最終更新: srweroparo 2012年12月11日(火) 01:11:43履歴
……んっ、んっ、ぷはあっ。
いやあ、酒ってのはどんな時代でもいいもんだな、こいつがなきゃ、仕事なんてやってられないってもんだ。
なあ、あんたもそう思うだろ?
……何だい、兄さん。ここいらじゃ見ない顔だが、ずいぶん景気よく飲んでるみたいだね。見たとこ、俺より大分若そうなのに、
まったく、うらやましい話だ。
え、俺かい? 俺なんてダメさ。毎日毎日、朝から晩まで工場で働いて、どうにかこうにか毎日のメシにありつけるって、
有様だからな。まあ、それでも、こうやって時たま、酒場まで一杯ひっかけに来られるくらいの蓄えは出来た分、あの頃に
比べればマシってもんさ。
……あの頃、か。
そうだな。考えてみりゃ、俺がこうして、酒なんぞ飲んでられる身分になれたのも、あの女のおかげなのかもな。
いや、何。たいした話じゃないんだがね。ちょいとした昔話さ。人に語って聞かせるようなものでも――
え、おごってくれるのかい。悪いなあ。
それじゃ、失礼して……んぐっ、と。へへ、全く、五臓六腑に染み渡るなあ。――ん、何だい?
……おごってやったんだから、って? ちえ、そういう事か。飲んじまってから言うなんて、あんたも人が悪いや。
それじゃ、まあ、酒の肴にでも聞いてくれや。
あの頃、俺はリモネシアにいてね。
例の大災害から、ちょうど半年ぐらい経った頃だったか。国連軍のおかげで、ようやく世界のゴタゴタが一段落した時だ。
その頃のリモネシアは、復興の真っ最中でね。大災害のせいで、きれいさっぱりなくなっちまった都市部の跡に、ぽつぽつと
人がやってきて、集落みたいなもんが出来て、何とかかんとか寄り集まって暮らしてる状態だった。
人ったって、そのほとんどはリモネシアに住んでた連中じゃない。この機会に、一山当てようと群がってきた、ブリタニア、
人革、それにAEUの、山っ気の強い連中ばっかりさ。
かくいう俺も、その一人だったんだがね。
俺が住み着いていたのも、そんな集落の片隅にある、一軒のボロ小屋だった。
朝起きては、街の広場へ出かけて、働き口がないか探しに行く。邪魔ながれきの撤去だの、新しい建物の工事だので、結構
にぎわってたもんだ。
で、仕事が見つかりゃ現場へ出かける。見つかんなかった日は、肩を落として小屋へ戻って不貞寝をする。
夜は夜で、近所の飯屋へ出かけて、安くて量が多いだけがとりえの、不味い飯をかっ食らい、また小屋に戻って朝まで眠る。
まあ、大体そんなような毎日だった。俺だけでなく、その頃、そこら辺にいた連中は、みんな似たようなもんだったと思うよ。
で、その日の夜。
俺はポケットにまとまった金を突っ込んで、女を買いに出かけた。
その前日、でかいヤマにありつけたんで、結構な給料が支払われてた。飯をたらふく食って食欲が満たされると、今度は別の
欲求が頭をもたげてくる……ってんでな。
夜道を歩いてると、あっちこっちの路地裏から娼婦が出てきて、俺に声をかけてくる。俺は女たちを品定めしながら、あたりを
うろつき続けた。
――ああ、たくさんいたよ。そりゃまあ、男は力仕事が出来るからいいが、女が体一つを元手に出来る仕事なんて、それくらいの
もんだろうからな。
そのうち、いい加減歩きくたびれちまった俺は、目の前の商店の軒先に座り込み、壁に背を預けて、ぼんやりと夜空を眺めてた。
雲もなくて、月や星が、きれいに光ってた夜だった。
そこで、あの女に出会ったんだ。
「あ、あの……」
座りこんでいる俺に、誰かが恐る恐る話しかけてきた。
「ん……んん?」
半分寝込んじまってた俺は目をこすって、目の前に立ってる女を見上げた。
ちりちりした銀髪に、青い目をした女がそこにいた。もっとも、目の方は妙に伏せがちで、よく見えなかったんだが。
その女、妙に怯えた様子でびくびくしてたもんだから、初めは俺も、娼婦だとは思わなかった。何の用かと思って、無言で
女の顔をじろじろ見ているうち、奴さんが、意を決した、ってな感じで、こう言ったんだ。
「こ、ここ、今晩、いい、い、いかがです、か……?
そこで俺も、ようやくその女が娼婦だってことに気づいたんだが、女が続けて言った金額を聞いて、言葉を無くしちまった。
今、兄さんが飲んでるその洋酒。
その大瓶一本よりも安かったんだぜ? 信じられるかよ。
安い女ってのは、誰もかれもそれなりに訳ありなもんだ。よっぽど買い手がつかねえようなご面相か、もしくは――何かの
病気持ちとか、な。
その女、顔はまあ、悪かなかったが、他にどんな事情があるか知れたもんじゃなかった。その日の俺はそれなりに金を持ってた
から、他の女を選んだってよかった、んだが――
「……よし、それじゃ、一つよろしく頼むとするかね」
――俺もまあ、物好きなタチでね。なんとなくその女の事が気になっちまったんだな。
その場で金を渡して、自分のねぐらに連れ帰ったってわけだ。
それでまあ、こいつがとにかくヘンな女でね。
連れ帰る間、着てるコートのフードですっぽり顔を覆って、ずっと俺の陰に隠れるようにして、びくびくしながら歩いてたのに、
俺の家に着くなり、急に態度が変わりやがった。
「ふう……さて貴方、とりあえずは、食事を取らせてもらえますか?」
この言い草だぜ? 娼婦がよ。
呆気に取られちまった俺は、何だかバカみたいな顔で、俺んちには飯の用意なんかないことをその女に伝えた。そうしたら、
「どういう事です!? 女性を誘っておきながら、食事の用意もしていないなんて……! 貴方はそれでも紳士ですか!」
なんて言い出す始末だ。
さすがの俺もカッとなっちまって、その場で叩き出してやろうかと思った。
だけど、俺んちの周りには、他にもたくさんの連中が住んでる。もしもこの女が俺んちの前でぎゃーぎゃー騒ぎ出しでも
しようもんなら、たちまち俺はその連中から、厄介ごとを抱え込んでると思われちまう。ああいう集団の中じゃ、村八分に
されるってのは、そのまま生活しにくくなるって事だからな。
仕方なく、俺はその女を連れて行きつけの飯屋に出かけた。
外に出た途端、女はまた、周りを警戒するような例の目付きになって、ぷっつりと黙り込んじまった。ま、俺にとっちゃ、
そっちの方が都合はよかったがね。
飯屋についてからもそれは変わらなくて、一向に注文する気配もなかったから、俺は仕方なく、自分のと同じモンをもう一つ
注文してやった。その店で一番安い定食料理だ。
運ばれてきた料理を見て、その女はまた騒ぎ出しやがったよ。
「何ですか、この粗末な料理は!? 調理がいい加減な上、こんなに調味料をまぶして……! せめてもう少しまともな……!」
俺は向かいの席で、その女が粗末だっていうその料理を、黙々と食ってたんだがね。いい加減頭にきちまって。
無言のまま、机をぶっ叩いたんだ。バンッ! てな。
そうしたら、
「ひっ……!」
なんて、首をすくめちまった。まあ、根は臆病な女だったんだろうな。
結局、その女も一口箸を付けた後は、猛烈な勢いで食ってたよ。何だかんだで、腹は減ってたんだろう。
勘定を済ませて出ようとしたら、
「おう、ちょっと待った待った」
店主の親爺が俺を呼び止めた。そして、カウンターの下から何かをごそごそと取り出すと、俺の目の前にどん、と置いて見せた。
「これ見ろ、ブリタニアの高級酒だ。この辺じゃめったに手に入らねえもんだぜ?」
なんでも、どっかの没落貴族が飯代の代わりにってんで置いてったものらしい。俺は喜んで、ポケットから残りの金を全部
引っ張り出すと、それをありがたく頂戴した。
女連れの俺に、親爺がじろじろと向ける好奇の目からさっさと退散して、俺は自分の家へと戻った。
「……さて、と」
食わせるもんも食わせたし、そろそろ……と思った矢先だ。
「………」
――何かもう、説明するのもイヤになるんだが……女が、持って帰った酒瓶をじーっと見てるんだな。無表情で。
俺は大きくため息をついた。
「……飲みてえのか?」
そう聞くと、女はあわてて首をブンブン振って、
「しっ、失礼な! この私が、そんな、物乞いのような真似を……!」
確かに物乞いじゃねえがお前は娼婦だろ、っと言いたいのを喉でこらえて、俺はのっそりと立ち上がって、酒瓶を取った。
「いいよ、飲めよ。どうせ一人で飲んだって、面白くもなんともねえからな」
「え?」
きょとんとしてる女を尻目に、俺はグラスを取り出す。元々一つしかなかったから、それを女に貸して、俺はラッパ飲みだ。
「ほれ、自分で注ぎな」
そう言って、酒瓶を手渡してやったら、震える手で不器用にグラスに注いでた。汚れちゃあいたが、整った形の手をしてたな。
注ぎ終わった瓶を受け取ると、俺はそれをかちん、とグラスに合わせた。
「んじゃ、まあ……乾杯」
「うう……ひっく、こら、私のグラスが空ではないか! 不敬だ、不敬であるぞ!」
しばらくはちびちび飲んでたが、その内酔いが回ってきたのか、俺の酒瓶をひったくる様にして飲み始めてな。結局、大半は
その女に飲まれちまった。
しまいには奴さん、酔いつぶれちまってね。布団に横になったまんま、がーがー寝息立てて、ナントカウムだとか
筆頭ナントカカントカだとか、訳のわかんない事言ってたよ。
「ったく……何なんだ、この女……」
俺もなんだか、バカバカしくなってきて、さっさと寝ちまおうって思った。そうは言っても、布団は一組しかないから、
無理やり女の寝てる布団にもぐりこんで、背中合わせに寝転んだんだ。酔いが回ってたせいか、俺はすぐに眠っちまった。
「うう……ん」
――それから、何時間くらい経ってたのかな。とにかく、夜中の事だ。
何だか、背中にあったかいものを感じて、俺はふっと目を覚ました。
ぐる、と首をひねって見てみたら、女が俺の背中に抱きついてきてたんだ。
電灯も満足にない小屋だったから、よく見えなかったんだが、女の目で、何かがきら、と光って見えた。それと同時に、低い、
嗚咽みたいなものが響いている事にも気づいた。
「う……ううっ……」
泣いてたんだな、その女が。それを見た瞬間だよ。
何だかよくわからないが、その女を、無性にいじめたい気分になってきたんだ。
もっと泣かせたい。もっと不幸な目にあわせて、この女が、悲しんでいる顔を見たい。
女に対してそんな事を思ったのは、生まれて初めての経験だった。
――え、何で急に、そんな気分になったのかって?
そういう女だったんだよ。そういう顔で、そういう態度の女だったんだ。
あんたも多分、会えばわかる。
――ところで、こっから先はまあ、あんまりデカい声で話せることでもないんだが……
え、もう一杯? 兄さん、ホントに景気がいいんだね。それじゃあ、あやかりがてら、ありがたく頂戴しますか。
……ぷはっ、ああ、美味いなあ。
んじゃまあ、ここまでしてもらっちゃ、話さないわけにもいかねえやな。
とにかく、そんな気分になった俺は、がばっと跳ね起きて、女の体に覆いかぶさっていった。
「きゃっ!?」
女は驚いて目を覚まして、俺の事を目をまん丸にして見上げてた。俺はそんな事にはお構いなく、女の着てるもんを全部
引っぺがしてやった。
手と同じで、あちこち砂埃で汚れちゃいるものの、形の整った体だった。わずかに汚れてない部分の肌を見ると、かなり色白の
女だったって事がわかった。
俺は物も言わず、ゆっくりと手を伸ばして、女の胸をわしづかみにした。
「……っ!」
女も、自分がここに連れてこられた目的を思い出したのか、それ以上、余計に騒いだりするようなことはなかった。ただ、ぎゅっと
唇を閉じて、始終ぷるぷると震えてはいたがね。
女のそれなりに大きな胸を、俺は優しく揉みほぐした。手の平全体をかぶせて触ってるうち、その中心に、何かつんとする感触が
当たった。指を伸ばして、その部分を軽くつまんでやると、女は「んんっ!」と喘いで、びくん、と体を大きく震わせた。
そこを抓んで捏ね回しながら、俺は女にぐっと顔を近づけ、唇を合わせた。
「んふぅ……ん」
女と俺との酒臭い息に包まれた中、ずるり、と舌を差し入れて、女の口内を乱暴にかき回した。頬の内側や、歯の裏側まで
余すところなくぬちょぬちょと舐め回してやるうち、女の方も少しずつ舌を絡ませてきた。
「ふは……っ、んん……」
その内、逆に女の方から舌を突っ込んできてな。必死になって俺の口の中を這い回らせてたよ。
――多分、酔いが残ってたせいなんだろうな。お堅い女に見えたが、結構大胆な振る舞いだった。
まあ、娼婦にお堅いもクソもないけどよ。
「ひゃっ!?」
俺はすっと片手を伸ばして、女の股間を弄った。
何もしてないのにそこはもう湿ってて、指を動かすと、くちゃくちゃいう音が部屋の中に響いた。
陰毛と肉丘をかき分けて、俺は女の膣内に指を挿入した。ずぷぷ、という水音が聞こえると共に、俺の指が、一面熱に覆われた。
「あっ……ひんっ……!」
そのまま指を出し入れするごとに、女が反応した。目をつむって顔を赤らめながら、小さく喘ぎ声を出した。膣の中も順調に
濡れてきていて、指の腹や背中に、ひくひくと蠢いてる膣肉の感触が伝わっていた。
「……こんだけ出来上がってりゃ、もう十分だな」
そう言って、指をつぷり、と抜いた俺は、女の下半身へ自分の腰をあてがった。すでに準備の出来ていた自分のモノをぐっと
握り、とろとろと、愛液を流している陰唇の割れ目へそっと当てる。
挿入する寸前、一瞬、女の顔をちらりと伺った。
「はぁ……はぁ……っ」
女は、例によって、怯えているような表情を浮かべていた。
何か、恐ろしいモノがやってきて、自分を傷つけようとする。あるいは、自分の大切なものを奪い去ろうとする。
そんな事を、怖がっているかのような顔だった。
「………」
その顔に、俺の芯が、ぶるり、と震えた。
興奮していたんだ。自分でもわかった。
もっと怯えさせたい、と思った。
もっと怖がらせ、恐ろしがらせ、その顔を歪ませたい。
そう思った俺は、下半身に力を込めると、ためらう事なく一気に、その女の身体を貫いた。
「は……あぁっ……!!」
何の前触れもなしに、一気に肉棒を突っ込まれた女は、目をかっと見開いた。同じく大きく開けた口からは、言葉にならない声が、
吐息となってかすかに漏れ出した。
俺はと言えば、股間に纏わりついてくる膣肉の感触と熱に、低く呻き声を上げてじっとしていた。やがて、その感覚に慣れて
きたところで、今度は大きく腰を引いた。
「ああんっ! ひぁぁんっ!」
今度は女の声が形になって、喉から絞り出された。ずるずると引き抜くペニスを肉壁の襞が引っかいて、柔らかな痒みを残した。
その、一種もどかしいような感触を解消するため、俺は再び腰を進めた。
「んんっ、んふぅっ、あぁっ!
ずちゅっ、ずっちゅっという、互いの性器が擦れ合う音と、女の嬌声だけが響く中で、俺はただひたすら腰を振り続けた。
気づけば女の方も、徐々にだが体を揺らせ、俺の動きに合わせていた。
肉壷の中で扱き立てられる快感に高められ、俺は絶頂が近づいている事を感じた。また、内側のひくつき具合から、女のそれが
近い事も。
俺は女の尻を乱暴に引っつかむと、両側からぎゅうっと力を込め、内側に押し込んだ。
「ひいっ!? んぐっ、あひんっ!」
痛いのか、それともごりごりと膣内をひっかかれるのが気持ちいいのか、女の声が跳ね上がった。
それと同時に、股間がきゅっと締まり、俺のモノを捉えて逃がさない。
「く……っ!」
俺は女の一番深いところまで、ずぶりと肉棒を挿入し、そして果てた。
「ああっ、ああああっ!!」
同時に女も達したらしく、俺の背中に手足を回し、激しくむしゃぶりついてきた。肌を通して、女の感じている絶頂が
伝わってきた。股間からはぷしゃあっとしぶきが放たれ、布団を汚していく。
しばらく、抱き合ったままで固まっていた俺たちは、やがてどちらからともなく力を抜き、どさ、と布団に並んで横たわった。
「はっ……はぁっ……」
隣で、女の荒い吐息が聞こえた。
それが、やがて静かな寝息に変わる頃には、俺もすっかり、眠りに落ちてしまっていた。
――ざっと、こんなトコだ。
……って、おい、何だあんたら? 俺は今、この兄さんと話してんだよ、ほれ、散れ散れ。
ったく、どうもここの連中は野次馬根性が強くていけねえ。
――え? その後、どうしたかって?
ああ、そうそう、そうだった。むしろ、そっちが本題だからな。
まあ、そんなこんなで翌朝のことだ。
俺は女と一緒に目を覚まして部屋を出た。散歩がてら、その辺まで見送りでも、ってな。
ちょうど、東の空に、朝日が顔を出した頃だった。俺たちは、特に何を話すでもなく、ただ並んで、街への道を歩き続けた。
「……そんじゃ、この辺で」
広場の手前あたりで、俺はぽつりとそう言った。
「……はい」
女は相変わらず、顔を伏せて、何かに怯えているような表情のままだった。
もう、それ以上、女と話す事はなかったから、俺はくるりと振り返り、家へ帰ろうとした。さっさと戻って、もう一眠りしようか、
なんて考えてた。
そん時だよ。
「わーい!」
子供だよ。戦災孤児だ。
きったねえカッコして、目の前の路地から、わらわら飛び出してきてな。友達同士で遊んでたんだろう。
「おっと」
ガキ共は、まっすぐ俺の方に向けて突進してきた。俺はひょい、と横にどいて、そいつらを見送った。
その先に立ってる女が、自然と視界に入った。
「………」
女が、その子供達の事をじっと見つめてたんだ。
その表情が、こう……なんつーか……悪い、上手く言えねえや。
とにかく、複雑な表情だった。朝日に銀髪がきらきら輝いて、伏せっぱなしだった目も、しっかりと見開いててよ。
何かをすまながってるようにも、そのガキ共を温かく見守ってるようにも見えて……ダメだ、やっぱ説明できねえな。
「いくぞー!」
「待て待てー!」
ガキ共はあっという間に、女の横をすり抜けて、広場の方に走っていって、見えなくなった。
それでも女はただじっと、その背中に向けて視線を送るように、そこに立ったまんまだった。
その横顔を見てる内に、俺も何だか、よくわかんねえ気分になってきちまってよ……
「おーい! ちょっと待てよ!」
「……え?」
ようやくその場を去ろうとした彼女は、背後から、今しがた別れたばかりの男に声をかけられて振り向いた。
見ると男は、近くに出ていた屋台に駆け込み、何かを買って、こちらへと小走りで近寄ってくるところだった。
息を弾ませている目の前の男を、彼女はただ、ぽかんとした表情で見つめる。
男は、小さな包みを彼女に差し出した。
「……これ、持ってけよ。腹、減ってんだろ?」
それを受け取る彼女の手に、包み越しに、ほわっとした暖かさが広がる。
「娘々のまぐろマンだ。体、温まるぜ?」
そう言って、男はにかっと笑った。
「………」
彼女は何も言わず、包みを受け取った姿勢で固まったままだ。
それじゃな、と言い置くと、男は再び自分の家へと向かって歩き出した。
が、途中で首だけを彼女へ振り向けると、やはりにかっと笑い、明るい声で言った。
「こんな世界だけどよ、まあ、お互い、何とかやってこうぜ」
そして、男は去っていく。
「あのっ!」
その背中を、彼女が呼び止めた。
ん? と振り向いた男の目を、彼女はまっすぐに見据えた。彼女の瞳が、陽光を受けて青く輝く。
「……ありがとうございます」
わずかに微笑んだ彼女はそう言うと、深々と頭を垂れた。その姿勢には、かつて彼女が高貴な身分であったことを思わせる、
上品さと優雅さが備わっていた。
「あ……ああ」
あまりにも丁寧なその礼に、一瞬、男が息を飲む。
、頭を上げた彼女はくるりと踵を返し、街へと続く道を歩いていく。
その姿が、燦々と照りつけ出した太陽に溶け、完全に見えなくなってしまうまで、男はただぼんやりと、彼女を見送っていた。
「……それでまあ、その後の俺はと言えば、何故だかわからないが、マジメにやるのも悪くないなって思うようになってね。
このブリタニアに渡ってきて、毎日汗水たらして働いて、夜は夜でこうやって、酒なんか飲める身分になったってわけさ」
そう言って、男はぐい、と目の前のビールを飲み干した。グラスを机に戻すと、何かを思い出すように、遠い目になる。
「あの女に会ってなきゃ、そんなふうに思う事も、なかったのかもしれないな」
「……名前は?」
「え?」
今まで、黙って男の語りに耳を傾けていた青年が、ぽつり、と口を開いた。
「名前だよ、その女の。君は聞かなかったのかい?」
青年の問いかけに、男は手を顎に当てて考え込む。
「そういやあ……まあ、どうせ一晩限りの相手だしな。名前なんて聞かなくたって、困るこたあなかったし」
それから少し、ニヤリと笑った。
「それにあの女、どうも男にダマされやすそうな雰囲気もあってよ。だからかえって、他人を警戒してるようなところがあった。
聞きそびれちまったのも、そのせいかもしれねえな」
「……ふうん」
青年は、洋酒の入ったワイングラスを片手で弄んでいる。グラスが揺れるたび、中の琥珀色の液体も、頼りなげにゆらゆらと
波打っていた。
そんな青年の肩に腕を回し、男が酒臭い息を吹きかけつつ、陽気に話しかける。
「それより、悪いな、兄さん。すっかりご馳走になっちまって。でよ、世話になりついでに、よけりゃ、もう一杯だけ……」
「――カルロス」
不意に、男の背後から誰かの声がした。
「そろそろ出ようぜ。ここの酒は、あらかた飲み尽くしちまった」
地獄の底から響いてくるような、禍々しさを伴っているその声に、男は恐る恐る、後ろを振り向いた。
身長2メートルはあろうかという大男が、そこに立っていた。鮮血のように赤く染まった髪に、魔界の鬼を思わせる形相。
何故かサングラスをかけていたが、その奥でぎらぎらと鋭く光る眼光は、とうてい隠し切れてはいなかった。
「ひっ!? で、出たぁ!」
あまりの恐ろしさに腰を抜かした男は、椅子から転げ落ちると、這いずるようにして店から飛び出してしまった。
その様子を目で追っていた大男が、ちっ、と一つ舌打ちをする。
「ったく……どいつもこいつも俺を化け物扱いしやがって」
「間違っちゃいないでしょ。……さて、それじゃあ僕らも、行くとしますか」
ついっ、とグラスの酒を飲み干すと、「カルロス」と呼ばれた青年は、自分と男の分、それに大男が飲んだ、莫大な量の酒の
代金を支払い、店を後にした。
「? どうした? ずいぶんと嬉しそうじゃねえか」
夜道を並んで歩く、大男と青年。
妙に笑顔を浮かべている青年に気づいた大男が、声をかけた。
「いやぁ、別にぃ? 元気そうで何よりだなって思っただけさ」
歌うような調子で、青年が答える。その答えに、大男は首をひねった。
「元気? 誰の事だ?」
だが青年はそれには答えず、相変わらず笑顔のままで、夜空を振り仰いだ。雲ひとつない、月や星が綺麗に輝いている夜だった。
同じ夜空の下、世界のどこかにいるはずの相手に向けて、青年は、よりいっそう微笑んでみせる。
そして、心の中で、そっと呼びかけた。
(――いつかまた、どこかで会える日を楽しみにしてるよ、シオニーちゃん)
いやあ、酒ってのはどんな時代でもいいもんだな、こいつがなきゃ、仕事なんてやってられないってもんだ。
なあ、あんたもそう思うだろ?
……何だい、兄さん。ここいらじゃ見ない顔だが、ずいぶん景気よく飲んでるみたいだね。見たとこ、俺より大分若そうなのに、
まったく、うらやましい話だ。
え、俺かい? 俺なんてダメさ。毎日毎日、朝から晩まで工場で働いて、どうにかこうにか毎日のメシにありつけるって、
有様だからな。まあ、それでも、こうやって時たま、酒場まで一杯ひっかけに来られるくらいの蓄えは出来た分、あの頃に
比べればマシってもんさ。
……あの頃、か。
そうだな。考えてみりゃ、俺がこうして、酒なんぞ飲んでられる身分になれたのも、あの女のおかげなのかもな。
いや、何。たいした話じゃないんだがね。ちょいとした昔話さ。人に語って聞かせるようなものでも――
え、おごってくれるのかい。悪いなあ。
それじゃ、失礼して……んぐっ、と。へへ、全く、五臓六腑に染み渡るなあ。――ん、何だい?
……おごってやったんだから、って? ちえ、そういう事か。飲んじまってから言うなんて、あんたも人が悪いや。
それじゃ、まあ、酒の肴にでも聞いてくれや。
あの頃、俺はリモネシアにいてね。
例の大災害から、ちょうど半年ぐらい経った頃だったか。国連軍のおかげで、ようやく世界のゴタゴタが一段落した時だ。
その頃のリモネシアは、復興の真っ最中でね。大災害のせいで、きれいさっぱりなくなっちまった都市部の跡に、ぽつぽつと
人がやってきて、集落みたいなもんが出来て、何とかかんとか寄り集まって暮らしてる状態だった。
人ったって、そのほとんどはリモネシアに住んでた連中じゃない。この機会に、一山当てようと群がってきた、ブリタニア、
人革、それにAEUの、山っ気の強い連中ばっかりさ。
かくいう俺も、その一人だったんだがね。
俺が住み着いていたのも、そんな集落の片隅にある、一軒のボロ小屋だった。
朝起きては、街の広場へ出かけて、働き口がないか探しに行く。邪魔ながれきの撤去だの、新しい建物の工事だので、結構
にぎわってたもんだ。
で、仕事が見つかりゃ現場へ出かける。見つかんなかった日は、肩を落として小屋へ戻って不貞寝をする。
夜は夜で、近所の飯屋へ出かけて、安くて量が多いだけがとりえの、不味い飯をかっ食らい、また小屋に戻って朝まで眠る。
まあ、大体そんなような毎日だった。俺だけでなく、その頃、そこら辺にいた連中は、みんな似たようなもんだったと思うよ。
で、その日の夜。
俺はポケットにまとまった金を突っ込んで、女を買いに出かけた。
その前日、でかいヤマにありつけたんで、結構な給料が支払われてた。飯をたらふく食って食欲が満たされると、今度は別の
欲求が頭をもたげてくる……ってんでな。
夜道を歩いてると、あっちこっちの路地裏から娼婦が出てきて、俺に声をかけてくる。俺は女たちを品定めしながら、あたりを
うろつき続けた。
――ああ、たくさんいたよ。そりゃまあ、男は力仕事が出来るからいいが、女が体一つを元手に出来る仕事なんて、それくらいの
もんだろうからな。
そのうち、いい加減歩きくたびれちまった俺は、目の前の商店の軒先に座り込み、壁に背を預けて、ぼんやりと夜空を眺めてた。
雲もなくて、月や星が、きれいに光ってた夜だった。
そこで、あの女に出会ったんだ。
「あ、あの……」
座りこんでいる俺に、誰かが恐る恐る話しかけてきた。
「ん……んん?」
半分寝込んじまってた俺は目をこすって、目の前に立ってる女を見上げた。
ちりちりした銀髪に、青い目をした女がそこにいた。もっとも、目の方は妙に伏せがちで、よく見えなかったんだが。
その女、妙に怯えた様子でびくびくしてたもんだから、初めは俺も、娼婦だとは思わなかった。何の用かと思って、無言で
女の顔をじろじろ見ているうち、奴さんが、意を決した、ってな感じで、こう言ったんだ。
「こ、ここ、今晩、いい、い、いかがです、か……?
そこで俺も、ようやくその女が娼婦だってことに気づいたんだが、女が続けて言った金額を聞いて、言葉を無くしちまった。
今、兄さんが飲んでるその洋酒。
その大瓶一本よりも安かったんだぜ? 信じられるかよ。
安い女ってのは、誰もかれもそれなりに訳ありなもんだ。よっぽど買い手がつかねえようなご面相か、もしくは――何かの
病気持ちとか、な。
その女、顔はまあ、悪かなかったが、他にどんな事情があるか知れたもんじゃなかった。その日の俺はそれなりに金を持ってた
から、他の女を選んだってよかった、んだが――
「……よし、それじゃ、一つよろしく頼むとするかね」
――俺もまあ、物好きなタチでね。なんとなくその女の事が気になっちまったんだな。
その場で金を渡して、自分のねぐらに連れ帰ったってわけだ。
それでまあ、こいつがとにかくヘンな女でね。
連れ帰る間、着てるコートのフードですっぽり顔を覆って、ずっと俺の陰に隠れるようにして、びくびくしながら歩いてたのに、
俺の家に着くなり、急に態度が変わりやがった。
「ふう……さて貴方、とりあえずは、食事を取らせてもらえますか?」
この言い草だぜ? 娼婦がよ。
呆気に取られちまった俺は、何だかバカみたいな顔で、俺んちには飯の用意なんかないことをその女に伝えた。そうしたら、
「どういう事です!? 女性を誘っておきながら、食事の用意もしていないなんて……! 貴方はそれでも紳士ですか!」
なんて言い出す始末だ。
さすがの俺もカッとなっちまって、その場で叩き出してやろうかと思った。
だけど、俺んちの周りには、他にもたくさんの連中が住んでる。もしもこの女が俺んちの前でぎゃーぎゃー騒ぎ出しでも
しようもんなら、たちまち俺はその連中から、厄介ごとを抱え込んでると思われちまう。ああいう集団の中じゃ、村八分に
されるってのは、そのまま生活しにくくなるって事だからな。
仕方なく、俺はその女を連れて行きつけの飯屋に出かけた。
外に出た途端、女はまた、周りを警戒するような例の目付きになって、ぷっつりと黙り込んじまった。ま、俺にとっちゃ、
そっちの方が都合はよかったがね。
飯屋についてからもそれは変わらなくて、一向に注文する気配もなかったから、俺は仕方なく、自分のと同じモンをもう一つ
注文してやった。その店で一番安い定食料理だ。
運ばれてきた料理を見て、その女はまた騒ぎ出しやがったよ。
「何ですか、この粗末な料理は!? 調理がいい加減な上、こんなに調味料をまぶして……! せめてもう少しまともな……!」
俺は向かいの席で、その女が粗末だっていうその料理を、黙々と食ってたんだがね。いい加減頭にきちまって。
無言のまま、机をぶっ叩いたんだ。バンッ! てな。
そうしたら、
「ひっ……!」
なんて、首をすくめちまった。まあ、根は臆病な女だったんだろうな。
結局、その女も一口箸を付けた後は、猛烈な勢いで食ってたよ。何だかんだで、腹は減ってたんだろう。
勘定を済ませて出ようとしたら、
「おう、ちょっと待った待った」
店主の親爺が俺を呼び止めた。そして、カウンターの下から何かをごそごそと取り出すと、俺の目の前にどん、と置いて見せた。
「これ見ろ、ブリタニアの高級酒だ。この辺じゃめったに手に入らねえもんだぜ?」
なんでも、どっかの没落貴族が飯代の代わりにってんで置いてったものらしい。俺は喜んで、ポケットから残りの金を全部
引っ張り出すと、それをありがたく頂戴した。
女連れの俺に、親爺がじろじろと向ける好奇の目からさっさと退散して、俺は自分の家へと戻った。
「……さて、と」
食わせるもんも食わせたし、そろそろ……と思った矢先だ。
「………」
――何かもう、説明するのもイヤになるんだが……女が、持って帰った酒瓶をじーっと見てるんだな。無表情で。
俺は大きくため息をついた。
「……飲みてえのか?」
そう聞くと、女はあわてて首をブンブン振って、
「しっ、失礼な! この私が、そんな、物乞いのような真似を……!」
確かに物乞いじゃねえがお前は娼婦だろ、っと言いたいのを喉でこらえて、俺はのっそりと立ち上がって、酒瓶を取った。
「いいよ、飲めよ。どうせ一人で飲んだって、面白くもなんともねえからな」
「え?」
きょとんとしてる女を尻目に、俺はグラスを取り出す。元々一つしかなかったから、それを女に貸して、俺はラッパ飲みだ。
「ほれ、自分で注ぎな」
そう言って、酒瓶を手渡してやったら、震える手で不器用にグラスに注いでた。汚れちゃあいたが、整った形の手をしてたな。
注ぎ終わった瓶を受け取ると、俺はそれをかちん、とグラスに合わせた。
「んじゃ、まあ……乾杯」
「うう……ひっく、こら、私のグラスが空ではないか! 不敬だ、不敬であるぞ!」
しばらくはちびちび飲んでたが、その内酔いが回ってきたのか、俺の酒瓶をひったくる様にして飲み始めてな。結局、大半は
その女に飲まれちまった。
しまいには奴さん、酔いつぶれちまってね。布団に横になったまんま、がーがー寝息立てて、ナントカウムだとか
筆頭ナントカカントカだとか、訳のわかんない事言ってたよ。
「ったく……何なんだ、この女……」
俺もなんだか、バカバカしくなってきて、さっさと寝ちまおうって思った。そうは言っても、布団は一組しかないから、
無理やり女の寝てる布団にもぐりこんで、背中合わせに寝転んだんだ。酔いが回ってたせいか、俺はすぐに眠っちまった。
「うう……ん」
――それから、何時間くらい経ってたのかな。とにかく、夜中の事だ。
何だか、背中にあったかいものを感じて、俺はふっと目を覚ました。
ぐる、と首をひねって見てみたら、女が俺の背中に抱きついてきてたんだ。
電灯も満足にない小屋だったから、よく見えなかったんだが、女の目で、何かがきら、と光って見えた。それと同時に、低い、
嗚咽みたいなものが響いている事にも気づいた。
「う……ううっ……」
泣いてたんだな、その女が。それを見た瞬間だよ。
何だかよくわからないが、その女を、無性にいじめたい気分になってきたんだ。
もっと泣かせたい。もっと不幸な目にあわせて、この女が、悲しんでいる顔を見たい。
女に対してそんな事を思ったのは、生まれて初めての経験だった。
――え、何で急に、そんな気分になったのかって?
そういう女だったんだよ。そういう顔で、そういう態度の女だったんだ。
あんたも多分、会えばわかる。
――ところで、こっから先はまあ、あんまりデカい声で話せることでもないんだが……
え、もう一杯? 兄さん、ホントに景気がいいんだね。それじゃあ、あやかりがてら、ありがたく頂戴しますか。
……ぷはっ、ああ、美味いなあ。
んじゃまあ、ここまでしてもらっちゃ、話さないわけにもいかねえやな。
とにかく、そんな気分になった俺は、がばっと跳ね起きて、女の体に覆いかぶさっていった。
「きゃっ!?」
女は驚いて目を覚まして、俺の事を目をまん丸にして見上げてた。俺はそんな事にはお構いなく、女の着てるもんを全部
引っぺがしてやった。
手と同じで、あちこち砂埃で汚れちゃいるものの、形の整った体だった。わずかに汚れてない部分の肌を見ると、かなり色白の
女だったって事がわかった。
俺は物も言わず、ゆっくりと手を伸ばして、女の胸をわしづかみにした。
「……っ!」
女も、自分がここに連れてこられた目的を思い出したのか、それ以上、余計に騒いだりするようなことはなかった。ただ、ぎゅっと
唇を閉じて、始終ぷるぷると震えてはいたがね。
女のそれなりに大きな胸を、俺は優しく揉みほぐした。手の平全体をかぶせて触ってるうち、その中心に、何かつんとする感触が
当たった。指を伸ばして、その部分を軽くつまんでやると、女は「んんっ!」と喘いで、びくん、と体を大きく震わせた。
そこを抓んで捏ね回しながら、俺は女にぐっと顔を近づけ、唇を合わせた。
「んふぅ……ん」
女と俺との酒臭い息に包まれた中、ずるり、と舌を差し入れて、女の口内を乱暴にかき回した。頬の内側や、歯の裏側まで
余すところなくぬちょぬちょと舐め回してやるうち、女の方も少しずつ舌を絡ませてきた。
「ふは……っ、んん……」
その内、逆に女の方から舌を突っ込んできてな。必死になって俺の口の中を這い回らせてたよ。
――多分、酔いが残ってたせいなんだろうな。お堅い女に見えたが、結構大胆な振る舞いだった。
まあ、娼婦にお堅いもクソもないけどよ。
「ひゃっ!?」
俺はすっと片手を伸ばして、女の股間を弄った。
何もしてないのにそこはもう湿ってて、指を動かすと、くちゃくちゃいう音が部屋の中に響いた。
陰毛と肉丘をかき分けて、俺は女の膣内に指を挿入した。ずぷぷ、という水音が聞こえると共に、俺の指が、一面熱に覆われた。
「あっ……ひんっ……!」
そのまま指を出し入れするごとに、女が反応した。目をつむって顔を赤らめながら、小さく喘ぎ声を出した。膣の中も順調に
濡れてきていて、指の腹や背中に、ひくひくと蠢いてる膣肉の感触が伝わっていた。
「……こんだけ出来上がってりゃ、もう十分だな」
そう言って、指をつぷり、と抜いた俺は、女の下半身へ自分の腰をあてがった。すでに準備の出来ていた自分のモノをぐっと
握り、とろとろと、愛液を流している陰唇の割れ目へそっと当てる。
挿入する寸前、一瞬、女の顔をちらりと伺った。
「はぁ……はぁ……っ」
女は、例によって、怯えているような表情を浮かべていた。
何か、恐ろしいモノがやってきて、自分を傷つけようとする。あるいは、自分の大切なものを奪い去ろうとする。
そんな事を、怖がっているかのような顔だった。
「………」
その顔に、俺の芯が、ぶるり、と震えた。
興奮していたんだ。自分でもわかった。
もっと怯えさせたい、と思った。
もっと怖がらせ、恐ろしがらせ、その顔を歪ませたい。
そう思った俺は、下半身に力を込めると、ためらう事なく一気に、その女の身体を貫いた。
「は……あぁっ……!!」
何の前触れもなしに、一気に肉棒を突っ込まれた女は、目をかっと見開いた。同じく大きく開けた口からは、言葉にならない声が、
吐息となってかすかに漏れ出した。
俺はと言えば、股間に纏わりついてくる膣肉の感触と熱に、低く呻き声を上げてじっとしていた。やがて、その感覚に慣れて
きたところで、今度は大きく腰を引いた。
「ああんっ! ひぁぁんっ!」
今度は女の声が形になって、喉から絞り出された。ずるずると引き抜くペニスを肉壁の襞が引っかいて、柔らかな痒みを残した。
その、一種もどかしいような感触を解消するため、俺は再び腰を進めた。
「んんっ、んふぅっ、あぁっ!
ずちゅっ、ずっちゅっという、互いの性器が擦れ合う音と、女の嬌声だけが響く中で、俺はただひたすら腰を振り続けた。
気づけば女の方も、徐々にだが体を揺らせ、俺の動きに合わせていた。
肉壷の中で扱き立てられる快感に高められ、俺は絶頂が近づいている事を感じた。また、内側のひくつき具合から、女のそれが
近い事も。
俺は女の尻を乱暴に引っつかむと、両側からぎゅうっと力を込め、内側に押し込んだ。
「ひいっ!? んぐっ、あひんっ!」
痛いのか、それともごりごりと膣内をひっかかれるのが気持ちいいのか、女の声が跳ね上がった。
それと同時に、股間がきゅっと締まり、俺のモノを捉えて逃がさない。
「く……っ!」
俺は女の一番深いところまで、ずぶりと肉棒を挿入し、そして果てた。
「ああっ、ああああっ!!」
同時に女も達したらしく、俺の背中に手足を回し、激しくむしゃぶりついてきた。肌を通して、女の感じている絶頂が
伝わってきた。股間からはぷしゃあっとしぶきが放たれ、布団を汚していく。
しばらく、抱き合ったままで固まっていた俺たちは、やがてどちらからともなく力を抜き、どさ、と布団に並んで横たわった。
「はっ……はぁっ……」
隣で、女の荒い吐息が聞こえた。
それが、やがて静かな寝息に変わる頃には、俺もすっかり、眠りに落ちてしまっていた。
――ざっと、こんなトコだ。
……って、おい、何だあんたら? 俺は今、この兄さんと話してんだよ、ほれ、散れ散れ。
ったく、どうもここの連中は野次馬根性が強くていけねえ。
――え? その後、どうしたかって?
ああ、そうそう、そうだった。むしろ、そっちが本題だからな。
まあ、そんなこんなで翌朝のことだ。
俺は女と一緒に目を覚まして部屋を出た。散歩がてら、その辺まで見送りでも、ってな。
ちょうど、東の空に、朝日が顔を出した頃だった。俺たちは、特に何を話すでもなく、ただ並んで、街への道を歩き続けた。
「……そんじゃ、この辺で」
広場の手前あたりで、俺はぽつりとそう言った。
「……はい」
女は相変わらず、顔を伏せて、何かに怯えているような表情のままだった。
もう、それ以上、女と話す事はなかったから、俺はくるりと振り返り、家へ帰ろうとした。さっさと戻って、もう一眠りしようか、
なんて考えてた。
そん時だよ。
「わーい!」
子供だよ。戦災孤児だ。
きったねえカッコして、目の前の路地から、わらわら飛び出してきてな。友達同士で遊んでたんだろう。
「おっと」
ガキ共は、まっすぐ俺の方に向けて突進してきた。俺はひょい、と横にどいて、そいつらを見送った。
その先に立ってる女が、自然と視界に入った。
「………」
女が、その子供達の事をじっと見つめてたんだ。
その表情が、こう……なんつーか……悪い、上手く言えねえや。
とにかく、複雑な表情だった。朝日に銀髪がきらきら輝いて、伏せっぱなしだった目も、しっかりと見開いててよ。
何かをすまながってるようにも、そのガキ共を温かく見守ってるようにも見えて……ダメだ、やっぱ説明できねえな。
「いくぞー!」
「待て待てー!」
ガキ共はあっという間に、女の横をすり抜けて、広場の方に走っていって、見えなくなった。
それでも女はただじっと、その背中に向けて視線を送るように、そこに立ったまんまだった。
その横顔を見てる内に、俺も何だか、よくわかんねえ気分になってきちまってよ……
「おーい! ちょっと待てよ!」
「……え?」
ようやくその場を去ろうとした彼女は、背後から、今しがた別れたばかりの男に声をかけられて振り向いた。
見ると男は、近くに出ていた屋台に駆け込み、何かを買って、こちらへと小走りで近寄ってくるところだった。
息を弾ませている目の前の男を、彼女はただ、ぽかんとした表情で見つめる。
男は、小さな包みを彼女に差し出した。
「……これ、持ってけよ。腹、減ってんだろ?」
それを受け取る彼女の手に、包み越しに、ほわっとした暖かさが広がる。
「娘々のまぐろマンだ。体、温まるぜ?」
そう言って、男はにかっと笑った。
「………」
彼女は何も言わず、包みを受け取った姿勢で固まったままだ。
それじゃな、と言い置くと、男は再び自分の家へと向かって歩き出した。
が、途中で首だけを彼女へ振り向けると、やはりにかっと笑い、明るい声で言った。
「こんな世界だけどよ、まあ、お互い、何とかやってこうぜ」
そして、男は去っていく。
「あのっ!」
その背中を、彼女が呼び止めた。
ん? と振り向いた男の目を、彼女はまっすぐに見据えた。彼女の瞳が、陽光を受けて青く輝く。
「……ありがとうございます」
わずかに微笑んだ彼女はそう言うと、深々と頭を垂れた。その姿勢には、かつて彼女が高貴な身分であったことを思わせる、
上品さと優雅さが備わっていた。
「あ……ああ」
あまりにも丁寧なその礼に、一瞬、男が息を飲む。
、頭を上げた彼女はくるりと踵を返し、街へと続く道を歩いていく。
その姿が、燦々と照りつけ出した太陽に溶け、完全に見えなくなってしまうまで、男はただぼんやりと、彼女を見送っていた。
「……それでまあ、その後の俺はと言えば、何故だかわからないが、マジメにやるのも悪くないなって思うようになってね。
このブリタニアに渡ってきて、毎日汗水たらして働いて、夜は夜でこうやって、酒なんか飲める身分になったってわけさ」
そう言って、男はぐい、と目の前のビールを飲み干した。グラスを机に戻すと、何かを思い出すように、遠い目になる。
「あの女に会ってなきゃ、そんなふうに思う事も、なかったのかもしれないな」
「……名前は?」
「え?」
今まで、黙って男の語りに耳を傾けていた青年が、ぽつり、と口を開いた。
「名前だよ、その女の。君は聞かなかったのかい?」
青年の問いかけに、男は手を顎に当てて考え込む。
「そういやあ……まあ、どうせ一晩限りの相手だしな。名前なんて聞かなくたって、困るこたあなかったし」
それから少し、ニヤリと笑った。
「それにあの女、どうも男にダマされやすそうな雰囲気もあってよ。だからかえって、他人を警戒してるようなところがあった。
聞きそびれちまったのも、そのせいかもしれねえな」
「……ふうん」
青年は、洋酒の入ったワイングラスを片手で弄んでいる。グラスが揺れるたび、中の琥珀色の液体も、頼りなげにゆらゆらと
波打っていた。
そんな青年の肩に腕を回し、男が酒臭い息を吹きかけつつ、陽気に話しかける。
「それより、悪いな、兄さん。すっかりご馳走になっちまって。でよ、世話になりついでに、よけりゃ、もう一杯だけ……」
「――カルロス」
不意に、男の背後から誰かの声がした。
「そろそろ出ようぜ。ここの酒は、あらかた飲み尽くしちまった」
地獄の底から響いてくるような、禍々しさを伴っているその声に、男は恐る恐る、後ろを振り向いた。
身長2メートルはあろうかという大男が、そこに立っていた。鮮血のように赤く染まった髪に、魔界の鬼を思わせる形相。
何故かサングラスをかけていたが、その奥でぎらぎらと鋭く光る眼光は、とうてい隠し切れてはいなかった。
「ひっ!? で、出たぁ!」
あまりの恐ろしさに腰を抜かした男は、椅子から転げ落ちると、這いずるようにして店から飛び出してしまった。
その様子を目で追っていた大男が、ちっ、と一つ舌打ちをする。
「ったく……どいつもこいつも俺を化け物扱いしやがって」
「間違っちゃいないでしょ。……さて、それじゃあ僕らも、行くとしますか」
ついっ、とグラスの酒を飲み干すと、「カルロス」と呼ばれた青年は、自分と男の分、それに大男が飲んだ、莫大な量の酒の
代金を支払い、店を後にした。
「? どうした? ずいぶんと嬉しそうじゃねえか」
夜道を並んで歩く、大男と青年。
妙に笑顔を浮かべている青年に気づいた大男が、声をかけた。
「いやぁ、別にぃ? 元気そうで何よりだなって思っただけさ」
歌うような調子で、青年が答える。その答えに、大男は首をひねった。
「元気? 誰の事だ?」
だが青年はそれには答えず、相変わらず笑顔のままで、夜空を振り仰いだ。雲ひとつない、月や星が綺麗に輝いている夜だった。
同じ夜空の下、世界のどこかにいるはずの相手に向けて、青年は、よりいっそう微笑んでみせる。
そして、心の中で、そっと呼びかけた。
(――いつかまた、どこかで会える日を楽しみにしてるよ、シオニーちゃん)
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