島島 - instinct3
その後会議室を出てから、舞美と早貴は二人で夕飯を食べに行った。普段からよく行く、会社の近くのパスタ屋で料理を待ちながら、早貴は密かに舞美をチラチラと観察していた。

(なんか…雰囲気、変わった…?)

舞美は舞台のプロデューサーから連絡が有ったようで、スマホに目を落としながら何やら返信している。

先程まで一緒に、早貴のソロライブで披露する芝居の動きを付けていたのだが…
舞美は早貴の妄想の中で動き回る「彼」──そう、男役を担当していた。基本はコメディタッチの芝居なのでシリアスな場面は皆無なのだが、舞美の男としての振る舞いは実に堂々としてはまっていた。立ち振舞いだけでなく、声のトーンや仕草、そして目線までも…まだ固めていない段階のラフな動きにも関わらず、早貴は何度も舞美に対して心臓が高鳴り、肩に手を置かれるたび、瞳を覗き込まれるたびに、うっとりと舞い上がっては我に返るのを繰り返す始末だったのだ。

舞美に対してはずっと…それこそまだ幼い頃から、好意以上の気持ちを抱いて生きてきた。
想いが通じあい、恋人として付き合うようになってからも、よりいっそう気持ちは深まるばかりだった。
ただ最近はずいぶんと落ち着いてきて、変わらぬ深い愛情はあるが、少しくらいの事ではいちいち心がざわつく事は少なくなっていた。

しかし今日の舞美に対しては違った。
雰囲気が精悍さを増し、表情に微かに翳りが見え、ミステリアスな空気を発散している。敢えて言えば本当に「男」を感じさせるのだ。

(まあ、男役だから…それで正解なんだけど)

それにしても、ここまで急速に雰囲気すら変えられる物なのだろうか?早貴は改めて舞美の役者としての適正に舌を巻いた。
舞美が主演の舞台も男役だと聞いている。会えない間の毎日の会話の中でも、役作りに没頭してる様子は伺えた。真面目な舞美の事である。きっととことん突き詰めているに違いなかった。今現在の舞美から放たれる中性的な雰囲気も、多分その研究の副産物なのだろう。

(役作りの結果だもんね。上手くいってる証拠だから…良いことなんだよね。うん)

さっき会議室で会ったとたんに見せた「野性的な」振る舞いが、チラリと頭を掠めた。

一抹の不安を感じつつも、早貴は湯気の立つパスタをフォークに絡めた。

その夜、舞美は夢を見た。

夢の中で早貴を抱いていた。
薄暗い部屋のベッドの上、早貴の白い肌が艶かしく光り、舞美の腕の中で涙を流して悶えている。
むっちりとした早貴の肌の感触を味わっているだけで、心臓が早鐘のように脈打ち、腰の奥の辺りから獰猛な「熱」が膨れ上がっていく。激しい拍動に合わせて不規則に蠢いては成長して、舞美を内から食い破ろうとしていた。

(熱い…熱い…)

早貴の内腿に指を差し入れる。
蕩けるように柔らかい、濡れた内壁に指を埋めこむ。

(ああ…っ、もう、来る…!)

濁流のような勢いのエネルギーが爆発的に膨れ上がり、臨界を超えてついに舞美の身体を突き破る。目の眩むような衝撃と「感覚」が迸った。

獣のような唸り声と共に、本能的に舞美は早貴の太腿を押し開くと、腰を突き入れた。
火柱の如く吹き出した「感覚」が全身に広がり、舞美は狂ったように腰を叩きつける。

悶え、暴れる早貴の身体をきつくきつく抱き締めながら、やがて───


────布団を跳ね上げながら、舞美は飛び起きた。何かを叫んでいたかもしれない。

(私……なんて夢を……)

心臓が夢の続きのように激しく拍動している。全身、汗ビッショリで着ているパジャマも重く濡れて気持ち悪かった。夢の中で、自分は何をしていたのか…霧がかかったように細部は朧気である。しかしあの「感覚」だけは生々しく舞美の身体に刻み込まれ、総毛立つようなリアルな反応が未だに拍動に合わせて、ズキズキと息づいているようだった。
乱れる呼吸を整えようと、何度も大きく深呼吸する。

(……あれ?)

何か違和感が有った。
下腹部…と言うより股間にしこりがあるような、重く不自然な感覚に気付く。あんな夢を見たから敏感になってるのかもと、舞美は一人で赤面した。

溜息を付きながら、そっとそこに手をやる。

(………え?)

熱い「塊」が存在していた。
布団を跳ね退けて、自分の股間をまじまじと見た。

パジャマのズボンが大きく盛り上がり、不自然に突っ張っている。

「…………。」

無表情のまま、舞美はウエストのゴムを持ち上げて、中を覗いた。

「ひ…………っ」

舞美の視界に飛び込んで来た物、それは───
ギチギチに張り詰め、臍に届くまで反り返りながら、先走りを幾筋も溢れさせている、ずっしりとした肉塊。
禍々しい存在感を放つ「ぺニス」だった。

舞美の首筋を冷たい汗が一筋、伝った。

「あ、あ、あ、ぁ………」

ガクガクと全身に震えが広がる。絶叫が飛び出てきそうになって、咄嗟に口を覆った。

(……!!!!!!!!)

眼球が零れ落ちんばかりに見開かれ、寸での所で叫びを押さえ込む。

ベッドから飛び起きて、つんのめりながら部屋の出口まで駆け込んだ。

「…っ、おかあさ…」

「ん」と言いかけて、ギリギリの所で言葉を飲み込んだ。


母に「これ」を見せたらどうなるのか?大パニックに陥りながらも、脳は瞬時にしてその後の展開の予想を弾き出した。

きっとすぐさま病院に連れて行かれるだろう。そして、会社にも連絡される。そうなればどうなるのか?今進んでいる仕事も全て白紙に戻される。当然、舞台の話も。せっかく自分のために心を砕いてくれている、プロデューサーを始めとするスタッフ達、共演者の皆の尽力が、灰塵に帰す事になる。

…それだけは避けなければいけなかった。

その考えは舞美の沸騰した思考を一瞬にして冷ます効果が有った。

とりあえず、大きく深呼吸する。
覚束ない足どりでベッドまで引き返すと、頭を抱えて倒れこんだ。

(なんでこんな物が…なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで…)

頭の中が疑問符で埋め尽くされる。暫くの間目は虚ろなまま、茫然と横たわる。あまりのショックに麻痺しかけた思考に、ポツンと一つの映像が浮かび出した。

最近の自分の行動がフラッシュバックされる。
道行く女性達に対して性的な視線を向ける。最初は役作りのために、敢えて自分をそういう心理に追い込み、自分をそういうキャラクターだと思い込ませての行動だった。しかし、徐々にそれを楽しみ始めている自分がいる事を、舞美自身も薄々気付いていた。熱い眼差しで見つめると、ぽーっと上気した表情で視線を返される事も、多々有った。その度に自分の中に芽生えた「雄(おす)」が疼き、密かに快感を覚えていたのも事実であった。

(……でも、だからって、ほんとに男になっちゃうなんて)

ホルモンがどうとか、神経がどうとか、難しいメカニズムの話は分からない。でも心当たりが有るとしたら、それしか無かった。

そして、もう一つの事に思い当たる。
道行く女性達に目を向けてきたが、それはあくまでも「サンプル」として見ていたに過ぎない。舞美の中の本当の意味での「女性」、それは早貴しかいなかった。早貴の事を思い浮かべる度に、爆発しそうになる衝動もこれで説明がつく。

「なっきい…」

思わず名前を呟いた。
早貴に会いたい。
混乱して、心細くてたまらない今。無性に早貴に会いたい。会って、声を聞いて、抱き締めたい。そして…

(そして…?)

その先に思い浮かんだ映像に、舞美は息を飲む。
さっきまで夢の中で縦横無尽に征服していた、早貴の肉体。白くてむちむちした、マシュマロのような肌の質感。指を置けばふにゅりと沈む感覚がある程の、柔らかな乳房。そのてっぺんで舞美を誘うように震えている、紅色の乳首。

それらのイメージが頭に甦った瞬間、それまで精神的な衝撃で萎れていた股間のぺニスがメキメキと形を変え、再び破裂しそうな程に膨張したのを感じた。

「やだっ…ちょっと…」

己の肉体の変化に慌てふためく。
反射的にズボンの上から押さえてしまう。

「あ…っ」

ピリッと電流のような感覚が流れて、手を引っ込めた。

(なに…こ、れ…)

恐る恐る、パジャマの上からそっと手を置き、ゆっくりと撫でさすってみた。

「はぅっ…!」

それは紛う事なき、「快感」であった。