半分は熱いシャワーを浴びた余熱だった。半分は。
 ぼぅっ、と火照る顔に片手で触れて、そっと、隣でベッドに腰掛けているウェンの横顔を眺めた。
 地味なチェックグレーのパジャマを着て、文庫本を読み進めるウェンの表情は、いつもと同じ、涼しげな顔だった。
 ねぇ、本当にやってもいいのかな。
 いいも悪いもないでしょ、したくないの?
 したいしたくないでいえば……うぅん…し…たい…かな
 そうと決まれば、行動あるのみだよ。
 うん……わかった…
 ピンクのストライプ模様のパジャマの袖をいじりながら、リムはそっとウェンに囁いた。
「あの…ね、ウェン」
「なんだい、リム」
「そろそろ……いいかな」
 パタン、と本をテーブルに置いて、にっこりと、いつもの屈託ない微笑みを返した。
「うん、君がいいなら、いつでもいいよ」
「あ……うん……私はいいから…」
「そっか。じゃあ、寝ようか」
「…………うん」
 もぞもぞと、リムはベッドの中に潜り込んだ。
「ウェン……きて……」
「うん」 
 リムに続いて、ウェンは隣に潜り込んだ。お互い、向かい合って添い寝する姿になっていた。 
「う……えっと……じゃあ……」
「うん、おやすみ、リム」
 事も無げにそう言ったウェンに、リムは一瞬キョトンとして、その一瞬より少しだけ長く顔を赤くした後、
オウム返しにウェンに言った。
「うん、おやすみ、ウェン」
 そう言うと、リムはそっと電灯のスイッチを消した。
「って、違ぁぁぁぁう!」
 ガバ、と布団を跳ね除けて、リムはウェンに馬乗りになった。
「リ、リム?」
 ちょっとリアナ、どうかしたの!?
 どうかしてるのは、そっちでしょ!? 寝るっていったら…
「もういい、実力行使する!」
 ウェンのパジャマに手をかけると、無理矢理左右に引きちぎるように脱がした。
 ら、乱暴はいけないよう。
 アンタが煮え切らないからでしょう、クリス!
「リム、何をする気だい?」
「な、なにって…男と女が寝るんだから…アレをするのよ!」
 さすがに面と向かって、何をするか言われてリムの語調はしどろもどろになっていたが、
あいも変わらずウェンは事も無げに言った。
「ああ、性交するんだね。そういうことだったなら、そう言ってくれればよかったのに」
 そのはっきりとした物言いに、リムの体の熱は完全にリム自身の紅潮からくる発熱になっていた。。
「それで、リム。僕は何をすればいいの?」
「……い……いいよ」
「いい?」
「アタシがやるから、ウェンは何もしなくていいよ」
「でも……」
「いいって言ったらいいの!」
 ウェンの口に自分の唇を押し当てて黙らせると、ウェンのズボンの中に手を差し込んだ。
「う……あ?」
 初めは、クリームが今にもこぼれてしまいそうな焼き菓子に触れるように、包み込むように全体に触れ、
やがて、それがいくらか硬度を帯びてきたことを指先で感じると、今度は強く握り締めた。
「あう…!」
 リアナ……そんな……ああ……恥ずかしいよぅ……
 でもクリス……ほら、わかる? ウェン、感じてるよ?
 少しずつ硬度を増し始めたそれを、リムは事前に仕入れた予備知識に従って、手を上下させ始めた。
「……な…に…この感覚は……あ、あ…!リアナ…うあ…!?」
 ウェンの男性は、怒張し、火傷をするのでは、と思うほどに熱を帯びていたが、勿論それ以上にリム自身が熱を帯びていた。
「ハァ……ハァ……ウェン……気持ちいい…?…アタシの手で……気持ちいい…?」
「うう……よく…わからな……ああ!」
 ずっ、っと亀頭と包皮の間に指を差し込まれ、なぞられた瞬間、ウェンは悲鳴に近い呻き声をあげた。
「ひあっ!」
 瞬間、リムの下腹部に、ウェンの精が迸った。
「あう……熱いよ……ウェンのが……熱い……」
「ご……ごめん……リアナ」
 すっ、っとリムは自分の臍にたまった精液を、そっと指でなぞった。
 ウェン……の。
 そうだよ、ウェンがアタシ達の指で気持ちよくなって出したんだよ。
 指の間で精の残滓が糸を引くのを見ると、リムは、恐る恐る口に運んだ。初めは、味を確かめるように、やがて、菓子をしゃぶるように。
 ウェンは、リムの痴態を、ただ、呆然と眺めていた。
「あ……あのさ……リム……どうしてそんなことをするんだい…?」 
 不思議そうに尋ねたウェンの少し目を背けて、いくらか口を尖らせてリムは言った。
「エ、エッチなんだから、これぐらいするよ」
「けどさ、性交ってのは生殖のことなんだろう? それなら……」
「あ、あのねぇ、ウェン。エッチってのは、そういうこと以上に…そういうこと以上に…」
「……?」
「ああぁ…! もう、いいから! やるっていったらやるよ!」
 ぐっ、とベッドにウェンの体を押し付けて、リムは体を起こした。
 クリス、ここからはできる? 
 ええぇ!? む、無理だよ! 怖いよ!
 じゃあ……アタシがやっちゃおうかな〜
 う……わかったよぉ…私が頑張る…
 うん、任せたよ。
 ふっ、とリムの目つきが変わった。さっきまでとは違い、恐る恐るとした声でリムはウェンに尋ねた。
「ウェ……ウェン……」
「……なに? クリス」
「あ……あの……ふつつかものだけど……頑張るから…ね。だから…その…ウェンも…その…」
「ああ、大丈夫。クリス、君も大丈夫だね」
「うん…多分……」
 ウェンの下半身に跨り、いまだ硬度を保っているウェンのそれを、軽く握った。
「これ……入れるんだよね」
 ふるふると、リムの膝が振動しているのが、ウェンの体にも伝わっていた。
「クリス……君の恐怖が伝わってくる……本当に大丈夫?」
 リムは、首を横に二、三度振って、ほんの少しだけ涙を滲ませながら、言った。
「大丈夫……じゃないけど…大丈夫だよ……だってウェンだから…」
 本当に?
 うん。
 少しずつ腰を落として、ゆっくりと自分の秘唇にウェンのモノを差し込んでいく。
 粘膜と粘膜が触れ、思わず氷に触れてしまったときのような小さな叫び声をあげたとき、リムは、ふっ、と息を吐いて、腰を落とした。
「っづぅ!?」
 覚悟はしていたが、思った以上の苦痛がリムの下腹部を貫いた。勝手に甘美なジンジンとした痛みだと想像していたが、もっと直接的な、抉られるような痛みだった。
「ひぁっ………んう………ああ……うう…」
 落ちた腰が、見事に抜けてしまってあがらない。一瞬、リムは恐ろしくなった。
 どうしよう、どうしよう、早くしなきゃ、早くウェンを気持ちよくさせてあげなきゃ。
 クリス! ああ……もう、何やってるんだか!
 だって……腰が抜けちゃって……
「……クリス?」
 冷や汗を浮かべて喘ぐクリスを見ていられず、思わずウェンは囁いた。
「こんなに苦しそうにして……血まで流して……そこまでして、どうして性交しようとするんだい?」
「だって……好きだからぁ……」
 痛さと自分の不甲斐なさとウェンの優しさへの感激が綯交ぜになった涙をポロポロ流しながら、リムは答えた。
「好きだから……一生懸命するんだよ……なによりも……好きだから……大丈夫なんだよ……」
 たまらず、リムは上体を倒し、ウェンの胸の上に預けた。
「………好きなんだもの」
 じっとその言葉を聞いていたウェンは、そっとリムの体を抱きしめると、そのまま、ぐるりと天と地を百八十度回転して、ウェンが上に、リムが下になるようにした。
「ウェ……ウェン…?」
 そっと唇をついばみ、ウェンはリムに囁いた。
「好きだから…するんだね。なら、僕も同じだ。後は、任せて」
 両手をついて、ウェンはゆっくりと注挿を始めた。ゆっくり、リムの息遣いのリズムで。
「あ…ああ……ウェン……ウェン!」
 思わず、リムはウェンの上体に両腕を回して抱きついていた。
「一緒だよね……私達今、全部一緒だよね…!」
「ああ、心も体も、通じ合ってるよ」
 次第に、リムの下腹部の痛みが、ずっと夢想していた甘美な心地よさに入れ替わっていた。いや、こんどは、想像した以上に麻薬的な気持ちよさに変わっていた。
 ああ、どうしよう、わかんなくなっちゃう、アタシ、どっちだっけ。ねぇ答えてよクリス、私今、どっちなの?
「駄目……わかんなくなっちゃう、誰なのかわからなくなっちゃう!」
「僕も…同じだ! もう……!」
 ゆっくりとさするような動きから、大きく抉るような動きへ、それが、小さく小刻みな、それでいて強く押し付ける動きになっていた。
 もう一度、ウェンの終わりが近づいていることは、リムにも容易にわかった。
「ウェン……いいよ来て!お願い、私を幸せにして!」
「リム……! あうっ…!」
 ウェンが精を放った瞬間、両足を腰に絡ませて、これ以上ないほどにしっかりとリムはウェンの体と繋がっていた。
 ウェンの全てを受け止めれるように、何一つ取りこぼさないよう、しっかりとウェンを抱きしめていた。そしてそれは、ウェンも同じだった。
 幸せ?
 うん、すっごく幸せ。リアナは?
 幸せだよ。
 ウェンの髪を撫でて、時折頬に舌を当てて、じっとウェンの寝顔の眺めて、たまにニヤニヤ笑って。なんだか恐ろしくなるほどに幸せだった。
 ウェンがさ。
 ん?
 ウェンがさ、生殖のためにする、って言ってたけど。
 うん。 
 そっちも欲しいよね。
 ……まぁね。

 それから朝が来て、二人でシャワーを浴びて、二人で体を拭き合って、二人でお互いのボタンをかけて
二人で口づけして、また二人でベッドにもぐりこんで、今度はずっと、次の朝が来るまでずっと静かに眠って。
 それで、二人とも、三人とも、まるっきり幸せだった。

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