私の名はサイコ、かのサイコ流免許皆伝で使用する刀はかの有名な竹を削り…おっと、いきなり長話をするところだった。
昔から意識していたつもりはないのだが、どうも私は話が長いらしい。
心という名の泉から湧き出る単語を一つ一つ口にしているだけだというのに、なぜこうも話が長くなってしま……いかんいかん、これでは話が進まない。
私は今まで無敵団として生き、ディガルドと戦うものとして生き、そして…剣士として生きていくつもりだった。
だが人生とは何が起こるかわからない、この美しくも儚い美少女剣士サイコの生きる道を大きく変えたのは…そう、彼であった。

スウェン・カルバヤン、今日は天気も良いし気分も落ち着いている。
彼について話させてもらおう、まぁ茶でも啜りながら気長に聞いているといい。

いきなり序盤から話を削らせてもらうが、私とスウェンは恋仲…後に私の一方的な勘違いであったとわかるのだがまだ私も子供だったからな、その時はそう思って疑わなかった。
簡単に話すとまだ我々「異世界混合部隊」がズーリに居た時の話だ、私とスウェンは市場まで食材の買出しに向う途中で…その、彼は、急に私の唇を!まだ汚れも知らぬ乙女の唇を奪ったのだ!
私はとくに誘ったわけでもなければ切欠になる話題を振ったわけでもない、本当に何の前触れもなく彼は唇を重ねてきた。
その時の私は思った、ああ、彼は私に好意があって、素直な性格じゃないからいきなり行動で自らの気持ちを示したのだな…と。
自慢ではないがスウェンは容姿も良くパイロットとしての腕も立ち声も綺麗、異世界の言葉を借りるとすれば「イケメン」という単語が相応しい。
その事も相まって、私は素直にその好意を受け入れ、以後は時間があれば常にスウェンの傍に居ることにした。
彼が奥手な性格なのは傍から見ても明らかだったもので、こちらからそういう機会を作ってやらなければと思ってそういう行動に出たのだ。
星を眺めたり、彼の部屋で共に本を読んだり、そして私が言葉を紡げば…彼は唇を重ねてくる、どこであろうと。
幸せだった、戦いに塗れた毎日の仲で恋人と過ごす時間が私の心を潤してくれたのだ。
だが……それは、私の勘違いだった。

俺の名はスウェン・カルバヤン、この仕事に慣れてもう幾つの月日が経ったか。
毎日の充実した時間を味わう中で、この手帳を買った。
自分の人生を見つめなおしたくなったのだ、急に…そんな気分に。
電子データではなくて手記で自らの歩んだ道を記す、星の数ほどの出会いを全て書き記すことは不可能だが、強く記憶に残る出会いならば楽に記すことができるだろう。
彼女の名前はサイコ、俺の人生を大きく変えた女性…今日は彼女に関する話を記そう。
出会った時の話は後日に書き記させてもらう。

俺が居た世界に異世界混合部隊が戻ってきて、ダンナーベースに身を寄せていたときの話だ。
異世界で手に入れた、その世界での星に纏わる本を自室で読んでいたのだが、ふと時計を見るといつのまにか時刻は昼食時を示している。
俺だって人の子だ、適時に適度な食事を取る必要がある。
読み進めたページに栞を挟み本を棚へ戻し、部屋を出て食堂へと向う。
事前に支給されていた食券をカウンターで提示し、食事を受け取る。
その日のランチはカレーライスにミソスープ、レタスとコーンそれにトマトの乗ったサラダだったのを覚えている。
昼時ともなると空いた席を探すのは至極困難である、受け取ったトレーを持ち人で賑わう食堂内を歩いていると、幸運な事に一席空きを見つけた。
「ほう、こうやって直接顔を見合すのはこの前の宴会以来かな?ノワールのパイロットさんよ」
「お前は…ディックか、たしかに宴会以来だな」
彼の名前はディック、大空魔竜の艦載機であるキルジャガーのパイロット。
俺とは違う艦に入っているため、こうして通信以外で直接会うのは珍しい事だ。
持っていたトレーを置き、彼の向かい側に座ると俺はまず礼を言う。
「この前の宴会で言っていた事だがとても役にたった、感謝している」
「感謝?宴会で何か言ったっけか?感謝されるような事を」
「女性を黙らせる方法についてだ、後に生かす機会があって黙らすどころか友人として仲を深めることもできた」
言い終えた時のディックの表情は今でもわすれない、目を見開き口をぽかんと開けたまま、数秒間その状態で固まる。
不思議がって眉を顰めると、急に笑い出した。
「ははははは!そ、そうか!そりゃよかった!ひひ、で、誰に使ったんだよ?」
腹を押さえ大声で笑う彼の様子は気になるが、俺は冷静に答えを返す。
「無敵団のサイコだ、彼女に対してその方法を使った」
「で、以後は仲良くなった…んだろ?お前その顔でよかったな、ボスやガラガだったら殺されてたかもしれないぜ?」
「殺される?よくわからない」
「美男子だから許されたってことさ、いきなりキスされてからお前に関わってくるってことは、お前に惚れちまったって事だよ」
惚れた…?サイコは、俺に惚れていたのか?


偶然だった、本当に…偶然だった。
ダンナーベース周辺の森で剣の修行を終えた私は、空腹を満たすために食堂へ移動する。
人でごった返す食堂を見て、食事を受け取る前に席を確保しようと空席を探していたその時、偶然彼の話し声が聞こえた。
その時初めて知ったのだ、彼は…私に好意など持ってなかった事を。
スウェンは目の前に座る眼帯の男の話を真に受け、話の長い私を黙らすためだけに唇を塞いでいたのだ。
冷静に考えると辻褄が合う、あの日以降、私が話しかければ彼は唇を重ねてくる。
それは愛情表現でも恋人同士の戯れでもなく、ただ単に私の言葉を止めたかっただけ。
いきなり顔の良い男に口付けをされた私が舞い上がっていた、それだけの話…
気が付くと私は自室のベッドに顔を埋めていた、そこで私は日が落ちるまで涙を流し続けた。
白いシーツは涙で濡れ、部屋の中はただただ私のすすり泣く声と鼻水を啜る音で満たされる。

それから――ル・コボルとの決着をつけるまで、私は一度もスウェンと言葉を交わす事は無かった。

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