控えめなノックの音がして、アクセルは読んでいた本から顔を上げた。
「どうぞ」
「失礼します」
 ドアが音もなく開き、入ってきたのはW17…ラミア・ラヴレスだった。アクセルは目を剥いた。
 ラミアに、ではない。その服装にだ。
 普段、事務的な報告をするために部屋へやってくる時とまったく同様に、ラミアは乱れのない足取りで歩み入ると、アクセルの座るソファの前でぴたりと静止した。完璧な軍人流の立ち姿には一分の隙もない。黒エナメルのレオタードはこぼれ落ちそうな豊かな胸をカップで押さえつけ、網タイツに包まれた脚はまっすぐ伸び、赤いピンヒールのかかとはきっちりと揃えられている。手首にはカフス、首元には飾り襟と蝶ネクタイ。頭の上には白く長いうさぎの耳がゆらゆらと揺れ、片手には銀のトレイまで持っていた。それは一分の隙もなく軍人流に直立した、バニーガールであった。
「いかがでしょうか、隊長」
「いかがも何も」
 ここに来て以来ラミアの奇行には大分慣れたつもりでいたが、これは意表を突かれすぎた。それ以上返答のしようがなくて黙っていると、ラミアが表情を動かさずに言った。
「男性にとって非常に魅力的な服装だそうなのですが」
「誰に聞いた」
「ブロウニング少尉です」
 やっぱりか。アクセルはこめかみを押さえた。あまりラミアで遊んでくれるなと先週言ったばかりだが、あの姉さんとは一度とっくり話をつける必要があるようだ。
「あの、イチコロではありませんか」
「……イチコロだと言われたのか」
 こっくりと頷くラミア。アクセルは一体どこから話を始めていいのだかわからない。大体ナンブ少尉も悪い。女房の手綱くらいしっかり取っておいてほしいものだ。それでなくてもこの基地には面白半分で他人の世話を焼きたがる連中が多いのに、中でもこの間会ったあの初老の副艦長ときたら……
 カッ、とピンヒールが床を踏む音がして、脇道に迷い込んでいたアクセルの思考が戻ってきた。ラミアが姿勢を変えている。というか、ポーズを変えている。
 腰を片方へ突き出し、「休め」の姿勢に近い立ち方になる。上体をややかがめて胸を強調し、片手を腰にやって、もう一方の手でしなやかに髪をかき上げる。バーの看板にありそうなポーズだ。ただし、顔は相変わらず無表情である。
「…………」
 アクセルが何も言わないので、ラミアは次のポーズに移った。くるりと後ろを向いて、アクセルの方へ尻を突き出す。レオタードの尻には兎の尻尾を模した、小さな白いポンポンがついている。そのポンポンを微妙に振りながら無表情にこちらを見返り、片手を顔の前へもってきて手首をくいっと曲げてみせる。そりゃ猫だろう。
 さらに半回転し、ふたたびアクセルに正対する。尻を後ろに突き出して上体を低くしたまま、両手をにぎって胸の付け根のあたりを押さえ、上目遣いにアクセルを見上げる。雌豹のポーズ、というやつだ。ただし、やっぱり無表情である。
「……いや、わかったから。うん。その辺にしとけ」
 さらに次のポーズを試みようとするラミアを、さすがに見かねてアクセルは止めた。これもエクセレンに仕込まれたのだろう。ラミアの肩が、かっくりと落ちた。
「やはり、私では魅力が足りませんか」
 無表情に……ではなかった。表情自体はほとんど動かしていないにもかかわらず、眉の角度や瞳の色のわずかな変化で、アクセルには途端にラミアが、捨てられた子犬のような顔になったと見えた。まったく、笑顔とかの明るい顔はいつまでたっても上手くならないくせに、こんな表情だけできるようになるってのは反則だ。アクセルは苦笑いして、しょんぼりと直立の姿勢に戻ったラミアの頭にぽん、と手を置いた。
「一体何を考えてこんな真似をしたのか、そこをまず教えろ」
「……ブロウニング少尉がこの衣装を着たところ、ナンブ少尉は大変喜んだとのことなので…」
 奴にはそんな趣味があったのか。
「……つまり、私も……アクセル隊長に、可愛いと思っていただけたら……と期待したのです」
 白い頬が、かあっ、と桜色に紅潮する。これは感情による生理反応だから、表情をつくる巧拙とは無関係だ。そして、「照れる」という感情は、ラミアがつい最近学習したものの一つだった。
「あのな、『可愛い』というのは……特にお前の言うような意味のは……人間の最も複雑で微妙な感情の一つでな、そう簡単に操作できるようなものじゃない。お前にはまだまだ扱いきれんよ」
「はい」うさぎの耳までしんなり垂れ下げて、ラミアは落ち込んでいる。
「例えば、そうしてる今のお前なんかは実に可愛いんだが、わかってないだろ?」
 驚いて目を上げた、そのまぶたの上へ、アクセルはやさしくキスをした。プラチナの髪を撫でて、唇を離す。
 それだけにしておくつもりだったが、
「……」
(まぶたでは足りない。もっと)
 見上げてくるラミアの瞳があんまり雄弁で、あんまり素直なので、アクセルはつい笑ってしまった。何か言おうとするラミアの口をふさぐ。真珠色の唇は冷たくてやわらかく、不思議なゼリーを食べているようだった。
「んくっ……ふん、んぐ……むぐ……」
 美人のバニーガールが、一心に股間のものを舐めしゃぶっている。
 ヴィンデルはこういう下俗な趣向も面白がるところがあったが、アクセルはどうにも好きになれなかった。資金とコネを確保するために、彼がよく金持ち共を集めて開催していた淫靡な乱痴気騒ぎにも、ほとんど顔を出したことがない。が、たまには奴の趣味につきあってもよかったかもしれない、と今アクセルは思っている。
「はぷっ……はぷ……」
 もっとも、悪くないと思えるのは相手がラミアだから、ということも多分にある。冷徹なこと比類なく、感情などははじめから備わっていないはずのWナンバーズのトップナンバーが、とろけそうな顔をしてアクセルのものにむしゃぶりついている。
 ラミアはなぜだか、口での奉仕が大好きらしい。肌を合わせるときには必ずと言っていいほど、最初にフェラチオを求めてくる。アクセルも決して嫌いではないから、するがままにさせている。
 そもそも、Wナンバーズにはセクサロイドとしての役割がある。そのためにベッド・テクニックの訓練も受けている。その教官を務めるのは主にアクセルとレモンの役目だったので、アクセルはWナンバーズ全員を抱いたことがあるし、奉仕を受けたこともある。
「むうっ……」
 が、その時の技術とは明らかに、何か根本的な所が違っている。弱い部分をちいさな舌で丁寧に舐め上げられて、アクセルは思わず呻き声を上げた。
 シャドウミラーにいた頃のラミアは、この手の分野はそれほど得意でなかったはずだ。アクセルの覚えている限り、口での奉仕が一番上手いのはW16だったが、ここへ来てからラミアはおそろしい勢いで上達している。今股間から伝わってくる熱い刺激は、W16の口技などとは比較にならない。
「んく、くぅん……ふぷあっ……はっ…はふ、隊、長ぉ……ぉ」
 頭にかるく手を置いてやると、誉められたとわかったのだろう、嬉しそうな鼻声をこぼした。こういう時の方が、感情は素直に出てくるらしい。ラミアはそのままアクセルのものを口から離し、唾液とアクセルの先走りの混じったものが口元から垂れるのも気にせずに、バニースーツの胸元をめくり下ろした。
 形のよい真っ白な乳房が二つ、ぷるん、とこぼれ出る。普通のバニースーツのバストカップがこんなに簡単に外れるはずはないから、そのために特別にしつらえたのだろう。さすがはエクセレンの持ち物だ。妙なところにアクセルが感心している間に、ラミアは荒い息をととのえつつ、アクセルのものを両乳でぎゅっと挟み込んだ。
「はっ……はっ……たいちょ、…ふ…隊長、っいちょ……」
 ねぶりついた唾液と、乳間の汗を潤滑剤にして、そのまま上下にしごく。アクセルの剛直は、ラミアの豊かな肉球に包まれてもなお亀頭全体が谷間から突き出すほどの長さがあり、赤黒いその先端を、ラミアは舌を伸ばしてちろちろと舐める。これはスパイとしてのテクニックとは別に、ここへ来てからアクセルが教えた技だ。
〈訓練では習いませんでしたが、高度な技術なのですか〉
〈そういうわけでもない。どっちかというと、俺の趣味だな〉
 そう言うとラミアはひどく喜んで、以来口淫のフィニッシュには決まってこの体勢を持ってくる。ラミアの胸の間で何回果てたか、もう覚えてもいない。
 ラミアがどうしてそんなに口淫を好むのか、どんどん上達しているのはなぜか、胸での奉仕をしたがるのはどうしてか、アクセルには薄々その理由がわかる気がする。だが、そのことは強いて深くは考えないようにしている。
 むにゅり、むにゅんとラミアの柔らかい乳が形を歪め、アクセルのものを練りこめてくる。
「ラミア、いくぞ……」
「…………っ!」
 股間にぞくり、と波が走り、こみ上げてきたものをアクセルは腹筋に力を入れてぶちまけた。白く熱い粘塊がラミアの顔に、髪に、うさぎの耳にふりかかり、ただでさえ白い肌をなお白く染めていく。その間も、ラミアの手と胸は淫靡な動きを止めなかった。
「ぷ…………っあ」
 ようやく放出が収まるとラミアは目を開け、顔中を汚す白濁を指ですくい、丁寧に舐めた。胸元にこぼれた分も、舌をのばして舐めとる。半勃ちになったアクセルのペニスにも顔を寄せ、愛しい子の体を洗ってやるように優しく、丁寧に唇と舌で綺麗にしていった。
「もういいぞ……そこの机に手を突いて、尻をこっちへ向けろ」
 力を取り戻したところで、アクセルは立ち上がって命ずる。ラミアは素直に従い、突き出された尻はすでにタイツの編目に滲むほどじっとりと濡れていた。丸い尻尾の付け根のあたりから、中心線にそって軽く撫で下ろしてやると、形のいい尻がきゅっと締まる。尻から内腿にかけての柔らかい肉感を楽しみながら、アクセルは黒光りするレオタードの股間をまさぐる。ラミアが、もどかしそうに尻をよじらせた。
「あっ……あっ…! た、隊長、隊長ッ……!」
 バニーガールの服の構造なぞ知らないが、エクセレンがそのために用意した服ならきっとあるだろうと思ったら、あった。股下に目立たないようにフックがついており、股間がむき出しにできるようになっている。
 注意深くホックを外し、エナメル地をめくり上げると、てらてらと濡れ輝く網タイツの股布ごしに、白い長方形のガーゼのようなものがラミアの秘所に貼りついているのが見えた。
「何だこりゃ。ナプキン?」
「し、下着が」ラミアの声は快楽と、羞恥で震えている。「この服装の下に着けられる下着がなかったので、やむを得ず」
「成る程、いいアイデアだ。しかし、これを順繰りに脱がしていくのは面倒だな。ブロウニング少尉には俺からも謝ってやるから」
「えっ……きゃああっ!?」
 ラミアの当惑をよそに、アクセルはタイツの股布を両手でつかむと、力任せに上下へ引き破った。やけに破けやすいタイツだ。もしかしてこいつもそれ専用だろうか。水分を吸ってすっかり重くなったナプキンを払いのけると、うすい体毛に覆われたラミアの秘所が現れる。その場所はすでに濡れそぼり、紅潮し、アクセルを迎える準備をすっかり終えて、今か今かと待っているようだった。
 不思議な軟体動物のように、ゆるやかに息づいてうごめいているその部分へ、アクセルは己のものを押し当てる。
「行くぞ」
 ぐぬうっ…………!
 尻をつかんで腰を押し込むと、棒を呑まされた蛇のように白い肢体が激しくうねった。
「ふっあ、ふうぅっ、……ううぅうぅっ!!」
 ふるえるラミアの腰を押さえつけ、反応を確かめるように、ゆっくりと抽送を開始する。ラミアの体温は低い。余分な熱量を持たないように設計されているからだが、それが信じられないほど肉壺の中は熱く、そして躍動的にアクセルを求めてきた。
「んっく…んっく……ふう……はあ……っ」
 最初の歓喜が治まると、ラミアにも少しは余裕ができてくる。みずから腰をくねらせ、括約筋をひくつかせて、アクセルを呑み込み、より大きな快楽を引き出そうとする。それならばと、アクセルも片手をラミアの股間へ滑り込ませ、出たり入ったりしている部分の少し上、裂け目の閉じようとするあたりの肉の突起を探りあてた。
「ひッ……!? た、たいちょ、そこ、そこはッ…! あっ、あっ、そこ、はひゃッ……!!」
 小さく丸っこいグミキャンディのような珠を指先でこすり、しごき、まるで小さな操縦桿のように、ラミアを自由自在に悶え泣かせる。もう一方の手を伸ばして、縦横に揺れる白い乳房をつかみ、強くもみしだいた。
「あっ、たヒ、たいちょお、お、おぅっ……!」
 突然、かくんとラミアの膝が崩れた。快感のあまり、立っていられなくなったのだ。ラミアの全体重がアクセルとの結合部と、肉珠をつまむ右手と、胸をつかむ左手にかかってくる。その三点でラミアを支えたまま、より激しく突き上げ、より甘く転がせば、ラミアはもう何もかもわからなくなって、プラチナの髪を振り乱し。淫らな悲鳴を上げるばかりである。
「たいッ……隊長、隊長、隊長、たいちょおッ……!!」
 やがて悲鳴さえ途切れがちになり、ただうわごとのようにアクセルを呼び続けるだけになったとき、アクセルの脳裏にある考えが浮かんだ。可哀相なくらい赤くなった耳に口をよせ、そっと囁く。
「アクセル……と呼んでみろ。俺を」
「ふぁあ、あっ…? あ、隊…っ、あく、………アクセル…っ!!」
 ぞくん……
 「アクセル」と口にしたとたん、ラミアの体が大きく痙攣し、肉の壺がひとまわり引き絞られた。
「あくせ…………ル…………ッ!?」
 痙攣は全身のすみずみに広がり、白い肉体を犯しつくす絶頂の波になっていく。生まれて初めて隊長の名を呼び捨てにして、ラミアは果てた。その肉の締め上げに、ほどなくアクセルも限界を迎える。
「くっ………!」
 どくり、どくりと精を流し込むたび、絶頂のさらに向こう側へ突き上げられて、ラミアが震える。やがて、快楽に耐える力を使い果たしてくったりとなったラミアの肢体をアクセルは抱き寄せ、泣きべそをかいたようなその顔に、優しいキスの雨を降らせてやった。

 最初は、レモンを失った埋め合わせの、ただの慰みのつもりだった。
 今では、それが少し変わりつつある。
 戦い以外の生き方を知らないこの自分が、戦い以外の生き方を教えられなかった、このあまりにも無垢な人造人間を。いつか、一人前の生き方ができるようになるまで、導き、共に歩んでやることができるなら。
 この、戦いの終わった世界で、シャドウミラーの一残党が送るにしては、ちょっと分に過ぎるくらいの、それは幸せな余生ではないのか。

「たいちょ…………あく、せる……」
 腕の中で全身の力を抜いていたラミアが、あぶくのようにつぶやいた。絶頂の後の虚脱感からそのまま、眠りに落ちかけているらしい。アクセルは刺激を与えないように自分のものを抜き取ると、しずかにラミアの体を抱き起こし、ベッドに寝かせた。顔や体を拭いて毛布をかけ、はみ出た手を軽く握ってやると、きゅう、と赤子のように握りかえしてきた。
 いつか……そうだ、奉仕する以外の愛し方を、この娘が知るまで。

 幸い朝までは当直も、哨戒任務もない。ベッドサイドに腰をかけ、ラミアの寝顔を眺めながら、アクセルは破いてしまった網タイツの言い訳をエクセレンにどうつけるか、ゆっくり考えることにした。


End

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