ここ数日、ゼオラが口をきいてくれない。

 数日というか、アラドがバラルの園から奇跡的な生還を果たして以来ずっとだ。
 インド洋の名前も知れぬ無人島から、ズタボロになったビルトビルガーをだましだまし飛ばして極東基地まで、アラドとイルイの二人がどうにかこうにかたどり着いた時、ビルトファルケンは出発の準備をすべて終え、今まさに発着場へ一歩を踏み出したところだった。
「危なくすれ違いになるところだったぜ。間一髪ってやつか。ははは」
 屈託なく笑ってみせたアラドを、ゼオラは睨みつけたままツカツカと歩み寄ってくると、
「…………馬鹿ぁぁっ!!」
 力のかぎり……言っておくが、強化処理を受けたスクール生の筋力はなまじなものではない……横っ面をひっぱたき、ファルケンの格納もせずそのままいっさんに駆け去ってしまったのだ。
 グラグラする頭を右手で支え、左手にイルイの手をとり、背後には力尽きて半ばスクラップと化したビルガーを抱えて、呆然とそれを見送ったアラドは、αナンバーズの他の仲間達が駆け寄ってきたことにも、しばらく気づかなかった。

 それ以来、である。
 アラドの方も報告書や始末書の山、イルイの処遇、その合間合間に押しかけてくる仲間達の祝いの言葉などに埋もれて忙しかったのは確かだ。が、それにしても、暇を見つけて部屋に行っても留守だし、廊下で会えば目をそらされる。二機一組のPTであるビルガーとファルケンのデータ解析には双方のパイロットの同席が必要なのだが、そのミーティングにすら欠席する徹底ぶりである。
 皆に心配をかけたことは悪いと思っている。特にゼオラには前にも一度死んだと思われているから、二度も同じ思いをさせてしまったわけで、再会したらまず謝ろうと思っていたのだが、その話の枕を持ち出したところでいきなり張り倒されて、それっきり会ってくれない。こっちは命がけで帰ってきたというのに、なぜ怒っているのか理由を説明してもくれないのだから、いかに根が大らかなアラドといえど、
「なんなんだよ、畜生」
という気分にもなってくる。

 そうなれば当然、わざわざ会いに行こうという気も萎える。
「よう、アラド。旨い酒があるんだが、ちょっとつきあわないか」
 突然部屋を訪れた真吾とキリーに誘われたのは、そんな状態のままさらに数日が過ぎたある夕方のことだった。



 熱い。
 ゼオラ・シュバイツァーはさっきから遠ざかったり近づいたりしているような天井をぼんやり見上げながら、力無くベッドに横たわっていた。
(あんなに飲むんじゃなかった……)
 とびきり美味しいお酒が手に入ったから、飲みにいらっしゃい、とレミーに誘われたのはたしか夕方だった。今が九時だから、三時間以上も呑んでいたことになる。日本の名物で、米から作るのだというそのお酒は甘く澄んだ香りがして、するするといくらでものどを通った。勧められるままに何杯重ねたか、自分でもよく覚えていない。覚えているのはレミーに問われるまま、アラドに関する愚痴をさんざんまくし立てたことだけだ。
 アラドは自分よりも、イルイを選んだのだ。最後のあの数瞬の出来事を、ゼオラはそう解釈していた。その認識から立ち直るのは容易なことではなく、悩んで苦しんで、もう生きている理由がないとさえ考えて、ようやく「スクールの生き残りを捜す」という彼との約束の後半部分を支えに自分を立て直すことができたのも、αナンバーズの仲間達の励ましがあってことのことだった。自分一人だったら、そしてティターンズにいた頃の自分だったら、その場で死んでいたかもしれない。
 それほどの努力をして、新たな出発をしようとした、まさにその瞬間に、アラドは帰ってきた。イルイを連れて。

 何をすればいいのかわからなかった。すがりついて泣きたくもあったが、気づけばアラドの頬を思いきり張りとばしていた。
 それ以来、アラドと顔を合わせていない。合わせることができない。
 もつれにもつれた感情の中で、自分がアラドのことを本当はどう思っているのかさえ、よくわからなくなっていた。イルイに嫉妬しているなどとは思いたくない。嫉妬できないから、こんなにも苦しいのだ。
「アラド…………」
 助けを求めるようにその名をつぶやいた時、軽いモーター音がして、ドアが開いた。
 入ってきたのはアラドだった。
「ふぃーー……」
 ゼオラが反応できないでいるうちに、彼は額をふきながらフラフラと進み、デスクのわきの椅子に腰を下ろした。顔がずいぶん赤い。ゼオラと同じように、酒でも呑んだのだろうか。
 アラドはしばらく力なくうなだれていたが、やがて顔を上げてぼーっと壁の一点を見つめ、ふいに、

「ゼオラのバカやろーーっ!」
「どういう意味よっ!!」

 弾かれたように声のした方を見たアラドは、そこで初めてゼオラに気づいたらしかった。一瞬、呆然と見つめたあと、二、三度まばたきをし、
「……なんでこんなとこにいるんだ!?」
「ひとの部屋に勝手に入ってきておいて、何言ってるのよ」
「ひとの……って。え、何、ここ、お前の部屋!?」
 ゼオラが無言で睨みつつうなずくと、アラドは赤い顔をいっそう赤くして、よたよたと椅子から立ち上がる。
「そうか、わ、悪い、……おかしいな、イルイが案内……」
 かちん。

 独り言のようなつぶやきだったが、ゼオラはその名を聞き逃さなかった。
「さっさと出てって。こんなとこにいないで、イルイのそばにいてあげなさいよ」
 アラドの足が止まる。ドアの手前に立ったまま、ゆっくりと振り向いた。
「……何だよ、それ」
「何だじゃないわよ。大事な人のそばにいてあげなさいって言ってるのよ!」
 まずい、わたし、カラんでる。
 自分のしていることがわからないゼオラではなかったが、かといって止めることもできない。今も、当惑と怒りの混じった表情でこちらを睨むアラドの顔を、ふてぶてしく睨み返す自分がいる。きっと、すごく醜い顔だ。
 アラドは一瞬だけ何か言いたそうに口を開いたが、すぐに顔を背けると、黙ってドアのスイッチに手を伸ばす。
(アラドが行ってしまう)
 仲直りする千載一遇の機会を、自ら棒に振ってしまったのかもしれないと、気づいて呼び止めようとしたのは遅すぎた。無情に、軽やかにドアが開き、
「だめだよ、アラド」
「うわっ!」
「イルイ!?」
 その向こうには、今まさに争点となっていた少女が両手を広げてとおせんぼをしていた。

「な、なんでここに」
「仲直りしなくちゃだめよ、アラド」
 じー、と見上げてくる瞳に、アラドも毒気を抜かれる。と、おもむろにイルイはゼオラの方を向き、
「ビルトビルガーの修理をしてる間、アラドは私にたくさんお話をしてくれたの。ゼオラの話もしたの」
「お、おいイル」
「ゼオラがどれくらい大切な人か、今までどれだけ一緒にいて、これからもどれだけ一緒にいたいか、アラドは話してくれたの。ビルガーが直ったとき、もっと近いほかの基地じゃなくて、ここにまっすぐ戻ってきたのも、ゼオラがいると思ったからなのよ」
「え……」
「私はアラドもゼオラも大好きだから、仲良くしてほしい。本当に思ってることを、ちゃんと言葉に出して伝えれば、それだけでいいと思うの」
 小さな口を懸命に動かしてイルイは一気にしゃべり終えると、ぺこ、と頭を下げてドアを閉めた。
 あとには、ぎごちない沈黙が残された。鮮やかな去り際に、ドアにはロックがかかっていたはずだということさえ、二人のどちらも気づかなかった。
「……その……………」
 ようやく声を発したのはアラドだった。所在なさげな手が、そろそろと再びドアのスイッチへ近づく。
「待って」

 アラドは動きを止め、ゆっくりと振り向いた。
 勝ち気で気丈なゼオラが、時折こんな表情を見せることを、アラドは知っている。
 すがりつくような、アラドが目をそらしたらその瞬間に崩れて消えてしまいそうな、弱くはかない表情。
「…ほんとう……?」
 声が熱い。目のふちにいっぱいにたまった涙のように、熱をもって、潤んで、弱々しくふるえている。
「な、何が……」
「今の話……私の、こと……」
 ゼオラにこんな一面もあるということを、アラドは確かに知っている。ただ、それがどんな時に引き出され、誰にだけ向けられるものなのか知らなかった。
 今までは。
 アラドはひとつ、生唾を飲んで、大きく深呼吸した。自分の息の酒臭さに顔をしかめる。ドアから手を離し、ゼオラの前まで歩み寄ると、そこでまた少し逡巡して、
「………本当だよ」
「…………!」
 それに気づいて驚いたのは、ゼオラの方だった。
 頬を、熱くてくすぐったい水滴が流れ落ちている。
「なん……で、泣いてんだ」
「わかんない……たぶん……」
 アラドがそっと頬に指をあて、ぽろぽろ転がり落ちる涙の粒をぬぐってくれた。ゼオラはその指に触れ、
「…うれしい……から……」
 ぶるっ……。
 アラドの体が、震えたように見えた。次の瞬間、ゼオラはたくましい腕の中に、きつく抱きしめられていた。

「あっ…」
 声を上げたのは驚いたからで、拒むつもりなどはない。意外に厚い胸板に鼻をうずめていると、スクール時代、一つのベッドで一緒に寝ていた幼い頃の記憶がよみがえってくる。
(アラドの匂いだ……)
 不器用で、物覚えが悪くて、ゼオラが面倒を見てやらなければどうしようもないようなアラドだったのに。毛布にもぐり込んでその匂いに包まれると、いつだって安心してしまうのはゼオラの方だった。眠るときに手を握るのは、いつだってゼオラの方からだった。
 背の高さが追い抜かれたのはいつのことだったろう。顔を上げると、真剣な眼差しのアラドがじっと見つめていた。
 目をつぶって、唇をほんの少しだけ開いた。温かなアラドの唇が、そっと覆いかぶさってきて、触れあったその場所から、体が溶けていくようだった。
 溶けてしまってもいい、とゼオラは思った。

 どれくらいそうしていたろうか。
 ふいにゼオラは、下腹のあたりでもぞ、と何かが動いたのを感じた。
「!……ご、ごめ」
 一瞬遅れてアラドも気づき、あわてて身を離す。唇が離れてしまったことを残念に思いながらも、ゼオラの目はその「動いたもの」に吸いつけられた。ズボンの前を押し上げる、そのアラドのものに。
 ばつが悪そうに、アラドが一歩下がろうとする。それを、ゼオラの手が引きとめた。
「ゼオラ?」
「……」
 アラドの服の袖をきゅ、とつかんだまま、熱っぽい瞳で見上げられると、余計にその場所に血が集まってしまう。それを恥ずかしく思いながらも、その手と眼差しがある一つのことを訴えかけているような気がして、アラドは動けない。

「その……俺、結構酔ってんだけど……」
「うん……私も、だよ……」
 視線が絡みあう。おそるおそる、アラドは手を伸ばし、スーツの留め金に触れた。ゼオラは小さく息を呑んだが、抵抗はしなかった。
 アラドの指が繊細に動いて、スーツを脱がせていく。白い肌が露わになってゆくごとに、ゼオラの鼓動は速くなる。頭がふわふわと、宙に浮いたように感じるのは、お酒のせいなのだろうか。

 たぶるんっ……

「うわ……」
 両手を上げさせてインナーを脱がせると、16歳とは思えない豊かに張りきった乳房がふたつ、勢いよくこぼれ出た。思わず声を上げてしまったアラドに、ゼオラは真っ赤になってうつむく。
「ばかっ……!」
「ご、ごめん」
 昔、ゼオラは自分の胸が嫌いだった。重いし、肩はこるし、体を動かすのに邪魔だし、男からおかしな目で見られる。いっそ成形手術で取ってしまおうかと思ったことさえあるが、ある時、
(アラドは大きい胸の娘が好みらしい)
 スクールでの訓練の合間の、たわいもない雑談の中で、そんなことを小耳にはさんでから、胸に対する考え方は正反対になった。今着ているこのパイロットスーツだって、支給された中から一番胸が強調されて見えるものを選んだのだ。もっとも、肝心のアラドは今の今まで、何の反応も示してくれなかったのだけれど。
「……胸……大きいの、好き……?」
「え?…ああ、うん……わりと。いや、かなり」
「……よかった……」

 はにかむように笑ったゼオラを見て。アラドの残り少ない自制心の、少なからぬ部分がまとめて吹き飛んだ。スーツの残りを剥ぐように脱がせると、自分も急いで服を脱ぎ捨てる。
「……っ」
 アラドの裸を見るのは初めてではない。着替えの時や大きな怪我をした時などに何度も見ているし、小さい時には一緒に風呂にだって入っていた。しかし、そんな状態になったその場所を見るのは無論初めてであり、先ほどズボンの上から見た時とは比較にならない存在感をもって、若干グロテスクなそれはゼオラの眼前にそそり立っていた。
(こ、これが……アラドの……)
 ゼオラはベッドに腰掛け、アラドは立っている。ちょうどゼオラの目の高さのすぐ下、手に取りやすいあたりにそれは位置し、自分でも気づかぬ間にゼオラは、アラドのペニスに指をからめていた。
「う……!」
 アラドのうめき声で、自分が何をしたのか悟って赤面する。だが、手を離す気は起きなかった。
(すごく熱い……ピクン、ピクンってしてる……)
 からめた指をそっと動かし、血管の浮いた表面をさする。わずかに動かすたび、アラドが息をもらす。
「…気持ちいい……の?」
「すごく…」
 子供のように素直な返事がおかしくて、ゼオラは手の動きを少しだけ積極的にする。そっと絡めるだけから、手のひらで包むように、さらに握ってしごく形へ。
(私……すごくいやらしいことしてる……)
 思いながらも、手は止まらない。だんだん荒くなるアラドの呼吸につり込まれるように、ゼオラの息も浅く速く、視界にはうすく霞がかかり、赤黒く怒張したアラドのものしか目に入らなくなってゆく。

 目の前のペニスがぐんぐん大きくなる。と見えたのは錯覚ではなく、いつの間にかゼオラは上体をのり出し、息がかかるほど近くまでアラドの股間に顔を寄せていたのだった。思春期の男の性臭が鼻をつく。ゼオラにとってそれは不快な匂いではなく、吸いこむうちに頭の中にぽうっと桃色の湯気が満ちたようになり、その湯気の熱の命じるままにゼオラは、ふるえる丸い肉の先端に唇をふれていた。
「あうっ……!」
 そのとたん、アラドが甲高い声を上げる。
(……きっと、指より気持ちいいんだ)
 しごく妥当にそう判断すると、ゼオラは前より強めにキスをする。熱くつややかで柔らかい、不思議な感触の先端に、ぐっとせり出したエラのような部分に、血管の蛇行する幹に。鳥のつがいが睦み合うように、やさしくついばむキスの雨を降らせる。
「あっ、あっ、うあ………! ゼ、ゼオ………!」
 さりっ……
「ぅひ………っ!」
 真っ赤に張りつめた亀頭を、ふと舐めてみると、アラドの声がまた跳ね上がった。嬉しくなって、ゼオラは舌を一生懸命使ってアラド自身を上から下までたんねんに舐め回す。そのうち、先端から透明なしずくがにじみ出ると、それもペロリ、と舐めとった。猫がミルクを舐めるのに似た仕草で、少しずつ湧き出るしずくを舌を鳴らしてすくいとってゆく。
(人体生理の講義で習ったな……なんて言ったっけ? 男の人が射精の前に分泌するっていう…………射精………そっか、アラド、気持ちよくなってるんだ……)
 ゼオラはまるで子供が親に甘えるように、アラド自身にほほをすり寄せ、ほとんど恍惚となって舌と唇でアラドにしゃぶりついていた。アラドの味、アラドの匂いでいっぱいに満たされた脳はなかば麻痺し、ただアラドのこと、アラドを気持ちよくすることだけしか考えられない。
 「その行為」のことを思い出した時も、だからゼオラは少しもためらわなかった。そんなことをいつどこで聞き覚えたのか、ゼオラ自身も思い出せなかったが、ただこうすればもっとアラドは気持ちよくなるはずだ、と考えたのと同時に、両手が動いていた。


 むにゅ……ふぎゅっ……

「うおぁっ…!?」
 びくん、とアラドの腰がふるえる。それがいっそうの快感によるものだとわかるから、ゼオラは嬉しくて両手に力をこめる。アラドのものをはさんだ、自身の大きなやわらかい乳房を両側から押さえつけ、ぎゅっ、ぎゅっと上下にしごく。
「ちょ……ゼオラ、それは、お、おうっ……!」
「気持ちよくない……?」
「い、いやすごくいいんだけど、ちょっともう、…あ、あ、ひッ……!」
 アラドのペニスは存外に大きくて、根元まではさむと、先端が胸の谷間から突き出してくる。顔をうつむかせて、その突き出した部分をしゃぶりながら胸を動かすと、アラドの声が止まった。目だけでそっと見上げてみると、口を引きむすんで何かに耐えるような表情をしている。

 実際、アラドは必死だった。ペニスを触られるくらいならともかく、こんな過激なご奉仕をゼオラがしてくるなどとはまったく予想外である。触られただけでも暴発しそうだったのに、キスされ、舐められ、おまけに胸ではさまれて、アラドの耐久力はとうに限界を越えていた。このまま出したら、ゼオラの顔面にぶちまけてしまうという、その一点だけでかろうじて理性をつなぎとめ、こらえているにすぎない。
 ゼオラが舌を止めないまま、上目遣いにアラドを見た。甘く、熱っぽく、少しだけ不安げなその眼差しに、アラドは自分がもう長くはないことを覚悟した。

「ゼオラ……ごめんっ…………!」
 アラドの言葉と同時に、急に亀頭が一回り大きくふくれあがり、次の瞬間、熱くて苦いものがゼオラの口の中に飛び込んできた。

「かふっ……!?」
 思わず口を離してしまったゼオラの顔に一すじ、二すじ。アラドの先端から、白く粘ついたものが勢いよくふりかかる。
「うあっ、あっ……ゼオラっ…………!」
 びくん、びくん、と、ゼオラの胸の間でアラドの腰が痙攣している。驚いたあまり一瞬自失していたゼオラも、すぐに自分の顔にへばりつくこの熱いものが何であるか理解した。
(これ……………イッてるんだ、アラド……)
 何度も、何度も。ゼオラの顔といわず髪といわず胸元といわず、一面に白いトッピングをほどこして、ようやくアラドのそれは痙攣を終えた。「ゼオラの胸の間で射精する」という、およそ夢にも見なかった快楽に惚けていたアラドは、しかしハタと我に返り、己のしたことに青ざめる。
「あ、あ、ごごごめん! その、ゼオラが気持ちよすぎて、じゃなくてあの拭くもの、拭くもの……」
 泡を食って恐縮し、ズボンのポケットをひっくり返してハンカチを探すアラドとは裏腹に。
(アラドの……精液……)
 口の中の苦い味、顔を覆うべたつき、鼻孔を満たす栗の花のような匂い。アラドが絶頂に達したことの、自分がアラドをそこへ導いたことの、それは証であり、ゼオラはむしろ陶然と、そのすべてを受け止めていた。
 こくり……
 何となく、口の中にたまったものを飲み下してみた。のどにひっかかって、いがらっぽい。でも、アラドの味がする。
 ちょうどハンカチを見つけて振り向いたアラドがその光景を目にして一瞬硬直したが、すぐに気を取り直して、ゼオラの顔をやさしくぬぐってくれた。

 目をつぶって心地よさそうに顔を拭かれているゼオラが、なんだかたまらなく可愛い。そう感じたとたん我慢ができなくなって、アラドはゼオラの肩を押し、そのままベッドへ倒していた。
「あっ」
 ぶるん、と大きな乳房が揺れて、かるく左右に開いて、プディングのように少しだけふるえて、止まる。よく発達した筋肉の上に乗った乳房は、仰向けになっても形が崩れないのだ。というのはエロ本からの受け売りだが、どうやら本当にそうらしい。
 ゼオラが見つめてくる。大好きな女の子を、ショーツ一枚の全裸でベッドに組み敷いて、しかも潤んだ瞳で見つめられる、という気が遠くなるほど幸せなシチュエーションに軽いめまいを覚えながらも、
(……今度は、俺がゼオラを気持ちよくしてやらないと……)
 妙な使命感に駆られて、アラドはその大きな二つの丘に狙いを定めた。
「え、っと」
「ふぁっ……」
 わずかに汗ばんだ雄大な曲面に、おそるおそる手をすべらせると、ゼオラか細い声を上げた。驚いて手を引っ込めそうになるが、勇気を出してそのままさすり続ける。ふもとを丸く囲むように、それから徐々に上方へ。
 白くて熱くて、しっとりと柔らかいそれは、ふんわりと焼きあげた極上のパンのようだ。少しだけ力を入れてみると、クッションのように軽く指が沈む。離すと、みずみずしい弾力で元に戻る。パンをこねるように、強くもんでみると、むにゅん、とその手に従って形を変える。そのたびに、ゼオラの唇から甘い喘ぎがもれる。
 さっきはああ言ったが、アラドは元々いわゆる巨乳好きではない。ゼオラの胸がこうだから、大きい胸に興味を覚えるようになってしまっただけである。だから別段、胸の大きさやその愛撫の仕方に特別の思い入れがあるわけではなく、ただ興味の赴くままに、
(じかに見るのは、子供の時以来だけど……やっぱり、すげえ胸だよな……)
 手の中ではずみ、うねり、自在に形を変える不思議なかたまりを愛撫する。力を入れすぎて痛くしないようにと、それだけは気を遣いながら、やわらかなその感触を無心に味わい続ける。

「……っあ、アラド……っ! そ、そんな……胸ばっかり……っ」
 ゼオラが切なそうに、ふるえる声を発した。夢中になっている間に、ずいぶん追い上げてしまったらしい。でもまだ、肝心な場所に触れていない。二つの丘の頂で、真っ赤に充血して突き出す肉の粒にそっと触れたとたん、
「ひっ………!」
 ゼオラの体が硬直した。
「………?」くりっ、とつまんでみる。
「あヒぁッ…………!!」
 白い腹筋がふるえる。
 乳首のまわりのピンク色の部分……ちょっと大きめの乳輪を、指先でつーっとなぞってみた。
「ひっ、ひ、ぃ、あああ、あっ………!」
 イヤイヤをするように首を振って悶えるゼオラを見て、ようやくアラドは確信した。
 どうやらゼオラは、乳首が弱いらしい。それも、とびきり。
(大きい胸は感度が鈍いって、どっかで読んだ気がするけど……)
 本に書いてあることは、当たることもあればそうでないこともある。という当たり前の事実を学習しつつも、次にやることは決まった。首筋についていた拭きもらしの精液を指ですくって、乳首に念入りに塗りつける。
「あ…!? あら、アラドっ……! あ、あ、何……?」
 ほどよくヌルヌルになったところを見計らって、おもむろに親指と人差し指で、

 くりくりくりくりくりくりくりくりくりくりっ……

「っ!? あ、あ、ああーーーっ!?」
 電流が走ったように、ゼオラの全身が痙攣した。白いおとがいが跳ね上がり、それまでとは違う、叫びに近い喘ぎが喉からほとばしり出る。予想をはるかに上回る反応に仰天したアラドだが、両の乳首をはさんだ指の動きは止めない。
「あ、あやっ、やっ、やあーーっ! そ、そこはっ、そこ、アラド、アラドあら、あ、あ、ああああーっ!!」
 少し強めに、すり潰すようなつもりでもみ込んでやると、泣きそうな声でゼオラは悶える。少しばかり嗜虐的な快感を覚えつつ、余った三本の指と手のひらも動員して乳房全体をまんべんなく愛撫する。愛撫することをなぜ「責める」というのか、アラドは少しわかった気がした。

 舌がうまく動いてくれない。ろれつが回らなくなっているのが、自分でわかる。
 そこが自分の一番弱い場所だというのは知っていた。自分でする時、そう、アラドのことを想って一人で慰める時にも、よくそこを使ったものだ。だが、本物のアラドに触られると、その刺激はケタ違いだった。胸の頂点から全身に稲妻がまわるようで、痙攣する体を止めることさえできない。脳裏を走るスパークに意識が焼かれ、ものが考えられなくなってゆく。
 アラドの顔が近づいてくる。まさか、そんな、指だけでも限界に近いというのに、まさか……


 左の乳首を口に含み、ぺろん、となめ回した途端、ゼオラの体が跳ねた。
「あーーーーっ!?」
 ちゅっ、ちゅく、と唾液をまぶして、しゃぶり、吸い立てる。若干自分の精液の味がするが、そんなことを気にしてはいられない。空いた左手で肩を押さえつけ、乳飲み子のように強く吸い上げると、
「ふや、アラ、っ、そこっ、そこぉ…っにゃあーーっ! んに、にゃあ、にゃあー、にゃああーーーっ!」
 ゼオラの喘ぎが調子を変えた。驚いて目を向けると、焦点の合わない瞳を半開きにして、芯までとろけきったような表情のゼオラが、猫みたいな声を心底嬉しそうに上げていた。どうやら理性のブレーキを一つ、壊してしまったらしい。やりすぎたかな、と思いながらも、
(でも、猫っぽいゼオラも可愛いな)と、ますます愛撫に没頭していくアラド。
「にゃ、にゃあっ、にゃあーーっ! アラ、あら、にゃあーー、にゃあああーーーっ!!」
 アラドは母親を知らない。母親のおっぱいの感触も無論知らない。でも、もし記憶があったら、こんな感じだったのだろうか、と思う。こんな風に心地よくて、愛しくて、安心できて、甘かったのだろうか……
「にゃー、にゃ、あ、ああっ、あああーーっ! あ、あ、あう、あ、………っっ!!!」
 泣き声と痙攣の感覚が短くなってきた。と、思う間もなく、

 きゅうっ……

 首筋からつま先まで、ゼオラの総身がかたく突っ張ったと思うと、不意に力が抜けて、かくん、とベッドに沈んだ。荒く速い息をつく目尻に、涙が浮かんでいる。

「ゼ……ゼオラ?」
「……」
 涙目で睨まれた。
「…ばかっ…………!」
「も、もしかして、その……イッちゃったのか?」
「!……ばかぁぁっ…………!!」
 ぽかぽかと、真っ赤になってゼオラはアラドの胸板をたたく。絶頂を迎えたばかりで力が入らないのか、ゼオラのげんこつとは思えないほど軽い。その手をひょい、と捕まえて、
「お、俺だって一回出しちゃったんだから、あいこだろ、これで」
「…………!!」さっきまで自分がアラドにしていたことを思い出して、ゼオラの頬がさっと赤く染まる。黙ってしまったゼオラを前にしてどうすればいいかわからなかったので、アラドはとりあえず、優しく抱きしめてみた。ゼオラは一瞬だけ身をすくめ、すぐに力をぬいて、アラドに肌をゆだねる。が、
「……なんか、クッションを間に挟んでるみたいだ。直だと違うなー、やっぱり」
「…………ばかぁぁぁっっ……!!!」
「ひだ、ひだだだだ」
 本来の筋力を取り戻したゼオラにほっぺたを思い切りつねられて、アラドも泣きそうな声を上げた。



 絶頂の後の、照れ隠しめいたじゃれ合いが終わると、どこかぎごちない沈黙が落ちる。
「…ゼオラ…」口火を切ったのはアラドだった。
「俺…もう……」
 我慢できない。とまで、口に出す必要はなかった。ゼオラも同じだったからだ。
「ん……」
 ベッドに身を横たえ、おずおずと脚を開く。ショーツをぐっしょりと浸し、太腿の半ばまで濡らしていた透明な液体が、にち…と淫らな音を立てた。ゼオラが恥ずかしそうに顔を背ける。それでも、ショーツのサイドに手をかけると、脱がしやすいように腰を浮かせてくれた。
 お尻にクマのプリントのついた可愛らしいショーツを、そろそろと脱がしてゆく。
(……またクマさんパンツだ)
 それについて、何か軽口を叩いてやろうかと思ったが、できなかった。頭も心も、目の前のゼオラのことでいっぱいに占められていて、余計なことなど考えられない。
 一糸もまとわぬ姿になったゼオラが、ふるえる息をつきながら見つめている。吸い寄せられるように、アラドはその上へのしかかってゆく。

 ……アラドが、ゆっくりとのしかかってくる。自分とアラドを隔てるものはもう本当に何も、布きれ一枚すらない。そのことに恐怖と幸せを同時に感じて、背骨のあたりを熱いものが走り抜ける。
 その場所はもうずっと前から……アラドのものに唇を触れたあたりから、とうに熱く潤いきり、アラドを迎え入れる準備を終えていた。確かめるように触れてきた指先が、甘い痺れをもたらす。

「ん……と」
 アラドがぐっと身を乗り出し、その場所に自分のものをあてがった。そのまま、フラフラと頼りなげに腰を二、三度上下させる。位置を定めかねているのだ。
「あ、あれ? え、と……あれ?」
「もう……!」
 見かねたゼオラは手を添えて、アラドをその場所へ導いてやった。とはいえ、ゼオラも初めてだから、的確な指導ができるわけではない。二人でしばし試行錯誤をしているうちに、ぬるん……と、アラドの腰が沈んだ。
「うおおっ……!?」
「あうっ……!」
 未知の感触にうめくアラドとは対照的に、体の奥が裂かれるような未知の痛みに苦鳴を上げるゼオラ。アラドはすぐに気づき、腰を引いてくれようとするが、その動きでまた傷口を擦られるような生々しい痛みが走って、ぎゅっと眉を寄せたらアラドは動けなくなってしまったらしかった。
「だ、大丈夫か?」
「ん……」
 ふう、ふう、と荒い息を整える。深い深呼吸をすると、少し楽になった。呼吸に合わせて、胸がゆっくり起伏しているのが視界の下の端に見える。その胸に向かって、アラドの唇が近づいてきた。
「アラ……んひゃん!?」
 さっきのような、ひたすら吸い立てる責めではなく、唇と舌全部を使って、優しく、ゆるやかに。アラドの唇の中に、自分の大事なものが全部、吸い込まれていく。
「……どうだ? 少しは楽になった?」
 ゼオラの意識が再びとろけそうになったところで、アラドが顔を上げて訊ねた。言われてみれば、先ほどまでの鮮烈な痛みがだいぶ鈍くなっている。赤く熱をもって、腫れているような感じだ。
「うん……だいじょぶ、みたい。……動いて」

 その言葉に応じて、ゆっくりと腰が進みはじめた。中の粘膜にこすれるのを感じるたびに、たんこぶをさすられるような鈍い痛みが走るが、我慢できないほどではない。そして、その痛みの奥に、ゼオラの知らない何かが、密やかに近づきつつあるような気がした。
 アラドが心配げに覗き込んでいる。
「ど……どう? 痛くないか?」
「だいぶ……楽。アラドは……どう? 気持ち…いい?」
「俺は……」
 気持ちいいどころではない。むっちりと肉がついて、しかもよく鍛えられて引き締まったゼオラの腰の中は力強く、かつ優しくアラドを締めつけてきて、口とも胸とも、もちろん手とも違うえもいわれぬ感覚を与えている。ゼオラが痛そうな顔をしなければ、今頃サルのように腰を振り立てているだろう。
 絞りこまれるような快感に耐えながらそろそろと腰を動かし、再び胸に手をやる。マッサージをする要領でゆるやかにさすると、ゼオラが心地よさげな息をもらした。右の乳房を口に含み、空いた右手で銀色の髪をなでると、嬉しそうに頭をすりよせてくる。そんなことをしながら少しずつ腰の動きを速めていくうち、ゼオラの中でも何かが変わりつつあった。
「あ………これ、何……?」
 ぬろん、とアラドが奥まで入ってくるたびに、痛みとは別に、鈍いかゆみのようなものが、そこから全身に伝わっていく。むずがゆく、じれったいその感触が、アラドの優しい愛撫の中で、いつか痛みよりも、ゼオラの体を支配していく。
 ふいに、アラドの二の腕をゼオラの手がつかんだ。胸の谷間を舌でくすぐっていたアラドは慌てて顔を上げ、
「ど、どした? ……やっぱり、まだ痛い?」
 小さく首をふるゼオラ。そのまましばし口ごもっていたが、やがて伏し目がちに、
「…もっと……強く、して……」
「……! …い、い、いいのか?」
 恥ずかしそうにこくり、とうなずいた姿に、我慢のボルトがひとつ飛んだ。

「よ、よし……いくぞ」
 おそるおそる動かしていた腰の動きを少し速め、ストロークも長く。ゆっくり抜いて、ゆっくり差し込む。一番奥へたどりつき、二つの腰がぴったりとくっついた時、
「あんっ……」
 今までで一番甘く切ない声を、ゼオラが上げた。
 ボルトがまた一つ飛んだ。
「ゼオラっ……!」
「あ、あ、アラド……あっ!」
 絡まる肉の中を思いきり引き抜いて、打ち込む。腰と腰がぶつかり合って音がするほどに。ゼオラが苦しくないか、ということが頭の片隅に一瞬だけ引っかかったが、要らぬ心配のようだった。ゼオラもまた、突き上げる快感の波に呑み込まれていたのだ。
「あっ、あっ、アラドっ、アラドのがっ! 私の中で、あばッ暴れて、ぐいぐいって、アラドのッ、凄いッ……!!」
 一打ち突かれるたびに、仰向けになった大きな胸がたぷん、たぷん、と揺れる。その動きさえもがアラドを魅了し、ゼオラには波打つ快感となる。
「ゼオラのっ……ゼオラのも、凄いっ……ぬるぬるして、締まってきて、か、絡みついて……!」
「わた、私の中が、いっぱいに、いっぱいになるっ! あ、アラドが、アラドで、私がいっぱいぃぃいっ!」
 重い玉がゆるやかな坂を下るように、徐々に、だが止めようもなくアラドの動きは加速していく。ゼオラもそれを拒むどころか、自ら動きを合わせ、より深く、より激しく呑み込めるように腰をくねらせる。

 汗まみれの肌がこすれ合い、つながった部分からあふれる液体がシーツを濡らす。ゼオラの唇が金魚のように、アラドを求めて開閉すると、すぐに荒々しくふさがれた。激しく互いの唇を吸い、唾液を交換する濡れた音が止まると、二つの唇から出るのはもうお互いの名前と、思いだけとなる。
「ゼオラ……ゼオラ、好きだ。ゼオラ、ゼオラ……!」
「アラド…! わ、私も、私もアラド、あなたが好き…! 大好き、アラド、アラド……!」
 泣きながら、アラドの名を呼ぶ。大好きな人、いつでもそばにいて欲しい人の名を呼ぶ。その人は確かに今、一番そばにいてくれている。私を好きだと言ってくれている。それが幸せで、また涙があふれる。頬をつたうしずくを、アラドが舐めとってくれた。
「ゼオラ……ゼオラっ……!」
 アラドの声がわずかに調子を変えた。それが何を意味するのかゼオラはわからなかったが、肉体は鋭敏にそれを察知したらしかった。大きく開いてアラドを迎え入れていた白い脚が上がり、アラドの腰にからみつく。もう二度と離れたくない、ゼオラの想いを表すように、力の限りしがみつく。
「アラド、アラド、アラドおっ……!」
「う……お…ゼオラ……っ!」
 ぶるん、とアラドの腰が大きく震える。何が起きたのかゼオラにはわからなかったが、次の瞬間、
「あ゛…………っ!?」
 何か途方もなく熱いものが、腰の奥に炸裂した。
「あ……お……あ……!!」
 何度も何度も。その熱いものは爆発し続け、その熱はゼオラの全身を燃やした。ビクッ、ビクン、と数度痙攣して、アラドを抱きしめていた手足がほどけ、ぱたりとベッドに落ちる。後はもうどうやっても力が入らない。
 アラドが、耳元で荒い息をついている。
(イッたんだ、アラド……私の中で……私も……)
 力の入らない首をなんとか回してアラドの方へ向けると、アラドもこちらを見て弱々しく微笑んだ。
 そのまま唇を重ねて、その後のことはよく覚えていない。




 翌朝目を覚ましたのは、二人ほぼ同時だった。
 互いの肌の感触とぬくもりに包まれて、なんだか幸せな気持ちで数瞬の間、見つめあう。それから我に返り、抱きあって眠っていたことに気づいて赤面して身を離すと、
「お……!?」
「あっ……」
 股間にえもいわれぬ感覚が走り、二人は一緒に声を上げた。
「も、もしかして……」
 確かめるまでもない。抱きあうどころか、つながったまま眠っていたのである。
 そういえば、アラドと一緒に達した後の記憶が全然ない。火が出るほど赤くなりながら、ゼオラは思い返す。二人ともしたたかに酔っていたし、あの状態からそのまま眠ってしまったのかもしれない。
「よ……と」
 アラドがそろそろと腰を引くと、ぬぽ、というような音とともに、白く粘ついた液体がこぼれ出てきた。わずかにピンク色がかっている。
(そっか……私、アラドに中で出されちゃったんだ……)
「そういえばさ……お前、そろそろ危険日じゃなかったっけ?」
「うん、やばいかも……ってちょっと! なんでアラドが私の生理日知ってるのよ!」
「何年一緒にいると思ってんだ。お前毎月終わり頃に、いつもちょっと神経質になるだろ」
「……! ば、ばかっ!」
「いて、いてて! つねるな! ま、まあいいや、そうなっちゃったら、そうなった時考えよう」
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ! 私たち収入もないし、あなたなんか法的に結婚できない年齢なのよ!?」結婚できない年齢のアラドに最初に誘いをかけたのは自分である、ということはとりあえず忘れておく。

「俺達戸籍なんてあってないようなもんだし、歳はいくらでもごまかせるだろ。ブライトさんか万丈さんあたりに頼めば、なんか仕事も見つかるさ。それより大事なのは」
 ぐい、と肩をつかんで、アラドが見すえてくる。その瞳がいつになく真剣で、ゼオラは動けなくなる。
「お前が産みたいかどうかだろ」
「え……」
「俺、正直この歳でパパになるってのは抵抗あるけど」少し目をそらして、鼻の頭をかく。
「でも、俺とお前の子供なら、産んでほしい。っていうか、絶対おろしたりしてほしくないと思ってる。ゼオラは…どう思ってる?」
「………!」
 急にアラドの顔がよく見えなくなる。涙がにじんでいるのだと、あとから気づいた。
「わた、私も……決まってるじゃない……アラドの赤ちゃんなら産みたいよ……産みたい…!」
 ふるえる肩を、やさしく抱き寄せてくれた。
 落ちこぼれで、頼りなくて、私がいないとどうしようもない人なのに。この人に触れていると、この人に包まれていると、こんなにも幸せになってしまうから。
 大きな、あたたかい毛布のような人だから。
 昨夜の余熱の残るベッドの中で。照れくさそうに見つめあっていた恋人達は、やがて静かに、深く甘い口づけをかわした。

 しこたま酔っぱらわされたのも、部屋を間違えたのも、すべてグッドサンダーチームの仕掛けだったと知ったのは、その日の夕食の席でのことである。
「いえ、さすがにそこまでは想像できてたんですけど」
「発案者がイルイってのは意外だった」
 大人三人に囲まれてオレンジジュースを飲みながら、イルイはにこにこしている。
「ゼオラとアラドが離ればなれになっちゃったのは、私が助けてもらったせいだから。二人に恩返しがしたかったの」
 考えてみれば、アラドをゼオラの部屋に案内したのはイルイである。当然わざとであって、さらにその後、話がこじれた時に備えてドアの外で待機までしていたのだという。
「よくできた子だよ、まったく。あと十五年育ってたら放っとかないぜ」
「あ、ちなみに君達に突っ込み入れた後はちゃんと帰ったそうだから、安心してね」
「……」
 アラドとゼオラは一つのテーブルに、仲良く並んでついている。つい昨日までは同じテーブルどころか、食堂に一緒に入ることさえなかったのだから、何があったのかは一目瞭然である。
「で、あらためて二人でスクールの仲間を捜しにいくのかい?」真吾がグラスを傾けながら言う。
「ええ。ちょっと急がないといけなくなったんで」
「あら、なんで?」
「あと三か月くらいしたら、場合によっちゃゼオラのおなkげふぅッ!!」
「何を言い出すのよ、このバカぁっ!!」
 鋼鉄のような肘打ちをくらって派手に後方へ吹っ飛んだアラドを追いかけてゆくイルイ。レミーはそれを見やって気遣わしげに、
「避妊してなかったの? 駄目よ、その歳じゃちゃんとしないと。いくら未来の旦那様っていったって」
「だだだ誰が、誰が誰のこんな奴旦那様なもんですかっ!!」

 結局、この一夜では妊娠などしておらず、二人は安堵しつつも、ちょっぴり残念な思いを味わうことになる。
「ほら行くわよ! なんでこんな日にまで寝坊するの、あなたは!」
「ゼオラがゆうべ寝かせてくれないから……いてっ」
「おおおおかしなこと言ってるんじゃないの! ほらみんな見送りに来てくれてるんだから!ヴィレッタさんのくれたデータちゃんと入れたの!?」
「入れたよ……最初はどこ行くんだっけ? ウクライナ?」
「うん、ラトゥーニらしい記録があるって研究所がね………」

 つがいの鳥は、まだ飛び立ったばかりである。



End

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