島島 - 肩揉み
「来てくれたんですね!」
「うん。お疲れ様!」

可愛い後輩達に挨拶をしながら、早貴の姿を探す。
早貴が出演する後輩主演の舞台の最終日。
舞台の稽古や本番中の様子は顔を合わせるときに早貴からよく聞いていて、やはり恋人の女優としての初舞台はしっかり観に行くという約束をしていたのだが、
ここの所はありがたいことに自分の仕事が立て込んでおり、なかなかスケジュールを合わせることが出来ない日々が続いていた。
最終日にようやくギリギリでスケジュールが組めたので、千奈美と佐紀と誘い合わせて観に来ることが出来たのだ。
舞台上の早貴は堂々としており、細々としたところまでの役作りも完璧だった。その好評ぶりは色々なところから聞いてはいたものの、実際に演技を見ると自然と引き込まれてしまった。
しかしながらダンスシーンでは自分のよく知る早貴を垣間見ることも出来て、舞美はグループ時代を少し懐かしくも思った。

終演後、舞台裏に挨拶をしに来ることになった。佐紀と千奈美の提案だった。
賑やかなスタッフやメンバー達をすり抜け、通路の奥の自販機の前でようやく早貴を見つけた。
早貴は舞美を見るなり驚いた表情を浮かべたが、舞美は構わず強引に抱き締めた。

「ちょ…!」
「なっきぃ、お疲れ様!」
「…うん。来てくれてありがと…」
「観に来れてよかった。観に来てよかったよ。明智先生、すごくよかった!」
「わ、わかった。わかったから…!」
興奮した大型犬がじゃれつくような舞美から、早貴は慌てて体を離す。
舞美が我に帰ると、後輩達がこちらを見て少し気まずそうに苦笑している。
そこで初めて、やってしまった、と舞美は思った。
「ここだと、ほら…。早貴、座ってお水飲みたいから、あっち行こ」
……そうして、楽屋まで引っ張られた。


舞美は楽屋の化粧台の前に置かれた椅子に座る早貴の肩を揉んでやる。疲れで凝り固まった肩は時折こうして解してみることにしている。
持っている力と大きな掌を早貴に活かせる数少ないことだと思っていて、舞美は早貴にするマッサージをとても気に入っていた。
肩を揉まれながら、早貴がぼそぼそと言う。

「……来てくれないかと思った」
「約束したでしょ?」
「でも、忙しそうだったし」
「忙しくても来るよ。こんなギリギリになっちゃってごめん」
「ううん……やじちゃんさ、もうちょっと力入れて?」

言われた通りに指先にぐっと力を込めると、それ気持ちいい、と早貴は笑った。

舞美の指先からじんわりと、早貴の凝り固まったものが解されてゆく。
もちろん、スケジュールを合わせて会うようにはしている。しかしこうしてゆっくりきちんと舞美に体に触れられるのは、何故だかとても久々に感じた。
連絡は取り合っているし、ついこの間もレギュラー番組の収録で会ったばかりなのに。プライベートでゆっくりとした時間を最後に取れたのはいつだっただろうか。
舞台も今日でひと段落するし、そろそろ舞美に仕事抜きで会いたい、と早貴は思った。

「…今日はこれからどうするの?」
「この後?ちぃとご飯食べに行くんだ。なっきぃは打ち上げ?」
「うん……それでさ、」
「ん?」

体を捩って舞美の方に振り返り、上目遣いで舞美を見る。キョトンとしている舞美に、早貴は言った。

「……終わったら、今日、会えない……?」

会えても夜遅くなってしまうだろう。明日の舞美の予定次第では、会えるかもわからない。
会えたとしても、仕事が入っていれば、少しの時間しか過ごせないだろう。それでも早貴は舞美に会いたかった。
舞美が少し考える。明日のスケジュールを確認しているのか、それとも珍しい早貴からの誘いをどう受け止めるか考えているのか。
整った顔からは分からないが、それでも早貴は緊張した面持ちでそれを見つめる以外無かった。

……しばらくして、舞美がニッコリ笑って言った。

「そうしよっか。明日はゆっくり出来るよ」
「ほんと…?」
「うん。今日泊まって、明日どこか出かけようか。そういえば、最近はなかなかお出かけも出来てないもんね」

舞美が言うと、早貴は嬉しそうに小さく微笑む。素直な表情を舞美に見られたくない早貴は、化粧台に座り直して「決まり!続きして?」とマッサージの続きを照れ隠しに強請った。
そんな早貴に苦笑しながら、舞美はマッサージを再開する。
どこへ行こうか、明日の天気はどうだっけ。寒くなりそうだし、雨も降るのだろう。
ああでもない、こうでもない、と、デートプランを立てながら、二人は会える時間の有難さを噛み締めていた。


……そんな二人を遠くから見守る二人の影があった。
佐紀が二人の写真を撮りながら千奈美に一言。

「だってさ…今日は焼肉?早く帰してあげてね」
「はーい。ちゃんと気は遣ってるつもりなんだけどなぁ……」

end.