極めて容赦のない描写がメインになりますので、耐性のない方、および好きなキャラが残酷な目に遭うのがつらい方はご遠慮ください。

「なにも逆さ吊りにすることないじゃないか」
「血抜きだ。このまま引き返すにしても、蘇生術を持つ者を探すにしても、死体は持ち運ばねばなるまい?
 その際にはできるだけ軽い方がよかろう。水分を抜くと人体はずいぶん軽くなるし、腐敗も遅らせることができる」
「それはそうだけど、この恰好じゃまるで家畜みたいだ」

俺たちの仲間マルシルは死に、今は足首を蔦で縛られ吊し上げられた恰好でパックリ割れた首の傷口から血をボタボタと垂らしている。
つい先程まで生きていて会話をしていたマルシルだ。同じパーティーの仲間が死んできた場面は何度も見てきたけれど、やっぱりキツいものがある。
でも、そんな感傷に浸っているのは俺だけで、吊るした本人であるセンシも、それを眺めているライオスも、どこか淡々としている。

「家畜みたい…か」
「ライアス、変なこと考えちゃダメだぞ」

マルシルの死因はマヌケで呆気ないものだった。
これだけ深い階層だ。モンスターたちも手強くなるし、罠だって即死系のものが多くなる。
前者はみんなで力を合わせればどうにか対抗できるとしても、後者の罠の発見や解除については俺にしかできない仕事だ。
だから俺は言った。「不用意に動く前に俺に一声かけろ」と。
なのにマルシルのやつ、誰にも告げずにこっそりとトイレへ行きやがった。まったく。この日に限って発揮した乙女心が死に直結したんだ。


悲鳴を聞いて駆け付けたときにはすでに遅かった。
用を足そうと屈んだあたりでザクッときたのだろう。床から飛び出てきた槍は大腿部を貫通したばかりでなく、腹部を貫き、背中にまで突き出ていた。
ただし不幸なことに即死はしなかった。心臓は免れていたし、槍が刺さったままだったから失血も少なかったからだ。
それでも臓器をズタズタにされたのだからどうせ命は長く持たない。なにより肺を突き破ったのは誰にでも分かるほどの致命傷だった。
口からはゴボゴボと真っ赤な鮮血を溢れさせていていた。笑顔の多いあのマルシルがこんな悲惨な目に遭うだなんて、ショッキングだった。

もっとショッキングだったのは、マルシルの意識がはっきりしていたこと。
可哀想に、目を見開くほどの激痛と苦痛を味わいながらも、突き刺さった槍からも痛みからも逃れることができずにいたんだ。
下手すれば絶命までにしばらくかかってしまうだろう。こうなったら、もう、一刻も早く死んだ方がマシ。
マルシルは血まみれの唇でパクパクと「ころして」と伝えた。声にはならずに喉奥に溜まった血が飛び散っただけだったが、唇の動きでそれが分かった。

そういうときにサッと動けるのがセンシだ。
俺もライオスも一瞬だけ躊躇があった。

センシは理解するや否や、あの大振りの斧でもって、首を一発で斬った。
うなじあたりから入った刃はそのままマルシルの頸椎を叩き斬ったわけだが、手元を狂わせることなく、とっさにこういう冷静な動きができるのだからセンシはすごい。
もちろん今度こそマルシルは即死。でも完全に切断したわけじゃない。
残った皮と筋肉で繋がっていたからマルシルの頭部はプランと垂れ下がった格好になった。

首の切断面から噴水みたいに溢れていた鮮血もやがて止まった。びくんびくん痙攣していたのも止まった。肉体が完全に死んだんだ。
それを確認した俺たちは、とりあえず槍からマルシルの身体を引っこ抜き、泉で身体を清めてやった。
きちんとこういうことをしてやらないと、無残に死んだ者の肉体にはすぐに悪霊が寄ってきてゾンビになってしまうから。

俺も俺で返り血を浴びていたからとりあえず頭までドボンと浸かり、そして呆然としていた脳をリセットした。
仲間が目の前で死ぬことなんて、ダンジョンでは珍しいもんじゃない。
ちょっとばかりショックな光景だったけれど、死にざまで言うなら俺がトラップにかかり煮えた油を全身に浴びたときのほうが、見た目は悲惨だったろう。
あれは、本当にひどかった。やっぱりダンジョンってやつはこんなもんなんだ。決して楽じゃない。

「ふぅ」と一息ついて身体を拭いて、次のことを考えていたところだった。
ちょっと目を離したスキにマルシルはセンシとライオスの手により逆さ吊りにされていたんだ。
合理的な行動なのかもしれないけれど、やっぱこいつらはどこかおかしい。


「で、どうするよライアス。俺たちの主砲マルシルが死んじまった」
「うーん、このまま全体魔法無しで潜り続けるのはつらいなあ。俺と、チルチャックと、センシ。3人で突入できるほどダンジョンは甘くない。
 かといって、いまさら引き返すのもそれはそれでつらい。ここまでの道程だってマルシル抜きで戦ったら全滅の危険もあるだろうし」
「あいつ、なんだかんだで役立ってたしな。深く潜れば深く潜るほどマルシル頼りの場面は増えていった」
「……よしっ、待とう」
「何をさ」
「ここまで2〜3組のパーティーに出会ってきた。腕の立ちそうな連中もいたし、きっと相当深くを目指してるんだろう。それで蘇生魔法の人員がいないわけがない」
「そいつらに頼んで蘇生させてもらうってわけか。でも、上手く合流できるかな」
「階段付近で待っていれば大丈夫さ。そこでしばらくの期間は希望を持って待ってみようじゃないか。どうだセンシは?」
「ふむ、なるほど。とりあえずここは移動ってことだな。荷物を持って改めて陣を張るとするかの」

期間は三日。それまでに合流できなかったら、後続のパーティーはすべて全滅したか進路変更したものと見做す。
ここまで休みも少なく戦い続けてきた俺たちにとっては、むしろいい骨休めで、この先へ行く上で力を蓄えることもできるだろう。装備品の手入れもできる。
無謀なアタックをするよりも余裕を持って動いた方が効率も上がるし結果も出せる。
こうして俺たちは階段付近へ移動して、モンスターから襲撃されにくい一角でキャンプを張った。

ズルズルと引きずってきたマルシルの身体は、血が抜けた分だけ軽かった。
首を完全に切断しなかったのも正解だった。「荷物」が増えるところだったから。
センシはあの場面でここまで考えていたのだろうか。それとも経験が成せる技ってやつだろうか。
そんなセンシが作ってくれたスープはバジリスクのダシが利いてて美味かった。でも俺にはちょっとした懸念がある。

「これだけの食糧で、3日分持つか?」
「おそらく持たんだろ」
「じゃあ、これからの食事は少なめで済ますか。ハラペコが続いても3日くらいなら耐えられるかもな」
「それはいかん。なるべく腹一杯喰おう。腹がすいているとどんな生物でも弱る。力を込めているつもりが力が入っていなくなってしまう。
 何でもそうだが減らそう減らそうとするとジリ貧に陥ってしまうことがあるから、それは避けたほうがいいだろう」
「でも実際問題、食材が足りない。食用の植物でも探そうかライオス?」

ライオスは、ぼーっとマルシルの死体を眺めていた。

「ライオス?」
「あ、ああ、聞いてたよ。聞いてた」
「……?」
「でも、食料の調達も極力避けたほうがよさそうだ。だってこの階層のモンスターに遭遇したときのことを考えたら迂闊には動けないだろ?
 うっかり仲間でもウジャウジャ呼ばれたら、マルシル抜きじゃ返り討ちの危険のほうが高いだろうし……」
「じゃあどうすれば、」

ハッとした。まさかと思ったけれど、不思議とライオスの心が読めてしまった。
食料は現地調達。それはストイックな精神というよりも探求心や好奇心が上回っているのではないか。
そして目の前には都合よく血抜きされたエルフの新鮮な肉体が用意されている。

「ライオス、それだけはやめとけ」
「やめるって、なにを」
「マルシルの肉を喰うことをだよ」
「……こういうときくらいしか機会がないじゃないか」
「やっぱり!ライオス!それだけはダメだ絶対にダメだ!一緒に冒険している仲間を喰うだなんてそんなことモンスターでもやらないぞ!」

コイツは普段、マルシルのことをどういう目で見ていたのだろう。
「いつか喰ってみたいなあ」とでも思っていたのだろうか。それともたまたまこういう場面が巡ってきたから思いついたのだろうか。
なにせ倫理観がズレているサイコパスだ。倫理観や世間体では説得することはできないだろう。

「センシ!コイツを止めてくれ!マルシルを喰う気だ!」
「うん?」
「それだけはやっちゃダメだって言ってくれセンシ!」
「……まあタンパク質や脂質の補給には肉食はもってこいだ。それを遠慮して全滅したらマルシルだって浮かばれんだろう」

だめだった。センシはセンシでこういうところがある。
どこか常識知らずの動物的な考え方をしており、それはそれで頼もしいのだけれど、倫理的抑止力にはなりやしない。
そして、センシとライオスが同じ方向を向いたならば、もはや止めることはできないというのは、俺はよーく知っている。
もう止められないのだ。俺はがっくりと肩を落とした。

「まあまあ、マルシルには蘇生した後で説明しておくから」
「……しないほうがマシだよ。『死んでいる間にちょっとお肉食べちゃった』なんて聞かされるマルシルの気持ちを考えてやろうぜ」

そうしてマルシルの解体が始まった。

喰うならば脚がよかろう、ということになった。
太腿を解体するにもスカート姿なら楽だったかもしれないが、マルシルはあいにくスカートではない。
死後硬直でこわばった下半身から衣服を脱がすのには難儀した。蘇生後を考えればビリビリに切り裂くわけにもいかない。
すらっと白くて長い脚が露出する。普段マルシルをそういう対象として見ていなかった俺でもちょっとドキッとした。死体だけど。
しかし、センシにもライオスにもそうした性欲じみたものが無いのがせめてもの救いだった。こいつらにあるのは食欲だけだ。
きっとこの2人の脳内ではすでにおいしいお肉として認識されているのだろう。
俺はハーフフットで、ライオスは人間で、センシはドワーフで、そしてマルシルはエルフだ。
大丈夫といえば大丈夫、なのだろうか?

センシのナイフがさぁーっと太腿の皮膚を縦に切り裂いた。血抜きされているのでもちろん血は流れない。
その光景に俺は目を背けてしまった。生きてたら痛いんだろうな、マルシル。
蘇生させることを考えるとむやみに切断するわけにもいかない。術者にとって手間になってしまうからだ。
だから脚をまるごと切り落とすのではなく、お肉だけ切り取って拝借することにした。
傷口からちょっと黄色がかった脂肪が見えた。センシは皮膚をちょっとめくって、ナイフをすべり込ませ、べりべりと嫌な音を立てて剥いでいった。
右太腿をまるごと一周、皮剥ぎしているあいだ、身体はユサユサと揺れて、マルシルの首が右へ左へコロコロした。
血を抜かれて落ち窪んだその目は眠っているみたいに閉ざされているけど、お前、相当ひどいことされてるぞ。
そんなマルシルの太腿にザクザクと躊躇なくナイフを入れてゆくセンシ。その絵は猟奇殺人そのものだが、その目には狂気が宿っていない。
純粋に食と命のことだけを考えている目だ。それが、鬼畜の所業と、食という行為を、はっきり分け隔てている。
肉の切り出しを手伝っているライオスをちらっと見た。無邪気だった。こちらは好奇心しか宿っていなかった。

気付けばマルシルの右太腿は白い骨だけになっていた。大腿骨から筋肉を剥がし終えたのだ。
こういう部分的な解体を普段はセンシはしないだろうから大変だったろう。ふーっと一息ついていた。
その傍らにはマルシルの肉が置かれている。他の動物と大して見分けのつかない肉だった。マルシルから得られた食肉だ。

豚肉や牛肉が並んでいる様子を見て、生きている豚や生きている牛と頭の中でリンクさせる者はいないだろう。
でも、それって本当は繋がっているんだ。それを忘れているからこそ食卓というのは安心できる。

そんなことを考えているうちに、マルシル肉は薄く切られて、熱したフライパンへ乗せられジュウジュウと音を立て始めていた。
もうすぐ食事が出来上がる。肉とマルシルの姿を切り離すことができないうちに俺は食するのだろうか。

「こんなもんじゃろ」

皿の上に乗せられたシンプルな焼肉を見て、ようやく俺はこのおいしそうな匂いに気付いた。だいぶ腹が減っていることにも気付いた。
そして俺は「おいしそう」と思ってしまっている。マルシルを「おいしそう」「たべたい」とたしかに思ったのだ。
この日の夕食は、若いエルフの焼肉だ。
塩と胡椒のシンプルな味付けだから肉そのものの味がたっぷり楽しめるんだろう。
マルシルから肉をもらって、俺もライオスも切り出しを手伝って、センシが料理をしたんだ。いまさら食べないってわけにもいかない。

「……いただきます」

俺が今、フォークで刺したのはマルシルの肉であり、おいしそうな焼肉でもある。
口へ運ぶまでに何度マルシルの顔を思い出しただろう。表情豊かなあのマルシルの顔を。
『誰にも頼りにされないのは寂しいです』『もっと感情を込めて言って』『やだー!やだやだー!』
あの声も、あの表情も、あの仕草も、共に過ごしてきた色んな場面も、何度も何度も脳裏にオーバーラップする。
俺は「牛」や「豚」の肉じゃなくて、「エルフ」の肉でもなくて、『マルシル』という固有名詞の宿った肉を食べるんだ。

そんなことをアレコレ考えていた俺の手は震えていた。口へ運ぶその瞬間までずっと。
けれど、いざ口に含んでみて、思い切って噛みしめた途端に、それは舌の中で美味なお肉へと変わった。
俺の頭なんかよりも、俺の舌はもっと素直でシンプルに味を判定したようだ。

「あっ……うまい……」

センシによる焼き加減が良かったのか、食材そのものが新鮮で良かったのか、肉汁溢れる柔らかくジューシーな味が広がる。
ほどよくのった脂肪が溶けた。でも、歯ごたえは軟弱なものではなく、充分に筋繊維のしっかりした食べごたえのある肉だった。

「センシ、ライオス、うまいよ」
「うむ。なかなかいけるな」
「たぶん時間を置いたらタンパク質がアミノ酸に分解されてもっと旨味は増すんだろうな」
「いやいや、このままでも充分うまいって」

俺たちはいつも通りの会話で食事を進めた。いつもと違うのはここにマルシルがいないってことだけだ。
あいつはゲテモノを前にすると心底嫌そうな顔をするくせに、いざ食べてみると素直に「おいしいー♪」と言ってしまうやつだ。
本当に素直なやつなんだ。この日の食卓で物足りないものといえば、マルシルの「おいしい」が聞けないことだろう。
俺は思ってたよりもあいつのリアクションを楽しみにしていたのかもしれない。

このダンジョンでは、スライムも食べたし、宝虫も食べたし、大サソリも食べたし、ミミックも食べた。色々と食べた。
そして今日、俺はマルシルを食べた。
普段だったら自分がいったい何の肉を口にしているかなんて考えたこともなかった。あえて考えようとしなかったのかもしれない。
でも。「食」は本当は生き物とリンクしている。繋がっている。なのにそれを無意識に切り離して忘れ去ってしまっている。
これはひょっとしたら、俺たちが忘れていた感覚を取り戻す冒険なのかもしれない。


「あれー?私死んじゃってた?」
「死んでた死んでた。串刺しになってた。胴体貫かれてすっごく痛そうだった」
「うわ…よかった覚えてなくて……」

2日目くらいだったか。蘇生術を使えるパーティーと無事合流し、めでたくマルシル復活となった。
金でも求められたらどうしようかと思っていたが、こういうときは助け合いの精神。深くまで潜ってくる連中はそれをよく分かっている。
不自然に白骨化した右太腿については「モンスターに喰われた」と説明した。ん?するとモンスターって、俺たちってことになるのか?

「ねえねえチルチャック、私が死んでる間、何か起きた?」
「べ、べつに、なにも起きてないよ」

若いエルフ肉おいしかったですマルシルさん、だなんてわざわざ言うこともないだろう。
知らんぷりをしていたほうが良いこともあるってものだ。正直だけが道徳というわけでもない。

「まあ、色々と大変だったよ。マルシル抜きで戦闘するのは避けたほうがいいっていうのが俺やライオスやセンシの意見だったし」
「何それ!?私ってホントは役立ってたの!?うれしい!!」
「かもな」
「あーあ!その場面に居合わせたかったあ!死んでる場合じゃなかったじゃない!」
「お前が死んでたからこそ、そういう話の流れになったんだよ」
「ねえーチルチャック!そのときの会話を再現して!心をこめて再現して!」
「さあ、先行くぞー」

そして俺はさっきからマルシルの顔を直視できていない。どうせ得意気な顔でもしてるんだろうが、俺にはその顔が見れない。
「俺はお前の肉の味を知っているぞ」と、どうしても頭のどこかで思ってしまう。
乙女の秘密、とはいうが、ここまで禁断レベルの秘密を知られることもそうはないだろう。
そう考えるとなんだかヘンにドキドキしてしまう。ライオスもセンシもまったくそんなこと意識してないというのに。
ひょっとしたらサイコパスのほうが普通の者よりも純粋なのかもしれない。迷惑だけど。



そしてこのとき、俺は大切なことに気付けずにいた。
マルシルを喰ったということが、どういう結果を招くのか気付けずにいたんだ。



「……んん?」

周囲は真っ暗で、身体はひんやりと冷たかった。今まで何度か味わったこの感覚。
「そっか、俺は死んだんだ」って思ったときはたいてい蘇生の最中だったりする。
本当に死ぬときっていうのがどういうものなのか、それは俺たち冒険者でも知らない。

次第に思い出してくる。あのあと俺らはさらなる深層を目指してダンジョンを進んでいった。
敵は強くなる一方。罠の解除や扉の開放は俺の役目であっても、戦闘となるとこの小さな身体では援護が精一杯。
「危ない!チルチャック!」って誰が叫んだんだっけ。たぶんライオスだ。
背後から刺されたモンスターの爪は俺の腹から血まみれで突き出ていた。不覚だった。死んだなこりゃ、と思った。

「……ん……ん?……あれ?俺…?」
「おおっ、みんな!チルチャックが目を覚ましたぞ!」
「そっか、死んでたか…俺…」

どうやら、マルシルが死んでからしばらく潜ったあたりで、俺も死んでしまったようだった。
前後の記憶はあまり無いが、状況を見るにそういうことらしい。
死んですっかり冷え切った身体が温まるまでしばらく動くことができなかった。
こういうとき看病してくれるのはマルシルだ。男二人は周辺で警護している。

「そっか、お前も蘇生魔法使えたんだっけ。ありがとな」
「……うん」
「俺が死んでる間に何か変わったこと起きたか?」
「べ、別に、何も起きてないよ」

マルシルの様子がおかしい。すごくよそよそしくて俺と目も合わさない。これは、まさか、そういうことなのか。

太腿に手をやった。ある。あるけど何か減ったような感覚が残ってる。

「喰った、のか?」
「…………」
「おい!そっぽ向くな!!喰ったろ俺のこと!?」
「……謝らないから、私」

どうやらマルシルの蘇生魔法は失敗に失敗を重ねたらしい。休んで試して、休んで試して、やがて魔力が底を尽いてしまったようだ。
するとどうなるか。「長期戦になりそうだったらしばらく待機するしかあるまい」「しかし腹が減っては魔法も使えぬ」「ここで捕食するのも危険だから……」
俺が仲間を喰ったってことは、俺も仲間に食われるってことだ。
余計な前例を作ったものだ。やはり、あのときに全力で反対していればよかった。

「チルチャックだって私のこと食べたじゃない」

ギクッとした。
ライオスとセンシが「チルチャック肉」を提案したとき、当然のように思い浮かぶだろう。「もしかしてあのとき私も?」と。
普通に考えればそうなる。誰だってそう考える。当然の思考ってやつだろう。
するとどうなる。こいつは今、怒っているのか、悲しんでいるのか。

「……ごめんマルシル」
「いいよ。私だってハーフフット肉をステーキにして食べたし」

おや、つんと突き出たエルフ耳が赤く染まっているじゃないか。
そういえば俺もあのとき、マルシルの顔を見れずに、耳を赤くしていたかもしれない。

「ねえチルチャック、謝るよりも私に言うことあるよね?センシもライオスも言ってくれたよ?」
「言うって、何を、」
「……食べた後は?」
「ごちそうさま?」
「私もごちそうさま。チルチャック」

なんだか、おかしなことになってしまったものだ。
俺たちはお互いの肉の味を知っている。そんな変な関係ってあるだろうか。
しばらく俺とマルシルは互いに顔を見ることができなかった。知られることのない禁忌の秘密を知る仲なのだ。
センシやライオスは別だ。あいつらはそんなことちっとも気にせずいつも通りにしていた。やっぱサイコパスだ。

きっと、俺の肉が焼けるおいしい匂いがしてきたらマルシルは、さっきまで泣きそうだったのに寄ってきて。
喰ってみたら「あっ、これ、おいしいー♪」とでも言ったのだろう。容易にその幸せそうな顔が想像できる。さぞかし気まずいだろうマルシル。

喰うか喰われるか。喰ったあとに喰われるか。喰われてから喰うか。
俺たちの食物連鎖は混迷を極めてきた。しかし、ただひたすらに食は生の特権なのだ。それがダンジョン飯。ああ、ダンジョン飯。
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