日本住血吸虫を原因とする病気。
名は日本で病原となる住血吸虫が世界で初めて発見された事による。
山梨では地方病、広島では片山病、福岡ではマンプクリンと呼ばれた。
1881年に訴えが出され、1996年に終息宣言が出されるまで、実に115年に及ぶ道のりであった。
日本では撲滅されたが、今なお中国、フィリピン、インドネシアを中心に患者が発生している。
名は日本で病原となる住血吸虫が世界で初めて発見された事による。
山梨では地方病、広島では片山病、福岡ではマンプクリンと呼ばれた。
1881年に訴えが出され、1996年に終息宣言が出されるまで、実に115年に及ぶ道のりであった。
日本では撲滅されたが、今なお中国、フィリピン、インドネシアを中心に患者が発生している。
- 利根川下流域の茨城県・千葉県、および中川流域の埼玉県、荒川流域の東京都のごく一部。
- 小櫃川下流域の千葉県木更津市・袖ケ浦市のごく一部。
- 山梨県甲府盆地底部一帯。
- 富士川下流域東方の静岡県浮島沼(富士川水系に含まれる現:沼川)周辺の一部。
- 芦田川支流、高屋川流域の広島県福山市神辺町片山地区、および隣接した岡山県井原市のごく一部。
- 筑後川中下流域の福岡県久留米市周辺および佐賀県鳥栖市周辺の一部。
- 1887年頃 明治20年頃 この頃から「地方病」と呼ばれ始める。
- 1897年 明治30年 杉山なかの篤志献体解剖(犠牲者の解剖で世界初)が行われ、肝臓等に虫卵が発見される。
- 1902年 明治35年 『山梨県に於ける一種の肝脾肥大の原因に就て』と題した討論会が山梨県病院で開催される。
- 1904年 明治37年 桂田富士郎、三神三朗により日本住血吸虫が発見される。
- 1909年 明治42年 山梨県医師会会長喜多島豊三郎により山梨地方病研究部が設立される。
- 藤浪鑑?らにより経皮感染であることが実証される。
- 1910年 明治43年 山梨県医師会により献体者約30名を供養する第1回供養祭が、甲府一蓮寺で行われ、改めて杉山なかの功績も称えられた。
- 1913年 大正2年 中間宿主の貝が宮入慶之助?によって発見される。この貝はミヤイリガイ?と呼ばれるようになった
- 1914年 大正3年 土屋岩保?によるミヤイリガイ殺貝実験が開始される。
- 1916年 大正5年 児童への予防啓蒙冊子『俺は地方病博士だ?』が作成・配布される。
- 1917年 大正6年 地域住民によるミヤイリガイの拾い集めが始まる。
- 大正7年:広島片山で、藤浪鑑が考案した石灰による殺貝が開始される。
- 大正11年:広島片山のミヤイリガイを殆ど殺す亊に成功。
- 1923年 大正12年 駆虫薬スチブナール?が開発され治療実験を経て実用化される。
- 大正13年:広島片山で殺貝に関わった本間利雄?が山梨県知事に就任し、藤浪鑑を呼び寄せ石灰散布を検討。
- 1925年 大正14年 山梨地方病撲滅期成組合?が設立される。
- 生石灰散布による殺貝活動が開始される。
