自由に編集してください。世界線の説明です。

国名

大アフリカ帝國

国旗



国章



地理

第一首都 チュニス=カルタゴ
第二首都 ラゴス
第三首都 ダルエスサラーム


現実の
アルジェリア
チュニジア
リビア
モロッコ(西サハラ除く)
ニジェール
チャド
南スーダン
中部メラネシア
コンゴ民主共和国
マリ
ブルキナファソ
ナイジェリア
中央アフリカ
北タンザニア
エチオピア
ソマリア
サルデーニャ島
ギニア
ガーナ
キプロス島
ブルガリア

歴史

先史
人類が誕生したと生物学的には言われている。
有史
紀元前
前の国名の元となったフェニキア人国家カルタゴは現在のチュニス周辺の地中海沿岸で商売をしていた。3度にわたるポエニ戦争によりローマ帝国に敗北し属州となる。
紀元後
ローマ帝国が東西に分かれ崩壊すると属していた西ローマ帝国はゲルマン人大移動によりすぐさま消滅。その後イスラム教国家の正統カリフ時代、ウマイヤ朝、アッバース朝、ファーティマ朝、ムラービト朝、ムワッヒド朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国、欧米列強のイギリス王国、フランス共和国、イタリア王国、スペイン王国、ベルギー王国、ドイツ帝国、ポルトガル王国などの国の支配下にあった。
近代
しかし、ヨーロッパ各国の支配は我々に教育をもたらし、過去に貿易で栄えた国があることを知った。一部の急進派は皇帝を帰還させ新たなる国を建てようと活動した。その活動が実を結び奥地で暮らしていた名将ハンニバルの子孫を帰還させることに成功。紆余曲折あり民主主義国家やファシスト国家になりながらも民衆と一丸となって蜂起し今の国を建てることに成功した。皇帝陛下がイスラム教であることから栄華を築いたアッバース朝の名と支配域の国家名をとり「アッバース朝カルタゴ・ソンガイ=カネム・ボルヌ二重帝国」となった。国名に合うように旧領回収を行い、世界に恥じないイスラム教国家として、そして過去の栄光を取り戻すために皇帝陛下は国民と共に国家運営に取り組んで行くと宣言。最初の戦争には負けてしまったが着々と旧領を取り戻しつつある。1941年9月18日初代皇帝ハンニバル・バルカ2世が崩御。翌々日、2代皇帝ハンニバル・バルカ3世の戴冠式が行われた。2代皇帝はアフリカにおける覇者となることを視野に入れて国旗国章国名を変更した。

政治

半立憲君主制の帝政国家
皇帝「ハンニバル・バルカ3世」
大宰相 キョプリュリュ・メフメト・パシャ(皇帝が指名する。)
議会 上臣民議会(臣民による直接選挙、任期5年、皇帝は上臣民議会を解散総選挙できる。議席数300。)、下臣民議会(議席数400、臣民による直接選挙、任期8年、4年に一回半分入れ替えの選挙、解散できない。)

文化

地域それぞれでたくさんの民族が暮らしており、それぞれの文化ある。

地域

砂漠からサバンナ、オアシスなど様々な気候が存在する。

身分制度、税制

身分制度
1 皇族及びその近血縁者
2 皇族の世話係、教師等身の回りの臣民、陸海軍元帥と将軍、勲章所持者
3 倍率の高い国家資格保持者、高納税者
4 一般市民
5 無産市民
※高納税者及び市民、臣民の信仰する宗教は問わない

税制
臣民全員 ハラージュ
非イスラム教徒 ジズヤ

初代皇帝ハンニバル・バルカ2世の人生

故人ハンニバルの人生
1845年 現西ローマフィレンツェで生まれる。
1851年 チュニスに引っ越す、初等教育開始
1860年 初等中等教育修了、放浪の旅に出る。場所はサハラ砂漠。
1861年 ラクダを飼い始める、サハラ砂漠縦断交易路で商人をする。
1885年 帝国の前身、北アフリカ連合共和国の王政復古派の人物に呼び止められ再栄党(当時名称)に入党。政治家としての人生を歩むことに。
1886年 国政選挙に当選、国会議員になる。この先の選挙では全て当選し続投。
1933年 デモ活動を開始、投獄。
1938年 脱獄、自らを皇帝とした今の国を建国。
1941年 初代皇帝死去、享年96歳。

世界遺産

霊峰キリマンジャロ及びその周辺の自然保護区
カルタゴ古代ローマ遺跡
ンゴロンゴロ保全地域

諸旗

市民旗

スルタン商船旗

スルタン帝国旗

傀儡国家

サルデーニャ王国

国旗

国章
独立の経緯
サルデーニャ王国は第三次世界大戦においてロシア、ドイツ側で参戦し、我が国が勝利した。その際に講和会議において共和制西ローマから譲渡された西地中海アドリア海の島である。現地民にキリスト教徒が多いことからイスラム教中心の国政とは背が合わなかった。そのための措置として内政に関することは独自に決めることを許可し、外交権等は宗主国が保持することで独立をした。また次の戦争でトルコ連合軍に勝利した際にキプロス島を割譲され、サルデーニャ王国領とした。

マケドニア王国

国旗

副国旗(国旗の補助的な存在、一部行事で掲揚される)

国章
独立の経緯
第四次世界大戦の際にトルコ連合軍に勝利した。その際の講和会議でトルコから傀儡国という形でブルガリアを譲り受けた。ブルガリアは傀儡国のブルガリア王国として独立した。その後ブルガリア王国は国名をマケドニア王国とした。

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