Ep3. Enigma |
ホタルの出向に天界が動揺していたその頃、境界では―― |
カエデ | ……ひとまずここまで来れば大丈夫ですね。 |
ホタル | こ、ここは? |
カエデ | 私が遊び場にしている洞穴ですよ。ホラーな雰囲気には、目を瞑ってください♪ |
ホタル | ふふっ。でも、一瞬で別の場所に移動できるなんてすごい……ありがとうございました。助けてくれて。 |
カエデ | ……だっテ、五月蠅かッタんだモの。 |
ホタル | え? |
カエデ | いえ、なんでも♪それじゃ、お散歩を再開しましょうか♪ |
ホタル | あ、でも私、この羽をなんとかしないと……そうだ、トキコ様に持たされた砂時計があったんだ。 砂が落ち切ったら、羽が散るって言ってた……。 ……よかった。正確な残り時間はわからないけど、まだ大丈夫みたい……。 |
カエデ | ……砂の落ちるスピードが、少し速いみたいですね。 |
ホタル | ほ、本当だ……どうしよう……。 |
カエデ | ……境界で、天使の務めを果たせば、帰れるかもしれませんね。 |
ホタル | 天使の……務め……。うぅ……取り敢えず、境界を見て回りましょう……。 |
カエデ | !……何か聴こえます。これは……泣き声ね。 |
ホタル | えっ?あ、ほんとだ……! |
幼い少女 | うぇぇぇ……っ、ひっく、うぅぅ……っ……。 |
カエデ | あら、女の子ですね。 |
ホタル | ど、どうしたんでしょう?あの、大丈夫ですか? |
幼い少女 | ひっく、うぇっ……だ、だれ……っく、う、わぁぁん……! |
ホタル | ああ、泣き止みません……! |
カエデ | 埒が明きませんね……。そうだ。この子の過去を覗いてみましょう。 |
ホタル | 過去を? |
カエデ | ええ。断片的にですが、この子に何が起きたかが見えるはずです。さぁ、額に手をかざして……。 |
キィィィ――ン |
ホタル | えっ!?トラックが……塀に……。ど、どういう……状況…… |
カエデ | 靴が落ちていますね。小さな靴が。それに……眼鏡と、お守りも。この子のかしら……? |
ホタル | ランドセルが……教科書が……血に染まって……。そんな……。これが……この子に起きた出来事……? こんな残酷なこと……こんな不幸なことが、あっていいはずがないのに……っ! |
カエデ | 落ち着いてください、ホタルちゃん。起きた不幸は、どれだけ嘆いても覆せません |
ホタル | カエデさん……。私は天使だけど、神様の姿を見たことがないんです。 神様は、誰の前にも姿を現さない。ただ天秤を傾けるように、幸と不幸、生と死を与え続けるだけ。 どうしてなんでしょう……この子が何をしたって言うんでしょう……っ! |
カエデ | わかりません。私は神様じゃありませんから。言えるとしたら、ただ運が悪かったというだけです。 |
ホタル | …………。 |
カエデ | 貴方、お名前は? |
幼い少女 | ひっく、ひっく……マイ……。……お姉さんたちは……ひっく、て、天使さんと、ネコさん……? |
カエデ | ええ、そうですよ♪マイちゃんは……マイゴちゃんかしら? |
マイ | 迷子……わ、私……ここっ、どこですかっ、う、うぇぇぇ……ん!お母さぁんっ……!! |
ホタル | ああ……こんな幼い子が……なんてひどい……可哀相……。そうですよね、お母さんに会いたいですよね……うぅ……。 |
カエデ | ホタルちゃん……泣かないでください。貴方は、不幸に感情が引き摺られやすい……やっぱり優しすぎますね。 |
マイ | 暗いよ、こわいよ、お母さん、どこ……お母さんに会いたいよぉ……! |
ホタル | 怖いですよね、痛かったですよね……。何か、私にできることは……。 |
カエデ | ホタルちゃん、マイちゃんをよく見てみてください。 |
ホタル | え……?これは……マイちゃんの身体に、何か糸が……どこかに繋がってる…これって……。 思い出した……この糸は、生者の国との繋がり。糸が繋がった死人は、完全に死んだわけじゃない……ですよね? |
カエデ | はい。糸の繋がった死人に天使が祝福を与えることで、死人にも糸が見えるようになる。その糸を辿れば…… でも、それをするもしないも、ホタルちゃんの自由ですよ♪どうしますか? |
ホタル | 私……私は、この子に祝福を与えます。この子にも、帰りたい場所があるんですから。 |
カエデ | そうですか。 |
ホタル | マイちゃん、貴方に天の加護がありますように……心からの、祝福を……。 |
パァァァァッ…… |
マイ | わ……光ってる…あったかい……? |
??? | ――マイ、マイっっ!! |
マイ | お母さん!?お母さんの声がしますっ!お母さん!!どこ……!? |
ホタル | マイちゃん、落ち着いてください。この糸が見えますか? |
マイ | ぐすっ、糸……?あ、うん、光ってます……。 |
ホタル | よかった。この糸を辿れば、帰れます。お母さんに会えますよ。 |
マイ | お母さんにっ? |
ホタル | この糸は簡単には切れません。でも……貴方が『切りたい』と願ったら、簡単に切れてしまいます。 |
マイ | や、やだっ!切りたくないです!私、お母さんのところに帰りたい……! |
ホタル | それなら大丈夫。きっとすぐに会えますから…寄り道せずに、気をつけて帰ってくださいね……! |
マイ | はいっ!天使さん、ありがとうございますっ!天使さんに会えてよかった……! さよなら……!! |
ホタル | マイちゃん……無事にお母さんと会えますように……天使長様、どうかご加護を……! カエデさん、ありがとうございました。カエデさんのおかげで、マイちゃんを助けることができました。 私、天使になって初めてです。こんな、あったかい気持ちになったの。 |
カエデ | いいんですよ。それより砂時計は、どうなっていますか? |
ホタル | あっ!砂の落ちる速度がゆっくりになってます……!不思議な時計……。 |
カエデ | 天界に戻る手段として、方向性は間違ってないみたいですね。 |
ホタル | よかった……! |
??? | へえ……面白いことになってるじゃない。嬉しい、また家族が増えるのかしら? |
完全なる堕天まで、あと―― |