桜開く
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srweroparo 2011年12月22日(木) 08:50:03履歴
「キタムラ少佐、先週分のデータ整理とシステムチェックが終わりました。優先度A以上の書類だけお持ちしましたので、目を通しておいて下さい」
落ち着きのある澄んだ声とともに、青い書類ばさみがそっと視界のすみに差し出された。カイ・キタムラ少佐は目を上げ、彼にしては精一杯やさしい、人好きのする笑みを作った。
「いつもすまんな。助かる」
「いいえ」
両手をきちんと前にそろえ、静かに事務机のかたわらに立つ娘――オウカ・ナギサは、しずかに小さく頭を下げた。
アースクレイドルからの脱出間際、崩落する「メイガスの門」に突っ込み、ラピエサージュの残骸の中から間一髪でオウカを救い出したのはアラドであった。技量はまだまだだが、相変わらずこういう時の行動力と博打強さだけは一級品だ。この先一人前になったらリュウセイとキョウスケを合わせたような、さぞ扱いにくい奴になるだろう。
「スクール」最初期の生徒であるオウカは最も深くかつ長く、洗脳と薬物処理を受け続けている。必然心身がこうむったダメージも一番深く、当初は入院加療が考えられたが、カウンセリングを担当したラーダの勧めにより、身柄をカイの預かりとして教導隊に置くことになった。
「ラトゥーニやゼオラ達と一緒にいさせるのが、今のあの子には一番いいはずです」
と、いう言葉には頷けるものがある。ゼオラがハガネにやってきた時も、アラドがほとんど側につきっきりだったことが、脱洗脳と心身の恢復に大きな助けとなった（もっとも彼らの場合、つきっきりだった理由はそれだけではないだろうが）。
とはいえ、ゲイム・システムの後遺症をかかえる彼女を、PTやAMなどの機動兵器に間違っても触らせてはいけないとの強いお達しも同時に受けている。そんなわけで、彼女にはもっぱら本部内で、カイの秘書のような役割を務めてもらっているのだった。
「今日はもういいぞ。ラトゥーニ達がもうすぐ帰ってくるから、その辺で待っているといい」
カイが言うと、はい、と頷いて部屋の隅にあるソファへしずかな仕草で座った。そのまま何をするでもなく、絨毯をみつめてじっとしている。カイも、それを特に気にせず、ただ仕事を続けた。
「ここの暮らしには慣れたか？ 俺に言いにくければ、ラトゥーニでもいい。不満があったら言うといい」
「ありがとうございます。問題ありません」
受け答えをする時にもオウカは絨毯を見つめたまま、カイの方を見ようとはしない。
「教導隊はずっと男所帯だったから、設備や何かが女性の便を考えていないことも多くてな。ラトゥーニとゼオラが、その辺を改善しようと頑張っているらしい」
「まあ…」
その時、卓上のコールランプが点滅した。テスラ・ドライブ特有の、耳の天井をひっかくような甲高い響きがかすかに聞こえてくる。振り返れば窓の向こう、灰色にたれ込めた雲を裂いて、三機のエルシュナイデが発着場に降りてくるところだった。
『ラトゥーニ・スゥボータ以下三名、帰還しました。操練プログラム・パターン132まで完遂、全機異常なし。アラド機のみ若干の損傷あり』
「ご苦労だった、格納を終えたら隊長室へ来い。オウカが待ってるぞ」
通話を切って、迎えに行ってやれ、と言うつもりで目を上げると、オウカはすでに立ち上がり、部屋を出て行くところだった。さっきまでの大人びた様子が嘘のように、いそいそと駆けていく背中を、苦笑いとともにカイは見送った。
母親である（と、長い間思いこまされていた）アギラ・セトメを失い、洗脳の効果も切れた今、彼女は非常に不安定になっている。と、ラーダは言った。
「今のあの子に必要なのは仲間と、父親よ。強い力で、上から支えてくれる人が必要なの」
そんなわけで、カイはオウカに対し父のようなつもりで接しているのだが、これまでのところどうも、あまり上手くいっていない。教導隊に戻ってきて一月あまり、話を向ければそれなりの受け答えをしてくれるようにはなったが、笑顔を見せるのはラトゥーニ達と一緒にいる時だけだ。凛然としたたたずまいの中に、明らかな拒絶の気配が見える。ライディース中尉とはもう少し普通に話しているようだから、どうやら自分だけが避けられているらしい。
もっとも、カイは、
（あの年頃の娘なら、父親になど懐かないほうが、普通だ……）
と思っているから、それほど気にしていない。特にプライベートで付き合おうとしなくとも、誠実に仕事を続けていれば、おのずと互いの気心も知れてくるものだ。ラトゥーニとはそうやって仲良くなった。
スクールにいた頃とは逆に、ここでは彼女が一番の新米である。ラトゥーニは無論のこと、アラドもゼオラもそれなりに一人立ちしてしまい、これまでと反対にいろいろと気を遣われる立場が所在ないのだろう。時折、廊下のあたりでぽつんと立ちつくしているのを見かけるようになってから、少しずつ任せる仕事の量と質をふやすようにしている。リハビリの一環であると同時に、彼女に責任感とプライドを取り戻させ、できるだけ早く「皆のお姉さん」という地位に戻してやるためでもあった。
実際、オウカは秘書としてきわめて有能だった。彼女が来てからというもの、カイが事務仕事にとられる時間は以前の半分になった。それでいて効率は格段に上がっている。正直、リハビリを抜きにしてもこのままずっと秘書をやっていてほしいくらいだ。
「……それも、あの子が嫌がらなければの話だな」
反抗期真っ盛りの自分の娘の顔を思い出し、カイはまた苦笑いをしながら一人ごちた。
「今度の週末に休みをとって、四人で食事に行きたいんですが」
アラドとラトゥーニがそろって来たのは、秋も深まった薄曇りの午後のことだった。
ホワイトスター消滅後、ミッドクリッド大統領の和平路線が復活し、新型PTやAMの開発もぐっと縮小された。そのあおりをくって教導隊の仕事も減り、テストパイロットが揃って休暇をとることもできる。
「おう、いいぞ行ってこい。今頃は蟹がうまくなる季節だ」
カイも二つ返事で承認し、休暇届にサインをした。書類を受け取ったアラドが、
「少佐も一緒にどうですか？」
「俺まで休んだらここが立ち行かんだろうが。いいから、姉弟水入らずで行ってこい」
「来てくれたらオウカ姉さんも喜ぶのに」
「馬鹿を言え。変な気を遣うな」
「馬鹿じゃないですよ」
軽口のやりとりのつもりが、妙にまともにアラドが答えたので、カイは鼻白んだ気分で二人を見た。そういえば、オウカの自分に対する評価について、この子らと話したことはなかった気がする。
「俺はあの子に嫌われてると思っていたんだがな」
「それは違います。むしろ、姉様は少佐のことが好きだと思います」
ラトゥーニまでが真面目な顔をして、そんなことを言う。間違ってもお追従や冗談など言う子ではないから、これは信じるしかない。
「俺達だけの時は、カイ少佐のことよく話すんですよ。姉さん、嬉しそうに。『今日は少佐が娘さんの話をしてくれた』とか、嫌いだなんてとんでもないっス」
「アラドの言うとおりです。オウカ姉様は、そういう気持ちの表し方が、まだよくわからないだけだと思います。少佐に対する接し方がわからないから、態度が固くなってしまうんです」
「ふうん……？」
とりあえず、全員未成年なのだからあまり遠くへ出歩かないように、とだけ念を押して、知り合いのレストランを紹介しておいた。週末、アラドが大きなずわい蟹の甲羅をもらって帰ってきた。
それから数日は、何事もなく過ぎた。
オウカは相変わらず、カイの前では表情を崩さない。どうも信じがたい気もするが、本当は慕ってくれているのかもしれない、と想像するのは悪くない気分で、いくらか話もしやすくなった。それに答えるオウカも、若干口数が多くなったように思える。いい傾向だ、と思いながらラーダへの定期報告書をまとめていた月末に、それは起きた。
日本の秋は台風の季節である。悪天候下での性能、というのも重要な評価項目の一つで、大型台風の直撃する日をわざわざ選んで海上に飛び立ったラトゥーニ達三人のエルシュナイデが、夜半に音信を断った。
雷雨の中に突っ込むのだから、通信途絶は想定されていた事態である。カイもライも呑気に構えていたが、オウカの心配ぶりは一方ではなかった。
「ラトゥーニもゼオラもしっかり者だし、アラドの強運は折り紙付きだ。第一、専用の装備をしたPTに乗っているのだから、台風くらいでどうかなるものじゃない」
と、いくら言っても安心しない。あの子達に何かあったら、と、今にも自分で探しに行きかねない気配なので、仕方なくその晩は本部に泊まらせることにした。もともと、カイが明け方に帰投するはずの三人を迎えるために当直をするので、それに付き合わせる形である。
しょんぼりとしているオウカをはげまして一緒に軽い夜食をとってから、仮眠室に入る。Dコンを管制システムに接続し、いつでも通信を受けられるようにしておいて、ベッドにもぐり込んだ。
ウツラ、ウツラとしばらく眠った頃、そっとドアが開けられた。
「何だ？」
カイの寝覚めは恐ろしく良い。わずかな物音と明るさで覚醒し、毛布をはねのけざまに鋭い声を投げると、入ってきた人影が立ちすくんだ。
「……オウカです…」
ルームライトを点けると、果たしてそこにいたのは青ざめた顔のオウカ・ナギサであった。隣の仮眠室をあてがったはずだが、服はそのままで着替えた様子もない。
「どうした。アラド達から何か連絡でもあったか？」
オウカはだまって首を振る。ただでも白い肌が、血の気が引いて紙のような色になっている上へ、漆黒の髪がぱらぱらと揺れかかるのは奇妙に美しかった。
「……あの、…不安で……」
なんども唾をのみこんで、口ごもってから、オウカはやっとそれだけ言った。日頃の落ち着き払った様子が跡形もない。
彼女がこれほどまでに憔悴しているのは、単に弟妹達の身を案じているだけではないということに、その時になってようやくカイは思い至った。セトメ博士を失い、セロ博士を失い、スクールを失った今のオウカにとって、ラトゥーニ、アラド、ゼオラの三人が既知の世界のすべてなのだ。その三人が失われるという事態はそのまま、彼らを始点としてようやく再構築されつつあるこの世界全体が崩れ去るということでもある。その根源的な恐怖こそが、彼女をさいなむ強烈な不安の正体なのだった。
（誰か一人を、そばに残してやるんだった……）
と、シフトを見直しても今は遅い。何しろ通信ができないのだから、早めに切り上げて戻ってこいともいえない。彼女の容態を楽観視した自分を責めつつ、朝までをどう過ごさせたものか思案していると、
「それで、……一緒に、寝てもよろしいでしょうか……？」
「…何だと？」
カイは目を剥いて、正面からオウカの顔を見返した。
白い頬を紅色に染めて、オウカはじっと目を伏せている。カイの視線に気付くと、恥ずかしげに顔をそらした。
凝然と、押し黙ったまま考える。おそらく、深い意味はないのだろう。スクールの教育は相応に歪んでいただろうから、きっと男女のことなど何も教えなかったに違いない。誰でもいいから添い寝をしてほしいという、それだけの意味なのだ。と、自分を納得させて、
「俺と一緒でいいのか？」
「はい」
確認の意味で問い返すと、オウカはますます頬を赤らめて頷いた。
どのみち、ここで断れば彼女の状態が悪化するのは目に見えている。ため息をひとつついて、腹の底にいくらかの自制心を用意してから、
「わかった。来なさい」
毛布の端をめくって招いてやると、オウカは恥じらいつつも一歩踏みだし、おもむろに胸のボタンに手をかけると、するりと肩を抜いて服を落とした。
「！？」
唖然とするカイが止める間もなく、オウカは手際よくスカートも落とし、ブーツを脱ぎ、あっという間に下着姿になった。そしてその下着も脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ姿になると、
「……お願いいたします……」
恥ずかしげにつぶやいて、そのままカイのベッドの中にするりとすべり込んできた。
「男女のことなど何も教えなかった」どころではない。
いささか遅すぎたがカイの脳裏に、オウカを引き取った時に目を通したスクール関連資料の一節が電光のようによみがえってきた。ほとんど人体の耐えられる限界まで薬物を投与しているアウルムクラスの実験体に対しては、軽い抗鬱剤や鎮静剤などの代わりとして、ときに薬物を用いないで済む方法がいくつか試された。その中の一つに、セックスがあったというのだ。
性的快楽によって、苦痛を緩和する。その記憶は次回の向精神処理の際に、適当にすり替えるか、忘れさせてしまう。無論それにも薬が必要になるが、向精神薬をいちいち与えるよりはましだったらしい。
頭が忘れても、彼女の肉体はセックスの味を知っている。それも、苦しみから逃れるための妙薬として知っているのだ。
（どうしたらいいんだ、こいつは……）
清楚な全裸の美少女にベッドの中で抱き付かれながら、カイは心底困り果てていた。
カイの胸板に頭を預けてそっと寄り添ったオウカは、ひとまずそれ以上動かない。ただ、シャツの胸にかかる熱い吐息と、時折すり寄せられる腰が、彼女の高ぶりを如実に伝えていた。
できることなら今すぐラーダに相談したいくらいだが、地球と月ではそうも行かない。第一、「オウカが裸でベッドに入ってきたんだが、どうしたらいいだろう」などと阿呆丸出しの相談をどの面下げてできるものか。
百歩譲って、治療手段として今の彼女を抱いたとしよう。スクールとは違ってここでは、彼女にそれを忘れさせることはできない。父親ほども歳の違う上官に抱かれたという事実は彼女の中に厳然として残るし、まして自分にとっては不倫もいいところである。
（このまま、添い寝をするだけで済んではくれんかな……）
めずらしく日和見な考えを浮かべた矢先に、待ちきれなくなったのかオウカが動いた。
「……っ」
カイのシャツの胸元をはだけ、アンダーウェアをめくり上げ、たくましい胸筋にじかに舌を這わせたのである。
慌てて肩をつかんで引き離して、しまった、と思った。乱暴に遠ざけられたオウカの表情には、安心してゆだねた心を拒絶されたショックがありありと浮かんでいる。深いはしばみ色をした瞳のふちに、涙がにじんでいた。
「少佐……少佐、…私、駄目なのですか………しては、いただけませんか……？」
ああ、ここにいるのが自分ではなく、エルザムかギリアムだったらよかったのに。カイは天を仰いで嘆息した。あいつらなら決定的な事態を回避し、なおかつオウカの心を傷つけずにすませることもできるかもしれない。だが、自分には無理だ。こんな状況で、こんなことを言われてしまっては。
胸の中で妻と娘に土下座をして、カイは一つ大きく息を吸うと、透けるように白い首筋に口髭をうずめた。ああ……、という幸せそうな吐息とともに、細い腕が背中に回されてきた。
黒い長い髪が、汗で濡れた肌にしっとりとまとわりついている。一筋、ふたすじ、ほつれて唇のはしに咥えられているのが、ぞっとするほどなまめかしい。オウカ・ナギサは、カイのたくましい体の下で、若鮎のように激しく悶えていた。
「ん……ふ、はっ……は、ああ、あう、んッ……！」
首筋から胸元、桜色の乳首をとおって腹にかけてたんねんに愛撫する舌の動きに合わせて、白い腹がひくん、ひくんと波をうつ。つややかな唇をきゅっと食いしめて、声を殺そうとするが、時折抑えきれぬ熱いあえぎが漏れる。白い手がカイの背中を這いまわり、逃がさないというように必死にしがみついていた。
カイは女性経験が豊富な方ではない。訓練校にいた頃はそこそこに遊びもしたが、やがて今の妻と出会い、結婚してからは浮気もしなければ、そういった店に入ったこともない。技術もそれほど巧みとはいえないが、そのカイの愛撫でもオウカは泣かんばかりに悶え、よがり、甘くかすれた声を上げる。
ただ体が慣れているというだけでなく、性的快感を得やすいよう調整もされているのかもしれない。そう考えると少々味気なく、また依然消えぬ背徳感をかかえつつも、白�燭糧�少女が自分の手で思うままに快感に溺れている姿は、カイの欲情を奮い立たせるのに充分なものだった。
どういう強化の仕方をされているのか、あれほどの重機動兵器を自在に操っていたとは信じられないほどオウカの体は華奢だ。肌などは深窓の令嬢を思わせるほどに白く、やわらかく、手荒に触れれば傷をつけてしまいそうで、無骨な指で触るのが恐くなる。それでも、手だけはさすがにPT乗りの手で、少し安心したカイが掌の操縦桿だこをそっと撫でてやると、細い指がきゅっと握りかえしてきた。
「少佐、あの……あの……っ」
もどかしく腰がくねり、長い睫毛が二、三度またたいて、そっと伏せられる。何を望んでいるかは明らかだった。今更ためらうつもりもない。しっとりと汗のういた太股に手をそえ、やさしく何度かさすってやる。力の抜けた下半身を押し開き、しとどに濡れたその付け根をめがけてぐっと腰を突き入れた。
「……っ！！ おッ、お……！」
瞬間、オウカが痙攣する。長い脚がシーツをかき回し、カイの背中に爪の食い込む鋭い痛みがあった。力の限り抱きついたオウカの乳房が、カイの胸板でつぶれる。
「苦しいか？」
「…っお……」
何かをこらえるように上半身がよじられ、たよりなく何度か息をついで喘いだのどが、くっと息をつめたと思うと、
「………おじ様ぁっ……！」
とろけたような瞳の色をして、美しい黒髪の娘はカイの首筋に食いついてきた。食いつく、という表現が相応しいほど激しく、熱く、ひたすらに唇をおしつけ、歯を立て、汗を舐めて、肌を吸う。時折、汗ではない熱い液体が鎖骨のあたりにころがる感触のあるのは、たぶんオウカの涙だろう。
（おじ様、ときたか）
クエルボという男、見た目より随分と下世話な趣味をしていたようだ。そんなことを冷静に考えても、娘とそう変わらぬ歳の少女にとろけるような声で呼ばれる倒錯的な魅惑に、カイの脳髄もとろかされていく。
「うむ…ッ」
カイのものにからみつく細腰の締まりが、一段激しさを増した。どうやら「その言葉」を使うことは、彼女のボルテージを上げるスイッチでもあるらしい。吸い付いてくる肉に負けぬよう力強くえぐると、跳ね上がってオウカが泣いた。
「ふあぁぁ！ あああ、ああっ、あっ……おじさま……おじ様ッ……！」
白い肌は内側から燃え上がるような桜色に染まり、甘く激しい吐息が耳元に吹きかかる。長い髪をかきわけ、汗まみれの背筋を撫で下ろし、小ぶりな尻を手のひらにおさめた。みずみずしい弾力を楽しみながらオウカの腰の動きをコントロールし、より深く、より激しくぶつかり合うようにさせる。角度を変え、緩急をつけ、何度も何度もオウカの中をこすり立てる。
「きゃああっ！？ あ、あ、あ！……おじ様、オウカは、オウカは……は………ッ！！」
まるで、鋼のゼンマイを巻くように。オウカの中に快楽が蓄積され、うなりときしみを上げながら否応なく高められていくのが、カイにもわかった。ゼンマイは巻き続ければ、やがて限界を迎える。最後の瞬間、もうこれ以上巻けば鋼が断ち切れて何もかもはじけ飛んでしまうという瞬間を見極めて、一気に解放しなくてはいけない。もだえ泣く声の高まり、背中に回された腕の力、激しく起伏する肌の熱、それらに注意を払いながらオウカの中をかき回し、乳房を吸い、暴れる四肢を押さえつけ、快楽を流し込み続ける。
その時は、じきにやってきた。カイの身体の下で身をよじるオウカの動きに、時折ひく、ひくと不規則なふるえが混じりはじめる。まるでベソをかいて泣きじゃくっているような、そのふるえにタイミングを合わせて突き上げてやると、いっそう激しくオウカが泣く。おそらく、自分でもどうしようもないのだろう。端正な顔を子供のように歪めて、声をおさえることさえいつしか忘れて、わけのわからぬ甘い悲鳴を上げながら、ただもうカイの身体にむしゃぶりついている。くしゃくしゃになってシーツの上に散らばる髪を腕にからめ、探り当てた敏感な場所を強くこするように何度か突き入れると、
「あ…………あああぁーーーーーーーっ！！」
絹を裂くような、とはこういう声をいうのだろうか。高く、澄んだ、雲の上を渡るような長い長い尾を引く声を上げて、オウカはカイの背中を引き裂くほどに力一杯爪を立てて抱きしめた。そうして、やがて声がかすれて消えると同時に、腕の力も抜け、白い首筋と、腕とがくたりとベッドに沈むのを確認してから、カイは急いで自分のものを引き抜き、オウカの太股に熱い濁液をぶちまけた。
「…はぁ…………ン」
その熱を感じたのか、オウカがうっとりと、小さな息をついた。
「……背中の傷はいかがですか」
カイの胸にそっと寄りそうオウカが、伏し目がちに訊ねた。カイはいくらかぎごちない笑みを浮かべ、つややかな黒髪をそっと撫でてやる。
「傷というほどのもんじゃない。気にするな」
セロ博士の治療法は、確かに覿面の効果があった。絶頂を迎え、我を取り戻してからのオウカは、さっきまでのような憔悴も狂乱もきれいに失せ、まるっきり普段の落ち着いたおとなしやかな娘に戻っている。そしてそれだけに、カイとこのような関係になってしまったことを深く憂えているように、カイには見えた。
実際、本当の問題はこれからだ。カイの胸中には今更のように、後悔と罪悪感が重くのしかかってきていた。治療のためとはいえ……否、治療のためと言い切れるならばまだ救いがある。最後の一線を踏み越えたあの時、カイの心には確かに、単なる男としての欲情も存在していたのだ。
ともかく、ラーダに包み隠さず報告して、
（場合によっては、隊長を辞めねばならんか……）
とも、カイはなかば覚悟していた。オウカが今後カイの元で働くのをいやがる可能性はきわめて高いし、今ラトゥーニ達と引き離すわけにはいかない。それより何より、身柄を預かっている少女に手を付けてしまったというのは一大不祥事である。
「申し訳ありません。その……最中に我を忘れると、私、いつもこうなってしまうのです」
そんな煩悶を顔には出さず、今はオウカを優しくいたわってやろう。そう思うカイの手が、途中で止まった。
「……『いつも』？」
頬を染めてうなずくオウカ。
「スクールで………頭痛や、不安や、記憶の混乱がひどくなったとき、調整のためにいつも、その、セロ博士や、他の人達に……されていました。男の方に抱かれると、安心するんです」
そんな記憶まで取り戻していたのか。カイが絶句していると、オウカはすまなそうにシーツに顔を埋めた。
「少佐には奥様もお子さんもおありなのでしたね。……本当に、申し訳ありません」
「……起きてしまったことは仕方がない。どちらかといえば、俺の責任だ」
口髭をいじりながら、どうにかそれだけ言葉を返す。胸元に手を添えて、カイの鎖骨のあたりを見つめるオウカの表情はまだいくらか儚げだが、その眼差しの中に、しゃんとした芯の通っているのを見てとって、カイはふいに、情けないような、誇らしいような、何ともいえぬ気持ちになった。
（女の子にとって、父親が最初の恋人だというが……）
どうやら自分は思っていたよりもうまいこと、父親の役をやれたのかもしれない。カイは苦笑いをして、
「だが、もうこんな方法で安心はせん方がいいな。俺のためにも、お前のためにもな」
「はい。きっと、もう大丈夫だと思います。そんな気がします」
はっきりとした声で、オウカが頷いた。その頭を、優しく撫でてやった。つややかな黒髪がゆっくりと指の間をすべる。
「でも……一つだけ、お願いをしてよろしいでしょうか」
と、急にまた赤くなってオウカがうつむいてしまった。快楽の余韻はとっくに引いているはずなのに、今度は首筋までほんのり桜色に染まっている。頭をぽん、とひとつ叩いて先をうながしてやると、ますます桜色を濃くしてそっと上目遣いにカイを見上げ、
「これからも、ほんの時々……少佐のこと、『おじ様』と呼ばせていただいていいですか？」
「では、今日は二対二で模擬戦をします。チェック項目は電装系270から352番まで、駆動系500から687番まで、アラドは特に注意なさい。火器管制032から――」
携帯端末を軽やかに叩きながら、オウカは涼やかな声で読み上げる。合間合間にこまかな注意をあたえるのもさすがに堂に入ったものだ。執務机に頬杖をついて眺めながら、カイは感嘆していた。
あの夜以来、オウカは目立って明るくなった。今まで笑顔などほとんど見たことがなかったのが、ころころと鈴を振るような笑い声を毎日聞かせてくれる。かといって馴れ馴れしくするわけでもなく、仕事は今までどおり完璧で、どうやらいい方向に向かっているかと思っていた矢先、
「少佐、私もPTに乗りたいのです」
突然願い出られたのには仰天したものだ。
「エルアインスが余っているそうですね。私なら、あの機体に慣れています」
どこで聞きつけたのか知らないがその通りで、シャドウミラーの機体を拿捕したのを教導隊用に一機回してもらったのがある。下手にエルシュナイデと似ているせいで微妙な違和感が実に乗りづらく、つい倉庫で眠らせておいたものだ。
機動兵器は御法度と言われているが、このところの様子を見ていればやれそうな気もする。ひとまずラーダにお伺いを立ててみたところ、存外あっさりとOKが出た。
「少佐とミトゥナを行って以来、彼女の精神状態は驚くくらい安定して良くなってるわ。長時間でなければ、大丈夫でしょう」
さすがにヨガの国の人というべきか、カイとオウカの間に起こったことを報告してもラーダはさほど動じなかった。何でも彼女の収めるヨガの流儀では、セックスは精神修養の重要な一手段とみなされているという。カイには理解しかねる思想だが、ともかくも彼女のためにも、また職責上も、問題なしということになり、いささか胸を撫で下ろした。
「ラトは踏み込みをよく意識して。ゼオラ、アラド、手加減はしませんよ」
「うへえ」
アラドが首をすくめると、ゼオラがかるく小突いて、ラトゥーニがくすくすと笑った。
ひとたび教導隊員ということになってみれば、何しろ腕前は折り紙付きである。ラトゥーニ達とのコンビネーションも抜群で、その上呑気者のアラドでさえオウカの言うことだけはちゃんと聞くものだから、スクール組の指揮をほとんど任せているような状態だ。本人にとっても、そのポジションがやはり落ち着くようで、定期診察の結果もだんだん良くなっているらしい。
「午後からはゲシュペンストも加わって仮想敵になってもらいます。では少佐、行って参ります」
おう、と手を振って、四人を送り出す。オウカの背中を見送って、カイは口髭をなでる。
あれ以来、オウカを抱いたことはない。たぶん、もう二度とないだろう。しかしそれにしたって、一度でもあんな関係になってしまった以上は、
（いい男を見つけるまで、世話をせんとな……）
それが、一夜とはいえ恋人を兼任してしまった父親としては責務だと、カイは思っている。もっとも、あれほどの器量と、あれだけの過去をもった娘につりあう男を見つけるとなると、これはそう簡単にいかないだろう。最低でも自分とラーダ、それにラトゥーニ達の眼鏡にかなう男でなければ、オウカは任せられない。
（子煩悩の親父になった気分だな。あの子を嫁に出す時も、こんな気持ちになるものかな……）
通路の先で、角を曲がって姿を消したオウカが、再びひょい、と顔を出した。カイがまだ見送りに立っていて、あたりに人がいないのを確かめると、
「行って参ります……おじ様」
桜のつぼみがほころぶような、優しくはにかんだ笑顔を見せた。
End
落ち着きのある澄んだ声とともに、青い書類ばさみがそっと視界のすみに差し出された。カイ・キタムラ少佐は目を上げ、彼にしては精一杯やさしい、人好きのする笑みを作った。
「いつもすまんな。助かる」
「いいえ」
両手をきちんと前にそろえ、静かに事務机のかたわらに立つ娘――オウカ・ナギサは、しずかに小さく頭を下げた。
アースクレイドルからの脱出間際、崩落する「メイガスの門」に突っ込み、ラピエサージュの残骸の中から間一髪でオウカを救い出したのはアラドであった。技量はまだまだだが、相変わらずこういう時の行動力と博打強さだけは一級品だ。この先一人前になったらリュウセイとキョウスケを合わせたような、さぞ扱いにくい奴になるだろう。
「スクール」最初期の生徒であるオウカは最も深くかつ長く、洗脳と薬物処理を受け続けている。必然心身がこうむったダメージも一番深く、当初は入院加療が考えられたが、カウンセリングを担当したラーダの勧めにより、身柄をカイの預かりとして教導隊に置くことになった。
「ラトゥーニやゼオラ達と一緒にいさせるのが、今のあの子には一番いいはずです」
と、いう言葉には頷けるものがある。ゼオラがハガネにやってきた時も、アラドがほとんど側につきっきりだったことが、脱洗脳と心身の恢復に大きな助けとなった（もっとも彼らの場合、つきっきりだった理由はそれだけではないだろうが）。
とはいえ、ゲイム・システムの後遺症をかかえる彼女を、PTやAMなどの機動兵器に間違っても触らせてはいけないとの強いお達しも同時に受けている。そんなわけで、彼女にはもっぱら本部内で、カイの秘書のような役割を務めてもらっているのだった。
「今日はもういいぞ。ラトゥーニ達がもうすぐ帰ってくるから、その辺で待っているといい」
カイが言うと、はい、と頷いて部屋の隅にあるソファへしずかな仕草で座った。そのまま何をするでもなく、絨毯をみつめてじっとしている。カイも、それを特に気にせず、ただ仕事を続けた。
「ここの暮らしには慣れたか？ 俺に言いにくければ、ラトゥーニでもいい。不満があったら言うといい」
「ありがとうございます。問題ありません」
受け答えをする時にもオウカは絨毯を見つめたまま、カイの方を見ようとはしない。
「教導隊はずっと男所帯だったから、設備や何かが女性の便を考えていないことも多くてな。ラトゥーニとゼオラが、その辺を改善しようと頑張っているらしい」
「まあ…」
その時、卓上のコールランプが点滅した。テスラ・ドライブ特有の、耳の天井をひっかくような甲高い響きがかすかに聞こえてくる。振り返れば窓の向こう、灰色にたれ込めた雲を裂いて、三機のエルシュナイデが発着場に降りてくるところだった。
『ラトゥーニ・スゥボータ以下三名、帰還しました。操練プログラム・パターン132まで完遂、全機異常なし。アラド機のみ若干の損傷あり』
「ご苦労だった、格納を終えたら隊長室へ来い。オウカが待ってるぞ」
通話を切って、迎えに行ってやれ、と言うつもりで目を上げると、オウカはすでに立ち上がり、部屋を出て行くところだった。さっきまでの大人びた様子が嘘のように、いそいそと駆けていく背中を、苦笑いとともにカイは見送った。
母親である（と、長い間思いこまされていた）アギラ・セトメを失い、洗脳の効果も切れた今、彼女は非常に不安定になっている。と、ラーダは言った。
「今のあの子に必要なのは仲間と、父親よ。強い力で、上から支えてくれる人が必要なの」
そんなわけで、カイはオウカに対し父のようなつもりで接しているのだが、これまでのところどうも、あまり上手くいっていない。教導隊に戻ってきて一月あまり、話を向ければそれなりの受け答えをしてくれるようにはなったが、笑顔を見せるのはラトゥーニ達と一緒にいる時だけだ。凛然としたたたずまいの中に、明らかな拒絶の気配が見える。ライディース中尉とはもう少し普通に話しているようだから、どうやら自分だけが避けられているらしい。
もっとも、カイは、
（あの年頃の娘なら、父親になど懐かないほうが、普通だ……）
と思っているから、それほど気にしていない。特にプライベートで付き合おうとしなくとも、誠実に仕事を続けていれば、おのずと互いの気心も知れてくるものだ。ラトゥーニとはそうやって仲良くなった。
スクールにいた頃とは逆に、ここでは彼女が一番の新米である。ラトゥーニは無論のこと、アラドもゼオラもそれなりに一人立ちしてしまい、これまでと反対にいろいろと気を遣われる立場が所在ないのだろう。時折、廊下のあたりでぽつんと立ちつくしているのを見かけるようになってから、少しずつ任せる仕事の量と質をふやすようにしている。リハビリの一環であると同時に、彼女に責任感とプライドを取り戻させ、できるだけ早く「皆のお姉さん」という地位に戻してやるためでもあった。
実際、オウカは秘書としてきわめて有能だった。彼女が来てからというもの、カイが事務仕事にとられる時間は以前の半分になった。それでいて効率は格段に上がっている。正直、リハビリを抜きにしてもこのままずっと秘書をやっていてほしいくらいだ。
「……それも、あの子が嫌がらなければの話だな」
反抗期真っ盛りの自分の娘の顔を思い出し、カイはまた苦笑いをしながら一人ごちた。
「今度の週末に休みをとって、四人で食事に行きたいんですが」
アラドとラトゥーニがそろって来たのは、秋も深まった薄曇りの午後のことだった。
ホワイトスター消滅後、ミッドクリッド大統領の和平路線が復活し、新型PTやAMの開発もぐっと縮小された。そのあおりをくって教導隊の仕事も減り、テストパイロットが揃って休暇をとることもできる。
「おう、いいぞ行ってこい。今頃は蟹がうまくなる季節だ」
カイも二つ返事で承認し、休暇届にサインをした。書類を受け取ったアラドが、
「少佐も一緒にどうですか？」
「俺まで休んだらここが立ち行かんだろうが。いいから、姉弟水入らずで行ってこい」
「来てくれたらオウカ姉さんも喜ぶのに」
「馬鹿を言え。変な気を遣うな」
「馬鹿じゃないですよ」
軽口のやりとりのつもりが、妙にまともにアラドが答えたので、カイは鼻白んだ気分で二人を見た。そういえば、オウカの自分に対する評価について、この子らと話したことはなかった気がする。
「俺はあの子に嫌われてると思っていたんだがな」
「それは違います。むしろ、姉様は少佐のことが好きだと思います」
ラトゥーニまでが真面目な顔をして、そんなことを言う。間違ってもお追従や冗談など言う子ではないから、これは信じるしかない。
「俺達だけの時は、カイ少佐のことよく話すんですよ。姉さん、嬉しそうに。『今日は少佐が娘さんの話をしてくれた』とか、嫌いだなんてとんでもないっス」
「アラドの言うとおりです。オウカ姉様は、そういう気持ちの表し方が、まだよくわからないだけだと思います。少佐に対する接し方がわからないから、態度が固くなってしまうんです」
「ふうん……？」
とりあえず、全員未成年なのだからあまり遠くへ出歩かないように、とだけ念を押して、知り合いのレストランを紹介しておいた。週末、アラドが大きなずわい蟹の甲羅をもらって帰ってきた。
それから数日は、何事もなく過ぎた。
オウカは相変わらず、カイの前では表情を崩さない。どうも信じがたい気もするが、本当は慕ってくれているのかもしれない、と想像するのは悪くない気分で、いくらか話もしやすくなった。それに答えるオウカも、若干口数が多くなったように思える。いい傾向だ、と思いながらラーダへの定期報告書をまとめていた月末に、それは起きた。
日本の秋は台風の季節である。悪天候下での性能、というのも重要な評価項目の一つで、大型台風の直撃する日をわざわざ選んで海上に飛び立ったラトゥーニ達三人のエルシュナイデが、夜半に音信を断った。
雷雨の中に突っ込むのだから、通信途絶は想定されていた事態である。カイもライも呑気に構えていたが、オウカの心配ぶりは一方ではなかった。
「ラトゥーニもゼオラもしっかり者だし、アラドの強運は折り紙付きだ。第一、専用の装備をしたPTに乗っているのだから、台風くらいでどうかなるものじゃない」
と、いくら言っても安心しない。あの子達に何かあったら、と、今にも自分で探しに行きかねない気配なので、仕方なくその晩は本部に泊まらせることにした。もともと、カイが明け方に帰投するはずの三人を迎えるために当直をするので、それに付き合わせる形である。
しょんぼりとしているオウカをはげまして一緒に軽い夜食をとってから、仮眠室に入る。Dコンを管制システムに接続し、いつでも通信を受けられるようにしておいて、ベッドにもぐり込んだ。
ウツラ、ウツラとしばらく眠った頃、そっとドアが開けられた。
「何だ？」
カイの寝覚めは恐ろしく良い。わずかな物音と明るさで覚醒し、毛布をはねのけざまに鋭い声を投げると、入ってきた人影が立ちすくんだ。
「……オウカです…」
ルームライトを点けると、果たしてそこにいたのは青ざめた顔のオウカ・ナギサであった。隣の仮眠室をあてがったはずだが、服はそのままで着替えた様子もない。
「どうした。アラド達から何か連絡でもあったか？」
オウカはだまって首を振る。ただでも白い肌が、血の気が引いて紙のような色になっている上へ、漆黒の髪がぱらぱらと揺れかかるのは奇妙に美しかった。
「……あの、…不安で……」
なんども唾をのみこんで、口ごもってから、オウカはやっとそれだけ言った。日頃の落ち着き払った様子が跡形もない。
彼女がこれほどまでに憔悴しているのは、単に弟妹達の身を案じているだけではないということに、その時になってようやくカイは思い至った。セトメ博士を失い、セロ博士を失い、スクールを失った今のオウカにとって、ラトゥーニ、アラド、ゼオラの三人が既知の世界のすべてなのだ。その三人が失われるという事態はそのまま、彼らを始点としてようやく再構築されつつあるこの世界全体が崩れ去るということでもある。その根源的な恐怖こそが、彼女をさいなむ強烈な不安の正体なのだった。
（誰か一人を、そばに残してやるんだった……）
と、シフトを見直しても今は遅い。何しろ通信ができないのだから、早めに切り上げて戻ってこいともいえない。彼女の容態を楽観視した自分を責めつつ、朝までをどう過ごさせたものか思案していると、
「それで、……一緒に、寝てもよろしいでしょうか……？」
「…何だと？」
カイは目を剥いて、正面からオウカの顔を見返した。
白い頬を紅色に染めて、オウカはじっと目を伏せている。カイの視線に気付くと、恥ずかしげに顔をそらした。
凝然と、押し黙ったまま考える。おそらく、深い意味はないのだろう。スクールの教育は相応に歪んでいただろうから、きっと男女のことなど何も教えなかったに違いない。誰でもいいから添い寝をしてほしいという、それだけの意味なのだ。と、自分を納得させて、
「俺と一緒でいいのか？」
「はい」
確認の意味で問い返すと、オウカはますます頬を赤らめて頷いた。
どのみち、ここで断れば彼女の状態が悪化するのは目に見えている。ため息をひとつついて、腹の底にいくらかの自制心を用意してから、
「わかった。来なさい」
毛布の端をめくって招いてやると、オウカは恥じらいつつも一歩踏みだし、おもむろに胸のボタンに手をかけると、するりと肩を抜いて服を落とした。
「！？」
唖然とするカイが止める間もなく、オウカは手際よくスカートも落とし、ブーツを脱ぎ、あっという間に下着姿になった。そしてその下着も脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ姿になると、
「……お願いいたします……」
恥ずかしげにつぶやいて、そのままカイのベッドの中にするりとすべり込んできた。
「男女のことなど何も教えなかった」どころではない。
いささか遅すぎたがカイの脳裏に、オウカを引き取った時に目を通したスクール関連資料の一節が電光のようによみがえってきた。ほとんど人体の耐えられる限界まで薬物を投与しているアウルムクラスの実験体に対しては、軽い抗鬱剤や鎮静剤などの代わりとして、ときに薬物を用いないで済む方法がいくつか試された。その中の一つに、セックスがあったというのだ。
性的快楽によって、苦痛を緩和する。その記憶は次回の向精神処理の際に、適当にすり替えるか、忘れさせてしまう。無論それにも薬が必要になるが、向精神薬をいちいち与えるよりはましだったらしい。
頭が忘れても、彼女の肉体はセックスの味を知っている。それも、苦しみから逃れるための妙薬として知っているのだ。
（どうしたらいいんだ、こいつは……）
清楚な全裸の美少女にベッドの中で抱き付かれながら、カイは心底困り果てていた。
カイの胸板に頭を預けてそっと寄り添ったオウカは、ひとまずそれ以上動かない。ただ、シャツの胸にかかる熱い吐息と、時折すり寄せられる腰が、彼女の高ぶりを如実に伝えていた。
できることなら今すぐラーダに相談したいくらいだが、地球と月ではそうも行かない。第一、「オウカが裸でベッドに入ってきたんだが、どうしたらいいだろう」などと阿呆丸出しの相談をどの面下げてできるものか。
百歩譲って、治療手段として今の彼女を抱いたとしよう。スクールとは違ってここでは、彼女にそれを忘れさせることはできない。父親ほども歳の違う上官に抱かれたという事実は彼女の中に厳然として残るし、まして自分にとっては不倫もいいところである。
（このまま、添い寝をするだけで済んではくれんかな……）
めずらしく日和見な考えを浮かべた矢先に、待ちきれなくなったのかオウカが動いた。
「……っ」
カイのシャツの胸元をはだけ、アンダーウェアをめくり上げ、たくましい胸筋にじかに舌を這わせたのである。
慌てて肩をつかんで引き離して、しまった、と思った。乱暴に遠ざけられたオウカの表情には、安心してゆだねた心を拒絶されたショックがありありと浮かんでいる。深いはしばみ色をした瞳のふちに、涙がにじんでいた。
「少佐……少佐、…私、駄目なのですか………しては、いただけませんか……？」
ああ、ここにいるのが自分ではなく、エルザムかギリアムだったらよかったのに。カイは天を仰いで嘆息した。あいつらなら決定的な事態を回避し、なおかつオウカの心を傷つけずにすませることもできるかもしれない。だが、自分には無理だ。こんな状況で、こんなことを言われてしまっては。
胸の中で妻と娘に土下座をして、カイは一つ大きく息を吸うと、透けるように白い首筋に口髭をうずめた。ああ……、という幸せそうな吐息とともに、細い腕が背中に回されてきた。
黒い長い髪が、汗で濡れた肌にしっとりとまとわりついている。一筋、ふたすじ、ほつれて唇のはしに咥えられているのが、ぞっとするほどなまめかしい。オウカ・ナギサは、カイのたくましい体の下で、若鮎のように激しく悶えていた。
「ん……ふ、はっ……は、ああ、あう、んッ……！」
首筋から胸元、桜色の乳首をとおって腹にかけてたんねんに愛撫する舌の動きに合わせて、白い腹がひくん、ひくんと波をうつ。つややかな唇をきゅっと食いしめて、声を殺そうとするが、時折抑えきれぬ熱いあえぎが漏れる。白い手がカイの背中を這いまわり、逃がさないというように必死にしがみついていた。
カイは女性経験が豊富な方ではない。訓練校にいた頃はそこそこに遊びもしたが、やがて今の妻と出会い、結婚してからは浮気もしなければ、そういった店に入ったこともない。技術もそれほど巧みとはいえないが、そのカイの愛撫でもオウカは泣かんばかりに悶え、よがり、甘くかすれた声を上げる。
ただ体が慣れているというだけでなく、性的快感を得やすいよう調整もされているのかもしれない。そう考えると少々味気なく、また依然消えぬ背徳感をかかえつつも、白�燭糧�少女が自分の手で思うままに快感に溺れている姿は、カイの欲情を奮い立たせるのに充分なものだった。
どういう強化の仕方をされているのか、あれほどの重機動兵器を自在に操っていたとは信じられないほどオウカの体は華奢だ。肌などは深窓の令嬢を思わせるほどに白く、やわらかく、手荒に触れれば傷をつけてしまいそうで、無骨な指で触るのが恐くなる。それでも、手だけはさすがにPT乗りの手で、少し安心したカイが掌の操縦桿だこをそっと撫でてやると、細い指がきゅっと握りかえしてきた。
「少佐、あの……あの……っ」
もどかしく腰がくねり、長い睫毛が二、三度またたいて、そっと伏せられる。何を望んでいるかは明らかだった。今更ためらうつもりもない。しっとりと汗のういた太股に手をそえ、やさしく何度かさすってやる。力の抜けた下半身を押し開き、しとどに濡れたその付け根をめがけてぐっと腰を突き入れた。
「……っ！！ おッ、お……！」
瞬間、オウカが痙攣する。長い脚がシーツをかき回し、カイの背中に爪の食い込む鋭い痛みがあった。力の限り抱きついたオウカの乳房が、カイの胸板でつぶれる。
「苦しいか？」
「…っお……」
何かをこらえるように上半身がよじられ、たよりなく何度か息をついで喘いだのどが、くっと息をつめたと思うと、
「………おじ様ぁっ……！」
とろけたような瞳の色をして、美しい黒髪の娘はカイの首筋に食いついてきた。食いつく、という表現が相応しいほど激しく、熱く、ひたすらに唇をおしつけ、歯を立て、汗を舐めて、肌を吸う。時折、汗ではない熱い液体が鎖骨のあたりにころがる感触のあるのは、たぶんオウカの涙だろう。
（おじ様、ときたか）
クエルボという男、見た目より随分と下世話な趣味をしていたようだ。そんなことを冷静に考えても、娘とそう変わらぬ歳の少女にとろけるような声で呼ばれる倒錯的な魅惑に、カイの脳髄もとろかされていく。
「うむ…ッ」
カイのものにからみつく細腰の締まりが、一段激しさを増した。どうやら「その言葉」を使うことは、彼女のボルテージを上げるスイッチでもあるらしい。吸い付いてくる肉に負けぬよう力強くえぐると、跳ね上がってオウカが泣いた。
「ふあぁぁ！ あああ、ああっ、あっ……おじさま……おじ様ッ……！」
白い肌は内側から燃え上がるような桜色に染まり、甘く激しい吐息が耳元に吹きかかる。長い髪をかきわけ、汗まみれの背筋を撫で下ろし、小ぶりな尻を手のひらにおさめた。みずみずしい弾力を楽しみながらオウカの腰の動きをコントロールし、より深く、より激しくぶつかり合うようにさせる。角度を変え、緩急をつけ、何度も何度もオウカの中をこすり立てる。
「きゃああっ！？ あ、あ、あ！……おじ様、オウカは、オウカは……は………ッ！！」
まるで、鋼のゼンマイを巻くように。オウカの中に快楽が蓄積され、うなりときしみを上げながら否応なく高められていくのが、カイにもわかった。ゼンマイは巻き続ければ、やがて限界を迎える。最後の瞬間、もうこれ以上巻けば鋼が断ち切れて何もかもはじけ飛んでしまうという瞬間を見極めて、一気に解放しなくてはいけない。もだえ泣く声の高まり、背中に回された腕の力、激しく起伏する肌の熱、それらに注意を払いながらオウカの中をかき回し、乳房を吸い、暴れる四肢を押さえつけ、快楽を流し込み続ける。
その時は、じきにやってきた。カイの身体の下で身をよじるオウカの動きに、時折ひく、ひくと不規則なふるえが混じりはじめる。まるでベソをかいて泣きじゃくっているような、そのふるえにタイミングを合わせて突き上げてやると、いっそう激しくオウカが泣く。おそらく、自分でもどうしようもないのだろう。端正な顔を子供のように歪めて、声をおさえることさえいつしか忘れて、わけのわからぬ甘い悲鳴を上げながら、ただもうカイの身体にむしゃぶりついている。くしゃくしゃになってシーツの上に散らばる髪を腕にからめ、探り当てた敏感な場所を強くこするように何度か突き入れると、
「あ…………あああぁーーーーーーーっ！！」
絹を裂くような、とはこういう声をいうのだろうか。高く、澄んだ、雲の上を渡るような長い長い尾を引く声を上げて、オウカはカイの背中を引き裂くほどに力一杯爪を立てて抱きしめた。そうして、やがて声がかすれて消えると同時に、腕の力も抜け、白い首筋と、腕とがくたりとベッドに沈むのを確認してから、カイは急いで自分のものを引き抜き、オウカの太股に熱い濁液をぶちまけた。
「…はぁ…………ン」
その熱を感じたのか、オウカがうっとりと、小さな息をついた。
「……背中の傷はいかがですか」
カイの胸にそっと寄りそうオウカが、伏し目がちに訊ねた。カイはいくらかぎごちない笑みを浮かべ、つややかな黒髪をそっと撫でてやる。
「傷というほどのもんじゃない。気にするな」
セロ博士の治療法は、確かに覿面の効果があった。絶頂を迎え、我を取り戻してからのオウカは、さっきまでのような憔悴も狂乱もきれいに失せ、まるっきり普段の落ち着いたおとなしやかな娘に戻っている。そしてそれだけに、カイとこのような関係になってしまったことを深く憂えているように、カイには見えた。
実際、本当の問題はこれからだ。カイの胸中には今更のように、後悔と罪悪感が重くのしかかってきていた。治療のためとはいえ……否、治療のためと言い切れるならばまだ救いがある。最後の一線を踏み越えたあの時、カイの心には確かに、単なる男としての欲情も存在していたのだ。
ともかく、ラーダに包み隠さず報告して、
（場合によっては、隊長を辞めねばならんか……）
とも、カイはなかば覚悟していた。オウカが今後カイの元で働くのをいやがる可能性はきわめて高いし、今ラトゥーニ達と引き離すわけにはいかない。それより何より、身柄を預かっている少女に手を付けてしまったというのは一大不祥事である。
「申し訳ありません。その……最中に我を忘れると、私、いつもこうなってしまうのです」
そんな煩悶を顔には出さず、今はオウカを優しくいたわってやろう。そう思うカイの手が、途中で止まった。
「……『いつも』？」
頬を染めてうなずくオウカ。
「スクールで………頭痛や、不安や、記憶の混乱がひどくなったとき、調整のためにいつも、その、セロ博士や、他の人達に……されていました。男の方に抱かれると、安心するんです」
そんな記憶まで取り戻していたのか。カイが絶句していると、オウカはすまなそうにシーツに顔を埋めた。
「少佐には奥様もお子さんもおありなのでしたね。……本当に、申し訳ありません」
「……起きてしまったことは仕方がない。どちらかといえば、俺の責任だ」
口髭をいじりながら、どうにかそれだけ言葉を返す。胸元に手を添えて、カイの鎖骨のあたりを見つめるオウカの表情はまだいくらか儚げだが、その眼差しの中に、しゃんとした芯の通っているのを見てとって、カイはふいに、情けないような、誇らしいような、何ともいえぬ気持ちになった。
（女の子にとって、父親が最初の恋人だというが……）
どうやら自分は思っていたよりもうまいこと、父親の役をやれたのかもしれない。カイは苦笑いをして、
「だが、もうこんな方法で安心はせん方がいいな。俺のためにも、お前のためにもな」
「はい。きっと、もう大丈夫だと思います。そんな気がします」
はっきりとした声で、オウカが頷いた。その頭を、優しく撫でてやった。つややかな黒髪がゆっくりと指の間をすべる。
「でも……一つだけ、お願いをしてよろしいでしょうか」
と、急にまた赤くなってオウカがうつむいてしまった。快楽の余韻はとっくに引いているはずなのに、今度は首筋までほんのり桜色に染まっている。頭をぽん、とひとつ叩いて先をうながしてやると、ますます桜色を濃くしてそっと上目遣いにカイを見上げ、
「これからも、ほんの時々……少佐のこと、『おじ様』と呼ばせていただいていいですか？」
「では、今日は二対二で模擬戦をします。チェック項目は電装系270から352番まで、駆動系500から687番まで、アラドは特に注意なさい。火器管制032から――」
携帯端末を軽やかに叩きながら、オウカは涼やかな声で読み上げる。合間合間にこまかな注意をあたえるのもさすがに堂に入ったものだ。執務机に頬杖をついて眺めながら、カイは感嘆していた。
あの夜以来、オウカは目立って明るくなった。今まで笑顔などほとんど見たことがなかったのが、ころころと鈴を振るような笑い声を毎日聞かせてくれる。かといって馴れ馴れしくするわけでもなく、仕事は今までどおり完璧で、どうやらいい方向に向かっているかと思っていた矢先、
「少佐、私もPTに乗りたいのです」
突然願い出られたのには仰天したものだ。
「エルアインスが余っているそうですね。私なら、あの機体に慣れています」
どこで聞きつけたのか知らないがその通りで、シャドウミラーの機体を拿捕したのを教導隊用に一機回してもらったのがある。下手にエルシュナイデと似ているせいで微妙な違和感が実に乗りづらく、つい倉庫で眠らせておいたものだ。
機動兵器は御法度と言われているが、このところの様子を見ていればやれそうな気もする。ひとまずラーダにお伺いを立ててみたところ、存外あっさりとOKが出た。
「少佐とミトゥナを行って以来、彼女の精神状態は驚くくらい安定して良くなってるわ。長時間でなければ、大丈夫でしょう」
さすがにヨガの国の人というべきか、カイとオウカの間に起こったことを報告してもラーダはさほど動じなかった。何でも彼女の収めるヨガの流儀では、セックスは精神修養の重要な一手段とみなされているという。カイには理解しかねる思想だが、ともかくも彼女のためにも、また職責上も、問題なしということになり、いささか胸を撫で下ろした。
「ラトは踏み込みをよく意識して。ゼオラ、アラド、手加減はしませんよ」
「うへえ」
アラドが首をすくめると、ゼオラがかるく小突いて、ラトゥーニがくすくすと笑った。
ひとたび教導隊員ということになってみれば、何しろ腕前は折り紙付きである。ラトゥーニ達とのコンビネーションも抜群で、その上呑気者のアラドでさえオウカの言うことだけはちゃんと聞くものだから、スクール組の指揮をほとんど任せているような状態だ。本人にとっても、そのポジションがやはり落ち着くようで、定期診察の結果もだんだん良くなっているらしい。
「午後からはゲシュペンストも加わって仮想敵になってもらいます。では少佐、行って参ります」
おう、と手を振って、四人を送り出す。オウカの背中を見送って、カイは口髭をなでる。
あれ以来、オウカを抱いたことはない。たぶん、もう二度とないだろう。しかしそれにしたって、一度でもあんな関係になってしまった以上は、
（いい男を見つけるまで、世話をせんとな……）
それが、一夜とはいえ恋人を兼任してしまった父親としては責務だと、カイは思っている。もっとも、あれほどの器量と、あれだけの過去をもった娘につりあう男を見つけるとなると、これはそう簡単にいかないだろう。最低でも自分とラーダ、それにラトゥーニ達の眼鏡にかなう男でなければ、オウカは任せられない。
（子煩悩の親父になった気分だな。あの子を嫁に出す時も、こんな気持ちになるものかな……）
通路の先で、角を曲がって姿を消したオウカが、再びひょい、と顔を出した。カイがまだ見送りに立っていて、あたりに人がいないのを確かめると、
「行って参ります……おじ様」
桜のつぼみがほころぶような、優しくはにかんだ笑顔を見せた。
End
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