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この寺の寺務所の奥座敷は、北小路家の法事や仏事のたびにいつも利用していた。 床の間の横の壁に等身大の鏡が取り付けられていて、何故こんな所に鏡がと訝りながらも、本堂で回向の始まる前に、その前に立って着物や髪の乱れを直した。変わった場所に鏡があるけど重宝だわと、それ以上の詮索はしなかった。まさかその鏡の向こうに隠し部屋があり、この寺の住職が、全身を映して身嗜みを整えている女を秘かに覗き見しているとは知る由もなかった。 男たちの話しは続く。 「今日は、檀家の北小路はんの未亡人が見えられましてな」 「北小路の未亡人? ああ、あの別嬪さん?」毒島が頷いた。 「旦那はんが亡くなりはって、いろいろ世話になった言うて、わての大好物頂きましたんねん」 「ほう、何ですねん?」 「脂がこってりのった生きのいいやつや」 「何や、マグロ?」 「はは、違う違う、肉や。それもとびきり上等の肉や」 「そうか、肉か。すき焼きにでもしたら旨いやろな」 「何言うてんねん。生に決まっとるがな。ねっとりした食感がたまらんで」 「あんたは相変わらずの生臭坊主やな」毒島は呆れたように言った。 男たちの話しを聞きながら、女は何も手土産を持参しなかったのにと訝りながらも、まさかその上等の肉が自分自身の女の肉とは思いもよらなかった。 |
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柱の時計が三時の時報を打った。 「おっ、そろそろ醒める頃や」 「何が?」 「いや、何でもない、こっちのことや。それより毒島はん、ちょっと用があるさかい、失礼しますわ。すぐ戻るよって、あんた、ビールでも飲んで待っとってんか。庫裏にある冷蔵庫、わかっとるやろ」 毒島が回廊伝いに庫裏へビールを取りに行くのを確かめると、住職はスッと立ち上がって廊下へ出る、突き当りの飾り棚の横にある隠し戸の鍵穴に鍵を差し込むとカチッと音がして施錠が外れた。 中に入って戸を閉めると、薄暗い部屋に目が慣れて、蹲っている女と目線があった。 「なんでこんなことなさるんです。すぐに縄を解いてください」 「いや、奥さまが暑気あたりで倒れはったさかい、少し休んでもろたんですわ」 「それにしても縄で縛ることはございませんでしょ。早く縄を解いて」 「縄を解いて暴れられたら、隣の座敷の毒島はんに気づかれます。まあ、そうなればそうなったで一興やけど」 毒島とは檀家の集まりで何度か顔を合わせたことがあったが、彼女のからだを睨め回すような視線に生理的嫌悪感を覚えた相手だった。 「それより、奥さまみたいな美人さんには縄がよう似合ってるわ。わしはこの日のくるのをずっと待っとたんや。このマジックミラー越しに奥さまのからだを何度も何度も吟味してましたんや、ハハハ」 女は唖然とした。そんな仕掛けとは知らず、鏡の前に立って、後ろ姿まで映したことを思い出した。こんな下衆な男に見られていたと思うと、怒りと羞恥で頭がカッと熱くなった。 「ところで奥さま、エスエムって聞いたことあるやろ」 「エスエム?」 住職は、捕らえた獲物を嬲って楽しむように、打って変わって横柄な口調で女に話し始めた。 「そや、エスエム。裸の女を縄で縛るエスエムや。エヘヘ、わしは、中学の頃から縄で縛られた裸の女しか興奮せんかった。ただの裸の女を見ても何にも面白うない。女は縄が一番似合う。どんな服より、肌に喰い込む麻縄が一番セクシーや。丸裸で縛られてる女の写真、見たことありますやろ?」 「知りません。そんないやらしいもの」 「へえぇ、知らんか。いいとこの奥さまは違うんやな。まあ、ええわ。ところで奥さま、旦那はんが亡くなってから、あっちの方もご無沙汰やろ。あんたみたいにええ からだしとって我慢したら、からだに毒やで」 「何を馬鹿なことを。さっさと縄を解いて、ここから出してください。そうしたら警察には言いませんから」 「そういう気の強い女が好きやねん。今夜はここにいてもらう。どうせ家に帰っても一人やろ。誰も心配する人もおらんし、ゆっくりしていったらええ」 女は絶望的な気分になった。この卑劣な男は、一晩中自分を弄ぶつもりだ。なんで今までこの男の正体に気づかなかったのか、自分の迂闊さにただただ悔しい思いをするだけだった。 |
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「さてと、こんな窮屈な着物脱いだらええ」 「止めて、触らないで」 住職は聞く耳もたぬとばかりに、シュルシュルと帯を緩め始めた。 「嫌っ!止めて、お願いですから」 解いた帯が畳に落ちて、次は腰紐が乱暴に毟り取られた。長襦袢の紐も外されると前がはだけて、縄が厳しく食い込んだ女の胸元が露わになった。 「匂うような綺麗な肌や。わしの品定めに間違いはない。せっかくやが今はここまで。慌てる乞食は何とやらて言うからな」 縄尻を天井の鈎に引っ掛けて、女を爪先立ちに吊ると、住職は部屋に鍵を掛けて出て行った。 座敷では毒島が独酌しながら、スマホでSM動画を見ていた。襖を開けて入ってきた住職が、目ざとくその動画を見て、 「なんや、毒島はん、あんたもエスエムが好きなんか?」 「あんたもって、住職、あんたもか?」 住職はフッフと笑って、 「あんたがエスエムマニアやったら話は早い。さっき、上等の肉って言うたやろ。あれ、牛肉なんかじゃない。生身の女の肉や。それもとびきりの美人」 「そやけど、あれは北小路の未亡人の差入れやって言うたやないか???」 あっ········毒島はやっと合点がいった。このエロ坊主、とんでもないこと考えている。よりにもよって、あの北小路の未亡人を手籠めにしようとは、さすがの毒島も開いた口が塞がらなかった。 「どや、毒島はん、あんたも一口乗らんか?」 「ただし、ただという訳にはいかん。これまでいろいろ経費もかかっているさかい」 『嘘つけ、資産家の北小路家から散々むしりとっているくせに』 毒島は苦々しく思いながらも、北小路未亡人の裸身を想像してゴクリと唾を飲んだ。 「一体、幾らお布施包んだら、裸の菩薩様を拝ましてもらえるんや?」 住職は黙って人差し指一本立てた。 「十万か」 「あほ、そこらのキャバクラの女やないで。泣く子も黙る北小路家の若未亡人や」 「ほんなら、ひっ百万·····」 さすがの毒島も沈黙した。 「そのかわり毒島はん、このとびきり上等の女、あんたが望むとき、いつでもここに呼び出して、素っ裸で相手させる。わしらに絶対服従する牝奴隷に調教するつもりや。おマンコも尻の穴も好きに責めたらええ。もちろんわしも楽しませてもらう。あの女のからだやったら、男二人ぐらい十分楽しめる」 毒島は迷いつつも、前から気になっていた美貌の女を好き放題凌辱できるという悪魔のような誘惑に引きずられた。 |
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毒島の実家は、江戸期文久年間創業の京都でも指折りの老舗の和菓子屋だった。毎日、昼までには、すべての菓子が売り切れになるほどの人気店だった。 そのくらいの金は店から持ち出せばなんとでもなる。 「わかった。あんたの話しに乗ったわ。そのかわりあの女、とことん楽しませてもらう」 薄暗い部屋の中で、女は男たちの会話を聞いていた。 牝、奴隷、調教、金銭による女の売買、到底、現実とは信じ難いような恐ろしい話だった。 あの男たちに好きなように凌辱される、何とか逃げなくては。 女は身を捩りながら、天井の鈎に引っ掛けられた縄を外そうとしたが、爪先立ちのからだが空しく揺れるばかりだった。 「話しは決まった。で、女はどこや?」 「まだ金貰っとらんけど、毒島はんとは長い付き合いやから、信用しとくわ」 住職は立ち上がると、こっちだと目で合図した。 住職が隠し戸の鍵を回す。 「こんな所に部屋があったんか?」 ガラガラと引き戸を開けると、薄暗い部屋の中央に天井から縄で吊られた女が見えた。黒い喪服の前がはだけて、白い肌がのぞいている。顔を背けているので女が誰だかわからない。 ズカズカと部屋に入った住職は、女の髪を鷲掴みにすると、無理やり顔を毒島の方に向けた。 「嫌っ」 美しい女、そしてその女は紛れもなくあの北小路未亡人だった。 |