「♪魂の叫びさ レッツ・ゴーゲキ・ガンガー3〜!!!」

 その、ほとんど狂騒的なほどの歓喜の渦を、私は少し離れてテラスでジュースを飲みながら眺めていた。
 木連との争いが劇的に解決した後、当然のように待ちかまえていた祝宴はどんちゃん騒ぎだった。誰かが手回しよく持ち込んだ大型ディスプレイには『ゲキ・ガンガー3』がエンドレスで上映され、大音量のスピーカーでカラオケが流される。敵も味方も一緒になって盛り上がり、感極まって歌いながら泣き出す人も大勢いた。
(……ついていけない)
 人付き合いは得意ではないし、熱血にも興味はないし、アルコールも飲めない。立場上勝手に帰るわけにもいかない。残された楽しみと言えば、人間観察くらいしかなかった。
「よう、ルリちゃん! 楽しんでるかぁ」
「それなりに」
 その残された楽しみも、遠慮のない大声で中断された。顔を真っ赤にしたヤマダ・ジロウさんはアセトアルデヒド臭をぷんぷんさせながら私のすぐ横の手すりにもたれかかって、気持ちよさそうに顔へ風を当てる。これぞ人生の絶頂といった顔で、実際木連人顔負けのゲキ・ガンガーマニアかつ、今回の和平の影の功労者でもあるこの人にしてみればその通りなのだろう。
「なんでえ、冷めてるな。まあ、熱血ってガラじゃないか」
 ヤマダさんはしきりにニコニコしながら話しかけてくる。いかにも酔っ払いらしい言動に私は少しだけ苛立った。相手がナデシコクルーだという気安さも手伝って、言葉に刺がまじる。
「正直、ついていけません。大きな声では言えませんが、あのアニメはどう見ても子供向けですし。いい大人がここまで熱中してるのは、みっともないです。ぶっちゃけ引きます」
「そりゃそうさ。熱血アニメを見てる大人なんて、みっともなくて当たり前だ」
 驚きが顔に出たらしい。見上げる私と視線を合わせて、ヤマダさんは苦笑いをした。
「『熱血』ってのは、みっともないもんなのさ。馬鹿馬鹿しくて、幼稚で、押しつけがましくて、カッコ悪いもんだ。そんなこたァ、みんなわかってる」
 大音量で続いていたカラオケが、突然中断する。誰かがスピーカーを踏み抜いて壊したらしい。静かになったのは一瞬だけで、どっと笑い声が立った後、すぐにアカペラで合唱が始まった。
「だけどな、それでもどうしても血が熱くなっちまって、他にどうしようもない時ってのがあるんだよ。……あるのさ。そういう時にな、馬鹿馬鹿しいのも幼稚なのもカッコ悪いのも全部承知の上で、突き進んでつかみ取るんだ。そいつはなあ、最高にカッコいいことなんだぜ」
「……よく、わかりません」
 ヤマダさんはまた、苦笑いをしたようだった。それから、私の頭をぽんと一つ叩いて、合唱に加わるため広間へ戻っていった。
 私の、ヤマダさんに対する認識が少し変わったのは、その時からだったと記憶している。


 戦後、私はナデシコBの艦長に任命され、まあ色々あって、「ノイ・ヴェルター」として活動することになった。その過程で旧ナデシコクルーの人たちとも合流し、彼らは自然な成り行きで、私の艦に配属された。もちろん、ヤマダさんもだ。
 上司としてヤマダさんに接してみて、あらためて驚いたのは、
(この人、意外と空気読む)
 ということだった。
 根っこの部分が熱血漬けなのは以前から知っていた通りだが、それを押し通す時と、引っ込める時を、案外きちんと使い分けている。そして何よりもこの人は、自分が「熱血」を語る時、人からどういう目で見られているのかを、ちゃんと理解していた。
 ナデシコを離れてから変わったのか、元からそうだったのかはわからない。旧ナデシコでヤマダさんと一緒にいたのはわずかな期間だけだし、当時は彼にほとんど興味を持っていなかったからだ。そのことを後悔している自分に気付いたのは、最近のことだ。
 ヤマダさんのことを、もっと知りたい。その気持ちが何なのか、私はなかなか把握できなかったが、データベースとの戦いも終わりに近づこうという頃になって、唐突に気が付いた。
 どうやら私は、ヤマダさんに恋をしているのだった。

「ピースランドへ表敬訪問ですか?」
 その招聘を受けたのは、例の人騒がせなデータベース一家が懺悔旅行に旅立ってから一月ほどが過ぎ、私とナデシコがちょっとした用事で地球に下りようとしている前日のことだった。
「私、あの国にそんなに思い入れはないんですが。それに、地球でのスケジュールにもあまり余裕はありません」
「そりゃ知っとるよ。だがまあ、あちらさんにも色々事情が」ミスマル提督は頭を掻きながら、「今回の戦乱もようやく一段落したことではあるし、立役者である君を国王ご夫妻が個人的にねぎらいたいという親心的なその、まあ何だ。それに、あの国はネルガルとも色々と浅からぬ仲ではあるし」
「はあ」大方、親心というキーワードにほだされたのだろう。しかし提督の言うことにも一理ある。もともと今回の地球行きは戦後処理の一環として、私自身を使ったプロパガンダに参加するのが主目的だったので、その追加と思えばどうということはない。私は書きかけのおみやげリストを横へのけて、すでにぎゅうぎゅう詰めのスケジュールに半日分の空きをつくる作業にとりかかる。
 前回ピースランドへ行った時にはアキトさんが護衛だったが、今はもちろんあの人はいない。誰かパイロットを一人つけてもらおうと思って、サブロウタさんに手配を頼んだら、五分もしないうちにヤマダさんの名前が挙がってきた。「頑張れよ」とメッセージを添えて。

 ピースランドは相変わらずだった。生みの親より育ての親、という言葉があるが、私の場合生みの親と言えるかどうかも微妙なわけで、そういう関係に対して親心や子心というものが成立するのかどうか、私は知らない。ただ公平に言って、国王夫妻は大変いい人達だった。私とヤマダさんは盛大なパレードと、おいしい食事と、ウィットに富んだ会話(これにはヤマダさんはあまり参加しなかったが)を楽しみ、最後に豪華なゲストルームに通された。私の多忙を見越して、あらかじめ二時間ばかりフリーの時間を用意してくれたのだそうで、これは素直に嬉しい。下手な日本のアパートより広い天蓋付きベッドに横になり、私は目を閉じた。自分でも気が付かないうちに睡魔が襲ってきて、そうして私は、夢を見ていた。

〈よくできたね、ルリ。ばんざーい、ばんざーい〉
 大きなテレビ画面の中で、人の形をしたシルエットが二つ、繰り返しバンザイをしている。その手前に小さな子供が座って、画面の真似をして何度も両手を上げている。あれは、私だ。
 小さい私は、おざなりなCGで描かれたその二つのシルエットに誉めてもらいたくて、表示される問題を次々に解いていく。一つ正解するたび、シルエットは平板な声で祝ってくれる。〈ばんざーい、ばんざーい〉。
 違う、そんなものは私の両親じゃない。ごまかされないで。私は止めようとするが、私とその光景の間には透明な壁があって、決してそこには行けない。小さな私はその間にも、どんどん問題を解いていく。私の生が、天才を作るための実験で埋めつくされていく。
 その時、部屋の中に忽然と、黒い人影が現れる。その人は嘘の両親が映るテレビ画面をたたき壊し、小さな私を抱き上げ、こちらに向かって歩いてくる。アキトさんだ。いや、違う。最初はアキトさんだったけど、近づくにつれてそうじゃないことがわかってくる。アキトさんはあんな、いつでも風になびいているような髪型をしていない。眉毛もあんなにたくましくない。あんな風に無駄に自信ありげな笑みを浮かべていたりもしない。あの人はそうだ、

「……ヤマダさん!」
「はいっ!?」
 目を開けると、ベッドのすぐ横でヤマダさんが硬直していた。
「!!」
 ヤマダさんも驚いたようだが、私も息が止まるほど驚いた。ベッドの上を飛びすさる。咄嗟の時、感情が顔に出にくい質で助かった。
「……どうしたんですか」
「い、いや、王様が飛行機を貸してくれるっていうから、この後の移動とか打ち合わせておこうと思って。入ってみたら、寝てるから帰ろうとしたとこだよ。……変な夢でも見てたのか?」
 恐る恐る、という感じで訊ねてくる。私はまだバクバクいっている心臓を静めようと努力しながら、
「なんでもありません。私は……もっと自分の感情を処理するのが上手いと思ってました」
 ヤマダさんはきょとんとしている。全身ぐっしょりと汗をかいていることに、私はその時気が付いた。礼服の襟が首に貼りついて気持ちわるい。
「すみません。着替えるんで、向こうを向いててもらえますか」
 ヤマダさんが頬を赤らめて、あわてて回れ右をする。私はスーツケースを開けて着替えを出すと、もそもそと服を脱ぎ始めた。
 その時、どうしてそんな真似をする気になったのかわからない。あとから考えれば、魔が差したとしか思えない。ゲストルームの内装が妙にロマンチックだったとか、ちらりと見えた、赤くなったヤマダさんの横顔が可愛かったとか、あの夢のせいで生きた人間の体温に触れたかったとか、細かい理由はいろいろ思い当たるが、それらを全部合算しても、なお私があんな暴挙に出たのは今でも不思議だ。とにかく、私は礼服を脱いだあと、下着姿のままヤマダさんに声をかけた。
「こっちを向いていいですよ」
 ヤマダさんは振り返り、そして当然、絶句した。
「……え? いや…………えっ?」
「………………」
 数秒か数十秒か、沈黙が張りつめる。私の方も、言うべきことをなかなか思いつけなかった。やっと出てきた言葉が、
「女に恥をかかせないで下さい。……とか言うんでしたっけ、こういう場合」
「…………」
 ヤマダさんはまだ絶句している。顔が真っ赤だ。
「あー………ルリちゃん? 何だ、あれだ、もっと自分を大切に」
「ヤマダさん」
 次に出た私の声はかすれて、うわずっていた。自分のこんな声を聞くのは初めてだった。一歩、前へ出ると、ヤマダさんが半歩下がる。お互いの距離が、半歩だけ縮まった。
「私、ヤマダさんが好きです。知らなかったでしょうけど」
 また一歩前へ出る。ヤマダさんは下がらなかった。硬直していたのかもしれない。
(なんて幼稚なことをしてるんだろう、私)私の頭のどこかが、醒めた目で私を見ていた。
(なんて馬鹿馬鹿しくて、押しつけがましくて、カッコ悪いことをしているんだろう)
 わかっている。きっとヤマダさんも、そう思って呆れているだろう。
 だけど、もう後には退けない。たとえ恥ずかしくても、みっともなくても、何が何でも、突き進み、つかみ取らなくてはいけない。今はそうする時なのだ。
「私……いま、熱血、だと思います」
 ヤマダさんの表情が変わった。つくづく、この人には覿面の言葉だ。ヤマダさんはまじまじと私の目を見つめ、それから一つ大きく深呼吸をして、ごくりと聞こえるくらい唾を飲んでから、一歩踏み出して私を抱き寄せてくれた。



「そのー……実は俺ァ、こういうの初めてなんだけど」
「ご心配なく。私もです」
 私はヤマダさんの下、ベッドの上に、下着も脱いで素裸になって横たわっていた。ヤマダさんの眼がまっすぐ私を見下ろしている。
 ヤマダさんの体温は高い。どこも触れあっていなくても、その熱気が私の肌に伝わってくる。大きな、熱い手が、そっと私の脇腹のあたりに触れる。スタンガンを当てられたみたいに、私の体が勝手に痙攣した。
 ヤマダさんは心配そうな顔をするが、手は止めない。意外に優しい手のひらが脇腹からお腹、肋骨、わきの下と撫でていって、撫でられたところが私の体じゃないみたいに熱く痺れていく。胸のふもとを丸くなぞられたとき、私は初めて声を上げた。
「あっ……」
「だ、大丈夫か」
 ヤマダさんが慌てて手をひっこめる。この人もいっぱいいっぱいなのだろう。それくらいは察することができたが、しかしフォローしてあげるほどの経験も、余裕も、私にはなかった。私もいっぱいいっぱいだったのだ。
 しばらく息を詰めて、じっと見上げていると、やがてヤマダさんがまた手を動かし始める。こんどは少し大胆になってるような気がする。私の胸を、揉むほどはないけど揉むように撫で回し、乳首に触れると電流が流れたようで、私はまた声を上げてしまう。でも、もうヤマダさんの手は離れない。お腹から首筋まで、上半身がすっかり私のものじゃなくなった頃、私とヤマダさんはさっきより近くで見つめ合い、熱い息をついていた。
 生まれつきなのか、私は緊張したり興奮したりした時、顔にあまり血が上らない。表情が豊かな方でもない。だから醒めていると思われそうで、急に怖くなって私は手を伸ばし、ヤマダさんの頭を抱き寄せて唇を合わせた。ヤマダさんは一瞬驚いたようだが、すぐに私の頭を抱いて、強く唇を押し寄せてくる。ヤマダさんの髪の毛は、硬くてごわごわしていた。上半身がヤマダさんの胸板に押しつけられて、その熱と匂いで融けてしまいそうになる。
 ヤマダさんの舌が、私の口の中に入ってきた。私は夢中でそれに舌をからめ、吸い付き、甘噛みする。粘膜で触れあう感覚は、皮膚で触れあうよりもずっと激しく、鮮やかだった。唇が離れる時、私の舌は私の意志と無関係に、最後までヤマダさんの舌に絡みついて離そうとしなかった。
 ヤマダさんが、私の耳元でささやいた。
「ルリちゃ……じゃなかった。……ホシノ」
 鳥肌がたった。私のことを苗字で呼ぶ人はあまりいない。肩書き抜きで呼ぶ人も、ほとんどいない。呼び捨てにされたのなんて、今が初めてかもしれない。
「……ガイさん、て呼んだ方がいいですか」
 ヤマダさんは笑い出した。「どっちでもいいや。好きに呼んでくれ」
「じゃあ、……ジロウさん」
 笑いが止まった。少しの間、だまって見つめ合う。
 気持ち両脚を広げると、その間にジロウさんの腰がぐっと入り込んできた。顔を上げて足元の方を見ると、まっすぐ私の方を向いている、ペニスの先端が見える。ジロウさんはしばらく、ペニスの先をつまんでまごまごしていたが、やがて狙いが定まったのか、私のそこをぐっと割り開いて中に入り込んできた。
「いっ……!!」
 するどい痛みが股間からお腹のあたりへ突き抜ける。髪を撫でてくれるジロウさんの手に、頭を押しつけるようにしてこらえた。
「痛いか? ごめんな」
「痛いです。けど、続けて下さい」
 ずる、とお腹の中から何かが出ていく。靴擦れのあとを擦られるような、ひりついた痛みと異物感が苦しい。けれどそれ以上に、ジロウさんと交わっている、一つになっているという感覚がいっぱいに満ちあふれて、私ははち切れそうになっていた。
 ジロウさんが入ってくる。また出ていく。また入ってくる。ジロウさんの暑苦しい目が、まっすぐに私の目をのぞき込んでいる。目の中に火が燃えているような気がする。私も毒されてきたのだろうか。
「ヤマダさん……ジロウさん、…ジロウさんっ」
 うわずった私の声に、荒い息づかいが答える。合間合間にぢゅっく、ぢゅっくという濡れた音がするのは、私のそこから出ているのだと気が付いてものすごく恥ずかしくなった。
 濡れた音が、少しずつペースを上げていく。痛みはまだあるが、だんだん遠い世界のことのような気がしてくる。私の腰がヤマダさんのリズムを覚えて、勝手に動き始める。真っ赤に染まったジロウさんの顔から、汗がぽたぽたと私の額や、髪の上に落ちる。
「ルリちゃん、俺……」
 ジロウさんがつぶやいたのをきっかけに、私はもう一度手を伸ばし、ごわごわした髪の毛を抱き寄せて口づけをした。唇を合わせたまま、二人の腰の動きがさらに激しくなる。ガツン、ガツンと衝撃が走るたび、私のお腹の中がジロウさんの形に掘り抜かれていくようで、意識が飛んでいきそうになるのを必死に引き止める。
 何度目かに深くつながった後、ジロウさんが少しだけ力んで、それから急にあわてて腰を引こうとした。が、間に合わず、直後にとんでもなく熱い何かが私のお腹の中にぶちまけられた。
「ひ……!!」
 体の奥がねばっこい熱で満たされる、信じられないその未知の感覚に、私は全身を硬直させて震えることしかできなかった。それが精液だと理解したのは、しばらくたってからのことだ。性的な絶頂とは違う、何か猛烈な感覚が全身を灼いていて、体中の力が抜けてしまって身動きができなかった。


 絶頂の後の虚脱状態から抜けると、ヤマダさんは私を抱き寄せて、ひどく情けなさそうに謝ってくれた。
「……ごめんな。俺だけ、なんだその、色々、あれだ」
「気にしないで下さい。女性が初めてでオーガズムに達するなんてファンタジーですよ」
 ひどくしょんぼりしてしまったヤマダさんの頭を、今度は私が撫でる。意外と可愛いものだと思う。
 とはいえ、膣内射精までされながらイケなかった私にムラムラする気分はやっぱり残る。好きな人の腕の中でまさかオナニーを始めるわけにいかず、何かはけ口を探していると、ふともものあたりに濡れた熱いものが当たる。
「……まだ元気なんですね」
「え」
 私は思いついて、ベッドの上をもそもそ移動し、赤くぬらぬらと光っているヤマダさんのペニスに唇を寄せた。
「ちょっ、ルリちゃん、待、うおぉぉぉおっ!?」
 止めようとしたヤマダさんの手からとたんに力が抜ける。自分の精液と、私のバルトリン氏腺液と、わずかな破瓜の血で濡れた亀頭は苦いような臭いような、なんともいえない味だった。こういうのを、いやらしい味というのかもしれない。舌をぺろぺろと動かすたび、ヤマダさんの腰がピクピクと痙攣するのが面白い。
「ヤマダさん、気持ちいいですか?」
「いや待っ、気持ちいいけどこりゃ、まずいだろう、待て待て待てそこは待って」
「私みたいな子供にこういうことされるのがたまらない、っていう人もいるそうですけど」
「俺はそんな趣味はねえよ!……あ、でもやべえ、ちょっと目覚めるかも」
 血管の浮いたペニスを舌と唇で味わっているうち、私の頭もとろんとしてくる。ヤマダさんから見えないように手を伸ばして、自分のあそこに触ってみた。ヤマダさんに無理矢理ほぐされたばかりのそこは、自分の体の一部だとは思えないくらい熱く、敏感になっている。奥に指を入れると、ヤマダさんの出したものがとろりと絡みついてきた。口でヤマダさんを、手で自分自身を、私は気持ちよくするのに夢中になって、やがて、私達は同時に絶頂を迎えた。
「う……!!」
「……っ!」
 さっき私のお腹の中に出たのと同じものが、私の顔や、髪や、舌の上に飛び散ってねばっこく広がる。ぼうっとする頭で、とりあえず舌の上の分だけ飲みこんで、それからどうしようと思っていたら、ヤマダさんがシーツで顔を拭いてくれた。
 とぷり、と、私の腰の奥から、白いものがあふれてきて太ももをつたう感触があった。


「この後の予定はどうなってましたっけ?」
「えーっと、今夜中にサンクキングダムに入って、あ、違う。今晩はルクセンブルグで、アクタイオン・インダストリー社長夫妻と晩餐会だな。えーとスピーチの原稿がこれで」
 結局、ヤマダさんとのあれとかそれとかで自由時間のほとんどは潰れてしまった。二人で服を着るともう出立の時間が近づいていて、さっきから侍従の人がドアの外で待っている。
「それは来週オーブで喋る原稿です。このへんは反コーディネーター色が強いんですから、融和推進なんて言ったら袋叩きにされますよ」
「あれ!? んじゃ、今晩の原稿はどれだ?」
「いいですよ、アドリブで行けますから」
 ヤマダさんは秘書としてはお世辞にも有能とはいえない。私は内心ため息をつきつつ、コンパクトをしまって時計を確かめた。
「国王陛下が自家用機を手配してくれたんでしたね。三十分くらい、寄り道に使えますか?」
「え? えーと、多分大丈夫だな。どっか行きたいのか」
 ヤマダさんはさっきから顔を赤らめて私の方をちらちら見つつ、決して正面から目を合わせようとしない。この人なりに照れているんだろう。「男の子って可愛いのよ」という意味の惚気を、私はミスマル艦長とミナトさんからこれまでさんざん聞かされてきたが、なんとなくその意味がわかってきたような気がする。
「今は閉鎖された古い研究所がありまして。そこへ行ってほしいんです。私と一緒に」
「?」
 残念ながら、今は鮭の季節ではないけれど。あの川は、今も流れているだろうか。
 この人と二人であの景色を眺めたら、どんな気分になるだろうか。

 結局、この国で私は二度も、命というものを実感するような体験をすることができたわけで。確かに、この国は私の故郷なのかもしれない。
 ぽかんとしているヤマダさんを放っておいて、私はしばらくのあいだ、一人で豪華な鏡台の飾りをいじくりまわしていた。くすくす笑いをする習慣は、私にはないからだ。


End

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