極めて容赦のない描写がメインになりますので、耐性のない方、および好きなキャラが残酷な目に遭うのがつらい方はご遠慮ください。

27 名前:危殆魔法と騒擾詩 二話 1/7[sage] 投稿日:2009/02/04(水) 22:47:23 ID:3MYN5N1M [1/7]
前回は残り容量のことを考慮しておらず、失礼致しました。
※注意書き兼おわび
 予想以上に長くなってしまったため、猟奇的な場面まで辿り着けませんでした。申し訳ございません



☆危殆魔法と騒擾詩 二話「謎の急襲」





 ヴァデレキア王国南西に位置する広大な草原・イスマス。
 魔法学院フェリスゴートと王都ツィドキアを繋ぐこの場所は、きわめて殺風景なところといえた。
 見事なまでに何もないためか、地平線のかなたまで続く草原は見晴らしが良く、人の手で拓かれた街道を遊歩する者も多い。
 だが彼女達は、遊歩ではなくそれこそ早足で王都までゆかなければならなかった。
 ただ、逃げるように進行する今、周囲が闇に落ちた頃合いでないことは不幸中の幸いだった。
 中天からさんさんと降りそそぐ陽光がある現在ならば、突如の奇襲をうける可能性もぐんと減る。
「――本当に良かったですね……とは口にすべきではないんでしょうが」
 遠慮しがちに言ったのは、学院の女教師陣の中ではもっとも年配のディアナ=セイジだ。
 生徒と同じく全身を漆黒のローブにつつみこみ、女性にしては短めの金髪をひとつに束ねて後頭部に垂らしている。
 フェリスゴートの院長が男とあって、副院長である彼女が必然的に引率役をになっている。
「そうですね……」
 無難に応えた女教師、ソフィア=ベントの声はひかえめだった。
 六年生をうけもっている彼女はもうすぐ四十路をむかえようかという年頃だが、とてもそうは見えないくらい若々しい美貌の持ち主である。
 かなり目立ちそうな白桃色のローブをきこみ、ヴァデレキア人たる証の金髪も透くような水色にそめあげてしまっている。
 ローブのはだけた部分から僅かに漆黒のドレスが見えていて、絶妙な色の対比となって彼女を映えさせている。
 雅やかな人というのを見事に体現していた。
「……副院長、しかし生徒達はこのことをどう考えているんでしょうか?」
「男子であれば不安よりも怒りの方が大きいと思いますが、女子の場合は恐れおののいている者の方が多いでしょうね」
 と淡々と述べた上で、こうつけ加えた。
「ですから、我々がしっかりそこを補って、生徒達を無事王都まで送り届けなければなりませんよ」
 何事もなくこのペースで歩めば、半日もあればツィドキアに着く。
 つまり、歩む時間のうち半分は夜ということだから、なにが起こっても不思議ではないから気は抜けないと言っているのだ。
 歳を重ねた副院長の意志をくみとり、ソフィアは気をひきしめた。
「わかりました。このベント、わが身に代えても生徒を守りぬいてみせます」
 なんとも仰々しく誓ってみせた彼女だが、それくらいの気概を持っていなければこれだけの人数の生徒の命を任せられない。
 心の底でどう考えているかは別にしても、実際にやれることが大事なのである。
 ソフィアが実力巧者なのは疑いようはないにしても、敵はあの国境要塞を二日も要さずに墜としたと聞く。
 フェリスゴートから要塞都市までは歩きで四日はかかるが、強行軍ならばそれより大幅に短くなる。
 ゲニードベルドの軍に追いつかれてもなんら不思議ではないのだ。

 ―――




 王都ヘむかう時でも、学院の少女達の格好は変わらなかった。
 漆黒のローブを全身にまとい、中には濃緑色の長袖上衣と茶色く短いスカートを着こんでいる。
 腰には皮製の杖帯(魔杖を収めて入れるもの)をおびて、ふところに手をもぐりこませればいついかなる時でも魔法が行使できるような状態だ。
 彼女達がはいている黒いブーツはひざ下までだが、ほぼ全ての生徒がローブによって身体を覆っているため、素肌(つまり太もも)が見えることはない。
 ――ひとりを除いては。
「で、今回の侵略についてどう思う?」
 ぞろぞろと固まって草原を歩む三年生女子の中、前方に固まっている妖精三人のひとりが口を開いた。
 まるで勇ましい少年のような声で、美しさと凛々しさを兼ね備えているエレン=アキオールだが、れっきとした十五歳の少女である。
 ちなみに彼女だけ……本当に彼女だけが、学校に支給されたローブを着ていない。
 代わりに短めの黒外套を羽織っているものの、これではほとんど生身の状態で戦場に出されているのと同じだ。
 支給される魔術師のローブには魔法耐性がある、といったことを院長先生自らが苦言を呈したのに、エレンはこれを一言で突っ張ってしまった。
「あんな動きにくいもんきてちゃ、上位自然魔法の印が書けやしない」
 なんとこの台詞だけで、彼女は外套装備を認められてしまった。別に外部から圧力がかかったというわけでもないのにだ。
 それだけこの少女が特別視されている証拠である。
「うーん……まさかあれに気付いたわけじゃないと思うけど」
 エレンの先の言葉に応じたのは、金髪を短くそろえた優美な少女――ミリアム=オトニウェルだ。
 一見して性格も振る舞いも普通の? 美少女に見えるが、中身はというとそれこそ筆舌尽くしがたいものを持っている。
「可能性は捨てきれないぜ? どうやって知ったかはさておいてな。しかしそうだとしても連中、攻め込むなんて無茶しやがるとは」
 自然と声を抑えているあたり、彼女達はかなりの手練であることがうかがえる。
 そしてこの会話を目前で聞いている黒い長髪の可憐‘そう’な少女――イグレーヌ=バルティマイデも、ふたりと同じく群をぬいた実力者だ。
 名家の生まれで隣国ゲニードベルドの者ゆえ、先程から痛くなるような視線が殺到しているが、そんなもの歯牙にもかけていない黒髪少女である。
 ちなみにこの三人、近くに自分たちをうけもつ先生――アリッサ=エリザベトがいるにも関わらず、全く意に介していない。
「どちらにしても、考えるのは無事王都についてからですわね」とイグレーヌ。
「たしかにな。っても、やつらに追いつかれる可能性なんざ、十に一つとないだろうが」
 この言葉に表情を曇らせたのはミリアムだ。
「どした、ミリアム?」
「いやね、エレンも私と同じこと考えてたんだなって。――十に一つ……無いとは言ったけど、結構可能性としては捨てきれないわよね」
 まさしくその通りである。
 ふつうこんな場面では、万に一つだとか、少なければ百に一つといった表現をするものだが、エレンはあえて十に一つと言った。
 銀の髪の精悍な少女は、彼女のもっともな正論に微笑を返してみせた。
「さすがミリアム先生。いつもながら的を射てらっしゃる」
「ちゃかさないでよ」
「わりわり。でも分かってるよな、二人とも。一応確認しとくか?」
 エレンの発言は、「ゲニードベルド軍が襲来したらどう行動するか、相談せずとも飲み込めているな?」という意味だ。
 ふたりともこれに首を縦に動かすことで答えた。
「……ちょっと、三人ともっ」
 なんだかやたらと舌足らずな声が聞こえてきた。
 声の主は、いきなり三人の妖精をふり返ったあどけない顔立ちのエリザベト先生だ。



 背丈の小ささと純白ローブのだぼだぼ感がやけにおもしろい。
 イグレーヌ以上に長い髪は金にそまり、齢二十三にはみえない童顔が特徴のアリッサだが、その幼い声も――ついでに身体も――彼女を子どもっぽく見せてしまっている原因だった。
 彼女の声はどうも、緊迫している時とそうでない時の差が非常に大きく、先刻のは言うまでもなく緊張感がぬけている時の声である。
 美しい少女達はそろって苦笑したものだった。
「先生……もう少し緊張してください」とエレン。
 生徒が先生にいう台詞なのかは疑問だが、言われた当人は頬を染めて頭を下げてしまった。生徒相手に。
「ご……ごめんなさいっ。わたしってば、こんな時まで……」
 までぇ? と心の中でつぶやいたエレンである。
「って、なんでわたしが謝ってるのかしら。そもそも…………」
 あなた達が背後でささやき合ってるから注意しようと思ったのにっ――と言おうとしたが、何故かその気が萎えていることに気付いた。
 ふうぅ……と深いため息をついてひといき入れ、
「ごめんなさいね。逃げ切れるなんて当たり前だと思って、つい気をぬいちゃったみたい。私もしっかり気合入れなきゃっ」
 先生、それ、気合入ってません――
 二度も詫びられたが両方とも気の抜けた声だったので、エレンは思わずそう突っ込みを入れそうになった。
 言おうとした時にはすでに前へずんずんと歩み進んでいたので、何とか諫めずにすんだが……
 でも、この状態で緊張感をもてない先生も実は大物なのかもしれない。
 そうも考えた銀髪少女だが、それをミリアムあたりに言ったら「おバカなだけじゃない?」と返されそうなので(ついでに自分も馬鹿扱いされそうなので)やめておいた。
「……わたくし達の担任があの方で良かったですわね」
 すみれ色の双眸をうすめながら、やや憂いを帯びた雰囲気で黒い髪の少女は言った。
 悪く言えばそれこそ馬鹿にしているとも取れるが、実際先生が邪念のない良い人なのは、彼女達にとって大いに助かっているのだ。
「そうね。不穏な空気も流れてないみたいだし、このまま無事王都に着きそうな感じがするわ」
 ミリアムは先生の事を「そうね」の一言でかたづけてしまった。
「俺もそう思うけど、先生みたいに気ぃ抜くのはなしな。言うまでもないだろうけどさ」
「いかにも、ですわ」
「なんだかんだで一番心配なのはエレンだけどね」
「それを言うなよ。まっ、ミリアム先生から忠言喰らう前に気ぃ引き締めておくか」
 はたから見ればミリアムの忠告は失笑物にすら見えるかもしれないが、これも的を射ている。
 やや中性的な容姿や男顔負けの口調、性格であるため誤解されがちなエレンだが、実は三人の中では一番女の子らしい心の持ち主なのだ。
 むろん、普通の女の子と比べればこそ異常な精神の強さがあるものの、ミリアム・イグレーヌの両名には遠く及ばないとエレンも自覚している。
 三人は話しあうでもなくエレンがリーダーシップをとって行動する間柄だ。
 ミリアムとイグレーヌは、エレンがもっとも(頭の回転は多少にぶいが)繊細な思考と性格の持ち主であり、且つ実力においても申し分ないことを認めている。
 エレンもふたりの信頼を受け、ならばやってやろうじゃないかと腹を据えた上で彼女達に絶大な信頼をおいている。
 十五歳の、未だ思春期もぬけきらない少女達の関係としては尋常ならざるものを感じとることが出来る。
 だが、この後におこる出来事によって、その関係性に変化が生じるとは夢にも思わない妖精たちであった……

 ―――




 イスマス草原に異変が垣間見えたのは、陽が沈みかけたときだった。
 真っ先に気付いたのは三人の妖精ではなく、橙がかった草原を三白眼で見すえていたフェリスゴート副院長――ディアナ=セイジである。
「…………先生、ベント先生」
 不安を紛らわそうと、隣を歩むソフィアに声をかけた。
 顎までかかる波打つ水色の髪を揺らしながら、齢のわりに若々しい女教師がふり返る。
「何ですか、副院長?」
 どうやらこの様子だと気付いていないらしい。
 平然と言われて頭を抱えたくなった年配の副院長だが、それどころではない。
「貴女にはわかりませんか? 草原の景色が、大気が……悲鳴をあげています」
 思わず遠まわしな表現で意志の伝達を試みたが、あまり意味を成さなかったようだ。
 ソフィアは、若干呆けた表情から動く気配がないまま口をひらいた。
「……副院長、突然どうなさいました? 失礼ですが、おっしゃる意味が理解できません。‘魔気’に異状でもありましたか?」
「そう言っても構いませんが、ベント先生……良く、ようく眼を凝らしてみて下さい」
 ますますよく分からない。
 とりあえず彼女の言うことに従い、紅い夕日に照らされた草原をじっと眺めてみた。
 特に異状はない。
 ‘魔気’も景色もいたって正常にみえるが、一体何がおかしいのか。ソフィアは無礼を承知で尋ねてみた。
「草原ではなく、眼前の大気を視てみてください」
 副院長の言葉にいぶかしさを覚えながらも、ソフィアは‘眼前’に向かってまなこを見開いた。
 ――瞬間。
 ようやく彼女は自分の非を認識し、すぐにディアナに向き直って頭を下げたのである。
「…………副院長、申し訳ございません」
「良いのですよ。貴女の反応はごく自然でした。責めたところでどうしようもありません」
「ありがとうございます。しかし副院長、これは……」
 発言を自分でさえぎって、後方からついてくる女生徒達を見ようとして、思いとどまった。
 話し合っている最中も彼女らは足を止めてはいない。
 なんとなく後ろへ向こうとしてしまったのは、この話が聞かれてはまずい内容だからだ。
 もともとふたりと女生徒達は十歩ほど離れてはいるが、いつの間にか誰かが聞き耳を立てていた、なんてことになっていたら目も当てられない。
「とても危険な状況ですが……」
「ご存知でしょう。貴女の力が必要です」
 いささか言葉をさえぎる形になったため、ソフィアは一瞬顔色を曇らせかけた。
 仕事においてはいつも表情を変えない彼女だが、こう見えてかなり激しやすい気性である。
 同じくらいプライドが高いため必死に自分をおさえ込んでいるものの、本人的にもなんとかしたいと感じている部分だった。
「私の力、ですか」
「いかにも。自然魔法においては院長にひけをとらない貴女の力なくして、此処を突破することは叶いません」
「しかしあれを行使するならば生徒達にも知らせませんと。大掛かりな準備が必要となります」
「それには及びませんよ。私自らが身を以って‘相殺’します」
 副院長が冷静に放った台詞に、六年生担任は言葉をつまらせた。
「副院長、さすがにそれは危険です。ここには貴女以上の回復魔法の遣い手はいません。貴女自身が動けなくなってしまったら……」
「王都に着けば、私には及ばないにせよ優れた回復魔法の遣い手がいるでしょう。身体さえ無事ならばそれで良いのです」
「しかし…………」



 あくまで落ち着きはらって諭そうとするディアナだが、ソフィアはどうしても納得いかないらしい。
 ソフィアとしても、別にそこまでディアナの身を案じて渋っているわけではない。
 要は体面である。
 いかに無事に突破できたとしても、副院長の身と引き換えに、ということになれば責任を問われるのは次席にあたるソフィアの役目だ。
 それに事実、彼女としても自分の手でディアナを行動不能に至らしめるのは、いくらなんでも寝覚めが悪い。
 齢三十九にはみえないこの美しい女性は、どんな時だろうと自分最優先の考えを辞さない人物なのだ。
 同時に高い自尊心もあわせもっているのだから始末が悪い。
「こんな時に立場を気にしている場合じゃありませんよ、先生。はっきり言って、無事王都に着くにはこれしかないのです」
「私が訴えたいのはそのようなことではありません。貴女と、ひいては生徒の身を案じているのではありませんか」
 ずばりと図星をつかれて頭に血をのぼらせかけたが、即返答することでなんとか怒りを収めた。
 そんなソフィアに、ディアナは意味ありげな微笑と、言葉を返す。
「ですから、大丈夫だと申し上げたはずですよ。どうも多くの先生方は、私が回復魔法しかできない婆と思われているようですが……とんでもない。貴女ほどではありませんが、こう見えて得意なんですよ。自然魔法もね」
 壮年の女教師はもう抵抗しようとは思わなかった。
 冷静にふるまっている年配の副院長だが、のたまっている事はまるで子どもではないかと、呆れ果てるのを通り越して妥協してしまった感じのソフィアである。
 はっきり言って自分が本気で自然魔法を行使すれば、それを受けた副院長がただで済むわけがない。
 いや、もの凄く運が悪ければ命を落とすこともありうる。
 副院長はそれでもいいというのだ。
「……わかりました…………しかしセイジさん、私の意志じゃありませんからね」
 なにゆえか、立場上のよびかけではなく名前呼びになっている。
 だが当のディアナはこれを問い詰めようとしなかった。
「やってくれますか」
「致し方ないでしょう。これしか方法がないとなれば、背に腹はかえられません」
「本当にありがとうございます、ベントさん」
 こちらもソフィアに倣って立場上の呼びかけは控えた。
 穏やかに礼を述べるディアナを見て、食えない女だ、と自分を棚に上げて思ったソフィアだった。
 しかし。
 まさにふたりが話し終えた時だ。
 ‘それ’が突如濃くなったのは――
「なにっ!!」
「……よもや、割れてしまいましたか!?」
 ふたりが狼狽する前にはもう、生徒達がざわつき始めていた。
 なにが起こったかといえば、あたり一面が非常に濃い白霧につつまれたのである。
 もはや目の前の人すら視界におさめることができない。
 驚愕はさらに続いた。
 矢継ぎ早に乾いた音が響いて――
「副院長ッ!!」



 ディアナは答えもせずソフィアに抱きついた。
「《旋風・我・一》!!」
 いつの間にか右手に現れた魔杖とともに魔法語を諳んじると、ソフィアの身体を中心に竜巻が発生した。
 その竜巻に向かってきたのは火矢だ。
 これが、消火される音と一緒に次々弾き返されてゆく。
 火矢は思ったより早く止んだが、ふたりの後方では大惨事が起こっているということが容易に想像できた。
 直接火矢にかかった生徒はもとより、草原に降り立った火矢がどうなるかといえば――
「副院長!! 一旦後退しましょう!!」
 身体を預けていた壮年教師に離されたが、年配の副院長は考えあぐねていた。
 もうどこに転がっても悪い結果しかみえてこないが、下手に動くのは敵の思う壺である予感がしたのだ。
 それに、これはゲニードベルドの手による襲撃ではない。
 恐らく内部に敵がいたのだ。
 そうでなければ、こんな手の込んだ罠に易々と誘いだせるわけがない。
 だが、そんな思考をも吹っ飛ばす出来事が、眼前でおこってしまったのである――
「――ベントさんッ!!!」
 咄嗟に叫んだのも空しく、走るソフィアの左胸部に火矢が突き立った。

 ―――

「皆、無事か?!」
「私は大丈夫。レーヌは?」
「わたくしも平気ですわ。けど……」
 このような突如の襲撃を受けようが、彼女達は傷ひとつ負っていなかった。
 それどころか、後方にいるクラスメイトを魔法で救うくらいの余裕すらあった。
「くそっ! いくらなんでも連中、やりすぎにも程がある!」
「もう一波くるわよ」
「本気ですの?!」
 さすがに妖精たちにも焦りが浮かび始めていた。
 この状況では自分達だけ助かるならまだしも、学院の生徒にまで気を遣っている余裕はない。
 周囲は凄惨の極みだった。
 濃厚な白霧が視界を埋めつくし、その中にまばらに見えるのは赤々と燃え盛る炎だ。
 火は更に勢いを増し、見えない怖さと熱さで生徒のみならず教員まで恐慌に陥る有様だ。
 火矢の本数自体はそんなに多くなかったから直接射られた者は殆どいなかったが、このままでははっきりいって手の施しようがない。
 さらに、ミリアムによればもう一波‘何か’が来るという。
「みんなっ! みんな大丈夫ですか!! まずは退路を、退路を絶ってください!!」



 若い先生――アリッサは焦燥の極みにある自分を必死に押し殺して生徒を落ち着かせようとしているが、成果はあまり芳しくいっていない。
 これだけの渦中とあって、いかな彼女も気が抜けるような声は出さなかった(言うことは支離滅裂だが)。
「先生ッ、落ち着いてください!」
「あなた達も、気を確かに、冷静に対処を、出来ますか?!」
「滅茶苦茶ですよ、先生!!」
「ふざけてる場合じゃないわエレン。何がくるか、割れたわ」
 焦りまくる先生とそれをなだめる銀髪少女とを、金髪少女は容赦なく咎めた。
「なんだミリィッ!!」
「何ですのミリアム!?」
「落ち着いて聞いてねふたりとも……実は――」
 こんな時でも先生を無視するミリアムは非情と言えなくもないが、これも彼女なりの配慮だろう。
 この事実を告げてしまったら、アリッサも恐慌に陥ってしまうかもしれないからだ。
 そして、内密にそれを伝えられたふたりの反応が見ものだった。
「……やつら、狂ってやがるな」
 今にも殺気が噴き上がってきそうな雰囲気でエレンが言えば、
「……戯れが過ぎますわね」
 イグレーヌもほとほと諦めたようにつぶやいた。
「……しばらくお別れね」
 まとめたのはミリアムだった。
 どんな時でも落ち着きはらっている彼女とは、明らかに異なる声色だった。
 霧の所為でお互いの顔はよく見えず、轟々と燃え盛る火炎の中、‘魔法学院フェリスゴートの三年生’である彼女達はとうとう決別を覚悟しなければならなかった。
「ねえっあなた達! さっきから……なにを話しているの!? これからなにが起こるのっ!」
 傍にいるであろうエリザベト先生が声を張りあげてくる。
 緊迫時の声とはいえ、やはりどこか幼さを隠し切れていない。
 顔は見えないだろうが、エレンは先生に笑いかけて優しげに言った。
「大丈夫。しばらく会えないでしょうが、いつか無事落ち合うことができますよ」
「そんな……一体どういう――くっ!」
 炎の猛りが、とうとう四人にまで迫ってきた。
 この四人ならば魔法での対抗など造作もないことだが、それすらも必要がなかった。
「くるわ……みんな、力ぬいて」
 ミリアムの声は渦中にあっても静かで、明瞭だった。
 そして、まもなく……
 イスマスの中原に存在していた魔法学院フェリスゴートの女人全てが、姿を失したのである―― 第二話・おわり

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