オペレーションオーバーゲート。地球圏を荒らす修羅達を纏めて黙らせる起死回生の策。
 天空魔城に直接、殴り込むこの作戦を始動させる為にはダガーと呼ばれる転移装置の確保が不可欠だった。
 それ等を奪取する為の作戦の最中、大切な者を取り戻せた者達が居た。
――引き裂かれた半身。
 死んだと諦め、その意志を継ぐ形で戦場を駆けてきた双子の片割れ。
 だが、そんな彼を神は見捨てなかったのだろう。再び、その手の中に己の半身を取り戻した男の名はラウル=グレーデンと言った。

――テスラ=ライヒ研究所 ハンガー
 鼻を突くオイルの臭いが立ち込め、そこらからノイズの混じる低い機械の咆哮が聞こえて来る。
 今日もテスラ研のハンガーには多くのメカニックやら技術屋がごった返していた。
 何時も絶えない雑音にも似た賑やかさに包まれたその空間の片隅で、明らかに他とは毛色の違う喧騒を繰り広げる者達が居た。

「だから、この設定は在り得ないって! どう考えたっておかしいだろうが!」
「おかしくないわよ! 設定の範囲内でしょうが! ……レッドゾーンギリギリだけどさ」

 周りの迷惑を考えず口論を白熱させる、顔立ちが良く似た男女だ。
 エクサランスチームの顔となって久しいラウル=グレーデン。そして先日、死んだと思われていたラミア=ラヴレスと共に保護されたラウルの妹、フィオナ=グレーデン。
 作戦発動前にフレームチェックに余念が無い兄妹は絶賛喧嘩中だった。

「あのなあ、ストライカーやフライヤーなら言わずもがな。そして、今弄ってるのは強襲用のフレームだぞ? この数値じゃ直ぐにモーターもアクチュエーターもイカれちまうぜ」
「そんなの、戦闘が終わったら換えれば良いでしょ? 消耗品なんだから」
 作業員達はそんな二人のとばっちりを喰らいたくないのか、視線を合わせずにそそくさと散っていく。だが、そんな周りの閑散さにも気付かず、二人は更にヒートアップする。
 議題になっているのは強襲用フレームの機体設定について。二人の意見は真っ二つに割れていた。
「そんな整備班の手間を増やす真似が出来るか! それ以前に何だよ、このギア比と出力比のアンバランスさは! こんなタイトな出力調整が戦闘中に何回も出来るかよ!」
「出来るわよ! あたしとラウルなら!」
 ラウルは長期間に及ぶエクサランスの搭乗経験から非常に真っ当、且つ当たり障りの無い設定値を用意していたのだが、それをフィオナは撥ね付けたのだ。
 彼女のそれは超が付く程の辛口な設定だった。それこそ、機体の限界強度とパイロットの限界が交差するギリギリのそれだ。
「俺もお前の常人の範疇だっての! ただでさえ出力が不安定なエンジンをどうやって安定させるってんだよ! トロニウムエンジンの出力調整難度を超えてるじゃねえか!」
「何ですって!? 無理だって言いたい訳!?」
 ラウルはその数字を見て、即座に無理だと判断した。ひり出される数値は大きいが、負わなければならないリスクが高過ぎる故だ。そんな信頼性に欠ける設定値にはパイロットの立場から絶対に頷けないラウルはフィオナを真っ向から否定する。
 フィオナはそんなラウルの心情が理解出来ないので只管に、自分の要求を通そうと躍起だった。
「ったく……言っても判らん奴だな。お前、ヤバイ薬にでも手ぇ出してるんじゃないだろうな?」
「そんな事するか! 馬鹿!」
 もう数十分の間、飽きる事もせずに言葉による殴り合いを続ける兄と妹。白熱したお互いの頭は議題とは関係無い誹謗中傷を口から吐かせ、それがまた悪態の応酬を助長させると言う泥沼を作り出す。
 子供じみた喧嘩。だが、やっている本人達は真剣そのものだ。周りが見えなくなる程に。
「……ケッ。なら、こっちに跳ぶ時に頭でも打ってイカれたんだな。そう考えりゃ納得だぜ」
「なっ……元はと言えばアンタの所為でしょうが!」
 そして、そんな稚拙な言い合いはお互いにとって触れてはならないモノにまで触れてしまう。
 ……二人がこの世界に跳んでしまった原因。向こう側であったアクセル=アルマーとの戦闘に於ける瑣末がそれだった。
「! ……今更、そんな事を持ち出すのかよ」
「何言ってんの? あたしにしたらちょっと前の出来事よ」
 ラウルの顔が歪み、彼はその歪みのままに小さく呟く。
 それが元でラウルはフィオナとかなり長い間離れ離れになってしまった。妹に庇われた事、そしてそうなる隙を作ってしまった事は兄にとっては心の傷と言っても良い程の失態だったのだ。
「そうだけど! そう、だけど……それを言われちゃ、どうにも」
「何か言った? ……言ってみなさいよ」
 だが、そんなラウルの胸中が見えないフィオナは燃える様な何かが満たされた瞳で困惑する彼を睨み、煽るだけだった。

「っ、何も言ってねえ!
……糞っ垂れが。何だってこんな憎たらしい奴が俺の妹なんだよ」

 傷に泥を塗って余りあるフィオナの言葉に流石にカチン、と来たラウルはこれまた兄貴としては随分酷い言葉をつい漏らしてしまう。
 意図した言葉ではない故に、オブラートも何も無い率直なそれは妹の心に深々と突き刺さった。
「……!」
 それに黙って居られなかったフィオナは衝動的に手が出てしまった。
――パンッ!
 乾いた小気味良い音がハンガーに響き渡った。
「痛」
 スナップの利いた手加減無しの平手がラウルの横っ面を引っ叩いていた。一瞬、彼は何が起こったのか判らなかったらしく、赤くなった頬に触れたまま暫し呆然としていた。
「そんなの……こっちだって一緒なのよ!」
 フィオナの追撃は止まない。追い討ちの様に怒りの篭った言葉を吐き散らし、兄を責める妹。少しだけ、彼女の碧の瞳は涙を溜めている様に揺れていた。
「・・・」
 ラウルの脳内は一転してクリアになった。冷水をぶっ掛けられたかの様に冷たく冴え渡る思考は自分がどんな状態にあるのかを具に伝えてきた。
「な、何よ? ……怒った? 怒ったって言うの?」
 そんな凍て付いた兄の表情に比喩抜きで体温を奪われた妹は空威張りを身体に纏って叫ぶ。その声は若干だが震えていた。
「……ふっ」
 そうして、ラウルはそんなフィオナを一笑に伏す様な乾いた笑いを零した。
 冷たい思考と相反する、胸の奥側に燃え盛る感情はラウルが久しく感じていなかったモノだった。
 ラウルはその感情に従って静かに一歩を踏み出す。
「何笑ってんのよ! 何とか言いな「喧しい」

「粋がるな愚妹が」

――ドスッ
「うくっ!?」
 ノイズを吐き散らかすフィオナを黙らせる為、その鳩尾にラウルは擦れ違い様に拳を叩き込む。フィオナはその衝撃に身体を一瞬浮かせ、次の瞬間には床に崩れ落ちていた。
「……っ、ぅ……く、ぁ」
「これ以上、付き合ってらんないな」
 横隔膜を痙攣させる激痛にのたうつフィオナに全く目もくれず、ラウルはその横を通過した。その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「げほ……っ、ま、待ち、ぅ……ぐ」
 一体、何をしやがるのか。
 兄の暴挙に口元を伝う涎を拭わず、涙を零しながらも憎悪の視線を向ける妹。
 その視線が縫い止めたのか、ラウルは一瞬だけ脚を止めた。

「何で判ってくれないんだよ、フィオナ」
 怒りと敵意に燃え盛っている筈のラウルが何故かそんな言葉を言っていた。
「……ぇ?」
小さい呟きだったが、その言葉は確かにフィオナの耳に届いた。
「もう、お前を失う訳にはいかないってのに」
 悲しみが満たされた様なその声色に自分の中の負の感情が一斉に抜けた気がするフィオナ。
「ラウ……っ」
 その真意は何なのか?
 それを聞こうと思い、背中に声を掛けるも、彼女の兄はそのままハンガーから去ってしまった。

「・・・」
 フラ付く足取りで何とか立ち上がり、フィオナは壁に凭れ掛かる。
 殴られた腹が未だに熱と痛みを放っていたが、彼女はもうそんな事には気を割かなかった。
 フィオナが気にしていたのは別れ際のラウルの言葉だった。それがどうしてか頭から離れない。色々と取り留めない思考が頭を占めるが、そのどれもがその答えを示す事は無かった。
「……怒らせちゃった。ラウルの事」
 そして、それ以上に重たい事象がフィオナの前に持ち上がった。その事実は妹としてはかなり重たい事だった。
 ……兄は自分に比べ、大らかでのんびりした部分がある。それ故に、滅多に自分に対して怒る事が無い。
 今迄、幼少時から散々面は突き合わせて来たが、それを目にした事は数える程しかなかった。そう為りそうな時は何時も必ず、兄の方が折れたのだ。
 だが、一度怒りを露にすれば、それは他者に向けるそれの比では無いと言う事を妹は良く知っていた。
「お兄ちゃん……」
 ……ひょっとしたら、嫌われてしまったかも知れない。
 そう考えると、何故か無性に悲しくなるフィオナ。
「っ……わ、悪いのはラウルの方よ。あたしの所為じゃない。あたしの」
 脳味噌に湧いた思考を振り払う様にフィオナは頭を振った。
 ラウルがそうである様に、自分だってまた怒っている。寧ろ、被害者はこちらの方だ。
 ……と、そう思い込む事で傾いた精神をフィオナは平静に保つ。ぶつぶつ独り言を漏らす彼女は甚だ不気味だった。

「随分、荒れてたっスね。ラウルさん」

「っ!?」
そんな最中に聞こえて来た第三者の声。フィオナはビクッ、と跳ね上がった。
「……ぁ、ああ、アラド君か」
 その人物が誰であるか直ぐに判ったフィオナはその名を呼んでいた。
 凡そ、普通ではありえない彩度の薄い蒲萄色の髪の毛。そして何処かしら深みと暖かさを感じさせる翠の瞳を持つ、フィオナと同じ位の身長のぷにぷにのほっぺが自慢の大食少年だった。
 落ちこぼれと言われた事もあったが、そうやって彼を呼ぶ者はもう居ない。何故かトップエースとして常に君臨し続けるアラド=バランガ曹長その人がフィオナに声を掛けていた。
「何があったんスか? あの人が妹さんに手を上げるだ何て……」
「兄妹喧嘩何て、熱くなったらこんなモノよ」
 どうやら、兄とのやり取りの大部分を見られていたらしい。
 フィオナはその辺りは家庭的事情から深く突っ込んで欲しくなかったので、そんな事を言ってはぐらかした。
「そう、かな。ラウルさん、ずっとフィオナさんの事が大切だ……みたいに言ってましたけど」
 アラドは以前にラウル本人から聞かされた言葉をそのままフィオナに聞かせていた。それはフィオナが合流してくるかなり前の話だったが、アラドは確かにそうラウルが語るのを何度も聞いていたのだ。
「へ!? あ……そ、そうなんだ//////」
「ええ。それなのにあんな事する位だから、よっぽど鶏冠に来てたって事っスかねえ」
 それを告げられたフィオナは嬉しかったのか、顔をちょっとだけ赤らめる。
 しかし、今はアラドの言葉の真偽を確かめる場面ではなかった。

「ぅ……でも、参ったな。みっともない処、見られちゃった」
「いえ」
 フィオナはそのやり取りをばっちり見られていた事が恥ずかしかった。
 ……年下に心配されると言うのは、フィオナの持つプライドが許さない。だが、それでも例外はあるモノで、フィオナは未だ付き合いが浅いアラドの事を信用しきっていた。
 兄であるラウルもまた、彼には絶大な信頼を寄せているのでそれに肖った形と言っても過言では無いが、フィオナはそんなアラドには何故か素直に物を言えた。
 そうでなくては、彼女の性格上、直ぐにでも追っ払っている筈なのだ。
「機体調整で揉めてた見たいっスけど、原因はそれっスか?」
「……ええ」
 加えて、フィオナは隠し事も出来なかった。
 アラドが指し示したのはフィオナの手に握られていた携帯用の端末だった。技術者用の高性能なそれはアラドも何度か弄った事があった。
 フィオナはそれに頷いた。

「ちょっと、見ても?」
 神妙な面持ちでアラドは言った。喧嘩の原因が機体調整の食い違いと言うのなら、それのデータを検めればどちらに正義があるのかが判るだろうと踏んだが故だ。
「そりゃ、良いけど……判るの? アラド君」
 そう言ったアラドに答えながら、フィオナは不思議そうな顔をしていた。
 確かにアラドが優れたパイロットである事は間違い無いだろうが、自分達以上に彼がエクスランスに詳しいとは思えなかったのだ。
「前の大戦の時に、ラウルさんにゃ各フレームの設定データ貰いましたからね。新しいフレームのスペック表と照らせば、多分」
 無論、アラドはそんな事は知っている。そして、それはフィオナの予想通りだ。しかし、アラドはそれを解決する物を持っていた。
 それを使って完璧にエクサランスと言うマシンを理解出来る保障は無かったが、アラドは最悪、それでも良かった。
 例え何も判らなくても、フィオナに掛ける言葉の一つ位は見つかるだろうと思ったのだ。
「へえ……じゃあ、はい」
 納得した、と言う感じに頷くフィオナ。彼女は先程まで揉めていた、ラウルと自分の設定が入ったデータをDコンと互換性のあるディスクに移してアラドに手渡した。
「んじゃ、拝見するっス。……え〜〜と」
 受け取ったディスクを自分のDコンのスロットに差し込んで、それを読み込ませるアラド。そんなに重たい容量では無かったので、直ぐにそれは液晶画面に映し出された。
「・・・」
 アラドはキーを時々弄りながら、真剣な表情でそれを見ていた。嘗てラウルから齎されたデータも参考にしながら、二人の設定の違いを読み取っていく。
 その横顔は新教導隊の人間である事を示す様に凛々しく、また少年である事を忘れさせない実直さに満ちていた。
「……どう?」
 一向に言葉を発さないアラドが気になったフィオナは少し心配した様に声を掛ける。
「………………うわ」
 すると、アラドは検分を始めてから初めての言葉を発した。その顔は何故か歪んでいた。
「な、何?」
「これは……あぁーーっと…………うーーん」
 その歪んだ顔が元に戻る事は無かった。何かヤバイモノでも見た様に、妙な声を出すアラドは暫くの間、フィオナの訝しげな視線を受け続けた。

「えっと、結論を言いますとですね」
 そして、数分後。出来うる限りのチェックを終えたアラドはこれ以上見る必要は無いとでも言いたげにディスクをDコンから取り出した。
「どう、だったの」
 フィオナは直ぐに答えが聞きたかった。アラドはそんな彼女の方を一度見ると、次には視線を泳がせていた。少し、言うのが躊躇われる答えが見出せたが故だ。
 だが、黙っている訳にはいかないので、アラドは勇気を出してそれをフィオナに告げた。
 アラドの出した結論。それは……
「俺は技術屋じゃ無いし、エクサランスに実際に乗った事も無いっス。でも、専門家じゃない俺から見ても、このフィオナさんの設定は馬鹿げてる。……そう思いましたね」
 ラウルの設定は間違っていなかった。寧ろ、この場での間違いはフィオナの方。

「なっ! 君までラウルの肩を持つって言うの!?」

 その答えに納得がいかないフィオナは年上である事も忘れ、敵愾心剥き出しでアラドに食って掛かった。
「フィオナさん……俺以外の誰が見ても、こう言うと思いますよ。そして、少なくとも俺はこんな機体にゃ乗りたくないっスね」
「え」
 こう返されるのは目に見えていたので、アラドは彼女が納得する様に問題点を告げてやった。次々語られるそれにフィオナは言葉を詰まらせる。
「機体性能を限界迄引き出したいってのは判るっスけど、この動かし方じゃあ機体の強度が足りないっス」
 機体各部の損耗率が範囲内とは言ってもやはり大き過ぎる。この設定では大きな取り回しは問題無いが、作戦時間を重ねれば重ねる程、微細な動きの精度がどんどん荒くなっていく。パーツを交換する前に行動に支障が出る恐れも僅かにあった。
「そして、中の人の負担もデカ過ぎるっス。反射神経と処理能力の限界バトルって感じっスわ。ゲイムシステムでも積んでない限り、逆に振り回されますよ」
 細か過ぎる出力調整設定と不安定なエンジン出力の兼ね合いは常人ではとても制御出来ない超人的な域に達していた。
 システム周りや操縦に関しては特に言う事は無いが、そんな調整をしながら実際に戦うのはそれこそ、何らかのインターフェースを介さねば無理な程だった。
「うう」
 フィオナの設定はエクサランスを中の人にはミロンガとは別の意味で優しくない機体に変えていた。そんな彼女は眉間に皺を寄せて唸るだけだ。
「で、例えそれ等が上手く行っても……うん。この熱量はどうしようもないっスねえ」
「は?」
 そして、次のアラドの言葉がフィオナへの止めになった。
「運が良くて熱暴走。最悪、機体ごと爆発もありえますっス。この数値」
「え、え?」
 機体強度と操縦難度を犠牲にして得る潤沢なエネルギー供給の副産物。二次的に発生する熱の問題が如何ともし難い現実を突き付けていた。
「まさか、チェックしてないんスか?」
 力学的に、発生した熱を全て運動に変えるのは不可能。余熱はラジエーターで放熱するのが当たり前だ。だが、このエンジン出力で生まれる膨大な熱量は、どれだけ高性能な冷却機を以っても散らす事が出来ない値だった。
「ちょ、マジ?」
 それが機体に蓄積され続ければ……アラドの言う通りになってしまうのだ。どれだけ強力な火力を秘め様が、それでは兵器としては欠陥品と言わざるを得ないだろう。
 フィオナはそれを完全に失念していかの様にうろたえ、アラドはその様子を冷ややかな視線で見つつ、ディスクをフィオナに返した。
「うわ、うそお」
「……まあ、ラウルさんがキレるのも当然だったって事で。大人しく、設定を組み直した方が懸命っスよ」
 返されたディスクを自分の端末に読み込ませて、改めてそれをチェックするフィオナは普段の姿からは考えられない程逼迫した顔をしていた。
 誰よりもエクサランスを知る筈のフィオナがこんな馬鹿げたミスを犯すなど普通は考えられない。だが若し、それがあるとするなら、それは彼女の状態が普通では無い時だろう。
 そして、ラウルが怒ったのはそんな彼女を心配するが故の事だった。
 ……アラドは現実を語りながら、そんな事を考えた。端末で作業するフィオナに彼は生暖かい視線を向けたが、彼女がそれに気付く事は無かった。

「・・・」
 冷静になった頭で漸く現実が見えたフィオナ。浮き彫りになった自分の設定の問題点はアラドの言う通り、考え直した方が懸命だと思える程の馬鹿馬鹿しさだった。
 それをムキになって通そうとしていた自分が如何に阿呆の子だったのか思い知った彼女は、こんな事で兄を怒らせた自分を心の底から恥じた。
――このままではいけない
「ゴメン。あたし、用事を思い出したわ」
 フィオナは自分が今取る冪行動を見定めたのか、アラドの脇をそう言って横切った。
「おろ? どうしたんスか?」
 突然、動きを見せたフィオナにアラドは当然、声を掛ける。
 用事とやらが気になるし、それ以上に彼女から思い詰めている様な感じを受けたからだ。
「ちょっと、花摘みに」
「はあ」
 返ってきた答えは意味が全く判らないモノだった。
「ありがと、アラド君。参考になったわ」
「い、いってらっしゃいっス」
 まあ、その顔を見ればフィオナが何処に行くかは大体判るので、それを問おうとは思わないアラドは軽く頭を下げて彼女を見送ったのだった。
「余裕無い表情だったなあ、フィオナさん」
 一目散に去っていったフィオナの背中を見ながら、そう零すアラド。チラ、と見た彼女の横顔には確かに焦燥が張り付いていた。
 だが、その本人は既に去った。今から態々追いかけて聞く冪話題ではないし、興味も無い。そもそも兄妹喧嘩に他人が首を突っ込んで良い事は何も無いだろう。
 アラドは今のやり取りを忘れる事にした。それがこの場では正しいと選択と思ったのだ。
「アラド」
 そうしていると、彼の知った顔がハンガーの奥から歩いてきた。
「おっ、ラトか」
 アラドの妹分。頭一つ小さな、眼鏡を掛けた美少女。スクール時代からの若干、腐った仲が展開しているラトゥーニだった。
 彼女はアイビスの次位にアラドが戦闘でコンビを組む事が多い人物で、実質、アラドの三番機と言える歴戦のパイロットだった。
 アラドがハンガーに居たのは彼女の機体調整の手伝いの為だった。
「あの、私のミロンガの調整……」
「ああ、済まねえ。今行くよ」
 ラトゥーニは自分への手伝いを投げ出して、油を売っているアラドを迎えに来たのだ。
 当然、そんな事はアラドは承知しているので、軽く頭を下げて謝った。ほんの数分とは言え、別の事に気を取られてしまった事が悪かったと思ったからだ。
 その辺を理解するラトゥーニは何も言おうとしなかった。
「あ、それと」
「うん?」
 ……何も言わない筈だったが、アラドへの言伝を思い出したラトゥーニは先を歩き出したアラドの背中に声を掛けた。
「私の機体調整が終わった後、アイビスさんがモーションを見て欲しいって」
 それが言伝の内容だった。ラトゥーニはアラドとアイビスが深い仲にある事を未だ知らない。だから、それを頼まれた事に不審を抱く事は無かった。
「うわ、休み無しかよ。俺昼飯すら喰ってないのに」
 そして、アラドもまたそんな事を全く顔に出さなかった。彼にとって今重要なのは、唸りを上げそうな程に飢えた腹具合の方だった。
 もう夕刻に差し掛かる時間帯だ。一食抜いた事はアラドにとっては死活問題だったのだ。
「アイビスさんの方でちゃんと用意しておくって」
「……そっか。なら、大丈夫か」
 だが、そんな解決策も何故か用意されていた。それを聞いてホッとするアラド。
 味には期待しない。量が重要。例え、手料理だったとしても、アイビスの腕前を知っているアラドは飯にありつけるなら後の事はどうでも良かったのだ。
 まあ、本当にアイビスの手料理が出て来るのかは知らないが、最悪カップ麺でも良いと思っているアラドは腹が危機的状況なのかも知れない。
「ふふ……人気者は辛いね、アラド」
「かもな。……ま、構われてる裡が華だよな」
 ラトゥーニは笑みを湛えて兄貴分を労った。今のアラドがどれだけ多忙で、且つ頑張っているかを知っているからだ。
 アラドは少し疲れた顔をしながらも、冗談めいた台詞を零した。

――汎用戦闘母艦ヒリュウ改 ラウル私室
 テスラ研に停泊中のヒリュウはカッターを使って行き来するのが普通だ。フィオナは先に帰ったであろう兄を追って、彼の部屋の前迄やって来ていた。
 自分の部屋から目と鼻の先にある兄の部屋。自分と兄の間にあった事象を加味しての心遣いだったのかは判らないが、この艦に乗る様になってから頻繁に訪れた部屋の扉が目の前に立ち塞がっていた。
「――ふう」
 普通の下士官用の部屋の自動ドアが目の前にある。だが、そのドアは来訪者である自分を拒む様に重圧感を纏って岩の壁の如く鎮座していた。
 正直、フィオナは怖かった。だが、中に入って部屋の主と対面しなければ、伝えなければならない言葉は言えないのだ。
 大きく二、三度深呼吸すると、フィオナは覚悟を決めた様にドアを開いた。

「入るわよ」

 ベルも鳴らさず、滑る様に室内に入り込むフィオナ。入ると同時に、鼻を突く嗅ぎ慣れた煙草の香りが漂ってきた。
「――うん?」
 部屋の主は直ぐに見つかった。ベッドの端に座って、脚を投げ出しながらのんびり煙草を吸っていた。
 自分が吸う煙草と同じ銘柄のそれ。こんな所だけは兄妹だとフィオナは何故か笑いたくなった。
「・・・」
「……ふう」
 フィオナとラウルの視線が交差する。だが、それは一瞬で、ラウルは一瞥する様に視線を逸らすと、何も無い壁を見ながら紫煙を燻らせた。
 ……自分の来訪を快く思っていない。瞬間的にフィオナはそれだけは判った。

「・・・」
「・・・」
 実に気拙い空気が充満していた。普通なら、何かしらの言葉が飛んで来そうだが、それすら無い所を見れば、ラウルは相当に怒っているらしい。
 だが、それに飲まれる訳には残念ながらいかないフィオナは無言を断ち切る為に切り出した。
「……ねえ」
「……ふいい」
 無視された。ぷいっ、と顔を背けて煙を吐く片割れが少しだけ微笑ましく映ったフィオナだったが、同時にそれ以上に可愛くなくも映った。
「ねえ……無視しないで」
「……あ?」
 そう何度も無視されては堪らない。突っ立ったままフィオナは少しだけドスの利いた声を発すると、漸くラウルは喰い付いて来た。
「何か、無いの?あたしが此処に来た事にさ」
「何か言って欲しいのか?」
「そりゃあ……」
 この空気が理解出来る者ならば、普通はそう思う。何とかの筵では無いが、それを覚悟してやって来た妹に対して、理解を示して欲しいと思うフィオナ。
 そんなラウルの視線は何処までも冷たかった。
「……ふゆうぅ」
 そうして兄貴は煙草の煙を吐いて、根元まで吸った吸殻を灰皿に捨てた。
 あからさまに拗ねた顔を覗かせるラウルが吐いた言葉はフィオナの内面を掻き乱すモノだった。
「用が無いなら消えてくれ。お前とお喋りって気分じゃない」
「……(ムカ)」
 ……こんな喧嘩腰な台詞を吐かれては黙っていられない辺り、フィオナは元気の印を賜って余りある女傑なのだろう。
 当然、フィオナはムキになった様に叫んだ。
「用ならちゃんとあるわよ!」
「ふーーん? ……で?」
 そんなフィオナの態度は百も承知と、隠れ身を使ったかの様に冷静なラウルはとても敵いそうも無い強大な敵の様に彼女には映った。
「ぐっ」
 だが、それに怯える訳にはいかないフィオナは胡乱な思考を断ち切る。
――態度云々以前にお兄ちゃんのその振る舞いはやっぱり憎たらしい
 そう思う事でエンジンに火を入れたフィオナは静かに言った。

「さ、さっきは、熱くなり過ぎた。引っ叩いたのはやり過ぎだったわ。だから……」

 少しだけ顔を赤くし、先程の事を詫びるフィオナは素直ではない性格の持ち主だった。自分が悪いと思っているからこそ、フィオナはラウルに対し頭を下げるが、彼は相変わらず威圧的な視線を彼女に投げ付けていた。
「だから?」
「だから……そう言う事よ」
 そうして、ラウルは怖い表情でフィオナを問い質す。彼女の言っている意味は理解出来るが、それに素直に頷かない辺り、兄と妹は内面で非常に良く似ている。
 困った表情でフィオナは呟く。それ位は察してくれと言いたい様だ。
「・・・」
 そうして、ラウルは一分程フィオナの顔を見て、彼女がそれ以上何も言わない事に呆れた様にこう言った。
「……それだけか?」
「え」
 フィオナはラウルの言葉が理解出来なかった。一体、何がそれだけなのかが判らない。
 ただ、許してくれていない事だけは確かな様で、ラウルの眉間には変わらず皺が寄っていた。
「それで終わりかって聞いた。……そうなら帰ってくれよ」
「あ……」
 これ以上話す事は無いから出て行ってくれと暗に言うラウル。
 そんな突き放す様な兄の言葉は鋭い刃物の様に妹を切り裂いた。
「そんなに……怒っ、てるの?」
 それが無性に悲しかったフィオナは半泣きと言っても良い程の酷い顔でラウルに問う。
 兄の怒りを冷ます為なら、何をしても良いと思った程だった。
「いや?」
「嘘よ、そんなの。だって、顔、怖い」
 ラウルはフィオナの言葉を否定する。だが、フィオナにはそんなラウルの気持ちが丸判りだった。顔を見ればそんな事は厭でも判った。
「そうかい」
 ラウルはフィオナの言葉をまるで他人事の様にすっぱりと斬り捨てた。そんな事には全く興味が無いとでも言いたげな声色はフィオナの精神を揺さぶる。
「・・・」
――どうしたら良いんだろう
 フィオナはそう考えれば考える程に思考の迷宮に落ちていく。
 ……ちょっとした喧嘩が原因で、弛まぬ物と思っていた兄妹の絆がこうもガタガタになってしまうとは、フィオナだって想像出来なかった。
 兄との間に交わされた思い出が色褪せて、指の隙間から零れ落ちていく様だった。自責や後悔が涙となって瞳に溜まっていく。それに耐える様に顔を俯かせたフィオナの肩は細かく震えていた。
「はあ」
 そんなフィオナの様子を見ながら、ラウルは溜息を吐く
 ……反省させる為とは言え、些か煽り過ぎた。
 可愛い妹を苛めて喜ぶ趣味は無いので、兄は動く事にした。
「謝りに、来たんだよな? フィオナはさ」
「そう、だよ?」
「ならさ、何か……忘れてないか?」
「何かって」
 これ以上の無いヒントをラウルは口にした。謝罪に来たと言うのなら、真っ先に無くてはならないモノがフィオナには欠けていたのだ。ラウルが強硬な態度を崩さないのもそれが理由だったのだ。
「お前がそれを言う迄、俺は謝らないぞ」
「あ」
 これで気付けないなら後は知らない。だが、それでもラウルはフィオナを信じている。
 そんなフィオナは自分が忘れていたモノを思い出し、顔を上げてたどたどしく言った。

「ご、ごめん、なさい」

「ん」
 それが聞きたかったラウルはにっこり微笑む。フィオナの顔は悪戯をして叱られた小僧の様にくしゃくしゃだった。
「俺も、大人気無かったよ」
「へ」
 そうして、今度は自分の番とばかりにラウルはベッドから立ち上がり、フィオナの前に立つ。
「売り言葉に買い言葉だったけど、それでお前に手を上げちまうなんて……行き過ぎだった」
「ラウ、ル」
「済まなかったフィオナ。俺も、修行が足りなかったみたいだ」
「あ……」
 兄妹喧嘩なのだから、時には殴り合いに発展する事だってあるだろう。だが、それでもラウルはフィオナを傷付ける事だけはしたくなかった。
 フェミニストを気取るつもりは更々無いが、それをやってしまったラウルは確かに悔いていた。腰を直角に曲げてフィオナに謝罪するラウルは兄貴としてはかなり優しい部類に入るのは間違い無いだろう。
「ふ、ふふ。そ、そうよ? 凄く痛くて、少し泣いちゃったんだから。じっくり反省しなさい」
 赦された。そう確信したフィオナは若干、調子の良い台詞を吐いていた。その顔は先程とは打って変わって微笑で満たされていた。
「調子に乗るなっての」
――ぽこっ
「あいた!」
 愛想笑いにも似たフィオナの顔を見ていると自然とラウルは彼女のおでこを小突いていた。在るのかどうかも怪しい兄貴の威厳はどうしてか可愛い妹の前では歪んで発露するらしい。きっと、それはラウルの照れ隠しだったのだろう。
「一応、聞いておくけど……何だってあんな無理な設定を?」
「それは、さ」
「ああ」
 仲直りが出来たのだから、これ以上はその事を蒸し返したくない。だが、ラウルはそれを知りつつもフィオナにその理由を訊ねる。
 フィオナは少しだけ顔を強張らせた。
「…………ミズホとラージを、助けなきゃ、いけないじゃない? だから」
「・・・」
 どうやら、それが理由だったらしい。
「絶対、失敗出来ないでしょ? 必勝を期す為には、あれ位じゃないと駄目だって」
 聞く限りでは真っ当な理由。拉致被害にあったラージとミズホを救出する為に、エクサランスを可能な限り鍛え上げる事は確かに現状では必要な事だった。
「フィオナ」
「え」
 ……しかし、ラウルはどうにも腑に落ちない点があった。フィオナの視線は少しだが泳いでいた。
「そりゃ、本当か?」
「っ!」
 何か、別の理由がある。そう直感的に感じたラウルは改めてフィオナを問い詰めた。
 それが事実である事を示す様に、フィオナは顔を顰ませた。
「どう、して?」
「いや、俺も最初そうかと思った。でも、それは在り得ないだろ」
「え?」
「二人が攫われたって判った時、パニクる俺を宥めたのは他ならぬフィオナだぞ?」
「あ……!」
 どうしてそう思うのか? フィオナは今度は逆にラウルに訊ねるがそれが墓穴堀になったのか、驚きの声をフィオナは上げた。
 ……確かに兄の言う通りだった。それを忘れていた妹は何とか誤魔化そうと頭を回転させるが、既に遅かった。
「そのお前がそれを不可能にする、揃って心中する様な設定を推す筈が無いよな」
 ラウルの言葉は間違いではない。幾ら救出の成功率を上げる為とは言え、行動に支障が出る様な無理な設定を組んではそれこそ本末転倒だ。
 それなのにそんな設定を通そうとしたフィオナには別の意図が存在しているのは間違いとラウルは踏んだ。
「う……っ」
 そして、そんなラウルの厳しい突っ込みにぐうの音も出せないフィオナは胸が重かった。
 必要以上に鋭く、そして目敏いラウルは追撃を止めようとはしなかった。
「正解は別にあるって事だよな? ……そりゃ何だ?」
「・・・」
 食い下がる兄は普段の目立たない人情家と言った佇まいを完全に捨てていた。それこそが兄の裏の顔である事を知っている妹は袋小路に追い込まれていた。

「俺にも言えない事か?」
「えっ、と」
 最早、是非も無い。言葉に詰まったフィオナの様子がそうである事を告げていた。

「……俺を亡き者にする謀略、か?」

「お兄ちゃんにそんな酷い事しないわ!!」
 冗談混じり……否、半分本気でそんな事を言うとフィオナは大声でそれを否定した。
「うおっ。お、落ち着けよ」
「あっ、ゴメン//////」
 自分の叫びを突っ込まれて赤面するフィオナは普段とはまるで違う空気を放っていた。それはラウルにとっても馴染みの薄い類のものだった。
 ……てっきり、妹には嫌われているものとばかり思っていた兄だったが、そうでは無かったらしい。寧ろ、その逆っぽい。一寸だけ、ラウルは嬉しかった。
「ま、まあ言えないなら無理には聞かんが」
「ん……」
――もう、無理だ
 これ以上、流石に隠すのはフィオナにも苦痛だった。確かに、兄の言う通りそれは言い難い類のモノだ。
だが、それを語れば胸の重みからは解放される。
 フィオナは内に沈む澱の様な気持ちを曝け出す事にした。
「っ……ぉ」
「?」
 例え、それで兄に愛想を尽かされても、或る意味仕方無いとさえフィオナは思っていた。
 そして、そうなっても胸の痞えを取る為には言わざるを得ない事だった。
 それを語る彼女は苦悶に満ちた表情だった。
「お兄ちゃんの、足手纏いに……なりたくなかったの」
 それが、今回の兄妹喧嘩の根幹にあった理由だった。

「フィオナ?」
「あたしがこっちに渡ったのって、少し前でしょ? でも、お兄ちゃんはそれより前にこっちに来て、ずっと戦ってたよね」
「あ、ああ」
 流石のラウルも何だってフィオナがそんな事を言い出すのか判らない。ただ、その声を聞く限りではフィオナの内には相当に毒が溜まっていると言う感じがした。
 妄執とか我執とか……そんなモノに凝り固まった様な妹は兄には危うく見えた。
「あたしにしたら一瞬の間に、お兄ちゃんには差を開けられちゃった。それが、厭だったの」
 元々、パイロットとしての適正はほんの少しだがフィオナの方に分があった。
 だが、それを引っ繰り返して余りある程の実戦をラウルは積んでいる。
 インスペクター事件の末期にこちら側に跳んだラウルはその時にはシャドーミラーやアインスト、今回の戦いでは修羅やデュミナスの軍勢を相手に八面六臂の活躍を見せ、今ではインターミッション画面にその顔グラが表示されている。
「厭だったって……何でまた」
 まあ、今は自分の武勇伝を語る時ではない。ラウルはフィオナの真意を掴もうと言葉を慎重に選びながら、その内面を徐々に開いていく。

「だって、足を引っ張っちゃうから。そしたら、お兄ちゃんと一緒に、戦えなくなる」
 そうして語られたのはとても重たい妹の心の底だった。

「ずっと一緒だったのに……それだけは、厭なの」
 ずっと、傍に居たい。
 生と死の狭間に身を置きながら、それでも兄と共に戦場を駆けたい妹の切なる願いだった。だからこそ、その差を何とかする為に馬鹿げた設定をフィオナは持ち上げたのだ。
「・・・」
 如何にする冪なのかをラウルは考える。普段は明朗快活で男前なフィオナがこんな闇を飼う程に悩んでいたなぞ、それこそラウルには予想外だった。
 だが、思い返せばその片鱗がフィオナにはあった事をラウルは思い出していた。
 ……何時まで経っても兄離れが出来ない妹はそれこそドが付く程の甘えん坊だったのだ。
 どうして彼女がそうなってしまったのか、その理由は色々と考えられるが、それこそ今はどうでも良い事なので、ラウルは思考の一部を断ち切った。
「フィオナ」
 そうしてラウルはそんなフィオナを宥める事にした。昔に何度もやった事のあるそれはきっと今回も上手く行くと、根拠の無い自信として兄の心に沸き立つ。
「っ」
 妹は真剣な兄の表情と声色に叱られるとでも思ったのか若干、怯えにも似た表情を張り付かせて狼狽した。
「こっち、おいで」
――ぽんぽんっ
 ラウルは再び座ったベッドの端の隣を掌で叩く。此処に黙って座れと言う意思表示だった。
「それは」
「良いから」
「ぅ、うん」
 未だに警戒する妹は困った様にチラチラ視線を右往左往させる。兄は少しだけ苦笑しながら、妹に座ってくれと促す。
 妹は結局、兄の隣に座り、小さく身体を縮めた。

「ハア……全く。お前ときたら」
 溜息混じりでラウルは零した。そんな事が理由で寿命を縮める真似をするとは、本気でフィオナを叱り飛ばしてやりたくなった。
 そうしてラウルは大きく腕を振り上げた。
「!? ……っ!!」
 ……打たれる。
 ラウルの行動に目を丸くしたフィオナはギュッと目を瞑る。
 何となくそんな展開を予期していた彼女だったが、それがいざ現実になるとやっぱり怯えは隠し切れなかった。
――ギュッ
「……っ! ぁ、れ?」
 だが、頬を叩く痛みは全く襲っては来なかった。何が起こったのかを確認すると、自分が兄に抱き寄せられている事がフィオナには知れた。
「馬鹿だなあ、フィオナは」
 強張った妹を安心させる様に穏やかに言葉を紡ぐ兄貴。その手腕は実に手馴れていて、過去に何度かこう言った事があった事を如実に語っていた。
「お兄、ちゃん?」
 ドクン。大きく心臓が戦慄いて、熱く滾った血潮が全身を駆け巡る。息を胸一杯吸い込むと、煙草の残り香の混じった兄の匂いが脳味噌に霞を掛ける。
 それに酔いながら、フィオナは臍の裏が切なく疼くのを確かに感じた。
「生真面目過ぎるんだよ、お前。……もう少し心に余裕を持たないとな」
 至極、真面目な顔でラウルは言葉を紡ぐが、それはフィオナには全く聞こえていなかった。
「たかがその程度の事で俺がお前を見限ったりするかよ。それ以前に、上の方針でどう拒否してもお前とは組んで戦わざるを得ないさ」
 聞こえていないにも関わらず、フィオナに現実を教えるラウル。
 ……上層部の指針と言うか、運命の神とも言えるプレイヤー様の選択なのだが、自分達がどれほどその寵愛を受けているのかが兄妹には判っていない。
 それがある限り、この二人は別れて戦う事は無いのだ。
「まあ、命のやり取りをする以上、無茶は毎度の事だけど……無理だけはして欲しくないな。俺がお前の設定を否定したのもその所為なんだぜ?」
「うん。本当は、知ってた」
 無茶はやっても無理はするな。兄が言いたいのはそう言う事だ。妹もそれは判っていた。
 あれは無理を通り越して、要らない命の危機を誘発するモノだった。だからこそ、ラウルはフィオナのそれを突っ撥ねた。実際に乗るパイロットの視点から、そして妹の安全を考えての判断には兄の心配りが確かに存在していた。
 それを見抜くのが遅れたのはフィオナの持つ我執と自尊心が彼女の眼力を鈍らせたが故だ。だが、妹の気持ちを考えると、それも仕方が無いと兄は思った。
「お前の腕っ扱きは俺が一番良く知ってるさ。……背伸びするなよ。お前は今のままで良い」
「でも」
 だからこそ、兄は妹へのフォローを忘れない。妹は未だ何か言いたそうだったが、兄はそれを熱い台詞によって黙らせた。

「大丈夫だって。若し、お前が危なくなったら、兄ちゃんが必ずフィオナを守るよ」

「ふえっ!?」
 突然のそれに吃驚したフィオナは可愛い類の声を出した。そんな事を言われるとは思わなかったのだろう。そして、それの次に吐かれた言葉はフィオナに火を点けた。
「少しは信頼してくれ。それ位の力は、今の俺にはあるんだぜ?」
 改心の笑みを顔に引きつつ、ラウルはフィオナの耳元で囁いた。
――もう二度とお前は失わない
「あ//////」
 そんなラウルの心の声を確かに聞いたフィオナは、顔を真っ赤にして彼の二の腕に抱かれていた。
「って、ちょっと説得力の無い台詞だったかな、はは」
 我ながら臭いと思ったのか、ラウルは鼻を擦って照れ臭そうにしていた。

「それ、は」
「え?」
 妹は兄の腕に抱かれながら、上目遣いで彼を見る。どうしても、聞かなければならない事が彼女の内にはあった。
「あたしが、妹だから?……それとも」
「う、む……」
 兄として、妹である自分を守ろうとしてくれているのか。それとも、それとは別の気持ちが働いているからなのか。
 ……フィオナとしてはずっと聞きたかった疑問だ。それを問う瞬間がまさか喧嘩の直後に訪れるとは世の中不思議に満ちている。
 ラウルは少しだけ考える様な素振りを見せた。
「そう、だな。確かにそれもあるよ」
「・・・」
 一分程考えた末にラウルは若干、神妙な面持ちで気持ちを語った。同じ色をした碧の瞳が交差する。
 フィオナはラウルの言葉に一抹の期待を持った。
「でも……フィオナは俺の大切な人だからさ。家族とか肉親とか、それ以上に……傍に居て欲しいんだ。半身って言うか、切っても切れない仲って言うか」
「お兄ちゃん……」
 兄は妹の期待を裏切らなかった。それはつまり……意識してくれていると言う事実に他ならないのではないか。
 そして、それは次の言葉で決定的なモノとなった。
「居てくれないと寂しいと言うか……あーー、ちょっと混乱してきたな」
 兄は自分で何を言っているのか判らないらしい。だが、その顔も言葉も嘘を感じさせるモノは一つだって無い。フィオナは心の中でガッツポーズする。
「……駄目、だよ」
 詰めに入るべく、フィオナはそんな言葉を漏らした。心の闇の赴く儘に。彼女の身体はさっきから疼きっ放しだった。
「うっ。ま、まあ……お前がそう言うのも当然か。俺も自分で言っててキモかったからな」
 拒絶の言葉。妹がそう思うのも無理は無いと兄は引き下がろうとした。
 自分が妹に好意を持っているのは事実だが、それに執着して兄妹の仲を無理に悪化させる事は無いと言う考えが働いたが故だ。
「そうじゃなくって!」
「……は?」
 だが、フィオナはラウルにそれをさせなかった。完全に誤解している馬鹿な兄貴に自分の本心を告げる様に叫ぶ妹は女の顔をしていた。
 ラウルはフィオナの言っている事が判らなかった。
「これで仲直り何て駄目! あたしは厭だからね!」
「な、何言って……フィオナ、まさか?」
 駄々をこねる子供みたいに叫んで身体をこれでもかと密着させてくる妹に兄は平常心が少しだけ奪われた気がした。
 ……この展開は過去に経験がある。そう思い出したラウルが平静で居られないのも納得だった。妹の求めているもの、それは……

「喧嘩したんならさ……それ以上に、仲良くしなきゃ、駄目だよね」

「う、やっぱりか」
 身体の繋がりだった。喧嘩の後にそうする事は嘗ての二人にとっては暗黙の了解だった。
 ほんのり赤く染まったフィオナの顔は直視するのが危険な程に可愛らしく兄には映る。
 加えて、その瞳は餓えた獣の如く爛々と光を放っていた。

「お兄ちゃん……そうだったよね? あたし達は、さ。昔から」
「…………//////」
 荒いフィオナの吐息が首筋を擽った。もうとっくにその気になっている妹から逃げ遂せる事は兄には不可能だった。
 懐かしい記憶を思い出し、それに酔って顔を赤くするラウルは見ていて可哀想な程に大慌てだ。寧ろ、滑稽と言っても良いかも知れない。
「……駄目なの?」
「いや……少し、戸惑ってる。お前とは、随分と」
 言葉を詰まらせるだけで、好意的な台詞を全く吐かないラウルにフィオナは本当に泣きそうな顔をした。
 妹のその顔に弱い兄は正直な所を口にする。二人が枕を共にするのはかなりのブランクがあった。それ故に兄は戸惑うのだ。
「うん。でも、あたし……したいな。お兄ちゃんと」
「む、う」
 そんな兄を尻目に、妹はもう待ちきれないと言った感じに声を弾ませる。
 フィオナが欲情しているのはもう間違い無い。誘惑してくる妹に兄は負けそうになっていた。
「ハア……もう、火照って着てられないよ。脱いじゃうからね」
 先にフィオナが限界を迎えた。ラウルは頷いていないのに、フィオナはラウルの腕から脱出を果たすと、その彼の目の前でパイロットスーツを脱ぎ始めた。
 一切の迷い無くジャケットからパンツからぽんぽん脱いでいくフィオナは完全に火が点いている様だ。自分が何をしようとしているのかを疑問に思わない辺り、彼女は何処か螺子が跳んでしまっている様な印象を与えてきた。
「うわ、お前、本当に!?」
「覚悟を決めなさい。男の子でしょ?」
「いや、そうだけど……わぷっ」
 しかし、その最後の一線で兄は苦悩していた。本当に犯る気なのか。
 まあ、妹のその姿を見れば本気だと言う事は直ぐに判るが、それでも自分からそれに踏み出さない辺り、ラウルには一抹の良心が残っているらしい。
 だが、それは最早回避不能な流れだった。男前な台詞を吐いたフィオナは自分が着ていたアンダーシャツをラウルに向かって投げ付けた。
「っ……!」
 それに一瞬、視界を奪われたラウルはそれを顔から取り去った時、目の前に展開する光景に生唾を飲み込んだ。
 既に下着のみになった妹の身体を見た時、心に僅かながらあった規範やら禁忌やらが纏めてぶっ飛んだ気がした。
「お兄ちゃん……オマ○コ、しよ?」
 強請る様な切ない顔と声で誘ってくるフィオナはラウルの下半身に呆気無く火を点けた。
「……そ、うだな。久し振りに、するか」
――無理、か
 我ながら意志が弱いと呆れるも、今はそれが吝かとも思えないラウルはグラブを外してフィオナの腰に片手を回し、その身体を抱き寄せる。
 フィオナを点す事。それがラウルに課せられた命題だった。
「熱いな。お前の身体」
「ん……ずっと御無沙汰だったから、あたしも興奮してる」
 触れた掌の下にはフィオナの熱を放つ素肌がある。少量の発汗によってしっとりとした潤いのある吸い付く肌はフィオナの若さをラウルに伝えてきた。
「スケベだねえ。フィオナはさ」
「お兄ちゃんだって……あんっ、そうでしょう?」
 顔を妹の下腹部に埋めて、大きく息を吸う兄。流れ込んでくるフィオナの甘酸っぱい香りはそれこそ何度と無く嗅ぎ慣れたモノだ。ラウルはフィオナの匂いが大好きだった。
「違いない」
「んんっ」
 フェロモン臭は近親交配を避ける為に同族であればあるほどその人間にとっては悪臭に感じられる。
 だが、ラウルとフィオナがそんな素振りを一切見せていない所を考えれば、彼等は例外なのか、それともそう感じない程に壊れてしまっているかのどちらかだろう。
 そもそもこうやって兄妹同士で繋がる事に猶予う素振りがもう無い以上、彼等は後者である可能性が残念ながら高かった。
「早く、脱がせてよぅ……」
「へいへい」
 血縁同士と言う常套句には二人はもう踊らされる程若くは無い。
 フィオナはさっさとそれに至りたいのでラウルに自分の最後の装いを剥ぎ取る事を懇願する。ラウルは若干面倒臭そうにしながら、フィオナのブラとパンティに手を掛けた。
「完成っと」
 フィオナにしては可愛らしい普通のブラとかなり大胆なローレグのパンティ。そのギャップがラウルの中の何かを煽る気がしたが、立ち塞がる布切れにはやはり何の防御能力も無かった。
 至極あっさりと妹の身体からそれを引っぺがした兄貴は妹の剥き身をじっと眺めていた。
「美事なモンだな」
 何度も見慣れた筈の妹の肢体。それでも兄は感嘆の溜息を吐く。
 際立つ線の細さは強く抱けば折れそうな程の儚さと脆さを伝えてくる。その中に含まれる美しさは機能美と造形美が上手く融合していた。
 華奢な身体全体を覆うしなやかな筋肉と申し訳程度の脂肪の層は絶妙なバランスを保ち、宛ら野生動物と見紛う様なラインは女性としては完成されたモノだ。
 腰からヒップにかけての丸み、首筋から鎖骨の線、若干だが割れた腹筋……そのどれもがフィオナの美しさに無くてはならないパーツだ。
 ……フィオナはスレンダーな女の美の極地を体現していた。
「嬉しいな。お兄ちゃんに、そう言われると」
 熱を感じる兄の視線に妹は恥ずかしそうに微笑む。自分の容姿を褒められるのは誰だって満更じゃあない。取り分け、フィオナにとってはラウルのそれはどんな人間の言葉よりも嬉しかった。
「あたしも脱がしてあげようか?」
 気を良くしたフィオナは未だに着たきり雀のラウルのスーツを脱がそうとする。
「自分で出来るから結構だ」
「ちぇっ」
 だが、兄は妹のそれを突っ撥ねた。脱衣に誰かの手を借りねばならない程老いてはいないし、そんな事をされて悦に浸る趣味はラウルには無かった。
 何故かフィオナは残念そうに舌打ちした。
「発情してる香りだな。蒸れて豪い有様だぜ」
 フィオナの股座辺りに顔を寄せるラウル。鼻先を擽る赤いアンダーヘアが少しこそばゆい。少しだけ鼻を鳴らすと、鼻腔に突き抜ける妹の淫靡で自堕落な香りが兄を堪らない気分にさせる。
「でも、好きなのよね? お・に・い・ちゃん♪」
「まあな……」
 判っているのに態々媚びる様に聞いてくるフィオナは随分とノリノリらしい。こう言うやり取りは馬鹿馬鹿しいと思いつつもどうしてもラウルは否定出来ない。
 ……これも一種の兄妹のスキンシップだと考えれば、まあ、納得は出来ても少しだけ笑えて来たラウルだった。これからする事に比べれば未だ可愛い部類だからだ。
「弄りたいから、広げてくれないか?」
「え……」
 自分の上着を脱いで、裸の上半身を晒すラウルはそんな事をフィオナに言う。困惑を露にした彼女は一瞬、固まった。
「どうした? 今更、恥ずかしがるのも変だぞ?」
 妙な事を言う奴だ、とラウルは思う。それはもう何度も通過してきたやり取りだ。今更フィオナがそれに難色を示すのはどう言う心理が働いているのかが彼には判らなかった。
「うん……んっ、こ、これで……良い、かな」
 きっとそれはフィオナも同じだったのだろう。ラウルに見せていない場所などはこの身には存在しない事は彼女自身が一番良く知っている。
 それでもフィオナが恥じらいを捨て切れないのは、目の前の男に気持ちがあるからと言うのが正直な所だ。
 だが、今はそれを問う冪場面ではないので、フィオナは両手を自分の割れ目に宛がってその肉をグッと押し開く。濁った汁が涎の様に床に垂れ落ちた。
「上出来だ」
 外気に晒される妹の恥ずかしい割れ目の奥。揮発した雌の馨しい香りがラウルの下半身に血を巡らせる。ラウルはフィオナの前に跪き、そのピンク色をした滑った秘肉に愛おしむ様に口付けをしてやった。
――ちゅっ
「はっ……ぁんん!」
 ビクッ、とフィオナは身体を振るわせる。肉を掻き分けて侵入するラウルの舌と陰唇を啄ばむ様に食むその唇。久しく感じていなかった愛しのお兄ちゃんの愛撫に妹は愛液を滾々と溢れさせた。
「ハアっ……っあ! くうっ……ん!」
 普段のフィオナの声色とは全く違う、甘く蕩けたその声がラウルには堪らない。こう言う時でないと凡そ聞く事が出来ない妹の切ない喘ぎは兄の劣情を掻き立てて余りある効果を齎す。
 自然とラウルの動きは大胆になり、フィオナの女を貪る様にむしゃぶりつく。酸味と汗と尿の塩味に満たされた液体を戸惑い無く啜り胃に収めるラウルはフィオナの身体をどんどんと溶かしていった。

「んあ……もっ、と……もっとぉ! お兄ちゃん……!」
 既にフィオナの両膝はガクガクと笑っていて、立っているのも辛そうだった。兄の頭に手を添えて、身体を支える事で何とか立っていられる状況だった。
 だが、そんな酷い状況にあっても妹は求める事を止めない。
「げぷっ……もっと、ねえ」
 ラウルはフィオナの膣から口を離し、生臭いゲップを吐くと、どうしたものかと思案する。そして、妹の尻肉に指を食い込ませてそれを捏ねていると、兄の頭に閃く物があった。
「きゃんん!?」
 その場所を少しだけ指の腹で撫でてやると、妹の身体が面白い様に跳ねた。
「そ、そこっ! やっ、やあ! 駄目だよお兄ちゃん!!」
 ラウルが触っている場所はもうとっくに彼によって開発済みのフィオナのマンホールだった。直腸に続くそれは最早性器と言っても過言ではない敏感さを持っていた。
「ひんんぅっ!?」
 太腿迄垂れた愛液を少し掬って指先に塗す。そうして、ほんの少し爪の先程をその場所に埋めると、フィオナは劈く様な声を上げた。
「っ……何が駄目って?」
「其処、違うっ!」
 耳がキン、と痛かったラウルは少しムッとしながら妹の顔を見上げる。その妹の顔は半分泣いていた。そして、もう半分は羞恥やら何やらで真っ赤だった。
「違わないだろ? お前はこっちの味も知ってる筈だぞ」
「そうだけど! そうじゃないのよ!」
 こっちに跳ぶ大分前に後ろの仕込みは終わっていた。
 元々ラウルは肛虐にはそれほどの興味は無かった。だが、生理中や危険日でも妹と事に至る事はそれこそ頻繁にあったので、一つの解決策として兄は妹の尻に着目した。
 その結果、フィオナの肛門は性交にも耐えられる淫らな穴に改造され、彼女もまた肛姦の悦びにどっぷりと浸かってしまったのだ。
 まあ、彼等にとっては古い話だ。だが、古いとは言ってもそう言う事があったと言う事実は変わらない。現にフィオナは口では否定しながらも、その菊座は既に濡れ始めていた。

「んん〜〜?」
 口で否定しながら身体はそうではない。妙に頑なな態度が気になったラウルは訝しい顔でフィオナを睨みながら、人差し指を第二関節までその穴に突っ込んだ。
「あひぃ!!!」
 涙を一筋零してフィオナは叫び、その爪がラウルの肩に突き立てられる。
 至極あっさりと兄の指を飲み込んだ妹の肛門。柔らかい熱を持つ肉の壁が指に纏わり付いて、異物であるそれを押し出そうとする。
 そうして指の挿入を深くすると、一瞬、何か硬い物に触れた気がした。
「お尻……やだぁ! 汚いよぅ!!」
 涙を流して頭を振る妹の様子から、兄はやっと正解が見えた。
「久し振りだから手入れをしてないって事だな」
「っ//////」
 ビンゴだった。肛門を使うのならば、事前に入念に腸内洗浄を行うのが通例だ。だが、今回の兄との情事は妹の方としても突発的な事だったので、それが間に合わなかったのだ。
 フィオナは肩を震わせて真っ赤に染まった顔にまた新たな涙の筋を伝わせる。

「別に良いんじゃないか? 汚物塗れになるってのもオツなもんだ」

 別の意味で男らしい台詞をラウルは吐いた。可愛い妹の為ならば尿道炎位は辞さないと兄は強く思っている。それが本気である事を示す様に、肛門を抉る指の本数が追加された。
「い、いやあああああああああ//////」
 押し広げる兄の指の感触がおぞましい迸りとなって妹の背筋を駆け抜ける。後ろと同時に前の穴をも蹂躙するラウルは実に楽しそうに笑っていた。
「ほらほら。何だかんだ言って、フィオナの此処、汁塗れだ。本当は欲しいんじゃないのか?」
 前も後ろも湿地帯になっていた。じゅぶじゅぶ卑猥な音を立てながら肛門を引っ掻き回し、膣の方もそれとは趣が異なる動きで解される。
 前と後ろで計四本の指が徘徊っていた。
「んっ……あっ……ああああ゛!!!」
 フィオナは完全に腰が抜けていた。崩れそうなその身体をラウルに支えてもらう形で何とか立っている。愛液も腸汁も太腿を伝い、踝の辺りまで垂れていた。
「生臭い汁塗れだな、俺の両手。この調子なら、イけるか?」
 ふやけきった両手がフィオナの匂いを放っている。頑なさが全く無いフィオナの二つの穴は切なく痙攣し、男を誘っている様だ。
 今なら、多少の無茶は出来そうだ。そう思ったラウルは指の本数を倍にした。
「あぐ!? 駄、目っ! 駄目ぇ! 許してぇ!!」
 幾らフィオナだって両方に四本を加え込むのは流石に無理だった。明確な苦痛を感じたフィオナは許しを懇願する。それ位しか出来なかった。
「抵抗しないんだな。……待ってろ。直ぐに兄ちゃんのクラッシャーアームをフィオナのケツとマ○コにブチ込んで……」
 だが、ラウルはそれを誤解した。本気で厭ならば暴れそうなモノだが、口を動かすだけでその素振りが無いフィオナはそれを望んでいる様にラウルには映ったのだ。
 妹は本気で嫌がっていた。ただ、快楽に蝕まれて体を動かせなかっただけだ。
「らめえぇ! 裂けちゃうっ! 裂けちゃうようっ!!」
 フィストファックの経験が無いフィオナはそれを恐れたが故に涙の粒を零して許しを請う。だが、そんな本気の言葉も魔人モード全開のラウルには届かなかった。

「それが、どうしたって言うんだ?」

 ……それがラウルの心の全てを語っている気がした。何処までも透明で、且つ感情を感じさせない機械的な声色。その顔にはやはり何も浮かんではいなかった。

――ラウルは本気だ
「ぅ、くぅっ……! ひっく……く、ひぐっ……ふ、ふえぇぇぇ……!」
 その冷酷なラウルの佇まいに心底絶望したフィオナは床にへたり込み、誰憚る事も無く大声を上げて泣き始めてしまった。
「あ……え?」
 一体、何が起こったのか? ラウルはその光景に只管狼狽するばかりで、己の行動を省みる事をしなかった。
――チョロチョロチョロ……
 そうして次に聞こえて来たのはそんな水音だ。目を凝らして見てみると、フィオナがへたり込んだ場所から暗い染みが徐々に広がっていく。
 そこで漸くラウルは全てを理解した。
――やっちまった
「ふええぇぇぇん!」
 失禁を催させる程に妹を怯えさせてしまった。
 フィオナは両手で顔を覆って、見た目に反する幼さを全開にして涙を零している。
「……か、可愛い!」
 ……兄がそんな妹の様子にゾクっと来たのは秘密だった。

「お、おいおい、よがったり泣いたり忙しい奴だな」
「やさ、しく……っ、優しくしてくれなくちゃヤダぁ……!」
 妹に兄としては最低な事をしてしまった。ラウルは気の無い声でそんな事を言いながら大泣きするフィオナを落ち着かせようと必死だった。
 そんな妹にとって重要なのは優しく愛されたいと言う一点だった。久方振りの情事なのに兄に甘える事も許されないとは妹にとっては尻の穴を穿られる以上に大問題だったのだ。
「む……じゃあ、どうすりゃ良いんだよ」
 優しく、と言われてもその実現は中々に困難だった。その定義は人によって千差万別だから当然と言えば当然だろう。
 妹の粗相の始末をしながらどうやって妹を愛でてやろうかを兄は真剣に考える。
「今の、今のお兄ちゃん……怖いよぅ」
「……やれやれ。注文の多いお姫様だな」
 ……どちらにせよ、可愛い妹を怖がらせてしまった。その事実を突き付けられたラウルは取り憑いていた魔人の魂が離れて行くのが確かに感じられた。
 そうして、ラウルは優しくフィオナの頭を撫でてやる。赤い髪の毛が指先から零れ、同時に妹への暖かい想いが心に湧いた気がした兄だった。

「尻の方は保留にする。使うのは前で良いんだろ」
「ひっく……ひっく……」
 何とか後始末を終えて、妹をベッドに牽引する事に成功した兄貴。その妹は先程よりは落ち着いたとは言え、未だ泣いていた。
「悪かったよ。調子に乗り過ぎた」
「ううぅ……」
 どれだけ取り繕っても、自分の罪が消える訳では無い。でもやっぱり妹の泣き顔には弱い兄貴は謝る事位しか許されない。
 さっきとは逆の立場に追い込まれたラウルを責める様に、フィオナは茜色の差す瞳で彼を睨んだ。
「拗ねないの。……ほれ。お前の欲しいもんだぜ?」
 このままでは埒があかないと判断したラウルは強攻策に打って出る。ベルトを外して、ジッパーから欲望の化身であるディメンションスラッシャーを取り出して妹の前でそれをちらつかせた。
「あ……//////」
 フィオナの顔付きが変わる。泣き顔が一変し、トロン、としたそそる女の表情が勝手に面に出て来てしまった。
 自分が欲しい物。愛して已まないお兄ちゃんのそれ。燻っていた不機嫌さは最初から無かったかの様に鳴りを潜めてしまった。
「どうする? 俺のエネルギーゲインは上がりっ放しだぜ」
 そそり立つ兄の怒張に妹はそれこそ何度と無くお世話になっていた。
 太さは凡庸。だが、雁の高さとその長さは平均を大きく超えていた。深く穿ち、また掻き出す事に長けた男の名器。
 妹の愛液によってかなりの回数に渡って磨かれたそれは、フィオナ専用と言って良い程の黒々とした一品だった。
「ぉ、お兄ちゃんは……動かないで」
 フィオナの行動は早かった。何とか動けるまでに復活した体を引き摺りながら兄の身体に圧し掛かった。
 ……女である自分から見ても詐欺だと言いたくなる程にラウルの身体は細い。着太りするタイプなので服の上からは判らないが、一端脱げばそれを厭でも思い知らされる。
 特にその柳腰は異常で、数値の上では自分のそれと殆ど大差が無かった。ラージには負けるがそれでも高身長を誇るラウルはそれだけ細く見えてしまうのだ。
 だが、それでも鍛えている部分は逞しく、胸板や腹筋、腕の筋肉は自分と兄の性差を如実に伝えて来た。昔はそれに近付こうと必死だったが、今は逆に男女分かれて生まれて来た事に感謝すらフィオナはしている。
 兄と妹で繋がって……女の幸せを噛み締められるからだ。
「何故?」
「また碌でもない事するに決まってるからよっ!!」
 ……そんな胸中を顔には流石に出せないので、フィオナは頭の中に最後に残っていた怒りのまま、照れ隠し半分に叫ぶ。その瞳は顔とは逆に潤んでいた。
「酷い言い様だな、妹よ。兄ちゃんは悲しいぞ」
「どっちが酷いのよ!」
 正論を突き付けられた兄貴は決まりの悪そうな顔で謝った。
「う……済まん」
 最早、問答無用。アンタはそこに黙って座ってなさい。
 妹は兄に躊躇無く跨った。

「ん……しょっと」
 兄に跨る妹。これだけ見れば腐った世界だと思って一般人は終わりだろう。
「さっきまで泣いてた女とは思えんな。色々、大切なモノを捨てちまってるって感じを受けるぜ」
 だが、彼等は違う。筋金入りだ。
 ……兄妹が初めて繋がったのは一時成長期の真っ只中。お互いに湧いた性的興味を発散させる事がその目的だった。愛だの恋だの、そんなものが一切存在しない性欲のみの乾いた繋がりが彼等の関係の馴れ初めだ。
 結論を言えば、交わりは成功した。
 だが、大量出血と痛みに泣き叫ぶフィオナとその妹を傷付けてしまった事に負い目を感じたラウルはお互いに距離を取り、表面上は仲が良い兄妹を装った。
 ……否、実際彼等の仲はとても良く、そしてそれから数年はお互いに動きは無かった。
 だが、それも一時のモノで再び両者共に火が点く時がやって来る。
 思春期の只中、再び繋がった二人は心で繋がる目交いに目覚め、それから彼等の父親のフェルの研究を継ぐまで関係を持ち続けた。
 そこから彼等の醜聞は久しく絶えるが、今回はそれが発露した形になったのだ。
「今更ね。とっくにそんなモノは無いでしょう? あたしも……お兄ちゃんも」
「そうだった、な」
 ……歪んだ性愛。だが、兄妹はそれに溺れ、お互いを貪りながら生きて来た。
 どれだけ他者が彼等の関係を批難しようが、それを是とした彼等の心までも否定する事は出来ない。
 何故なら……
「ほらあ……あたしのえっちなお口……お兄ちゃんのオチ○ポ、食べちゃうよ?」
「む……」
 二人はもう既に無くてはならない間柄だったのだから。
「ん……あぁ……雁が、擦れて……凄い……!」
 細めの肉棒であるが故に、少し体重を掛ければ飲み込むのに苦労はしない一物だ。肉の襞をこじ開けてラウルのシンボルがフィオナの中にズブズブと埋まっていく。
 時折、敏感な場所を雁が引っ掻いてそれに悶絶しながらもフィオナはそれを飲み込んでいった。
「つう」
 咥えた一物を奥へ誘うフィオナの膣内は熱く蕩けている。噛み付いてくる妹の雌肉にラウルは呻きを漏らす。
「き、来たぁ……! 一番奥に兄チ○ポ来たぁ♪」
「くっ……つ。フィ、オ……っ」
 そうして、一番奥までやってきたお兄ちゃんの竿を食い締めながら、フィオナは歓喜に震える喘ぎを漏らした。
 久しく感じていなかった可愛い妹の膣はラウルにとっては破壊力抜群だった。
「はあ……えへへ。お兄ちゃんの……根元迄全部、食べちゃったぁ♪」
「あ、ああ。見事に喰われた。……女体の神秘、だな」
 内臓ごと押し上げる兄の怒張の先端が膣底にめり込む。熱を放つそれが子宮から涎の様に汁を溢れさせ、とっくに汁塗れの竿を更にふやけさせる。
 口に含んだ食べ物を噛み砕く様に、フィオナはラウルを咀嚼する気だった。
「動く、ね?」
「判った。そっちに合わせるぜ」
 濡れた碧の瞳がフィオナの心をラウルに伝えてきた。嵌めてそれで終わり等と言う温い目交いをする気なぞ、兄妹には更々無い。
 ラウルはフィオナの好きにさせる為にそう言って頷いた。
「あんっ……んっ……お兄ちゃん……」
 腰を浮かし、ゆっくりと兄のディメンションスラッシャーを妹は食んでいく。パツパツと結合部がぶつかる音が決まった拍子で室内に響いた。
「フィオナ……っ」
 弱い部分もそうでない部分も全て包んで襞と言う舌でしゃぶられる。擂り潰す様にぎゅうぎゅう締め付ける膣壁は歯の役割を果たしている。
 ……それに捕らわれ、しゃぶり尽くされ、最後には中身を搾り取られる男性自身はそれこそ捧げられた供物に他ならない。
 女性器が口に例えられるのも尤もだとラウルは思いながら、フィオナの火照った秘肉を己の分身を以って掻き回してやった。

「お兄ちゃん……お兄ちゃん! お兄ちゃんっ!」
 杵で臼をつく様にインパクトの瞬間に合わせてラウルは腰を捻じ込んでくる。相槌の手で一気にボルテージを高められたフィオナはどんどんとその腰の動きを早くしていった。
 雁が膣肉に食い込んで思わず叫びそうな程の快楽を与えてくる。だが、そんなモノでは圧倒的に足りないフィオナはもっとラウルを感じたくて、結合の密度を上げる。
 万遍無く溶かす様に舐めしゃぶる秘肉が温度を増して灼け付く様に一物に絡み付いた。
「ぐっ……随分、激しいな……?」
 BPMが最初の三倍位に上がった気がする。かなり無茶なその結合は下手をしたら肉が擦り切れる程の激しさだ。
 変拍子が過ぎるそれに思わずラウルは声を上げた。ガシガシ打ち付けてくるフィオナの恥骨が腰骨に当たって少し痛かった。
「・・・」
「お?」
 突然、ピタリと動きが途絶えた。
 壊れた重機の様にしゃにむに腰を打ち付けていた妹が止まる訳はなんなのだろうか?
 ラウルが見詰めたフィオナの顔は切なげに涙を溜めていた。
「足りない、から」
「え」
 フィオナは顔をそのままに、そっと、ラウルの頭を抱いた。
 ……自分とは違う栗色の髪の毛が存在の違いを具に伝えてくる。
 それがどうしてかフィオナには悲しい。誕生の時から同じだったラウルはこんなにも自分とは違う。
 その差を埋めんが為に、どうしようもない閉塞感を引き摺りながら自分は生きて来た。
「ずっと……寂しかったから。またこうなる時をあたしは、待ってたの」
「お前……」
 同じ色の兄の赤い前髪が、長く垂らした自分の束ねられたおさげに絡み付く。源を同じくする証明はそれと瞳の色だけだ。
 その差がどうにもならない事だと、本当は気付いている。六識から始まり、嗜好や感性だって似てはいるが微妙に違う。それを埋めようと躍起になりながら、逆に募っていったのは寂しさだった。
 ……いっそ一つになれれば楽なのに。
 そう思った所で、現実にはそうなれない。唯、そうなる過程を噛み締めて、ざんばらに腰を振るだけだ。
「あたしの隙間は、お兄ちゃんじゃないと埋められないのよ……?」
 兄と妹。片割れ同士の悲劇か喜劇。自分にとって幸運だったのは、兄が自分を女として受け入れてくれている事だろうか。
 こうやって、兄を男として見ている間は確かに心が満たされる。そして、その思考が狂っていると言う事も知っている。
 だからこそ……求めて已まないのだ。
「・・・」
 頬を伝うフィオナの涙にラウルは胸が熱くなった。
 ……生まれも育ちもそれこそずっと妹と一緒だった。
 そんな妹がどうしてか自分に似ようとしている事は気が付いていた。双子の持つ特有の真理なのかは知らないが、一時期は自分もそれに肖り、お互いに同じ者になろうとしていた。
 だが、そんな願望はとうに捨てた。
 互いの性差を見れば一目瞭然。似てはいるが別の存在同士。遺伝子そのものが違うのに同一の存在になぞ成れる筈がない。
 ……そう気付いてしまったが故だ。
 寧ろ、そんな事には価値も意味も見出せない。そう成れた所で果てにあるのは近親憎悪によるお互いの破滅だ。そして、そんな結末は自分達には必要無い。
 それならば、似通った兄妹で居る方が遥かにマシだ。同じ存在になってしまえば、一つに繋がる必要すら無くなってしまう。
 お互いに毛色が違うからこそ、肌を重ねて得られる悦びがある。
 倫理に悖るとしても、胸を打つ抗えない気持ちが生まれる事だってある。

「そう、か」
「……うん」

 妹は代えが効かない何物以上に大切な女。
 そして、兄は自分を受け入れ、また満たしてくれる唯一の男。

 言葉を交わさずとも、気持ちは筒抜けだ。だから、ラウルはフィオナの涙を唇で拭ってやった。
 お互いに似ようとしていたのは一つになりたかったから。だが、そうは成れないし、そうなる必要も無い。
 そして、二人はその解決策を既に見出していた。
 ……決して口に出せないそれ。
 お互いに、内に飼っている想いは限界近くまで成長していた。
「……少し、気合入れるか」
「え?……ぃんっ!!?」
 事の最中にそんな顔をされては、男としては黙っていられない。
 ラウルは受身でいる事を止め、フィオナをベッドに押し倒すと、体重を掛けてその身体に圧し掛かる。
 当然の反撃に驚いたフィオナだったが、深々と刺さるラウルの剣の感触に言葉を失ってしまった。
「妹孝行って、のは……柄じゃないけど」
「ちょっ、いき、なり……くあぁ!?」
 柄では無いが、今は妹を愛でてやりたい。可愛がってやりたい。
 それを出来るのが自分だけならばそうするしかないし、そうしてやりたい。
 ……兄の胸中を占めるのはそんな想いだった。
 その是非を問う事はしないし、それが間違いとも思わない。ただ、胸の奥で燃えた感情のまま、ラウルはフィオナを抉る。
 技巧を捨てた荒々しい本能のままの性交。硬く屹立したラウルのそれは只管に逞しく、濡れそぼるフィオナの其処も堪らなく淫靡だった。
「空洞が、あるってんなら……さっ!」
「んああああ!!」
 それらのぶつかり合いが奏でる卑猥な水音とフィオナの甘い喘ぎはラウルの耳から入り、脳味噌を冒して馬鹿にする。
 ペースやら呼吸やらを無視したそれに早くも一物は限界を訴え始めるが、ラウルは無視した。
「俺が、満たして、やるよっ!」
「あっ! あっ! ああっ!!」
 フィオナが満足するなら、このまま灰になって燃え尽きても良いとラウルは思った。
 深く突っ込まれ、子宮口をゴシゴシ擦る兄の先端に悶えっ放しの妹。
 引っ切り無しに襲う背筋を這う怖気は子宮そのものを収縮させ、膣もそれに引き摺られる形で限界近く迄締まりっ放しだった。
「お前も、それが良いんだろ……?」
「おにぃ……ちゃぁぁん……♪」
 ポロポロ涙の粒を零れさせ、女の幸せを噛み締めながら、フィオナはこれ以上無い程に一物をキツク締め上げた。

「んっ……くう!」
 万力の様な搾り上げにラウルは己の限界を見た。
 はちきれんばかりに膨張した分身は溜まった欲望の解放先を求めて下腹部で暴れ回る。甘い痺れにも似た射精直前の兆候を前にしてラウルは尚も食い下がった。
 ……可愛い妹を遺しては逝けない。
 その想いが今のラウルの行動原理だった。
「んあぁ……ぁ、逝き、そう……!」
 フィオナはそんなラウルの男気に応えて見せた。何とか掴んだ絶頂の尻尾は兄の腰の動きと胸の想いを糧に加速度的に大きくなる。黙っていても痙攣する身体をそのままにフィオナはラウルの腰に脚を絡ませた。
「そう、か。こっちも、そろそろ……」
 実際、危ない所だった。限界はとうに突破しているので、その台詞は何よりも有難い。
 後は走り抜けるのみなので、ラウルは腰のグラインドを大きくさせた。
「逝っちゃう? お兄ちゃんも逝っちゃう? い、一緒に……逝こう?」
「そうだ、なっ」
 ピクピク痙攣しているそれから兄がどれ程の苦境に立っているのかを妹は僅かに知った。その顔は険しさに満ちて、噛まれた唇は半分紫色だったのだ。
 そんな兄貴の苦労を思うと、妹は胸が潰れそうな程に嬉しかった。
「ふっ……くっ、っ……く、くぅ」
「んっ!……ふっ、っ!!……くんんっ!!」
 射精感に抗いながらも腰を乱打するラウルは切なく痙攣するフィオナの膣全体がギュッと締まってくるのを感じた。
 ゴールフラグの目前の所迄来ている。一刻も早く蟠りから解放されたい筈のラウルはもっとフィオナの中に居たいと思ってしまう。
 フィオナの中は暖かく、そしてとても居心地が良かったからだ。
 だが、そんな想いが遂げられる事は残念ながら無かった。
「逝く、ぞ!」
「は、はいっ!」
 生理的限界が揃って兄妹を襲う。射精による解放の悦びと受け入れる女の悦び。
 全く違う絶頂の形が体現された。
「づ、う……!」
「んあ♪ あ、あぁ♪」
 乱暴にフィオナの腰を掴んで、入り口付近迄後退するラウル。雁に絡んだ肉が外に引っ張られる様な感触にフィオナは蕩けきった桃色の喘ぎを零す。
 そして、体重と勢いの乗った兄の力強いストロークが最奥を穿った時、妹の意識は一瞬弾け跳んだ。

「ふあああああああああああああ――――!!!!」
「んくっ……う、うあ……つあ、ぁ!」
 官能の絶叫がファンファーレに聞こえるラウルは溜めに溜めた特濃なリキッドをフィオナの最奥に注入していった。
 大量に吐き出されるそれは子宮による吸い込みを超えた量で、膣内の細い隙間をあっという間に満たして逆流する。尿道から精液の塊が吐き出される度に、兄妹の結合部から泡立った愛液と精液の混合物が溢れ出す。
 射精の絶頂に精神やら何やらを奪われながら、ラウルは力無い腕でフィオナを抱き締める。フィオナも子宮に吐き出される熱を持った子種を啜りながら、気絶しそうな女の快楽に咽び泣き、ラウルの腰に絡めた脚に無意識的に力を込めた。

「ふううう……何とか」
「あぁ……んんぅ♪」
 肩で息をしながら、顔に張り付く汗を拭う。漸く止まってくれた己の射精と妹の搾精に安堵の溜息を吐きながら、兄は妹の割れ目から刺さったままの一物を抜いた。
「ふああぁ……い、いっぱい……射精たぁ♪」
――ぬぽっ
 びゅっびゅっ……。収まりきらない大量の雄と雌の混合液がぽっかりと開いた妹の膣口から噴出す。汁に塗れたお互いの性器は湯気でも出そうな程に熱々だ。
 くったりとベッドに沈んだフィオナは顔に陶然とした表情を貼り付け、猫撫で声でそう喘いだ。

 ……一ラウンド目、終了


――インターバル
「はふう……んう……んふふぅ。妹マ○コ……そんなに気持ち良かった?」
「ああ。最高だ。……お前としてると、他の女に対してそう言う気が起きなくなる」
 交わりによる火照りを少し冷ましたフィオナは普段の声色でラウルに返答に困る言葉をからかう様に投げる。
 喜色ばんだ笑みを浮かべながら、自分の唇を舌でなぞる妹にラウルは正直に答えてやった。心に湧いた言葉のままにそう言ってのける兄は少しだけ笑っていた。
「あたしも同じ、だよ。でも、そんな事言って良いの? ミズホが怒るんじゃない?」
 その言葉が効いたフィオナは内心歓喜しつつも、その半分近くを封殺する。その理由は……まあ、そう言う事だ。
 兄の心にあるであろう相手を尻目にそんな事を言われては悪い気がしたのだ。
「ん? ……何で、アイツの名前が出るんだよ」
 だが、ラウルは予想外の言葉を吐く。妹が何だってそんな事を言うのか判らない兄はきょとんとした表情で問い返した。
「え……ち、違った? あたし、てっきりそうなんだと」
 それに驚きを隠せないフィオナ。自分が居ない間に二人がてっきりそうなっていたと思い込んでいた彼女は穿ち過ぎた見方をしてしまっていた。
「いや……アイツの気持ちは知ってるけどさ。残念ながら、何も無いんだ」
 ラウルはその疑問に答えてやった。
 確かに、ミズホ=サイキには世話になっているし、彼女が色目を使って来ているのはラウルも承知していた。
 だが、所詮それだけだ。フィオナが考えている様な事は無いし、ミズホに気持ちが動いた事だって無かった。
 ……フィオナが死んだと思っていた頃には、まあ揺らぎそうになった場面は何度かあったが、それでもラウルがそれに踏み切らなかったのは妹に対する気持ちと操が萎えなかったからだった。
 妹は必ず戻る。その一抹の願いを捨てなかった事がラウルにとっての重要なフラグだったのだ。若し、彼がミズホと深い仲になったのなら、フィオナにはその事を告げるだろうし、例え乞われたとしても妹を抱いたりはしない。
「あらら。そうだったんだ」
 ラウルはそう言う男だった。それを改めて知ったフィオナは若干、呆れた様に頷いた。

「そう言うフィオナはどうなんだよ? ラージの事を、お前は」
 そして今度はラウルが質問する番だった。妹が餓鬼の頃からの馴染みであるラージ=モントーヤに或る種の視線を向けていたのを兄は知っていたのだ。
「ちょ、えっ!? な、何よ……それ」
「うん?」
 フィオナの反応はそれこそ寝耳に水と言ったそれだった。ラウルはちょっとだけ首を傾げる。先程の妹の様に、兄もまたラージがそうだと思っていたのだ。
「お、お兄ちゃん誤解してるよ! 確かに好意はあるけど、ラージへのそれは幼馴染とかそう言う奴だから! 特別なモノじゃないから!」
 フィオナはぶんぶん頭を振ってラウルの誤解を解く。
 好いてはいるが、男としては興味の外で本命は別に居る。
 ……そんな心の声が聞こえて来そうな程にフィオナの顔は真っ赤だった。
「そうか。考え過ぎだったか」
「そうよ……」
 どうやら、邪推し過ぎたらしい。
 ……確かに、向こう側に居た時から二人の間で浮ついた話など聞いた事が無いし、他ならぬラージ自身が何も無いと言っていた事を思い出したラウルは納得した様に頷いた。
「「・・・」」
 お互いに碧の視線を向けあった。ラウルは真顔。フィオナは若干、紅潮している。
 ……この気味が悪い位の類似性は何なのだろうか?
 似ようと努力して似られる類の事象ではない。それなのにこうもお互いに同じ様な思考と人間関係を持つに至るとは、それはつまり……。
「やっぱり似てるな、俺達」
「呆れる程に、ね。……相思相愛?」
「他よりほんの少しだけ仲が良いってだけかもな」
「ほんのちょっとえっちでイケナイ兄妹、だよ」
 ……ちょっとでは在り得ない異常に仲が良い兄妹間に芽生えた、腐った赤い糸なのかも知れなかった。
「本当に……身体の相性はさ。あたし達、抜群だよね」
「・・・」
 若干、沈んだ口調でフィオナは語る。
 確かに、彼女の言う通りだと言う事はラウルも知っている。何度も繋がり、往復したその身体。だが、どうしてか飽きると言う感情が一切湧かない。餓鬼だった頃から、お互いに溺死寸前迄溺れっ放しだった。
「なのにどうして兄妹なんだろ。世の中、間違ってる気がするわ」
 兄と妹だから、親和性がある。……そう、割り切れれば楽なのだろう。
「そう言う言い方、好かないな」
 ……だが、ラウルはそんなありきたりな言葉でフィオナとのそれを片付けたく無かった。
「お兄、ちゃん?」
 少しだけ苛立った様に零すラウルにフィオナは何か悪い事を言ってしまったのかと自分のそれを反芻した。だが、それは彼女には判らなかった。
「身体だけじゃない。心もそうだって、俺は思ってるんだけどな」
「あ……」
 語られた正解に胸の奥がきゅん、と締め付けられたフィオナは途端に罪悪感に苛まれる。
「俺だって、傷付く事もあるんだぜ?」
「ゴメン。配慮が足りなかったわ」
 そうして、ラウルに頭を下げたフィオナ。
 ……本当は、自分でもそう思っていた。否、実際そうだって気が付いている。
 一緒に居て楽しいし、疲れないし、気を遣わずに何でも話せる相手。
 だが、それ以上はどうしようもない。そんな人間はそれだけでその人物にとっての生涯のパートナーに成り得るが、心で繋がっていても兄と妹と言う現実がそれをさせてくれない。
 ……そんな括りが無ければ、今直ぐにでも愛の言葉を以って契りを交わしているのに。
 本当に、世の中上手く行かないモノだとフィオナは泣きたかった。

「・・・」
 ……気付きたくなかった本心に向き合う事は本当に辛い事だった。
 だがそれでも、お互いに心から望んでいるモノが同じと言う事実は誤魔化せない。
 空っぽの心でずっと、探していた気がする。その探していた者は、別離の果てにこうして手元に戻って来てくれた。
「なあ……フィオナ」
「え?」
 心から沸き立つ黒い影がネガティブな台詞を吐き捨てて、その気持ちを折ろうとしている。そんな心境にあっても、それを捨てる事はやはり叶わない。
 捨てる事など、出来ない。
「もう、良いんじゃないかな」
「何を……」
 胸を締め付ける悲しみに酔い、無邪気な振りすらして平静を装っていたが、やはり駄目だった。
『今なら未だ間に合う。だから、止めろ』
 脳内に響く警鐘が最後通牒の如く、鳴っている。でも、そんなモノに止められる程安い感情ではない。
「お互いの気持ちは筒抜けって事さ。それに蓋をして、気付かない振りして生きるのも、好い加減馬鹿らしくなってきた。……お前もそうだろう?」
「! ……それって、真逆」
 ほんのりと赤く染まる片割れの顔。その瞳が揺れ、何かを期待する様に潤んでいく。
「ふう……」
 一歩踏み出そうとした時、全て終わっていたなんてのは常だった。
 言ってはならない言葉だと、そんな常道に囚われるのは何程のモノだったのか? ……少なくとも、そんな事に価値は無かった事だけは確かだ。
 その御蔭で随分と遠回りさせられた様な気だってする。
 だが……もう、それで後悔したくはない。
 胸にあるそれを言う為に、大きく息を吸い込んだ。

「俺と、一緒に居たらどうだ? そうすれば、きっと……苦しくない。そう思うんだ」
 ずっと、言えなかった言葉。そして、言いたかった言葉。
 惹かれ合い、そして心から愛している片割れに聞いて欲しかったラウルの心の底だった。
「お兄……ちゃん//////」
 もう、気持ちはどうやったって隠せない。何時かこうなる事も、本当は知っていた。
 手を伸ばせば、何時だってそれは手に入ったのに、それを先延ばしにしてきたのは突き抜ける覚悟が無かったからだ。
 だが、もうそんな段階は既に過ぎたのだ。フィオナは腹を括る事にした。

「本気、なのよ……ね?」
「少なくとも、悪ふざけでこんな台詞は吐けんよ」
「そっか。そう、なんだ……あはは」
 あんな重たい告白をされた後では必要無いと思っても、そう聞き返す事位しか出来なかった。
 ラウルはやはり本気らしい。フィオナは顔を俯かせ、困った様に笑うのが精一杯だった。
「いや……何言ってんだろうな、俺は。……忘れてくれ、今のは」

「はい?」
――何ですと?
 一瞬、在り得ない台詞を聞いた気がしたフィオナ。そして、それはやっぱり聞き間違いではなかった。
 ……此処に居たって後ろを向く兄の態度が許せない。胸の奥で絶賛燃焼中の乙女の恋心に、火を点けた張本人が水をぶっ掛けるとは失礼も良い所だった。
 ……まあ、それでも気持ちは判る。
 本当にお互いの幸せを願うなら、双方身を引く事が正しい兄妹愛だと言う事はお互いに理解していた。しかし、それを是としないからこそ、自分達は悩み、此処まで愛情を育んで来れたのだ。
 それが抑えられなくなったからこその告白劇なのに、今更それを無かった事にしてくれと言うのはどう考えてもおかしい事だった。
「それ無理!」
「うわっ!」
 吐いた言葉は飲めない事を思い知ってもらうべく、フィオナはラウルに覆い被さった。
 何だってこんな此処一番で屁垂れな奴に惚れてしまったのか、思い返してみても明確な理由は出ては来ない。
 理由が無い事が理由になるのなら、それこそがぴったりだとフィオナは思った。
「痛……っ!」
 背中から倒れこんだ時に何処か打ったのか、ラウルは少し顔を顰めたが、そんなモノは一瞬にして崩れ去った。
「あたしで……良い、の?」
 ポウ、と酒でも飲んだ様に紅潮し、切なげな表情をしたフィオナの顔が目の前にあった。

「あたし、性格悪いよ? 嗜好はお子様だし、怒りっぽいし、凹凸だって少ないし、お兄ちゃんに迷惑ばっかり掛けちゃうよ? それでも……あ、あたしの、事」
 兄やら妹やらはもう関係無い。己のコンプッレクスを吐き散らかすフィオナ。他人から見れば馬鹿らしい悩みだが、それでも本人にとっては心の闇とも言えるモノ。
 それを受け止め、飲み干し、共に歩んでくれるのか? フィオナがラウルに問いたいのはそれだった。
「フィオナ」
 そんなモノに対する答えはとっくにあった。それなのに、気持ちだけを勝手に言って、フィオナに後ろを見せた己は敵前逃亡とも言って良い程の卑劣さだった。
 それを恥じたからこそ、今度は逃げない。何よりも、この気持ちに決着を付けたい。
「ぁ……」
 ラウルはフィオナの背中に手を回し、鼻がぶつかる程に顔を寄せる。
 潤んだ瞳の、怯えを張り付かせた妹の顔が眼前にあった。
 ……それを、笑顔に変える為に。

「お前が良いんだ、俺は。お前じゃなきゃ、駄目だ」

 ラウルは後悔を無くす為に、今度こそ想いを遂げる為に、ここ一番の台詞を放った。
「! あ……ああ!」
 ラウルの言葉を受け、フィオナの顔はくしゃくしゃになり、涙の筋が頬を伝う。
「お兄ちゃん……!」
 だが、次の瞬間にはそれは極上の笑顔に変わり、涙の筋を残したまま妹は兄に強くしがみ付いた。
「で、どうなのかな? お前の返事は」
 そんな事を問うのは無粋だと知りつつも、兄は妹の言葉を待った。
 妹の嬉しそうな顔を見れば、聞く必要も無い事柄。
 しかし、先に嗾けたのはラウルなので、その責任としてフィオナ返事は聞かねばならないのだ。
「馬鹿……そんなの、決まってるじゃない」
 彼女の答えは既に出ていた。
 心も、身体も、その気持ちだってとっくに重なっている。
 こんなに好き合っているのに、愛を交わさないのは逆に真理に背いている。
 ……本当はずっとそうなりたかったのだ。
「大好きだよ……お兄ちゃん」
 為らば……好い加減にお互い手を取り合い、目的地に向かう冪なのだろう。
 成就した恋路。その手始めとして、フィオナはラウルに優しく口付けた。
――チュッ
「うっ……ぇ? フィオ……んぐ」
「んっ……んんぅ」
 その柔らかい唇の感触にラウルは呻きにも似た声を漏らすが、そんなモノは邪魔だと思ったフィオナによって口を噤まされた。
 重なる粘膜の接触は水気を帯びた音をくちゅくちゅ響かせる。
 交わされるキスは彼等兄妹が決して踏み込まなかった最後の一線だった。
「っ……お前、今のは」
 唾液で口元を汚したまま、興奮した呟きを漏らす兄は爆発しそうな心臓を宥めるだけで精一杯だった。
 下半身では繋がろうとも、キスをした事だけは今迄で一度たりとも無い。
 それが破られたと言う事は、示される解答は一つだけだ。
「何かおかしいの? もう、恋人同士なんだから、良いでしょ?」
「! そ、そりゃあ、まあ」
 想いの結実。恋愛関係の構築を意味していた。
 にっこり微笑むフィオナにラウルはその現実を疑った程だった。
「あたしの、ファーストキス。ちゃんと責任とってよ?」
「ハッ……はは」
 だが、残念ながら夢ではない。交わした唇の心地良さと燃える妹への情にそれを理解した兄は薄く笑う。
「そんなの……俺も一緒だっての」
 お互いにとっての初めて。だが、紡がれた恋慕にはそんなモノは既に霞んで見え始める。
 ラウルは恋人を、フィオナを優しく抱き締めた。

「あのさ、お兄ちゃん」
「ああ、どうした?」
 ラブラブな空気を纏うに至った二人が次にする事は誰であろうと察しが付く。フィオナは自分の男に上目遣いで擦り寄った。
「もう一回、したいな」
「え? そりゃあ、良いけど」
 若さを持て余す仲良し兄妹は再び生臭い情事に興じる。
 フィオナがそうしたい様に、ラウルもまたそれは同じだった。
「うん……兄妹じゃなくってさ、恋人同士でするみたいに、抱いて欲しいんだ」
「う、ん……」
 今迄真っ先に来ていたのは兄妹でのそれだったが、今からはその関係性が優先される。
 そんな事を願う辺り、フィオナはやっぱり女の子だ。ラウルは頷くが、どうしてかそれに戸惑っている様だった。
「駄目……?」
「いや、それには賛成だけど……難しいな。勝手が判らん」
 それを好意的に受け取らなかったフィオナは悲しそうにラウルを見る。そして、ラウルが困っているのはそう言う理由からだった。
 可愛い妹を愛でるのは良い。だが、恋人とする様にと言うアクセントが兄にとってはネックになっている。ラウルにとっての恋人はフィオナが初めてだったのだ。
「む……ちょっとぉ! 彼女さんが恋焦がれてるのよ? 彼氏らしくしっかりリードしてよね!」
 だが、そんなモノはフィオナだって同じだった。それなのに精一杯背伸びして彼氏を誘った自分を労えとでも言いたそうな顔でフィオナは叫ぶ。
「う……が、頑張る」
「宜しい」
 無論、ラウルはそうする事しか許されない。まあ、普段通りに頑張れば、それで十分だろうと高を括ったラウルは些かムードに欠ける男だった。
 そんな兄の胸中が判らない妹は満足気に頷く事しかしなかった。
 二ラウンド目が火蓋を切った。

「んああああ! あーーっ! 凄、いよぅ!!」
 フィオナの暖かく柔らかい膣肉に再びラウルは包まれる。打ち込まれた楔の存在に歓喜したフィオナは最初からクライマックスだった。
「うわ……こりゃあ、何だ!?」
――まるで別物だ
 こうも妹の膣内の動きに変化が見られるとは、兄も予測出来なかった。
 恋人……と言う言葉がフィオナを本格的に女に変えたのか、その繊細、且つ大胆な蠢動はラウルにとっては凡そ経験した事が無い未知の領域だった。
 仰け反り、甲高い嬌声を撒き散らすフィオナは完全に淫蕩に支配され、結合部から溢れ出す濁った愛液はベッドを水浸しにしている。
 危険過ぎるフィオナの下の口に噛み砕かれるラウルはその出鱈目な発狂さ加減に悲鳴を上げたくなった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんんっ!」
「こりゃ、拙い、か?」
 首っ玉にしがみ付き、悲鳴に近い嬌声を叫ぶフィオナには浅い絶頂が常に起こっている様だった。
 きゅうきゅう締め付ける肉の襞がこれでもかと言う位、一物を愛してくる。苦悶の表情に脂汗を張り付かせたラウルはゲージが食い潰されるのを覚悟で頻りに腰を突き入れた。
「もっとぉ! もっと頂戴っ!」
「つあっ!? くっ、くうう」
 蜜壷を掻き分ける兄の剛直に蕩けた身体が反射反応を見せる。黙っていても引き絞られるフィオナの女はラウルの愛の迸りに飢えている様だ。
 瞬間、視界が真っ赤に染まったラウルは脳内に点灯するアラートランプを黙らせる為に、唇を強く噛んで正気を保った。
 そうして、暫くの間はフィオナ優勢の小競り合いが続く。湿った水音と淫らな喘ぎがラウルの部屋に絶え間無く響いた。

「うーーむ……」
「ちょ、どうしたのお兄ちゃん? 動いてよぅ」
 相変わらず暴力的な快楽の波に平常心を浚われ掛けているラウルは下半身の状態も考えて、小休止的に動きを止めた。
 無論、止まった理由はそれだけでは無いが、フィオナはピタリと止まったラウルの気持ち良い抽挿に唇を尖らせた。
「いや、俺達って、付き合ってるんだよな?」
「そ、そう、よ? 未だ十分と経ってないけど//////」
「その割りにゃあ、俺の事、名前で呼んでくれないんだなって思ってな」
「あ」
 ラウルが止まった理由はそれだ。恋人同士だと言うのに自分の名前を呼ばず、お兄ちゃんと呼び続けるフィオナに対する素朴な疑問が頭に涌いていた。
 人によってはどうでも良い事柄。だが、ラウルにすれば無視出来ない事。フィオナも同じ考えだったらしく、それに気付いた時、少しだが瞳が揺らいだ。
「え、と……ラ、ラウ、ル」
「そうそう。それだそれ」
 フィオナはたどたどしくラウルの名前を呼ぶ。普段、人前で言う時とは全く意味合いが違う、恋人の名の詠唱。
 赤くなったフィオナを見ながら、ラウルは漸く聞けた自分の名前に安堵した。
「ん……じゃあそう呼ぶ事にするよ、お兄ちゃん。……あ」
「…………無理、か」
 だが、それも上手く行かない。繋がる時には何時もラウルをお兄ちゃんと呼んでいたフィオナはその呼称に慣れきってしまっていた。
 喜びが一瞬だった事を知ったラウルはがっくり肩を落とした。
「待って待って! そんな悲しそうな顔しないでよお兄ちゃん! あ、また」
「いや、追々慣らしてくれりゃそれで良いさ。兄妹なのは変わらないからな。間違いでは無いよ」
 いきなり呼び方を変えるのは無理だった。実際、兄妹で恋人同士と言う特殊な間柄なのでそれも仕方が無いと思ったラウルは譲歩する事にする。
 そう呼んでくれる可愛い妹が恋人なのだ。それ以上を望んでは罰が当たる本気で思った。
「……とか何とか言って、こっちの呼ばれ方の方が好きなんじゃ」
「う//////」
 こう言う場面で目敏い辺り、流石は兄妹だ。気持ちを言い当てられたラウルは顔面を赤一色に染める。
「あ、図星だぁ。ね? お・に・い・ちゃん♪」
 そんな兄を可愛く思った妹はからかい半分、ラウルの耳元で甘く囁く。フィオナなりの茶目っ気だったが、それをどう受け取るかはラウル次第だ。
「……(怒)」
「きゃひぃ!?」
 それを妹の挑戦と受け取った兄は力任せに妹の奥を突いた。痛みが同居した快感にフィオナは叫び、思いっ切り腰を浮かせた。
「畜生……何だってんだよ」
「ひ、酷いよぅ! お兄ちゃんの馬鹿ぁ」
 可愛さ余って憎さ何とかと言う奴だろう。ほんの少しだけ存在が確認された兄貴の尊厳を穢された気がしたラウルは眼輪筋をピクピクさせている。
 そんな事で怒るとは思わなかったフィオナは涙目でラウルを睨んだ。
「お前の所為だろうが!」
「きゃあん!!」
 だが、そんな妹の視線に効果は無い。
 ……お兄ちゃんを嘗めるなよ?
 そんな事を思ってラウルは再び腰をズンズン突き入れ、フィオナの開拓を再開した。
「う、うう! こいつは、堪らないな」
「んくっ! くんんっ! ふぅんっ!!」
 再開したらしたで地獄が待っていた。戦況は五分に戻ったが、それでもフィオナの膣内は侮りがたい気持ち良さだった。加えて、鼻に掛かるエロい声を垂れ流す妹は兄にとっては堪らなく危険な存在だった。
「ああ、糞っ。可愛いなあ、フィオナはさあ」
「あ、ん……お兄ちゃん……素敵ぃ♪」
 口にするのは悔しいが、本心でそう言うラウルは可愛い妹が大好きだ。
 そして、そんなフィオナも自分を滾らせ、愛してくれるお兄ちゃんが大好きだった。
――ちゅく
「っ……ふっ、く」
「はっ、んくっ……はぷ……んあぁ」
 お互いに沸く気持ちを表現すべく、どちらからともなく唇を寄せる。
 濡れた唇同士が触れ合い、のたうつ舌に唾液が乗り、弾丸となって互いの胃に収まっていく。煙草の味が混じる苦めのそれは心臓を貫き、肉欲で沸騰した血潮を二人の全身に行き渡らせた。
 上と下で繋がりながら、アドレナリンだだ漏れのラウルは膨れ上がる一物にフィオナの熱せられた淫肉が喰い付く瞬間をスローモーションの様に味わった。
「お、ぉ……! ぐっ! やべえ」
 それにやられたラウルは唇を離して仰け反る。
 全方位から襲う妹の襞の噛み付きと壁の圧力は正にフェアリーのそれだった。それに耐久力を持って行かれたラウルは思わず潮を噴きそうになったが、奥歯を噛んでそれに耐える。フィオナの女は攻勢を緩めない。
「だ、射精え! お兄ちゃんのえっちなミルク! お胎で全部飲ませてぇ!!」
 ビクビク打ち震える兄の一物がセパレーションしかけている事に気付いた妹は何もかもを捨てて恥ずかしいおねだりを泣き濡れた甘い声色で叫ぶ。
 その瞬間、確かにラウルの下半身は限界を超えて膨張した。
「だあぁっ! 性質が悪いんだよ、お前はぁ! 閉店しちまうだろうが!」
「ああああああんんんぅ!!!」
 白色の血を吐きそうになったラウルは喰い付く襞を振り解いてフィオナの円蓋を容赦無く抉った。胎の底から搾り出した様な蕩けた悲鳴は彼女の限界をラウルに伝えてくる。
 ……凡そ捌き切れない様な三色の蒲鉾じみた滝が襲って来ている気分だった。
 そして、このままガシャンと行くのは余りにも情けない。その先に待っているブーイングの嵐に身を曝したくない兄は妹を昇天させる為に一心不乱に腰を蜜壷に捻り込む。

「フィオナ……フィオナ!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃぁん!!」
 セパレーションしたスラッシャーを唸らせて、リアクタークラッシュを試みるラウルは兄貴としては失格だが、良い彼氏の鑑だ。
 そして、それに泣かされるフィオナもまた妹としては失格だが、彼女としては幸せな部類に入る。今にもファイナルグランドクロスしそうな程に火照った体は八分刻みで細かく痙攣していた。
 そうして、互いの限界が訪れた。
「フィオナ……! 俺、のっ!!」
「あっ! かっ!! ……好きぃ!!! おにぃちゃん大好きぃ――――っ!!!!」
 妹を組み伏せた兄はその子宮口を押し上げる。それと同時迸る欲望の白濁は二度目とはとても思えないほどの量と硬さを以って、フィオナの子宮底にブチ当てられる。
 一滴たりともそれを逃さぬ様に、フィオナはキツク脚を絡み付かせた。種付けによる強烈な快楽に涙をぽろぽろ零し、ラウルへの愛を叫ぶフィオナはトロトロに蕩けていた。
「がっ……ぁ、っ……!」
「ふあっ! んっ!! んんあああ!!!」  ゼリー状の塊を吐き出す快楽にみっともなく喘ぎを漏らし、それを飲んで泣き喘ぐ兄妹は何処までも一つだった。
「お、俺も……な。……好きだ」
「好きぃ……お兄ちゃん……♪」
――チュッ
 止まない射精のまま、ラウルはフィオナの唇を奪う。その心地良さに女の幸せを心底感じた妹は兄貴にメロメロだった。

 妹に 乞われて種付け 群馬県……やっぱり字余り。

「ああ……何か、げっそり」
 基礎体力が低いのか、それとも精液に魂やら血肉やらを乗せてしまったのか判らないが、ラウルは一物をフィオナの下腹部に納めたまま疲労困憊と言った声で呟いた。
「実の妹のオマ○コにオチ○ポ嵌めてさ。覆い被さって、散々突きまくって、ヒイヒイよがらせて泣かした挙句、最後は遠慮無く膣内射精しだもんね。しかも二発も。
最初のアレには目を瞑るとしても……鬼畜って言われても仕方が無い所業だわね、うん」
 対して、妹は兄から貰った(奪った?)活力と愛が全身に漲っている様に元気だった。
 淡々と現状を語るフィオナはこうしていると妹ではなく姉っぽく見えた。
「……双方合意の上での和姦だ。捕まる事は無い筈だ」
「そうね。お兄ちゃんの熱いの、未だお胎の中にたあっぷり♪」
 正論を兄は返した。強姦罪も強制猥褻罪も適用されない完全な睦み合いだ。まあ、連邦の法律がどうなっているかは知らないが、例え罰せられるとしても露呈しなければそれは犯罪ではない。
 それだけは自信を以って言える兄は優しい手付きで妹のお臍の辺りを掌で撫でる。
 二回分の兄の愛が、妹の奥で熱を放ったまま収まっていた。

「……ありがとうね、お兄ちゃん」
「うん?」
 ふと、フィオナは寂しそうな声でそう漏らす。ピロートークにしては重苦しい空気にラウルは顔を上げた。
「あたし、嬉しかった。お兄ちゃんがあたしを好きだって言ってくれて」
「ああ」
 先程のラウルの言葉に対してのフィオナからの礼だ。告白され、恋人となる事を了承し、絶頂の最中に確かに聞いた兄の言葉。妹はそれがとても嬉しかった。
「例えそれが嘘でも、一時のものだったとしても、あたし……それを糧に、お兄ちゃんとやっていけると思うわ」
 フィオナの心の底が露呈した。自分の事を受け入れてくれたラウル。だが、それでも兄妹と言う関係だけは消せない。それには負うべきリスクも立ちはだかる壁も揃って大きい。
 世間から見れば真っ当ではない関係。それを手放しで喜べないフィオナは真の意味でラウルを受け入れる事が出来ていなかった。
「へえ」
 ラウルの顔が一瞬だが歪んだ。嘘の無い気持ちを伝えた筈なのに、それに迷いを持っているフィオナが堪らなく憎らしい。
 だが、それ以上に妹が愛おしい兄はそんな事など在り得ないと言う事を伝える為に、フィオナをそっと抱き寄せる。
 包容力の高さをフィオナに見せ付けるラウルはやっぱり彼女のお兄ちゃんだった。
「おいおい、見損なうなよ」
「っ」
 抱き止めるラウルの腕にドキリとするフィオナ。見上げれば、少し童顔な見慣れた顔がある。それが普段以上に凛々しく見える。
 刺さったままの兄の剛直に自然と肉がやんわり絡み付いた。
「お前は何を聞いてたんだ? 俺はお前じゃなくちゃ駄目だって言ったよな? お前はそれを嘘だって思うのかよ」
「いや、だって……」
 落ち着いた口調で、間違いを諭す様な韻の含む声色で囁く。
 ……確かに、フィオナの心配は尤もだった。
 この関係を続けていく以上は、切っても切れない影の様な事象。近親恋愛の正当性等はどう解釈したって認められるモノではないし、居直りを決め込んだ所で多数派である良識のある方々からの批難は免れない。
 隠そうとしたって、目の良い人間には見抜かれるだろう。
 ……だが、だからと言ってラウルがフィオナを見放す事は絶対に無い。
 寧ろ、それを受け止め、飲み込んでも尚、遂げたい想いがあると言う確かな決意がラウルにはあるのだ。

「安心してくれ。もう手遅れだから。……俺の全部は、もうとっくにフィオナの物なんだからな」

 それが理由だ。ラウルはフィオナと言う女に心底イカれていたのだから。

「あ、たしの?」
 全てと言う事は、身体から心、その魂までも含んだ未来永劫全てを意味する。男の口からそんな台詞が出る事はまず在り得ない。
 そんな兄の言葉の重さを理解出来ず、きょとんとする妹だった。
「そ、そう……なんだ」
 やっと出てきた言葉は萎びたピーマンの様に中身も外見も伴わない酷い言葉だった。
「色々と思う処はあるだろうけどさ。そう言う訳だから、厄介な男に目を付けられたと思って諦めてくれや」
 二人が好き合ったのは兄妹だからではない。好き合った男と女が偶々兄妹だっただけだ。
 それでも、それが拭えないと言うのなら……解決策は一つしかない。
――妹に恋しちゃ駄目ですか?
 それを承知で……手を取り合って駆け抜けるだけだ。

「お兄ちゃん……あたし」
 そして、うろたえる妹に兄は止めを刺す。
 フィオナの眼前で紡がれるその言葉は常軌を逸していた。
「この戦いが上手い具合に片付いたら……真っ先にプロポーズさせて貰うぜ」
「ふええっ!?!?」
 ラウルの殺し文句が発動した。フィオナは逃げられない。
「そ、れは……う、嬉しいけど////// む、無理、だよぅ」
 煙でも出そうな程に熱を持った全身が嬉しいと言う気持ち以上の困惑を含んだ汗を噴出させる。
 確かに嬉しい。嬉しいが、何だってそんな飛躍した話になるのかがフィオナには理解不能だった。どれだけ愛し合おうが二親等での結婚なんて無理だと言う事は小学生でも知っている事だ。
 自分を口説くにしては大風呂敷を広げ過ぎなラウルの真意が本当に読めないフィオナは大混乱していた。
 そして、ラウルにはそんなフィオナの反応が予想済みだ。それに対する解決策も用意していた。
「俺達がエトランゼで良かったよな」
 兄が妹を口説く構図などそれこそ狂気の沙汰だろう。だが、彼等にはそんな天に逆らう様な無法も罷り通っていた。
「そ、そっか! 戸籍……」
 この世界で生きるモノには凡そ無理な近親婚が許される立場に兄妹はある。異邦人たる二人はこの世界にとってはイレギュラーだ。当然、その戸籍は存在しない。
 戸籍の無い人間は社会に於いては死人、若しくは存在しないも同じ。そんな彼等を縛れる法律はこの世界には無かった。
 世界の枠を超えた正に裏技。まあ戸籍を得る為には、ギリアムには二人の関係の全てを語らねばならないだろうが、それ位は負わなければならない労苦だろう。
 ラウルの言葉の意味を理解したフィオナの顔はゆっくりと綻んでいった。
「法律が変わるのを待つ迄も無い。最初に言った者勝ちってな」
 元々が真っ当ではない関係だ。ピリオドの向こう側を拝む為にはそれが位の覚悟が無ければ中折れしてしまう。逆にそれさえこなしてしまえば、阻むものは眼前には存在しない。
 色々と捨てなければならないモノは多いだろうが、ラウルはそれも承知だった。目の前の魚はそれだけ大きいのだ。
 後は……フィオナが喰い付くかどうか。ラウル=グレーデンの一世一代の賭けだった。
「なれるんだ……! あたし、お兄ちゃんと一緒に……!」
 当然、結果はラウルの勝ちだ。嬉し泣きしそうな程に潤んだフィオナの瞳が気持ちの全てを伝えていた。
「ま、そう言う事で、一つ宜しく」
「……うん!」
 決着。兄の伴侶に納まる事は吝かではない。最悪、内縁でも良い。
 妹はその道を選ぶ事にした。
 フィオナはラウルの愛を刺さりっぱなしの剛直から熱と共に感じ、そしてラウルも絶え間無く擦ってくる襞の暖かさにフィオナの愛を感じた。
「お兄ちゃん♪」
――ちゅく
「くっ!?」
 想いを形にする様な妹の唇が首筋に吸い付き、一瞬の痛みを与えて離れた。
「な、何すんだお前」
「えへへ////// お兄ちゃんがあたしのだって印」
 染みの様に赤く付けられたキスマーク。これで、ラウルは絆創膏を首に張らざるを得なくなった。
「やってくれたじゃねえか」
「きゃっ!?」
 そんな妹の可愛い態度に黙っていられなかった兄貴は、今しがたそうされた様に妹の首筋に齧り付いた。フィオナの身体に唯一残った布地であるチョーカーをずらし、証を残すラウルの顔は笑っていた。
「これで、お互い売約済みな」
「んもう」
 お互いがお互いの物である契約が為された。
 閉じてはいるが、完結された美しさを持つその関係に奔る二人はきっと壊れているのだろう。
 だが、壊れているからこそ常人には絶対至れない領域に踏み込んだ二人は確かに、お互いを愛していたのだ。
「幸せに……してくれよ?」
「あ、当たり前よ! こんなに可愛くて頼り甲斐のある妹がお嫁さんなのよ? 幸せじゃない何て言ったら許さないんだから!」
 ……本当に、此処に居ないミズホやラージが見たら泣き出しそうな程に爛れた兄妹関係だ。だが、愛し合う二人にはそんな事は最早関係無いのだ。
 こうしてラウルとフィオナは仲の良い兄妹から生臭いカップルへと転身を遂げたのだった。だが、それに気付いている者は幸運にも誰も居なかった。


 そして……


――二日後 テスラ研 ハンガー
「だ・か・ら! 何度言っても判らん奴だな! この数値じゃ駄目だって言ってるだろうが!」
「駄目じゃない! 計算し直して、マリオン博士のお墨付きだって貰ったのよ!?」
 今日も今日とて機械油の臭いに包まれたテスラ研のハンガー。そんな中で大声を張り上げているのは一昨日に喧嘩をして仲直りしたばっかりのグレーデン兄妹だった。
 今にも殴り合いを始めそうな激しいそれに周りの者は次々と避難し、二人の周りには人っ子一人居ない状況だった。
 ……一部を除いて。
「またやってるし。あの人達も飽きないなあ」
「仲直りしたって聞いてたけど……違ったのかしら」
「うーーん、何なんだろうね。拗れてそのまんまなのかな」
 アラド曹長を筆頭とするエース部隊が数間離れた壁際で兄妹のやり取りを見ていた。
 二日前のフィオナとのやり取りを思い出して苦笑いするアラド。自分が受けた伝聞が間違いだったのかと光景を眺めるラトゥーニ。そして、面白い芝居に若干だが目を輝かせるアイビス。
 三人はそれぞれの視点から兄妹喧嘩を見物中だ。

「問題外だ! こんな全力でぶん回す度にエンコや分解の恐れの有る機体にゃ乗りたかねえんだよ!」
「いざって時に火事場の馬鹿力が出せないと大変でしょうが!」
 ヒートアップする二人の喧嘩は下手をしたら何処かに飛び火しかねない程の熱を放っていた。全く以って進歩が見られない兄妹は悪い意味で同類の様に見物客には映った。

「はあ。見てて面白いけど、首は突っ込みたくねえなあ。……行こうぜ?」
 言い加減、寸劇を見飽きた……否、掛かる火の粉を恐れたアラドは僚機に撤退を促した。
「え? ……止めないの?」
「そんな気は起きねえよ、ラト。今の俺にはな」
 ラトゥーニは放置する冪ではないとアラドに暗に提案するが、彼がそんな殊勝な心掛けになぞ成る筈が無かった。
 喧嘩は当事者同士で片付けるのが正しいし、今の二人の間に割って入れば見たくない物を見てしまうと言う予感がアラドには涌いていたのだ。
「まあ、アラドがそう言うんなら、良いけどね」
 アイビスにしても二人の剣幕は気掛かりだったが、それで火傷を負いたくないので彼女はアラドに従った。
「ええ。行きましょ、アイビスさん。触らぬ神には蓋をせよって奴っス」
「それ、祟り無しだから」
「諺は良く知らないけど、蓋をするのは臭い物じゃなかったっけ?」
「おろろ?」
 素で呆けて見せたトップエース様にその妹分と飼い犬は絶妙な突っ込みをかました。
「お前、一回医者に診て貰えよ。萎縮してるのは胸だけじゃ無くて、脳味噌の方もだぜ?絶対にさ」
 そうして、前と同じ様にラウルは禁忌を口にしてしまう。
 フィオナに胸の話題を出す事はアイビスにそれをする事の数倍の危険を伴う。
「んなっ! お、大きなお世話だってのっ!!」
 ぶち。顔の太い血管が切れて血飛沫が舞った気がする。
 荒れ狂う胸中のままに、素早い動きでラウルにフィオナは詰め寄ると、右手首を撓らせて鞭の様な強烈な平手を横っ面に叩き込もうとした。
「おっと!」
 だが、予備動作が見えたラウルはそれを寸での所で受け止めた。
「あっ……くう」
――ガシッ
 強めの力で手首を抑えられる。フィオナはその動作に驚きを露にし、直ぐに悔しそうに歯噛みした。

「む……」「ぐぬぬぬ……!」
 お互いに睨み合いが続く。ラウルは何も言わないが、フィオナは黙っている事など出来なかった。残ったもう片手で一発お見舞いしてやろうと左手を振り上げ様とする。
「ふう……止めようぜ?」
「うぐ」
 だが、それは途中で止まった。突然、示談を申し入れたラウルの言葉にフィオナは動けなくなってしまったのだ。
「これじゃあ一昨日の焼き増しだ。幾ら何でも進歩が無い」
「な、何……格好付けてるのよ!」
 一度経験しながら二の轍を踏むのは餓鬼のやる事だと漸くラウルも思い至ったらしい。
 当然、フィオナは食い下がる。素直にそれを認められる程大人ではないし、ラウルに負けたみたいで厭だったのだ。
「だから……悪かった。機嫌、直してくれよ」
 当然、フィオナの考えが判らないラウルは素直に頭を下げた。言い過ぎたと思うし、また一昨日みたいになって兄妹でギクシャクするのは勘弁だったからだ。
「う……」
 そんなにあっさり折れられたら、それに執着する自分が馬鹿みたいだった。こんな時だけ兄貴風を吹かせるラウルはずるいとフィオナは思った。
 否、ずっと昔からこうだったのだ。フィオナはラウルには敵わないと言う事を半分諦めてすらいた。
 ……でも、このまま大人しく引き下がる事だけは出来なかった。
「くぅっ!」
 今の彼女には鍵がある。兄妹関係の先に至って得た物だ。怒りの代わりに頭を占めていく感情のままに、フィオナはそれをやった。

――ちゅっ
「んむっ!?」
「んぅっ……」
 突然、顔を寄せられたと思ったら、やってきたのは唇だった。薄く柔らかいフィオナの感触に面食らいながら、ラウルはフィオナを引き剥がそうとした。
「っ……っ」
 だが、無理だった。背中に回されたフィオナの左手が離脱を不可能にした。
「……ハア」
 凡そ三秒程の短い口付け。その時間が無限にも感じられたラウルは暫し呆然としていた。

「お、前……な、何……を?」
 離れた唇の感触を確かめる様に自分のそれを指でなぞる。
 そして、ゆっくりと周りを見渡し、人が誰も居ない事を確認して少しだけ安心した。
 ……何だってこんな人目の集まる場所でこんな危険な真似をしたのかを問い詰めたいラウル。若しも見られていたら、新しく築いた関係がバレる恐れがある。
 今のタイミングでそれは避けたいラウルはフィオナを睨んだ。

「べ、別に悪戯とか仕返しとかじゃ無いんだからね!」
 返って来たのはそんな言葉だった。
「はあ?」
 言いたい事がさっぱり判らない。口を開けて変な顔をするラウルはじっと見ていれば笑いを誘う程だった。
「寧ろ、早く仲直りしたいから……だ、だから勘違いしないでよね!? 当て付け何かじゃない。お、お兄ちゃんには……あたしの事をもっと、可愛がって欲しいし、あ、愛して欲しいんだから//////」
 そして、それ以上に面白いのはフィオナの方だ。顔に紅葉を散らして、一気に捲くし立てる彼女はやっぱり妹キャラだった。
「……くっ、くくく!」
 だが、どうやらツンデレでは無いらしい。そう見せかけて実に素直に心を晒す妹に兄は悪いとは思っても笑いを零してしまった。
 このツンデレもどきは案外、新種かも知れない。若し、そうだったら保健所に連絡するかどうかを脳内で検討している辺り、兄貴は芸人だった。
「何笑ってるのよ! ちょっと! 聞いてるの!?」
 馬鹿にされたと思った妹はぷう、と頬をむくれさせた。

「え、豪いモン見ちまったなあ」
 そんな二人のやり取りを見てしまった不幸な人間が一人、居た。
「兄妹であんなの、有りなのかよ?」
 その名はコウタ=アズマ(吾妻吼太)。ロア・アーマーと言う呪いのアイテムに目を付けられた憐れな高校生だ。
「……ショウコ、俺は」
 まあ、彼がこの場に居た瑣末はどうでも良い。その彼の頭を過ぎったのは攫われてから久しく見ていない妹の可愛い顔だった。
 そして、自分を呼ぶショウコの声。
――お兄ちゃん
 ……その甘美な響きが下半身に血を集めた気がした。
「っ////// やべえ。妙な妄想に取り憑かれそうだぜ。……疲れてんのかな」
 だが、それに溺れかけたコウタは何とか正気に戻った。案外、そうなったのはあの兄妹の発する桃色の空気に中てられた所為なのかも知れなかった。
『そう思うのならば、早々に休むんだな』
「うおあ!?」
 突然、頭に鳴った高木ボイスに吃驚仰天のコウタ。大声で叫びそうになって慌てて口を塞いだが、遅かった。
『どうした』
「い、いや……ああ。そうするぜ」
 ロアは宿主の心の乱れが見えていないらしい。その辺りを穿って欲しくないコウタは見てしまった始終を全て忘れる事に勤め、物陰から立ち去った。

「? 今、何か聞こえた気が」
 耳が良いラウルは誰かの声らしきモノを聞いた。
「もぅ! 許してくれないなら、もう一緒にお風呂入ってあげないんだからね!?」
 だが、そんな疑念は直ぐに頭からぶっ飛んだ。告げられた妹のそれは兄には死刑宣告の様に聞こえたのだ。
「うぐっ! そ、それは……それは、辛い、な」
 幼少の頃からのスキンシップが無くなる事なぞ考えられない兄は立眩みを起したかの様にフラ付く。
「ふんっ、だ! お兄ちゃんの馬鹿//////」
 フィオナはプンむくれた顔のままぷいっ、とそっぽを向く。
 そうしてとうとう繰り糸を断ち切られた人形の様に、ラウルは床に崩れ落ちた。

「でも……大好き♪」
「……ああ。俺もだよ」
 そして、改めて向き直ったフィオナは満面の笑みをラウルに向ける。
 ラウルもまた、首筋の絆創膏を掻いて、そう言って頷いた。
――劃して、彼等の望みは果たされた


〜了〜

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