最終更新:ID:gH5rQ40lnQ 2012年03月08日(木) 11:56:35履歴
「シンとセツコの関係に悶えるスレ」より転載
「スパロボZ〜世界を越えたSEX〜」24-36氏による「シンセツコ的ifエピローグもの」の続編。
---------
「身体はもう、大丈夫?」
「はい。今はほぼ復調しました」
「味覚も?」
「はい」
「良かった。連絡もらってから、その辺りのことずっと心配してたの、私も桂も」
「ありがとうございます、ミムジィさん」
ミムジィからの優しい気遣いに、セツコは素直に感謝し、頭を下げた。同時に、こちらを心配してくれる彼女の方こそ
元気そうな様子であることに安心する。
子を生み、母となったミムジィの面差しは、年下のはずだが自分よりもはるかに大人びて見えた。元来の可憐さに
加えて母性が付与し、傍にいるだけで不思議と安らかな気持ちをもたらしてくれる。
穏やかな風が吹き渡り、セツコたちの髪を揺らした。
二人が座るテーブルセットが置かれた、二階建ての家屋のベランダからは、遮るものもなく空が見える。
緑豊かなエマーンの地を渡る風は、若々しい草の匂いをたっぷりと含み、ただそこにいるだけで心身を穏やかさで
包んでくれるようだった。事実、空の遥か高みではスカイフィッシュがトラパーに乗り、戦争による混乱で人心や国が
荒廃した時代が過去になりつつあることを示しながら、オーロラに似た美しい緑の光帯を蒼穹に描き出している。
「シャイアやリーア達も会いたがってたけど、タイミングが合わなくて残念。帰ってきたら、皆にはちゃんとセツコが
元気になってたって伝えておくわね」
「急に来て、すみません。本当はすぐ挨拶に来たかったんですが、ちゃんと治ってからだって言われてしまって……」
「半年間も帰ってこなくてあれだけ心配させたら、そりゃ仕方ないわよ。どうせ帰ってきてからしばらく、あの子、
付きっきりだったんでしょ?」
恐縮して頭を下げるセツコとは逆に、セツコが戻ってきてからの半年間、シンがどれだけセツコを安静にさせるべく
奮闘していたのかをまるで見ていたかのようにミムジィは鷹揚に笑った。
「付きっきりではないですけど、でも、お見舞いにはすごく来てくれました」
ジ・エーデルと時空を超えた際の影響か、あるいは戻った時の影響か、どちらかは分からないが当初は身体の
あちこちから感覚が欠落しており、日常生活に戻るのも一苦労だった。
収容された後、即座にプラントの病院に入院してからのこの数ヶ月、そんなセツコを厭うどころか率先して
心配し続け、任務の間を縫ってはほとんど毎日のように足しげく見舞いに通ってくれた。
ZEUTHの中でも、わざわざプラント来訪が難しいだろう遠方の仲間たちに戻ったことを直接伝えたいと、
体調も戻らぬ内から訴えたセツコの願いを、まずは復調してからですと頑として退けながら。
そうしてセツコの復調と、付いていくと言い張ったシンの休暇申請が通るのを合わせた結果、時空の狭間から
戻って半年。戦いから数えれば一年が過ぎていた。
「今も、心配してもらってばかりです。本当は一人で来ようと思ったんですけど、わざわざ一緒に来てくれて」
「感謝する必要ないわよ。あっちが一緒に旅したかっただけでしょ」
あっさり笑い飛ばし、ミムジィはテーブルに置いたクッキーに手を伸ばした。薦められ、セツコも一枚手を伸ばした。
口に入れると控えめな甘さが広がり、自然と笑みが広がる。
その様子を眺め、彼女が目を細めた。
「戻ってきてくれて良かった。桂ったら、あなたが戻ってこないのは多元世界の重大な損失だって言ってたのよ」
「桂さん、全然お変わりないんですね」
「変わらなさ過ぎよ、まったく」
「今なにか、俺のこと話してた?」
会話にすんなりと割り込み、階段を上がってきた桂が軽く手を上げてくる。
「桂、あの子は?」
「あそこ」
ミムジィからの問いに、桂の指がベランダの先を指し示した。
「うわっ、ちょっと髪引っぱるなって! ああもう分かったって、走ればいいんだろ!」
シンの困り果てたわめきが聞こえてきたかと思った直後、ベランダから見える庭に、桂とミムジィの子どもを
肩車したシンが、半分やけになって走り出す姿があった。ねだられた通り、乗り物に徹することにしたのだろう。
「ははっ、シンの奴、すっかり遊ばれてら」
ベランダの手すりに頬杖をつき、桂が口の端を緩める。
「ちょっと桂さん、面白がってないで父親の務め果たせよ!」
「気に入られて良かったなー、シン」
ベランダの桂に気づいて盛大に口を尖らせるシンに、飄々と彼は手を振った。案の定、赤い目を半眼に落として
少年がもう一言何か文句を言おうとするが、肩車した赤子に笑いながら頭を叩かれ、諦めてまた走り出し始める。
その様子にまたひとしきり笑い、手すりにもたれかかる格好に桂は頬杖をついた。彼らの近くにはモームも控えて
おり、危険はないだろう。そう安心しつつ、桂は女性陣を振り返った。
「そうそう、セツコちゃん。俺さ、最近新しい特技覚えたんだよね」
何気なく呟かれた内容にセツコは首を傾げた。
「特技?」
「そ。女の子が妊娠してるかどうか、見ただけで分かっちゃうっていう」
「それが何の役に立つのよ。危険な相手に手を出さないで済むようになった自慢?」
呆れることにすら慣れた調子で、ミムジィが肩を竦める。
「いやいや、けっこう役に立つって。ね、セツコちゃん。まだあいつ気づいてないだろ」
「え?」
一瞬、何を言ってるのか分からず、きょとんとセツコは目を丸くした。
「……ありゃ、ひょっとしてセツコちゃん自身も?」
意外そうに、今度は桂が目を丸くする。そして、まるで伝染したように、今度はミムジィまでもが「そうなの?」と
同じく目を丸くしてセツコを見た。
セツコの脳が、もう一度一連の会話の流れを再生する。
桂が何をできるようになって、あいつとは誰で、セツコ自身に何が起きているのか。
たっぷり数十秒かけてようやく意味が浸透した瞬間、セツコの口からこぼれたのは、間の抜けた声だった。
「え……あの、その……本当に?」
どうにも他人事じみたその反応に、桂とミムジィが顔を見合わせる。
「まあ俺の見立てなんで、確率は八割ぐらいかと思うけど」
「ちょっと黙ってなさい桂。セツコ、心当たりはある?」
「こっ……!」
ミムジィから発されたまさかのあからさまな問いに、一瞬で顔が赤くなり、セツコは慌てて下を向いた。今すぐ
逃げ出したいような恥ずかしさに、更に頬が熱くなる。
「な、無いとは、その、言えません、けど……」
しどろもどろながらも正直に答えつつ、信じられないまま、セツコは己の下腹部を見下ろした。
(ここに、本当に?)
「……なんだか、恐い」
本音が、ぽつりと口をついた。
怪訝そうにミムジィが眉をひそめた。
「恐い? 新しい幸せが?」
「だって……幸せは、シン君だけでも充分過ぎて、怖いぐらいなのに」
いつでも、大切なものを失って、泣いて、それが当たり前だった。
シンが隣にいてくれる今でさえ、言い尽くせないほど幸せだと思えて仕方がない。
タルホやミムジィの話を聞いても、自分にそんな日は来ないだろうと漠然と思っていた。あの不思議な空間で
出会った青年が言っていたように、再びこの身で戦う日が来ることはあっても。
慣れた不安が、足元から駆け上がり、セツコを絡め取る。
これ以上の幸せなど、そんなものを得る資格が自分にあるのか。分不相応に過ぎる幸せを得てしまったら、あっと
いう間に失ってしまうのではないか。
(どうしよう)
「どうしよう、って今思ってる?」
見事に見透かされ、セツコはどきりと背筋を正した。思わずミムジィに向き直る。
「どうして分かるんですか」
「分からないほど短い付き合いだったって思われてるなら、心外よ。まったく、あなたは無いものどころかあるものすら
ねだらなさすぎなのよ、セツコ」
「そうそう」
桂が手すりから身を起こして歩み寄ってきたかと思うと、ぽん、と頭を撫でられた。
「俺、一年前に言っただろ? セツコ、君も願えってさ。これに限らず、君は幸せってやつをもっと願っていいんだ。
で、可愛い女の子の我がままを叶えるのは、男の甲斐性ってもんさね」
思いがけず真顔で始まり、最後にはいつもどおりの笑顔を刻む。
その言葉にかぶせて、エマーン人らしい逞しさでミムジィが言い足す。
「それにね、言い方悪いだろうけど、失った分は、同じものでは無理でも別のもので取り戻せるわ。むしろ取り
戻さなきゃ。損したままなんて我慢できないじゃない?」
「でも」
己の中に残る困惑に、セツコは唇を噛んだ。
彼らの言葉にうなずきたい。そう思うのに、なお躊躇がどうしても浮かぶ。自分がそれを選んでいいのかが、
どうしても分からない。
「じゃあ産みたくないの?」
態度に苛立ったか、素っ気なくミムジィから問われる。
咄嗟にセツコは首をぶんぶんと左右に振った。
その反応に、ミムジィが安心したように肩をすくめた。
「なんだ、そうなんじゃない。良かった」
「あ……」
本心を引き出す為にわざとそう問われたことに遅れて気づかされ、セツコは呆然と目をしばたいた。
(私、そう、思ってたなんて)
思いがけず自らの本心と向き合うことになりながら、もう一度、セツコは自らの下腹部に視線を落とした。
服の上からそっと押さえる。
まるで眼前の彼らが魔法のかけてくれたかのように、かけがえのないものがここに息づいているのだという実感が
こみあげた。
願ってもいい。
そう自分に許すと、当たり前のように涙が生まれた。
「ご、ごめんなさい。なんだか胸がいっぱいになって……」
己の涙脆さが情けなくなりながら、セツコは手の甲で両目を拭った。気にするなとばかりに桂が悠々とかぶりを
振り、次いで、庭にいるはずの人物を指先で示してみせた。
「せっかくだから、今言っちゃうってのはどうだい?」
「でも心の準備が……それになんて言われるか」
「そう? 俺はあいつが恥ずかしいプロポーズしてくれるって方に賭けてもいいけど」
と、もう一度ベランダから庭を見下ろそうとし、まさに今しがたこちら側の異変に気づいて動きを止めたシンと
桂の目が合った。
途端、シンから怒声が飛んでくる。
「なんでセツコさん泣かせてるんだよアンタは!」
「違うの! そうじゃないのシン君! あのね――」
勝手にこぼれてくる涙を拭っていたセツコは、シンの予想外の誤解に慌ててベランダから身を乗り出した。誤解を
解こうと口を開く。
セツコから告げられる話を聞いていく内、シンの目が見る見るうちに大きく見開かれていく様を、至極愉快な気分で
横から眺めながら、
「俺より早い歳で親か。やるじゃないの、なかなか」
二人の洋々たる前途を祝して、桂は笑った。
「スパロボZ〜世界を越えたSEX〜」24-36氏による「シンセツコ的ifエピローグもの」の続編。
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「身体はもう、大丈夫?」
「はい。今はほぼ復調しました」
「味覚も?」
「はい」
「良かった。連絡もらってから、その辺りのことずっと心配してたの、私も桂も」
「ありがとうございます、ミムジィさん」
ミムジィからの優しい気遣いに、セツコは素直に感謝し、頭を下げた。同時に、こちらを心配してくれる彼女の方こそ
元気そうな様子であることに安心する。
子を生み、母となったミムジィの面差しは、年下のはずだが自分よりもはるかに大人びて見えた。元来の可憐さに
加えて母性が付与し、傍にいるだけで不思議と安らかな気持ちをもたらしてくれる。
穏やかな風が吹き渡り、セツコたちの髪を揺らした。
二人が座るテーブルセットが置かれた、二階建ての家屋のベランダからは、遮るものもなく空が見える。
緑豊かなエマーンの地を渡る風は、若々しい草の匂いをたっぷりと含み、ただそこにいるだけで心身を穏やかさで
包んでくれるようだった。事実、空の遥か高みではスカイフィッシュがトラパーに乗り、戦争による混乱で人心や国が
荒廃した時代が過去になりつつあることを示しながら、オーロラに似た美しい緑の光帯を蒼穹に描き出している。
「シャイアやリーア達も会いたがってたけど、タイミングが合わなくて残念。帰ってきたら、皆にはちゃんとセツコが
元気になってたって伝えておくわね」
「急に来て、すみません。本当はすぐ挨拶に来たかったんですが、ちゃんと治ってからだって言われてしまって……」
「半年間も帰ってこなくてあれだけ心配させたら、そりゃ仕方ないわよ。どうせ帰ってきてからしばらく、あの子、
付きっきりだったんでしょ?」
恐縮して頭を下げるセツコとは逆に、セツコが戻ってきてからの半年間、シンがどれだけセツコを安静にさせるべく
奮闘していたのかをまるで見ていたかのようにミムジィは鷹揚に笑った。
「付きっきりではないですけど、でも、お見舞いにはすごく来てくれました」
ジ・エーデルと時空を超えた際の影響か、あるいは戻った時の影響か、どちらかは分からないが当初は身体の
あちこちから感覚が欠落しており、日常生活に戻るのも一苦労だった。
収容された後、即座にプラントの病院に入院してからのこの数ヶ月、そんなセツコを厭うどころか率先して
心配し続け、任務の間を縫ってはほとんど毎日のように足しげく見舞いに通ってくれた。
ZEUTHの中でも、わざわざプラント来訪が難しいだろう遠方の仲間たちに戻ったことを直接伝えたいと、
体調も戻らぬ内から訴えたセツコの願いを、まずは復調してからですと頑として退けながら。
そうしてセツコの復調と、付いていくと言い張ったシンの休暇申請が通るのを合わせた結果、時空の狭間から
戻って半年。戦いから数えれば一年が過ぎていた。
「今も、心配してもらってばかりです。本当は一人で来ようと思ったんですけど、わざわざ一緒に来てくれて」
「感謝する必要ないわよ。あっちが一緒に旅したかっただけでしょ」
あっさり笑い飛ばし、ミムジィはテーブルに置いたクッキーに手を伸ばした。薦められ、セツコも一枚手を伸ばした。
口に入れると控えめな甘さが広がり、自然と笑みが広がる。
その様子を眺め、彼女が目を細めた。
「戻ってきてくれて良かった。桂ったら、あなたが戻ってこないのは多元世界の重大な損失だって言ってたのよ」
「桂さん、全然お変わりないんですね」
「変わらなさ過ぎよ、まったく」
「今なにか、俺のこと話してた?」
会話にすんなりと割り込み、階段を上がってきた桂が軽く手を上げてくる。
「桂、あの子は?」
「あそこ」
ミムジィからの問いに、桂の指がベランダの先を指し示した。
「うわっ、ちょっと髪引っぱるなって! ああもう分かったって、走ればいいんだろ!」
シンの困り果てたわめきが聞こえてきたかと思った直後、ベランダから見える庭に、桂とミムジィの子どもを
肩車したシンが、半分やけになって走り出す姿があった。ねだられた通り、乗り物に徹することにしたのだろう。
「ははっ、シンの奴、すっかり遊ばれてら」
ベランダの手すりに頬杖をつき、桂が口の端を緩める。
「ちょっと桂さん、面白がってないで父親の務め果たせよ!」
「気に入られて良かったなー、シン」
ベランダの桂に気づいて盛大に口を尖らせるシンに、飄々と彼は手を振った。案の定、赤い目を半眼に落として
少年がもう一言何か文句を言おうとするが、肩車した赤子に笑いながら頭を叩かれ、諦めてまた走り出し始める。
その様子にまたひとしきり笑い、手すりにもたれかかる格好に桂は頬杖をついた。彼らの近くにはモームも控えて
おり、危険はないだろう。そう安心しつつ、桂は女性陣を振り返った。
「そうそう、セツコちゃん。俺さ、最近新しい特技覚えたんだよね」
何気なく呟かれた内容にセツコは首を傾げた。
「特技?」
「そ。女の子が妊娠してるかどうか、見ただけで分かっちゃうっていう」
「それが何の役に立つのよ。危険な相手に手を出さないで済むようになった自慢?」
呆れることにすら慣れた調子で、ミムジィが肩を竦める。
「いやいや、けっこう役に立つって。ね、セツコちゃん。まだあいつ気づいてないだろ」
「え?」
一瞬、何を言ってるのか分からず、きょとんとセツコは目を丸くした。
「……ありゃ、ひょっとしてセツコちゃん自身も?」
意外そうに、今度は桂が目を丸くする。そして、まるで伝染したように、今度はミムジィまでもが「そうなの?」と
同じく目を丸くしてセツコを見た。
セツコの脳が、もう一度一連の会話の流れを再生する。
桂が何をできるようになって、あいつとは誰で、セツコ自身に何が起きているのか。
たっぷり数十秒かけてようやく意味が浸透した瞬間、セツコの口からこぼれたのは、間の抜けた声だった。
「え……あの、その……本当に?」
どうにも他人事じみたその反応に、桂とミムジィが顔を見合わせる。
「まあ俺の見立てなんで、確率は八割ぐらいかと思うけど」
「ちょっと黙ってなさい桂。セツコ、心当たりはある?」
「こっ……!」
ミムジィから発されたまさかのあからさまな問いに、一瞬で顔が赤くなり、セツコは慌てて下を向いた。今すぐ
逃げ出したいような恥ずかしさに、更に頬が熱くなる。
「な、無いとは、その、言えません、けど……」
しどろもどろながらも正直に答えつつ、信じられないまま、セツコは己の下腹部を見下ろした。
(ここに、本当に?)
「……なんだか、恐い」
本音が、ぽつりと口をついた。
怪訝そうにミムジィが眉をひそめた。
「恐い? 新しい幸せが?」
「だって……幸せは、シン君だけでも充分過ぎて、怖いぐらいなのに」
いつでも、大切なものを失って、泣いて、それが当たり前だった。
シンが隣にいてくれる今でさえ、言い尽くせないほど幸せだと思えて仕方がない。
タルホやミムジィの話を聞いても、自分にそんな日は来ないだろうと漠然と思っていた。あの不思議な空間で
出会った青年が言っていたように、再びこの身で戦う日が来ることはあっても。
慣れた不安が、足元から駆け上がり、セツコを絡め取る。
これ以上の幸せなど、そんなものを得る資格が自分にあるのか。分不相応に過ぎる幸せを得てしまったら、あっと
いう間に失ってしまうのではないか。
(どうしよう)
「どうしよう、って今思ってる?」
見事に見透かされ、セツコはどきりと背筋を正した。思わずミムジィに向き直る。
「どうして分かるんですか」
「分からないほど短い付き合いだったって思われてるなら、心外よ。まったく、あなたは無いものどころかあるものすら
ねだらなさすぎなのよ、セツコ」
「そうそう」
桂が手すりから身を起こして歩み寄ってきたかと思うと、ぽん、と頭を撫でられた。
「俺、一年前に言っただろ? セツコ、君も願えってさ。これに限らず、君は幸せってやつをもっと願っていいんだ。
で、可愛い女の子の我がままを叶えるのは、男の甲斐性ってもんさね」
思いがけず真顔で始まり、最後にはいつもどおりの笑顔を刻む。
その言葉にかぶせて、エマーン人らしい逞しさでミムジィが言い足す。
「それにね、言い方悪いだろうけど、失った分は、同じものでは無理でも別のもので取り戻せるわ。むしろ取り
戻さなきゃ。損したままなんて我慢できないじゃない?」
「でも」
己の中に残る困惑に、セツコは唇を噛んだ。
彼らの言葉にうなずきたい。そう思うのに、なお躊躇がどうしても浮かぶ。自分がそれを選んでいいのかが、
どうしても分からない。
「じゃあ産みたくないの?」
態度に苛立ったか、素っ気なくミムジィから問われる。
咄嗟にセツコは首をぶんぶんと左右に振った。
その反応に、ミムジィが安心したように肩をすくめた。
「なんだ、そうなんじゃない。良かった」
「あ……」
本心を引き出す為にわざとそう問われたことに遅れて気づかされ、セツコは呆然と目をしばたいた。
(私、そう、思ってたなんて)
思いがけず自らの本心と向き合うことになりながら、もう一度、セツコは自らの下腹部に視線を落とした。
服の上からそっと押さえる。
まるで眼前の彼らが魔法のかけてくれたかのように、かけがえのないものがここに息づいているのだという実感が
こみあげた。
願ってもいい。
そう自分に許すと、当たり前のように涙が生まれた。
「ご、ごめんなさい。なんだか胸がいっぱいになって……」
己の涙脆さが情けなくなりながら、セツコは手の甲で両目を拭った。気にするなとばかりに桂が悠々とかぶりを
振り、次いで、庭にいるはずの人物を指先で示してみせた。
「せっかくだから、今言っちゃうってのはどうだい?」
「でも心の準備が……それになんて言われるか」
「そう? 俺はあいつが恥ずかしいプロポーズしてくれるって方に賭けてもいいけど」
と、もう一度ベランダから庭を見下ろそうとし、まさに今しがたこちら側の異変に気づいて動きを止めたシンと
桂の目が合った。
途端、シンから怒声が飛んでくる。
「なんでセツコさん泣かせてるんだよアンタは!」
「違うの! そうじゃないのシン君! あのね――」
勝手にこぼれてくる涙を拭っていたセツコは、シンの予想外の誤解に慌ててベランダから身を乗り出した。誤解を
解こうと口を開く。
セツコから告げられる話を聞いていく内、シンの目が見る見るうちに大きく見開かれていく様を、至極愉快な気分で
横から眺めながら、
「俺より早い歳で親か。やるじゃないの、なかなか」
二人の洋々たる前途を祝して、桂は笑った。
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一気に読んでしまった…これ書いた人凄いな、切な過ぎて再会した所なんて泣きそうになっちゃったよ
もう一度Zやってくるわ