極めて容赦のない描写がメインになりますので、耐性のない方、および好きなキャラが残酷な目に遭うのがつらい方はご遠慮ください。

324 名前:青月 ◆/W8AnhtEnE [sage] 投稿日:2009/08/30(日) 08:46:05 ID:JKC+73KV [1/15]
 毎度、『蓮弓天女』ネタを投下させていただいている者です。
ブルーマンデーを直訳したコテをつけてみました。

 さて、もうそろそろ遅いところも学生の夏休みも終わりですが、前回投下分から続くような形の
蓮弓天女外伝『SV(Summer Vacation)ガール』を投下させていただきます。
妙に長くなってしまったので、連投規制を避けるためまず前半部分を投下させていただきます。
後半部分は夜か明日にでも投下できたらと思っております。

 ではお楽しみいただけたら幸いです。




「アタシの名はSV(Summer Vacation)ガール! 子供たちを守って安らぎと楽しみをもたらす正義の戦士よ!」

 目の前に現れた僕の窮地を救ってくれた女の人がポニーテールを揺らしてそう叫んだことは覚えている。
だが、気がつくと僕は朝日の光が降り注ぐ民宿の布団の中にいた。
夢とも現実ともつかぬ記憶だけが頭の中に残り、僕は戸惑いを覚えていた。


 その日、旅行を終え僕は両親と共に家へと帰った。
帰路は車で数時間もかかり、朝早くに宿を出たのに家に着いたのはもう午後だった。

ピンポーン。

 荷物を下ろして、数日ぶりの部屋のベッドで寛いでいるとチャイムの音が廊下から聞こえた。
「あら、すみちゃん。こんにちは。」
「おばさんお帰りなさい! 旅行は楽しかったですか?」
「ええ、楽しかったわ。私たちが行った海はね――」
開けっ放しの扉から玄関で話す母さんとお客さんの声が聞こえる。
お客さんは若い女の人みたいだ。かなり親しげに母さんと話している。
誰なんだろう?と気になり僕は1階に向かった。

「あ、道哉くん! おかえり!」
階段を下りた僕に視線を向けたお客さん。
僕より頭半分に背の高い肢体を白のTシャツと若草色のミニスカートで包んでいる若い女の人だ。
ポニーテールに結わえた髪の下の整った目鼻立ちを僕に向けた彼女。
「あっ!?……えぁっ!?」
驚きから奇妙な声を上げて僕は彼女の姿を見つめることしか出来ない。
なぜなら彼女は服こそ普通の女性だが、その顔は昨日僕を救ってくれた"SVガール"のものにそっくりだったのだ。
「どうしたの? お姉さんの顔を見忘れちゃった?」
彼女はニコッと笑いながら話しかけてくる。
「すみちゃんごめんなさいね。この子ったら昨日、時計を忘れて夜に砂浜に取りに行ったりして寝不足なのよ。
 帰りの車の中でもずっと寝ていたのよ。ほら、道哉! シャキッとしなさい!」
呆然としたままの僕に母さんの窘める様な声が耳に響く。

「そうなんですか、おばさん。今、夏休みの宿題を見てあげようかなって思って、アタシお邪魔したんですけど
 道哉くんの頭を目覚めさせるには好都合ですね。上がっていいですか?」
「ええどうぞどうぞ。道哉の好きにやらせたら宿題なんてやるわけ無いんだからみっちりしごいてやってね。
 あとで御土産のお菓子を持っていってあげるわ。」
「ありがとうございますっ!」
僕が口を挟む間もなく話は進み、彼女と一緒に部屋に行く羽目になってしまった。

「と、ところであなたは……だ、誰なんですか?」
部屋に入ってベッドの際に座りかけた彼女におずおずと話しかける。
「昨夜会ったでしょう? アタシの名前はSVガール。キミに安らぎと楽しい休みをもたらすための戦士よ。」
「そ、それは覚えてますけど……何で母さんはあなたのことを知っているんですか?」
「それはね、キミと一緒にいても不都合が無いように世界の法則を少し弄ったんだ。
 今のアタシは"夏谷 澄魅"(なつや すみ)って名前で道哉くんの幼馴染のお姉さんってことになっているの。ほらっ!」
そう言って彼女は窓のレースのカーテンを開ける。
隣は空き地のはずだったが……
「えっ!? い、家が?」
「あれがアタシの家。」
2階建ての家が忽然と建っていた。

「うーんと、他に設定としては『両親は転勤のためでアタシだけの一人暮らし』、『道哉くんより3つ年上の
 高校1年生のお姉さん』ってところが重要かな?
 それじゃあ、道哉くん。アタシと一緒に楽しい休みを過ごそうね!」
そう言って澄魅さんは向日葵のように明るい笑みを僕に向けた。



 母さんが持ってきた御饅頭を食べながら僕は澄魅姉ちゃんが話す驚くべき事実を聞いた。

・『ホリデー』という力を使い、『ヘイジツーシスターズ』という敵と人々の休みを守るために戦う存在がいること。
・澄魅姉ちゃんもその一人であるということ。
・普段人と接触することは無いが、イレギュラーな事態で襲われそうになった僕を救ったことで
 澄魅姉ちゃんは僕を守る専属のような存在になってしまったこと。

「大丈夫、昨日も見たでしょう? アタシ強いんだから、道哉くんの事絶対に守って見せるから!」
張り切った表情を見せる澄魅姉ちゃん。
――僕は澄魅姉ちゃんのことを本当の幼馴染のお姉さんのように思ってしまい、つい姉ちゃんという
呼び方をつけてしまう。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「そ、その……その格好のときはSVガールって呼ぶのも変だし、どう呼んだらいいかわからないから
 す、澄魅姉ちゃんって呼んでいいですか?」
「えっ!?……うん、もちろんいいよ!」
おずおずと呼び方について切り出してみたら、澄魅姉ちゃんはとっても嬉しそうに応えてくれた。



 8月も半ばを過ぎたある日。
これまでの夏休みの間、僕は澄魅姉ちゃんととても楽しい時を過ごしてきた。
澄魅姉ちゃんは僕の中学校を卒業したことになっているので勉強も教えてくれたし、一緒にプールに行ったり
テレビゲームを楽しんだりするうちにあっという間に日が過ぎてしまった。

 今日、僕は澄魅姉ちゃんと一緒に家の近くの大きなショッピングセンターに遊びに来ていた。
今はちょっと僕は澄魅姉ちゃんから離れてアクセサリーのお店を眺めていた。
(澄魅姉ちゃんに似合いそうなアクセサリーとかあるかな?)
男らしいところを見せようと思って、僕は澄魅姉ちゃんへのプレゼントになりそうなものを探しているのだ。
色とりどりの装身具、カジュアルな店であることもあり物によっては僕でも買えそうな値札がついている。

「あら? 結城くん。」
 その時、背後から柔らかな声と共に僕の肩に手がかけられた。
慌てて振り向くと、そこに立っていたのは学校の担任の吉岡先生だった。
セミロングの黒髪に優しげな瞳を覆う眼鏡。
穏やかな笑みを浮かべるその綺麗な顔立ちで見つめられ僕は思わずドキッとした。
淡いブルーのワンピースを着ている先生の学校でのスーツ姿とのギャップにも胸を昂ぶらせてしまう。

「どうしたの?……もしかして、好きな子へのプレゼント?」
「えっ!?……あぁっ……。」
囁くような声で心の中を見通したように告げる先生に僕は動揺を隠せない。
確かに僕は自分でアクセサリーをつける事なんて無さそうな子供だけど……
「どんな子? ひょっとしたらクラスの子?」
とっても楽しそうに先生は問いかけてくる。
「い、いや……ち、違います! 家の隣の幼馴染のお姉さんです。」
誤解を与えてはまずいと思った僕はつい正直に答えてしまう。
「あらっ……えーと、確か……夏谷さんね? 去年卒業した子でしょう?」
先生の記憶にも澄魅姉ちゃんの存在が埋め込まれていることに驚く。
「は、はい。そうです。」
「そっかぁ……あんな綺麗な子が結城くんの彼女なのね。」

 思わず否定しようとしたが先生は話を続ける。
「で、何をプレゼントしようとしたの?」
「この辺のネックレスとかです。」
いくつかネックレスか並んだ棚を示す。
「そうね。夏谷さんに似合いそうなネックレスね……。結城くんはどれにしようと思ったの?」
そう問いかけられて、僕は気になっていた鎖の先に赤く輝く石がついたネックレスを指差した。



「これです。」
「うん……ガーネットね。結城くん、これにしなさい!」
先生はまじまじとその石と側の説明の札を見つめると自信たっぷりに命令した。
「えっ!? な、なんでですか!?」
「この宝石、ガーネットの石言葉は『情熱・変わらぬ愛と忠誠』だそうよ。元気一杯で結城君からの愛がたっぷりの
夏谷さんにはピッタリじゃない!」
「あ、ありがとうございます!」
「いいのいいの、彼女と楽しんでね。それじゃあ結城くん、また2学期学校でね!」
そう先生は言い残して立ち去った。
ガーネットのネックレスは僕の1月分のお小遣いで何とか買える金額だった。


「プハぁー! おいしいッ!」
マンゴージュースを口にして笑顔を浮かべる澄魅姉ちゃん。
それぞれの買い物を済ませて落ち合った僕と姉ちゃんは、一息を入れるためにカフェを訪れていた。
黄色く甘い飲み物を味わっている姉ちゃんに声をかける。
「あのさ、姉ちゃん。」
「んっ?……どうしたの、道哉くん?」
「こ、これ、姉ちゃんに似合うかなって思って……。」
バッグからリボンのついた小袋を手に取り澄魅姉ちゃんに差し出した。
「えっ、プレゼント!? 何なんだろう?」
澄魅姉ちゃんは嬉しそうに笑いながら袋を開けた。
「うそっ、すごい綺麗! 道哉くん、こんなの貰っちゃっていいの!?」
包みから現れたネックレスを手に取って驚きで目を丸くしている。
「うん、た、たいしたものじゃないんだけど……むぅっ!」
姉ちゃんのあまりの喜びように嬉しさと恥ずかしさを覚えてしまい、もじもじと話す僕。
その口唇が突然柔らかいもので塞がれた。

机の上に身を乗り出した姉ちゃん。
その紅い口唇が僕の口唇に重ねあっていたのだ。
(き、キスッ!?)
僕は驚きで固まってしまう。
睫毛の一本一本まで見て取れる近さに姉ちゃんの笑顔がある。
女の人の甘い香りが僕の鼻腔を震わせ、瑞々しい澄魅姉ちゃんのリップが僕の口唇に柔らかな感触を伝える。
僕にとっては永遠とも思える時間。
やがて姉ちゃんは口唇を離した。
僕のことを笑みを浮かべて見つめる澄魅姉ちゃん。
二人の唾液で濡れ、艶やかに光る朱色の口唇。
その下の襟元に同じような色彩を輝かせる宝石が揺れていた。

「ありがとう、道哉くん。今のはアタシからのほんのお返し!」
僕のファーストキスの相手となった姉ちゃんが明るく口にする。
「う、うん……ねえちゃんに喜んでもらえて……僕も嬉しいよ。」
初めての接吻の衝撃で頭がまだぐらぐらとしている僕は辛うじてそう答えることが出来た。



8月26日水曜日。

 変わらない夏休みの朝を僕は迎えた。
ベッドから離れて身支度を整え朝食をとる。
いつも食べ終わる頃に澄魅姉ちゃんが僕の家のチャイムを鳴らして入ってくるのだけど
今日は不思議なことに呼び鈴の音は食卓に響かなかった。
「あら、澄魅ちゃんどうしたのかしら?」
夏休みになってから毎日繰り返されてきた澄魅姉ちゃんの来訪が無いことに、母さんが食器を
片付けながら疑問を口にする。
「寝坊でもしたんじゃないかな? 澄魅姉ちゃんの部屋、昨日真夜中まで電気がついていたよ。」
「そうなの? でも道哉は何でそれを知っているのかしら?」
深夜までゲームをしていた僕は、隣の家の澄魅姉ちゃんの部屋にずっと明かりがついているのを見ていた。
不用意にそれを口にしたらたちまち母さんが突っ込みを入れる。
「えっ!? いや、それは、まあっ。……あっ、子供のとき見ていたアニメが再放送でやっているんだ。
 ちょっとそれ見るね!」
しどろもどろになる僕はテーブルの上の新聞のテレビ欄を目にして慌てて話題を変えた。


「おはようございます、おばさん。おはようっ、道哉くん!」
 ちょうどアニメを1話見終わったときに澄魅姉ちゃんが姿を見せた。
上半身のTシャツ姿はいつもの姉ちゃんだが、下に長いジーンズを穿いているのが目に止まった。
いつも姉ちゃんはスカートやハーフパンツといった膝辺りまでの肌を晒す服を着ていたからちょっと目新しく感じたのだ。
「おはよう、澄魅姉ちゃん! いつもより遅かったけど、寝坊したの?」
「あっ……う、うん……目覚ましたくさんかけていたんだけどちょっと昨日寝るのが遅かったから。」
その疑問はすぐに掻き消え、姉ちゃんに問いかける。
少し言葉を詰まらせながらも澄魅姉ちゃんはそう答えた。


「マイナスとマイナスをかけたら正の数になるからこうだよね、澄魅姉ちゃん?」
「うん、それであってるよ。」
僕は自分の部屋で澄魅姉ちゃんに見てもらいながら宿題をやっていた。
「あっ、もうノート終わりだ。」
続きの計算を書こうとノートを捲ると最後の1ページになってしまった。
「新しいノートあるの?」
「うん、えーと……あっ! 本棚の一番上の棚だ。」
僕は新品のノートが並べられた棚を指差す。
「なら、アタシが取ってあげるね。」
僕の身長は150cmちょっとしかない低さだ。けど澄魅姉ちゃんは僕より頭半分以上背が高く、腕もスラリと長い。
僕なら踏み台が無ければとてもノートには届きそうにないが、姉ちゃんはうんと背伸びをすると手を伸ばした。

「よいしょ、もう少し…………あぐッ!!」
 プルプルと震える指がノートに届きそうになった瞬間、突然澄魅姉ちゃんは呻き声をあげてそのまま倒れてしまった。
「姉ちゃん!?」
僕は床の上に転がった姉ちゃんに慌てて近づく。
「ぐっ……うううぅぅっっ……」
姉ちゃんは左膝を両腕で抱えるようにして身体を丸めていた。
顔には脂汗が浮き出て、いつも明るい声しか口にしない姉ちゃんが呻きを漏らしてしまっている。
「姉ちゃん! 怪我したの!? 大丈夫!?」
僕はオロオロとしながら、姉ちゃんのジーンズに隠された膝が恐ろしいことになっていないか怖くなり
Gパンを足首から引き捲くっていく。
澄魅姉ちゃんは僕が脚に手を当てても何も応えずに眉をしかめて痛みに苦しんでいた。



「あっ!」
 やがて露わになる澄魅姉ちゃんの左膝。それを目にした僕は思わず息を呑んでしまった。
姉ちゃんの膝にはグルグルと包帯とテープが厚く巻かれていたのだ。
「ね、ねえちゃん……どうしたの……これは……?」
あまりにも痛々しい姿に僕の声は震えてしまう。
「び、ビックリ……させちゃったね……。うぐっ……き、気にしないで……昨日少し、ドジっちゃっただけだから……。」
姉ちゃんは青ざめた顔に何とか笑みを浮かべようとしながら僕にそう語る。
でもこれはちょっとやそっとの怪我であるはずが無い。
その時、ふと僕は閃いてしまった。

「姉ちゃん……僕の休みを守るために敵と戦ってこんな大怪我したの?」
「あっ……そ、それは……。」
姉ちゃんは目を見開いた後、眉を伏せる。
「ぼくのせいで……姉ちゃんが怪我しちゃったの?」
「いや、そうじゃないよ! これはアタシのドジのせい……道哉くんのせいじゃないよ。」
「でも……でも……。」
「……白状しちゃうとね。確かに昨夜の戦いでこの傷を負っちゃったんだけど、今日道哉くんが
 休日を迎えられているってことはアタシが勝ったってことなのよ。
 気にしなくていいよ。これがアタシの使命なんだから。
 それに前に言ったでしょう、道哉くんのことは必ず守ってみせるって。
 アタシは休日を守る正義の戦士、SVガールなんだから! 心配しなくても大丈夫!」
そう言って澄魅姉ちゃんはニッコリと笑った。



 その日の夜。
僕は電気を消した部屋、その開いた窓の側でそっと耳を澄ませていた。
ガチャッ!
かすかにドアを開ける音が聞こえた。
そっと外を覗き見ると、隣の家の玄関が開き澄魅姉ちゃんが姿を見せた。
昼間見せた苦痛の表情、あんな怪我を負ったままなのに姉ちゃんは真夜中に出かけようとしているのだ。
ひょっとしたら戦いに?
もしやと思って澄魅姉ちゃんの家の様子に気を配っていた僕の心に、本当に姉ちゃんが姿を現したことで
強い不安が生まれる。
僕はそっと1階に降りて玄関の扉を開ける。
外に出て門の陰から道を見渡すと、少し先に澄魅姉ちゃんの後ろ姿が見えた。
僅かに左脚を引き摺っている姉ちゃん、僕はこっそりとそのあとを尾けていった。



「あぐううううぅぅッッッ!」
 大きな枝に弾き飛ばされた澄魅姉ちゃんが石畳の上を滑るように転がる。
SVガールに変身した姉ちゃん、そのスーツのメタリックな部分はあちこちがひび割れてしまっていた。
「うぐっ!……あうっ!」
痛みに呻きながら、姉ちゃんは地面に手を突いてゆっくりと立ち上がる。
脚にはガクガクと震えが走り、立っているのが精一杯のSVガール。
でも姉ちゃんはファイティングポーズをとり、額から流れた血で汚れてしまっている顔を敵に向けた。

「あら、まだそんな目が出来るのね!」
 辺りに響く可愛らしい声。
澄魅姉ちゃんが視線を向けた先には僕の同い年ぐらいの一人の女の子が立っている。
彼女のことを姉ちゃんは『木曜日』と呼んでいた。
姉ちゃんを追って近くの公園に足を踏み入れた僕。
そこで繰り広げられていたのは信じられない光景、SVガールに変身した姉ちゃんと木曜日の死闘が繰り広げられていたのだ。
強くかっこいいSVガール、澄魅姉ちゃんのその姿を見るのは夏休みに入ってすぐの時以来だった。

「でも、連戦でもう戦闘で消費するホリデーの量に、身体の中で生み出されるホリデーの量が追いつかないみたいね。」
(まさか、ずっと澄魅姉ちゃんは僕のために戦っていてくれたの?)
木曜日の言葉に胸が張り裂けそうになる。
木の影から戦いの様子を見る僕にも姉ちゃんの劣勢は明らかだった。
SVガールは飛びかかったり、手から光る玉を撃ち出したりしているがすべて木曜日の周りの地面から生えた木の幹や
大きな枝のようなものに防がれてしまっている。
逆に木曜日が振るうその枝は避けようとする姉ちゃんの身体に当たり、その度に姉ちゃんは大きく弾き飛ばされてしまっていた。


「そんなボロボロの身体で健気ねぇ……でもそろそろ終わりにしてあげる。」
 木曜日は10本近い枝を澄魅姉ちゃんに向けて狙いを定める。
姉ちゃんはハッと目を見開いたが、次の瞬間口唇を噛み締めて木曜日を睨む。
嵐の前の静けさ、緊迫の時間が流れる。
(あっ!?)
僕は左に澄魅姉ちゃん、右に木曜日が見渡せる広場の横の茂みからその様子を眺めていた。
その澄魅姉ちゃんの更に背後の石畳がボコッと盛り上がり、木曜日の枝が突き出る。
後ろから狙う凶刃に全く気づかず前方の木曜日を見据えている姉ちゃん。

「姉ちゃんあぶない! 後ろ!」
「えっ!?」
次の瞬間、茂みから顔を出した僕は叫んでいた。
驚いた様子で僕の事を見る姉ちゃん。
だが、すぐに背後の枝に気づいて自らの身を貫こうと伸びたそれを蹴り上げた。
空へ向かって弾かれる枝。
「えっ!?」
澄魅姉ちゃんの窮地を救えてホッとする間もなく僕は息を止めてしまう。
ニヤリと僕を見て笑みを浮かべる木曜日、その周囲の枝が僕のほうに一斉に向けられたのだ。
凄まじい速さで伸ばされる枝、僕はそれをただ見つめるだけで身体を動かすことが出来ない。
その視界を遮るように影が現れた。
青色のボディースーツに包まれた大きな背中、メタリックなアームカバーやブーツを穿いたスラリとした手脚。
SVガール、澄魅姉ちゃんだ。

「サンライトアタックッッ!」

 姉ちゃんは右手を引くと叫びながら突き出した。
その腕からまぶしい光、夏の太陽のような光の渦が木曜日の枝に向かって放たれた。
爆発的に炎を噴き上げて焼き尽くされる枝。
しばらくして炎が消えたそこには木曜日の姿だけしかなかった。



「やるわね……そんな量のホリデーを残していたなんて。でもいいの? ここでホリデーを使い切っちゃって?」
「お前に心配される筋合いは無い……。」
残った木曜日も服を焦がし、立っているのがやっとという有様だ。
彼女の声に応じた澄魅姉ちゃんの声は今まで聞いた事の無い凄みのあるものだった。
「まぁ、いいわ……わたしからの最後のプレゼント……。」
そういって木曜日はガクッと倒れる。
次の瞬間、風切り音が僕の耳に飛び込んでくる。
ふと上を見上げた僕。そのすぐ目の前に木曜日の枝が迫っていた。
(えっ……あっ!? 姉ちゃんが蹴り上げたやつ!?)
位置がずれていたので澄魅姉ちゃんの技で焼かれなかったのだろう。
僕は声を上げる余裕すらなかった。
「うわっ!」
固まっていた僕の身体が突き飛ばされる。

ザシュッ!

「ぐうぅッ!」
尻餅をついた僕の目に映ったのは、右腕を貫かれ顔を歪めて呻く澄魅姉ちゃんの姿だった。

「あら…………ざんね、ん……。」
地に倒れ伏した木曜日がその様子を見て呟くと彼女の身体は光に包まれて掻き消えた。
同じように澄魅姉ちゃんを貫いた枝も消える。
「澄魅姉ちゃん!? 大丈夫!?」
あわてて僕は立ち上がって姉ちゃんに近づく。
澄魅姉ちゃんが僕のほうに向き合った次の瞬間。

バチンッ!

 僕の右頬に熱い痛みが走った。
「どうして来たのっ!?」
血で汚した顔に怒りを浮かべ、昂ぶった声をあげる澄魅姉ちゃん。
姉ちゃんに僕はビンタされたんだ。
「ね、姉ちゃんのことが心配で……こんなことになるなんて、グスッ…ご、ごめんなさい……。」
窘められたり注意されることはあったが、姉ちゃんから怒りをぶつけられるのは初めてだった。
姉ちゃんに嫌われたくない想い、僕を庇って傷ついた姉ちゃんに対する申し訳なさ、様々な想いが頭を巡り
思わず僕は涙を零してしまう。

 僕の事を見つめている澄魅姉ちゃん。
その表情が怒りから悲しげなものに変わっていく。
そしてその姿もSVガールのコスチュームから元の私服に戻った。
「あっ。」
泣きじゃくる僕の頭の後ろに澄魅姉ちゃんの腕が回され、そのまま姉ちゃんの胸に顔を押し付けられた。
ワンピースの布地を涙で濡らしてしまい、その下の柔らかな感触に顔を離そうとするが姉ちゃんの腕の拘束は解けない。
「ぶっちゃってゴメンね、道哉。」
優しげな声が頭の上から聞こえる。呼び捨てられても嫌な気分は全くしなかった。
「でも、道哉のことすごくアタシは大事に思っているの。アタシは道哉の休みのためなら何でも出来る。
 だから道哉は危ないことをしないで楽しい休みを送って、それがアタシの願い。」
柔らかな胸、そこから伝わる温かさで僕の涙と頬の熱さは引いていった。

 やがて澄魅姉ちゃんの腕が解かれる。
顔を上げた僕の目に映ったのはいつもの姉ちゃんの表情だった。
「道哉くん、帰ろう!」
「うん、姉ちゃん。大丈夫?」
傷ついた姉ちゃんを心配して声をかけるが、澄魅姉ちゃんは柔らかな笑顔を浮かべて頷いた。
僕はよろける姉ちゃんに肩を貸して支えながら家路についた。



「おじゃまします。」
 翌朝、僕はホーローの鍋を手に持って澄魅姉ちゃんの家を訪れていた。
朝食後も姿を見せない姉ちゃんを心配する母さんに
『ちょっと昨日具合悪そうだったから、風邪でもひいたんじゃない?』
と取り繕うように答えたところ、母さんは手早く野菜たっぷりのスープを作って僕に持っていくように命じたのだ。
前に預けられていた鍵で玄関を開け、中に入る。
1階に人の気配は無い。
昨日の戦いで酷く傷ついた姉ちゃんはまだ起き上がれないのだろう。
食卓に鍋を置いて、静かに階段を上がっていく。

 トントン
澄魅姉ちゃんの部屋の扉をノックしたが返事は無い。
「姉ちゃん? 道哉だよ。」
声をかけてみたが姉ちゃんの応じる声はしない。
あれだけ酷い怪我を負ったのだからひょっとしたら……
最悪の展開を想像してしまい、僕は慌ててドアを開けた。

「あっ…あ、みちや、くん?」
部屋の中に入った僕。
するとベッドの上でタオルケットに包まった澄魅姉ちゃんが薄っすらと目を開けて僕を見る。
「あ、ご、ごめんなさい。起こしちゃった?」
僕は早とちりで姉ちゃんの安眠を妨げてしまったのだ。
「ううん、そんなことないよ。おはよう、道哉くん。」
「お、おはよう、澄魅姉ちゃん。」
穏やかな声を僕にかけてくれる姉ちゃん。
優しげだけど、いつもよりちょっと弱々しい声だったのが僕の心を揺らす。
「姉ちゃんのことを母さんに問われて『風邪だよ』って誤魔化したらスープを持ってけって言われたんだ。
 下に置いてあるけど今飲む?」
「ありがとう、でも今は食欲が無いから後でいただくね。」
姉ちゃんは頭を横に振って答える。
いつもの元気一杯の姉ちゃんとは違う弱々しい姉ちゃん。
僕の胸はその姿を見て締め付けられる
「ね、姉ちゃん、看病とか手伝えることある?」
「大丈夫。傷はホリデーの力で治癒されるから、一日もあれば歩けるようになると思うから心配しないで。
 道哉くんは家に帰って自分の楽しいことしていて。」
そんな状態でも姉ちゃんは僕を優先するのだった。

 ますます胸に痛みが走り、ついに涙が零れ出てしまう。
「姉ちゃんの側にいたいんだ。邪魔なの、僕?」
心と共に震える口唇が言葉を紡ぐ。
澄魅姉ちゃんは驚いた表情を浮かべ、一転して優しげな笑みを僕に向けてくれた。
「そんなことないよ。でも、つまらないでしょう? 今日はアタシは道哉くんと遊ぶことも出来ないし。」
「ううん、姉ちゃんと一緒にいるだけで僕はとっても楽しいよ。それにほら。」
窓の外、暗くなった空にちょうど雨音が響き始める地面を僕は見る。
「雨が降り始めたみたいだから外には出かけられないしさ。」
「そう、なら道哉くんのしたいようにしていいよ。」
「ありがとう、澄魅姉ちゃん。」



 母さんに澄魅姉ちゃんの家で過ごすことを告げた後、僕は姉ちゃんのベッドの傍らで本を読んでいた。
姉ちゃんはときたま穏やかな視線を僕に向けて、僕が見返して目が合うと優しい笑顔を見せてくれる。
ふとした瞬間に姉ちゃんが眠りにつき、柔らかな寝息の音が耳に聞こえてくることもあった。
窓の外から雨音が聞こえる静かな部屋。
僕は安らぎと楽しさに包まれた時間を過ごしていた。

「あぐっ!」
「ね、姉ちゃん!? どうしたの!?」
耳に飛び込んだ澄魅姉ちゃんの呻き声に急いで本から顔を上げて問いかける僕。
姉ちゃんはタオルケットを捲りあげて身体を起こそうとしていた。
「動いちゃダメだよ姉ちゃん!? 何かするなら僕がしてあげるから!」
側に寄ってベッドの上に座るのもやっとの姉ちゃんの身体を支える。
「だめだね、アタシ。」
姉ちゃんが自嘲したような言葉を吐く。
「道哉くん、お願いがあるんだけどいいかな?」
「なに?」
「ちょっと一人じゃ歩けそうに無いから一緒に支えて欲しいの。」
「歩くなんてそんな!? いいよ、何か必要なら僕が取ってくるから!」
起き上がるのも大変そうな姉ちゃんが歩くなんて……僕は驚いて姉ちゃんを止める。
だけど姉ちゃんは顔を俯かせて、かすかな声で応じた。
「……イレ……」
「え、何!?」
「……と、トイレに行きたいの……」
そう聞き漏らしてしまいそうな小さな声を発した姉ちゃん。
その顔は恥ずかしさで真っ赤にしてしまっているが、僕も申し訳なさで顔を赤く染めてしまう。
「ご、ごめん姉ちゃん。じゃあ、僕が肩貸すから行こう。」
ゆっくりと僕がその身体を支えながら姉ちゃんは足を床に下ろす
パジャマ姿の澄魅姉ちゃん。木曜日の枝触手で貫かれた右腕は三角巾で吊られている。
「じゃあ、行くね。」
僕は姉ちゃんの左腕を肩に回して立ち上がった。
思ったより姉ちゃんの身体は軽かった。
だけどその足はほとんど動かせず、半分引き摺るような形になってしまう。
少しでも姉ちゃんの苦痛を減らすように気をつけながら僕は歩みを進めていった。

トイレまで姉ちゃんを連れて行けた僕は、前の壁に寄りかかって姉ちゃんを待っていた。
しばらくすると水が流れる音が響く。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、ちょっと待ってて。」
もぞもぞ動く音が中から聞こえた。たぶん衣服を穿いているのだろう。
そう思って待っている僕だったが
ガタッ!
「ぐうぅっ!」
トイレの中から響いた鈍い音、そして姉ちゃんの声に驚く。
「大丈夫、姉ちゃん!? 開けていい!?」
僕の問いかけにも返答は無い。
急いで僕は扉を引いた。



「姉ちゃん!?」
僕が目にしたのは床に倒れている澄魅姉ちゃん。
扉に打ち付けたのであろう、額から血が流れてしまっている。
「あっ!……」
姉ちゃんの姿を目にして僕は一瞬視線を背けてしまう。
何故なら、足首まで下げられたパジャマのズボンと可愛らしい桃色のパンツ。
その上のムッチリとしたお尻が曝け出されてしまっていたのだ。
「あうぅ……」
姉ちゃんが漏らした呻き声にお尻のほうを見ないようにしながら応じる。
「姉ちゃん、しっかりして!?」
「……パンツも穿けずに転ぶなんて……アタシ、ダメだね…………」
か細い声を口にする姉ちゃん。
「ちょっと身体触るね。ごめん。」
出来る限りお尻の陰から覗く股の辺りを見ない様に気をつけながら、姉ちゃんのズボンと下着を引き上げる。

そのまま姉ちゃんを抱くようにしてベッドに戻った。
再びベッドに寝そべった姉ちゃんにタオルケットをかけてあげた時に
「ありがとう。」
そう僕に言ってくれた姉ちゃん。
いつも強い姉ちゃんの少し頼りない姿に僕の胸はドキッとしてしまった。



 夜も更けて、電灯の明かりがついた澄魅姉ちゃんの家のダイニング。
僕は澄魅姉ちゃんと机を囲んで母さんのスープを口にする。
「おいしいね。」
「うん。」
静かな食卓、姉ちゃんはだいぶ元気な姿を取り戻していた。
ちょっとおぼつかない足どりだけど支えなくてもベッドからここまで歩けたし、もう苦しい表情は見せない。
ホリデーによる回復力にに僕は驚かされていた。

「さて、そろそろ行かなくちゃ。」
洗い物を済ませた姉ちゃんがふと呟く。
「姉ちゃん、無茶だよ!」
夜になってからずっと思っていた恐れが現実のものとなり、僕は叫んでしまう。
澄魅姉ちゃんは今夜も僕のために戦いに行ってしまうんだ。
「これがアタシの使命なんだから。行かせて、道哉くん。」
困り顔で僕のことを見つめる姉ちゃん。
「イヤだよ! 姉ちゃんッ!」
「あいつを倒さないと道哉くんをとっても苦しめることになっちゃうの。道哉くんがアタシの苦しむ姿を
 見たくないのと同じように、アタシも道哉くんのそんな姿を見たくないの。」
「でも、でもっ! あっ!」
何とか姉ちゃんを押しとどめられる言葉を見つけようとする僕の口唇に触れる瑞々しい感触。
すぐ間近から姉ちゃんが優しげな眼差しで僕のことを見つめていた。

そっと僕と触れ合わせていた口唇を離す姉ちゃん。
「道哉くんはここで待っていて、必ず帰ってくるから……。」
強い意志のこめられた言葉。
僕はそれに抗うことは出来なかった。
「絶対帰ってきてね!」
ただ、姉ちゃんを失いたくない思いからそう応じる。
「うん、もちろんだよ。」
そう言って廊下に進む姉ちゃんの後を僕はついていく。
玄関のドアを開ける澄魅姉ちゃん。
降りしきる雨の音と涼しい空気が廊下に入り込んでくる。

「じゃあ、いってきます。」
振り向いた姉ちゃんは笑顔でそう言い残して僕の前から歩み去っていった。



 閉店時間を過ぎたショッピングセンターの広大な駐車場。
いつもならまだ従業員の一部は残っているような時間だが人の気配はまったくない。
それどころかすぐ前を通る大通りを走る車の音も聞こえてこなかった。
この世の原則から僅かにずれた空間、ただ降りしきる雨粒がアスファルトを濡らしていた。

 所々にある街灯に照らし出されるのは2人の女。
一人は若く、睨み付けるような強い視線を注いでもう一人の女と向かい合っている。
ポニーテールに結わえた髪から雨の滴を垂らす彼女は夏谷澄魅だ。
もう一人は澄魅より遥かに幼い、幼女といっていいほどの女の子だった。
だが澄魅は敵意を剥き出しにして彼女と対峙している。
それも無理はない、幼女の名は『金曜日』、人々を苦しめる悪のヘイジツーシスターズの末妹だった。

「木曜日お姉さまはどうにか倒せたみたいだけど、体を回復させるのにホリデーを使い切ったみたいだね。
 お前の身体からホリデーはほとんど感じられないもん。」
にんまりとした笑みを澄魅に向ける金曜日。
リボンで飾られた金髪、フリルのついた可愛らしい黄色のドレスを揺らしながら叫ぶ。
「お前のこと、わたしがたっぷりいたぶってあげるッッ!!」

「必ず帰るって言ったから……。」
俯いて静かな声で呟く夏谷澄魅。
「お前を倒して道哉くんの休日は守ってみせるっ! SVS(Summer Vacation System)セットアップッ!!」
顔を上げ、澄魅は力強く叫ぶ。
その声に応じて夏谷澄魅からSVガールへと彼女は変身を始める。

 彼女の身体から放たれる赤く光が身に纏う衣服を掻き消して、その裸身を露わにする。
首筋からツンと張った胸、すらっとしたウエスト、そして脚の隙間からかすかに茂みが垣間見える股間までを
青い競泳水着のようなスーツで覆われる。
そして赤い光が渦を巻くように澄魅の手足に巻きついていく。
やがて肘までの手甲、膝まで覆うメタリックなロングブーツに姿を変えた。

「子供たちを守って安らぎと楽しみをもたらす正義の戦士! アタシの名はSVガールッ!!」
戦う装いを身に纏い終え、金曜日に名乗りを上げるSVガール。
「へぇー、変身できるホリデーは残っていたんだ。……でも必殺技を撃てるほどのホリデーはなさそうだね。」
そう嘯く金曜日に躍り掛かるSVガール。
彼女は敵に勝る肉体を生かして接近戦で勝負をつけようとしたのだ。
身体を振って、硬い手甲に覆われた拳を幼女に殴りつける
だが突き出された腕は横からの閃光に弾かれてしまった。

 背後に飛び退って敵を見やる彼女の目に映ったのは、長い刃の細い剣を握る金曜日の姿だった。
「これは私の武器、『フライデーレイピア』よ!」
刃からも金色の光を放つ剣、今度は逆にそれを手にした金曜日がSVガールに襲い掛かる。
繰り出される刃を避け、手足の硬い鎧で捌く澄魅。
「くっ! うぐっ!」
脇腹のスーツが裂かれ、薄く血が滲む。
刃を防ぐために上げ、肢体を躍らせるようにステップを踏む脚。その太股にも赤い傷が刻まれてしまう。
SVガールの最高の状態ではない肢体は刃に追いつけず、徐々に浅い傷を負わされてしまっているのだ。

(く、こうなったら……いちかばちか……)
接近戦でも手詰まりに陥ってしまったSVガール。
これ以上不利になる前に彼女は決断した。
ザシュ!
「アグッ!」
わざと防御を緩ませ、隙を作った彼女。
その脇腹が深く刃に貫かれてしまう。
痛みに顔をゆがめるSVガール。逆に喜色を浮かべる金曜日。
次の瞬間、SVガールは大振りな蹴りを金曜日の頭めがけて放った。
一転して驚いた金曜日は慌てて刃を抜いてその脚を防ごうとする。
大振りな蹴りは不十分な体勢の金曜日を防いだ剣もろとも弾き飛ばした。



 間合いを得たSVガールは身に残ったホリデーを右手にかき集める。
(このホリデーの量でどこまでダメージを与えられるか……でも、やるしかない!)
彼女の瞳に剣を支えによろよろと起き上がろうとする金曜日の姿が映る。
肉弾の攻撃ではさほどのダメージを与えられないのだ。やはり必殺の技でなければ。
決意を込め、ありったけの力を右手に集中させる。
顎から滴る雨粒、もはや立っているのもやっとなほどに限界までかき集めた力。
「サンライトアタックッッッ!!!」」
がくがくと震える脚を一歩前に置いて、赤く輝く右腕を金曜日めがけて突き出した。
その手の先から放たれた強烈な光線はそのまましゃがみ込む金曜日に命中した。

 ドゴゴォォォーン!!
轟音と共に土煙に包まれる駐車場。
金曜日の姿が隠れてもSVガールは視線を外さずキッと見据えたままだ。

「えっ……あぁ……!?……ち、ちくしょう……。」

その瞳が見開かれ、力ない呟きが漏れる。
土煙が彼女の視線の先には、宙に浮かんで立つ大きな円状の盾、その影から顔をのぞかせた金曜日の可愛らしい顔があった。
「あー、びっくりした。思ったよりホリデーがあったんだね。そのままくらっていたら危なかったかも……。
 でも残念でした! この『フライデーシールド』のおかげでわたしは無傷だよ。」
小柄な身の丈を上回る盾の横でくるんと回ってお辞儀をする金曜日。

「さて、お返しだよ!」
 そう彼女が口にした途端、横の大盾が金色に輝きはじめる。
「フライデーバスターッッッ!!!」
SVガールの必殺技をも上回る、強烈な光の奔流が立ち尽くした彼女を飲み込んだ。
「あぎゃああああああぁぁぁっっっ!!!」
肌を焼き尽くされるような激痛、そして途方もない衝撃にSVガールは弾き飛ばされた。
「アギャッ!……う、グゥッ……。」
アスファルトの上を叩き付けられる様に跳ねた後、動きを止めるSVガールの身体。
戦う力、ホリデーを失った状態で凄まじい攻撃を身に受けた彼女は肢体を丸ませたまま動きを取れない。
そんなSVガールに、フライデーレイピアを手にした金曜日が近づいていく。

「ふん、無様だね。」
 傍らに立った金曜日に蹴られ、仰向けにさせられるSVガール。
そのコスチュームのメタリックな装甲は消失し、ボロボロに破かれた青いボディースーツだけが僅かに身を隠している。
露わになってしまった部分の肌には痛々しい数え切れないほどの傷が刻まれていた。
「あ……ぅぁ……。」
力強い意思の光が宿っていたはずの瞳は虚ろに曇ってしまっている。
「蓮弓天女の場合はホリデークリスタルを壊せば死ぬらしいけど、お前は違うんだよね?
 どうすれば殺せるのかお姉さまが言ってたと思うけど忘れちゃった。」
困ったように笑う金曜日。
その手に握られたレイピア、その切っ先がSVガールの胸に向けられる。
「だから、いろいろ試していたぶってあげる!」
鋭い刃がコスチュームの裂け目から覗く花芯――SVガールの左胸の乳首に刺し込まれた。
「ギャァッ!?」
胸から響く鋭い痛みに目を見開くSVガール。
その瞳が自らの乳房に刺し込まれた刃を目にしてますます驚愕の色を濃くする。
「アギィッ……エギャァッ!!」
ゆっくりと深くSVガールの肉を抉っていく刃。
形良い乳房を震わせて苦悶するSVガール。
「ガギャヤアアアァァァッッッ!!!!」
その声が突如激しいものになった。
身体をがくがくと痙攣させ、傷口と刃の隙間から一気に血が溢れる。
流れ落ちた血は彼女の周りの水溜りを赤く染めていく。



「これが心臓?」
 金曜日が楽しげに問いかける。
彼女は刃の切っ先が硬い肉に当たっていることに気づいていた。
「ガギギギイイイイイイイイイィィィッッッッ!!!!!」
少し剣を回して抜くをえぐってみた途端、SVガールは狂ったような悲鳴を上げる。
心地よい音楽でも耳にするようにうっとりとした表情を浮かべた幼女は、一気に腕に力を込めた。
SVガールの心臓はいとも簡単に刺し貫かれてしまった。
「ゴガギャァァッッ!!…………」
濁った叫びが途切れ、SVガールはガクッと首の力を失って水溜りに顔をつける。
その瞳からは完全に光が失われてしまっていた。

「あれ? 壊れちゃったの?」
 拍子抜けしたような声を漏らす金曜日。
「心臓は動いているかな? ってわたしが心臓を壊しちゃったからわからないじゃん!」
地団駄を踏んで、自らの失敗を悔しがる。
「もっといろいろ遊びたかったのに、こんなに脆いの?」
金曜日は剣をSVガールの亡骸から抜き、滅茶苦茶に振り回す。
「もうっ! 起きなさいよ!」
そのまま血に濡れた剣の切っ先をSVガールの虚ろな瞳に向ける。
命の彩を失った彼女の左の瞳を金曜日は無造作に刺し貫いた。
その瞬間、ビクッと痙攣が走るSVガールの身体。
「あ、動いた!?」
それを目にした金曜日に笑みが浮かぶ。
「なら、こっちも!」
そうしてSVガールの右眼も刺し貫く。
だが、今度は反射は起きなかった。
「なんだ、つまんないの……そう言えばコイツ、中学生の男の子と仲良くしているんだったよね?
 その子にコイツの死体を見せて、ついでにロウドウーを流しこんでやろう。
 労働基準局が真っ青になるような児童労働をたっぷりさせてやるんだから。」
新たなターゲットを思いつく金曜日。



 夏谷澄魅は暗く、閉ざされた意識の海を漂っていた。
(もうアタシは奴に敵いっこない……ホリデーも失われ、こんな身体じゃ……。)
敗北した戦士は絶望に捕らわれ、その命の炎も消えかかっていた。
彼女が意識をも手放し、死を望もうとした瞬間。
『中学生の男の子と…………ロウドウーを流しこんで…………』
耳から届いた金曜日の声が意識の海に波紋を広げる。
(男の子……道哉くん!?)
一月ほどの間、共に過ごし、護ってきた少年。
澄魅はその姿、そして彼に告げた言葉を思い起こす。
(必ず帰るんだ……そして道哉くんにただいまを言わなくちゃ。……今、とっても心配してくれているんだろうな、あの子。)
絶望で黒く染まった心を新たな希望の光が照らし出す。
澄魅は決意を新たにして現実の世界に覚醒した。




「さて、男の子はどっちにいるんだろう?」
 辺りをきょろきょろと見渡し、目指す男の子――道哉の気配を探る金曜日。
その足首を何かが掴んだ。
驚いて彼女は下を見る。
すると死んだはずのSVガールが彼女の足首を掴んでいたのだ。
「あら、お前生きていたの? 良かった、じゃあ次は――」
「つ、次なんか……ない……今ここで……お前は倒されるんだから。」
真っ黒な視界、それでも声を頼りにSVガールは金曜日に向けてそう呟く。
「何おかしなことを言っているの? 頭壊れちゃった? ……えっ!?」
嘲笑う金曜日、だがその声が途中で止まる。
彼女の足首を掴んだSVガールの右手。そこからホリデーの輝きが放たれていたのだ。
「う、嘘でしょう!? もうホリデーはないはず!?」
「これなら……逃げられない……さ、サンライト、アタック!!」
道哉を想う彼女の心が新たなホリデーを生み出したのだ。
ゼロ距離で金曜日に必殺技を浴びせたSVガール。
「そ、そんな、ギャアアアアアアアア!!!!」
金曜日はホリデーの光に包まれその身を焼き尽くされた。



 ザアアァァァァッッー!!
雨音が激しさを増す夜の街。
その住宅街の一角を傷ついた少女がおぼつかない足取りで歩いていた。
自らの身体を支えることも出来ずに、家々の塀に身体をもたれさせながらも必死に前へと歩む彼女。
それはかろうじて戦いに勝利した夏谷澄魅の姿だった。

 無数の傷に覆われた肌を雨が打つ。
失われた瞳は未だ再生せず、無惨に晒された赤黒い眼窩が痛々しい。
暗く閉ざされた彼女の視界。
だが澄魅の心はしっかりと護るべき道哉の気配を捉えることが出来た。
澄魅は帰りを待っているであろう彼の元に向けて必死に足を動かし続けた。


 澄魅姉ちゃんが出て行ってから数時間。
道哉は玄関に体育座りの格好で座りこみ、ただ彼女の帰りを待ち続けていた。

ドシャッ!!

 その時、彼の耳に雨音とは違う音が玄関の扉の向こうから聞こえた気がした。
慌てて立ち上がり扉を開ける道哉。

「姉ちゃん!?」
 彼が目にしたのは玄関を出てすぐのポーチの段差につまづき、倒れ伏している澄魅の姿だった。
「しっかりして、澄魅姉ちゃん!」
跪き、彼女を抱き起こそうとする道哉。
彼の声に応じるように澄魅はよろよろと顔をあげた。
その顔を目にして道哉は思わず息を呑む。
優しげな眼差しを彼に送っていた瞳が失われ、赤黒い空洞と化してしまっていたのだ。
だが自分に向けられる澄魅の言葉に我に返る。

「道哉……お姉ちゃん、帰ってこれたよ…………た、ただいま……みちや……。」

 今にも消え入りそうな微かな声、彼女は口元を緩ませて笑みを浮かべようとする。
瞳が失われた無惨な容貌のはずなのに、道哉にはそんな彼女がとても美しく見えた。

「おかえり、澄魅姉ちゃん。」

そう言って道哉は雨に濡れ、冷え切った澄魅の身体をギュッと抱き締めた。

管理人/副管理人のみ編集できます