2chエロパロ板ワンピーススレSSまとめサイトです。

『垂雪―しずりゆき―』


「―だから決して悪いようにはならん!この店を手放せと言っとるわけでもないんだから、とにかく相手と 一度会うんじゃ。わかったな!」
「村長さん、ちょっと待って…!」
制止も聞かずに出て行こうとするのを追いかけようとしたとき、店の扉が開いた。どん!と真正面からぶつかる。
「おっと!…ああ、こりゃ失礼、村長」
「……あんたか。いや、こちらこそ失礼した。それじゃ」
そそくさと出て行く村長と入れ違いに入ってきたのは、赤髪の長身の男。半年ほど前からこの港村を拠点に周辺を航海している海賊船の船長だ。
大海賊時代とはいえ、こんな田舎を訪れる海賊などそうそういない。
彼らが上陸した時は全島民が震え上がったものだが、やがてそのあまりの豪放磊落ぶりに、次第に人々は慣れていった。
彼らは島民の財産などには一切興味を持たないどころか、こちらの懐を潤してくれる存在として受け入れられたのだ。
なにより、この船長の明朗快活な人柄は、えもいわれぬ魅力で誰でも惹きつけてしまう。
マントの肩に着いた雪を払って、冬には不似合いな麦わら帽子を脱ぐと、彼は笑った。
「こんにちは、マキノさん。最近めっきり冷えるなァ。温かいものをもらえたら嬉しいんだが」
「あっ…はい。コーヒーで良かったですよね?」
「ああ」
カウンターへ腰掛けて、屈託のない笑顔を向けてくる。マントを脱いで傍のスツールにかけると、かじかんだ手にはーっと息を吹きかけている。
寒いのならもっと温かい格好をすればいいのに、彼ときたらいつでも腕まくりをしたシャツの胸をはだけて、下はハーフパンツと言ういでたちだ。
サイフォンを仕掛けてから、達磨ストーブに石炭を足した。その近くへ椅子を引く。
「こちらで休まれたらいかがですか。カウンターより温かいですから」
「ああ、いや、良いんだ。ありがとう。悪いな、気を使わせて」
「この店の主なんですから当たり前ですよ」
「そうか。…そりゃそうだな」
ははは、と笑いながら、カウンターから目を離さない。不審に思って傍へ戻って、あっと気がついた。
カウンターの上に置きっぱなしになっていた写真を慌ててひったくると、後ろ手に隠した。でも、もうとっくに見ていたのに違いない。彼は困ったような顔をして笑った。
「見合い写真か」
「………ええ」
白状すると声を上げて笑う。なにがそんなにおかしいのだろう。他人事だと思って。
「この半年で何回目だったかな」
「……これでもう五回目です」
そう、彼には何の因果か毎回こんな現場を見られている。
まるでそう決まっているかのように、村長が写真を持って私を訪ねた直後に彼は店へやってくるのだ。
最初はからかわれて本気で怒ったのだけれど、こうも重なると諦めのような気持ちが湧いてくる。
次第に私は彼に愚痴をこぼすようになっていた。
「こう頻繁じゃ村どころか、島中で有名人になってしまうわ。『嫁き遅れのマキノ』って」
「まだ二十五だろう?」
「もうすぐ六です」
「そうか、俺と一つしか変わらないのか」
「クリスマスも過ぎてすっかり売れ残りのケーキに」
「苺を取り替えりゃぁ…」
言いかけるのにちら、と視線を投げると、「冗談だ」と慌てて手を振る。
それには応えずに、すっかりお湯が上がって煮立っているサイフォンの下からアルコールランプを外して火を消すと、ふぅ、と二人同時に短く息をついた。
そうしてから顔を見合わせて肩をすくめる。そうしてから、コポコポと音を立ててコーヒーが下のポットへ落ちるのをぼうと眺めていた。
子供のような人だけれど、私がどうして結婚しないのかくらい想像がつくのだろう。いや、子供のような人だからこそ。
カップへコーヒーを注いで、カウンターの上に差し出すと、受け取って「あちち」と言いながら笑う。
…とても自由な人。大人になりきれなかった、大人。そういう人。
父親はほんの小さな頃に、母親は私が十七の時に亡くなった。
それ以降は残された唯一の財産である店を切り盛りするのに必死だった。
のんきにふわふわと少女時代を送った記憶など殆どない。
小さな頃から店の手伝いに借り出されていたし、勉強する暇などもなかったけれど、無学だからこそ店の経営の仕方などを学んでいかなければダメだとすぐに思い知った。
そして同時に、処世術も。
若い女が酒場で、しかも一人で働いているのだから、どうしたって憶測が飛び交う。
平和であることと、人々が善意だけで生きられるということは必ずしもイコールではない。小さな村だからこそ、人の口とは恐ろしいものなのだ。
私は何も悪いことなどしてこなかった。だから自信を持ってそれらを無視した。
穏やかな顔で笑って、人付き合いを良くしていれば、自ずと身の潔白は明らかになるだろうと信じていた。
…亡くなった母が体を売っていたということを、噂に聞くまでは。
死んだ人間の悪口など、と皆を叱り付けたのは村長だった。けれどそれは本当に「悪口」だろうか。「事実」なのではないだろうか。
私には忙しく働いていた母が、私生活で何をしていたかなどわからない。
店を閉めてへとへとになって眠った後のことなど、何も知らない。だけど、それが本当だと言うなら、一体誰が母を買ったというのだ。
島の誰かでなければ、港へ寄る船乗りだろうか。それとも海賊。
…なんの証拠も無い。私にとっては、結局根も葉もない噂でしかない。
それなのに。
「あの人の娘だからねぇ」と人は言う。
娘だからどうだって言うのだろう。血は争えないと?一体なにがその証明になると言うのだろう。
だったら私は、誰とも寝ないわ。
純潔を守って、聖母のように暮らすわ。
それでもって、潔白を証明して見せるわ。
私は意地になった。そしてそこに、彼らはいた。
エースとルフィ。私は親の無いこの兄弟の面倒を見ることで、心の安定を図っていた。偽善だと言われても
仕方が無い。子供達に好かれることで私は事実救われていた。面倒見の良い女、という評価を得て。
一度、本気で彼らを引き取って親になろうかと思ったこともある。けれど村長はそれを許さなかった。あくまで後見であることを命じ、自分もそうしていた。
彼らの出生の秘密にも関係があるのかもしれないが、それはこれまでもついぞ明かされることはなかった。ただ、それを機に村長は私を必死にどこかへ嫁がせようとし始めたのだ。
私には守るべき店がある。親のない私にとって、店は形見であり、唯一の家族の証だ。
それを手放すことなどできない。断り続ける私に、村長は躍起になって条件の良い見合い相手を探してきては勧めた。
…そんな風になって、もう三年が近い。


「そういえば、もうじきクリスマスだな。店では何かするのかい?」
「ええ、一応は。といっても店は通常営業で…普段とそう変わりはないですけど、エースとルフィを招待しますよ」
「そうか。俺も次の航海が丁度終わる頃だろう。土産を持ってきてやるかな」
「今度は…どれくらい出るんですか」
「明日出港して…二十日くらいだったかな…?ベックマンならきっちり把握してるんだが、どうも俺はダメだ」
「ふふ、しっかりしてください。…イブには帰ってこられるんですね」
「そういう予定にしよう。しかしルフィはともかくエースがなぁ」
カウンターに突然突っ伏したのを見て、私は驚いてグラスを拭く手を止めた。
「……エースがどうかしましたか?」
「最近俺を避けやがる」
「まぁ」
意外だった。始終彼の足元に絡み付いているルフィが目に付くものだから、失念していた。ルフィは一人でも二人分騒がしい。
「もしかしたら俺は嫌われているのかな」
「まさか!だって少し前まで良く一緒に遊んで……あっ…」
「はは、遊んでたよ確かに。主に俺が」
「ふふっ、そうですね。…それじゃ、嫌われるようなことをしたんですか?」
「いや。…だが、これはまだ推測なんだが」
顔の前に手を立てて内緒話の仕草になる。釣られて耳を貸すと、悪戯っぽい声で囁いた。
「どうも嫉妬されているんじゃないかと思うんだ」
「嫉妬?」
ああ、と合点が行く。ルフィがあまりにも彼に懐いているものだから、兄としては面白くないのだろう。
一人っ子の私には少し羨ましいような気もするが。
「…お兄ちゃんですからね」
「そうだな。しかし、そうなると意外に早熟だな、あれは」
「は?」
「ん?」
どうも話が食い違ってるような気がする。目をしばたかせていると、彼は困ったように頭を掻いた。
「いや、俺は…その」
「え…あの、どういうことですか?」
「だから…あいつ、マキノさんを俺に取られたと思ってるんじゃないかって」
「なっ?!」
「いや、だからこれは推測だ」
慌てて手を振るのに、顔が熱くなった。…まさか。まさかそんな。
「…困ります」
「あっ!…そうだよな。すまない。悪い。申し訳ない」
頭を下げながらスツールから立ち上がるのに、どうしていいかわからなかった。百ベリー硬貨を三枚、カウンターに滑らせて、彼は苦笑いすると、マントを身につけた。
「クリスマスには二人に土産持参して、せいぜいご機嫌を取るさ。変なことを言って悪かった」
「…いえ」
「マキノさんは?」
「えっ?」
「何か欲しいものないか?リクエストがあれば」

「…私は別に」
「…そうか」
麦わら帽子を被ると、「ごちそうさま」と手を上げて扉へ向かう。冷たい風が一片の雪を運んで、店の中へ吹き込んだ。
彼が海に出ている間に、私は二十六になる。


「マキノー!来たぞーー!メリー・クリスマスだ!!」
「こら!ルフィ走るな!あ、…こんちわ。えーと、今日はお招きありがとうございます」
「ふふ、いらっしゃい。エースは偉いのね、ちゃんと挨拶できて」
「俺だってできるぞ!おねまきありがとうございます!」
「お招き、だ。バカ」
「なんだよ、バカって言ったやつがバカなんだからな!」
まったく来るなり騒がしい。やいやいと兄弟喧嘩をしながら店の中に入ってきて、特等席のカウンターに並んで腰掛けた。
「マキノさん、これ。毎年同じでごめんなさい」
「いいのよ、そんな気を使わなくて」
クリスマス・カードを差し出してくるのに、笑って受け取ると、エースは困ったような顔を上げた。
身寄りの無い彼らは、とくに施設があるわけではないこの村で、他所の家の赤ん坊の子守りをしたり、庭掃除やお使いなどを引き受けては日々の糧を得ている。
子供の二人暮らしは決して良いとは思えないが、私を含めて村人達は過剰に手助けするでもなく、見守っている。それが村長の意向でもあり、村全体の総意だった。
そして彼らは人の厚意に素直でいられる良い子たちだ。
「ルフィ、お前もちゃんとお礼言えよ。カード書けって言ったのに書かないし」
「いいんだ!俺は、宝払いでいつか返すから!」
「またそういう…」
「期待してるわね、ルフィ」
「おう!」
ピラフやローストチキンを大盛りにした皿を目の前に置くと、ルフィは途端にスプーンで掻き込み始める。
エースはそれを見てますます困ったような顔をしたが、私の視線に気がつくと、「いただきます」と手を合わせて負けずに食べ始めた。
今日帰ると言った彼の船は、まだ港につかなかった。窓の外では雪がこんこんと降り積もり、温かい店内に客はまばらだ。
クリスマスは二日とも家庭で祝うのが村では普通だから、本当は店を開けていてもたいした稼ぎにはならない。
独身者が温かい料理と酒を求めに来るほかは、近所の人が挨拶に訊ねてくる程度だ。
それでも、彼の船が戻れば、きっと宴になるに違いないと思っていたのだけれど。当てが外れたような気持ちになって、私は溜息をついた。
「ヒャンフフもろっぺぽらいまー」
「口に入れたまま喋るな!」
来年には七つになる幼い弟は、私の一抹の寂しさを吹き飛ばすように言った。兄は「またシャンクスかよ」
と茶化すように言って、頭を軽く小突く。
ジョッキに注いだオレンジジュースをごくごくと飲み干すと、ルフィはまるで大人がビールを飲む時のようにプハーッ!と息をついた。この半年ばかりの彼のお気に入りのポーズだ。
「だってよ、イブには戻ってくるって言ってたんだぞ」
「航海の日程がずれ込むことは今までだってあったろ。今日は雪だし、もう日も暮れたし…無理だよ」
「寂しいわね」
「うん」とルフィ。「俺は別に」とエース。
「…あら、エースは船長さんが嫌いになっちゃったの?」
聞くとぷいと横を向く。
「だって、あいつ大人のクセにガキっぽいよ。俺は海賊になるんならもっと渋いのが良いんだ」
二十七の男を捕まえてガキっぽいとは、いっぱしの口を利く。確かに外れてもいないが、十にならない子供に言われてしまっては流石のお頭も形無しだ。
満腹になった途端に眠気が来たのか、ルフィがこくりこくりと舟を漕ぎ出したのに、スツールから下ろして椅子に座らせると、エースは「お手数かけます」とまた子供らしくない台詞を吐く。
食べてる最中に眠気がくるという赤ん坊のような癖があるのに、こういうときはしっかり「お兄ちゃん」の顔なのだ。
彼が以前言っていた「早熟」という単語が頭を過ぎった。
「エース、そういえば、航海に出る前に船長さんとなにかあった?」
「…なにかって?」
「最近エースが冷たいって愚痴られちゃったのよ、私」
「ええ?!…ほんとにガキっぽいな、あいつ…別にどうってことないよ」
「でも本当にしょげていたのよ」
「だって…あれはあっちが悪いよ。俺、からかわれたんだ」
「からかわれた?」
「…その………好きな子いるのかとか」
「まぁ」
随分話が違う。推測だと言っていたではないか。
「それでエースはなんて答えたの?」
「マキノさんまで聞きたがるの?!おかしいよそんなの秘密にしとくことじゃないか!」
「そうね、それでも気になっちゃうのよ。だって友達でしょう?」
「友達にだってプライバシーはあるよ」
プライバシー!私は思わず吹き出してしまった。気分を害したらしく、そばかすの浮いた頬を真っ赤にしてエースは睨んできくる。
ごめんなさい、と謝ると、別に、とまた横を向いた。
「内緒にしなきゃいけないってことは、…いるのね?」
「……気になってるやつなら、いるけど」
「やつ」
…ということは、おそらく同年代だろう。いや、どうだろうか。大人を捕まえて「あいつ」という子だ。
「そうか、じゃあ私はエースの初恋の人になり損ねちゃったのね」
悪戯っぽく笑って見せると、ぽかん、と見上げてきた後で、下唇を突き出した。
「なんだ、シャンクスから聞いてたわけじゃなかったんだ」
「あら。船長さんには言ったの?」
「それはだから内緒だよ。…なんだい、あいつのほうがよっぽどダメだ」
「ダメ?」
「なんでもない。ごちそうさま!」
ぱんっと手を合わせると、背後で寝こけているルフィを窺う。どうしたものだか暫く考えていた後、私のほうを見上げてきた。
「マキノさん、今日は本当にありがとう。俺、あいつおぶって帰るよ」
「無理よ!雪も酷くなってきたし…今日は泊まっていきなさい」
「そこまで甘えるわけにはいかないよ。…それに」
「それに?」
「…なんでもない」
いつの間にこの子は言葉を飲み込むことを覚えたのだろう。もっと甘えてくれたって構わないのに。子ども扱いが嫌になる年頃だろうかと思い直して、私は言い方を変えた。
「じゃあ、お願い。もう少しだけ付き合って?このままイブを一人で過ごすのは私も寂しいの。帰りは送っていくから」
手を合わせて首を傾げてみせると、やや暫く思案顔になったが、ちら、と見上げてくる。ダメ?と押すと、ふーっと溜息をついた。
「そんなに言うなら…わかったよ」
そのくせ、新しく出したジュースを飲み終わらないうちにエースはカウンターに突っ伏していびきをかきはじめたのだった。


「…このくらいで良いかしら」
最後の客を帰して、店の後片付けを済ませると私は椅子で毛布にくるまって眠っている兄弟を見た。
この分なら朝まで起きないだろう。奥の部屋へ寝かせてやらなくては。
二人を引き止めたのにはわけがあった。今年のクリスマス・プレゼントは郵便受けには収まりそうに無かったのだ。
ルフィには例年どおりキャンディの詰まったサンタの長靴だが、エースが最近航海術を勉強し始めたというので、本を買ってあった。
どう考えても彼らの家の小さな郵便受けにそれら両方が入るとは思えなかったし、かといって雪晒しの玄関に置いてきては、翌朝見つけられないかもしれない。
なにより濡れてしまっては台無しだろう。
「サンタクロースも楽じゃないわね」
一人ごちて、ルフィを抱き上げたその時だった。店の扉が開いて、風と共に雪が吹き込んだ。
「あ、すいません、今日はもう…」
「良かった!まだ開いて…ありゃ?店じまいか」
「…船長さん!」
麦わら帽子もマントもすっかり雪塗れのままで扉から顔を覗かせた彼は、白い息を吐きながら頬を真っ赤にしていた。
走ってきたのだろうか、この雪の中を。…それより。
「こんな時間にどうしたんです?帰港されたんですか?」
「あー…いや、その。船はまだ沖に…」
「ええっ?!」
「しっ、…起きちまう」
「あっ…」
ルフィを抱えていたのを忘れていた。彼はバサバサと体から雪を払い落として、エースも寝ているのを見るとそっちへ歩いていくと椅子から抱き上げた。
「送ってくんだろう?付き合おう」
「あ、いえ…今日は店に泊めようと」
「ダメだよ、マキノさん」
「えっ?」
「サンタは自宅にしか来てくれないだろう?」
……この人は本気で言ってるんだろうか。思わず眉を顰めると、それに、と付け足す。
「クリスマスに外泊するような、悪い子の所にも来ないだろうしなぁ」
ぷっ、と吹き出すと不思議そうな顔をしてくる。エースが「ガキっぽい」と言ったのに酷く納得が行った。
この人はいつも本気で遊んでいるのだ、それも命がけで。そういう人だ。そして、海賊とはそういう人種なのだ。
「仕度をしてきます。少しだけ待っててください」

コートを着て、彼がエースを、私がルフィを抱えて店を出た時には雪は小降りになっていた。ではあの体一杯につけてきた大雪はなんだったのだろう。
それに船が沖にあるというのは。
雪明りのおかげで青白く明るい夜道を、兄弟の家へと向かいながら小声で訊ねると彼は困ったような顔で笑った。
「いや、沖は吹雪いているんだ。なかなか港に入れないし、一度は諦めて碇は下ろしたんだが…イブに帰ると言ってしまった以上約束を守らなきゃと思って、単独小舟を出したんだよ」
茶目っ気たっぷりに片目をつぶってくるスカーフェイスに、私は心底呆れて溜息をついた。
「…そんな無茶なこと」
「無茶でも約束は約束だしな」
それきり黙って新雪を踏みながら前を歩いていくのに、私は彼の足跡を辿るようにして後をついていった。
普段なら店から徒歩で十五分程度の兄弟の住いは、少し丘を登ったところにある二間の小さな一軒家だ。
空家だったのを村長が使わせるようにしたのはいつのことだったか。
雪道のおかげで二十分ほどかかって辿り着くと、財産もないかわりに外鍵もない玄関を、彼はなんの躊躇いもなく開けて、しんと静まった家に入った。
頭についた雪を払ってやって、二人を寝床に入れると私は枕もとへ持ってきたプレゼントを置いた。
これは初めてのことだった。
内鍵しかないことは私も知っていたし、もしかしたらそれすらも普段からかけてないかも知れないが、寝ているところへ入っていってプレゼントを置いていくのは憚られたので、そうしたことは一度も無かった。
だが、エースはともかく、ルフィはまだサンタクロースを信じているのではないだろうか。
突然今年になって枕もとに届け先が変わっていたら不審に思うような気がする。
ルフィのだけでも例年どおり郵便受けにしておこうかと逡巡しながら振り向くと、そこには、暖炉に火を入れて部屋を温めている彼の姿があった。
その背中に、何故だか胸の奥で疼くものを感じて、私は目を離せなくなった。
軽く頭を振って思いを断ち切り、穏やかな寝息を立てている兄弟たちの頬へそれぞれ口づけると、今度は彼がこちらを見ている。一体これはなんだろう。
今度は確かに、胸の奥がずきりと痛んだ。それをようよう
の思いで、押し殺して言葉を吐き出す。
「…帰らなくて平気ですか」
「これが燃え尽きるまで見てないと」
暖炉を指差すのに、ああ、と頷いて。
「それじゃ、私は…」
「いや、店へは送っていくから付き合ってくれ。一本っきりだし、もうすぐだから」
火掻き棒で混ぜられ、パチパチと音を立てて赤く燃え上がる炎に、照らし出された穏やかな横顔。
…知らない。
私は、彼のこんな表情を見たことがない。まるで知らない、恐ろしい人に出会ったようで、心臓を握りつぶされるような心地がした。
「変わってくれるか?」
と見上げてきたその顔を、私はまともに見られず。焦点をぼやかしたまま、頷いた。暖炉を離れると彼はマントの下から包みを取り出し、兄弟たちの枕もとへ並べる。
「…突然プレゼントが二個になって、こいつら驚くだろうなぁ」
愉快そうに言うと、暖炉の前にしゃがみこんだ私を振り返り。
「もし聞かれたら、サンタが名簿の重複に気がつかなかったんじゃないか、とでも言ったら良いかな?」
何も答えられない私の傍へ寄って来て、彼は肩を軽く突付いた。
「どう思う?口裏合わせてくれよ」
「……良いんじゃないですか?それで」
「じゃ、それで」
笑うと、私の腕を掴んで立たせた。
店へ帰る道々、彼は黙りこくったまま。私も何も言えず、サクサクと雪を踏みしめる音だけが夜道に響いた。
彼は私の腕を掴んだままだった。

「送ってくださって、ありがとうございます」
「いや、お安い御用だ」
店の前で、私は扉から向こうを遮るようにして立った。
曖昧な視界の中で、彼はいつもと変わらない笑顔を浮かべていたけれども、相変わらず腕を離してはくれなかった。
まともに顔を見られない私を、いい加減どう思うだろうか。
「…それじゃ」
「いつもの君ならコーヒーでもと言ってくれるのに」
その言葉に、反射的に腕を振り払ってしまい、私は自分のその行動に驚いた。目を見開いてやっと彼の顔に焦点が合う。
一体私はどんな顔をしたのだろう、彼は焦ったように手を振った。
「あっ!良いんだ。催促したわけじゃ……あるかな。いや、それは良いんだ。今日は、これを」
マントの下から握りこぶしを差し出して、私の手に強引に何かを握らせた。
困ったような表情で、それでも笑いかける彼の顔と手元を交互に見て。恐る恐る、手のひらを開くと。
音を立てて零れ、指に引っかかったのは、真珠のネックレスだった。
「……!」
「好みがわからなくて。気にいらなかったらすまない」
カッと頭に血が上った。
「いただけません、こんなの」
「えっ?」
困惑の表情をむけてくるのに、私はますます混乱した。こんな…!こんな人を馬鹿にした話があるだろうか?!

「男の人から施しを受けないと生きていけないような女だと、私、思われていたんですね」
「マキノさん?」
「こんなことをされる覚えはありません。帰って!帰ってください!」
「待ってくれマキノさん!…ああ、……くそっ……」
ネックレスを突き返そうとした腕をそのまま取られ、店の中へ捩じ込むようにしてくる。男の力には敵う筈もなかった。
もがく私の腕を掴んだまま、顔を覗き込もうとしてくるのに抗って、必死で頭を振った。
「マキノさん、聞いてくれ。どうしてそんなことを言うんだ。俺は」
「離してください!嫌っ…!」
「俺は君が好きだからプレゼントを贈りたいと思った、それだけだ。なのに」
「嘘、嘘です!やめて、そんな事言っても私は」
「どうしてわかってくれない、俺が海賊だからか?!」
抱きすくめられて、私はあまりの恐ろしさに強く彼の胸を押し返した。それでも離してはくれない。耳元に熱い息が吹きかかった。
「止めてっ…!」
「だったら何故あんな目で俺を見た」

気付かれた。
どうしてもっと上手く誤魔化せなかったのだろう。
思えば、初めて出会った半年前からずっと、私は彼をきちんと見てはいなかったのだ。
人のしがらみに押しつぶされそうな気持ちを笑顔で隠して生きてきた私に、彼の自由な生き様はあまりに眩しすぎた。
強く惹かれるあまり、きちんと見つめることができなかった。
なのにさっき、兄弟の家で。
幼い子供達と、彼の背中、温かく燃える暖炉。その光景に私は確かに家族の願望を抱いた。
そこに当てはまる私は、彼の妻ではなかったか。私はあのとき、明らかに彼を女の目で見てしまっていたのだ。

立っているのもままならず、がくりと膝をよろめかせた私の体を支えて、彼は顔を覗き込んだ。
「…すまない、怯えさせるつもりはなかった。……こんな手荒な真似をする予定も」
酷く困惑したような表情で、言葉を捜す彼は、まったくらしくなかった。いや、「彼らしさ」を私は今初めて知ろうとしているのではないだろうか。
「ガキをダシに使ったバチかな。この間カマをかけた時に顔を赤くしたのを見て、これは脈ありかと思ったんだが」
「…あれは」
「いや、『困る』と言われて、一度はそうかと思ったんだが…引っ込みがつかなくなって。…君が、酒場によくいるタイプの女だったら、こんなに迷わなかった」
まるで少年のようだ。戸惑いと懇願がない交ぜになったような表情。頬が僅かに赤いのは、寒さの所為だけではないだろう。
私の腰を右手で抱いたまま、左手が頬へ触れてくる。
「マキノさん、君が好きだ。…俺に抱かれてくれないか」
「………」
「海賊だから、ダメか」
「私は」
温かい家庭や、穏やかな日常を欲したのなら、見合いを何度も断る必要はなかった。
適当な相手ならいくらだっていたはずだ。けれど、私は自由が欲しかった。誰にも何も咎められずに生きたかった。だから彼に惹かれたのに。
何故、彼に家族の願望を抱いてしまったのだろう。矛盾している。この人は、それを何一つ与えてはくれないだろうに。
私の指は、いつのまにか彼のシャツの胸を握り締めていた。
「…そんなに綺麗な人間じゃありません」
耳鳴りがうるさい。「あの人の娘だからねぇ」といつかの誰かの声が聞こえる。
だからといって、抱かれたいと願ってしまったことを今更どうすることもできない。
重なってきた唇の感触に、私が今まで正しいと信じていたものは、粉々に打ち砕かれた。

店の奥に男を通したことは一度もなかった。
扉を閉じた彼が、私をまっすぐに見つめているのに、私はまだ目をそらしてしまう。
顎を掴まれてやっと見るのに、彼はそれが焦点を結ぶのを待たずに唇を重ねた。熱い吐息の交錯に、体が浮遊するような感覚を覚える。
深く合わせた隙間から舌が差し込まれるのを、私は初めてだと言うのにうっとりと受け止めた。
血は争えないと言うのは本当だろうか。それなら私はいっそこの血に感謝しよう。
ふしだらなこの血のおかげで、好きな男と寝るのに私はもう一切の躊躇いを持たずに済む。
彼は、もどかしげに私の髪からバンダナを外すと、耳へ唇を寄せ、掻き抱くように頭を摺り寄せてきた。
ただそれだけで胸の芯が痺れたようになるのに、彼がシャツの下へ手を滑り込ませると、指先の冷たさの所為だけではなく肌が粟立つのを感じた。
「灯りを消そうか」
「………え?」
「初めてだろう?」
「…いい年をして、と…思いますか?」
「いや。ついてるな、としか」
「…良かった」
ベッドへ座らされ、灯りを消すその背中を目を凝らして見ていた。この先あと何度この光景を見ることになるだろうか。
そう思うと、胸が締め付けられる。雪明りの差し込む青い暗がりで彼はシャツを脱ぎ、私に向き直った。
傷だらけの体。幾たびの冒険と戦いの証。一体どれだけのものを彼は奪ってきたのだろう。
私もその一つになれるのだろうか。
迷うことなく指先がシャツのボタンを外してくるのを、黙って見ていた。
ロングスカートを脱がし、下着を全て取り払われても、私は動揺しなかった。まるでもう何人も男を知っているかのように。
やがて彼も一糸纏わぬ姿になり、シーツの隙間に二人縺れ込んだ。
熱い舌先を絡ませながら、素肌を重ねて抱き合った。彼の激しい鼓動と、初めて知る男の重みに溜息をつく。
彼の指は相変わらずの冷たさで、滑るたびに私の体温を吸収していくようだった。
乳房の形を確かめるように触れられ、指先がその頂に辿り着くと、くすぐったさに肩が竦む。その様子に彼は小さく笑うと、やがて指先でやわやわと捏ねるようにした。
途端に、甘く痺れるような感覚がして、知らず私は声を漏らしていた。
「…俺のほうが余裕が無いくらいだな」
「…ぁっ……どう、して……」
「こういうときには惚れた方が弱いと相場が決まってるんだ」
言いながら膝を脚の間に割り込ませ、首筋へと唇を落としていく。
無精髭の擦れる感触に思わず身を捩ると、困ったような顔で笑った。やがて、胸の先端を唇で挟むようにして舌先がちろちろと刺激してくる。
私は今まで聞いたことの無い、甘さを帯びた自分の声を聞いて、恥ずかしさに消え入りそうな心地がした。
脇腹を撫で上げられ、乳房を玩ばれているうちに、次第に快感が背骨を伝って下へと落ちていくのを感じる。
それを悟ってか、指先が誘われるように脚の間を彷徨い始めた。内腿を擦られて、体が震える。
そうして、誰にも触れさせた事の無い箇所を、ついに彼の指が掠めるように触れた。
「船長さん…」
「名前で呼んでくれないか」
「……シャンクス」
「怖いか、マキノさん」
「…いいえ」
そこをゆっくりと指先が寛げて行くのに、胸が震えた。自分で触れなくとも、酷く濡れているのがわかる。
微かな水音とともに訪れる未知の快美感に襲われ、自分の体がこのまま蕩けてしまうのではないかとシーツに指をしがみつかせた。
次の瞬間、ゆっくりと指先が侵入してくるのを感じる。突然の異物感に戸惑って見上げると、彼はまっすぐ私を見詰めていた。
「…痛いか?」
「…ぁ……いえ……でも…」
「でも?」
「…おかしな気分……あァっ」
その合わせ目を指先が探り、鋭い快感に襲われて私は自分が何をされているのかわからなくなった。
腕を伸ばして彼の首に縋りつくと、喘ぎながら唇を求めた。彼はそれを受け止めると、次第に指の動きを大胆にしていく。
鈍い痛みのようなものも感じたが、それを超えて訪れる快感に私は夢中になった。
「はっ、…アァ!私、私…!」
「…入れるぞ」
「あっ…!」
指が引き抜かれ、その代わりに押し当てられたものがなんであるか理解して、期待と不安に混乱する。
彼は私の腰を抱え、ゆっくりと挿入を試みた。先ほどまでとは比べ物にならないくらい、強い力で押し広げられる感覚に痛みを訴えても、唇を吸われてそれは封じられてしまう。
裂けてしまうのではないかと思われたが、彼は長い時間をかけて、やがて全てを収めた。そうして、じっと動かずに抱きしめてくる。
余裕を欠いた表情で私を見下ろすと、彼は気まずそうに口元だけで笑った。
「必死すぎだな、俺…無理強いして悪かった」
「…いいえ、私、嬉しいです。…船長さん…」
「シャンクス」
「え…」
「名前で呼んでくれと言ったろう」
「……急には…やっぱり無理です。…それに船長さんだって、私を”マキノさん”って」
それに困ったような顔をすると、僅かに体を揺すぶってくる。痺れるような痛みに思わず顔を顰めると、私の髪を耳の後ろへかけて、唇を寄せてきた。
熱い溜息を吹き込まれて体が震える。力強い腕が、きつく抱きしめてきて。
「…マキノ」
声を聞いた瞬間、ザワザワと何かが背筋を駆け上るのを感じた。首へしがみつくと、彼は手を滑らせて私の一番敏感な箇所を指先で擦り始めた。
下肢がはじけ飛びそうなほどの快感に、自我をなくしてしまいそうで恐ろしくなる。
「やっ…ダメっ…やっ…あ、ぁはっ…いやぁっ…」
「マキノ…」
「いぅっ…ん…あ、あ……怖い…怖いっ…!」
訴えを無視して、彼はゆっくりと出入りを始めた。痛みを凌駕する感覚に襲われて、私はもう何の判断もできない。
それでも、そこだけは独立した器官のように、強烈な快感を訴える。
あられもない声を上げながら、もうこのまま彼の腕の中で溶けて消えてしまっても構わないとすら思うのに、触れられることで私は自分の肉体を確認する。
真実、彼に奪われることはないのだと思うと切なくて、それがより快感を強めていくのを知りながら、私は彼の名を呼び続けた。
振り乱した髪の間から垣間見る彼は、まるで何かを哀願するような表情だった。
激しく揺すぶられながら、私はきっと彼も同じ思いをしていると、信じることにした。その瞬間、体内で熱く迸るものを感じ。
それを受け止めながら、私は知らず涙を落としていた。
気がつけば、彼の指先はすっかり温もって、私の体温と全く同じになっていた。

「…船長さん」
「名前で」
「ムキにならないでください。…聞きたい事があったんです」
苦笑しながら言うと、唇を尖らせる。ベッドの中で彼の胸に頭を預けたまま、私は当たり前のように裸の肩を抱かれていた。
頑なに処女を守り通していたことがまるで嘘のように思える。足の間には微かに痺れたような感覚があったけれども、充足感のほうが強かった。
「聞きたいことって?」
「いつから私を、その…」
「…この店に最初に来た時だな」
意外な答えに思わず体を起こすと、気恥ずかしいのか無理矢理手で頭を抱き寄せる。表情を見られたくないのだろう。髪を撫でながら、額に口づけた。
「酒場と教会を間違えたかと思った。こっちは海賊だっていうのに、君があんまり明るく笑って迎えるもんだから」
「それだけで?」
「それだけで。…綺麗なものを綺麗なままにしておけないんだ。ガキだな、俺は」
新雪に足跡を残すように女を抱く人なのだと思えば、その答えは納得が行く。
私はゆっくりと瞼を閉じた。ただ今は抱かれて眠りたかった。海に出る男たちよりも、強く一時の安らぎを求めていたのは私自身だ。
永遠に傍にいてくれなくても構わない。
いつか思い出になる日にも、私は笑おう。
夜の静けさに混じって、とさり、と木の枝から落ちる雪の音が聞こえた。
僅かに目を開けて見やれば、窓の外はまだ降り続いている。明日になれば足跡は消えて、私達のこの秘密も守られるだろう。
温もりの中でまどろみながら、私は明日一緒にとる朝食の献立をぼんやり考えていた。

                                     end.

Wiki内検索

メンバーのみ編集できます