俺の二十五歳の誕生日の日の事、
「どうも、お久しぶりです」
「出たか・・・」
いきなり目の前に現れたアラフォーのおっさん。正確にはおっさんの幽霊。
典子ちゃんのお父さんがそこにいた。
「本当に、一か月ぶりですかね」
「そんなもんですね」
相変わらず能天気な人だ。こういう人だから俺は出会えたのだろうか。俺も相当なマイペースだからな。
とりあえずいつもの公園に向かう・・・。
公園ではスーパーで会った兄妹が追いかけっこか何かをして遊んでいる。
あの時のお菓子代、いつか親に払わせてやる・・・。
俺は少し目つきを悪くしてその子供たちを見つめた。
下手すればロリコンとかペドとか言われそうだな・・・。あっ転んだ。
「い、痛いよぅ・・・」
妹のほうだ。大丈夫かな?
俺はベンチから立ち上がろうとした。
「待って・・・」
典子ちゃんのお父さんが俺を引きとめた。
「なんでです?」
「見ててください」
俺は言われたとおりにその子を見続けた。
「・・・大丈夫なのか?」
一人きりで泣いている妹ちゃんに手を差し伸べてあげたかった。
「そんなことすれば、またお菓子代を奢らされるのがオチですよ」
確かに・・・え?
「ど、読心術が使えるんですか?」
「ええ、それなりに。まあ、幽霊になればその辺と近未来の予測はできるようになるんです」
「未来予測ですか・・・」
なぜだ。なぜ俺は今、一度死にたいと思ったのだろう・・・。
「死んでもいいことないですよ。なんでもできるから張り合いないし、天子さんはブサイクだし・・・。何よりも大切な人との会話もできなくなるんですよ」
(天子さんって誰?)
「まあ、いろんな人に会えますけどね。死んだ人なら。でも、人のイメージ変えちゃうんですよ?織田信長はチキンな人だったし、伊藤博文はマゾだし、卑弥呼は森○中の黒○みたいだし・・・」
「へえ、そうなんですか」
死にたければゲームに負ければいいのだろうけど、俺には大切な人がいる。
親に始まり学生時代の恩師、先輩や開田君も助けなきゃいけないし。それに、
・・・典子ちゃんもいるし・・・。
「そう思っていただいてありがとうございます」
あっ、読心術つかえましたもんね。
「ほら、話をしているうちにあの子に心配してくれる人が出てきたよ」
妹ちゃんに近づいていくその人は・・・。



「あの子の兄ちゃんじゃないか」
少しがっかりした。結局、兄ちゃんが行くのかよ、と。
「そんなことありませんよ。あれが家族ってやつです」
「あれが・・・家族・・・」
そういえばそうだ。友達が入院した時もあせって病院まで向かったが、母親の時は違った。
もう、何が何だかわからなくて、引きとめられるまで50km先の病院まで自転車で行こうとしていたぐらいだった。
「家族のためなら、人間は頑張れるんです」
その言葉がとても深く聞こえた。
あたりを見渡す。
東のベンチでは眼鏡と長身の二人の女性が薄汚い服を着て歩いている。
南の芝生では段ボールを持った女の子が歩いている。
西の水道ではナマズの着ぐるみを男女二人で洗っている。
道路では・・・。
「待ちなさい、もう逃がさないわよ。裏切り者」
「仕方ないだろう。正義の血が騒いだんだ」
「ふん。今回は見逃すわ。その代わり、コーヒーでも奢りなさい」
「はいはい。わかったよ白瀬」
何やら二人とも車を降りて喫茶店に入って行った。
「あれも家族ですか・・・?」
「あれは・・・ちょっと・・・」
でしょうね。
「そうだ、大事なことを忘れていました」
「なんです?」
典子ちゃんのお父さんはごそごそと何かを取り出した。
「今日が誕生日でしたよね」
渡してきたのは・・・。
「・・・新設の『緑が丘学園』野球部の監督にあなたを指名いたします。よろしければ8月中に電話を仮部長の小山田まで・・・・・・野球部の監督ぅ?」
「はい。私からの・・・妻からの・・・プレゼントです」
幸いにも場所は近い。徒歩15分ぐらいだろうか。
「それと・・・、これを典子に・・・」
携帯電話を渡して典子ちゃんのお父さんは少しずつ薄れていった。
「小波さん・・・。典子をお願いします・・・。家族になってやってくださぃ」
最後は途切れて聞こえづらかった。
「家族か・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まってよ、お父さぁぁぁん」
・・・ツーッツーッツーッ・・・
典子ちゃんは携帯電話で父の最後の言葉を聞くとその場に突っ伏してしまった。
「典子ちゃん」
俺は典子ちゃんをゆすった。
「こ、小波さん・・・」
必死に涙をこらえているのがわかった。
「泣きたかったら泣けばいい。泣くだけ泣いて、ずっと泣いてたらお父さんが悲しむよ」
「う、うん・・・」
典子ちゃんはついに泣きだしてしまった。俺の胸の中で。
ひとしきり、だいたい30分ぐらい経ってからだろうか。典子ちゃんは泣きながら心の内を打ち明けてくれた。
「わたし・・・半年前にお父さんが死んじゃってから・・・ずっと一人だった・・・。
一緒に植えたヒマワリだけがわたしの心のより所だった。そんなわたしにはアパートの人は全くかまってくれない・・・。
でも、小波さんは・・・小波さんはわたしに話しかけてくれた。わたしを受け入れてくれた。わたし、もう一人はイヤ。でも、わたしには家族は・・・」
「いる」
俺はカッとなって大声で言った。
「大丈夫、俺は典子ちゃんの家族だ。典子ちゃんは一人じゃない。俺がいる。一人じゃないんだ・・・」
これ以上言葉は思いつかなかった。
すると典子ちゃんは、
「あ、り、がとう・・・ございます・・・」
「敬語はやめようよ。家族なんだから」
典子ちゃんは笑顔のヒマワリを咲かせてこう言った。
「・・・ありがとっ」


「じゃあ、明日も来るね」
俺は部屋を出ようとした。が、典子ちゃんに阻止された。
「家族なんだから、一緒に寝ようよ」
そして、
「これからは一緒に暮らそう?」
「・・・ああ」

大家さんはこの同棲をすぐに認めてくれた。むしろ「ありがとう」と言われた。
親には最初は反対されたが、就職が決まったというと「自由にしろ」と言われた。
その後、ネットゲームに打ち勝ち、開田君はもとの俺の(正式には俺たちの)部屋にまた住み込んでいる。
未だ、就職活動中らしい・・・。

それから、典子ちゃんのお父さんと会う機会はなかった。
ただ一度を除いて・・・。

「典子、結婚おめでとう!!」

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