最終更新: phorograph 2023年01月01日(日) 18:03:11履歴
こちら黒猫の住む図書館先生による、作家さんのPNをタイトルにしたSSです。
『音叉』
『調律と悪戯』
静かな部屋だった。
それなのにいつの間にか音が聞こえる様になった。
ギシリ、と風で軋む床板にペン先の滑る音。
それが徐々に、どこか調子外れな音を出すチェロの音が、気が付けば不響和音を奏でていた。
分かる者には特に不快な筈のその音が、無性に気になってしまい、一歩一歩近付く。
軋んでいるのは床板か、壁か。
背を向けている者は気付きそうに無い。
ゆっくり、近付く毎に調子の悪そうだったチェロが美しい音色に訂正されていく。
カタンッ
「あっ……」
ペンの音と美しかったチェロの音が消えた。
拍子にインク壺が倒れた様だ。
ただ近くに居たかっただけなのに。
『天上世界の初恋』
青い空を呆然と見つめる。
そうすると、薄い雲や分厚い雲が目の前を通り過ぎる。
いつか夢見た事がある。
雲の上まで飛んで、そこからずっとずっと帰って来ない。
そんな夢。
天上世界って言うのかな。
日向ぼっこしてたら、いつの間にかうたた寝をしてしまったらしい。
「空が綺麗ですね」
声が聞こえた。
知ってる様な、知らない様な。
その言葉は私を見て言ったのか、空を見て言ったのか。
気になって瞼を開くと、懐かしい顔が見えた。
「ただいま」「おかえり」
何年ぶりかの帰省だったらしい。
今度はうたた寝なんてしないように。
昔みたいに二人で青空を見上げた。
懐かしい。
おかえり、私の初恋。
『九藤 朋』
『上弦の月夜の出来事』
上弦の月夜が照らす、九つの藤と着物美人。
大きなお座敷の縁側で熱い飲み物を傍らに、ゆるりと座って寛ぐ着物美人は、怪しげに照らされている藤と上弦の月を見上げ、微笑む。
「綺麗」
恍惚とそう言ったのは誰だったか。
「え?」
背後から聞こえた声に驚いて、後ろを振り向く。
着物美人が振り向いた先は柔らかな照明が照らす自室。
そこに人は居なかった。
猫が居た。
黒と白の八割れ模様で瞳は綺麗な深緑色、前足には白い靴下を履いている。
着物美人の愛猫、名前は源九郎。
着物美人には、源九郎の尻尾は二本ある様に見えた。
にゃあ
源九郎は肯定する様に鳴いた。
『ヤシロヒトセ』
『無邪気』
重い瞼を開く。視界には美しい星空と三日月が映る。ゆるり、と身体を起こす。何処から軽快な下駄の音が響く。
「「ヤシロ様!」」
近くから元気の良い声。遊んで構って、今日の体調の程はどうですか、と嬉しそうに瞳を輝かせる二人の子供。二人の存在を小動物的可愛らしさ、と言うのだろう。
「こんばんは」
可愛らしい子らに挨拶を返す。すると、本題に入るからだ。
「「今夜も花が綺麗」」
子らは美しく夜空に輝く花を愛でに来ていたのだ。子らが見つめているのは命の、奇跡の花だ。
唯一無二の、他には無い美しい花なのだ。この子らは花が散る時、一つの世界が終わる亊をまだ知らない。
『夜野舞斗』
『鏡月夜』
シン、と静かで冷たい寒空。
チカチカ
街灯の明かりが付いたり消えたりを繰り返している。
その内の一つがフッと完全に消えた。
柔らかな月の光に反射して何かがきらりきらりと輝く。
静かな筈のそこに
パリンッ
何かが割れる音が聞こえた。
近くでよく見ると鏡だった。
鏡が明かりの消えた街灯の下に佇む様に浮かんでいた。
パリンッと、何度も割れてはキラキラと破片を落とし、様々な形の破片にチラリと細い脚が映りこんだ。
音楽は流れてはいない。
それでも楽しげに、そして美しく舞い踊る白い人影。
どうやらバレリーナらしい。
垣間見えたのは鏡の世界のバレリーナだった。
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