島島 - Will you marry me?本編
今日こそは。今日こそは絶対に、なにがなんでもあのことを言わなければいけない。
解散から4ヶ月以上経ったというのに、私は未だ言えずにいた。
『━━結婚してください。』
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今日は久々のデートの日。デート、と言っても、なっきぃは寒いのが苦手だから、この季節はどちらかの部屋が定番デートスポットになっていた。
適当にくつろいだり、いちゃいちゃしてみたり。それも良いけど、でも今日はだめだ。私はちらりとベッドの下の小箱に目をやった。幸いにも今日は誰も帰って来ない。だからなんだと言う話だが、好都合だ。
「あ、あのね、なっきぃ」
「どうしたの?」
「え、えっと…」
そのまま沈黙してしまう。まずい。なっきぃが不思議そうな顔で私の肩に預けていた頭を起こした。
「みぃたん?」
あ、やばいかも。小首傾げるの可愛い、なんて思ってる場合じゃない。
「あ、あのね!!!」
「っ、なに?声大きいんだけど」
「ご、ごめん。話したいことがあって……大事な、話なんだ」
必死だった私は、なっきぃの顔色が変わったことに全然気付けなかった。
「…話?」
手が震える。手だけじゃない、声も、身体も震えてる。解散を発表した時とも、さいたまスーパーアリーナに立った時とも違う震えだった。
「私たちさ、もう出会って15年以上になるよね」
「そうだね」
「オーディションに受かって、アイドルになって。楽しいことも嬉しいこともたくさんあったけど、でもそれだけじゃなかったよね」
「…うん」
「辛い時とか、正直あったじゃん?でも、そんなときもずっと傍になっきぃが居てくれた」
「………」
「アイドル卒業した今だからこそ、私たちの関係も変化させるべきじゃないかなって思うの」
いいぞ。すごくいい感じだ。最初こそトチったけど、一度想いを言葉に乗せてしまえばこっちのもの。よし━━━
「…だ」
「え?」
「っ…やだ!」
大きくそう言って、なっきぃはばっと顔を上げた。その大きな瞳に溜められた涙は今にも零れ落ちそうで、私は驚きのあまり『魚って泣くのかなぁ』なんてとんちんかんなことを考えてしまった。
「え……な、なっきぃ?」
「早貴は嫌……」
絞り出すような声でそう言うと、ついに音も立てずに泣き出してしまった。
え、ちょっと待って。ここで泣かれるのは完全に想定外だ。もしかして、私がプロポーズしようとしてることバレてた?なっきぃ実はエスパーだったの?ずっと一緒に居たけどそんなこと知らなかっ……いやいやいや。エスパーだとしてなんで泣くの?っていうか嫌って、私と結婚するのが嫌なの?そ、そんなに?確かに私頼りないかもしれないけど、でもなっきぃのこ「みぃたん」
「は、はい」
しまった。思考の旅に出てしまっていた。目の前のなっきぃはまだ目を赤く濡らしていたけど、でもさっきよりは落ち着いている。そして何故かめちゃくちゃ睨まれている。怖い。
「早貴は……嫌だから。早貴はみぃたんが好き。だから、別れたくない」
キッパリと言い切られた。………………ん?
「あの、中ちゃん?」
「なに」
「私のこと好き?」
「…っ、ふざけてんの?さっきからそう言ってんじゃん!」
察しの悪い私でも、さすがに分かった。……そっか、そういうことだったんだ。
「なっきぃ」
「………」
あれ、怒っちゃったのかな。横向かれた。
「ごめん。きっと今までも、こういうこといっぱいあったんだよね。私の知らないところでなっきぃのこと傷付けたり、気を遣わせたり、助けてもらってたり。℃-uteを解散するって決めた時、私は一人で頑張ろうって。もう皆に助けてもらったり、カバーしてもらうのはやめようって思った。皆の足を引っ張っちゃだめなんだって。でもね、なっきぃのことだけは、諦められなかった」
「………」
「お仕事については、もう独り立ちするつもりだよ。でもプライベートまで独り立ちなんて、私も嫌。私はこれからも、なっきぃと一緒に居たい。同じものを食べて、同じ景色を見て、同じことで笑って。きっと少しは喧嘩もしちゃうかもしれないけど、それでも隣にはいつでもなっきぃが居てほしい」
「…じゃあ、なんで」
「もう、それはこっちの台詞だよ。誰が別れようなんて言ったの?」
パッとこちらを向いたなっきぃに、小箱を差し出す。君を買ってから、もう何ヶ月になるんだろう。やっと出番が来たよ、良かったねなんて思いながら。
「開けてみて」
そう言うと、なっきぃは驚いた表情を浮かべつつゆっくり蓋を開けた。
「これ……」
「うん。ずっと言おうと思ってて、でも言えなかったんだ。待たせてごめん」
そこにあったのは。シンプルな宝石が嵌め込まれた、上品な指輪で。
「これ、受け取ってくれる?」
「っ……当たり前、じゃん。………みぃたんが嵌めて?」
「もちろん」
なっきぃから小箱を受け取り、指輪を嵌めてあげる。…左手の薬指に。
「愛しています。これからもずっと一緒にいて、一緒に幸せになってほしい。………私と、結婚してください」
やっと私を見てくれたなっきぃの瞳から、また滴が零れる。それを拭ってあげながら『魚って泣くんだなぁ』と頭の片隅で思った。