真如苑 (関連用語・比較説明、行事予定等)


涅槃会(ねはんえ)

涅槃会とは


涅槃会 時報413 
2月15日は涅槃会です。真如教主さまのもと、法要がおさめられ、仏徳を讃仰したてまつります。
今月は、この「涅槃」「涅槃会」について思惟してまいりましょう。

煩悩を吹き消す


釈尊は、たとえば、『比丘たちよ、すべては燃えている。貧欲の炎によって燃えている。瞋恚の炎によって燃えている。愚痴の炎によって燃えている』と、苦しみの因である煩悩をしばしば燃える炎に譬えられました。

対して「火が吹き消された状態」から発したバーリ語のnibbanaは、煩悩を静め清めた悟りをあらわしました。涅槃という言葉は、その音訳です。
すなわち『涅槃とは、迷妄を脱して真理を極め、寂滅無為の法性を極め、不生不滅の法身、如来の真性に帰し、真如に一如する』意。教主さまは苑歌でわかりやすくお教えくださいます。

涅槃とは貪瞋痴の猛炎を
吹き消す境にとく(徳)と現(しめさ)る

涅槃会と常楽会


涅槃という言葉は、最高の悟りの義から、さらに、釈尊のご入滅まで広い意昧を有するにいたります。
すなわち、35歳でお悟りを開かれた釈尊は、45年にわたる長きご説法ののち、クシナーラのマッラ族の住むほとり、ウパヴァッタヴァとよばれる沙羅の林に入られたのでした。

2月15日のよあけ、み仏の威神力によって、大自然の声は、一切の生類を覚醒させるように全宇宙に響きわたりました。
『今日、仏陀世尊は、極愛の一子に垂るる慈しみをもって世間の舎となりたもう、一切の生類、もし疑うところあれば今、ことごとく問うべし、これ最後の問に至らん』と。

ここに、世尊のご尊容は、氣だかく大光明と輝きました。
かくて涅槃究極のみ教えは説きいだされたのでありました。

最後なるみ教えこそは幾年も
探し求めし慈母と思わん

教主さまご謹刻の大涅槃聖像は、この大涅槃の教法をお説きくださる、尊きみ仏のお相なのであります。
教苑においては、み仏さまが永遠の法身となりたもうたこの日、涅槃会を奉修するとともに、常楽のみ教えが明かされたことにちなみ、毎月15日に常楽会を修めます。

最後のご説法


その最後のみおしえは、如来常住、一切悉有仏性、常楽我浄、闡提成仏のかつてない教法で、釈尊究極の偉大な救いのお力がこめられておりました。その威力が、双親さまにより、現世に蘇生、開顕されたのが、真如み教えです。かくて、み教えをとおし、常住のみ仏につながれ、一切の功徳が成就するのであります。

釈尊最後の教誡は、

『弟子達よ、汝達はめいめい真如を燈火とし真如を頼りとせよ、他に頼ってはならぬ。この教えを燈火とし、頼りとせよ、邪まの教えに頼ってはならぬ』ということでありました。

自らの心に信心の燈を高くかかげ、自身を正しき位置に据え、邪まにゆらぐことなく、み親のみ跡にしたがい、利他の信を貰いてまいりましょう。

み仏は涅槃経(おしえ)と共に永遠に
此の世に在りて衆生(みな)救うなり

 

涅槃会とは 真如苑の涅槃会より

涅槃会に思惟 時報389


  今年も早、2月。この15日には、「涅槃会」が執行されます。真如教法発祥のときである今月に行う当法会には、教徒にとり、はかり知れない大きな意味がこめられています。ここに、その聖旨を新たにし、正しき精進の糧としてまいりたいと思います。

「2月15日」の意味


そもそも世にいう涅槃会とは、釈尊ご入滅の日に仏徳を讃え修める法要をさし、多く涅槃図などを掲げ、「釈尊最後のみ相」を偲びます。梵語で書かれた経典を用いる北方仏教、とりわけ中国や日本では、その日を2月15日と定め、今日、一般化しています。 教主さまは大般涅槃経獅子吼菩薩品より、ご入滅の日を定めた仏意の深き一節を引用、お示しくださいます。

――2月は陽春(周の暦によれば4月に相当)で、万物生成し河川は流れ……万有は無常にして、如来のみ常佳あることを説くために最も適している、また15日の月は成満で、如来の大涅槃も円満で欠くることはなく、かかる真実義を教示するため15日とした―。

つまり釈尊は真実ご入滅されたのではなく、この日をもって、永遠不滅の境地に入られたことがわかります。

私どもの拠り処とする大般涅槃経はまさにそのとき遺された教説であり、ならば未来永劫に生き、すべてを育むお徳をそなえ、満月のごとく無欠のさとりを明かされた経典であるとの真意がうなづけます。そこに秘む救いの威力は、たしかに当苑に顕われ、今日その現証をみることができます。

いかにしてその座に


右脇を下に、静かにおん目を開き、遺教のみことばを語られる……金色に輝く大尊像。教主さまのご謹刻に成るみ相を拝して、法要は営まれます。 そしてその場はいつしか時空をこえて、2500年帥の昔、沙羅双樹のもと、涅槃の法輪を転ぜられた(涅槃経をお説きくださった)尊き座につながっている自らに気づくのであります。

教主さまは「最後のみおしえ」に、世尊の諭される一句を用いて、その法会を荘厳するには、いかにあるべきかを、次のように説かれます。

『大乗の経典を誦え、その深い義に通じ、多くの衆生のため真実の行いを貫き、救いのため教えを説く者が資格者として』荘厳できるのだと。

したがって、かけがえのない究極の威神力に浴するならば、ただそこに立ち会うのではなく、この資格者たるべく自分を築くことが、最も大切と自覚されます。
ここに涅槃仏徒のめざすべき精進の道があるといえます。

般涅槃の由縁 時報305


「二月十五日」は、はるか二千五百年の昔、大聖世尊が般涅槃し給うた日で、当苑においては、教主さまご謹刻の大涅槃像の尊前にて「涅槃会」が厳修され、仏恩報謝のまことをお捧げするとともに、涅槃神力を今の世に具さに現わされる双親さまに、真如一如と歩む誓いを新たにいたします。

今月、そうした月に当たれば、遠く古(いにしえ)に想いを運ばせて、涅槃(さとり)に繁がる一連の由縁を取り上げてみました。

二月一五日


さて、この“二月十五日”こそ、世尊があまねく救いの淵源、すなわち、「大般涅槃経」を現世に顕わむれた日で、二月という月も、十五日という日もいずれも深きみ仏のおはからいを以って選ばれた――と――「最後のみおしえ」に示されております。

つまり、インドの“二月”は陽春に相当して、「万物生成し、河川は流れ満ち、百獣哺乳の時季であり、衆生は常想を生じ易(やす)く」(師子吼菩薩品)、如来常住(にょらいじょうじゅう)の聖旨を証するに最も適し、さらに、“十五日”は「欠けることなき円満」な満月を暗示、至高の大涅槃を象徴する、意味深い月日であります。

クシナガラ


つぎに、世尊がご入滅された“クシサガラ”とは四十五年に及ぶ教化遊行(ゆぎょう)を了え、最後におもむかれた国にて、「諸仏聖者が行を修する聖処で、荘厳にして功徳大いなる地」であるとともに、「大集結していた邪教徒をも、常楽我浄の真法に摂受、帰依の信心を起こさせた」神秘溢れる清浄な勝地、まさに究極たるさとりの真法を遺されるにふさわしい様相が窺われます。

尼連禅河(にれんぜんが)

また、クシナガラの傍には多くの河(仏典には五百とも)が流れていましたが、“尼連禅河”はその一つで、「土壌は豊沃(ほうよく)にして、水清浄に流れ、河畔には樹木繁り、花あざやかに、果実は豊か」で、荘厳な気が漲っていたと、仏典は伝えております。
ちなみに、世尊が六年間にわたる苦行の末、成仏得道(とうどう)をなし給うたのも、この尼連禅河の辺(ほと)りの菩薩樹下において禅定に入られてのことであります。

沙羅双樹


はたして、すでに八十歳を数えられた世尊は、尼連禅河に沿う沙羅林に入られ、“沙羅双樹”の間に歩を進められ、頭を北に、ご尊顔を西に「右脇を下に寂(しず)かに横臥されました。世尊は、常に緑が茂り、果実が稔って「能く生類を喜ばせる」ゆえに、「声聞、縁覚を利益、向上せしめ、華を大我、実を真楽として、この沙羅林を大寂定(じゃくじょう)のところ」と、定められたのであります。

なお、おん臥床の四辺(東西南北)に立つ一双ずつ八本の沙羅樹も、み仏が世去り給う悲しみに、一本ずつが枯れて、その白色はあたかも鶴の林のようであったと、付されております。
やがて、天空よりみ仏の声が降(くだ)り、

『一切の生類、疑うところあれば悉(ことごと)く問うべし。これ最後の問に至らん』

と響けば、生きとし生けるもの全て、天神鬼神、魔王波旬、果てはあの世の聖者に至るまで馳せ参じ、嘆き悲しみ囲繞(いぎょう)申し上げるなかに、最後のご説法が展開されていくのであります。

『真如を燈しびとし、真如を頼りとせよ。他に頼ってはならぬ』と、諄々と諭し給うた究極の法輸、「大般涅槃経」を所依とする“真如み教え”を、求められる私共の取り組みも、いよいよ尊く感じられてまいりましょう。

涅槃会 2010

〈2010.02.15〉
2月15日は、大聖釈尊が45年間の説法を終えて般涅槃(はつねはん=入滅)された日と伝えられます。各仏教寺院では般涅槃の様子が描かれた涅槃図を掛け、釈尊が遺言として心と行いの規範を説いた「遺教経」(ゆいきょうぎょう・)などを読誦して法会が行われます。釈尊最後の教え「大般涅槃経」を所依の経典とする真如苑でも、釈尊のご高徳を讃える「涅槃会」の法要を苑主・伊藤真聰導師のもと応現院(東京都立川市)において厳修。“曼陀羅の間”には開祖の祖山、真言宗醍醐派総本山醍醐寺より奉納された涅槃図が荘厳されました。

法要では開祖謹刻の大涅槃尊像の尊前で、釈尊が在家信者の青年純陀から最後の供養を受けられたことが記されている「大般涅槃経・純陀品」を全員で唱和。参座者は釈尊より遺言の教えを今まさに拝聴する思いで約2500年の昔に思いを馳せました。

涅槃会とは  (一般的解説) 辞典・ウィキペディア

涅槃会

涅槃会(ねはんえ)は、涅槃講や涅槃忌とも称し、陰暦2月15日、釈迦の入滅(にゅうめつ)の日に、日本や中国などで勤修される、釈迦の遺徳追慕と報恩のための法要である。

涅槃とは、ニルヴァーナの訳語であり、迷妄のなくなった心の境地を指す言葉であったが、この場合には、釈迦が亡くなったという意味で用いられている。
実際には、釈尊が入滅した月日は不明であり、南伝仏教ではヴァイシャーカ月の満月の日(ウェーサーカ祭)と定められている。ヴァイシャーカ月が、インドの暦では第2の月であることから、中国で2月15日と定めたものである。

法要中は、釈迦が娑羅双樹の下で涅槃に入った際の、頭を北にして西を向き右脇を下にした姿で臥し、周囲に十大弟子を始め諸菩薩、天部や獣畜、虫類などまでが嘆き悲しむさまを描いた仏涅槃図(涅槃図)を掲げ、『仏遺教経』を読誦することとなっている。仏涅槃図の絵解きを行うところもある。平安時代には、山階寺の涅槃会がとりわけ有名であり、常楽会(じょうらくえ)とも称されており、『三宝絵』の中でも「年中主要法会」の一として記されている。

涅槃会(ねはんえ)  2月15日 『和のこころ』 日本の年中行事より


釈迦入滅(しゃかにゅうめつ)の日(旧暦2月15日)。
各寺院で、釈迦の遺徳を讃える法会が営まれる。


涅槃会には、各地の寺で釈迦の遺徳奉讃追慕のため、
涅槃図(ねはんず)を掲げ、遺教経(ゆいきょうぎょう)を
読誦(どくじゅ)します。
涅槃会は、推古(すいこ)天皇の時代、奈良の元興寺
(がんごうじ)で行われたのが最初といわれています。

 
涅槃会を行う日

お釈迦様が亡くなられた日は、
陰暦の2月15日とされています。
現在、法会は寺院や宗派により、
   旧暦の日付をそのまま新暦2月15日で行う所、
   1か月遅れの新暦3月15日で行う所、
   旧暦の2月15日に行う所、
                 などに分かれています。
法会の形式も様々です。

 
涅槃団子

寺では涅槃会の供物として、涅槃団子を供えます。
この供物には、やしょうま、やせうま、花草餅、花草団子
など、寺や地域により別名があり、形も様々です。

大体は、米の粉で作った色とりどりのもので、
お釈迦様の舎利(しゃり)が五色に輝いていた
という言い伝えから、色付けがされているそうです。

法要後は参詣者に配られます。
この団子を食べると無病息災で過ごせ、またこの団子を
お守りにすると災難除けになるといわれています。

民間でも地方により、手作りした団子を仏壇に供える
風習があります。近年は、餅菓子店やスーパーなどでも
販売されるようになりました。

 
涅槃図(ねはんず)

涅槃とは寂滅(じゃくめつ)を意味する梵語です。
涅槃図には、釈迦が裟羅双樹(さらそうじゅ)の下で、
頭を北、面を西、右脇を下にして臥し、涅槃に入る様子が
描かれています。釈迦の周囲には、弟子を始め、
菩薩・天竜・鬼畜などが泣き悲しんでいます。

葬儀の時、遺体を「北枕」にして寝かせるのは、
この釈迦入滅にならい、お釈迦様にあやかろうと、
同じ向きに安置するようになったといわれます。

 


参考検索

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