極めて容赦のない描写がメインになりますので、耐性のない方、および好きなキャラが残酷な目に遭うのがつらい方はご遠慮ください。

淫らな風習のある集落だった。
本土から海を隔てること約二百キロ、その小さな島は古くから流刑地として扱われていた。
とはいえ、決して日本史に名を残すほどの地位の高い者が流されていたわけではなく、どうやら雑多な罪人たちばかりであったという。
島全体が切り立った形をしていたため農耕には不向きで、唯一南側に多少開けた土地があり、そこにかろうじて島に一つの集落が形成されている。
三百六十度が水平線で囲まれているその島は、やや他の島々と距離を置いており、また位置的にも漁師たちの中継点として使われることもなく、
つまりは人の出入りの少ない閉ざされた孤島ということになるのだ。

昭和の初期のころ。すでに本土ではいくらかの文明が花開いていたようだが、この島の生活模様は百年ほど遅れていた。
海洋資源は特に乏しくなかったのだが、漁の技術そのものが小規模なものであり、交易をするよりも自給自足以上のものが得られなかったため、
他の集落との交流の機会が少なく、島民は島民以外の者たちとあくまで隔絶されていたのだ。
村民約百人ほど。生活に困ることはなかったが、人間というもの日々の暮らしに倦むものである。
そんな、まともな娯楽というものが皆無のこの島で、唯一興じられるもの、それは得てして決まっているのだ。


サトという少女はまだ十二であったが、昼間は他の大人と同様に畑仕事をしていた。
この島では、男性が漁に出て、女性が農作業をするようになっており、高齢者も若年者もほとんど区別無く自身の役割を果たす。
もちろんサトも幼いながらも一人前の働きを求められ、まだ手の皮の薄いのもこらえて鍬などを扱っていた。
原始的な生活模様がそうであるように、世間一般でいう「子供」という概念は存在せず、あるのは仕事ができるかできないか、つまり半人前か一人前かというものである。
その点で言えば十二のサトはすでに一人前であり、家族、そして集落を養うための能力は備わっていたのだ。
それに、すでにサトには自身の赤ん坊もいた。

やがて日が傾きだすころ、斜陽で黄色く染まる海の向こうから男たちが帰ってきた。
湾を成す港にはすでに畑仕事を切り上げた女たちがいて、男を出迎え、サトも自身の旦那を見付け出して漁の無事に感謝をした。
夕日が島全体に陰影を作り出すころには、すでにどの家庭も夕餉を終えるのだが、ここから日が沈むまでの間、村にはしばしの「娯楽」の時間がある。
赤ん坊を祖母に任せたサトは十五になる夫と手を繋ぎ、集落の中心にある集会所へ向かった。
その道中にもこの若い夫婦は一日の出来事を話しながら、時折腕を絡ませながら、唇を重ねながら、夜道を歩いていった。


集会所には今日も島民のうち二十人ほどがおり、当然ではあるが全員が顔見知りであった。
しかし、女が二名ほど網の修復をしているとのことで、この日は女よりも男のほうが数が多いのだが、あまり問題は無い。
村民がこうして顔を寄せる場面には、当然ながら長がいて、これを取り仕切ることにより素朴な権威を表現するのだ。
とはいえ、集落に住む者ならばここからの流れは心得ており、不文律のさまざまを知っているため争いの類はめったに起こることがない。
サトの夫はサトの腕を手放した。サトはすぐに着物を脱ぎ捨て、後ろで束ねた髪をほどいて、去り際に夫に手を振ってすぐに全裸の女たちに混ざった。

男と女が広い集会場の左右に集まり終えると、長が手を叩き、女たちも雑談をやめた。
男たちはそれを合図に手元の小銭をばらばらと目の前に置き、長の息子がこれを回収する。
一人が支払う額はどの女を選ぼうとも一定であり、これは余計な競争を生み出し諍いが起こるのを回避するための知恵である。
また、支払われる金もあくまで小額、ここに通いつめて生活に困るなどの事態が起これば。やはりいずれ争いになるからである。
ここで起こることはあくまでも娯楽なのであり、火種となる要素は興を殺ぐ。
これを島民たちはよく知っているため、長い歴史の中で結局こうした方法が採られるようになったのだ。
集められた金は一時長のもとへ行き、これは港を修復したりなどの島民の利益として還元されるし、病気や怪我などで追い詰められてしまった者を助けるためにも使われる。


男は女たちの裸体を見ながら、今日の相手を選ぶ。
あまりに日常的な催しであるため、いまさらもったいぶった姿勢など取らず、畳の上に放り出した脚を開いて見せる程度のものである。
サトも、すでに一度の出産を経ているが未だ産毛ばかりの股間を、軽く開いたりもしていた。
男は端から順に立ち上がり、どの女を選んだかを長に耳打ちをし、それを元にして長が調整を図る。
そしてすべてが出揃ったあと、長は女の手を引き男に引き合わせるのだ。
もちろん、どの男にも選ばれなかった女もいるが、その場合であっても誰かしらが宛がわれるように決められている。
男は自分の希望が必ずしも成立しないことなど分かっているのであり不平不満は起きず、また長も、特定の男に連続して不本意な相手を宛がわないよう心使いをしているのだ。

サトを買ったのはサトの父親であった。
親子といえども、結婚したあとは一家から外れたものであると見做され、行為に及ぶためにはここの集会所を経由することになる。
逆に、婚前の親子間での関係は自由であり、幼いころからサトは父親の陰茎をしゃぶって遊んでいたりもしていた。
もちろん母親はこの島の風習の中で育ったため、男性を喜ばせる方法を目の前で指導して、二人で肩を並べて父親の両方の睾丸を舐めていたこともある。
その母親は二十ばかりになる男に買われていったが、母もまだ二十二であるためさほど年齢差は無い。


サトの夫はといえば、自身の姉を選んでいた。
夫は幼いころから姉の身体を好んでおり、毎日のように交わり続けた結果、姉の一子も二子も弟の種で孕んでは産んだ。
姉が嫁いでからもこうして姉を選び続けていたのだが、この日は男が数人余分であったため、姉は先に別の男を相手にすることになる。
女たちは、自身に宛がわれた男の前で跪き三つ指をついて慣習の謝辞を述べた。
サトといえども例外ではなく、父親の前で恭しく膝をついて他人にするのと同様、やや宗教みがかった台詞を口にする。
そこからはどこでどのような行為をしようとも自由であるが、畳が汚れて頻繁に張り替えるのも面倒であるため、ここですぐ行為に及ぶことは禁止である。
サトは父に手を引かれ、生家へ向かった。サトはわりとよく父に買われているため、この家も久しぶりという月並みな感慨は起きなかった。
ある者は全裸で出て行き、ある者は少し冷えると着物を被り、それぞれがそれぞれの娯楽に興じるために集会所を後にした。

生家にはすでに母と男がおり、早くも行為に勤しんでいるのか、嬌声と、男の腰が尻の肉を叩く水っぽい音が聞こえた。
父は障子の向こう側の男に声をかけ、妻の具合はどうだと尋ねたところ、男は、まあまあだが少し緩い、使えなくもないがそれほど気持ちよく無い、と答えた。
これに対し父は、サトのほうは締りが良い、村一番の名器かもしらん、お前も今度使ってみたらどうだ、と言うと、親馬鹿だ、と返事が返ってきて父も母もサトも笑った。
長らく張り替えていない障子にはところどころ穴が開いており、透けるようにして母の目が見えた。
母は目で合図をし、分かっているとばかりにサトは父親の陰茎を、幼いころのようにしゃぶり、そして性行為が始まった。


すでに日没の集会所に、行為が終わった男女がばらばらと戻ってきて、長に定型の感謝を伝えてそれぞれ岐路についた。
現地で解散せずに一度集会所に戻るというこの面倒な点が肝要であり、火処と男根をこの長が支配をしているということを確認する無意識下の構造ができている。
長は代々このことを非言語の部分で認識しているので、集落の宗教的な存在も兼ねていた。
サトも父と戻ってきて、同じように挨拶をしてまた別れた。二度の射精を受けたサトの性器には父の体液がたっぷりと残っており、帰り道で漏れて内腿を濡らした。
それを拭った指を唇に運び、他の男とは違う何か懐かしい味を舌で楽しみ、本土の少女が飴を舐めるように帰宅までの間口の中でくちゅくちゅと音を立てていた。< /DIV>

しばらくしてサトの夫が戻ってきた。別の男を相手にした後の姉と行為をしていたため、やや遅くなった。
お互いに今日はどうだったと忌憚無く話し合い、夜更けごろ、夫婦は交じり合った。
夫が挿入すると中から父の精液が漏れ出してきたが、それを構わず腰を打ち付けてはサトの中に射精した。
ここでの夫婦とはつまり、金銭を対価としない性行為が出来る関係、そして共に子育てをし家庭を形成するための枠組みといえる。
決して、男女が互いに排他的な独占権を得るといった本土のものと同じではなく、この島にはこの島の風習があった。


とはいえ、島民は避妊ということを知らなかった。
いや、知ってはいてもそれを行うということは快楽を殺ぐことであり、また風習に背くことであるので、古くから自由に交わることをやめようとしなかった。
当然というべきか、女たちはすぐに妊娠をし、サトも二人目の子供を宿し、そして産んだ。
これが誰の種であるのかなど考えることはせず、集落の者の種であると分かればそれ以上などまったく興味の外であり、生まれてきた子供を差別することなど一切無い。
しかし、十四のころになると三人目が生まれ、この村ではこれが「打ち止め」であったのだ。
もともとが農地も乏しく漁にもさほど発展の余地が無いこの島である。あまりに多くが産まれることは一人当たりの食い扶持が減ることであり、やがて島を脅かす。
三人目までが許されているのは病気や事故によって一人失われるリスクを考えてのことである。
三人目を出産し終えたサトは、それでも他の女と同様、集会所に顔を出した。

この島には最大の戒律として四人目を産んではならないというものがある。
だが、それでも集会所で起こることは、交流であり、宗教であり、政治であり、納税であり、何より娯楽であったので、優先すべきはそれであると誰もが納得していた。
ならば四人目を孕んだとき、どうするのか。サトをはじめ、どの女も四人目など気にせず島民と等しく交じり合った。
体型もかなり変わってきた。度重なる妊娠出産を経て、十四のサトの胸は以前の板のような胸と違い、ふっくらと膨れ乳房を成していた。
出産から妊娠までの時間が短いため、母乳は常に出ていたし、色もだいぶ黒ずんできた。やがて四人目を孕んだ。


この島には原始的な堕胎の方法があったが、母体を著しく損なうので余程のことが無い限り産むことになっている。
四人目の赤ん坊を夫とサトは抱え、集落のある南側から普段島民が立ち寄らない北側へと向かった。
蛭子と呼ばれるこの赤ん坊には社会的な価値が無く、腹を痛めて産んだ子といえどもサトには何の感慨も無く、藪の中に無造作に放って去っていった。
帰り道で夫といつものように腕を絡ませ合い、遠くに響く泣き声を無視して唇を重ねあった。
我々の常識では、親が子に愛情を与えることはほとんど本能のように思われているが、人口増加による飢饉を避け集落を維持するという意味では、
余計な子供を切り捨てるというのは実に理性的な判断であるといえ、これも長い島の歴史で培われたある種の本能なのかもしれない。

そもそもが、限定された土地なのである。
有限の資源を奪い合えばかならず争いが起こり、争いは結果として集落を危険に追いやる。
この島にも幾度かそうした危機を迎えたことがあるので、先人の知恵はこれを修正しようと試みた。それがこの子捨ての風習である。
これが結果として、老人を養う余剰を生み出し、我々の世界で行われていた姥捨てを防ぐことにもなっており、残酷に見えるそれはもう一つの残酷を防止しているのだ。
そもそも、この島では赤ん坊に人格があるとは信じていない。ましてや人権という概念も無いので、赤ん坊とは育てていくことで人間に成るものだと信じている。
まだ言葉も話せぬ赤ん坊と、人生の中で人格を形成していった年寄り、どちらを優先すべきかといったら島民は必ず後者と言うであろう。


ところが、捨てられた先で奇跡的に生き延びる赤ん坊もいる。
何も知らない、何の言葉も持たないその蛭子は、北側で成長するうちにさまよい、南側へとやってくることがある。
島の女たちが赤ん坊を海へ落とさず、山へ捨てるのは半ば作為的なものがあり、年に数回ほどこうして訪れる蛭子を、村人たちは狩る。
蛭子はわけもわからぬまま束縛され、しばし小屋に監禁され、暗闇の中で餌を与えられ続けて、春、豊作を祈る祭りが行われる日に殺される。
その日ばかりは静かな島民たちも罪人の末裔たる目をしており、この年は七つほどに成長した雌の蛭子一匹が犠牲となった。
野生児であるその蛭子を、しっかりと洗い着物を着付け、少しの化粧を施し、島民と同じような格好に仕立て上げる。
まるでふつうの人間と変わらないようにすることで、彼ら島民の血はいよいよ残虐に滾るのだ。

島の始まりに流刑の罪が存在し、それは脈々と受け継がれていった。長が取り仕切るこの祭りが佳境を向かえ、鎖によって大の字にさせられていた娘が解体を迎える。
それまでも、島民たちは代わる代わる蛭子の少女を嬲り、全身には痣や創傷が刻まれ、普段異常性欲の無い男たちも膣を引く裂くように犯し続けていた。
やがて逆さ吊りにされた少女は、島民たちの手により脚から少しずつ刀で一口大にえぐられ、そして生きたまま食われてゆく。
悲鳴絶叫は他の人間と同様の声をしており、それがどうしようもなく彼らの罪人としての本能を刺激する。
時に刀が上手く入らず、皮膚をべろりと数十センチほど剥いでしまうこともあるが、その不器用さがまた興奮を誘い、
吊るされた少女は頭部に血液が溜まった分だけ失血しており、正常な意識のままどの獣よりもおそろしい人間の残虐性を味わうことになる。


出血を調節する縄が股間で縛り付けられており、脚が骨むき出しになっても少女は生きていた。
腱や筋などで繋がれているため下半身が骨の少女が落下することはなく、上下反転した世界の中で少女はひたすら苦痛に喘いでいた。
やがて膣に刀を噛ませ、そこから恥骨を伝うようにするっと裂き、みぞおちの辺りまで切り裂くと内臓がべちゃべちゃとこぼれて血たまりを跳ねた。
春の晩はまだ寒く、割れた腹からは湯気があがっていた。
二十一になったサトの順番が回ってきた。ひっくり返されたはらわたの向こうから少女の目が覗いていた。まだ生きていた。
そして直感的に、サトと少女は自らが親子であることに気付いた。
本能的に母へ助けを求めた少女であったが、サトの瞳はどろりと欲望に渦巻いており、自らの娘を手にかける悦びに酷薄な笑いを浮かべていた。

やがて祭りが終わると、口元の鮮血を水でゆすいだ島民たちは先ほどまでの興奮が嘘のように落ち着きを取り戻し、それぞれの家についた。
サトはといえば、もう長いこと連れ合っている夫と腕を絡ませ、その間中、キャンディのように卵巣を舐め続けていた。
あの蛭子、おれたちの子かもしらんなぁ、と夫が言った。たぶんそうかも、とサトは答え、奥歯で卵巣をすり潰した。
それを飲み込むでもなく、道端でペッと吐き出した瞬間が、サトにとってこの祭りで一番興奮した瞬間であった。
己の背負っている業というものをよく理解しているからこそ、この残虐性は島民以外の者へ対して常に向けられ、だからこそ集落を維持できているのだ。


ところが数年後、本土では領土領土とやかましくなり、サトの島も日本政府の支配下に置かれることとなった。
駐在所が置かれ、外部の者が派遣される中で、例の集会所は役場となってしまい、あの風習も執り行われなくなった。
本土の人間が持ってきた「常識」という尺度は島民の間でも広がり、それまでの行為というものが彼らの尺度からすればとんでもなくおぞましいものであると理解した。
今までの風習は決して彼らにとっての罪悪ではなかった。だが、一度罪悪だと思ってしまえばそれは悪徳以外の何物にも映らないのである。
同化政策だといわんばかりに学校が立てられ、義務教育が施され、夫婦は互いの肉体を排他的に独占することが善とされ、人肉を喰うこともなくなった。

サトと夫、そして三人の娘は島を離れて本土へ渡って仕事をすることになった。
知らず知らずの間に本土では都会なるものが形成され、都会という場では隣人は流動的で結び付きというものが無かった。
三十のサトは幾度か身体を売ることもあったが、あの島とは違い、惨めさというものが付いてまとったので、やがてやめた。
夫も夫で、今までの習慣が抜けきらず、三人の娘それぞれと毎晩のように性交していたが、末の娘がうっかり口外してしまったため、周囲からは蔑まれるようになった。
たびたび転居を重ねる中で、次第に一家は本土への溶け込み方を学んだ。
だが、時折どうしようもなく人の肉の味が懐かしくなりながらも、その欲求を生涯押さえ付けながらサトは肺結核で死んでいった。
三人の娘のうちの、一番あの島の色を残している長女が、死の際の母に対してこっそりと自らの指を切り、血を与えていたというが、今はその長女も社会と同化している。

344 名前:淫らな孤島のDNA[sage] 投稿日:2012/10/17(水) 20:13:53.56 ID:lHoLUdwk [12/13]
現代になり、あの島はダイビングなどをメインとした観光地となっているが、人々はもっぱら島の自然を楽しむばかりであり、島の歴史を知ることはない。
長の子孫は訪れた研究者に対しても口を閉ざしているが、時折、島の者にはひっそりと島の過去を語ったりもしている。
一方、本土で生活している子孫たちといえば、すっかり普通の生活を営んでおり、自分のルーツを知らない者がほとんどである。
その中の一人に、里恵という少女がいる。
いまどき珍しいセーラー服の中学に通っているが、時折、無性に残虐な気持ちになり、昔から同級生をカッターで切りつける問題児だった。

里恵の父は里志という。
里志の母は里絵子という。
里絵子の母はサトという。

やがて里恵は人間の肉を求めて闇に潜むようになり、少女を物色するようになった。
路地裏でどろりとした欲望を携え、酷薄な笑みに歪んだころ、一人目の犠牲者が出た。
この手の猟奇殺人事件は男性によるものだと決まっているものであるし、ましてや少女の仕業だとは世間も警察も思わなかった。
まだまだ犠牲者は増えるであろう。



345 名前:反省文[sage] 投稿日:2012/10/17(水) 20:18:43.02 ID:lHoLUdwk [13/13]
思いっきりageてしまった。
たまにはこういうのをゴリゴリ書きたい気分になるものです。
「津山三十人殺し」の本を読んだときにちょっと思いついた舞台を広げてみようかと考えたけど、
書いてる途中にスタミナが尽きた。もっと世界を掘り下げることもできたと思うけどこれが一発書きの限度。
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