吾妻家に居候しはじめて数ヶ月。フォルカは不意にショウコに言った。

「契りを交わさないか」

 場所は吾妻家台所。ショウコの手には包丁。フォルカの両手には買い物袋。
 コウタは地球を守るため今日も出撃。キサブローは地下でGサンダーゲートのメンテ中。
 ふたりきり、だった。
「……突然言われてもショウコ、何のこと言われてるかわからないんだけど」
 数秒黙考したけど答えは出てこなかった。ただ、言葉のニュアンスだけでショウコの顔は赤くなる。
「アルティス兄さんやフェルナンド。大切な人とは契りを交わして兄弟になった」
「ああ、そういうこと。それじゃおじいちゃんに言って、養子縁組でもしてもらう?」
 どさりと買い物袋が置かれて、足音が近づく。
「いや、心の問題だ。血を交わしたい」
 言うことがいちいち大げさだな、と思いながら、やれやれといった表情でショウコは包丁を置いた。
「じゃあどうぞ」
 目を瞑って、唇を差し出す。
「わかるでしょ? これも契り」
 言いながら、手足が震え始めたのがわかる。緊張している。
 勢いで言ってしまっている。キスくらいなら罪にはならないと自己弁護している。
 フォルカの純然な好意を、ただ“キスしてもらいたい”という欲望に利用している。
 だけれども。
 いつも我慢してるんだから、これくらいいいよね。
 だから、興奮する自分を必死に隠し、待つ。
「ショウコ」
 頬に大きな手があてがわれ、唇が重なった。
 ゆっくりと、唇を離し――もう一度、今度は深く唇が重なる。
 フォルカの手が肩から腕を撫でて、ショウコの小さな手を包む。
 唇が割れて、中へ舌が進入する。
 痺れ、焦れて。力が抜ける。
 ショウコもフォルカの腕をしっかり掴んで座り込みそうなのを必死に耐えた。
 目が薄く開いてフォルカの顔が映る。
 瞼を閉じて、少しだけ強く舌を絡ませ続ける、彼。
 もうダメだと思うと同時、身体から力が抜ける。
「……んっ……ふっ」
 それを改めて腕を背中に回し、しっかり支えるフォルカ。唇を離してくれない。
 ずっとずっと。身体の全てが溶けるようになったまま、長いキスが続く。
「んぷっ……はっ。はぁ……はぁ……はぁ……」
 椅子へと導かれてやっと唇を解放された。ショウコの身体にはもう力が入らず、視線はただ力なくフォルカを眺めていた。
 思考はない。
 ただぼーっと、フォルカを見ていた。
「もう一度聞きたい、ショウコ。契りを交わそう。兄弟ではなく、夫婦になりたい」
 その言葉に。

 頷きもせずにただ泣いてしまった。

 おしまい。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

編集にはIDが必要です