一郎Gは経済的影響を理由に反対した。これに対して野田は民自党総裁の石原伸晃と合意して11月中に衆議院で消費税増税法案を可決させ、貴族院も増税法案に賛成した。
消費税増税法案の可決直後に発生した朝鮮経済危機・タイ動乱により国内の経済状況は悪化し、野田は年の明けた2013年1月に消費税増税の無期限凍結を決定した。公明党はこの動きに対して態度を軟化させたが小沢Gは野田の退陣を公に要求し始めた。平成25年度予算案は民政党・公明党・民自党の賛成によって成立したものの、直後には選挙法改正問題で民政党と対立した公明党が連立を離脱し、13年間続いた民公連立が崩壊した。さらに前後して小沢Gの議員32名が集団脱党したことによって与党は過半数を失陥した。このような状況に際して野田は解散を決意し、3月28日に衆議院の解散を決定した。
消費税増税法案の可決直後に発生した朝鮮経済危機・タイ動乱により国内の経済状況は悪化し、野田は年の明けた2013年1月に消費税増税の無期限凍結を決定した。公明党はこの動きに対して態度を軟化させたが小沢Gは野田の退陣を公に要求し始めた。平成25年度予算案は民政党・公明党・民自党の賛成によって成立したものの、直後には選挙法改正問題で民政党と対立した公明党が連立を離脱し、13年間続いた民公連立が崩壊した。さらに前後して小沢Gの議員32名が集団脱党したことによって与党は過半数を失陥した。このような状況に際して野田は解散を決意し、3月28日に衆議院の解散を決定した。
海江田内閣総辞職後の2011年12月ごろから全国各地で民政・民自の二大政党に対して第三極を形成する動きが活発化し、愛知県知事の大村秀章や滋賀県知事の嘉田由紀子、名古屋市長の河村たかし、大阪市長の橋下徹らがそれぞれ国政進出を目指した。この動きは元内務大臣の原口一博によって橋下の主導する「維新の会」に統合され、野田に反発する民政党の鳩山由紀夫元総理主席補佐官を代表とする日本維新の会が結成された。小沢率いる国民の生活が第一は日本維新の会への加入を目指したが、政策的相違を理由に加入を拒絶された。
- 選挙時:野田内閣(第80代)
- 内閣総理大臣:野田佳彦(第7代民政党代表)
- 与党:民政党(民政党政権)
- 選挙後:石原内閣(第81代)
- 内閣総理大臣:石原伸晃(第18代民主自由党代表)
- 与党:民主自由党、新党改革、社会民主党(民改社連立政権)
- 小選挙区比例代表並立制
- 小選挙区制
- 比例代表制
- 北海道樺太ブロック:12
- 東北ブロック:16
- 北関東ブロック:24
- 南関東ブロック:27
- 東京ブロック:19
- 北陸信越ブロック:13
- 東海ブロック:25
- 近畿ブロック:20
- 大阪ブロック:15
- 中国ブロック:13
- 四国ブロック:7
- 九州ブロック:25
- 台湾ブロック:34
民政党:100議席
- 代表:野田佳彦
- 民政党は公明党の連立離脱や小沢Gの離脱によって前回選挙から151、解散前から109議席減の大敗を喫した。13ブロック中で北海道樺太ブロック、大阪ブロックの2ブロックの全選挙区で敗北し、江田五月、仙谷由人、鹿野道彦、樽床伸二などの大物議員が大量落選した。新人議員の当選はそれぞれ父の地盤を継承した長野3区の羽田雄一郎、長崎1区の西岡秀子のみであり、2006年当選議員の大半が落選した。選挙後、野田は内閣総理大臣と民政党代表の辞任を表明し、5月に実施された代表選で河野元首相の息子である河野太郎が新たな代表に選出された。
民主自由党:253議席
新党改革:17議席
社会民主党:14議席
- 総裁:石原伸晃
- 民自党は新党改革、社会民主党との選挙協力によって単独過半数の獲得を目指したが、結果は改選38議席増の253議席となり、連立3党でも284議席と過半数の291議席に僅かに届かなかった。しかし衆院第一党の地位を奪還したことから選挙後の5月には総裁の石原伸晃に組閣の大命が降下され、民自党は13年ぶりに政権の座に返り咲いた。その一方で連立政権は少数与党を強いられていることから困難な議会運営を強いられている。
新党改革:17議席
- 代表:舛添要一
- 2010年の総選挙に際して、元民政党幹事長の鳩山邦夫は小沢支配に反対する民政党保守派議員を引き連れて離党し、民自党の与謝野馨、政治学者の舛添要一らとともに新党改革を結成した。当初は第三極出発した新党改革だったものの、同年の選挙で当初の目的を果たせずに大敗した。今回の選挙では反民政党の点で民自党と全面的な選挙協力を行い、選挙区14人、東北、北関東、東海、近畿、中国、九州の各比例ブロックに候補者を擁立した。結果は選挙区で10人、比例で7人の17人が当選する大勝だった。
社会民主党:14議席
- 代表:吉田忠智
- 民政党結党以降党勢の衰退が止まらなかった社民党は、2010年の総選挙で福島瑞穂党首が落選するなど史上最低の7議席の獲得に止まり、存続が危惧されていた。今回は新党改革とともに反民政党の立場から民自党と全面的な選挙協力を行い、選挙区での擁立を10人に抑えた。結果は福島が選挙区で初当選するなど14議席を獲得し、党勢の衰退に歯止めをかけた。











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