4月某日。今日は私立銀(しろがね)学園の入学式である。
正門前では上級生が新入生に入学式お決まりの花をつけてやっていた。
とはいえ、この学園はエスカレーター式に上がってくる者が多い為に見知った顔が殆どなのだが。
「ご入学おめでとうございます」
彼女―――ゼオラ=シュバイツァーも、そんな上級生の1人だった。
(おかしいなぁ・・・)
ゼオラはさっきから、未だに姿を見せない幼馴染を探し続けていた。アラド=バランガである。
アラドも今日からはここの生徒になる。ゼオラが1歳年上である為に1年離れ離れになっていたが、ようやくこの高等部で再会できるわけだ。
ゼオラとしては少しでも早くアラドに会いたいのだが、彼は一向に姿を見せない。
因みに幼馴染なのに何故会えないかというと、高等部からは全寮制になるからである。
自宅通いのアラドの帰宅方向、ゼオラの寮方向は全くの正反対。お互いに部活だ何だと都合がつかず、連絡はとっていても会うのは本当に一年ぶりなのだ。
ここの敷地内には、小中高大と全てが揃っている。もちろん外部入学も可能。しかし、中等部からこの学校の生徒だったアラドが道に迷ったりしているとは考えにくい。
(となるとやっぱり・・・寝坊、かな・・・初日なのに・・・)
あと10分程度で受付は終了する。例え今日が入学式といえど、受付時間内に門をくぐらないと校内に入るのがえらく大変だ。何故かというと、生徒指導主任ゼンガー=ゾンボルトが時間に厳しいから。

「あ」
ふと、ゼオラが何かに気づいた。目線の先には、愛チャリ『ビルドビルガー』に乗って疾走して来る1年ぶりの幼馴染の姿。
「どうしたのゼオラ?」
ある一方向を見つめ立ち尽くすゼオラの目の前で、友人の1人のツグミ=タカクラが手をパタパタとさせた。
「どうせ例の男でも見つけたんでしょ」
そう、やる気なさげに返事をするのはアイビス=ダグラス。
アイビスとツグミの2人は古くからの付き合いだが、中学2年の時に同じクラスになって以降、いつもこの3人で行動している。
「れ、例の男って・・・変な言い方しないでよアイビスッ!!」
「だってそうなんじゃないの?あ、ホラ来たよ。あれじゃないの?」

「・・・ゼオラ・・・?」
呼ばれ、振り返る。そこにあるのは1年ずっと待ち続けたアラドの姿・・・ではなかった。
「ア、アラド・・・だよね?」
思わず確認してしまった。なぜなら、記憶の中にあるアラドの姿とは全く違っていたから。
「あぁ、俺だよ。・・・久しぶり、ゼオラ」
「久しぶり・・・なんか、変わったね」
「そっちこそ。一瞬誰だか分かんなかったし」
そう言って苦笑を浮かべるアラド。この表情は昔と同じままだった。
「・・・ねぇ。折角の再開中悪いけど時間やばいんじゃない?」
アラドの上着に花をつけ終えたアイビスの言葉に、ゼオラが時間を確認すると受付終了3分前。
「大変!アラド、また後で話そうっ!だから早く行って!!自転車置いておいてあげるから!!ほら早く!!!」
「え?あ、うん。じゃ、また後でな!!」
そう言い残し、アラドは慌てて受付の方へ駆けて行った。
「随分可愛い幼馴染じゃない」
クスクスと笑いながらツグミが声をかける。
「・・・男の子って、1年間で変わるもんなんだね。アラドってば、背も大きくなっちゃったし、顔も雰囲気も・・・全然違くなっちゃった」
「声変わりはしてなさそうだけどね」
「もう、アイビスはいちいちそういう事言わないの!」
「いいわよツグミ。じゃあ、私達も早いところ行こ?」
入学式には在校生も出席する事になっている。受付の後片付けをさっさと済まし、3人も会場である体育館へと向かう事にした。


その夜。
「結局、会えなかったね」
「まさかあんなに忙しいなんて思ってなかった・・・」
とほほ、と元気のない声でアラドは答える。
今いるのはお互いの自分の寮の部屋。式後に会おうとは思っていたのだが、アラドの方がオリエンテーションだなんだと忙しく、おあずけを喰らう羽目になってしまったのだ。
ならばせめて、と今こうやって電話をしている。
「明日は大丈夫なんでしょう?だったら、明日は一緒に帰ろうよ。それで途中で何処かに寄って、ゆっくり話そう?」
「それがいいかもな。・・・あ、ごめん、そろそろ携帯の充電切れるかも・・・」
「じゃあそろそろ切るね。明日は寝坊しちゃダメだよ?・・・お休み、アラド」
「分かってるよ・・・お休み」
ピ、と電話を切った。そして2回3回、くしゃみをするゼオラ。
「やだな・・・やっぱり風邪引いちゃったのかな。私も早く寝よう・・・」
くしゅん、ともう1回くしゃみをしてから、パジャマに着替えベッドに潜りこむ。
だんだんとまどろむ意識の中でゼオラが想うのはアラドの事だった。
(なんだか、随分変わっちゃってたな・・・)
ほんの1年の間に、アラドは見違えるほど成長していた。同じくらいだった身長もゼオラを追い抜き、あどけさの残っていた少年の顔は青年のものとなっていた。
アイビスが言ったように声変わりが終わるのはまだのようだったが、それでもゼオラの記憶の中のアラドとは別人のようだった。
(かっこよくなっちゃってたし・・・遠いところに行っちゃった感じ・・・)
少し寂しさを覚えつつ、ゼオラの意識は闇の中へと落ちていった。

「遅いな、ゼオラのやつ・・・」
翌日。放課後になるやいなや、アラドは2年の昇降口まで飛んで行きゼオラを待っていた。
しかし、待てど暮らせど一向に来る気配がない。
「クラス聞いとけばよかったな・・・」
その場にしゃがみこみ、ぶつぶつと文句をたれる。すると昨日ゼオラと一緒にいた2人が昇降口に現れた。
(この二人なら知ってるかも・・・よし!)
2人に尋ねるべく、勢いよく立ち上がると駆け寄って声をかけた。
「あの、すんません」
声の方向に2人―――アイビスとツグミが振り向き、口を開く。
「あ、あんた昨日の・・・」
「ゼオラの幼馴染君よね。どうかしたの?」
「えっと、ゼオラのクラスか今あいつが何処にいるか聞きたいんスけど・・・知らないっスか?」
「知らない」
どごっ。
ぶっきらぼうにアイビスが答えた瞬間、ツグミの裏拳がアイビスの腹部にヒットした。
呻きながら、その場にしゃがみ込むアイビス。
「もう・・・どうしてこの子ってばこういう言い方しか出来ないのかしら。
ごめんなさいね幼馴染君。でも、知らないのは本当なのよ?今日見てないし、私達クラス同じじゃないの。だから・・・行った方が確実かな。ゼオラだったら2年5組よ」
「は、はぁ・・・そっスか・・・どうも、ありがとうございマス・・・」
しゃがみ込んでいるアイビスをちらちらと見ながら、アラドは礼を言った。
「いいえ、こっちこそごめんなさいね・・・ほら、アイビス行くわよ?」
そう言ってツグミはアイビスの腕を引っ張り、アラドに微笑みつつ去って行った。
(なんなんだあの人・・・ちょっと怖かった・・・じゃなくて!!5組って言ってたな、
早く行ってみよう)

クラスまで行った結果、今日は学校を欠席している事が分かった。
(昨日は元気そうだったけど・・・いいや、見舞いに行ってやろっと)
ビルドビルガー(アラドが勝手につけたチャリの名)に乗り、男子寮から数十メートル離れたところにある女子寮の方へ駆けて行く。
(さっきの人大丈夫だったかな・・・かなり痛そうだったけど)
自転車をこぎながらアラドは思い出す。そして、ある物を思い出し勢い良く頭を振った。
(わ、忘れろ俺!!あの人・・・アイビスとかって人のパンツ見ちゃった事なんて!!!)
そう、先程しゃがみ込んだアイビスをちらちらと気にしていたのは彼女の短いスカートの中がうっかり見えてしまったからである。
思春期であり、そういうものに対して敏感になっているアラドには、アイビスのオレンジ色の下着が見えた事は嬉しいようなどうしたらいいかわからないような偶然だった。
(・・・ゼオラも、あんなのはいてるのかな・・・)
忘れようとするのだが、思考は別の方向へとシフトしていく。
(なんか、昨日会ったら別人みたいだったし・・・1年前はあんなに綺麗じゃなかったし胸だってあんなに大きくなかったもんな。知らないところで変わってたなぁ・・・あいつ)
そんな事を悶々と考えているうちに女子寮に到着した。
自転車を止め、管理人室でゼオラの部屋を聞き階段を上がる。
コンコン。寝ていた時のことを考え、ノックは控えめにしておいた。
「ゼオラー?俺・・・アラドだけど、いるか?」
返事はない。だがしかし、中で人の動く気配がした。十数秒後、がちゃりとドアが開く。
「アラド・・・どうしたの・・・?」
「どうって、休んだって聞いたから。お見舞いだよ・・・手ぶらだけどさ」
くすりとゼオラが苦笑する。
「ありがとう・・・入って、アラド」

部屋の中に上がり座ってから、アラドはちらちらと辺りを見回す。
「何よ、何かおかしな物でもある?」
小さな冷蔵庫からペットボトルを2本取り出し、1本を渡しながらゼオラが聞いた。
「そういうんじゃないけど・・・なんか、女の子の部屋だなって・・・」
「何それ」
くすりと笑うゼオラを「やっぱ可愛くなったよな」と思いつつ、身体の事を尋ねる。
「大丈夫、ちょっと熱っぽいだけだし・・・単なる風邪。わざわざありがとね」
「別にいいよ、話もしたかったから」
そんなたわいもない会話や、お互いの1年間を話す。
様々な事を話すうち、時刻は夕方5時になろうとしていた。
「アラド、まだ帰らなくて平気なの・・・?」
「そりゃ・・・近いしまだ夕方だし大丈夫だけど。あ、何かあるのか?」
「・・・・・・・・」
無言で俯いてしまった。
何かまずい事言ったかと心配になった時、ゼオラが口を開いた。
「・・・ほら、私昨日からこのままでしょ・・・だから・・・お、お風呂入りたいの・・・」
少し顔を赤らめ言うゼオラに、アラドも思わず顔を赤らめてしまう。
「え、あ、うっと・・・ま、まぁ帰りたくないけど帰れって言うなら帰るし・・・って、何言ってんだろ俺、ていうか、熱ある時に風呂ってまずいんじゃ!」
思わず変な事―――正直な気持ちだが―――を口走ってしまい、更に真っ赤な顔になって答える。
「だ、大丈夫だよ、微熱だし・・・」
「・・・分かった・・・じゃ、帰るな・・・」
そう言うやいなや、アラドはそそくさと帰る準備をする。
「ごめんね・・・また今度ゆっくり話そう?」
「そ、だな・・・じゃ、俺はこれで・・・」
最後にお互い微笑みかけると、アラドは部屋から出て行った。

しかし、出ていったはいいがアラドはドアヘともたれ掛かってしまう。
(あんな・・・薄いパジャマ1枚で男を中に入れんなよゼオラ・・・)
自分が押しかけて行ったという事は確かだ。しかし、あんな無防備なゼオラと2人きりになるとは思ってもいなかった。
確かに小さい頃は一緒に寝たこともある。だがそれはあくまで小さい頃であって。
(よく頑張ったよ俺・・・)
お互い告白こそしていないものの、前から好きだというのは自覚していた。
だからこそ、余計に意識してしまい大変だったのだ。
(まさか・・・誘ってとか・・・ないよな、ゼオラだし)

がたがたっ、がたーんっ

そんな事を考えていると、中から何かが倒れた音がした。まさか。
「・・・つ、ゼオラ!?」
ゼオラが倒れてしまったのではないかと、アラドは慌てて中に飛び入った。
しかし、部屋の中には彼女の姿は無い。
(そっか・・・風呂か!!)
一瞬躊躇ったが悩んでる場合ではない。大事だったら大変だ。
「ゼオラっ、何かあったのか!?」
脱衣所から声をかけるが返事は無い。そして、先程のような動く気配も無い。
アラドは意を決して、ドアを開けて中に入った。

そこにはゼオラが膝を抱えてしゃがみ込んでいた。
「ゼオラ・・・大丈夫か?」
とりあえず、自分の着ている学ランを掛けてやる。
「アラド・・・」
見上げる瞳は潤み、心なしか先程より顔が赤い。
治っていないというのに薄着で長時間話し込んだせいで熱が上がってしまったのだろうか。
「ごめん、俺のせいかも・・・風呂やめて、早く寝た方がいいぞ?」
そう言って、立たせようとした・・・が。
「あ!ちょっと待った!!お、俺外出るから・・・」
慌てて外に出ようとする。だがしかし、何かに阻まれて出られなくなってしまった。
―――ゼオラに、である。
いつの間にか立ち上がったゼオラの両腕は、アラドの腰に回されていた。
「ぜ、ゼオラ!?!?!?」
半ばパニックに陥って、アラドは裏返った声を出してしまう。
それもそうだ。背中には、ゼオラの豊かな胸がしっかりと当たっているのだから。

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