籠宮唯希は嘗て、ちょっとした問題児であった。
「幼稚園の頃はとてもわんぱくで、手を焼かされました」とはご両親の対外詭弁。
彼女の”わんぱく”は時として致命的であり、そうでないものが含まれていたのは
ただ肉体的に未熟だったからに他ならない。
生まれしのちよりこのかた、籠宮唯希の意思は生を害することに向いていた。
人が乗る跳び箱は無意識に蹴り、喧嘩になれば躊躇わず睾丸を打ち、
積み木があれば角が当たる投げ方を練習し始める。
そんな彼女に対し・・・両親とそれを見守るものたちは、ただ愛を以って立ち塞がった。
小言 では遠い。
説得 では足りない。
それは洗脳と言っていい工程だったに違いない。
一つの個性を圧殺し、型に嵌めて箱につめ蓋をして鍵をかける。
感受性を圧殺し、一つの自由をすら奪い去る。
愛しい我が子に、二度と自分の好きな事をさせない。
・・・・・・・・・・・・・・・
ただわが子の幸せを願うがゆえに!!!
結果として、彼女はプログラムされた思考の元、
ちょっと変わった普通の子 として社会生活を営み始める。
少ないながら友人も出来、学業成績は中の下なれど、勤めて清楚にしとやかに。
そしてその生活を楽しいと表現し始めたことに、皆が安堵を覚えたものだ。
白潟キャンプ場襲撃事件として世間を騒がせた一連の騒動は、
命をかけて怪物に立ち塞がったものたちに更なる絶望を突きつける代物だった。
中継で、ネットで、新聞で、あるいは現場に駆けつけた者もいるだろう。
だれもが「無事だけ祈った」かの騒動で、籠宮家の関係者に限っては、
もっと贅沢な祈りを捧げねばならなかった。
愛しいわが子が無事でありますよう。
そして、”何も起こしませぬよう”。
願わくばあの姿で。
誰も手にかけることなく!
再び優しい微笑みを見せてくれますよう。
その願いの何たる傲慢か。 とても口に出せるものではない。
しかし帰ってきたとして、元に還ってしまったら意味がないのだ!
現場に警察が到着し、夥しい数のブルーシートが用意される中、
惨劇の内容も少しずつ判明していく。
中には被害者たちの逆襲を受け、(小銃で武装していながら!)
警察到着を待たず鎮圧されてしまった集団もいたという。
英雄たちの凱旋に沸き立つ群衆の中で、思わず膝から崩れ落ちた女性の、
その悲嘆の訳を誰が知ろう。
・・・彼女の母親の予想は半分当たり、実際にはもっと深刻だったのだ。
籠宮唯希は、大騒ぎとなる彼女たちを囮に管理等に忍び込み――
あろうことが、事件の首謀者を暗殺しようとした。
理由はない。動機もない。信条などとてもとても。
小柄な体を生かし、終始隠れ潜んでいた彼女には、復讐する必要すらないのにだ。
コツがつかめてきたので、ちょっと殺してみたいから。
まあ結果としては、その場のボスを奇襲で打ち倒し、場の空気を支配して、
さて皆殺しというその刹那、”正義のヒーロー”に阻止されたわけだが・・・
さて御伽噺において、傲慢な願いは叶うだろうか。
答えはノーだ。
パンドラの箱は開き、大きくて悪い狼はまろび出て、人は餌食となり、最後に悪は倒された・・・・無残に。
救出時、彼女は両手両足を束ねて肉焼き串を通され、
出荷前の動物みたいな姿で床に転がっていたと言う。
血液が混入してピンク色に変色した体液を股から撒き散らし、
顔といわず体と言わず赤黒い痣に覆われた姿は、少女未満の体型も相まって
実に痛々しく、今回の被害者の中でも相当酷い部類であったろう。
精神的被害を避けるため家族さえも接触は止められ、病院直行と相成る。
鉄串からは彼女の指紋が検出されたが、抵抗したために犯人を逆上させたものとして
深い追求がないまま処理された。
何も残らぬから無残と言うのだ。
彼女の全ては此処に破壊され、注ぎ込まれた愛情の全ては水泡に帰したのである。
でも、物事は塞翁が馬というでしょう?
とても酷い事件だったけれど、こうして生きているのだし。
おとうさまおかあさまは心配性だわ。
確かに私はご覧のとおり車椅子。足の筋肉と間接を強く捻っているのですって。
体重の問題よ。あんな大きな殿方に圧し掛かられたら、女の子はつぶれてしまうもの。
でも顔の腫れもひいたし、傷も塞がったわ。大きな痕が残らなかったのは本当に感謝しているの。
それにごちゃごちゃだったのが一つに纏まったというか・・・
きっと辛いことから開放されて、心も浮かれているのね。
あ、来週には家族に会えるのですって!
きっと不安になっていると思うから、飛び切りの笑顔で迎えてあげるつもりよ!
それで、私は一番にこう言いたいの!
・・・・・・ ・・・・・・
「ごめんなさい もうしません」って!
塞翁が馬の使い方? 間違っていないわ。学校で習ったもの。
やりきってすっきりすることも、一つの喜びよ?
・・・へ、変な意味じゃないわ!そこだけは誤解しないで。 違うってば!
もう!
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sheillさんの代理で郁さんのエピローグをアップしました