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1880年代に鹿鳴館時代を迎え宮中の正装が洋装に定められると、官立師範学校生徒も洋装が義務付けられたが、鹿鳴館時代が終わってすぐに廃れた。

女学生の洋装制服(今の女子中高生の制服のルーツ)が日本で初めて登場したのは、大正8年東京府牛込区?白銀町?にあった山脇高等女学校?*1。2019年現在山脇学園で使用されているものとほぼ変わらないワンピースタイプの制服だった。先導したのは初代校長山脇房子?第一次世界大戦?後の不況の中で、安く着れる制服を求めたようだ(和服は高く維持費も嵩む)。英国女学生服等を参考にした。

1920年代、高等女学校の通学服を和服から洋服へと切り替える動きが起きた。お茶の水女子大学難波知子准教授によると大正12年に郡制廃止され郡立高等女学校が県立になった記念に洋装化を進めるケースが多かったそうだ。

参考文献


ニッポン制服百年史P.15-25

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