スーパーロボット大戦シリーズのエロパロまとめwiki - カチ&ラセ(11-872)
のちにL5戦役と呼ばれるエアロゲイターとの戦い。
バルマーの最終安全装置にして最後の審判者たるメテオ3に逆に最期の裁きを下し、長かったような短かったようなその戦いはようやく終結を迎えた。
そのアイドネウス島での最終決戦からまだ数日。
色々な事後処理のため同島に留まることとなったハガネとヒリュウ改には、軍艦にあるまじき明るく和やかな空気が蔓延していた。
元来この二艦は他と比べ軍紀や階級による上下関係が格段に緩いところがあるが、今のこの緩みぶりはとても軍隊の一組織とは思えないほど。
とはいえこれまでの苦労が報われやっと平和を取り戻せたのだ。ようやく手にした平穏な時間をのんびり満喫しても文句の言える者もおるまい。
それに表面上は緩みきっていても、成すべき仕事はきっちりこなしているあたりさすがはプロと言うべきか。
そんな歴戦のプロフェッショナル達が今何をしているかと言うと……宴会をしていたりする。

夕食時も終わり人気の無くなり始めたヒリュウ改食堂の片隅で、軽い食べ物や飲み物を持ち寄りのんびりと閑談するパイロット達。
必要以上に騒ぐでもなく、何となく寄り集まった者同士がグラス片手にだべっているその様子は宴会と言うより軽い酒宴と言った方が正しいか。
ちなみに軍艦内では本来ご法度である酒が持ち込まれているにも関わらず、誰もそのことを咎め立てないのは平和ゆえの緩みというより、この艦の元来の気質のせいであろう。
なにしろこの艦では副長が、ハガネでは艦長からしてこっそりご禁制品を艦内に持ち込んでいるのだから。
とはいえその辺りは度が過ぎたり任務に支障が出なければ黙認される範囲であるし、そもそも本題はそこではない。

集まったメンバー達が自然といくつかのグループに分かれ黙って酒を酌み交わしたり、アルコール無しでひたすらカードに興じたりとそれぞれに自由で平和な時間を楽しむ中。
わいわいと話に花を咲かせる、一際賑やかな集団があった。

「えーっ、じゃあレオナちゃん、今気になる人とかいないんだ」
グラスに手酌で琥珀色の液体を注ぎながら、エクセレンが大袈裟に驚いた声を上げる。
そんな彼女の周りに乱立するのは綺麗に空になった酒瓶。言うまでもなく、彼女自身によって消費されたものだ。
それでいて酔いの欠片すら見せないざる振りは、アルコールは一滴も飲めない彼女の元ボスとは正に好対照。
もっともそんなことを比較されたとて、どちらにとってもあまり意味の無い話ではあるが。
そのエクセレンの大袈裟な口振りにつられることもなく、問われたレオナは端正な顔を崩さぬままきっぱりと答えた。
「さっきも言った通りです。……それに、今は正直そんなこと考えている余裕…ありませんし」
「何言ってるの、女の子にとって恋は別腹よ!例えこの世の終わりが近付こうと、恋する気持ちだけは持ち続けるのが女の子の心意気ってものなんだから」
「エクセレン…その言葉の使い方、間違ってると思うわ」
言いたいことは分からないでもないのだけど、と思いながらにこやかに突っ込むラーダ。
彼女達が楽しそうに――約一名、あまり乗り気でない者もいるようだが――話しているのは女が集まれば必ず出てくる恋の話。
好みのタイプがどうだとか、気になる相手はいるのかとか、決まった相手へのちょっとした愚痴や惚気だとか。
そんなお決まりな話題で盛り上がる女性陣の中、最もノリノリで話を進めているのはエクセレンだ。
元々ノリがよく話好きなのに加え、この手の話となるとテンションがさらにアップする彼女に絡まれるのは人によっては恐ろしい限りだろう。例えば先程からエクセレンに根掘り葉掘り質問攻めにされ、いい加減辟易しているレオナとか。
形の良い眉を微かに寄せ、黙って口元へティーカップを運んでいるレオナからはこれ以上何も
聞き出せないだろうと諦めて。
それでもなお話し足りないエクセレンは、次の獲物へと視線を向けた。
「ね、中尉どうなの?好きな人とか気になる人の一人や二人、いるわよねえ?」
エクセレンが水を向けた相手は、彼女達の話には興味無さげに一人空になりかけたグラスを玩んでいるカチーナ。
突然話を振られ、積極的に参加こそしていなかったものの、流す程度に彼女達の話を聞いていたカチーナはぽつりと、
「…ああ、いるぜ」
極自然に滑り出た簡潔な答えに、その場が一瞬、しんとなる。
溶けかけた氷が崩れ、グラスにぶつかる鈍い音が静かな空気に消えてゆき――
「…………中尉…」
眼を丸くしたレオナの声に、カチーナははっと口を押さえた。
あたし今、何を言ったんだ……?
しかし、今さら口を押さえたところで一度飛び出した言葉が戻るはずもなく。
自分がしでかしたことに呆然となるカチーナに、エクセレンが意味ありげに頷きながら語りかけてくる。
「うんうん、そうよね〜。やっぱり中尉も、女の子だものね」
「う、うるせえっ!それにやっぱりってなんだ、あたしは元々女だ!」
「もちろん分かってるわよ。それじゃ女同士、ゆっくりお話しましょうか?」
反射的にカチーナが噛み付くも、さらりとかわされ逆に含みのある言葉を返される。
にこにこと楽しげに、意味ありげな笑顔を向けてくるエクセレン。その気味が悪いほどの上機嫌さにカチーナの背中に嫌な汗が伝う。
これはまずい、かなりまずい、口を滑らせたのは自分が迂闊だったけど、これは相手が悪すぎる……
よりによってこの手の話で相手がエクセレンでは、言い抜けることも誤魔化すことも難しい。
ならば。
いつの間にか固く握り締めていたグラスをテーブルに叩きつけ、がたんっとイスを蹴り立ち上がる。
敵前逃亡という言葉は好きではないが、これ以上被害を出さないためにはいたしかたない。むしろこれは戦略的撤退というやつだ。
「あら、どこ行くの?」
「今日はもう部屋に戻る。明日も仕事あるんだ、お前等もほどほどにしとけよ」
「そんなぁ、まだいいじゃないのよ中尉」
一応それらしいことを言い捨てて、引き止める声を振り切り食堂を出ていくカチーナ。
その背中を見送り、エクセレンは残念そうに肩をすくめた。
「あーあ、逃げられちゃった。せっかく色々聞こうと思ったのに」
「中尉はそれが嫌だったのだと思いますが」
先刻まで散々エクセレンにいじられていたレオナが、逃げるのがあと少し遅ければ同じ運命を辿っていたであろうカチーナに奇妙なシンパシーを覚え、そう呟く。
「けどあの中尉がね…。ちょっと想像つかないっつーか……」
いつの間にやら会話に参加しているのは、斜め向かいのテーブルから首を突っ込んできているタスク。
レオナの恋愛話という興味深い話題に先程からカードそっちのけで聞き耳を立てていたのだが、あまりにも予想外な中尉殿の発言に、思わず口を挟んでしまったのだ。
驚きのあまりぽかんと口を開けるタスクにちちっと指を振り、
「タスク君てば案外視野狭いのね。女の子の恋話の種なんて、どこにでも転がってるものよ」
物知り顔で語るはやはりエクセレン。
「そういうもんスか?」
「そういうものよ。例えば初めて配属された小隊で、素敵な先輩に手取り足取り教えてもらううちに恋が芽生える……な〜んて、わりとよくある話だと思うけど」
「あの子一途なタイプだから、初恋相手の幼馴染みを未だ想ってるってのもありかもしれないわね」
カチーナの性格分析も交えたラーダの意見に、レオナが嬉しそうに賛同する。
「素敵ですわね、それ。あと意外なところで親の決めた婚約者がいるというのも――」
「今時それはないんじゃないかしら」
少々時代錯誤的な例にラーダが首を捻るが、
「分からないわよ。親同士の仲が良くて『年の頃の合う息子と娘が生まれたら将来結婚させよう』
 って約束してる程度ならありそうじゃない?」
「そうです少尉、私もそれが言いたかったんです」
「でも、それだと遠距離恋愛になっちゃうわね」
「そんなの問題ないない。愛さえあれば距離の差なんて…ってね」
カチーナの恋愛話という非常に珍しく、とても美味しい話題を肴に盛り上がるエクセレン、ラーダ、
そしてレオナ。そのあまりの盛り上がりに付いて行けず、早くも蚊帳の外なタスク。
再びわいわいと話に花を咲かせ始める女性陣に、微妙な緊張感をはらんでいた空気が一気に華やぐ。

そんな酒宴に相応しい陽気な雰囲気に顔を歪め、そっとこの場を離れる者がいたことに気付いた人間は、僅かしかいなかった。

愛機の脚に寄りかかって天を仰ぎ、カチーナは陰鬱げに一つ、ため息をついた。
「はぁ…………何やってんだ、あたし」
何を見るでもなくぼうっと開かれている瞳に映るのは通常より数十倍高い天井。
遠近感を狂わせるようなその高さは、ここが人間に合わせて作られた空間ではないことを示している。
ではこの広大な空間は何に合わせて作られたのか。
それは当然、巨大な鋼鉄の人形達のため。
PTやAM、特機といった人型機動兵器を納める場所であるここ格納庫は、パイロットであるカチーナにとって極めて身近な場所だ。
実質彼女の仕事場はここであると言っても良いほどに。
あの失言で逃げるように食堂を出た後、自室に戻るはずが何故かここに足が向いたのもいつもの習慣というやつか。
その自然と足が向くほど来慣れた仕事場にいつもと相違があるとすれば、時には隣に立つ人間の言葉すら聞き取れないほどの活気と騒がしさが、嘘のように消え失せていることだろう。
しかしそれも当然のこと。最低限の明かりしか灯されていない薄暗い格納庫には、愛機を背にぼんやりと佇むカチーナしかいないのだ。

戦時中は機体の修理・整備・改良とそれこそ二十四時間体制で切り回されていたここも、戦いが終結した今はこのように完全に静まることもある。
その静けさは疲労で倒れる寸前のローテーションで働いていた整備員達だけでなく、ヒリュウ改のクルー全てにとって幸いなことに違いない。
なぜならそれは、今が平和だという何よりの証なのだから。
そんな心地好い静けさの中。つい数日前まで共に戦場を駆け回っていた相棒に背中を預け、
「ようやく平和になったからって……気、抜きすぎかな」
いつも表情豊かな顔を曇らせ、カチーナが自嘲する。
とはいえ気を抜いてしでかした失敗があれでは、笑い話にしかならないが。
「けどまずったなぁ……よりによってあんな所で、しかもあいつもいたってのに…」
己のあまりの間抜けさ加減に呆れ、相棒の脚にこつんと頭をくっつける。
自身のパーソナルカラーで塗られた鋼鉄製の装甲板から伝わってくるのは、その色のイメージに反した金属特有の冷たさだけ。
だが今のカチーナには、そのひんやりした感触が心地好かった。
触れずとも分かるほど熱く火照る頭。その理由は恥ずかしさのせいか、それとも酔いのせいか。
たかがグラス一杯の酒で酔うほど弱くはないつもりだが、酔っていることにしてしまえばこれまでの言動全て帳消しにならないだろうか……
などと詮の無いことを考えるカチーナに近付いてくる微かな足音。
しかし意味のない思考に耽る彼女がそれに気づくことはなく、
「カチーナ中尉…?」
聞きなれたその声に、カチーナは弾かれたように顔を上げた。

この薄暗がりの中、微動だにせず立ち並ぶ鋼鉄の人形達の足元。
カチーナの相棒の隣に立つ色違いの同型機の下に、聞きなれた声の主はいた。
「ラッセル……お前、何でこんなところに」
そこにいたのは同じ小隊の部下であり、背にしている人型兵器とは別の意味で相棒でもあるラッセル。
「それはこっちの台詞ですよ。俺は部屋に戻る前に少し散歩でもと…」
言いながらこちらへ近付いてくるラッセルに、
「あたしも似たようなもんだ。でももう飲み会終わったのか?」
自分が食堂を出てからさほど時間は経っていないはずだけど、と疑問に思いながらカチーナが尋ねる。
「いえ、俺が途中で抜けてきただけです」
「そうか。……なあ、お前が出てきた時さ、エクセレン達…何してた?」
そう問われ、ラッセルは言い難げに視線を逸らし、
「大分、盛り上がってるみたいでした。……中尉の話で」
「ああやっぱり…」
正直かつ残酷な答えに、カチーナは文字通り頭を抱えた。
自分が逃げ出した後あの場がどういう方向に向かったか、ほぼ予想していた通りとはいえ頭が痛い。
明日顔を会わせた時、あいつらに一体何を言われるやら……。
微かに頬を赤く染め、決まり悪げに唸るカチーナをそっと横目で盗み見て。
ラッセルは内心の複雑な思いに、密かに顔を歪めた。
あの酒宴らしい陽気な、けれどラッセルにとっては苦々しい以外の何者でもなかった雰囲気にそっと席を立ち、ここに来たのはほんの気まぐれ。
そして入り口から中を覗きこんだ時、愛機の足元に佇むカチーナを見つけたのもただの偶然。
半分以上落とされている照明に加え、赤い機体に赤いパイロットスーツとある意味保護色のようになっているその姿。薄暗がりでもなお鮮やかな金色の髪がなければ見過ごしていたかもしれない。
しかし普段ならいざ知らず、今の自分にとってこうして彼女と出会えたのは僥倖……なのだろうか。
「ん…何だ?」
「あ、いえ……」
振り向き怪訝な顔をするカチーナに、何も言えず曖昧に笑うラッセル。
そんなラッセルにほんの一瞬、カチーナの色違いの両の瞳に影が差す。
何も言わず何も聞かず。
いつもなら共にいるために言葉など必要ないはずなのに、今はこの沈黙が何故か非道く、重かった。



和やかな酒宴が開かれている食堂の片隅で、一際華やかに咲き誇る笑い声。
いつまでも途切れることがないと思われた女達のさざめきも、どうやら一段落したらしく。
「はぁ〜、楽しかった。こうやって適当に話作っていくのって、嵌ると癖になるわよね〜」
心底楽しげに言って、喋り疲れた喉を潤すためエクセレンがぐっとグラスの中身を煽る。
「ノリノリだったわね、エクセレン。……私もあまり人のことは言えないけど」
「あまり良い趣味とは言えませんが、たまにはいいものですわ」
ラーダとレオナもそれぞれ飲み物に手を伸ばし、一転のんびりムードに入る女性陣。
彼女達のその切り替えの早さに、一人蚊帳の外だったタスクの口から思わず間抜けな声が零れ出る。
「へっ、今までの話って全部嘘…?」
「嘘とは失礼ね。こうだったら面白いのに、ってのを話してただけよ」
「タスク、それくらいのこと察しなさいな」
「そうよ。カチーナが誰を好きかなんて、分かりきったことだもの」
「ラーダさん知ってるんッスか…っておわぁ!」
がたっ、とイスから転げ落ちそうになるほど驚くタスクとは対照的に、
「そんなの見てれば分かることでしょ。あんな風に口滑らせてくれるとは、思ってなかったけど」
「あの子、分かりやすい子だから」
「ああはっきり感情を表に出してしまうのは中尉の欠点であり…美点でもありますわね」
当たり前のように言って。
三人は顔を見合わせ、くすりと笑い合った。

「…………教えてやろうか」
薄暗い格納庫に立つ二人。その間に横たわる重い沈黙。
息が詰まるような空気を破ったのはカチーナの方。
唐突な言葉を理解できず立ち尽くすラッセルに、カチーナは一語一語含めるように繰り返した。
「あたしの好きなやつが誰か、教えてやろうか」
「どうして…自分にそんなことを?」
「あたしのそんな話にゃ興味ねえか」
そう言って軽く笑うカチーナはいつものカチーナだ。少なくとも表面上は、そう見える。
ただ一つ決定的に違うのは、彼女が何を考えているのか分からないこと。
他人の数倍分かりやすい、直情径行を地で行く彼女の意図などいつもなら手に取るように分かるのに。
なのに今の彼女からは何も読み取れない。何も分からない。
まるで自分達の間に、見えない壁が立っているかのように。
「興味は……あります」
「じゃあ、もうちょっとこっちに来い」
「どうして…」
「他のやつに聞かれないようにだ、いいから来い」
他に誰もいないのだから用心する必要などないと思うのだが、強い口調に押され、言われるままにカチーナとの距離を詰める。日頃の習性とは悲しいものだ。
こうして近くで並び立つとより明確になる二人の身長差。頭一つ以上差があっては近付きすぎると逆に相手の顔を見るのが難しい。
その辺りは心得たもので、カチーナに視線を合わせるよう心持ち身を屈めるラッセル。
その首にすっと細い腕が回され、カチーナの踵が床から離れ――
「――!!」
顔が近づいたと思った瞬間、二人の唇が重なった。

一瞬と永遠が混ざり合った時間。
全てが、己の心臓すら止まっているかのような静かな時の中。
驚きのあまり閉じることを忘れたラッセルの瞳に映る、微かに震える金色の睫毛。
唇に触れる柔らかさと温かさの意味すら解せない頭の隅に、それだけが何故か強く、焼きついた。

ゆっくりと唇が離れ、爪先立ちになっていたカチーナの踵がとんっと床に着く。
「…………あたしが好きなやつは……お前だ」
ラッセルの首に回されていた腕が解け、するりと肩から滑り落ちる。
「お前が好きだ、ラッセル」
色鮮やかな赤い唇が自分の名を紡ぐのを、ラッセルは瞬きすらせずじっと、見つめていた。

「気がついたのはわりと最近なんだけど、……本当はもっと前から、好きだったんだと思う」
やはり自分は酔っているのだろうか。
こんなことするつもりは無かったのに。言うつもりはなかったのに。
不意打ちでキスをして想いを伝えて。それでもなお内から溢れる衝動が、カチーナの口を動かして。
「いつだったかさ、お前に殴られたことあったろ。あの時あたし…嬉しかった。お前があたしのこと真剣に心配してくれてくれてるって、改めて分かったから」
そう、あの後から段々おかしくなっていったんだ。
顔が熱くなってくるのが分かる。いや、顔などラッセルに口づける前から熱かったか。
唇に残るキスの感触に、火照る顔がなお熱を帯びていく。
「一番迷惑かけてるあたしが言うのもなんだけど、お前損な性分してるよな。あたしみたいのの面倒みたり、尻拭いさせられたり」
本当にラッセルには迷惑をかけっぱなしだ。そんな自分にこんなことを言われたってラッセルは……胸の奥が、きりっと痛む。
これ以上言うのが怖い。なのに言葉が止まらない。
「普段も周りに気を回すのが上手いって言うか、誰にでも親切だけど全然押し付けがましくなくて……素直にすごいと思う。あたしには逆立ちしても真似できねえ」
うるさいくらいドキドキと早鐘を打つ心臓を誤魔化すよう、冗談めかした言い方をして笑ってみせる。
けれど自分は上手く笑えているのだろうか。いつものように笑えているのだろうか。
「そのくせ時々妙に頑固だったり、融通利かなかったり。ただ優しいだけじゃなくてちゃんと自分の考えも持ってて、あたしはそんなお前が、好きだ」
気付いた後もずっと胸に納めておくはずだった気持ち、言えるはずがないと胸の奥に押し込めていた気持ちを口にして。
代わりに胸に湧き上がるのはようやく言えた爽快感と言ってしまった罪悪感。
けれど最後にこれだけは言わなければと、強引に気持ちを切り替えカチーナは努めて軽く言い放った。
「けど、あたしにこんなこと言われても迷惑だよな。悪い、忘れてくれ」
今のカチーナにとって一番怖いのは、ラッセルに自分の気持ちを拒絶されること。
そうなるくらいなら酔った上での戯言で片付けられる方がいい。
そういうことにしてしまえればそれが一番いい。
……多分自分は、卑怯なのだろう。
眼の奥がじんと熱い。喉が詰まって声が出なくなる。
これ以上醜態を晒す前にとラッセルに背を向け立ち去ろうとするカチーナの手が、ぐいと引っ張られた。

「…………いやです…」
痛いほどの力でぎゅっと腕を掴む大きな手。
握りつぶされるのではないかと思わせる握力に、カチーナが顔を顰める。
「っ…痛い、放――」
「嫌です!!何なんですかそれ、一方的に話して一方的に忘れろなんて勝手すぎます!」
格納庫中に響き渡る怒声に、カチーナの肩がびくりと震える。
このように感情を、特に怒りを露わにするラッセルなど数えるほどしか見たことがない。
「それじゃ俺の気持ちはどうなるんですか!?俺だって言いたいことが、言わなきゃいけないことがあるのに……」
「ラッセル…?」
そもそもラッセルは何故怒っているのか。何を怒っているのか。
それすら分からず眼を白黒させるカチーナに、ラッセルは続ける。
「だいたいそんな嬉しいこと言われて忘れられるわけないじゃないですか!
 好きな女に好きと言われて、それを忘れる馬鹿がどこにいるっていうんです!」
感情のままにわだかまっていたものを吐き出し、ラッセルは一旦言葉を切った。驚きと混乱から瞬間的に頭に上った血が、少しずつ冷えてゆく。
大きく息をして自分を落ち着かせ、きつく握り締めていたカチーナの腕を放し肩を掴んでこちらを向かせる。
色違いの両の瞳をただ見開くカチーナの顔を真正面から見て。
「俺は、あなたが好きです。ずっと前から好きでした。もちろん……一人の女性として」

言いたいこと、言わなければならないことをようやく言葉にできたラッセルに返ってきた反応は、かなり意外なものだった。
「なっ…………何言ってんだお前、そんなこと、あるわけ無いだろ!」
「…なんで怒るんですか」
告白した相手に勢いよくその想いを否定され、ラッセルの眉間に皺が寄る。
自分は何か変なことを言っただろうか。
確か自分はカチーナに好きと言われて、自分もカチーナが好きだと告白して。
こうなるまで、今の今まで言い出せなかったのは男として情けなくはあるが、だからと言ってそんなことあるわけ無いと怒られるのはさすがにおかしくないか。
「だ、だってあたし全然女らしくないし、美人でもないし、可愛げ無いってよく言われるし、お前にそんなこと言ってもらえる理由なんて……」
顔を真っ赤にし、わたわたと言葉を並べ立てるカチーナ。
その慌てぶりをしばし呆然と眺め、ラッセルは一転、破顔した。
そうか、あれは怒っていたわけではなくて。考えてみればとても彼女らしい反応と言えるか。
本当にこの人らしい……
「中尉…」
「!!」
赤く染まった熱い頬に手を添え、上を向かせて唇を重ねる。触れるだけの短いキス。
それでも、いや、それでようやくこの手のことには人一倍鈍いカチーナにもラッセルの気持ちは通じたらしく。
「……いいのか、あたしで。あたしがどんなやつか、お前が一番よく知ってるだろ」
真っ直ぐに自分を見つめるラッセルの視線が恥ずかしく、顔を逸らし、素っ気の無い言い方をしてしてしまう。
こんな時にこういう言い方しかできない、肝心な時に素直になれない自分が腹立たしい。
「ええ、よく知ってますよ」
肩に置かれていた手が背中に回り、優しく抱き寄せられる。
「だから好きなんです。気が短いところも厳しいところも、面倒見がいいところも優しいところも、強いところも時々無理に強がるところも全部ひっくるめて、あなたが好きです」
もう片方の手は優しく頭に添えられ、正面を向かされて。
そして近付いてくる顔に、カチーナは抗うことなくそっと眼を閉じた。
ごく自然に合わせられる唇。何度も何度も角度を変えながら繰り返される口付け。
けれどそれだけでは物足りなくなり、微かに開いた唇の隙間からラッセルは少しためらいがちに舌を差し入れた。
「……ん…っ…」
苦しげに微かに振られる頭を押さえ、熱い咥内を味わい舌を絡めていく。
それに応えるようにカチーナも徐々に舌を這わせ始め、重ねられた唇の端から零れ出る熱い吐息。
苦しいくらいの力で抱きしめられながら、それを気にする余裕すら無いほど与えられる快感に浸っていたカチーナの瞳が、ふと開く。
背中から腰へのなだらかなラインを辿るラッセルの手。いとおしいげに髪をまさぐる指。
どちらもとても心地好いけれど……
「……ちょ、ちょっと待てラッセル」
胸をぐいと押し返され、いいところで待ったをかけられお預けをくらった状態のラッセルは顔を曇らせ、
「嫌…ですか?」
頭のすぐ上から降ってくるラッセルの不安げな声に一抹の罪悪感を覚えつつ、カチーナは辺りを見回し、ぼそりと言った。
「そうじゃないけど……もう少しその…場所とか、ムードとかさ…」
二人が立っているのはカチーナの専用機である赤いゲシュペンストの足元、だだっ広い格納庫の一角だ。
いくら他に人がいないとはいえ、周囲の視線を遮るものが無い開けた場所でこれ以上ことに及ぶのは……
「あっ……す、すいません!」
その指摘にラッセルが泡を食って謝罪する。
目の前のことに夢中になり、そんなことに気付く余裕すらなかった自分が恥ずかしい。
もしかしなくてもがっついているやつだと思われただろうか。
実際好きな女に好きと言われ、自分の気持ちを受け入れてもらえて、邪魔者もいないこの状況に抑えが効かなくなりかかっているのは確かなのだが。
「謝らなくてもいいさ。ただ少し……場所を…変えてくれれば」
「あの…それって……」
「――っこれ以上あたしに言わせる気か!変なところで鈍いやつだな…」
たまに人のこと見透かしたような嫌な物言いするくせに、と口を尖らせながらラッセルの胸ぐらを掴み、引き寄せる。
そして少し背伸びをして、カチーナはラッセルの耳元へと顔を寄せた。

最低限の明かりしか灯されていない格納庫の片隅。
山のように積まれたコンテナの陰となり、一際薄暗さを増すそこから聞こえる微かな音。
資材用コンテナの間、両腕を横に伸ばせるかどうか程度の狭い隙間の奥で壁にもたれ、抱き合う二つの影。

背中に当たる固い壁の感触と、視界を塞ぐように覆い被さるラッセル身体。
その間に挟まれ深い口付けを繰り返しながらカチーナはほんの少しだけ、身を固くした。
身動きできないほどがっちりと肩を抑える、自分では決して抵抗し得ない強い力。
自分とは明らかにつくりが異なる大きな身体。
執拗なまでに押し付けられる唇から直接伝わる荒い息。
今まで意識していなかった、意識しないようにしていたラッセルの男の部分。
初めて間近で見せ付けられる剥き出しの男の顔が、少しだけ怖い。無駄と知りつつラッセルの胸に当てた手に、力がこもる。
「や…ッ…セル……んっ……んん…」
苦しげな声がカチーナの喉から漏れるも、次第に鼻にかかった甘い吐息へと変わっていく。
唇を重ね、舌を絡め合う二人の間から聞こえる唾液を移し合う卑猥な水音と艶を帯びた熱い息遣い。
狭い空間にくぐもる音に煽られ激しさを増す口付けと、一層上昇する内部の熱。
その熱さにほんの少しの怖さも理性も溶かされて。
力無くラッセルの服を掴みながら、カチーナが微かに笑う。
何を怖がることがあるのだろう。
部屋に戻る暇すら惜しいと、こんな所で抱き合っている時点で自分も同類なのだ。
それに、そもそもここで構わないとラッセルを誘ったのは……
「……ん…っ……はぁ…」
カチーナ自身知る由は無いが、淫蕩な表情で深いキスに耽る彼女の顔は紛う片なく女のそれだった。
身体中に飛び火する熱に脳髄を侵されながら、満足するまで貪り合い。
ようやく離された唇に、なお名残惜しげに架かる透明な橋。
自重に耐えかねぷつんと切れる透明な唾液が二人の足元に落ち、小さな雨垂れ跡を作る。
「中尉…」
低い声で呟き、パイロットスーツの襟へと伸ばされたラッセルの手に、
「…………じゃ…ない…」
一回り小さな手が重ねられる。
「…こういう時くらい……名前で呼べ。あたしの名前は『中尉』じゃない」
「そ、それもそうですね。じゃあ……」
名前で呼ぶ。ただそれだけのことなのに、何故か必要以上に緊張してしまう。
初めて会った時から自分は彼女の部下で、階級で呼ぶのが当たり前だったのだから仕方ないことか。
けれど今はもうただの上官と部下ではないのだから……
少々大袈裟なくらいに心の中で自分を叱咤して。
重ねられた手を逆に取り指を絡ませながら、ラッセルは彼女の名を呼んだ。
「カチーナ」
瞬間、絡ませ合うカチーナの指にくっと力がこもる。
掌の中で固く強張る、一回り小さな手。
「どうか…しましたか」
「な、なんでもねえよ!」
乱暴に言い捨てふいと横を向くカチーナを怪訝な顔で見つめ、
「……?…あっ、もしかして……照れてます?」
その言葉に、カチーナの頭がぽんっと音を立てそうなほど急激に沸騰した。
「ばっ、馬鹿かお前、何言って、あたしは、別に、そんな…」
顔どころか耳まで真っ赤に染めまくし立てるカチーナに、ラッセルの心に加虐心が湧き上がる。
もっとカチーナを困らせてみたい。もっとカチーナの困る顔が見たい。
「カチーナ」
ラッセルがもう一度名を呼ぶ。
「カチーナ、カチーナ、カチーナ……」
もう一度といわず二度、三度、四度。
ラッセルに名前で呼ばれる嬉しさと恥ずかしさと照れくささに堪りかね、カチーナは声を荒げた。
「何回も呼ぶな!犬猫の仔じゃあるまいし…」
「だってカチーナがカチーナって呼べって言ったんじゃないですか。そうですよねカチーナ?」
止めとばかりに言い立てられ、
「お前…………性格悪いぞ」
恨みがまし気な眼でラッセルを睨み上げる。
しかし、羞恥に赤く染まった顔で眼の端に涙を浮かべながら睨まれても怖いはずがなく。
「カチーナ可愛い……」
予想通りの反応に顔を緩め、ラッセルはカチーナの髪を撫でた。
子供のいたずら心に似た加虐心を有り余るほど満たされて、今まで覚えたことのない充足感に癖になりそうだなと、カチーナにとってはあまりありがたくないことを考える。
「…お世辞はいい」
「お世辞じゃないですよ。カチーナが一番……」
拗ねたように頬を膨らませる様子に堪らなくなり抱きつくように首筋に顔を埋めると、ふわりと鼻腔をくすぐる甘く柔らかな香り。
香水などの人工のものでないカチーナ自身の温かなその香りが、彼女の全てが、欲しくてたまらない。
「こ、こらラッセル、話はまだ…んっ…終わって…な……」
さわりと剥き出しの脇腹を撫で上げられ、くすぐったさとは違う感覚にカチーナの語尾が霞んでいく。
細く引き締まったウエストのラインをなぞるよう何度も行き来するラッセルの手。
ただのファッションのつもりでさして意識すること無く露出させている部分への愛撫に、普段のこの格好が急に卑猥なものに思えてならなくなり、ざわざわと這い上がる快感よりも恥ずかしさが先に立つ。
動きやすいから好んで着ている、ただそれだけなのだが、男の眼から見ると違った意味に見えていたのだろうか。ひょっとしたらラッセルも……
「このムッツリが……」
恥ずかしさを誤魔化すよう悪態をつきながら、シーツを掴む代わりにぎゅっと握った拳を背後の壁に押しつける。
「…まあ、否定はしませんけどね」
ぽつりと呟いて顔を上げ、ラッセルはパイロットスーツの襟へと手をかけた。
緊張のせいか多少動きのぎこちない指がファスナーを下ろし、柔らかなふくらみをまさぐりだす。
ぴくっと微かに身をよじるだけで何も言わない様子を了解の印と受け取り、アンダーシャツを捲くり上げる。
ぴったりと身体にフィットした、愛想の欠片もない無地のシャツの下からふるりと顔を出す双丘。
外気に晒され微かに粟立つ肌に、何故か触れてくるものはなく。カチーナは背けていた顔を正面に向け、動きが止まったまま固まっているラッセルに問い掛けた。
「…どうかしたか…ラッセル」
「いえ、その……わりと、着やせするタイプなんだなと…」
一瞬意味を理解できず小首を傾げたが、
「お前は……いちいちそういうこと口に出すな!」
すぐにラッセルの言わんとするところに気づき、反射的に片腕で胸を覆い隠す。
「カチーナが聞いたんじゃないですか」
「うるせえ、だからって馬鹿正直に…っ……」
本気で隠そうとているわけではないため、胸を覆うカチーナの腕はラッセルが少し力を入れればいとも簡単に取り去られる。
服の上から想像していたよりも大きめなふくらみを隠す淡い色の布地。
谷間にあしらわれたワンポイント以外飾り気のないシンプルな下着の中に手を滑り込ませ、ラッセルは見るからに触り心地の良さそうな胸を直に揉みしだいた。
「……ぁ…っ…」
少し湿り気を帯びたしっとりと吸い付くような肌に、掌の中で自由に形を変える柔らかさ。
男の身体には無い女性特有の感触に感動を覚えながら身を屈め、胸元へと顔を寄せる。
ラッセルの無遠慮な手の動きに乱され、既に双丘を抑える用を成していない下着の下から露わになっている乳房。
つんと上を向いた形のよい胸に頬を擦り付けその張りと弾力を堪能し、頂きへと舌を這わせてゆく。
固く立ち上がりかけている胸の先端を舌先で刺激し唇で挟んで甘噛すると、壁に押し付けられているカチーナの背中が軽く浮いた。
「……!!」
ぴりっと電気が走るような感覚に悲鳴じみた声が漏れそうになる。
その声を噛み殺そうと、唇につきたてられる彼女自身の歯。
薄く血が滲むほどきつく噛み締められた唇に触れる優しい感触に、カチーナはきつく閉じていた眼をそっと開いた。
「何やってるんですか…唇、噛み切る気ですか」
呆れと心配が入り混じった顔で、指先で唇をなぞるラッセル。
そのくすぐったさから逃れるよう軽く頭を振り、
「だって……あんまり声出したら…響くだろ」
「今ここ、俺達しかいないから大丈夫ですよ」
「けど…誰か、来るかもしれないし…」
その理由は半分本当で半分は嘘。
いくら離れ難いからとはいえ、今日はもう格納庫に来る人間などいないという確信が無ければこのような場所で抱き合ったりはしない。
まずありえないだろう万が一よりカチーナが気にしているのは、
「その時は入り口開く音で分かりますから。声…聞かせてください」
ラッセルが歯の跡の残る唇を舐め、胸に手を這わせながら完全に立ち上がった突起を指で捏ね回す。
「んっ…、…ぁ……」
空いているもう片方の手を下方へ伸ばし、剥き出しの左脚を撫で上げる。
日頃のトレーニングで鍛えられたしなやかな筋肉の上に、薄く肉がのった腿。その一番柔らかな内側につっと指を滑らされ、
「ラッセル、やめ……あぁっ!……っあぁ……や…ぁ…」
恥ずかしさから必死で堪えていた声が口の端から零れる。
いつもの自分なら決して出さない高い声。甘さと媚が内に含まれたその声がたまらなく恥ずかしい。
けれど一度零れ出した声は止まらない。
狭いコンテナの隙間がカチーナの嬌声が満たされていく。
「や、やだそこ……はぁ、…ぁ……んんっ…」
ラッセルの手がベルトを外し、ショートパンツを引きずり下ろそうと腰の辺りを彷徨う。
これまでの刺激で耐え難いほど疼く下腹部への刺激に、既に限界寸前だったカチーナの脚から力が抜けていく。
「…っと、大丈夫ですかカチーナ」
壁に背をつけたままずり落ちそうになるカチーナの身体をラッセルが抱き止めた。
「大丈夫……じゃない、もう…立って…れない……」
ぐったりと胸にもたれかかり力の無い声を出す様子に小さく笑い、ラッセルはカチーナの身体を抱えたまま器用に上着を脱ぎ、床に敷いた。
そしてその上へとカチーナを座らせる。
「ラッセルこれ…」
力の入らない脚を投げ出しへたり込みながら、カチーナが尻の下を気にして居心地悪げにもぞもぞ動く。
「こんなの敷かなくてもさ……汚れるぞ」
「別にかまいませんよ、汚れたら洗えばいいんですし。それより、カチーナを直接床に座らせるわけにはいきません」
「お前って……本当に…」
生真面目にきっぱり言い切るラッセルに頬を緩め、手を伸ばす。
その手をとってカチーナの前に膝をつき、笑みに象られた唇にキスを落とす。
啄むような口づけをしばらく楽しんでから、ラッセルはカチーナにそっと促した。
「少し、腰上げてもらえますか」
「えっ……あ、ああ…」
床に手をつき恥ずかしそうに尻を持ち上げるカチーナの腰から、下着ごと一気にショートパンツをずり下げる。
膝の辺りまで下げたところで片脚を抜かせ、全て脱がせきるのももどかしいともう片方の脚にわだかまらせたまま、金色の茂みへと視線を向けた。
「……あ、あんまり、じろじろ見るな」
もじもじと合わせられようとする脚の間に自分の脚を差し入れ、逆に開かせ手を伸ばす。
ただ軽く撫でただけでひくっとわななく内腿を横目に秘裂を押し開くと、愛液にてらてらと光る肉色の内部が目に飛び込んでくる。
あまりにも露わで淫猥な様に、ラッセルの喉がごくりと鳴った。
指を差し入れ軽く擦るだけでくちゅりといやらしい音が響き、湿った壁がラッセルの指を求め絡み付いてくる。
「すごい…こんなに濡れてる……それにすごく熱くて…」
「…んっ……だから…そういうこと、口に出すな…」
脚を開かされあられもなく秘部を晒しているだけでも恥ずかしいのに、さらに羞恥を煽るようなことを口にされ、カチーナが弱々しく抗議する。
からかったり辱めたりという意図は感じられず、単に思ったことを口にしている風情なのが余計性質が悪い。
くちくちと音を立てながら周囲の襞をなぞり上げていたラッセルの指が、上方にある小さな突起へ滑った。
「ああっ!…や、や…あぁっ…!」
指の腹で押し潰すように肉芽を愛撫され、強すぎる刺激に背中が仰け反り背後の壁に肩がぶつかる。
喘ぎ声を上げ背中を反らす蠱惑的な様を楽しんでから、ラッセルは視線を元に戻した。
指どころか掌までも汚すほどの蜜を吐き出すそこへ、指を埋め込む。
「…っ!は…ぁ……ふぅ…」
ゆっくりと指を出し入れし、広げるように中をかき回すと一層際立つ水音。
指に纏わりついてくる肉の感触に、カチーナの切なげな声。
埋め込んだ指の中ほどをきゅっと締め付けられ、もう限界だと中から指を引き抜く。
逸る気持ちを抑えながら衣服の中で痛いほど屹立していた自分自身を取り出し、カチーナの入り口に宛がい、つぷりと先端を潜り込ませる。
「…いきますよ」
乾いた唇を舐め、了承を得るというより一方的に宣言して腰を進める。
押し入れたそばから纏わりついてくる熱い肉。
その感触に気が急いて、ラッセルは半ば強引にぐっと自身を突き入れた。
「――――っ!!」
声もなく喘ぎ、カチーナが限界まで背中を反らせる。
根元まで押し入れたラッセル自身をきつく締め付ける熱くぬるぬるしたカチーナの中。
頭を焼かれそうなその感触に、ラッセルは大きく息を吐き出した。
「はぁ…」
「……っ…ぅ……」
自分の満足気な吐息とは対照的な苦しげな息遣いに顔を上げる。
床に敷かれたラッセルの上着をきつく掴み、壁に肩をつけたままぴくりとも動かないカチーナ。
固く閉じられた瞳と強張った顔に、微かに開いた口から漏れる短く荒い呼吸の音。
「カチーナ、あなた――」
「いいから…だいじょうぶ、だから……動け…」
ぶっきらぼうな、とても彼女らしい物言いに、ラッセルはカチーナの頬に残る涙の後を拭い強く抱きしめた。
固く上着を握り締めている彼女の手をとり、自分の首に腕を回させる。
そして彼女の腰に手を回し、もう片方の手を力無く立てられている膝の下に滑り込ませ、脚を軽く抱え耳元へ囁く。
「……少し、我慢してください」
「だから、だいじょぶって……気…つかうな…」
ぎゅっと首にしがみついてくるカチーナの言葉に甘え、ゆっくりと腰を動かしだす。
「あっ…は、ぁ……んっ…」
根元まで突き入れた自身を少し引いて、また押し入れる。
ただそれだけの動作なのに、頭の奥が痺れそうなほど気持ちいい。
抽挿を繰り返すたび湧き立つぬちゅぬちゅと蜜が混ぜられる音と、内壁と自身が擦れ合う摩擦感。
熱く、少し痛いくらいに自身を締め付けられ快感を覚えるたび、もっともっとと貪欲になっていく。
「…ぁあ!ひ、ぁ…んんっ!は…ふぅ……く…」
優しくしなければと頭で分かっていても、自分を抑えきれなくなり乱暴に腰を突き上げてしまう。
その度に首に回されている腕に一段と力がこもり、抱えている脚がぴくんと跳ね、今自分達が繋がっていることを実感させられる。
思うまま、貪るように抽挿を繰り返し腰を打ちつけるラッセルにいいように揺さぶられ、ひたすら彼の首にしがみつくカチーナ。
自分の喘ぎ声が狭いコンテナの隙間に反響し、結合部から聞こえるくちゅくちゅという水音を掻き消していることすら気づかずただ喘ぐ彼女の中でラッセルの動きが急に早くなる。
「カチーナ俺、もう…」
「…えっ……あ、んぅ、やっ…っあぁっ!!」
疑問に思う暇もなくぐいと強く突きこまれ、ラッセルが中でびくびくと痙攣する。
間髪入れず放たれた精がカチーナの最奥を打ち、止めの刺激に頭の中が白くなっていく。
「……っ、ラッ…セル……」
もう何も考えられず、カチーナは目の前の相手に強く抱きついた。

「……すいませんカチーナ、俺――」
ほんの少し、もしくはそこそこ長い時間が経ち、二人の間に安寧が戻り始めた頃。
頭上から聞こえたラッセルの申し訳無さそうな声に、カチーナはラッセルの唇に指を押し当てた。
「いちいち言うなって言ってるだろ、……ばか」
ついでに何度も同じことを言わせるなと軽く頬を抓り、再びラッセルの胸に顔を埋める。
「もう少し…こうしてていいか」
「はい」
こてんともたれかかってくる小さな身体を受け止めて、ラッセルはカチーナの金色の髪を優しく梳いた。
着衣に乱れがないことを何度も確認し、カチーナはコンテナの陰から出た。
上手くかみ合わないがたがたの足腰でそれでも精一杯平静を装って歩こうとするが、コンテナに手をつきながらゆっくりでないと歩けない。
なんで自分だけが……そう思うと情けなくなり、少し泣きたくなってくる。
「待ってくださいってば。辛いんなら俺が送っていきますから」
念入りに後始末をしていたせいで遅れて出てきたラッセルが、簡単にカチーナの背中に追いつき、肩を掴まえる。
「だから平気だって言ってんだろ、しつこいぞ」
そう強がるカチーナに、ラッセルは上着を片手にこっそりため息をついた。
無理をしているのは一目瞭然なのにどうしてそこで意地を張るのか。
男としてはこういう場合心配するくらいしかできないのだから、せめてその気持ちくらい素直に受け取って欲しいのだが……。
「ですけど中尉――」
呼びかけた途端じろりと睨まれ、その迫力に言葉が途切れる。
しかしラッセルを睨むカチーナの瞳に宿っているのは怒りではなく、
「あっ、その……カチーナが辛いのは俺のせいですし、少しは頼ってくれると、嬉しいんですが」
優しい言葉と何より名前で呼ばれていることに、泣きたい気持ちもまた階級で呼ばれた寂しさも一気に吹き飛ぶ。我ながら単純なものだ。
「分かった、ありがと。あとこれからは……二人だけの時は、名前で呼べよな」
「…はい、カチーナ」
今さらな感もするやり取りに、照れくさそうに顔を見合わせて。
まだ馴染みきっていない雰囲気を誤魔化すよう、カチーナは少々唐突に切り出した。
「ついでにもう一つ、その言葉遣いどうにかならねえのか」
「言葉遣い…ですか」
「ほら『ですか』って」
「ああ、でも、急に言われても簡単に直せるものじゃないですし…」
「『ですし』?」
「じゃなくて直せるものじゃない…ぜ?いや違うな直せるものじゃないじゃなくない…じゃ……あれ?」
不慣れな言葉遣いに呂律が回らず、意味不明の言葉を口走るラッセル。
一人混乱する様をきょとんとした顔で見つめ、一瞬の後、カチーナは堪えきれずに吹き出した。
「……なにも、笑うことないじゃないですか」
「だって…くくくっ……」
面白く無さそうな声で咎めるラッセルに、逆に腹の底から笑いが込み上げてくる。
下を向いて腹を押さえ、肩を震わせるカチーナ。
その様子を渋い顔で見下ろし、
「カチーナ」
一音一音区切るように名を呼ばれ、カチーナはようやく顔を上げた。
笑いすぎて眼の端にたまった涙を拭いながら、いつもの笑顔で謝罪する。
「ふふっ…ごめんラッセル。けどいいか、お前らしくてさ」
「追い追い、努力はしますので」
「ああ」
心の底から幸せそうに微笑むカチーナの手をラッセルの大きな、少し無骨な手がそっと取る。
その手をきゅっと握り返して。
子供のように手を繋ぎ並んでゆっくりと歩く二人が去った後、格納庫に戻る完全な静寂。
仄かな明かりに照らされた広大な空間にはどこか暖かな、平和の証でもある静けさだけが残された。




その翌朝。
「おはようございます、中尉」
「ああ、おはよう」
いつものように格納庫へやってきたカチーナを迎えるいつも通りの朝の空気。
だが少しだけいつもと違うのは、
「…何か用かタスク」
何か言いた気にこちらをちらちらと見ているタスクに、カチーナが無愛想に問い掛ける。
「いや、別に用って程じゃないんスけど……」
と言いつつ投げかけられるのは好奇の視線。
この程度のこと、昨夜のあの失言の後から覚悟はしていたが……
「……そんなに気になるんなら、教えてやろうか?」
「えっ、マジッスか!?是非!」
「じゃあ、ちょっとこっち来い」
野次馬根性丸出しでいそいそと近付いてくるタスクの首にすっと細い腕が回され、
「い……いだだだだっ!!く、苦しいって中尉ギブギブっ!!」
そのままスリーパーホールドへと移行する。
自然な動きで相手に気取られることなく背中をとり、首に巻きつけた腕で頚動脈を締め上げる一連の流れ。
相手が運動神経が切断されているようなタスクであることを差し引いても見事なその動きに賞賛を送るのは、技をかけられている当人以外、やぶさかではないだろう。
「くだらねえこと気にしてねえで、とっととジガンのチェック終わらせて来いっ!」
乱暴に腕を解き、タスクの背中を思い切りど突くカチーナ。
普段ならついでに尻の一つも蹴りつけてやるところなのだが、そうしない理由はタスクを思いやってのものではない。単に今日は身体の調子が万全ではないだけだ。
「…げほっ…げほっ……いきなり何するんスか!そんなんだから『あたしは元々女だ!』なんて主張しなきゃならないんスよ!」
「なんだとてめえ、朝っぱらから喧嘩売る気か!?」
「あらら、今日も派手にやってるわね〜中尉」
「今度はお前かエクセレン!」
八つ当たり気味にじろりと睨まれ、エクセレンは慌てて胸の前で手を振った。
「ち、違うわよ、そうじゃなくてこれ」

そう言ってエクセレンが差し出したものに、
「……あれっ、おかしいな。いつ落としたんだろ…」
カチーナは襟元に手を当て、不思議そうに一人語ちる。
エクセレンの掌に乗っているのは、カチーナがいつもパイロットスーツの襟につけている赤いピンズ。
何故よりによってその形、つまりはタコなのかとたまに問われることもあるがそれはただの好みの問題。肝心なのはそれがカチーナの大のお気に入りということで。
エクセレンからそのピンズを受け取り、
「ありがとエクセレン。けどこれ、どこで拾ったんだ?」
「向こうのコンテナの陰で」
ぷすっ
襟に付け直すつもりが盛大に手が滑り、親指にぷすりと突き刺してしまう。
「そろそろここともお別れだなーって思って散歩してたら……ちょ、ちょっと中尉大丈夫!?」
「えっ、だ、だ、大丈夫って、何が」
「何がって、その指!」
指摘され、指に思い切りピンを突き立てていることにようやく気づく。
「わぁっ!痛ぅ……なんでこんな…ってそうかあたしがやったのか…」
ぷっくりと血の珠が浮かぶ親指を咥え、口に広がる鉄の味に眉を顰める。
「……ねえ、本当に大丈夫?」
この場合のエクセレンが言う『大丈夫』は、当然舐めておけば治るような傷に対してのものでない。
「も、もちろん大丈夫に決まってるだろあたし別にどこも身体の調子おかしくなんか…」
……なにいらないこと言ってるんだ、あたし。
己のあまりの支離滅裂さ加減にカチーナは頭を抑えた。喋れば喋るほど泥沼にはまっているような……
「中尉…?」
「あー……その、拾ってくれて、ありがとな。さぁて、仕事仕事っと」
ぎこちない調子で言い捨て、強引に話を切り上げる。
無理があるのは自分でも重々承知しているがこれ以上泥沼にはまるよりはマシだ。

不自然さ満々の背中を見送り、エクセレンは怪訝な顔で首を傾げた。
よくよく見ると歩き方もどこかぎこちない。そういえばあのぎこちない歩き方には覚えが……
「……あっ、そういうこと」
ぽんっと手を叩き一人頷くエクセレン。
尋常ならざる勘と聡さを持つ彼女がその後ゆっくりカチーナと女同士の話をできたかどうかは、また別の話。