時は2000年代、ナチスの「約束されし新世界−NeueNazi-Ordnung−」が崩壊してから45年以上が経った。

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統合主義

統合主義とは国民統合による国家の発展を目指すイデオロギーである。統合主義という言葉は1,895年、フランスのジャーナリスト、シャルル・モーラスによって作られた。その後ブラジル統合主義運動党首、プリニオ・サルガードによって理論や主張が形作られた。
統合主義の基本的な理論は、国民統合によって政治の円滑化を図り、国家の発展を目指すというものである。イタリアファシズムから派生した政治思想であるため、その影響が大きいと言われている。そのファシズムとの相違点は、ファシズムは「上からの」国民統合なのに対し、統合主義では「国民同士での統合」を掲げる。そのためファシズムはカリスマ性を持った指導者が国民を扇動し、敵(主にユダヤ人、共産主義者など)に対して国民の団結を呼びかけるが、統合主義は道徳と国家の為に統合を呼びかける。またファシズムは中央集権を進めるが、統合主義は地域主義的なイデオロギーで、強力な中央政府を必要としない。(しかし実際には、ブラジルは中央集権的である)ファシズムの特徴としては更に、人種差別があるが、統合主義はブラジルのあらゆる人種、特に有色人種に支持されてきたこともあるほか、他民族に攻撃的というより排他的な性格である。その為領土拡大はあまり志向しない。統合主義は平等主義を推進し、ブラジル統合主義運動は初期の党員で反ユダヤ主義のリーダーであったグスタボ・バゾーロを追放したこともある。
似通っている点として、社会階級を守りながら国民統合によってそれらを超越し、国家を発展させるとしたところである。またキリスト教カトリックと密接な関係を持っていたり、プロパガンダで使われる印象的なレトリックの数々がある。統合主義も社会主義、民主主義を批判し、そのどちらにも属さない「第三の道」を模索する。また物質主義を否定し、国民が共通した道徳思想、政治思想を持つことを第一に優先する。
統合主義は一般的に、1930年代での世界的なファシズムの拡大の中で誕生したと考えられている。ただ1930年代のブラジルはヴァルガス大統領による政党禁止令で右翼も左翼も関係なく活動を禁止された。そんな状況の中で政府に対抗するため、統合主義のようなナショナリズムと左翼が融合したような思想が生まれたとの意見もある。
統合主義は独自の歴史観を持っている。それは、これまでの世界の歴史は唯物論と唯心論の対立であったとする歴史観である。サルガードは「自然法則に導かれた正常な作用」である唯物論に、「神への信仰、魂の不滅、個人の存在を高尚で永遠の目標に合わせること」である唯心論は対立すると考えた。つまり人類の歴史は自然の法則に対する人間の精神の永遠の闘争から成っているということである。統合主義者はそのような世界の中で、統一された精神的アイデンティティの必要性を訴え、ナショナリズムを支持した。

統合主義にみられる特徴として、愛国教育を重視している点がある。これはプリニオ・サルガードが「衆愚政治は、国家よりも己を顧みる愚者の為に発生する。ならば愛国者による民主制が最良の政治である。」として教育重視の政策をしたため。ブラジルで教育は国家の義務とされている。

統合主義はさらに革新統合派と保守派に分類される。革新統合派の政党が国家統合革新同盟で、保守派の政党がブラジル統合主義運動である。
この二派は政策などで意見が分かれており、革新統合派は政教分離、一国統合主義など、保守派は政教国家、反共などを掲げている。


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統合主義のシンボルマーク。ラテン語の総和を表すSummaの頭文字Sのギリシャ文字Σ(シグマ)がシンボルマークである。ブラジル統合主義運動の党旗でもある。
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