俺の名前はスウェン・カル・バヤン。
元ファントムペイン所属のパイロットだったのだが、今はいろいろあってアークエンジェル所属になった。
この部隊に入ってからというもの、異世界に行ったり、恐竜型のロボと戦闘をしたり、幻覚を見せるロボに出会ったりと今までにない体験ばかりしている。
だが慣れとは怖いもので、今ではそんな数々の奇妙な体験も日常のレベルにまで落ち着いてしまった。

そんな非日常が日常になったある日の事。
「ちょっとアンタ、本なんか読んでるって事は暇してんだろ?」
先日ズーリで手に入れた星に関する童話を集めた本を読んでいた所、急に声をかけられた。
「お前はたしか無敵の…」
「そう、無敵団のア・カンさ。ちゃんと顔を覚えてくれてたみたいだね」
「あれだけ印象的な名乗りをされればな、それで何の用だ?」
「いやさ、実は食料の買出しに行ってきてほしいんだ」
食料?そういえばここでの食事は彼女たちが担当していたんだったか。
「本当はサイコだけに行かせるつもりだったんだけど、この人数だろ?多めに買う事になったから荷物持ちが欲しくてさ」
荷物を持つだけならそこまで難しくは無い、それにここで本を読みたいからといって断ってしまえば印象も悪くなる。
本に栞を挟み棚へ戻すと、材料のメモを貰って外で待っているというサイコの元へと向かった。

「となる事で最終的に勝ち残るから無敵、そして素敵、さらには快適と…」
おかしい、俺はただ荷物持ちをするだけだったんじゃないのか?この状況は何だ?
市場へと向かう道の途中、この女…サイコに話しかけたのが間違いだったとでも言うのか?
「夢を掴むその日を夢見て、ああ、天よ地よ、人よ命よと…」
どれだけの食材を買うのかを聞いた、そのはずがこの女は何だ?
一度喋り始めたかと思うと、かれこれ10分ほど喋り続け―しかもほぼ材料と関係のない話を―今に至る。
「なぁ、そろそろ市場へ…」
「この貴重な体験は宝だ、どれほど貴重かというと私が持っているこの竹光の…」
聞こえないのか、聞いてないのか、俺の声は無視されてしまった。
なんとか早く黙らせて市場へ行かないと、買出しが遅れればその分、夕食の時間も遅くなる。
嫌われるのに慣れているといっても好き好んで人間関係を悪くしたくはない、ここは何とかしなければ。
そういえば以前、酒の席でディックとか言う男が女を黙らせる方法について何か話していたような……思い出した、これだ!
「ああ、父さん、母さん、私のような子を産んでくれてありが…」
「サイコ」
彼女と向き合い指で相手の顎を支え。
「とう…?」
「………」
そして素早く、唇を合わせる。
「ッ!?」
「………っ、今は話してる時間も惜しい、早く市場に行こう」
「あ、ああ…わかった……」
成功した、サイコの顔が真っ赤に染まっているような気がするが、ついに長話を中断させる事に成功したのだ。
これで買出しも続行でき、人間関係を悪くする事もない、ありがとうディック。
お前の言っていた通り、女性を黙らせるにはキスが一番なんだな、勉強になった。



それから何日が経ったか、あの日以来、なぜかサイコがよく俺に話しかけてくるようになった。
一緒に星を見ようだの、今度は私とペアを組もうだの、お前の部屋に遊びに行っていいかだの。
どうやらあの方法は、黙らすだけでなく人間関係を築くことにも役立ったらしい。
ア・カンに呼び出され「責任取りなよ?」と言われた事が気にかかるが、ともかく俺にも親しい友人ができたのは喜ぶべきことだった。
「な、なぁスウェン、星の輝きというのはまるでダイヤモンドだな、希少な輝き、どれだけ希少かと言うと私ほどの美少女を…」
今日も俺の横で頬を染めながら話しかけるサイコを、俺はいつもの方法で黙らせる。
いつもの光景、いつもの流れ、でも、なぜ黙らせる度にサイコは嬉しそうな顔をするのだろうか?
謎だ。

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